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『病いの哲学』について・2

良い死・13

立岩 真也 2006 『Webちくま』
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全体の目次
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 *以下は草稿
 *『Webちくま』に掲載されしだい、ここでの本文の掲載を停止します。

  小泉義之の『病いの哲学』は「死に淫する哲学」を批判し、「病いの哲学」を立ち上げてみようという本だと言って、おもに前々回、「死に淫する哲学」の批判を簡単に見た。「良い死」(小泉の表記では「善い死」)を言ってしまう哲学がある。どんな具合にそれは言われてきたのか。それが記述され分析されていた。その部分はよくできていると思うと述べた。その上で、どうしてそうなってしまうのかという疑問は一つある。このことについては明示的に語られているところはない。むしろわからないと書かれる。
  「率直に言うが、私は、どうして人間を死なせたがるのか、どうして自ら死にたがるのか、さっぱりわからない。とくに、死へ向かう人間のために、どうして少しばかり待てないのか不思議でならない。提出されてきた理屈は知っているつもりだが、どれもこれも到底納得できるものではない。本書で、私は、そんな理屈の中でも強力なものを哲学史から拾って検討してきたが、それにしても哲学史には不可解な一つの伝統があるものだと思うだけだ。」(p.228)
  あるいは次のように言われる。
  「善き死なるものが、所詮は信仰の対象でしかないことは、死に淫する人びとも薄々と感付いていることである。死ぬことに、善いも悪いもなければ、美も醜もないことなど、少し冷静になれば分かることだから、要するに、死に淫することは、死ぬ瞬間だけは真・善・美を手にすることができるという信仰なのである。」(p.156)
  何か理由を言うとしたらどんなことが言えるか。このことについてこの本の合評会で質問したら、精神分析的な説明ができるのではないかと著者は応じたように思う。死への怖れがあり、それへの防衛機制があって、みずからが善い死を想念しときには実際に行う、といった筋の話である。たしかに、死を怖れる人が、であるがゆえに、ということはあるかもしれない。
  他方、この主題について、私は「社会」、とくに近代の社会とのかかわりで書いてきた。それはそれで当たっているはずだと思う。ただそのことは、別の社会や時代にも、どんな社会にも、死への傾きがある可能性を否定するものではない。それはないかもしれないが、あるかもしれない。ただ、この社会にはこの社会なりの死の肯定の仕方があることは言えるだろうと思うから、そしてそれはなかなかに強い力をもつものだと思うから、そのことについて私は書いている。ただ、そのことを考えていくと、西洋哲学の系譜とも無関係ではないはずだと思うから、この本の記述も気になる。さらに加えると、どんな社会においても、公に語られる言葉は、ことを統べる者たちが語る言葉は、おおむね潔いものであるのかもしれないのだが、だからその時代は、とか、その社会は、とか、人間は、とか言うのはまったく間違っているだろうということだ。「背景」を考える時にはそんなことに気をつけた方がよいと思う。ただ述べたように、この本はなんでこうなっているのか、そのわけを書こうとした本ではない。だからこの件についてはこのぐらいにしよう。「死に淫する哲学」でない、「病いの哲学」は何を言うのか。

病人の肯定という試み

  私は、病気でやがて死ぬことがあったとして、その時まで、したいことをするのがよい、あるいは楽をするのがよい、言えるのはただそれだけであるような気がしてきたし、現実がそのようであればよいと思ってきた。しかし、実際にはこの世はなかなかそうはさせてくれないから、その由縁を考えて言うといったことをすればよいと思ってきた。だから私の仕事は、病いの自然の過程は事実として所与とした上で、そこに付加される余計なものを外そうという仕事になる。思うに、それにも意義はある。もっと長く生きていられる人がたくさんいるのに、そんな余計なことのおかげでそうはなっていないといったことは言っておいた方がよいことだと思う。楽にやっていくやり方についてもなにがしらのことは言える。だから、と思って書いている。それ以上の「心の問題」については、世上様々に語られていることが、やはり安寧のためには有効であることを了解しつつ、私自身は、それでなにか得られたと思うことがあまりないから、それには関わらないが、ただ慰めその他はたしかに必要であり有効なこともあると思うから、それはそれでよいのだろう、ぐらいの距離にいる。
  しかし著者はもっときちんと病人を肯定したいのだ。その欲望はそれとしてわかるような気もする。そこらにある言説は、なにか迂遠であり、ときに詐欺に近いように思える。もっと直接に肯定されて、あるいは救われてよいのではないか。しかしそのことをどのように言えるのか。私には見当がつかない。もちろん病いによって人生や世界のなにかを発見したりするといったことはあって、それはまったく本当のことだとは思うが、しかしだからといって病いはやはり辛くはあるだろうし、かからなくてすむのであればその方がよいだろう。でなけれはもっと普通になおるようになればよいということになる。そのための技術がやってくるのを待っていようということになる。
  こんなこと以外に思いつかない。自分で言うことがないなら、書けない。それ以前に、ここまで書いてきたようなこと、私が書くべきことだと思うことがいくらもある。無理して不得意なことを書くことはない。ただ、あるいはだからこそ、誰かが私が考えつかないようななにかを言ってくれたら、それはそれでよいだろうなとは思っていた。この本の著者と対談したときも、そのことは述べた。それは『現代思想』2004年11月号(特集:生存の争い)に掲載された「生存の争い」という題の対談で、後に松原洋子・小泉義之編『生命の臨界――争点としての生命』(2005、人文書院)に再録された。
  この本はそれを言おうとしている。だからこの本はたしかに変わっている。哲学がどんな病気にかかっているのかを描き出すという営みはいくらもあった。その点でこの本がうまくいっているとして、しかしその方向自体は普通の、堅実な方向である。しかし、それ以外・以上のことをこの本はしようとしている。著者は、ただ言説を並べたり分析したりするのでなく、死に向かうことに否定的でありながら、病者の苦しみに対してなにごとかができるはずだと思う。そして宗教はやはり救済を語る。哲学もなにかを肯定しようとする。著者も、言葉を語る人であるのに、言葉だけの慰めを否定し、なお何か言おうとしている。すると、その言説は、分析・解析にとどまらないものになり、ときに批判の対象に接近していくかもしれない。そしてそれは危険なのだとも言えようが、しかしそのことこそが重要であるのかもしれない。
  それで何が言われているのか。前回4つはあると書いた。回復を望むこと。人を救うこと。死の前の生の過程を知ること。病人たちが徒党を組むこと。これが答であるのかなのだが、考えると、よくわからない。ただ、普通に考えたら、答は当然にないのだ。だとすると、どのようにそれを読み、何を言ったよいのか。よくわからないのだが、何かを掘り出そうとして掘るなら、この辺りなのだろうか、という気はする。後の2つから見ていくことにする。

病人の連帯

  何ケ所かに出てくるのは、病人であるままでの「集団性の形成」である。ただこのことはそう積極的に言われているのではなく、人によっては意外に思うかもしれないが、社会学者パーソンズの『社会体系論』を読んでいく箇所(五「病人の役割」)に出てくる。
  「詰まるところ、病人が患者になることの社会的機能は何なのであろうか。[…]要するに、病人が、逸脱した別の社会性を形成することを阻止する機能を果たしているのである。」(p.203)
  「社会は、病人を社会の外部に放逐する。しかし、社会は、放逐される病人が、そのままの姿で集団的に立ち現われるのを怖れる。だから、社会は、病人を患者として個別的に専門家と親密圏の支配下に組み込む。決定不可能なゾーンの只中で回復の希望を通して、患者役割を担わせる。」(pp.204-205)
  病人を表に出さないために、結合させないために、回復したいと思うことにさせ、そのことによって医師の支配下に置かれるようにして、という論の運びになっている。この論の進め方はいささか乱暴だと、普通には思う。より常識的には、病気は、なおってしまうか、あるいはなおらずに死んでしまうかのいずれかであることが多いから、いずれにしても人が集まるのが難しく、それで集団を形成するのが難しいのだろうといった説明になる。ではあきらめればよいのか。それではまずいとすれば仕方なく代理人たちにゆだねればよいのか。それはそうではないだろうと思う。なにかやりようはあるはずだ。まず、さきの条件がすこし緩くなるような場合がある。病いであるままで一定の期間が過ぎるような場合がある。そして、そうしたままで同じ場所に人がいる、むしろいさせられる場合がある。患者運動の初期のものとして知られているのは、結核療養所の人たちの運動であり、またハンセン病者の運動だった。そして、その後も比較的に長く、しかしその病いから離れないで、生きる人たちが集まり、なんとかものを言ってきた。そうはなかなかならないならもっと工夫をしなければならない。さてどんな工夫をするか。社会学者的にはこんな筋の話になる。しかし、ただ病人たちが出たり集まったりしにくいというだけでなく、周りがそうさせているのだという理解は、基本的には当たっていると私も考える。医療者との関係が、基本的に、その状況を維持させる方に働いていることも事実だ。そのぐらいに考えれば、さきほどの、パーソンズの解釈もよしとしよう。
  さてその上で、著者は、患者会の社会的機能がどうとか、といったこととは違うことを言いたいのだと思う。
  「不治とされて排除されたからには包摂を拒む必要があるだろう。病人たちが、親密圏から離れ、逸脱した集団を形成し、下位文化を形成して、決して呪術を信仰せず,しかし絶対に回復の希望を捨てずに、行き延びる必要があるだろう。ここでは、生き延びることが闘争である。」(p.206)
  なんだかよい感じはする。しかし病人は何をめざして集団を形成するのか。読めば、いま引用した文のように、書いてはある。しかしやはりよくはわからない。
  まずは現われ出ることか。彼の著書『生殖の哲学』(2003、河出書房新社)でも、変な人たちが増殖し、そして街に繰り出すという夢想が語られる。それはよいかもしれない。(ただ、その本で期待されていることは、新しい生殖技術が、変な人たちを、変な生物たちを増殖させてしまうこと、その人たちが外にたくさん現われ出てくることだ。ただ残念ながらそうはならないだろう。人はそんなふうに技術を使わないだろうから。このことは、5月に刊行された池田清彦の対談集『遺伝子「不平等」社会――人間の本性とはなにか』(岩波書店)に収録された池田と私の対談や、対談とともに掲載された文章でも述べている。)
  もちろん、それはさらなる嫌悪や忌避をもたらすこともあるだろうと、だからこそ隠されてきたのだと言われるだろう。現われることは、さらに人々を怖れさせ、さらに死の方に向かわせるだろうと言われるだろう。しかし、それは間違ったことであるから、起こらないか、あるいは起こったとしたら、それは間違っていると言うかである。少なくとも表に現われるなら、表立って人を否定したり、侮蔑したりすることになるだろう。その方がよい。だから、そんなことを気にしてはならないということになろう。
  この連載でも書いてきたことだが、私たちの社会は「死を隠している」という常套句があるのだが、そんなことはない。死の前の生に面してしている。面していて、そしてその後で、隠している。死が隠されているのでなく、生が隠されている。その隠す所作の一つに、死ぬことがあると言ってもよい。尊厳のない生をとても怖れていて、尊厳のある死を選ぶ。
  いったい何が怖気づかせているのか。閉鎖されたところに高密度で人が置かれているといったことによるのか。静かで他に動くものがない世界であったり、壁や天井が白かったりするところで機械の音がしたり、叫びがあったり、あるいは痙攣するような動きがあったりということなのか。どれか一つが、ということはないのだろう。しかし、その全体が、あるいはどこかでも変わればよいと思える。
  戦争で手足と顔をなくした兵士が、偶然に看護婦と交信できるようになり、その人に頼んで死のうとするが、果たせず、そのままに病室に置かれて終わるという筋だったと思う、『ジョニーは戦場に行った』というたいへん暗い映画(1971年)があった。それはつらいだろうと思う。ならばその者たちが病室から出て、姿を現わせばよいではないかというのだ。紫外線その他には気をつけなければならず、日よけやらなにやらは必要であるとしても、街路に出ること。複数の病人たちが連帯してなにやら行なうことがあるとしても、その手前で、現われること。それは、この世界のあり様に対して、基本的に、正しい方向を示しているのではある。もちろん、幾多の人が、生の終わりに際してのコミュニケーション等の大切さについて、多くのことを語ってきたのではある。ただ、それでは足りず、かえって閉じさせてしまう方に現実を流してしまいまさえするかもしれない。話し手に対するよき聞き手というペアは、誰も話し相手がいないことよりきっとよいことではあるだろうけれど、しかしその場に留め置かれることにもなる。だから、街路へ、集団が、と言わねばならない。とすれば、この一番目のものはまずは正解となる。

身体を知ること

  そして連続するのだが、すこし異なるのは、身体の内部のことだ。二番目は、その内的な過程を知ることである。病いを知ること、死の前の生を知ることである。
  いま推奨される記述は「語り」である。「ナラティヴ」といった言葉がすこし流行している。しかし語ってどうするのだという感覚はある。それは、つまりは身体を、病いを救わないではないか。こういう論難をする者、というか言いがかりをつける者に比して、私自身はよほど寛容だと先に記したのだが、それでも言いたいことはわからないではない。しかし、ならばどうせよというのか。
  障害はなにかができないことであるとして、そして/あるいは姿・形が異なることであるとして、それはそれ自体としては困ったことではない。病いにもそんなところがあるが、それに加えて、あるいはそれと別に、病いには苦痛があり、そして病いは、なおらないなら死に至るものであるという。
  「病気は、生体の状態から死体の状態への移行であると捉えてみることができる」(p.167)
  その移行の過程において、身体の器官において、多様な過程がある。病巣にしても、まったくそれ自体は生き生きとして、生きて発展していったりする。以下は表紙にも引用されている箇所。
  「死の瞬間はない。死は境界ではない。生の終わりは瞬間でも境界でもない。同様に、生の始まりは、瞬間でも境界でもない。起こっていることは、生と死の浸透、生への死の分散、死への生の分散である。これが末期の生の実情、そして、生そのものの実情である。だから、病人の生を肯定し擁護することは、生そのものの肯定と擁護に繋がるのである。」(p.218)
  このあたりはフーコーの『臨床医学の誕生』を読んでいっている場所で、その本におけるビシャについての記述を辿っている。フーコーのその不思議な本のその場所を読んだ人は、なんだか妙ななまなましさを感じたはずなのだが、著者はそのことを捉え、幾度か、間違えないように、と言う。
  「『臨床医学の誕生』は、死に淫する書物であるかのように読まれてきたが、決してそんなことはない。」(p.217)
  「引用する有名な一節は、死を生や病いより高きものとするものとして読まれてきた。しかし、そういうことではない。」(p.218)
  この読みは当たっていると思う。誰かほかにこのことを言った人がいたのかどうか私は知らないが、当たっていると思う。
  「もちろん、死は、普遍的に平等主義的に、すべての人間にやって来る。しかし、その当来の仕方は多様である。重要なのは、そこから末期の生の多様性が知られるということなのだ。むしろ、すべての人間は、死においてではなく、個体の末期の生において代理不可能なのである。」(pp.226-227)
  さて、それはよしとして、それで病人は救われるのか。そう考えてみると疑問は二つはある。
  第一は、かなり多くの人に、生理学でも分子生物学でも進化論でも物理学でも天文学でも数学でもよいのだが――それぞれがそのときどきに流行してきた――、それがなにか新しいそして肯定的な人間の理解をもたらすという理解の仕方があるように思う。私はそれがどうもよくわからないできた。そのようなことが起こる可能性は否定しない。けれども、私自身はそれをあまり信じられるように思ったことがない。というのは、何か人が人についてわかっていた方がよいことがあるとして、それが新たに事実を発見することによって明らかになるというのは妙な気がするということなのだ。そのような知見が得られるまで、人は知るべきことを知らないということになるだろうか。そんなことはなく、基本的に必要な知恵というものはずっともっているものなのではないだろうか。(いま、理論社のウェブサイトで、やはり連載で「人間の条件」――この題は編集の人がつけた――という文章を書いているのだが、その第7回が「「自然」を持ち出すことについて」で、そこでもこのことを、ごく短くだが、書いた。)
  ただ、この点について、たぶん著者は、既に人はなにかを知っているのだということをおそらくは認めるだろうと思う。筆者にとって歴史はむしろ頽落の歴史である。筆者は、日本であれば中世に肯定的なものを見ているし、西洋哲学はデカルト以後だめになったというのが見立てでもある。だから、科学における新しい見方は、だめになったこの時代に、既にあるものを再度顕現させるその手段であるということなのかもしれない。だからこの点はよしとしよう。
  しかし第二に、より基本的に、それで救われた気もしないということだ。言われていることはわかる。身体のぜんぶが一度に死滅するのではない。むしろある部分は成長している。部分が、それぞれ別の速度で、すこしずつあるいは急に変化していく。そしてその変異はなにか生き生きしたものであるのだろう。生体の全体において、その局所局所において生は続くかもしれない。爪や毛髪は伸びるといった話は俗にもよく知られている。しかしそれは私がなくなってしまうという感覚をなくすだろうか。身体の各所が蠢き活動しているという身体観の獲得は、私の意識が、その妄執が、ある時に途絶えるだろうという現実感を打ち消すものでもないだろう。
  ただ、認識(の変更)が人を救わないことを、著者も、おおむね認めるはずだ。だからその論は、回復の希望、でないとして、病いのままに行き延びることの希望を言う。
  「信仰をもって独断的に断言しておく。死体に聞くことによって病いの過程と死への過程を区別できるというのなら、どうして病人が病人のままで生き延びられることを繰り返し希望し信仰しないでいられようか。」(pp.216-217)
  病いのままで生きていられることがあるという。それはあるかもしれない。ただ、ならばそれは、病いはなおるというのでなくても、それに近い話なのであって、当然、最初の、よくないことが起こってしまってなおそれを肯定できるかという、解きようがないように思われた問いはなくなっているということではないか。
  ここで私たちは、「なんだ、死なないですむ未来を、未来のための技術を待望するというのなら、それはずっと私たちが夢見てきたことだ」、と言って、終えるか。そう急ぐことはない。技術や希望についてはまた後で考えてみよう。その手前で明らかなことは、たしかに私たちは一人ひとりの身体に何が起こっているのかを知らないということだ。私たちは、ほとんど想像の世界で語っている、というか想像することも禁じている。例えば、息ができなくなれば息が苦しいだろうといった、何も知らなくても知っているようなことも知らないようにして、私たちは今ものを語っている。別の本で、著者は、人が病いにあるにもかかわらず死ぬ時まで生きていることに驚くべきだというようなことを述べているのだが、そう言っても、まずは当然のことだと返されるだろう。むろん、生きているなら生きているだけの力があると言えるのは自明ではある。けれども、そこに起こっていること、そこに働いている力を、やはり私たちは見ていない、あるいは見ないようにしていることは確かだと思う。知らないか、あるいは知らないことにしている。例えば、栄養が減らされていくときに、その人はいったいどんな状態にあることなるのか。そんなことである。それは知るとめんどうなことになりそうだからだと思う。だから、その身体に起こっていることを知ろうと、想像しようと、やはりこの時代であればなお、言わねばならないのだと思う。こうして、このとても現実的な場においては、第二の主張も、そうだと言える。(続く)

  *この連載他をまとめ、書き直して、すこしまとまったものを筑摩書房から、と考えている。まずは、そのための文献表だけ作り始めることにした。ご参考まで。


小泉 義之 20060410 『病いの哲学』,ちくま新書,236p. ISBN: 4480063005 756 [kinokuniya][amazon] ※,


UP:20060724 REV:(誤字訂正)
安楽死・尊厳死  ◇安楽死・尊厳死 2006  ◇立岩 真也
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