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近況/「病いの哲学』について・2の序

良い死・12

立岩 真也 2006 『Webちくま』
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全体の目次
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 *以下は草稿
 *『Webちくま』に掲載されしだい、ここでの本文の掲載を停止します。

 ちくま新書の一冊として刊行された小泉義之の『病いの哲学』について書いている。そう長くない本だが、長く紹介しようとしている。この本に書かれていることを考えていくことは、考えるべき主要な論点について考えることになると思うからだ。ただ、その前に、第9回でとりあげた富山県射水市民病院での出来事とその後のことについてすこし報告しておく。と、書き始めたら長くなってしまった。小泉本の紹介は、ほぼ次回以降となってしまう。

■事件後

 事件についての報道は3月、4月と多かったが、その後、5月、6月と少なくなり、今はほとんど途絶えている。警察からは情報が出てこないし、遺族の人たちからももう話はうかがえないようだ。ただ、医療者の側については、噂話のようなものも含め、ある程度のことは報じられてもいる。そして、伝えられる構図は、いかにもありそうなことだと思える。
 その、外科部長であった人は、その病院で大きな力、実質的な権限をもっていた。外科病棟の全体を掌握し統御していた。きっと熱心な人ではあったのだろうし、自信もあったのだろう。病人や病人の家族はしばしば気弱になっているから、そのような医師は頼もしく思われることもある。そしてその人は、彼が呼吸器を取り外したような人たち――それがどんな人たちであるのか、それがよくわからないのだが――の「延命」は無駄であると思ってきた。その人たちの死期を早めるのは、彼にとってはわるい行ないではない。そしてその人は、自らの価値・判断によって、停止の方針を提案あるいは伝達し、それを家族が、どの程度の積極性とともにかは不明なのだが、受け入れたということのようだ。その医師単独での決定でなく、複数の医療者が決定に関与したと、本人は説明したという。しかし彼に異議を唱えたら聞き入れられるような状態の組織ではなかった。
 そのままであれば、さらにその状態は続いたのだろうが、病院長が代わり、その人はこれまで受け入れられていた力の配置をそのままに踏襲することはなかった。そして、医師が行っていたことが偶然に発覚した。院長の交代に伴い、各科の配置を流動化させ、外科の患者を内科の病棟で看るといったことが始まった。そんななかで、その元外科部長が内科の看護師長に取り外しの予定を告げた。驚いた看護師長がそれを院長に報告、といった順序のようだ。
 次に、ここに起こったこと自体はわからない状態が続いたまま、二つの反応が起こった。
 一つは、このような行ないは医師個人の独断に発していてよくない、だから独断・独裁を排そう、それを排するために、またその代わりに、明確なルールを作ろうというのである。そして、そのルールとして、本人そして/あるいは家族の同意に関わる条件が取り沙汰される。また振り返って、この事件についてもそれがどうだったかが問題にされる。そして、さきの私自身の書き方も、その元外科部長という人をそのように、家父長的な人物として描いている。ただそれはおそらく間違ってはいない。そしてすこし考えてみても、そこにあった体制はよくないと思える。だから、そうでないようにしなければならない。このことは認めた方がよいように思える。
 もう一つは、しかしその行ないは悪意があってのことでなく、自身の直接の利益のために行われた行ないでもない。それなのに殺人ということにされてしまったら、それはよくないではないか。私たち――という曖昧な言葉を使っておくけれども――にはそのように思うところがある。家族にもそう思うところがある。そしてその人たちは直接にその医師にお世話になった人たちでもある。実際、もちろん外科部長に悪意はない。尊厳死や治療停止といった言葉が被せられる他の多くの事件と同じように、彼は「善意」でそれを行なった。なのに捕まったり裁判にかけられたりするのはかわいそうではないか。その力の方が強いと、あるいは周囲に強いことを知ると、その人に不利になるようなことは語らない方がよいということになる。これもまたよく起こること、これまで起こってきたことである。こうして、起こったことはよくわからないまま、周囲では何も語られなくなる。
 まず、前者は今回のような行ないに批判的であり、後者は同情的である。しかし、両者は必ずしも背反するものではない。
 ときに間違えてしまうところだが、もちろん、今現在なんのきまりもないわけではない。既にきまりはある。刑法や医事法で、なされたことを処罰し規制すればよいということであれば、それですむ。だから、「ルール」がいると言っている人たちは、今とは別のきまりがあってよいと言っているのであり、その多くは、死を早めることを許容するようなきまりがあったらよいと言っている。となると、彼の行ないに同情した上で、その彼が、逮捕されたり訴追されたりしないようなきまりがあったらよい、あったらよかったのに、という流れにもなる。
 医療を行なう側がこの間思ってきたこと、あまり大声でではなかったにせよときに言ってきたのは、そういうことである。まず、その人たちは処置の停止を行なってもよいだろうと思っている。あるいは既に行っている。しかし、それが社会的承認、法的保障のないままになされるなら、たとえばこのたびのような、人事異動にともなう力関係の変化であったり、あるいは患者やその関係者の「逆恨み」であったりによって、告発されてしまうかもしれない。それはかなわないと思っている。よい、かまわないとされれば、告発されたり逮捕されたり訴追されたりすることがない。
 次に、自らもそう確信をもって行なっているわけではない場合がある。この場合に「お墨付き」が与えられるなら、心理的な負荷、うしろめたさを感じることなく、すくなくともあまり感じることなく、ことを行なうことができる。また、自分ではどうしたらよいかわからないとして、どの場合にどうしたらよいのかが決められてしまうのであれば、考えたり悩んだりする手間は省ける。同時に、許容できない条件もまた規定されるのであれば、たとえば家族から強く停止を要求されることがあったりする時、とにかく「できないというきまりになっています」と言えばそれはそれですむ。だからこのように特定の態度がない、わからないという人にとっても、決めてもらうことはよいということになる。このようなこと一切が、「医療現場の混乱」という言葉で括られ、その混乱を収めるためのものとして、法律そして/あるいはガイドラインが求められているといった言われ方になる。
 こうして、少なくない人にとってルールを作ってくれることはよいことになる。医師はずっと「専門職」としての「自律性」を主張し、自らの行ないについて他から干渉されないのだと主張してきたのでもあるが、この案件については自分たちに委ねられても厄介だと思うなら、決定権を自らが放棄し、「社会」にそれを委ねることに同意するかもしれない。あるいは、やはりそれには同意しないなら、あるいはその決定を待っていられないことを理由に、各々の病院でさらに自らの職能団体あるいは学会でガイドラインを作ろうということになる。それは、一つの法律の制定運動というのと異なり、審議と決定が各所に分散されるということだから、その動きを知り、評価し、意見を言おうという側にとっては負担の増加を意味するものでもある。
 では医療者でない人たち、医療を利用する側はどうか。まず、医療者の自由裁量では困るという人がいる。手続きと基準は、それはそれとしてきちんとしてもらった方がよいという思いはまずはもっともである。ただ実際には、医療者の側がきまりで決まったとおりにする、決まったとおりにしかしないということがもたらしうる危険がある。だが、そのことはここではあまり意識されない。
 そしてやはり多くの人にとって、ただきまりが必要だというだけでない。医療者に対する同情があり、自分自身の将来の死に方についての願望があり、近くに対象者を抱えている人にとっての辛さがあって、それが、一つには許容と沈黙に向かわせる。また、生の停止を許容するきまりの方に向かわせる。あるいはそのうちに法ができることがあるとして、まずは自らについての「けじめ」のつけ方として、「民間」の方を利用して、立場表明をするということも起こる。たとえば、6月になって、現在首相を務められている方が日本尊厳死協会に入会されたことが報じられたのだそうだ。現行の法制度がその実現(本人の宣言に周囲が従うこと)を認めないだろう尊厳死の「宣言」を、行政を統括する人物が行なったということである。いかにも直情型で英雄的な人物がしそうなことであって、なにやら微笑ましくもあるほどだ。
 どうぞご自由に、とは思う。ただそれにしも、そこで何が起こっているのか。その行いをよいとするか。そのことを言おうとはしてきた。順番に考えていけば、私が書いてきたことの方に理はあると思うのだが、それをここで繰り返すことはしない。ただ、一つだけ再確認すれば、ここに当人は不在である。「現代社会」「現代医療」に「死の隠蔽」を見る人たちが「良い死」を唱導するのだが、その流れの中にあるこのたびの出来事の中に、死んでいった人々は不在である。医療者や家族の思いと行ないとが尊重され忖度されているからであり、また現在の首相のように健康で健全な人たちが未来に備えてのあらかじめの「決断」として「良い死」は想念されているからである。(ただし、当人の不在はいつものことではないと、ひとまずは言える。数は少ないとしても、この自分が死ぬことを主張し、それを裁判に訴えることは――日本の裁判制度では困難なのではあるが――ある。少なくとも外国ではあった。例えばスー・ロドリゲス(Sue Rodriguez)事件。これがどんなことであるかについてはまた別に考えてよい。ただ、そこでその人が何に準拠して自らの主張をしているのかを考えるなら、質的にまったく異なるとも言えないだろうとも思っている。)
 ただ、やっかいなのは、知ればよいというものでもなさそうだということだ。むろん、簡単に知ることができるのに、ほとんど意図的に知らないことにしているのではないかといったことも多々ある。たとえば、呼吸が困難であれば、いささかでも意識・感覚があれば、苦しいはずだといったことである。そう考えるのが当然でもあり、私が拾ってきたALSの人たちの文章にもそのことはたくさん書かれていた。そんなことはないと言うのなら、その理由を見つけてくるべきなのは、そういう非常識なことを言う側である。ただそれでも、知ることができないことはある。次に、知ったら別の道筋の話になるのかということである。知ることが生の方に向かわせることに常になるかということである。(首相ではない方の、『病いの哲学』の著者である)小泉が提示するのもまた、知ることなのだが、そのことの可能性と困難について、後で考えることになる。

■詮ない仕事

 こうして事件そのものは曖昧にされる。しかしその状態のもとで、ルール作りという話が活発に語られることになっていく。そしてたしかにこの主題は面倒な主題でもあり、争点を形成することにもなっている。事件の報道は次第に少なくなっていくのだが、より一般的な問題・論題とされ、新聞や雑誌の企画が組まれることになる。私は、研究者にあるまじきことではあるのだが、読みたくないものはできるだけ読まずにすませようとしているから、その多くは知らないのだが、様々あったようだ。
 既に幾度も登場している日本尊厳死協会という立派な組織があって、それは、その話の論理性その他はともかく、自らの存在と主張とをおおいに宣伝することになった。他方、その勇ましい名称からしても、はっきりと反対している人たちであることは明らかではある「安楽死・尊厳死法制化を阻止する会」は立派な組織ではなく、そして、こんなことでにわかにそんなに忙しくなることを想定していなかった。代表にさせられた原田正純は熊本の在住、私と八木晃介は京都。というようなこともあり、というより地の利とあまり関係なく、この会の仕掛け人でもあり、いっさいを切り盛りしているに近い清水昭美が、1970年代から1980年代にかけての「阻止する会」での活躍を引き継ぎ、二十余年を経て、このたびも尽力することになった。前回はおもに裏方の仕事をしていたのだが、このたびは事務局長のような仕事も兼ねつつ前面に出て論陣を張ることになった。連日テレビなどの取材を受け、話した。相対的に若い者たちのふがいなさというものがここでも露呈することになってしまったのだった。
 その間、ふがいない私は、東京に住んでいないことが幸福だったのだが、ただその私でも、いくつか話しをしたり書いたりすることになった。新聞やテレビなどに出てきて、人の生死について知ったようなことを言う「識者」を、多くの人たちと同様に、私も軽蔑してきたのだが、どうもそうして軽蔑される位置に自分自身がいるということになってしまった。けれども、起こっていること言われていることにはおかしなところがあると思うから、結局なにか話したり書いたりすることになる。そして、言うべきことは繰り返すしかないから、繰り返すことになる。そのたいがいをウェブに載せているから、読んでいただける。以下、列挙し、宣伝する。
 『朝日新聞』の4月21日付朝刊の「三者三論」という欄がこの主題をとりあげた。「生き延びるのは悪くない」という題がつけられたインタビュー記事が載った。他の2人は谷田憲俊(アジア生命倫理学会副会長)、山崎章郎(日本ホスピス緩和ケア協会会長)。
 また、丈夫な掃除機や安全なヒーター等々を購入することができるのでよく知られている『通販生活』という雑誌があるが、そこに「通販生活の国民投票」というコーナーがある。ちなみに、今出ている夏号の第33回は「タクシーの規制緩和」で、亀井静香や猪瀬直樹が自説を述べている。その6人の意見についての読者の投票結果が次号に載るという趣向のようで、この夏号には、春号に掲載された「電車内の目に余る無作法、注意するか、見過ごすか」についての6人の意見を受けた投票結果が掲載されている。その秋号では尊厳死法制化をとりあげるとのことだ。そこで反対の意見を言う一人として何か言うことになった。取材にいらっしゃるとのことだったが、どうせかなり手を加えることになろうからと思い、聞かれたことに答えるつもりで規定量のとおりの文章にしてお送りした
 また、『からだの科学』(日本評論社、隔月刊)に小笠原信之が記事を書くとのことで、その取材を受けた。これもそのうち、私の発言を紹介した部分だけウェブに掲載させていただくことになるだろう。
 さらに、2004年に北海道立羽幌病院で、医師が男性の人工呼吸器を止めた事件(それでその高齢の男性は亡くなったのだが、呼吸器の停止と死亡との因果関係が弱いとのことで起訴されないのではないかという観測がある)があったのだが、そろそろその医師の起訴/不起訴が決まるらしく、そのことについてのコメントを『毎日新聞』から依頼されていてメモを作った
 他にいくつかの場所で話をした。というような日々であった。なお、『朝日新聞』に掲載された文章はこの6月に刊行された、一人で書いた本としては5冊目になる『希望について』(青土社)の最後の部分に収録された。
 その本は、政治だとか労働だとか様々な主題についてここ数年の間に書いた多くは短い文章を集めた本で、安楽死だとか尊厳死といった主題についての文章を収録するつもりは当初はなかった。もちろん、いのち・生命の問題とは文字どおりに物質的な問題であり、所有(薬の特許権、人体内部の資源の帰属)や「人的資源」(少子高齢化、失業…)に直接に関わるから、その限りではむろん関わりがなくはないのだが、いわゆるいのち・病・障害系の文章はなく(少なく)、それはそれとして別のものにとも思っていたからである。ただ尊厳死・安楽死の主題について、いましばらくは本にしたりはできないだろうから、最後の段階で、今度の本にいくつか入れることにした。みな短い、あるいはごく短い文章で、同じことを繰り返し言ってもいる。
 一つめは、『文藝春秋』2002年12月臨時増刊号「日本人の肖像」に掲載された「ただ生きるのでは足りない、はときに脆い」。この号は、多くの書き手に、その人が思う立派な日本人のことについて書いてもらうという企画だったので、題のような文章を書いた。
 次に、ほとんど同じ題で同じことを言っているのだが、2003年6月の『東京新聞』『中日新聞』に2回に分けて載った文章、「ただ生きるのでは足りない、はときに脆い」。このときには『ALS』(医学書院)のもとになった連載を『現代思想』(青土社)にしていて、そこでとりあげた川口武久のことにふれている。
 そして、2004年の末に『ALS』が出たのを機会に2005年3月に『聖教新聞』に書かせていただいた文章。自分でつけた題はなかったから、今回は「中立でなく」という題にして再録した。
 そしてさきにあげた、今年の『朝日新聞』に載ったもの。そこで私はまったく穏当なことしか言ってないのだが、どなたかの癇に障ったらしく、電子メイルでクレイムが送られてきた。その種のものにはありがちなのだが、あなたは「現場」を知らない、みたいなことが書いてあった。そして「意識のない状態で、数種のチューブにつながれ、本当に本人がそれを希望していると思いますか?」という文言があったから、その点についてだけ返信した。「意識のない状態で希望するということはありません。(それ以前の時点で、希望することはありえますがそれはまた別のことです。)このような初歩的な誤りの幾つかをただすべく取材に協力しました。」と書いた。それでこの文章を再録するにあたり、題を「初歩的なこと幾つか」とした。
 ともかく、言えることを言う。ほかにしようがない。編集者の方から『通販生活』の読者は、30代、40代の女性が多いので、すこしやさしい文章に変えさせてもらいますと言われると、はい、ということになる(案を出してくれるというので、今のところ変更はしていない)。書き方にも工夫はする。というか、工夫しかしていない気がする。それ以前に、それなりに話せばそれなりに長い話をどうしたら1000字とか1500字にできるだろうかといったことを考えている。その時間、別のことをしていたらすこしはそのことについて進歩したかもしれない、その時間が費消される。
 それなりにもっともなことは言っているつもりではある。ただそれはうまく行っているのだろうか。あるいは私のことはともかく、どちらの流れはどの程度強いあるいは弱いのだろうか。どんなことについてもそんなことを考えるわけではない。ただ、この主題については、第9回に書いたことだけれども、私自身が、もうやめてもいいということがあると思っているところがある。その上で、このたびの法制化云々は不要であると言おうと思うのだが、すると、それはすこし複雑な話になってしまう。
 本人にはまったく負もないが正もないとしよう。それとともに周囲に負担はあるとしよう。ならば、やめてもよいと言えてしまう。しかしその上で、そうした条件が現実に成立しているかどうかをわかることはまったく難しく、するとよくないことが多々起こるだろうから反対だということになる。それは、その人がどんな状態にいるのかを判別するのが困難であるとか、困難でなくても、社会は瀕死の人をぞんざいに扱ってしまうものだという事実に依拠した主張である。こういう言い方がどこまで通じるか。いささか憂鬱にはなる。

■啖呵を切る・その後

 そしてちまちま考えていると、しばしば気弱にもなる。やはり前回にも書いたことなのだが、本を読んで何を得るかだ。書き手の様々な苦労の末、話の筋が整合しているとして、そんなところは読み手は忘れてしまう、あるいは最初から読んでいないということはよくある。ただどこかの断片だけを覚えているということがある。
「率直に言うが、私は、どうして人間を死なせたがるのか、どうして自ら死にたがるのか、さっぱりわからない。とくに、死へ向かう人間のために、どうして少しばかり待てないのか不思議でならない。提出されてきた理屈は知っているつもりだが、どれもこれも到底納得できるものではない。本書で、私は、そんな理屈の中でも強力なものを哲学史から拾って検討してきたが、それにしても哲学史には不可解な一つの伝統があるものだと思うだけだ。」(『病いの哲学』p.228)
 はいそうですか、というわけだ。私も、思えば、だいたいそう思っている、ように思える。たしかに、さっぱりわからない。ただ、わかるという人が妙にたくさんいるものだから、気弱になることがある。そんなときには、こういうものを読むのはよい感じがする。前々回、そして前回にも啖呵を切っているところを引用したのだが、他にも、人によったら傍線を引っ張りたくなったり、付箋紙を貼ったりしたくなるところはいくつもある。それで十分、かもしれない。そしてさらに、この本では、「到底納得できるものではない」の全部でないにしても、かなりについて書かれていたのだった。上出来である。
 だがその上で、「病いの哲学」が打ち立てられなければならなかったはずだ。
 怪しい言説の怪しさを言うことなら私にもできる。たとえば、こんどの小泉の本で、わりあい評判のよい一節に以下がある。
 「ICUの末期状態の病人については、スパゲティ症候群などというふざけた呼び名で管の数の多さを嘆くのはまったく間違えている。そうではなくて、複雑な生理的システムを繊細に調整して病人を生き延びさせるためには、管の数が少なすぎると憤るべきなのだ。そして、いつか膨大な数の管が開発され、一つに纏められ、肉体に内蔵される日が来ることを願い信ずるべきなのだ。その日のためにこそ、現在の病人は苦しんでいるのではないか。」(『病いの哲学』pp.223-224)
 終わりの主張は検討した方がよいが(のちほどするが)その前はまったくもっともである。ただこれに近いことぐらいなら私にも言える。この連載でも「自然」について書いてきたが、そこでの記述と関連して以下。
 「機械と身体との関係を「ただ機械につながれた状態」とか「スパゲッティ症候群」というようにたんに抽象的に否定的に語る必要はなく、語るべきでない。不要な管が不要であることはまったく当然のことだが、必要なものは必要だというだけのことである。[…]触手を伸ばして栄養を摂取する動物がいるように、その自然の過程の延長に機械はあるだろう。それもまた自然の営みなのだと、自然が好きな人に対しては言ってよい。なんならそれを進化と、進化が何よりも好きな人に対しては、言ってもよい。」(『ALS』p.269)
 ひとまずこうしたことは、「自然」という言葉を巡ってある迷妄を解くという、どちらかいえば社会学的な作業によっても言いうることだ。だから哲学者には、もう一声、ということになる。
 何を言うか。小泉が言うのは、基本的には、回復すること、人を救うこと。そして、この2つとすこしく位相を異にするのだろうが、死の前の生の過程を知ること、そして病人たちが徒党を組むこと。以上4つである。これらについて次回、考えてみるとしよう。

小泉 義之 20060410 『病いの哲学』,ちくま新書,236p. ISBN: 4480063005 756 [kinokuniya][amazon] ※,


UP:20060620 REV:(誤字訂正)
安楽死・尊厳死  ◇安楽死・尊厳死 2006  ◇立岩 真也
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