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「社会人(院生)」の本・2

医療と社会ブックガイド・65)

立岩 真也 2006/11/25 『看護教育』47-10(2006-):
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http://www.igaku-shoin.co.jp/mag/kyouiku/


 しばらく生きていて、それでいろいろあったりすると、文章を書きたくなることがあると思う。世の中に向かって主張したいということもあるだろうし、あったことや思ったことを覚えておいてほしい、知ってほしいということもある。また新たに調べたり、研究などしようという人もいる。そうしてできた本を前回から紹介しているのだが、その続きを。
 田中耕一郎『障害者運動と価値形成――日英の比較から』(2006、現代書館、331p.、3360)。この本については『社会福祉研究』に書評を依頼されて書いた。とても短い書評で、書き足りないことも多かったのだが、その全文をHPに掲載しているから、まずはそれを読んでもらえたらと思う。
 1961年生まれのこの本の著者も、そう派手に、ということでもないようだが、ずっと関西の民間団体で仕事をしていて、それで、ある日思いたって、なのか、大学院に入って、そして博士論文(大阪府立大学)を書いた。それが本になって出た、ということのようだ(現在は北星学園大学の教員)。
 そこでは、例えば、今はあまり働いていないと言うと叱られるだろうが、「全障連(全国障害者解放運動連絡会議)」という、ある人々からはおおいに煙たがられ嫌われた組織が取り上げられている。8月に大阪での研究会に呼ばれて話をしにいったのだが、そこにその組織の関係者がいてすこし話した。その組織も結成30年で、記念の大会の講演にこの本の筆者を呼ぶことにしたという。以前からの知り合いというわけではなく、本が出て初めて知ったのだそうだ。
 これまで活動・運動してきた人たちが、十分にうまくいったかどうかは別としても、それなりに思い入れて、きつい時もありながら、せねばならないことをこれまでやってきたと思う。そこでそのことが正当に記録され、公けにされることを望む。こうして書きたい人、書かれたい人がいる。それははまったくもっともなことだと思う。
◇◇◇
 次に、もうすこし古い人が出てくる本のことを。似田貝香門編、柳田邦男・黒田裕子・大賀重太郎・村井雅清『ボランティアが社会を変える――支え合いの実践知』。
 「阪神大震災から11年――その後も中越震災、台湾、トルコ、イラン、アフガニスタン、スマトラ沖での震災など、様々な支援活動に従事し続けた著者たちによる、現在日本社会におけるボランティア活動の根源に迫る書!!」と帯にはある。4人の著者のうち柳田は序章を書いている。他の3人は実際に活動してきた人たち。編者の似田貝は社会学者で、長く震災以後の地域活動の調査に関わってきた。他に三井さよ、佐藤恵、西村志保が編集協力者になっている。東京大学や慶応義塾大学の院生だったこの3人や似田貝らが調査を続け、成果を発表してきていることは聞いていた。今回のこの本はその調査そのものの報告というより、そこで出会った人々に書いてもらったりしてできた本である。
 いただいてはじめてこの本を知ったのだが、それをここに紹介するのは、この本がよくできた本だと思ったからではない。大賀重太郎がこの本に出てくる。
 大賀はだいたい20年ぐらい前に知った人だ。1951年生。さっきの田中の10歳上になる。たしか神戸大学を中退し、稼ぎの方は妻に任せ、ずっと障害者の生活や社会運動の支援をしてきた人だ。
 そんな人たちがこの運動のまわりには、もちろんそう多くはないが、すこしはいて、たいてい脇の方にいて目立たないのだが、大切な働きをしてきた。それには時代背景というものもあるにはあるだろう。「反体制」的な気分があり、そんな気分の人たちがいて、その一部が、様々な経路でここに入って、抜けられなくなって、何十年を過ごしてきたのだ。自分らの主義主張のために障害者を利用しようという人たちは障害者本人たちからも嫌われ、長くは続かなかった。残った人たちは、介助(介護)の仕事などしながら、側面から支える役をしてきた人が多い。
 そういう時代の雰囲気があったということではあるだろう。だだ、今でも企業に就職せず、という人はたくさんいる。その時代にもそういう人たちがいたのだということでもある。「普通の社会」であればどうか、といった人たちがそんなところへやってきた。(むろん、要所要所でするべきことをこなそうとしたら、それなりの才覚は求められ、ただの変な人では務まらないわけではあるのだが。)
 大賀さんは兵庫の人だが、先に名前を出した全障連等で仕事。東京も長かった。1980年代に二日市安さん(著書もあるが、アマゾンで見る限りでは今買えるものはない)のお宅で「障害者の10年研究会」という小さな研究会があった。私も、そのメンバーというより調査のためということで、すこし出入りしたことがあって、そこで大賀さんを知った。それから約20年、たぶん一度も会ってない。
 1995年に阪神淡路震災が起こった。私はまったく何もしなかったけれど、今よりずっと速度が遅いパソコン通信のメールマガジンと、そして郵便で送られてくる通信が、そのときどきの救援活動を伝えてくれた。まず「兵庫県南部地震障害者救援本部」の『救援本部通信』があった。その後にもいくつかの組織が作られ、機関紙が送られてきた。それらの活動はまったくめざましいものだった。その中に私は大賀さんの名前を再び見つけた。こんなところで活躍しているのだと思った。地震が起こった時には東京にいたのだが、いてもたってもいられなくて、兵庫に戻ったのだという。大賀さんたちは「被災地障害者センター」(現在は「拓人(たくと)こうべ」)を設立し、その活動を長く続けてきた。彼は事務局長をし、今はその組織はNPO法人で、肩書きとしては常務理事ということになっている。
 震災後の一時期の騒ぎは収まっていき、引く人は引くが、困難は続く。それでその人たちの活動は長いものになる。一つ確実に言えるのは、そこに既につながりや方法があったということだ。てきぱきとやることをやるという場所ではない場所があって、そこが地縁とはすこし異なる、人々のつながりの拠点になる。生活を立ち上げて続けていくことを支える活動が既にあり、それがあって、よい仕事ができてきたのだと思う。
 大賀さんは事故にあったのだそうで、この本のために新たに文章を書くことができず、インタビュー記録などから、さきにあげた編集協力者の一人佐藤が、大賀さんの言葉を集めて並べて、それを本人に見てもらって、それで彼の章を作ったのだという。
 そんな事情もあったにせよ、しかし、どんな書き方がよいのか、あるいはそもそも書きようなどないのか、と思ってしまうところはある。そしてこれは、この本の他の章、というかこの種の本全般にも言えることだ。みな自慢話をしているというのでもなく、まじめに書いているし、はさまれる編集協力者他の文章もまじめだ。ただ、あの時の切迫した、しかし生き生きとした感じや、その後の苦い、しかし明るくもある感じは、送ってもらってきた郵便での通信などに比べると薄まる。そもそもそこを狙って作られた本ではない。ボランティアと呼ぶのがよいのか、民間(かつ非営利)の活動の実際と可能性のポイントを示そうというのだから、目的が違う。だからこれはこれでよいのだろう。しかし、それでも、もっとおもしろいのに、と思う。
◇◇◇
 神戸大学附属図書館が、震災関連の資料を集めていること、そのリストを、ホームページで中身を公開できるものについてはその中身も、公開していることをご存知の方はご存知だと思う。「神戸大学附属図書館震災文庫」があり、そこに「デジタルギャラリー」があるのだ。私はそれがあることを聞いてはいたが、実際に見たのは今回が初めてに近かった。これはよい。その存在意義は大きい。
 むろん、膨大な資料の全部を端から見ようという人はそうはいないだろう。(当たり前だ。いないからこそ網羅して保存しておく必要があるのだ。)そしてそこから何を「教訓」にしたらよいのか、自ら引き出せばよいかを導くのもなかなか大変ではある。だから、もとの資料の保存・蓄積とともに、そこから何かを取り出したり、それをもとに何かを言おうという本もあってよい。今度の本もそういう位置づけになるのだろう。
 それにしても、である。デジタルギャラリーには大賀さんのも何点かあって、私がずっと以前に読んだのを覚えている文章も見つかった。『障害者救援本部通信』第16号(1996.2.26)掲載の「震災から1年たっても なんでこんなに涙もろく なんでこんなに腹立たしい」という文章だ。これを一つ読み、ついでにその前後を読んでもらうのが、結局一番よいように思えてしまうのである。

このHP経由で購入すると寄付されます

■表紙写真を載せた本

◆似田貝 香門 編/柳田 邦男・黒田 裕子・大賀 重太郎・村井 雅清 20060331 『ボランティアが社会を変える――支え合いの実践知』,関西看護出版,202p. ISBN-10: 9784906438785 ISBN-13: 978-4906438785 1680 [amazon][kinokuniya] ※ d10.

田中 耕一郎 20051120 『障害者運動と価値形成――日英の比較から』,現代書館,331p. ISBN: 4768434509 3360 [amazon][kinokuniya] ※ d

◆「震災から1年たっても なんでこんなに涙もろく なんでこんなに腹立たしい」
 『障害者救援本部通信』第16号(1996.2.26)
 http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/eqb/serial/7-z27/eqb90_016.html#01
◆神戸大学附属図書館震災文庫
 http://www.lib.kobe-u.ac.jp/eqb/
◆神戸大学附属図書館震災文庫デジタルギャラリー
 http://www.lib.kobe-u.ac.jp/eqb/dlib/
◆『障害者救援本部通信』
 http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/eqb/serial/7-z27/index.html
 http://www.arsvi.com/o/skh0.htm(ごく一部)

■この文章への言及

◆立岩 真也 2011/**/** 「もらったものについて・7」『そよ風のように街に出よう』81:-
◆立岩 真也 2020/05/11 「新型コロナウィルスの時に『介助する仕事』(仮題)を出す――新書のための連載・1」,『eS』09


UP:20060928 REV:0929(誤字訂正),1004(リンク追加), 20110509, 20200512
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