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『ボディ・サイレント』文庫版(平凡社刊)解説

立岩 真也 20060209


このHP経由で購入していただけたら感謝

  *原稿送付:2005.5.21 2006.1.10校正発送

  この本の終わりの方に、サミュエル・ベケット――『ゴドーを待ちながら』が一番有名な作品だと思う――の『マーフィー』からの引用がある(三七六−三七八頁)。ずっと以前、たぶん一九七九年頃に読んだはずだが、いま手元にもないし、どんなことが書いてあったか何も思い出せない。ただその時から、世界を目差している、その下の身体を欠いた頭蓋という絵が、長いこと、ときどき私の頭に浮かぶ。もしかしたらそれは、その小説の挿絵だったのかもしれないのだが、そのこともまったく定かではない。ただ、世界を見ている静かさ、そしてなにか強さがあって、そんな人のあり方が、たしかにあるし、あってよいし、と思ってきたように思う。障害者運動の関係の集まりなどで、他の部分に比して大きな頭蓋――あるいは、頭蓋に比して小さな胴体他――を車椅子に乗せている人を見かけるようになった時、ああそういう人がいる、とも思ったような気もする。
  そして、この人類学者の、アイルランドからの移民の子孫であるマーフィーの本を読んでいて、『マーフィー』からの引用があって、なんだかうれしい気がして、『週刊読書人』の書評――というほどのものでない、紹介――にそのことを書いた。この本は、一九九二年、私がはじめて書評を依頼された本で、それで送ってもらって読んでいたのだ。もちろん、実際に生きることはもう少し複雑なことでもある。身体と環界との境に様々なことが起こる。その様々なことをこの人類学者は書いていく。ただ、やはり、不動である人のあり方はなにか美しいようには思われ、それは一つに、世界の方が私よりも必ず豊かであって、ただそれを感受しているというあり方があるのだということ、あればよいのだということだ。それはそうだろうなと思う。そしてその感じは、この本からもやって来る。

  身体の外の世界であれその内側の世界であれ、世界があれば、それだけで生きていることはよい。それで私は、身体やあるいは頭が動かなくなることを悲しんで死にたくなったり、実際に死んだりするのは、その人のまわりにある社会の仕組みや価値が間違っているためだと考えるしかない。そのことを幾度か、『弱くある自由へ』という本(青土社、二〇〇〇年)に収録された文章等に書いてきた。そんなことを書いた時にはもうすっかり忘れていて、再読して気がついたのだが、この本のはじめのところで著者はこんな問いを出す。「これは特にだいじなのだが、果たして本当に一個の人間にとって、”死んだ方がまし”などということがありうるのか?」(二一頁) そして、様々書いていって、終わりのところで著者は自らの答を言う(三〇五頁)。一番短くすると、「ない」という答だ。そうだよ、と思う。ただその同じ人は自殺することも考え、そんなことではいけない、家族のために生きなさいと妻に言われて、「はい」と従う人でもある(一一四−一一六頁)。東でも西でも、同じようなことが起こっているものだ、とも思う。
  そして、この本には、どんな社会にいると人は死にたくなるのか、障害があった上で生きていくのが辛くなるのかが書かれている。つまり、米国で、あるいは米国に代表され象徴されるような私たちのこの社会において、人は生き難い。一つには、為すことが生きることの価値であるという価値、ゆえに為すことの方が生きることより大切だとする価値である。それと関係しながら、もう一つは、社会の仕組み、「物質的諸条件」である。為すことのできない人は生きるための手段を受け取れなくても仕方がないと言い、実際に受け取れない社会の仕組みである。考えていけば、人生をやっていられないと思う理由としてはそれしか残らず、だからそのことを言うしかないと思って、私は幾度も書いてきたのだが、どこかで、実際にはどうなのだろうと思うところがないではない。この本では、具体的に、どんなふうに米国が、米国的な社会のあり方が、人が生きるのを難しくさせるかが描かれていて、やはり現実に実際にそうなんだ、と思う。
  この本の本筋から逸れたところでおもしろいのは、私が同じ稼業を別の国でしているからということもあるだろうと思うのだが、大学の教員、研究者という人の生態・生活が描かれているところだ。ベストセラーになった本で『モリー先生との火曜日』(ミッチ・アルボム、一九九七、訳=日本放送出版協会、一九九八年)という本もある。そのモリー先生も、マーフィー先生のようにコロンビア大学の有名な先生、ではないにしても大学の先生で、ALS(筋萎縮性側索硬化症)になって、やはり身体が、マーフィー先生より急激に、動かなくなっていく。その先生を元教え子が訪ね、いろいろと人生について教わり、そしてやがて先生は亡くなるという、よくできた、あるいはよくできすぎた本である。また、ハンチントン病という病気を巡って、母親がこの病にかかって亡くなり、遺伝性のこの病が自分にも発症する可能性があることを知っている娘が書いた『ウェクスラー家の選択――遺伝子診断と向きあった家族』(アリス・ウェクスラー、一九九五、訳=新潮社、二〇〇三年)という本もある。これらの本から病気や障害のことを私たちは知るのだが、同時に、ある時代の、ある社会層に属する――マーフィーの場合には、中流階級に移っていったということになるのだろうが――人たちのことをすこし知ることができる。そしてマーフィー先生もモリー先生も、一九七〇年前後の騒乱の時期を大学の教員として経験し、政治的主張にというのではないにしても、そこに肯定的なものを感じている。またウェクスラーはその後の世代で、自分とその家族について立ち入って書いてしまうという行い自体に、その時代とその文化とが関わっている。けっきょくは米国人(という、つまりは私たちの世界の人)であるその人たちから、気負いというものはなかなかなくなりはしないのではあるが、それでも、そこから離れて、緩く生きていく、という時代・文化があったことは、その人たちが生きていくに際し、いくらか肯定的に作用している。そして次に、なにより、つまりはお金があるから、この人たちはなんとかなっている。
  読みようによっては気がつかないかもしれないが、この米国という国には、基本的に、社会保障、社会福祉と呼べるようなものはない。日本にさえあるような公的な医療保険もない。モリー先生は、教え子がやがて書いて出す本の印税の前払いで、しばらく生きていけた。マーフィー先生には、自らも勤め先をもちつつ立派に世話もする妻がいた。また、コロンビア大学の教員の給料がどの程度のものか知らないが、わるくはないだろう。そんなことでもないと、この国では、動かない人は、死にたくなるか、死にたくなる前に死んでいくのだ。そして、それでかまわないということになっている。その国は、身体にせよ頭にせよ動ける人たちの国なのである。米国だけでない。英国でも動けない人は生きにくい。この本にも出てくる、宇宙物理学者でALSのホーキング(一八〇−一八一頁)にしても、寄付金を集めて介護の費用を得たりした。だからこれらの国では、多くの人は早目に亡くなる。モリー先生にしても、人工呼吸器を使えばもっと長く生きられたはずだし、生きていることはよいことだと言うのだから生きていればよいのにと思うのだが、しかし「自然」に死んでいく。『ボディ・サイレント』のようなしぶい本や、『モリー先生との火曜日』のようにしみじみとした、しかし売れ筋の本を読んで、人生について深々と考える、のもよし、ではある。ただ、お金のこと、社会の仕組み・仕掛けのことは押さえておこう。米国の昨今の様子は、斎藤義彦『アメリカ おきざりにされる高齢者福祉――貧困・虐待・安楽死』(ミネルヴァ書房、二〇〇四年)といったすこしもしみじみとできない本に書かれている。

  しかし、それにしても、実際生きていくとなると、身体がとことん動かなくなったら、社会がどうだとか言う以前に、やはりそれはそれ自体として辛いのではないか。こうして振り出しに戻ってきてしまう。
  やはり読み直して気がついたのだが、「かつて誰一人として私に、半身――今はもう全身――麻痺のからだをもつというのが、どんな感じのものか、と尋ねた者はない。そういう質問は中流階級のエチケットに反するからである。」(一五三頁)という箇所がある。なるほど。しかし、死にたいほど辛い病というものがあるのだろうかと気になっていた私は、身体がまったく動かないというのはどんな状態なのか、そうなったらどう思うのか、そんなことを知りたいと思った。この本の著者にしても、だんだんと十分に動かなくはなっていくのだが、もっと、どこもなにも動かなくなったらどうだろう。そうしたらやはり辛いだろうか。
  そんなこともあって、この本の書評を書いてから約十年経って、そこに書いてあることもあらかた忘れ、「”死んだ方がまし”などということがありうるのか?」という問いがあったこともやはり忘れていた私は、同じ問いをもって、一番身体が動かない病気・障害と言ってよいだろう、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の人たちのことを調べることになり、やがてそれは『ALS――不動の身体と息する機械』(医学書院、二〇〇四年)という本になった。『ボディ・サイレント』という題の本があることを、私以外の誰も知らなかったら、私の本にその題を使ったかもしれない。
  その本ではALSの人たちが書いた文章――ほとんどの人は学者でもないし、また身体のかすかに動く部分を使いコンピュータを利用して書く方法では速く多くの字を記すことができないから、たいてい、この本のようには長くはない――からの引用を五二七個重ねていったのだが、一箇所だけ、二〇〇二年の夏に私が行ったインタビューを使っている。そこで私は橋本みさおという人に聞いている。
  立岩「小学生のように聞きますけど、身体が動かないっていうのは、退屈ですか?」
  橋本「かんがえごとができていいよ。」
  立岩「ちょっとそういうこと思ったことがあって。今わりと頭一つあればできる仕事をやってるんで、やれるかなと思って。」
  橋本「できます。ふふ」(『ALS』二七四頁)
  ただ、考えごとができるだけでは心配だ。それでALSになっても酒は飲めることがわかってすこし安心したり――ついでに、マーフィーが酒を飲み過ぎそして断つに至る話はおもしろかった、が、私はこうなったらきっと飲むだろう――、しかし言葉をまったく発せられなくなったらどうしようとやはり心配になってそのことについて調べたり考えてみたりした。私たちは、例えばそんなふうにも、自分の身体をフィールドにしたマーフィーの調査を続けることができる。


UP:20050521 REV:0830,0901 20060110(校正)
書評・本の紹介 by 立岩  ◇立岩 真也
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