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書評:宮坂道夫『医療倫理学の方法――原則・手順・ナラティヴ』

立岩 真也 2005/06/25
『看護教育』46-06:(医学書院)→転載:『医学界新聞』


宮坂 道夫 20050315 『医療倫理学の方法――原則・手順・ナラティヴ』,医学書院,276p.,ISBN:4-260-33395-X 2940 [amazon][kinokuniya] ※
 http://www.clg.niigata-u.ac.jp/~miyasaka/hce/methodology/hce00.html

  半期の授業分、15講構成になっていて、図版があって、同時に、文章は文章として一人で読み通せるように作られている。教える側はよい教科書がほしいと思うが、なかなかない。わかりやすく、バランスをとって、言うべきことを言うのは、ただの本を書くより難しい。著者は、この困難な仕事にとりかかった。ありがちな共同執筆によってでなく、一貫した姿勢で、一人でこの本が書かれた。
  特徴の一つは、そして意義あることだと思うのは、歴史に相当の紙数がさかれていることだ。第1部(第1講・第2講)の「医療倫理の歴史」があり、第12講でも、筆者が年来関心をもってきたハンセン病者、精神障害者に関わる歴史が辿られる。知った上で事実をどう位置づけるのか。これはなかなか難しい。だがそれでも知っておくべきことを知っておくことは必要だ。また第9講「性について」も、教科書の類には従来あまり取り上げられなかったところだと思う。
  さて、教科書はあくまで教科書として評すべきべきなのだろうが、そこからずれて、一つ。「自律尊重」「無危害」「恩恵」「正義」(米国型)、「自律性」「尊厳」「不可侵性」「弱さ」(欧州型)と、各四つ示される「医療倫理の四原則」(p.50)相互の関係である。多くの教科書や概説書でもこうして列挙されるのだから、これらをまず挙げて先に進んでいくのは、まったく正統な進め方ではある。だがこの四つはいったいどういう四つなのだろうと思うことがある。さらに米国流と欧州流の二つの四つがあるから、なお複雑だ。私は、もっと整理できるし、並列でない形で複数を位置づけられるのではないかと思ってしまう。だが、これは筆者に言うべきことではない。
  もう一つ。これは著者に独自な枠組だが、「原則論」「手順論」「物語論」の関係である。筆者は「相互に関連し合うものとして考えるべき」とするととともに、「倫理原則を軽んじることがないよう強調しておきたい」と言う(p.77)。その通りなのだが、もう少し考えておくことが残るように思う。「原則論」と「手続論」との関係は比較的わかりやすい。「原則論」と「物語論」との関係はどうなっているか。「物語論」は、まず事態・問題をとらえる方法だろう。原則は原則として大切だが、本人が思っていることも大切だ。ある人についての指針を検討する際、その人の思いを知ることが大切だ。以上はまったくその通りである。そして一人ひとりの物語を尊重すること自体が、倫理原則から支持される。これもわかる。
  ただ実際に検討され記述されるのはこうした事々だけでもない。患者、医療従事者、家族各々の「物語の不調和」(p.74)をどうするかといった問題が、各主題に即して、検討される。さてどうするか。共通性がないと思われていた二つの共通点を探すといったことが有効な場合があることが示される。なるほどと納得する。ただ、そんな場合だけでもないだろう。例えば自らに対する否定的な「物語」があったとしよう。その人はそのままでは、様々な可能性を自ら閉じて、死んでしまう。「自律尊重」はそれを支持するかもしれない。しかしその物語を維持することはないではないか。というか、そのままにしておくことはないではないか。そう思い、物語の「書き換え」を求めることがあるとしよう。むろんうまく行くかどうかはわからない。だが実際そんな「書き換え」が起こることはある。こうしたことをどう考えるか。もちろんこれに反対の立場もある。つまり、そんなことは「押し付け」だと言うのである。他方、このような「書き換え」の経験・行いを肯定するとしよう。すると、それは「自律原則」を第一としないということを意味しないか。つまりここでは、先に並列された「原則」の間の関係が問われてしまっている。こうしてどうしても私たちは、普通はその解を教科書に求めてはならないのだろう問いの前に立ってしまうことになるのである。(1600字)


UP:20050422
生命倫理学  ◇宮坂 道夫  ◇書評・本の紹介 by 立岩
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