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エイズとアフリカの本・2

医療と社会ブックガイド・54)

立岩 真也 2005/11/25 『看護教育』46-10(2005-11):
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2005/11/11 林達雄 Live in 京都

  前回から、エイズの本、とくにアフリカの状況に関わる本を紹介している。林達雄の『エイズとの闘い』(岩波書店)を取り上げた。
  今回はまず、2005年刊の翻訳書『グローバル・エイズ』から。
  エイズを巡る「俗説」("myth"の訳)を列挙し、それを一つひとつ否定していくというのが全体の構成。章立ては「エイズとアフリカ」「危険行動」「腐敗」「予防か治療か?」「貧困国におけるエイズ治療の障害」「ワクチン」「『製薬企業の利益』対『貧困層の健康』」「限られた財源」「得るものは何もない」「できることはなにもない」。
  訳語・訳文にはこなれているとは言いがたいところがあるが、意味は通じる。最新の状況が(訳者のでなくてもかまわない)「解説」といったかたちで紹介されるとなおよかっただろうが、今起こっている事態を基本的にどうみたらよいのか、重要なことはほぼおさえていて、きちんと、そしてわかりやすく説明されている。
  ただ、とくにこの本についてのことではないのだが、世間に流布している間違いをただすというまじめさが、あるいは、想定される読者に「譲歩」しなければならないという謙虚さが、ときに、そこまでがんばらなくても、という感をもたらすことがある。こういう本には「これはみんなの問題だ」と言わねばならなというところがあって、それは間違いではないのだが、ときにつらくも思える。
  ならばどうすればよいというのか。なにもよい案はない。ただ、まず、ないものを探して、やはりないと暗くなるより、暗くならない方がまだよい。
  次に、同情でも哀れみでも共感でもなんでも、人を貶めることのない限りで――というのがなかなか難しくはあるのだが――使えるものは使えばよい。人は泣きたがっているのだから、情感に訴えるのは依然として効果的だ。
  ただ、世の中には様々な趣味の人がいるから、そしてこの事態は様々な面をもつから、その多面性をそれぞれに明らかにしていったら、それぞれが関心をもつこともある、かもしれない。
  その一つは、人々の動き、立ち回りである。前回とりあげた林の本にも事態を動かしてきた人たちのことが書かれてあって、私はそこがとくにおもしろかった。この本でもまず印象に残るのは、――むろん読む人によるのではあるだろうが――苦心して書かれただろう本文より「はじめに」だったりする。前回もすこし言及したザッキー・アハマットが書いている。
  彼はインド系の南アフリカ人で、ゲイでエイズにかかっている。彼は、南アフリカ政府の政策の転換を求め、要求が入れられるまで薬を飲むことを拒否すると宣言して闘い、そして譲歩を勝ち取った。
  これもまた人情話ではある。英雄を期待せねばならないのもそうよいことではない。ただおもしろいものはおもしろい。どうやって活路を見出していくのかを追い、自らも考えていくのも楽しくもある。『プロジェクトX』の類いが好きな人にも勧められる。最近その数が増えたように思う、いくらか怒り気味で戦闘的で、そして正義を愛している人たちは、妙なところで怒っているより、こんなところに参入すればよいのにと、私などは思ってしまう。
  「エイズの治療をせずに、治療よりもまずはHIV予防だと言うのは近視眼的である。客観的な統計の話ではなく、自分たちの命の話をしているのであり、こうしたことは非良心的である。」(p.9)
  もっとよい訳文にすることができる、とは思うが、意味は伝わる。
もう一つ、最後の文。
  「我々は、ピケラインや行進、セミナーの場で学んでいる。我々が使うのは、手書きのポスターや宣伝のチラシ、インターネット、電話、歌、ペンと紙、ファックスである。南アフリカや各国の一般市民、本書の読者に申し上げる。我々がミスを犯したら訂正して欲しい。いっそ闘いに参加して、我々と一緒にミスを犯し、歴史を作ろう!」(p.10)
  当然こういうものが好みでない人もいる。それはそれでかまわない。つぶらな瞳の少女がこちらを見ているといった表紙の本がよいという人もいるだろう。次回に紹介する石弘之『子どもたちのアフリカ』(岩波書店)の表紙はそんな表紙である。ともかく、まずは様々な媒体があり、伝え方があってよいと思う。事態は悲惨であり、悲惨ではない。両方でもあるし、両方でもない。

◇◇◇

  こうして人々が動いている。その相手は、一つに「政治・経済」という大きなものである。
  「現場」だけでどうかなるわけではないことは、その現場にいる人がいちばんよく知っている。そして結局これは社会の仕組みの問題だと思っている。だがそれが動かない。私一人が何かしたところでという無力感がある。それはまったくもっともではあり、それがどうにもならないから暗くもなってしまう。だが、一つ、そうではあっても、まずどうなっているのかを知っておいてもよい。そして実現可能性はともかく、基本的にどうあったらよいのかは考えておいたらよい。そのために知る必要もある。愚痴をこぼすなら、というか愚痴をこぼしつつ、知れるところは知り、どこでどんな技をかけられるかを考え、かけてみる。
  この場合には、国のお金の使い方を変えさせること、特許についてのきまりを変えることが必要だった。そしてそれは、もちろん反グローバリゼーションの動きとも関わる。しかしそれは地域に閉じることを主張するものではない。使えるものはどこでも使えるようにしようという運動である。また、それは十分に体制に批判的ではあるのだが、その協力や支持も不可欠である。そこをどうやっていくか。具体的な成果を、それも短期間のうちに、あげなければならない。ではどうするか。

◇◇◇

  さんざん考えいろいろやってみてそれでどうにもならないのであれば、ほんとうに仕方がない。だが、ときにはそうでもないらしい。人々の動きがなにかしらのものをもたらした。そのことがわかる。それが林の本のおもしろさでもあった。ただ、みなに買ってもらえるあの値段の本では、そう詳しく書き込むことはできない。もうすこし詳しく知りたいということにもなる。そこで、前回にもすこし紹介した冊子がある。
  長い題名で恐縮だが『貧しい国々でのエイズ治療実現へのあゆみ』。「アフリカ日本協議会」(AJF)とこの組織が蓄積してきた情報を中心に、私がいる大学院の大学院生、私の研究室が協力して作っている。これまでに第1部と第2部ができている。
  第1部では、大学院生の三浦藍がアフリカを中心としたこれまでの推移の概要を紹介し解説している。そして2000年以降の国外での報道――日本国内での報道はわずかだった――をAJFが翻訳したものが時系列順に並べられている。そして技術・知識の所有権について、この場合にはとくに薬の特許権について、また義務は当然国境を越えることについて、これまで私が書いてきた文章等を再掲した。そして末尾に三浦の作成した用語解説が付されている。
  概要篇、基礎篇とも言えるこの第1部は6月に出た。その後、9月にできあがったのが第2部「先進国・途上国をつなぐPLWHA自身の声と活動」。
  第1章「ザッキー・アハマットという生き方」。第2章「南ア以外の国の状況」。さきに紹介したザッキー他、林の本にも出てくるケニア、ナイジェリア、モザンビークの人たちの言葉や組織の行動が詳しく紹介されている。
  第3章「ARVを巡る先進国での争い」。アフリカ日本協議会の事務局員・稲場雅紀の「シアトルWТO閣僚会議で表面化したエイズ治療薬と知的所有権の問題」。あの時にあったことが記憶の片隅か彼方かに追いやられてしまってはまずいわけで、この報告を掲載。また高橋慎一と堀田義太郎による「エイズ危機における米国患者運動の軌跡」は米国内での当人たちの運動を紹介している。さらに、米国の女性のロースクールの院生が「国境なき医師団」と協力しつながら、製薬会社および自らが属するエール大学とやりあって、特許権の不行使を実現させた過程を報道した記事も収録した。
  第4章は「途上国でのエイズ治療の可能性を開く――ブラジルの挑戦」。この国が重要であることについては前回も少し述べた。
  第1部・第2部、A4版各約60頁、各500円。1000円の合本版をお送りする。ついでに林の本も委託され販売している。定価504円だが500円。足す送料。冊子の売上げ全額と林の本の定価の2割がAJFの活動資金に充てられる。つまり1セットで1100円ほど寄付する。HPの「ここでしか買えない冊子」に関連情報。自家印刷・製本のため不良品ありえます。取り替えます。
 ※林さんの本は手元在庫切れ

 *表紙写真を載せた本

◆Irwin, Alexander ; Millan, Joyce ; Fallows, Dorothy 2003 Global AIDS: Myths and Facts -- Tools for Fighting the AIDS Pandemic, South End Press=20050810 八木 由里子 訳,『グローバル・エイズ――途上国における病の拡大と先進国の課題』,明石書店,世界人権問題叢書 57,302p. ISBN: 4750321656 3300+ [kinokuniya] ※,

 *その他

林 達雄 20050603 『エイズとの闘い――世界を変えた人々の声』,岩波ブックレットNo.654,ISBN: 4000093541 \504
◆アフリカ日本協議会+立岩 真也 編 2005.06 『貧しい国々でのエイズ治療実現へのあゆみ――アフリカ諸国でのPLWHAの当事者運動、エイズ治療薬の特許権をめぐる国際的な論争 第1部 アフリカのエイズ問題』,<分配と支援の未来>刊行委員会,62p. 500円+送料
◆アフリカ日本協議会+三浦藍 編 2005.09 『貧しい国々でのエイズ治療実現へのあゆみ――アフリカ諸国でのPLWHAの当事者運動、エイズ治療薬の特許権をめぐる国際的な論争 第2部 先進国・途上国をつなぐPLWHA自身の声と活動』,<分配と支援の未来>刊行委員会,66p. 500円+送料
 →こちらからお送りできる本

◆立岩 真也 2005/10/25 「『エイズとの闘い――世界を変えた人々の声』」(医療と社会ブックガイド・53)
 『看護教育』46-09(2005-10):(医学書院)
◆立岩 真也 2006/01/25 「エイズとアフリカの本・3」(医療と社会ブックガイド・56),『看護教育』47-01(2006-01):-(医学書院)


UP:20051001 REV:1201, 20150102 
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