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『エイズとの闘い――世界を変えた人々の声』

医療と社会ブックガイド・53)

立岩 真也 2005/10/25 『看護教育』46-09(2005-10):798-799
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2005/11/11 林達雄 Live in 京都

  前回途中で終わった三島『児童虐待と動物虐待』(青弓社)の紹介の続きでなければならないのだが、延期させていただく。別の本を紹介する。第42回(2004年10月号)に、次のように書いた。
  「今一番大切なことは、とくにアフリカの、エイズのことだと思っている。海外医療援助についての本は何冊かあるが、この主題についてまだまとまったものはない。
[…]。どんどん状況は変わっていくし、この主題については細かな込み入ったところが大切で、そうした情報は必ずしも一般向けではない。だから本を出すのは難しいのだが、それでも工夫して本が書かれる必要がある。私自身もお手伝いできることがあれば、お手伝いして、出していく必要があると考えている。ただそれは、残念だがもう少し先になるだろう。」
  こう書いたが、今年になって何冊か本が出た。今回はまず1冊、林達雄『エイズとの闘い――世界を変えた人々の声』を紹介する。
  「アフリカ日本協議会(AJF)」というNGOがある。事務局は東京にある。事務局長をしているのが斉藤龍一郎市野川容孝が、私にとっては同業者、斉藤にとっては介助仲間?(同じ脳性麻痺の人の介助をしている)といったつながりもあり、彼が私たちの書いた本(『生の技法』、藤原書店)を評してくれて、というか不平を言ってくれて、そんなことからだったか、間遠なやりとりが10年以上前からあり、それで彼のホームページなどを見たりして、AJFの活動も知るようになった。
  そんなこんなで、本を出したいという話も、市野川とともに聞いた。みなに読んでもらいたい本と、詳しく事態を伝える本と、両方いるだろうということになった。ただ後者の方は、出版社が出してくれるような本を作るまでには時間がかかる、準備が必要だとだということ、その準備も兼ねて、自家出版の冊子を作ったらよいのではないかということになった。こちらはあとで紹介する。まず前者を出そうということになった。
  岩波書店が応じてくれて、岩波ブックレットの1冊として『エイズとの闘い』がこの6月に刊行された。著者はAJFの代表を務めている林達雄。著者紹介は次のようになっている。「医師。1954年生まれ。愛媛大医学部卒。国立横浜病院外科・勤務を経て、1983年よりNGOの職員として、アフリカ、アジアで海外協力活動に従事。日本国際ボランティアセンター前代表。ジョハネスバーグ持続的開発会議・日本政府代表団顧問。現在、(特活)アフリカ日本協議会代表。2000年よりアフリカ・エイズ問題に取り組む。」
  林は、アフリカに行ったりしたその時々に、その場所からEメイルて送ってくれたりしてきた。そうした文章が20ほど私のホームページにも掲載されたり、リンクされている。怒っていたり、感激していたりしている。その時々のことがよく伝わる。それらは、いくらかの知識を共有している人に宛てて出された。そして今度の本は、はじめての人にもわかるように、伝わるように書かれた。

◇◇◇

  いくらかでも知っている人なら、エイズになっても、複数の薬剤を適切に使っていけば、死なずにすむことは知っている。しかしその薬の値段は高い。そしてエイズになる人が多い地域は貧しい地域である。エイズによる死者が世界で年に300万人などと聞くと、そしてそれは貧困に関わっていると聞くと、これは最もどうしようもない事態のようにも思われる。
  しかしこの本に書かれているのは、かなり短い間に事態が変わった、変わっている、変えることができるということである。依然、というかますます厳しい状況ではあるのだが、それでもやりようがあるということ、そしてその土地土地のHIV感染者本人たち――このごろはPLWHA(HIV/エイズとともに生きる人々)と言ったりする――の活動が、事態を動かそうとしたこと、実際に動かしてきたことが書かれている。
  政府が動いて、あるいは政府を動かして、米国その他に抗し、まずうまくやった国としてブラジルがあげられている。特許権が設定されている薬に似た安い薬(ジェネリック剤)を自国で作り、政府が無料で供給したのだ。その後、やられた側が反攻に出た。米国が、世界貿易機関(WTO)への加盟と特許を厳しくする法とを抱き合わせにすることに成功した。日本は米国の路線に従う。それで事態はまた厳しくなった。しかし、とりわけ南アフリカにおける闘争の成功なとがあって、事態はまた変化することになる。そこには、政策が変わるまで薬を飲まないという行動に出たザッキー・アハマットという南アフリカの男がいたりもする。また、ケニアの女性たちの活動や、ウガンダの対応などが紹介される。
  まず、世界の中でいま一番知られてよいことで、しかし知られていないことが書いてあるから、この本には価値がある。そして、世の中で知られるべきことの中には苦いこともあり、むろんこの主題にもそういう部分はあるのだが、もう一つ、世界は変えられる、やり様はある、と思える。その流れを感じることができる。私は一昨晩、夜行バスが西新宿を出発するまで、そして走り出して電灯が消えるまでの時間に、一度ざっと呼んだこの本をもう一度読んだ。読み始めたら、もっと詳しいともっとおもしろいと思いながら、読んでいってしまう。
  次回にも紹介するが、エイズに関する本は幾冊かある。その多くでは、これは日本人の問題でもあるという書き方がされる。それはそれで間違いではないし、また読んでもらうための言い方としても有効ではあるだろう。しかし、そういうことだけでもないはずだ。外国で起こっていることに対して、やはりなされなければならないことがある。しかしアフリカは遠い。すくなくとも遠いことになっている。そこでなすべきことがある時になにをするか。
  ヨーロッパの方が関心は高い。物理的距離として日本よりはだいぶアフリカに近いということはあるだろう。また植民地支配の歴史があり、移民も多い。このように違いを並べ立てられたとして、しかし、だから日本では仕方がないという話にはもちろんならない。だからどうするか。簡単で有効な手段があれば苦労はしない。AJFは二つのことをしてきた。
  この本に書かれているように、日本は、この件に関してろくなことをしてこなかった国である。例えば、WTOのルール改正に米国、日本、スイスだけが反対した。だから、著者も組織も批判的であらざるをえない。
  「「あなたのしていることは、多くの人の命を生かす方向ではなく、殺す方向にあります」。私は小泉首相に直接意見を述べてみた。しかしその答は返ってこなかった。」(p.13)
  ただ、政府もアフリカに対し何もしないわけにはいかない。外務省が担当する仕事となるが、あそこも他のことで忙しく、知るべきことをそう知っているわけではない。手がまわらない。するとある部分、民間に依存することになるし、民間の側も、批判的でありながら、そこになにかチャンスがあると思えば、それに関わる。活動の蓄積や集積してきた知識によって一定の影響を与えることができる。AJFは小さな組織だが、その規模以上の仕事をしてきた。
  こうして、知識・技能を生かして政策過程に介入するのが一つ。ただ、ももちろん限界はある。いちおう民主主義でやっているわけでもあり、もう一つ、「国民」がまるで無関心だと政府も動かない。それでこの本が書かれた。

◇◇◇

  こうしてまず1冊が出た。さらにもっと詳しく知りたいし、知ってもらいたいと思う。そこで冊子を作っている。『貧しい国々でのエイズ治療実現へのあゆみ――アフリカ諸国でのPLWHAの当事者運動、エイズ治療薬の特許権をめぐる国際的な論争』。シリーズで出していくもので、第1部が6月に出て、9月に第2部が出た。
  第1部「アフリカのエイズの問題」の第1章「サブサハラ・アフリカにおけるHIV/AIDSの現状」、第2章「エイズ治療薬の知的財産権をめぐる動き」は私がいる大学院の大学院生・三浦藍が書いている。第3章「エイズ治療薬を巡る新聞報道」では、林の本で簡潔に紹介されている薬を巡る攻防についての国内外の報道記事。AJFがこれまで収集し、英語のものは翻訳してきたものを掲載した。第4章には、私が知識・技術の所有権の問題などについて過去に書いた文章からいくつかを再録した。
  研究室で印刷・製本した。A4版。第1部・第2部各500円。45字×50行×約60頁。ついでに林の本も委託され販売することにした。税入れると504円だが500円。足す送料。前者の印税と後者の売上げはAJFの活動資金に宛てられる。私のHPから購入できます。どうぞ。

[表紙写真を載せる本]
◆林 達雄 20050603 『エイズとの闘い――世界を変えた人々の声』,岩波ブックレットNo.654,ISBN: 4000093541 \504

◆アフリカ日本協議会+立岩 真也 編 2005.06 『貧しい国々でのエイズ治療実現へのあゆみ――アフリカ諸国でのPLWHAの当事者運動、エイズ治療薬の特許権をめぐる国際的な論争 第1部 アフリカのエイズ問題』,<分配と支援の未来>刊行委員会,62p. 500円+送料
◆アフリカ日本協議会+三浦藍 編 2005.09  『貧しい国々でのエイズ治療実現へのあゆみ――アフリカ諸国でのPLWHAの当事者運動、エイズ治療薬の特許権をめぐる国際的な論争 第2部 先進国・途上国をつなぐPLWHA自身の声と活動』,<分配と支援の未来>刊行委員会,66p. 500円+送料
 *第1部〜第3部合本版1500円+送料 →こちらからお送りできる本

◆立岩 真也 2005/11/25 「エイズとアフリカの本・2」(医療と社会ブックガイド・54),『看護教育』46-10(2005-11):900-901(医学書院)
◆立岩 真也 2006/01/25 「エイズとアフリカの本・3」(医療と社会ブックガイド・56),『看護教育』47-01(2006-01):-(医学書院)
◆三浦 藍 http://www.geocities.jp/africanacana/


UP:20050829 REV:0830 0902, 20150101
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