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『児童虐待と動物虐待』

医療と社会ブックガイド・52)

立岩 真也 2005/08/25 『看護教育』46-08(2005-08):
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  いつまで人は「新進気鋭の」とか「若手の」とか呼ばれるのだろう。それは知らないが、そう呼んで間違いないだろう人たちの本、修士論文や博士論文がもとになった本が何冊も出ている。
  昨年は、山根純佳『産む産まないは女の権利か――フェミニズムとリベラリズム』(2004、勁草書房、219p. 2520)。三井さよ『ケアの社会学――臨床現場との対話』(2004、勁草書房、270p. 2730)――この書評は『季刊社会保障研究』に掲載。貴戸理恵『不登校は終わらない――「選択」の物語から〈当事者〉の語りへ』(2004、新曜社、327p. 2940)。その前には、土屋葉『障害者家族を生きる』(2002、勁草書房、237p. 2960)。天田城介『<老い衰えゆくこと>の社会学』(2003、多賀出版、595p. 8925)。同じ著者で『老い衰えゆく自己の/と自由――高齢者ケアの社会学的実践論・当事者論』(2004、ハーベスト社、394p. 3800)。等。
  他にもたくさんあるだろうが、手元にあったのはこんなところ。私自身の専攻のためもあり、社会学の領域に偏っている。記憶に間違いがなければ、山根・三井・貴戸の本が東京大学、土屋のがお茶の水女子大学、天田の(最初の本)が立教大学の、博士論文あるいは修士論文、あるいはそれに書き足したりしてできた本である。
  これらはみな好著だ。何かを言おうという意志があって、書かれている。大学院の時期は、時間がないようだが、しかし後と比べるとやはり時間があって、時間をかけて書ける。力を込め、著者が一番書きたいことを書いている。
  ただ、もっと先へ行ってほしい、と思うところはある。博士論文でも今どきは、博士課程(一貫制の大学院なら博士後期課程)に入って3年で出せと言われるのだから、そう悠長なことはやっていられず、8割ぐらいのところでまとめに入ったという感じがするのも当然ではある。しかしそれでも、もう一声、という感じはある。
  その中では、まず分量として異様な本として天田の『<老い衰えゆくこと>の社会学』がある。この本はそのうち紹介するだろう。ここでは、好著でない本、以上に比べて行儀のよい本ではない本、できがよいとは思えない、変な本を1冊、紹介する。『児童虐待と動物虐待』という本である。

◇◇◇

  著者は三島亜紀子「社会福祉の学問と専門職」は大阪市立大学大学院の修士論文(社会福祉学)で、1999年。今回の本はその一部で扱われた主題ではあるが新たに書かれたもの。修士論文は私のホームページに掲載させてもらっている。400字詰777枚という分量。さきにあげた本も含め、ここ数年私が読む機会を得た修士・博士論文の中でも特に優れた論文だと思う。出版の計画があるが、まだ実現されていない。どこが重要なのか、それは本になったら書こう。
  その修士論文に比べ、この本はできがよいとは言えない。大切そうなことはいろいろ書いてあるのだが、それらがなかなか像を結ばない。児童虐待や動物虐待を巡る社会現象がなんだか気持ちが悪くて歯切れが悪いのと同じように、なんだか気持ちがわるくて歯切れが悪い。現象の煮え切らなさが本に伝染している感じがする。
  しかし、にもかかわらず、この本は――というより、こんな本を書こうというそのあり方が、ということだと思う――わるくない。思考を喚起する本がよい本であるなら、この本はよい本である。
  この、よい本の居心地のわるさは主題・題名からも来ている。児童虐待と動物虐待は別のことで、並べること自体が不快に思われる。三島もそのことを記している。「数年前、ある福祉系の学会で本書と同様の題目を掲げて報告をした。このとき、その学会で子どもと動物を同時に論じることに意味があるのか、と嫌悪感をあらわにした発言を受けた。」(p.9)
  しかし、三島は別々に考えない方がよいいくつかの事情、事実があるとする。その説明は本の方に譲るが、私の方にも思いあたるところはある。ドメスティック・バイオレンスを問題にする人が動物愛護を言う。その人はむろんよい人で、何も問題はないのだが、なんだか腑に落ちないものが残る。それは何か。考えると難しい。その答はこの本にない、と言ってよいと思うが、しかしともかく三島は、まず二つを並べてみせた。これはよい、と思う。
  ただ以下では、まず分けて見ていこう。「児童虐待」の方から。
  第一点は誇張について。「構築主義」と呼ばれる立場は、最も単純にすれば、これまでも同じ虐待が起こっていたのに、それが社会で問題にされるようになった、そのことによって増えるように見えているという話をする。それはかなりの部分その通りではあると思う。しかし、虐待の存在自体は嘘ではないのなら、まあよいではないか、とも思える。筆者も次のように言う。
  「保護が必要な子どもはこの社会のどこかにいて、児童養護施設の一部は老朽化が進んだ冷たい鉄筋でできていて、職員は厳しい労働条件のなかで働いていることは事実である。そして子どもも、なんらかの制約のなかで生活を余儀なくされている。こうした現状を改善しようとするとき、児童虐待問題が盾とされる。クレイム・メーカーはその盾の根拠を数字に表すことなどによって社会的に確固たるものにする人であり、構築主義者はその盾をまやかしの盾だと言う人である。筆者が東北の山間部にある児童養護施設を訪ね歩き、ボロボロのその姿を見たとき、激務に体を壊した職員の話を聞くとき、盾を盾として利用してもいいのではないかと思ったものだ。ただ、クレイム・メーカーはある程度自覚的である必要はあると思うのだが。」(pp.47-48)
  「現場」にいる人たちも、構築主義者の言うことを、文字として公表したりすることは少ないが、かなりの部分、その通りと認めるはずだ。例えば今まであまり光の当たっていなかった児童相談所の活動が注目され、予算も増えている。その方向で児童虐待の増加というお話が利用されているところはある、それは構築主義者の言う通りだ、とその人たちは言う。
  さらに他方では、問題が実際以上に大きく扱われてしまい、そのせいでなにかと矢面に立たされ迷惑をこうむっているのもまた自分たちだとも思う。ここでも、構築主義の言い分はよくわかるとその人たちは言うだろう。
  第二に「介入」について。児童虐待といった事態を梃子にして、社会が家庭という領域に侵入してくると社会学者等は言う。しかしそれにも「現場」から、また「社会」から、反論がなされる。それで人が死んだらどうするのだ、実際に死ぬことがある、と言う。たしかにおせっかいかもしれないが、命がかかっているのだから、その方がよいのではないか、仕方のないことではないかと言うのだ。
  さらに同時に、現場や行政の人たちは、干渉のし過ぎだと言ってくれた方がよいとも言う。子どもが死んだりすると児童相談所やその職員の責任にされてしまう。それではかなわない。構築主義が「専門職による介入」を相対化し、批判してくれた方がかえってこちらはよい、という反応もある。
  このようにして、批判、「相対化」はいったんなされるのだが、それも吸収されてしまい、これまで通りのことが続く。
  ただ、そういう終わり方でよいのかなと思う人もいる。ではどうならよいのか。よくわからない。この本の著者もよくわかっていないと思う。しかし気にはなっているようだ。「動物虐待」をもってきたのも、こうしたひっかかりがあるからのようだ。
◇◇◇
  一つ、問題を「そらしている」という感じがある。一つ、「弱者」「無辜なる者」という主題系がある。もう一つ、「苦痛(の除去)」という主題系がある。
  一つめから。まず、誰もが思うのは、「動物愛護」に偽善の臭いがするということだ。あるいは矛盾があり、それに気がついていないように思える。荷を引かされ苦しんでいる馬はかわいそうだが、牛を殺して食べるのはよいというような話はなんだかおかしいと思う。では菜食主義者になればよいのだろうか。実際、主義を一貫させようと、そうする人もいる。しかし、菜食主義者になればそれでよいのかというと、それもなんだかおかしいと思うなら、そのことをどう言うかという課題は残る。
  次に、残虐さ(に対する非難)のバランスを欠いている感じがする。世の中にはもっと大きな悲惨があるのに、動物虐待をことさらに問題にするのはどうか。
  ただ、この疑問には答が用意されている。つまり、動物を虐待してしまう人間がもっと大きな犯罪を起こしてしまう、だから捨て置けない、というのだ。筆者はその同じ答が歴史上幾度も示されてきたことを示す。さて。(続く)


[表紙写真を載せた本]
三島 亜紀子 20050617 『児童虐待と動物虐待』,青弓社,青弓社ライブラリー38,214p. ISBN: 4787232452 1680 [amazon][kinokuniya] ※

[とりあげた本]
土屋 葉 2002/06/15 『障害者家族を生きる』,勁草書房,259p. ISBN: 4326652705 2940 [kinokuniya][amazon] ※
 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db2000/0206ty.htm
山根純佳 20040825 『産む産まないは女の権利か――フェミニズムとリベラリズム』,勁草書房,208+11p. ISBN:4-326-65297-7 2520 [kinokuniya][amazon]
三井 さよ 20040825 『ケアの社会学――臨床現場との対話』,勁草書房,270p. ISBN: 4326652969 2730 [kinokuniya][amazon] ※
◇貴戸 理恵 20041120 『不登校は終わらない――「選択」の物語から〈当事者〉の語りへ』,新曜社,327p. ISBN:4-7885-0927-X 2940 [kinokuniya][amazon] ※


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