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近刊の教科書から

医療と社会ブックガイド・51)

立岩 真也 2005/07/25 『看護教育』46-07(2005-07):
http://www.igaku-shoin.co.jp
http://www.igaku-shoin.co.jp/mag/kyouiku/


  このところ、わりあいたくさんの本の紹介・書評の依頼があり、断わらなかったものだから、してしまった。今回と次回、そうして取り上げた本についていくつか補足的なことを書く。なお掲載された文章――多くは数制限がきつく「書評」と呼べるようなものではない――はホームページに再掲。
  その前に二つ。一つは私の側のこと。私は本を読まないので書評に適していない。この連載にも適していない。ただ、それなりに一貫した視点から(とは、パターンが同じということでもあるのだが)本を捉えることはできると思う。それは、私の視点・立場なるものに意味があればの話だが、一定の意義を有するだろう。そしてこのことと、私が本の概要をていねいに説明したりしないことや、よい本でもあまり称賛しないことが多いこととは関係がある。
  一つは書評の仕組み。この連載ではまったく自由に本を選ばさせてもらっているが、他の雑誌や新聞の書評欄などで紹介する本は、自分で選んだものではない。書評委員会があり、そこでの相談の上担当する本を決めるという体制をとっている新聞もあるようだが、私は具体的な依頼があって書いている。だから紹介したい本を紹介しているのではない。ときにどうにも書きようがなく、断わることもあるが、まずは読んでみるからと本を送ってもらってからではなかなか断わりにくい。それでけっこう苦労することがある。はっきり批判できる本はまだよいが、どこかおかしいのだがそれをはっきりさせるのに手間取る本や、よくできていて、加えて何かを言うのに苦労する本はなかなか難しい。
  さて以上は言いわけのようなものだった。さっさと本題に入り、10冊ぐらい次々と、と思っていたが、そうはいかなかった。ここ数月の間に大学などで使う生命倫理・医療倫理の教科書を2冊紹介したので、そこから始める。

◇◇◇

  一冊は小林亜津子『看護のための生命倫理』」(2004、ナカニシヤ出版、260p.、2520円)。もう一冊は宮坂道夫『医療倫理学の方法――原則・手順・ナラティヴ』(2005、医学書院、276p.、2940円)。前者の紹介は『週刊読書人』からの依頼。後者の紹介は本誌の先月号に載って、同じものが『医学界新聞』にも転載された。宮坂は新潟大学医学部保健学科の教員であり、また小林の本も題名の通りというわけで、医療、看護職の教育課程での使用が想定されている。そしていずれもよい教科書であり、苦労し、工夫をこらした教科書になっている。
  そしてつい最近、清水哲郎・伊坂青司『生命と人生の倫理』(2005、放送大学教育振興会、193p.、2415円)が送られてきた。こちらはもっと古くからこの領域の研究をしてきた2人によるもの。宮坂の本と同じく、半期15回分に分かれている。2人が担当する放送大学の講義で使われる。
  むろんここ数年と広げれば、他にもいろいろ出ているし、私が知らないものもたくさんあるだろう。紹介を依頼されたもの、届いたものが3冊というだけなのだが、各々工夫されていて特色があり、よくできている。個々についてはホームページに掲載した文章に舌足らずではあるが紹介した。
  よい教科書があるとよい。時々そう思う。しかし実際に作るのは難しい。それには様々な難しさがあるのだが、一つは、自らの考えを言うか、どう言うかである。
  私は、基本的には、言えばよいではないかという立場だ。しかし知らないではない幾人かの人のことを思い起こしてみると、その人たちが自ら真理と考えるものをそのまま学生の前で披露されてしまったら、それはまことにとんでもないことであり、そんな人が書いたものを手にとってもらいたくはないと思う。するとやはり教科書にはなにかしらの制約、自制というものが求められもするのだろうか、とも思う。
  これは教科書検定の問題にもつながり、考えるとそこそこおもしろい主題である。利用者=消費者による選択でよいではないか。しかし実際にはそうではない。直接に使用する学生ではなく学校が選んだりしている。さらに、教わる前に、教えられることについて教えられる側が評価するというのも難しく思われる。そこでどうするかという問題がある。
  ただ、すくなくとも大学以上の教科書ということになれば、その意味合いも変わってくる。また公刊される本については批評し、批判し、それを公開することは可能だから、そのようなかたちで介入すればよく、各自言いたいことは言えばよい、と思う。
  何についても意見をもった方がよい、などとは思わない。言いたいことがあれば言えばよいというだけのことだ。ただ、「医療倫理」「生命倫理」の領域になると、もともと「ではどうするのか」という問いに関わってしまっている。さらに、その問いに対する答えが途中までしか出ていないことが多い。そして、どこからわからなくなっているのか、それ自体が見にくくなっている。
  小林の『看護のための生命倫理』は、あえて、自説を展開するという書き方で書かれなかった本であるのだが、その本の書評・紹介では、あえて、ややこしいことのややこしさを伝えようとする時、複数の立場が併記されている方がかえって理解が難しいことがあるかもしれないと書いた。根拠や反論の可能性を明示しながら、ある方向で押していった方が道筋がわかりやすいようにも思ったのだ。うまく書いてあれば、読者はその説の味方にも敵にもなれ、そして今どちらに立っているかがわかる。
  宮坂の『医療倫理学の方法』は自らの捉え方の提出という性格がより強いが、その独自性は事態を見る枠組みの方にある。この本を紹介した短文では、「原則論」「手順論」「物語論」とあるうちの、とくに「原則論」と「物語論」との関係をどう言うかが肝心なところだろうと言い、それとも関連するのだが、多くの場合に4つあげられる「原則」――「米国型」では「自律尊重」「無危害」「恩恵」「正義」――の間の関係、優先順位の問題が結局残ってしまう問題だと述べた。これはもう本格的に学問的な主題であって、教科書でなくてもそう決定的なことは書いてなかったりすることであるから、それについて何ごとかを書けというのは、教科書に対する要求としてはとんでもないことである。しかし、それがやはり、私自身も気になってきたことなので、そのことを書いた。
  その後、専らこの文章を書くために、つい先日届いた『生命と人生の倫理』を開けてみた。すると清水哲郎が担当した第10章「倫理原則」の第3節「有力4倫理原則」の次が第4節「原則を改訂する試み」になっている。「筆者が吟味した結果としての一定の改訂の提案を次にまとめておくので、参考にされたい」(p.118)となっている。同じことを考える人はいるものだということである。
  さて、と思い、清水の過去の著作ではどこにその話があっただろうかと、しばらく思い当たらなかった。関連する彼の単著としては『医療現場に臨む哲学II――ことばに与る私たち』(2000、勁草書房、201p.、2310円)がある。この本については『週刊読書人』の依頼で書評を書いている。また、以前に紹介したことがある『現代思想』の2004年11月号(特集:生存の争い)に、その本で言われていることの一部を批判した「より苦痛な生/苦痛な生/安楽な死」を書いたのだが、たしかその本では、この主題、つまり倫理原則間の関係という主題は扱われていない。そこで『医療現場に臨む哲学』(1997、勁草書房)に当たると、第4章「医療行為の倫理原則」、その第4節が「諸原理・諸規則間の優先性?」だった。清水の本のよい読者でない私は、忘れていた、そうだったか、と思うといった次第。それで表紙写真はこちらにした。(この本については著者がそのホームページでかなりていねいにフォローしている。私のホームページからリンクさせた。ただ、『II』については、忙しいからだろう、関連情報の掲載はない。)

◇◇◇

  もちろん教科書は学生にその教科を教える際に使う手段の一つだが、学生でなく単位をとろうというのでもない者が、とりあえずある領域がどんなぐあいになっているのかを手早く知ろうとする場合に使える。
  それは邪道である、かもしれない。しかし、皆忙しいのだから、なんでも最初から終わりまで勉強している暇はない。なぜだか教科書は、その領域がおもしろいよりはたいていおもしろくないのだが、そのことさえ忘れなければ、それなりに使える。試験されるのでもなければ1冊通して読む気にはなれないだろうが、その場合には、同じ主題、項目について幾種かの教科書、概説書を並べて読んでみたりすると、その共通性や違いから考えることが見つかっておもしろいかもしれない。


[表紙写真を載せた本]
◇清水 哲郎 19970530 『医療現場に臨む哲学』,勁草書房,246p. ISBN: 4326153245 2520 [kinokuniya][amazon] ※

[とりあげた本]
清水 哲郎 20000801 『医療現場に臨む哲学II――ことばに与る私たち』,勁草書房,195+6p.,2200
cf.立岩 真也 2000/10/06 「書評:清水哲郎『医療現場に臨つ哲学II――ことばに与る私たち』(勁草書房)」,『週刊読書人』2356:4
◇小林 亜津子 20041120 『看護のための生命倫理』,ナカニシヤ出版,260p. ISBN: 4888489092 2520 [amazon][kinokuniya] ※. be
cf.立岩 2004/12/03 「書評:小林亜津子『看護のための生命倫理』」],『週刊読書人』2565:4
◇宮坂 道夫 20050315 『医療倫理学の方法――原則・手順・ナラティヴ』,医学書院,276p.,ISBN:4-260-33395-X \2940 [kinokuniya] ※
cf.立岩 2005/06/25 「書評:宮坂道夫『医療倫理学の方法――原則・手順・ナラティヴ』,『看護教育』46-06:(医学書院)
清水 哲郎・伊坂 青司 20050320 『生命と人生の倫理』,放送大学教育振興会,発売:日本放送出版協会,193p. ISBN: 4595305354 2415 [amazon][kinokuniya] ※ be.


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