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(選挙結果について)

立岩真也
『信濃毎日』2003-7-


  *この文章は、注を付した上で『希望について』に収録されました。買っていただけたらうれしいです。

  今度の選挙で与党は議席を減らしたが、決定的に負けたわけではない。細々したことを省いて言えば、人々の正義感と現実主義がこの状態を維持させている。
  外交について。悪には力の行使もときには必要という正義感がある。米国のような大きな勢力とは一緒にやっていった方がよいという現実主義がある。両方が同じ外交を支えている。
  経済について。自由競争を正義とする感覚がある。それで既得権益を排せと言う。他方、競争を宿命として受け入れながら、それだけではやっていけないので、議員に頼んで、お金を地方に持ってこようとする。二つは辻褄が合っていないが、同じ党に、「改革」を言う党首がおり、公共事業に口がきけると思われている議員がいて、それで同じ党に票が入る。
  私自身はこうした流れのすべてに賛成しないのだが、しかし、悪賢い人たちが人々を煽動して社会を望ましくない方向に持っていこうとしているとは考えない。以上に簡単に記したそれなりにもっともな理由があって、この状態が続いてきた。
  与党と野党各々の第一党が言うことがそう違わないのも、このことが関係している。この選挙制度で議席を得ようとすると、当然とされ仕方ないとされることとあまり違うことが言えない。
  では、結局このまま動いていくのだろうか。それもうれしくはないと、かなり多くの人は思っているはずだ。しかし別の理想を掲げたら、社会が停滞してしまい、競争に負けてしまうのが心配になる。これが現実主義を支えている。以下ではこのことについてだけ、すこし考えてみる。
  基本的には社会的な格差は小さい方がよい。もちろん反対する人もいるが、多くの人はこちらに賛成する。そこで、たくさんある人から少ない人に渡す、介護やら何やら多くを必要とする人にそれほど必要でない人から渡す。その仲介が政治の仕事で、政府はこの仕事に徹したらよい。
  例えば誰もがよくわからなかった年金のこと。自分のための貯金みたいなものだから、得になるから、払いなさいというのはかえっておかしい。得になるなら自発的に入るはずなのになぜ強制加入なのかと、かえって信用されない。預金なら銀行でよい。たくさんある人からあまりない人に渡す、それだけをする。払える人には必ず払ってもらう。それが民間にできない政府の仕事である。
  それに徹しきれない理由の大きな一つは国際競争の圧力だ。これをなくすことはできない。しかし緩めることはできる。その方向に少しでも現実をもっていければ、国内の格差を少なくすることが容易になる。また、直接には生産性に結びつかない部分に力を注げる。そして、世界に争いはなくならないだろうが、少なくはなる。
  地域間の格差を公共事業でなんとかしようというのがこれまでのやり方だった。それに現実性があったから、それしか方法がなかったら、政権党が支持されてきたと述べた。しかしそれが有効に機能していないことはもう皆が知っている。
  そこで使わない物は作らず、お金は人に渡す。人が暮らすための人の活動に使うようにする。すると中間の無駄はなくなる。民間の力が発揮される。国際援助も同じように考えたらよい。政府のお金で人を雇い派遣するより、同じお金をその国の政府でなく人に渡し、その人たち自身に使ってもらって、自分たちで立て直してもらったよい。
  大きい政府・対・小さい政府という構図は粗雑すぎて話にならない。問題は何が大きく何が小さい方がよいかである。政治は社会にある財の多寡の調整にほぼ専念する。他の仕事は減らす。どの項目も一律に予算を増やさないといった案は最低の節約法である。
  このように私なら考える。そこから見ると、それぞれの党が、ある程度よいことも言い、ときにおかしなことを言っている。目の前の勝負を次々こなさなければならない政治家とはご苦労な人たちだと同情する。
  これからしばらくよくわからない状況は続くだろう。ある程度は仕方ない。そんな時には、現実主義より現実に響く道筋を見つけようとするのがよいと思う。窮屈な正義より正しいことを探してみるのがよいと思う。


UP:20040731
立岩 真也
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