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分配と支援の未来

立岩 真也


  *科研費申請の書類として2003年に提出。採択された。期間は2004〜2007年度

3 研究目的

 ものや行為が生産され消費されるその過程のどこで、何が、どのように分配され提供されるべきか、それを社会のどの領域が担当するか。本研究は広義の分配的正義についてこれまで言われてきたことを整理し、論点を検証し、それをふまえ規範的な論を構築する。

 政治哲学や経済学の一部に規範論的な議論はあり、社会学・社会科学全般にとっての重要性も認識されつつあるが、その紹介や吟味も十分でないからさらに必要である。他方、ただそれを行えば答が見つかるとも考えられない。どこに問題がありどこに解決の糸口があるのか、学問的言説に限らず、この社会で語られてきたこと、特にその問題に自らが接し影響を受ける立場にいる人たちが何を語ってきたかに着目する。

 第一に、制約条件としてあげられるのが、@一つに「資源の限界」である。「少子化」「高齢化」の指摘もむろんこのような文脈にある。Aもう一つは「国際競争」であり、分配の範域が国境によって限られていること自体が分配を困難にしていると考えられる。これらのことがどのように語られ、論じられたかを検証する。とくに日本の戦後について詳しく調べ、資料を作る。次にそれをどう評価すべきかを考え、提案する。

 第二に、分配は「再分配」に限られるものではない。生産・労働から消費の全過程を検討の対象とし、一方では、@労働と切り離した普遍的な分配の構想としての「基本所得(basic income)を肯定的に評価しつつ、他方でA「労働の分配」を主張することが可能でありまた必要であると考える。そしてB家族の位置、性別分業のあり方の理解と評価をこのことに関わらせて検討する。その際、労働、家事労働、社会的分配がこれまでどのように語られ、論じられてきたのかをいったんまとめ、そこから得るべきものを得る必要があるが、そうした作業も意外なほどなされていない。ゆえにそれを行い、成果を発表する。

 第三に、何がどのように届けられるべきなのかを検討し、示す。@「必要」についての議論を整理する。一つに本人において必要とされるものが必要だとする考え方がある。しかしこれで押し通せるか、押し通すべきかは、i)分配的正義のあり方を巡る理論的な争いの一部を構成してきたと同時に、ii)医療や福祉等の領域で自己決定とパターナリズムの問題として現実的な解を求められている問題でもある。ただi)とii)の問題の共通性が認識されること自体が少なく、例えばi)は問題の社会性・歴史性に自覚的でなかった。ここでも言説を整理し、接続すべき論点を接続し、どこまでのことをなぜ言えるかを示す。A分配と人と人の集団の固有性との関係。「(再)分配と承認のジレンマ」という事態の理解がある。例えば格差を解消しようとしてなされることがかえって格差を保存し、際立てせてしまうという。こうした指摘をどのように受け止めるか。当たっている部分があるとして、ではどのような対応のあり方、分配のあり方を対置すべきかを考える。

 むろんこれら一つ一つが大きな主題であり、各々を一つずつのプロジェクトとして行うべきであるかもしれない。だが、相互に関連させて論じられることのなかったものをつきあわせることによって、また現代の歴史の中に存在する言説・言論と理論的な営みとの療法を見ていくことよって見えてくる部分があると考える。作業量は膨大なものになるが、その多くについて、大学院博士課程に在籍する人たちの協力を得る。その人たちの多くは既に研究業績を有する人たちや社会サービスや教育の現場を知っている人たちでもある。資料を集め、整理し、入力し、さらに必要があれば直接関係者にあって話を聞く。こうした地道で人手を有する作業のための出費がこの研究の経費の大部分を占める。研究分担者は議論に加わり、助言を行いながら、そこから結果を導く責を負う。このプロジェクトによって収集され整理された言説の集積は、他の研究者たちも使うことのできるものとして随時ホームページ上に公開され更新される。さらに各年度にその成果を論文にしていくとともに、2年目から4年目以降、単著、共著の書籍としてその成果を発表する。

7 研究計画・方法(平成16年度)

 この年度には、特に資料の収集とその整理に重点を置く。とくに日本の戦後について詳しく調べ、資料を作成し、随時、研究拠点とする大学院のホームページhttp://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/d/index.htm に掲載し増補・改訂していく。その作業のために予算を使う。必要なものを英文にすることも行う。同時に、その作業の意味について、研究の方向について、作業を依頼する大学院生が理解を深め、自らの研究にもつなげていけるようにする。その時々の作業成果で公開可能なものを逐次公開していくのは、一つには成果公開の責務によるが、もう一つには、このプロジェクトに直接に関わる人たち、とくに研究補助者として関わる人たちが同時に進められる作業の全体を把握しながら、自らの位置を確かめ、作業を前に進めていくことを狙ったものである。

 1)分配の制約と可能性の条件について

 @「資源」に関わる言説について、初年度はとくに「人口」について何が言われ、そして行われてきたのか、そしてそれがどのように分析されてきたのかを検証する作業を行う。

 A「グローバリゼーション」と呼ばれる現象と「国益の確保」と括られる行いとが同時に存在するのだが、そのことが社会的分配にどのように影響するのか。この年度は特に「技術開発と国際競争力」を巡ってなされている議論の流れを追い、それが国内外における分配に対して、それが現実的にまた人々の意識にどのような影響を及ぼしているのか、国の政策、マスメディアの論調を分析する。

 2)分配の場所、特に労働について

 @分配はいわゆる「再分配」に限られない。生産・労働から消費の全過程が対象となる。消費点における分配――いわゆる所得保障、サービス(にかかる費用)の提供――が十分になされるならそればそれでよいという論もある。ただそれが可能か、またそれだけが望ましいか。生産の場の編成のあり方も問われる。他方に「基本所得(basic income)」という主張も現われ、ここでは労働と所得との切り離しが主張されているかに見える。その主張の含意を受け入れながら、また一方ですべてを「機会の平等」に流し込む論調を批判しつながら、さらに「第三の道」という文脈の中でも語られる「ワークフェア」という論に全面的に与することなく、「労働の分配」を主張することは可能か、また妥当か。これらの議論の紹介と検討はまだ十分になされていない。この年度は主に文献を整理し、要約を作り、論点をまとめる。
 分析的マルクス主義派の議論を研究してきた◇◇、政治学の領域で国内外の政策の変遷を追ってきた◇◇が、生産の場の編成と所得の分配との関係についてなされてきた議論を示し、そこから示唆を得つつ、評価する準備を整える。

 A容易に働く機会が与えられない人たちは何を求めてきたのか。福祉政策がもっばら就労のための支援としてなされることへの批判があった。しかしその批判を行う人たちは同時に労働の場の確保を主張した。それを文字資料から追っていくとともに、特に労働への両義的な思いを有する人たちに、聞き取り調査、さらに必要に応じアンケート調査を行う。

 B労働のあり方について何が主張されてきたのか。例えばワークシェアリングのアイディアもそれ自体は新しいものではない。それらの歴史を辿る。また1970年代以降、イタリア等で従来の労働運動との異質性を有する労働運動が現われた。その主張から現在得るものがあるとすればそれは何か。この領域に詳しい研究者から知見を得ながら、@で明らかになる部分との対照も含め、検討する。

 C家事労働、性別分業についてなされてきた議論を整理する。1950年代以降、日本で幾度かあった家事労働、性別分業を巡る論争、グローバリゼーションとの関係でなされている近年の議論等を対象とする。議論を詰めていけば、職種間の格差自体が問題にされるべきことが言えるはずである。

 3)必要と個別性と両者の関係について

 @必要についての議論を整理する。これは干渉と放置との間をどう考えるかという主題でもある。特に社会サービスがどのような姿勢のもとでなされるべきか。ここに「パターナリズム」の問題が現われる。特に精神障害や知的障害が関係する場合に、また死が帰結してしまう決定の場合に、これは重要でときに深刻な問題として現われる。樋澤を中心に、自己決定、パターナリズムについて、サービスの受け手の側と供給側、双方の捉え方・主張の流れを追う仕事を始める。文献等の資料にあたる他、関係者に対する聞き取りを行う。

 Aあまり指摘されないが、この論点は、何が分配の規準となるかという分配的正義論の主題でもある。厚生経済学を批判的に発展させてきたアマルティア・セン他の理論を研究してきた後藤の立論を踏まえ、理論と臨床の現場に生じている問題とを突き合わる。

 B社会的分配が人や集団の個別性・固有性に破壊的に働くという指摘、「分配と承認のジレンマ」という理解がある。人や集団の個別性をいかに捉えるべきか。「多文化主義」の主張をまず受け入れるとしても、その先にもいくらも問題がある。とくに言語的・文化的少数者が被る不利益がどのようなものであり、それに対してなされてきたことをどう評価するのか。聴覚障害者の教育について研究してきた上農を中心に論点を整理し、国民国家、文化に関わる政治について考察してきた西川らの議論との関係についても考察する。

9 研究計画・方法(平成17年度以降)

 前記した作業はいずれも1年で完結するものではなく、4年間の終わりまで継続して行われる。その中で、議論を重ねながら成果を作り出し、発表していく。
 以下の各々について、研究代表者、研究分担者は、各1冊の単行書あるいはそれに相当する分量の研究成果を発表する。
 ◆労働についての言説の分析、規範論的考察、そこから導かれる方向、政策を示す。
 ◆家事労働、性別分業についての議論を批判的に検証し、総括した上で、なすべき方策を示す。
 ◆自己決定とパターナリズムについて。法学、政治哲学における議論を踏まえた上で、とくに精神医療の分野で
 ◆言語的少数者の教育、社会の関わり方について。

 さらに、例えば以下の諸主題について論文が発表される。その中のあるものは、材料を集め整理しそこから論点を抽出する作業を担う大学院生によって書かれるだろう。研究代表者・分担者はその指導・助言にあたり、この研究プロジェクトの成果として関連する主題の論文を集めた本の編者となって、成果を公表する。
 ◆
 ◆資源、とりわけ人的資源に対する危機の語られ方の分析、その妥当性の検証。事実存在する危機から危機が語られているのではないことを証すことができるだろう。
 ◆社会的分配の国境の越え方について。例えば国境を越えた医療保険という案がある。これはそれほど非現実的な案ではないことを示すことができるだろう。
 ◆税として集められる資源の分配のあり方についての考察。それは、政治的領域がその義務としてなすべきことの境界を引き直す作業となる。

 同時に、今回のプロジェクトにおいて収集された情報の集積そのものは、まず量的に膨大なものになるので、活字媒体によって公開することは困難である。また情報の更新・拡張可能性、他との接続可能性、成果の社会的還元の視点から見ても、ホームページ上で公開していくのが適切と考える。4年の間に、活字として発表される成果の量を上回る情報を掲載していく。


業績

上農 正剛(九州保健福祉大学・保健科学部・専任講師)

◆上農 正剛 2003 「医療の論理、言語の論理――聴覚障害児にとってのベネフィットとは何か」,『現代思想』31-13(2003-11):166-179
◆上農 正剛 2003 『たったひとりのクレオール――聴覚障害児教育における言語論と障害認識』,ポット出版,505p.
◆上農 正剛 2003 「障害「受容」から障害「認識」へ」,『九州保健福祉大学研究紀要』1
◆上農 正剛 2002 「難聴児の自己形成方略――インテグレーションの「成功例」とは何だったのか」,『九州保健福祉大学研究紀要』3

後藤 玲子(立命館大学大学院・先端総合学術研究科・教授)

◆塩野谷 祐一・鈴村 興太郎・後藤 玲子 編 2003 『福祉の公共哲学』,東京大学出版会
◆「多元的民主主義と公共性」,山口定編『求められる公共性とは何か――その問題状況と課題』,有斐閣
◆後藤 玲子 2002 『正義の経済哲学――ロールズとセン』,東洋経済新報社,466頁
◆後藤 玲子 2002 「福祉国家と規範理論――序論」,『季刊社会保障研究』38-2:100-104
◆鈴村 興太郎・後藤 玲子 2001 『アマルティア・セン――経済学と倫理学』,実教出版,339頁(2002改装新版)

■新川 敏光(京都大学)

◆新川 敏光 2001 「戦後社会保障政策の過程と構造」,『季刊社会保障研究』37-1:4-16
◆新川 敏光 2000 「階級政治論の再構成」,小川浩三編『複数の近代』,北海道大学図書刊行会,339-385頁
◆新川 敏光 2000 「日本型福祉体制の特質と変容」,『現代思想』2000-3:140-154
◆新川 敏光 2000 "Failed Reform and Policy Changes of the SDPJ, Otake Hideo ed. Power Shuffles and Policy Processes, Tokyo: Japan Center for International Exchange, 152-182.
◆新川 敏光 1999 『戦後日本政治と社会民主主義』,法律文化社
◆新川 敏光 1999 "The Transformation of Labor Politics in Contemporary Japan: The Rise and Decline of the 1955 Regime and Enterprise Unionism",Ulrich Kloeti and Katsumi Yorimoto eds. Institutional Change and Public Policy in Japan and Switzerland (Studien zur Politikwissenschaft Nr. 311, Universitaet Zuerich):195-207

立岩 真也(立命館大学大学院・先端総合学術研究科・助教授)

◆立岩 真也 2003 『自由の平等』,岩波書店
◆立岩 真也 2003 「医療・技術の現代史のために」,今田高俊編『産業化と環境共生』(講座社会変動2),ミネルヴァ書房
◆立岩 真也 2003 「家族・性・資本――素描」,『思想』955(2003-11):196-215
◆立岩 真也 2003 「現代史へ――勧誘のための試論」,『現代思想』31-13(2003-11):44-75
◆立岩 真也 2003 「分配的正義論――要約と課題」,山口定・佐藤春吉・中島茂樹・小関素明編『新しい公共性――そのフロンティア』,有斐閣,131-150
◆立岩 真也 2002-2003 「生存の争い――医療の現代史のために」(1〜14),『現代思想』30-2(2002-4):150-170,30-5(2002-4):51-61,30-7(2002-6):41-56,30-10(2002-8):247-261,30-11(2002-9):238-253,30-12(2002-10):54-68,30-13(2002-11):268-277,30-15(2002-12):208-215,31-1(2003-1):218-229,31-3(2003-3),31-4(2003-4):224-237,31-7(2003-6):15-29,31-10(2003-8):224-237,31-12(2003-10):26-42
◆立岩 真也 2002 「ないにこしたことはない、か・1」,石川准・倉本智明編『障害学の主張』,明石書店,47-87
◆立岩 真也 2001 「できない・と・はたらけない――障害者の労働と雇用の基本問題」,『季刊社会保障研究』37-3:208-217
◆立岩 真也 2000 『弱くある自由へ――自己決定・介護・生死の技術』,青土社
◆立岩 真也 2000 「選好・生産・国境――分配の制約について」(上・下),『思想』908(2000-2):65-88,909(2000-3):122-149

■松井 暁(立命館大学・経済学部・教授)

◆有賀 誠・伊藤 恭彦・松井 暁 編 2000 『ポスト・リベラリズム――社会的規範理論への招待』,ナカニシヤ出版
◆松井 暁 2000 「社会主義――基本理念からの再構築にむけて」,有賀・伊藤・松井編[2000:105-125]
◆高増 明・松井 暁 編 1999 『アナリティカル・マルキシズム』,ナカニシヤ出版
◆松井 暁 1999 「国家の戦略論的分析――プシェヴォスキの政治経済学」,高増・松井編[1999:110-130]
◆松井 暁 1999 「社会システムの倫理学――所有・福祉・平等」,高増・松井編[1999:131-151]
◆松井 暁 1999 「アナリティカル・マルキシズムとは何か」,高増・松井編[1999:200-219]
◆松井 暁 1998 「所有権と平等主義――リバタリアンによる再分配政策批判への原理的反論のために」,『経済社会学会年報』20:127-134

西川 長夫(立命館大学大学院・先端総合学術研究科・教授)

◆西川 長夫 2002 『戦争の世紀を越えて――グローバル化時代の国家・歴史・民衆』,平凡社
◆西川 長夫 2001 『[増補]国境の越え方――国民国家論序説』,平凡社
◆西川 長夫 1999 『フランスの解体?――もうひとつの国民国家論』,人文書院
◆西川 長夫 1998 『国民国家論の射程――あるいは<国民>という怪物について』,柏書房

■樋澤 吉彦(新潟青陵大学 看護福祉心理学部 福祉心理学科 助手)

◆樋澤 吉彦 2003 「「自己決定」を支える「パターナリズム」についての一考察――「倫理綱領」改訂議論に対する「違和感」から」,『精神保健福祉』34-1:62-69
◆樋澤 吉彦 2002 「「実習記録」に関する基礎的考察――「社会福祉援助技術現場実習」関係文献の検討を通して」,『新潟青陵大学紀要』2:27-38.
◆樋澤 吉彦 2001 「坪上宏の援助関係論に内包する「変化」の意味についての一考察――「循環的関係」の検討を通して」,『社会福祉学』42-1:34−43.
◆樋澤 吉彦 2001 「「坪上宏援助関係論」構築の歩み――社会福祉方法論研究の一視角としての坪上宏研究」,『新潟青陵大学紀要』1:73−85.
◆樋澤 吉彦 2000 「坪上宏援助関係論についての一考察――その変遷と特質の検討」,『日本福祉大学大学院社会福祉学研究科研究論集』13:23−32.



UP:20031109 REV:20050808
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