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最首悟の本

医療と社会ブックガイド・29)

立岩 真也 2003/07/25 『看護教育』44-07(2003-07)
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last update: 20150910


  最首悟という人がいる。1936年生、大学院で生物学を専攻、1960年代末に全共闘運動に参加、1967年から94まで27年間東京大学教養学部の助手をしていたが、そこをやめて恵泉女学園大学教授。また予備校の医学系進学希望者のための小論文の講師もしてきた。星子さんという娘さんがいて、彼女はダウン症の人である。それから横浜で「カプカプ」という共同作業所の運営にも関わっている。東京に彼を囲む「最首塾」という会があって(ホームページもある)、私も一度呼んでいただいたことがある。
  そして文章を書いている。すぐ紹介する2冊を除くと単著は3冊、うち2冊はいまは買えない。図書館等を探してみられるとよい。またいつものように私のHPにすこし引用等がある。他にも彼の文章が収録されている本はかなり出ている。それをオンラインの本屋で探すには、アマゾン等で検索するよりbk1のキーワード検索の方がたくさん見つかる。「最首悟」を入力すると11件ある。bk1は執筆者が複数いる多くの本について各章の題と筆者名をデータベースに載せているからだ。
  こうして検索して予備校絡みの2冊を発見したのでまずそれを。1冊は『半生の思想』(河合文化教育研究所、河合ブックレット21、1991年、79p.、504円)このシリーズは河合塾の研究所が主催した講演会を本にしたもので、おもしろいものが多いのだがその1冊。1時間ほどの講演を聞くつもりで読んでいける。半生は「はんなま」と読む。その一部をなす「リカーシブな私」というところは最首塾のHPで読める。リカーシブとは循環するといった意味だ。
  もう1冊『お医者さんになろう――医学部への小論文』。つまり受験参考書である。読み物になる受験参考書はあまりないが、これは読める。例えば千葉大学の小論文の問題に、「(1)理想的な医学部入試問題とはどんなものか、述べなさい。(2)その入学試験にあなたは通りますか。」という意地のわるいのがある。私も、前に勤めていた学校(医療技術短期大学部)の入試の面接で、どんな選抜方法がよいかを議論してもらうという嫌味なことをしたことがあったのを、読んで思い出した。
  さて、そんな問題を前にして、どんなふうに考えたものか、と話は進む。タテマエを書いてもつまらないことを知ってはいながら、しかし考えたことを書け、と言われても困ってしまうというのがたいがいの場合で、そこをどうしようか。グルグル循環しながら、何かを言う、とはなかなかうまく行かないにしても、何かを言おうとする。その過程を彼は書いていく。それがおもしろいと思って、この本の表紙を載せてもらった。ただ、たしかに彼の特質が現われてはいるこれらを読んでいって、私たちが彼の本を読んできたのはこうした部分ではないと、日本(列島)的なものと西欧的なものを対比させ、生命や認識の本性(としての循環、定まっているもの、非決定なもの、等)を語る部分ではないとも感じた。次に紹介する3冊の本の方が、やはり断然おもしろいと思った。
◇◇◇
  その単著の最初の本が『生あるものは皆この海に染まり』(新曜社、1984年、378p.、2200円)。次が『明日もまた今日のごとく』(どうぶつ社、1988年、246p.、1800円)。いずれも出版社で品切れになっているが、後者は最首塾のHPで大部分を読むことができる。品切れ・絶版になった本をHPに掲載というのはよいことだと思う。1967年生まれの星子さんのこと、それから彼がずっと関係してきた水俣病の人たちのこと、水俣のこと等についての文章や講演の記録が収録されている。
  そして1998年に『星子が居る――言葉なく語りかける重複障害者の娘との20年』。これは買える。最初の新曜社の本の編集も担当した伊藤晶宣さんがほぼ一人でやっている世織書房という出版社から出ている。私は書評紙のアンケートでこの本をこの年の3冊のうちの1冊にあげた。
  言うべきことを言っていると思う本、読みながらその先を考えてしまう本はそうたくさんはないのだが、最首の本はそんな本だ。
  彼は「児童文学」を論ずる文章を多く書いている人でもあって、『生』に収められているそうした文章の一つは「読書感想文コンクール」に対する、まったくそのとおりと私には思える怨嗟・批判から始まる。そして、下手くそな翻訳のくせに「翻訳はだれでもできるのです」などと書く訳者のことを怒った後で、「それは措くとしても、「だれにでもできる」という呼びかけは、はたして「はげまし」なのだろうか。わたしには、「まどわし」とか「ごまかし」にしか思えない。」(p.201)(入試の話にまた戻ってしまうと、この辺をやはり以前勤めていた学校の入試の小論文に使ったことがある。出題箇所の全文はHPに掲載した)。
  別の「児童文学書」についての次の文章も言うべきことを言っていると思う。「仮の正常さを体現する人間が、「いのち」を媒介として、異常さを受け入れてゆく、という作品が、読むに堪えないものになるのは、異常さを受容することによって、仮の正常さが正常に転化するという安易な思いこみや、そのような思いこみこそ、現実での障害者差別を、さらに上塗りする、もっとも度しがたい要因となっているという理由ばかりによるのではない。それは、第一に「いのち」や死に意味を付与することにこそ、文学の無限の営為性があるという根本命題の転倒がおこっているからであり、第二に、人間は、真に異常なるものを受容できるかというおそれが、欠けているからである。」(『生』p.242)
  あるいは次のような文章もある。「うえの子たちが、「星子は同じ人間なのに、どうしてぼくたちとちがうの」という見方をしてほしくないのである。先走っていえば、「星子はぼくとちがうけれど、ぼくとかわりないねえ」といってほしいのだ。」(『生』p.200)
  彼の文章は静かであったり、ときに怒っていたりする。行ったり来たりする文章でもあるが、それでも言わざるを得ないことは言う。こんな文章を読んだときに、私たちは、同じことと違うことがどんなことであるのかを考えたくなる。権利と義務について書かれた文章があると、そのことについて考えたくなる。それで、私は著書や論文で彼の文章を幾度も引かせてもらった。ここでは重ならない部分を紹介、引用している。
◇◇◇
  もっと言えば、私がなにか考えていくときに、あるいは考えようとした初発のところに彼らの思考があって、そこから私は始まっているところがあると思う。そしてそれは、基本的に、世界についての肯定的で解放的な思想だったからだとも思う。
  「バリケード内は、何も生みださず、何もしなくてよいから、真にたのしかったのである。そしてたのしいから焦燥にみちていたのだ。」と彼は1970年に書いた(『生』p.40)。
  彼ら、と書いたのは、彼一人ではないということなのだが、書き続けてくれたり、考え続けてくれた人はそう多くない。彼も1970年代の前半、何も言うことがなくなって、また書き出したのは星子(せいこ)さんが生まれてからだと言う(『星』p.369)。ダウン症の人といっても様々だが、星子さんは重い方の人だ。自らが発する言葉はなく、音楽の好きな人で、視力を失っている。彼女といることがどんなことなのかについて、『星子と居る』に彼女の五歳のときに書かれた文章からはじまり、多くの文章が収められたている。
  そしてその本の中に、「私たちにいま改めて投げかけられている問題は、「人間の私的所有のどのレベルを人間は廃絶しなければならぬのか、あるいはどのレベルを廃絶できるのか」であると思います。」(『星』p.398、初出は1990年)といった文章がある。本が出たときに私はこの箇所を読んでいたのか、さっき読み返したときに発見したのか、それも定かではない。
  彼はいわゆる団塊の世代よりは前に生まれた人なのだが、ぜんそくもちで身体が弱かったりしたこともあって、人生の進行がいくらかゆっくりめで、そして大学院になど進んだものだから団塊の人たちが騒いだ頃に大学にいたのだ。私は、その世代の人たちが、基本的にはまっとうなことを言いながら、その後、考えてものを言うことを続けなかったのが不満で、それで仕方なく自分で考えているようなところがある。私のやり方は最首と同じではない。私は論を構築することを、それが冗談であっても、ひとたびはやってみようと思っているし、最首は違うスタイルで文章を書く。ただ「論点を次第にしぼってついにこれ以上はしぼれない一点があるはずだ」(『星』p.384)という思いは彼にあって、それはさきに紹介した受験参考書で受験生に彼が言いたいことでもある。
  そしてその本は次のように終わる。「生きがいというものが静かに居すわる不幸ということを軸にしているのではないか、そして、そして静かな不幸と密接不可分な、畏れの気持ちもまた生きがいを構成しているのではないか」(p.439)


このHP経由で購入していただけると感謝

◆最首 悟 19980530 『星子が居る――言葉なく語りかける重複障害者の娘との20年』世織書房、444p.、3600円

◆最首 悟 20011204 『お医者さんになろう医学部への小論文』、駿台文庫、202p.、1600円


UP: 20030701 REV: 20150910
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