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『こんな夜更けにバナナかよ』・2

医療と社会ブックガイド・28)

立岩 真也 2003/06/25 『看護教育』44-06(2003-06):-
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  筋ジストロフィーで1995年からは人工呼吸器をつけて暮らした鹿野靖明のこと、そして彼の介助をした人たちのことを書いた本、渡辺一史の『こんな夜更けにバナナかよ──筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』(北海道新聞社,2003年,463p.,1800円)を紹介している。
  この妙な本の題は、鹿野に夜中に起こされて、バナナを食わせろと言われ、腹を立てながらとにかく指示に従って、それで寝ようと思ったら、「もう1本」と言われて、腹を立てる気もしなくなったという、なんだかよくできた話(p.32,266)からとられた。この本を「ケア論」として読むこともできる。ただ、だからどうだというのだ、とも思う。真面目な人の中には、本を読むと教訓を得なくてはならないと思う人や、役に立てなくてはと思う人がいるのだが、それはやめた方がよいかもしれない。この本には、知らないようでもあり、みなが知っているようでもあることが書かれている。それは「人生」などというものについてほとんど何も言うことがないのと似ているし、しかしそれでもいくらでも語ることがあることにも似ている。
  「論文」の形式に縛られ、乾燥した事実しか書かれていないことがある、というのも間違いで、事実も書かれていないことがある。だからといって、一人称で書けばよいと言いたいのではない。多くの人に会ったりして、その一人称の私の感覚が裏切られたり疑われる時間があることの意味がある。この本は厚い。それは急いでまとめられないことを読者がわかるためにも必要な厚さだ。
  同時に、知るべきことは知っておいた方がよい、はっきりできることははっきりさせた方がよい。知っておくべきことの一つに、2002年に至る、彼一人のだけでない歴史がある。
  私は鹿野の名前を知ってはいた。15年ほど前のことになるが、第25回(本年3月号)で取り上げた『生の技法』(藤原書店)として成果が公刊された調査・研究の中で「札幌いちご会」の機関誌や、この会の中心人物であり第26回でも(書名だけだったが)紹介した小山内美智子の本を読んだ。その中に鹿野はいた。
  当時札幌いちご会は「ケア付住宅」を作る運動をしていて、それは実現はしたのだが、結果としてはうまくいかなかった。鹿野は会のメンバーで一人だけ抽選に当たり住宅に入れた。自分たちが苦労して出来たものだから宣伝しなければならないのだが、しかし問題点は多々ある。孤軍奮闘を強いられる。その辺についても文章を書いていた。線の細い真面目な人という印象だった。その後ずっと消息を知らず、昨年亡くなったのもこの本が送られてきて知った。1959年生まれで私より1つしか年上でないことにも初めて気がついた。
  第2章にはその頃のこと、それ以前のことも書かれている。例えばいちご会の運動を側面から支援した西村秀夫についての記述(p.150〜)を読むと、この札幌での動きもまた、第23回(1月号)にあげた『自立生活運動と障害文化』(現代書館)等に記録された1970年代以降の流れと深く関わっているのがわかる。
  札幌には他にも、この流れから分岐してまた独立して登場し、活発に活動している「自立生活センターさっぽろ」があり、またこれと人的に重なる部分もある「ベンチレーター使用者ネットワーク」(JVUN)の事務局もある。いまどきNPOが大切だぐらいのことは誰でも言う。しかし総論としてNPOをほめる人にも、その活動をよく知りその主張を真剣に受け止るつもりのない人が多くいるのは残念なことだ。
◇◇◇
  そしてもう一つはっきりしているのは、この本も鹿野もボランティアを礼賛しているのではないことだ。
  彼が入居したのは北海道立の「ケア付住宅」ではあった。介助者が建物に常駐する障害者の集合住宅である。しかし当初、とくに彼がよく知り、彼のことをよく知る人がその職員となる以前は、よい介助を得ることができなかった。また呼び出しに応じてやってくるその職員が行なう介助は限定された範囲のものだった。(それは、多くの介助を必要とする人にもし必要なだけの介助を行なおうとするなら、人を一箇所に集めたからといってそう効率的になるわけではないということでもある。)さらに「医療行為」とされる介助は行なわないので、結局、それと別に24時間の介助体制が必要となり、公的な制度でまかなえない部分は無償とせざるをえなかったということだ。
  それでも、とくに呼吸器を装着してより多く介助を必要とするようになってから、昼間、鹿野をよく知る有償の介助者が恒常的に介助にあたるようになって、なんとか生活は保たれるようになった。この部分を、多数の、そう頻繁には来ない(来れない)ボランティアの介助者をうまく配置して暮らそうとしたら、難しいし、それはさらに彼を神経質にもさせ、消耗させもしただろう。
  ただ同時に私たちは、様々な人たちが入れ替わり立ち替わりやってくるその世界に、うんざりもし疲れもするだろうと思うとともに、なにか肯定的なものを感じるところがあるし、それは、鹿野自身においてもそうだったろうと思う。
  この辺りからが考えどころになるだろう。社会の責任として介助の仕事を有償のものとして供給することとと「人間関係」とは両立しないものなのか。そんなことはない、両立しうると答えられるはずだ。どのようにか。あくまで「原則的」な言い方でしかないが、拙著『弱くある自由へ』(青土社)の第7章「遠離・遭遇──介助について」でいくらかのことを記した。抜き差しならない関係を強いられる中ではなくある距離のもとでむしろ人は人に遭えることがある、と述べた。
◇◇◇
  筋ジストロフィーつながりでもう1冊、『クローさんの愉快な苦労話』という題の本を紹介する。原題を直訳すると「筋肉ペテン師」というような意味らしい。デンマーク語では筋ジストロフィー者とペテン師の発音が似ているのだそうだ。それにちなんで?、邦題も駄洒落に近いのだが、あまり笑えないかもしれない。
  これはそのクローさんの自伝なのだが、彼は1944年生まれ。ヨーロッパ筋ジス協会の会長をつとめ、デンマークの女王様から勲爵士に任じられ、十字架勲章をもらったという立志伝中の人物であって、鹿野とはだいぶ違う。性格もだいぶ違う。才気あふれる人物であり、鹿野がなりたくてなれなかった「カリスマ」であって、明るく、建設的である。もちろん筋ジストロフィーだからといって似ていなくてはならない理由もない。どちらが好みかは人によるだろうが、付き合いやすいのは明らかにこちらの方だろう。
  ただ、そんな人の話と聞くと、あまり読みたいと思わなかもしれない。ただのサクセス・ストーリーは羨ましいだけ、よい人でも鼻につくのではと思ったりする。しかしそうでもない。鹿野とはまた少し違ったように反抗的な筋ジストロフィーの人が、デンマークで、どのように好きなような生きてきたか、どんな仕掛けで社会を変えてきたかがわかる。
  ただこの本が出たのは、彼が魅力的な人間だからというだけではなかった。彼は1994年に来日し講演していて、この本はそれに合わせて出版された。呼ばれたのは彼が「オーフス方式」と称されるシステムの提案者であり、その実現と拡充に関わってきたからである。オーフスはデンマークの市で、その市から始まったこの制度は、政府から介助費用が利用者に支給され、それを自らが雇用した介助者に支払うというものだ。
  これについて本文にはそう長い記述はないが、訳者の片岡豊の解説が巻末に付されている。またこの本の監修者である大熊由紀子の文章が冒頭にある。大熊は朝日新聞の論説委員を退職後、今は大阪大学人間科学部ボランティア人間科学講座の教員。著書にロングセラー『「寝たきり老人」のいる国いない国──真の豊かさへの挑戦』(ぶどう社,1990年,171p.,1500円)等がある。デンマーク、北欧の福祉・医療に詳しい。彼女が訪欧の際にクローを知り、その招聘にも関わった。
  彼女の文章の題は「人工呼吸器をつけても家族がいなくても自宅で暮らせる、それもさりげなく」。1993年の『メディカルダイジェスト』連載「在宅医療に新しい波が」5・6にほぼ対応している(HPに掲載)。人工呼吸器をつけて暮らす筋ジストロフィーの人(クローは日常的には呼吸器を使っていない)で24時間体制で5人のヘルパーを雇用している人のこと、患者団体であるデンマーク筋ジストロフィー協会自らがヘルパーの教育を行なっていること等が紹介されている。
  前号に記した「吸引問題」は、この原稿を書いている時点でまだ決着を見ていない。医療・看護職に限るべきだという主張が少数ではあるがあるために、まずはALSに限り、「十分な訪問看護体制が整うまでの措置」として、医療・看護職以外に認めるという線で今回は落ち着くらしいとも聞くが、私は基本的にはこの決着にも賛成しない。その理由は前号でも述べた。訪問看護の充実は必要である。しかし必要なときに吸引等を行なうためには待機している必要がある。次に、吸引等とその他の介助を別々の人が行なうのでないとする。そして一部の人たちが主張するように、吸引等は医療・看護職だけが行なうとする。結果としてその人の介助を行なうのは医療・看護職の資格者に限られることになる。その正当性はどこを探してもない。

[表紙写真を載せた本]

◆Evald Krog 1993 En Muskelsvindle: Historien om Evald Krog, Fisker & Schou
『クローさんの愉快な苦労話――デンマーク式自立生活は、こうして誕生した』(エーバルド・クロー著 片岡豊訳,大熊由紀子監修,\1553,ぶどう社,150p.,1994年)

[取り上げた本]

◆渡辺 一史 20030331 『こんな夜更けにバナナかよ――筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』,北海道新聞社,463p. ISBN:4-89453-247-6 1890 [amazon][kinokuniya][bk1] ※


UP:2003 REV:
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