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即席的研究製造方法即解

立岩真也
2002/07/13 障害学研究会関西部会第15回研究会
14:00〜17:00 会場:茨木市立男女共生センター・ローズWAM



■立命館大学大学院先端総合学術研究科入試情報:http://www.r-gscefs.jp/?p=113


報告(14:10-15:20)
 1)まえおき
 2)なおすこと、なおることについて
 3)精神障害、について
 4)労働、と
 5)総じて、その人たちの歴史

質疑応答(15:40-17:00)

報告前HP掲載資料(20020527,更新:0606)


 ※報告と質疑応答の部分については、土屋貴志さんが作成してくださった記録がもとになっています。「報告」の部分の4)までは、報告の後に立岩が付加しメモを含め、障害学のメイリング・リストに送信したものを少し加え、変えて以下に掲載しました。「質疑応答」の部分は土屋さんの記録をほぼそのまま使わせてもらっています。(20031204)

 
 
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■報告(14:10-15:20)

1)まえおき

  まだやられておらず、やったほうがいい仕事がたくさんある。なのに社会学などでは、主題を見つけられないという人がいたりして不思議。いくらでもあるではないかと思うのだが。
  また、対象をみつけて分析することが難しいというが、障害については、すでに様々な主題について論じられてきたその歴史がある。したがって、何が論じられてきたかを、まず記述するという手がある。自分の頭を使う前に(使うのが面倒だったら)、人々が何を考えてきたのかを知ること。その方が楽。
  そして、摩擦や対立や行き詰まりやあるところをみること。なにもない(ように見える)ところから何かを見出すのはなかなかたいへん。技がいる。それに対して、相手の側にすでに喧嘩が起こっており、さらにそれには解説がついていたりするのだから、それを記述する方が、やはり楽、でたいていおもしろい。
  そして楽、というだけでなく、やはりそういう部分が大切なのだと思う。そしてそういう争い、疑念、…が生じた一つの画期が私は1970年前後だと思っていて、そこからの歴史、現在の歴史を記述する必要があると思っている。
  では、具体的にどんなおもろいことがあり、調べたり考えたりするとおもしろいことがあるのか。それを、これからただたんに列挙していくことにする。

  * こんなようなことは
2000/11/01 「たぶんこれからおもしろくなる」,『創文』426(2000-11):1-5
http://www.arsvi.com/0w/ts02/2000033.htm
*2001/07/30「なおすことについて」,野口裕二・大村英昭編『臨床社会学の実践』,有斐閣 pp.171-196
http://www.arsvi.com/0b/010730ny.htm
などにも書いています。以下にもいくつか引用がありますので、どうぞ。

 
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2)なおすこと、なおることについて。

  例えば反原発運動と障害者運動との間に摩擦、齟齬が生じことがあったのだが、それはなんだったのか。
  「早期発見」・「早期治療」に対する批判というものがなされたことがあったのだが、それはいったいなにに文句を言ったのか。
  そうした批判の言説の位置、の少し手前に、さまざまな療法を体験してきた(させられてきた)人たちの体験を記録すること。TV放映や書籍の出版がきっかけで、いままたドーマン法が話題になったりしているのだが、こうした様々の療法がどのようにはやり、あるいはすたれ、あるいは存続してきたのか。なおす業界の人たちは失敗を記録しない。それが研究業績になったりすることはない。だからその外側の人が記録することになる。

  * このことは、1)にもあげましたが
2001/07/30「なおすことについて」,野口裕二・大村英昭編『臨床社会学の実践』,有斐閣 pp.171-196
http://www.arsvi.com/0b/010730ny.htm
にも書きました。「即席的研究製造方法即解」
http://www.arsvi.com/ts/2002077.htm
にもいくつか引用があります。
  また、それは、ようやく校正ということになってめでたい明石書店刊の障害学本第2弾に掲載されるはすの「ないにこしたことはない、か・1」(昨年の関東部会での報告をほとんどなおさず、載せてもらうことになります)の主題でもありますが、そこでは「なおすことについて」と同様、事実をきちんと追っているのではなく、ほぼ、思弁に終始しています。ただ、関連ファイルが
http://www.arsvi.com/0ds/0.htm
にありますのでご覧ください。
  また、一部で話題になったらしい番組・本については、私は案内をいただいたものの、行きませんでしたが、
◇2002/07/22の読書会の報告
http://members.tripod.co.jp/saihikarunogo/lunavideosanda0722.html
◇2002/06/13三田市立図書館で開いた読書会の報告
http://members.tripod.co.jp/saihikarunogo/lunavideosanda0613.html
を知らせていただいています(「全文掲載」からもリンクされています)。
  そして、研究会当日、瀬山紀子さんから紹介していただいていた、古井徹さん(理学療法士&神戸大学大学院医学系研究科博士後期課程在学中)がいらしていて、ほんの少しだけお話をうかがうことができたのですが、彼はいま、過去の治療がどのような(負の)効果を与えたのか、与えているのかを研究していて、それを博士論文にまとめているのだそうです。とても重要なお仕事ではないかと思います。

※20030724追記
  古井 透 20030829 「リハビリ再考「がんばり」への呪縛とそのOUTCOME」
  障害学研究会関西部会第19回研究会 於:京都
※20031204追記
  古井 透 20031101 「リハビリテーションの誤算」
  『現代思想』31-13(2003-11):136-148

 
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3)精神障害、について

  「触法精神障害者」のことがここ数年、また議論され、法律を作ろうという人たちがいて、反対の運動がある。これはもちろんはじめてのことではないわけで、私自身がすこし覚えているところでも1980年代のはじめにも保安処分の制度を作ろうとする動きとそれに対する反対の運動があった。それが何であったのか、これもまたあまり記録されていないと思う。
  そして何を言うか。例えば、精神障害者、あるいは知的障害者は、他の人たちと同じくらいには危険でない、あるいはむしろ平均を下回るのだということを言ってきた。様々に誤解がある限りにおいてこうした言明は今でも有効ではある。しかし、そのような言い方で全部言っていけるかといえば、そうではないようにも思う。とすると何を言うのか。こんなことを考えるうえでも、何が言われてきたか、何を言ってきたかを知ること。
cf.
http://www.arsvi.com/0ds/m.htm
http://www.arsvi.com/0ds/m2002.htm
etc.

  身体障害であれば、例えば横塚晃一
http://www.arsvi.com/0w/yktkkuic.htm
といった人のことは、それなりに記憶されるようになった?のだが、(ついでに→こないだ横田弘さんと対談というのをやりました
http://www.arsvi.com/0w/ykthrs.htm
といっても、もっぱら私が根掘り葉堀り聞き出すというものでしたが。彼はいくつか対談してそれをどっかから出したいとのこと。同じく青い芝の会・神奈川県連合会の小山正義さんも記録を出したいという意向があるとメイルに書いてらっしゃいました。当の人たちにおいて、語ろうとする用意が相当にあるということだろうと思います。)
※20031204追記
  横田さんは自分が聞かれるばかりだったこの時の対談が気にいらず、その後もう一度対談しました。後者の方が収録される本が2004年のはじめには現代書館から出ます。
※200401追記
  出版されました。→横田弘 20040125 『否定されるいのちからの問い――脳性マヒ者として生きて 横田弘対談集』
例えば、吉田おさみという人
http://www.arsvi.com/0w/ysdosm.htm
の言ったこともまた、考えられてよいはずなのだと思う。(彼の本、もうみな絶版になっているんじゃないかと研究会では言いましたが、山田さんから教えてもらったところでは&このMLにも書いておられたように([6833]) 19831201『「精神障害者」の解放と連帯』(新泉社,246p. 1500円)はまだ入手可能です。)

  個人だけでなく組織についても同じことが言える。
「全国精神障害者家族会連合会(全家連)」
http://www.arsvi.com/o/zkr.htm
といった立派な組織であれば、いろいろと出版物などあったりするのでしょうが(それでもこの組織を主題にした研究というのがあるのか?)
「全国「精神病」者集団」
http://www.arsvi.com/o/zss.htm
というような組織?となると(知ってよいほどには)知らない。これももったいない。
※20031204追記
  2003年夏にこの組織?のメンバーにお会いした。古い機関誌などを誰かまとめてくれたらとおっしゃっていた。
※200405追記
  私の手元にあった本を大学院の院生室に移しました。→そのリスト

  前便に記した、吉田おさみの本入手して、20年ぶりぐらいに読んだのですが(以前は図書館で借りて読んだ)、おもしろいです。すこしだけですが引用しておきました。
http://www.arsvi.com/0w/ysdosm.htm
例えば、それと、ここのところ2回にわたって書評を書いた「べてるの家」の
http://www.arsvi.com/o/beteru.htm
乗り、との異同、連続と非連続、について考えることもおもしろいと思う。それは一つに、「病気」「障害」をどう捉えるかということにも関わり「病因論」とも関わってくる。このことについては、ニキさんが翻訳・紹介されている本や書かれている文章にもすこし
言及させていただきつつ、
・2002/04/01「生存の争い――医療の現代史のために・2」,『現代思想』30-04(2002-04):150-170
・2002/06/01「生存の争い――医療の現代史のために・3」,『現代思想』30-7(2002-6):41-56 資料は
http://www.arsvi.com/0w/ts02/2002021.htm
に考えたことを書いたので、よろしかったらどうぞ。
また、運動論、組織論として考えるべきこともあるだろう。

  昨年(2001年)、とあるところである大学院生の相談を受けた。沖縄にフィールドワークに行ってみたのだが、なかなか…、という。どういうきっかけで?と聞くと、F・ガタリ他『精神の管理社会をどう超えるか?』(松籟社、2000年、290p.、2800円)を読んで、という。(そのときにはこの本を読んでなくて、後で注文して読んだ。山本真理さんが[jsds:6853]で紹介されていた「すべての些細な事柄」というドキュメンタリー映画の舞台にもなったラボルド精神病院のことが主には書いてある本で、おもしろい本です。ここに「沖縄/精神医療と文化」という題の高江洲義英へのインタビューが収録されている。ところで上記の「べてるの家」で作られているビデオは「ベリー・オーディナリー・ピープル」というのだが、なにやら、「すべての些細な事柄 La moindre des choses」という題も、それに通じるものがあるようにも思う……どちらも見てません。)さてそのことはそれとして、いろいろと話していくと、(そういうことを調べようという人にとっては)基礎知識として知っておいてよいのでは思えることを知らされていないようだった。考えてみれば、情報源がなかなかないから(つかんでしまえば芋づる式にぞろぞろ出てくるのだが)そういうものかもしれない。それを論文にするかどうかは別として、やはり知っておいてよいのではなかろうかと、あるいは修士論文ということであれば、沖縄の精神医療の特質なんていう難しい主題に(なかなかそちらに行って調べることも難しい中で)取り組む以前に、知っておいてよい&調べれば調べられる近年の歴史をとりあえずまとめても立派な論文になるのではないかというようなことを言ったと思う(上記の本にも三脇康生「精神医療の再政治化のために」という、この主題に関係する文章が実は収録されている)。

 
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4)労働、と

  労働についても、理論的な考察もふくめ、やってよいことがたくさんある。これは運動にとっても困難な主題だった。いわゆる「自立生活運動」においても前面には出てこない(ところに意味があったというところもあるのだが)。そして私(たち)にとっても。(まだ論じることができないと『生の技法』に記した。)
  とにかく職に就かせるのだという職業リハビリテーションの流れがある。そして、実質的には日中を過ごす(その間、親が一息つける)場所としての「作業所」作りの運動。
  それに対して、またそれとともに、
  「労働の場からの撤退という路線があった。働けなくてかまわない、「ただ飯食い」を肯定しようというのである〔安積 1990,pp.28-29〕。と同時に、障害者にしつらえられた場を否定し「一般就労」を主張する運動があり、さらに「協働」を掲げ自らが働く場を作ろうとする運動があった。問題の複雑さを示すこうした多面性を記述しつつ[…]その上で考えていく必要がある。」
  これはさきの研究会のための資料?
http://www.arsvi.com/0w/ts02/2002077.htm
でも引用した、2001/12/25 「できない・と・はたらけない――障害者の労働と雇用の基本問題」,『季刊社会保障研究』37-3:208-217(国立社会保障・人口問題研究所)
http://www.arsvi.com/0w/ts02/2001043.htm
の一部です。
  じつは、上記では最後に記した流れを作ってきた「共同連」
http://www.arsvi.com/0w/o/kdr.htm
の関係者?が中心になって、調査研究をやろうということになっていて、始まっています。代表は熊本学園大学の花田さんで、私は、またしても、名前だけ載ってますがなにもできていません。興味のある方がいたら連絡ください。先方に伝えます。会合は名古屋あたりでやることが多いのかな。
  「しばらく消費が論じられてきた。それはそれでよいとして、これからすくなくとも数十年、労働や国家や分配といった古色蒼然としたものについて考えることが大切なことになる。」と
2002/10/00「労働の分配が正解な理由」,『グラフィケーション』123 特集:働くことの意味
http://www.arsvi.com/0w/ts02/2002041.htm
にも書きました。そのとおりに思っています。
  第3・4便にも関わりますが、「べてるの家」が社会学的に?おもしろいのもそういうことに関わっていると思っています。
http://www.arsvi.com/0w/ts02/2001000.htm

  もう一つやっかいな問題に教育がある。
  障害児教育(についての議論)の歴史。特殊教育の研究者たちがまとめたものはあるが、それぞれのバイアスがある。普通学級へ、という就学運動。そのときの/その後の議論がなんだったのか。これは学校というものをどう考えるか、につながる。が、とりあえず、何が起こったのか、人々が何を考えたか、調べてまとめておく必要。
  (誰も読んでない部分だが、拙著『私的所有論』第8章の終わりの方で、このことをすこし考えてみている。)

 
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5)総じて、その人たちの歴史

  「自立生活運動」、「自立生活センター」のこと。『生の技法』で調べた以降のこと。調べたいが、調べられていない。
  例えばまた全国障害者解放運動連絡会議(全障連)がやってきたこと。それはどういう動きをたどったのか。単純なモノグラフでよいから。
  そして知的障害をめぐる動き。例えばピープルファースト。何かが始まるときにそれを追える、というのは特権的なことだ(cf.寺本晃久)。
  例えば長瀬訳の『国際的障害者運動の誕生:DPI』。これは事務局でアルバイトをしていた女性の修士論文だったと思う。内部にいたから、設立に至る状況、その後しばらくの経緯をある程度内部からも描けてもいる。おもしろいから日本語に翻訳もされた。

  断絶が起こっている。たとえば論文「1970年」に書いたこと(→拙著『弱くある自由へ』に収録)。この頃から、障害をめぐって別様に考えることが起こり、それが現在につながっている。
  この時代の社会運動は負けたことになっていて、黙して語らず、酒飲まないと語れない、というふうになっている。ただ、他の運動は負けてもその人の日常は持続していくが、障害者運動は負けてやめたら生活が立ち行かない。だから持続する。負けながら法螺を吹いていればよいというのではなく、現実に向かい、負けない闘いを持続していかなくてはならない。このことがこの運動の質を示している。
  運動は記録まで手が回らない。そんなことをやっている暇はない。でも、実際にやっている人々こそが、当座しのぎではいけないと考えている。基本的にどう考えたらいいのか、求めている。研究者がそこに関与できる余地があり、状況としてもそうなっている。
  運動側が研究者を使う、という動きになってきている。うまく使ったのは(=研究者がこきつわかれたのは)自立生活センター系の組織、全国組織。
  考える前に書くこと。何を考えたらいいか分からない、と悩むのではなく、調べてみれば考えたいことがでてくる。論点が出てくる。まず単なるモノグラフでいい。

  載せられる媒体:いまのところ確実なところはない。一つ一つのテーマを50枚でまとめられるはずがない。主題によっては長く書く必要がある。とりあえず50枚、それを何本か書く。
  今、聞き取り調査などは、ほとんど自分ではできていない。今考えれば、1980年代の終わりは、比べれば時間があったのだと思う。時間がある人が羨しい。今ようやく書こうと思っているのは、神経難病(筋萎縮性側索硬化症=ALS)の人たちの経験。『現代思想』8月号から出る。ALSについては闘病記・機関誌もたくさん出ている。そこから引用を重ねていっても、すぐ50枚×10回=500枚くらいになるが、その人たちはそれだけの生を生きている。

  
  
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■質疑応答(15:40-17:00)[「:」以下は立岩の回答]

(A)一つは、1970年あたりが区切りという実感は自分にもある。社会運動から社会福祉へ逃げ込んだ形になっていたりする。ただ、それ以後、同じような体験をした人たちが加わっていない。そういう異分野からの参入が絶えた後で、学校で教育を受けた人たちが担い手になってきていて、考え方も変わってきている。そのあたりを追っかけて欲しい。
  二つめは、就学闘争以前のことを思った。就学猶予でも学校へ行っていなかったわけではないはず。そこから障害者学級に繰り出された。そういう体験者の証言がなかなか聞こえてこないので、追っかけて欲しい。

  :一つめに付け足すとすると、バックグラウンドのギャップを埋めきれないとしても、福祉業界でこれから働く人に、こういうことがあったぞと知らせる、ということでもある。
  二つめの話は、昭和30年代に囲い込みが起こった。その始まりは戦後で、それほど昔のことではない。経験者が生きているので、押さえられる。

(B)頭を使う前に書けというが、そもそも立岩さんが障害者業界を研究対象にしようとした動機は?

  :自分のことでいえば、いわゆる障害者問題からひっかかったわけではなくて、いわゆる能力主義をどう考えるか、変えられるか、というテーマの関連で結びついた。この社会はそんなにいい社会じゃない、と思うとき、その社会の構成原理とか価値をどう考えられるか、変わる可能性があるか、ということを考えてきている。生活史として特別な出来事があったわけではない。ただ、大学に入った79年は、養護学校義務化の年だし、保安処分反対の動きもあって、そういうことが身の回りにあって関わったこととかもある。

(C)大著『私的所有論』を頂きながら、いつも読破できずに途中で挫折する。それは、先ほどの言にあるように、「考える前に書かれている」から?、というか、・・・「編集されていないから?」、いや、「従来のアカデミズムの流儀とは違った編集方針をとってチャレンジされている」から?
  当事者性のない研究者が、どうして障害者運動に、関心を持って研究的に関わるかということでは、ポリオ会の仲間と喋ると、「研究者による搾取(メシの種にしてる)」について警戒し、嫌悪する声をよく聞かされるが・・・。フェアな関係づくりには多くの課題があると感じている。研究者の権力性、研究自体のもつ「知の権力作用」については?(「知は力なり、時に暴力なり」ってね。)

  :編集・構成の作業はかなりしている。むしろ『私的所有論』は圧縮し過ぎているのかも。でも思った通りに、考えた順番に書いていると言われてしまうのはなんでだろう?
  研究者がどういう動機で何をするか、という問いについては、何でもいい、というスタンスをとりたい。それが結果として、調査対象になる人たちに「これは何だ」と思われることもあるのだろう。しかし、そういうことについて日常的に深刻に考えることはしていない。医療・看護や社会福祉の業界の論文は、加害的である前に無内容なものが少なくない。それだったらこういうことを書けば?というのが今日の話。
  ただ、運動やっている人たちと相反することを書くことはありうる。自分としてはそのことを言うしかないと思えば、そう言うしかない。それは仕方ない。でも、多くの研究者は、そこまで行く仕事をしていない。業界の中から出てこない。

  (C)業界の頑張り屋さんたちは、よくも悪くも、ある種の使命感(今日よりもましな明日を!)でやっているが、「社会を読み解くターゲット」として、外野から接近するだけなら、諸々の権力構造に加担せずにすむ、ということ?

  :業界論文は使命感で書かれるわけではなくて、業績を作らなければならないからただ書いている論文がある、というのが一つ。使命感から書かれていても、それがどこに発し、どこに行くのか、ということ自体を吟味すべき。
  外野でいることについては、それでもゲームに関わっている。それで言いやすいのなら、言えばいいじゃないか。そのあとどうなるかは、また考える。中にいる人も、外野的な視点をほしがっている。そういう人たちと協同/役割分担がある。中で働いているから言えないけど、語られるべきと思っていることを、外野が代わりに語る、ということもある。中にいる人も、中にいながら外から見る、ということは不可能ではない。

  (B)立岩さんは当事者が主体となって運営する自立生活センターにかかわっていたのだと思うが、知的障害者を支援している施設等、当事者でない人たちが中心となって運営している所では、まず当事者よりも支援者・運営者の言い分を聞くことになる。すると当事者と乖離する。当事者と研究者の位置関係、立岩さんじゃなく院生が入ったときに現場の扱いは違うのでは?

  :アクセスすることの難しさに直面しては、様々な手練手管を使って、やれることをやるしかない。たとえば医療、病院。中に入れるところはいいところで、悪いところは入れてくれない。例えば医療社会学で、ゴフマンのような、実証研究に足る研究はない。しかしALSなどでは、患者の回顧録などで病院名などが実名で公刊されているから、実名で引用できる。いろいろものを考えているソーシャルワーカーと仲良くなるとか、いろいろなやり方がある。接近できるところに接近するしかない。痴呆性老人のフィールドワークで、ぼけることがぼけ老人にとってどうなのか、ということをやっている研究者もいる。彼の仕事はそれ以前にはなかったもので、とても面白い*。ただ、今日話したことは、フィールドに行く前にできること。
*立岩 真也 2002/07/25「出口泰靖・野口裕二」(医療と社会ブックガイド・18)
 『看護教育』2002-07(医学書院)

  (D)当事者とその家族を支援する実践をしていれば、病院とつながっていくから、何も言えなくなってしまうのでは? 院内ソーシャルワーカーからも相談されて、ソーシャルワーカーと同じように守秘義務を負わされて、何も書けなくなってしまう。どう支援するのかで、どん詰まりになっている。

  :一般的な答えはない。当人をとりあえず支援するか、書き手として冷たくするか、どっちか。前者を取らなければならないわけではない。ただ、その場その場に応じてやりようがあることはある。固有名を書けなくても書けることもある。守秘義務がかからないケースから記述する方法もある。
  調査するとかいって、本人達にフィードバックがない場合など問題になる。調査される側は、自分にとって役に立たない研究は拒否すればよい。研究者は断られても仕方がない。研究される側は研究者をうまい具合に利用すればよい。当事者にプラスになるとわかれば、研究者も入れるようになる。障害者運動はそうだった。調査される側もしたたかになる必要がある。

  (E)研究というものをどういうものと考えているか?
  :ある種の実践的関心はある。そして面白いこともある。ものを調べたり、書いたりすることの楽しさはある。苦しいところもあるが。対象から受ける楽しさ、障害者運動から受け取ったものは、自分自身が生きている上で解放的・肯定的なものであった。

  (F)社会福祉業界では、必要性すら認識されていない。障害学とか立岩さんの研究と、社会福祉学との間に、接点はあるか?
  :あると思う。業界も変わってきている。今の状態に満足していない人も多い。何をどういう方法で調べなければならないか考えている。業績作りだけでやっているわけではないが、何をしていいかわからない人たちに、内部や外部から提起していくことに意味がある。業界も外部に求めている。内部の人たちと一緒にできることもある。

  *出席33人、手話通訳者2人

  
  
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■[資料]作成:20020527,更新:0606

◆2001/07/30「なおすことについて」より
 野口裕二・大村英昭編『臨床社会学の実践』,有斐閣 pp.171-196

 「けれど本章はその臨床(についての)社会学の成果を報告するのではない。たんに二つのことを述べるにすぎない。一つに、なおすことをめぐって、実際に起こったこと、起こっていることを忘れないうちに、覚えている人が生きているうちにきちんと記述しておくことをしたらよいのではないかと提案する。もう一つは、そこになにが示されたのか、いまとりあえず考えられることを少し考えてみる。
 …(略)…
 実際の場で作動している力学がもっと記述されてよいと思う。ただ、たとえば医療であれば、かなり多くの人はある程度の医療とのつきあいというものはあって、病院や医者の雰囲気はそれなりに知っている。とはいえ、それ以上、それ以外のことはないと見切りをつけることもないかもしれず、丹念に記述していくと、知っているようで知らないことが出てくることはありうる。たとえば「会話分析」といった手法でそういう接近が始まっているのかもしれない。ただ、私たちが既になんとはなしに知っていることを超えたことを言うには、それなりの技、工夫を必要とするだろう。私は、そういう難しいことをやる前に、そんな高等な技を要する仕事でなくてよいから、してよいことがあるように思う。
 それは波風が立った場、摩擦が起こった面、そこに生じた尖りや棘について、その歴史について調べることである。それらの多くは、そう昔のことではない、ここ数十年の間にあったことであり、小さな場に生じたことだ。もちろん医療・医学に限っても、大きな事件となった公害や薬害事件については、その怠業、意図的・非意図的な加害行為についてそれなりの研究があり、蓄積がある。だが起こったのはそれだけではない。一九六〇年代後半以降、それらの事件が顕在化し、医療と名がつけばなんでもありがたいことと受け取ることはないのだと人々が思いはじめたことにも関係をもちながら、様々なことがあったしあると思う。そこでは存在する事態、起こった事件そのものが考えるべき論点を示しているのだから、調べる側は、少なくともまずはただ単になにがあったのかを知るだけでよい。なにもなく思えるところからなにかを引き出してくるより面倒は少ない。
 さまざまな不信、疑義、批判があった。そしてそれらを経験的、感覚的に知っている世代はあって、酒でも飲むとそんな話がでないでもないのだが、しかし文字には、少なくともまとまったかたちには、なかなかなっていない。これは、これから始めても「研究」に求められる「オリジナリティ」が簡単に手に入るということでもあるのだが、それにしても、この空白はなんなのだろう。
 …(略)…
 前置きが長くなったがもったいぶるほどのことではない。「なおすこと」「なおること」をめぐって起こったこと、言われたこと、考えられたことを辿り、記述してみて、そして考えてみたらよいのではないか。
 一つ、「なおる」(というより「なおされること」)に対する拒絶とでも言えるような強い提起があったのだが、これについて考えるのは後に回そう――ここに書くことをまず書いてみて、それとの差分があるのかどうかを考えてみたらよいと思っている★04。ここでは、痛いのがよいかそうではないかと言えば、痛くない方がよいだろう、からだが不自由であるより自由な方がよいだろう、そういう意味でなおることはプラスであると言ってよい、というところからひとまず始めることにする。なおるならそれはそれでよい、しかし、という話だ。
 脳性麻痺という障害がある。出生の前後に脳が損傷され、それによって四肢や言語に障害がもたらされる。一九六〇年代から一九七〇年代にかけてということになろうか、その「治療」、「リハビリテーション」としていくつかの方法が流行ったらしい。そのころの話を、いま四〇歳代から五〇歳代の何人かの脳性麻痺の障害のある人から聞いたことがある。小学校の頃、あるいはそれ以前にさまざまな「療育法」が流行し、その人たちはそれをやってみた、というより、その人たち自身はまだ小さかったから、親からやらされた。そしてすべて空しかった、けっきょくぜんぜんなおらなかった、かえっておかしくなったところもあったという★05。そしてこうしたことは脳性麻痺に限ったことではないようだ。
 私に時間があったら聞き取っておきたいと思うのはたとえばこういうことについてである。ただその仕事は行われていない★06。以下では、いくつか聞き齧ったことから、また少し書かれたものを読んで、そこに示されているように思う論点を列挙する。
 …(略)…

◆2001/05/15「普通の道を行ってみる」
 『地域社会学年報』13:77-95(地域社会学会),ハーベスト社

 「この時代は後に、異様に頻繁に一様に危機が語られた時代として記憶されるだろう。ただそのためにも記録されなくてはならない。例えば「少子化」や「高齢化」がいつ頃からどのように語られ出したのか、危機を語る論理がどのように現れ、議論が戦わされたのか。思い出してみると意外と記憶が曖昧だったり、辿れない部分があることに多くの人は思い当たるはずだ。記録や分析がなにもないのではないが、とても不足していると思う。それをきちんと追うのは十分に意義深い仕事だと思うし、そんな仕事をしていくと、それをどう考えるたらよいのかが出てくるかもしれない。」

◆2001/12/25「できない・と・はたらけない――障害者の労働と雇用の基本問題」より
 『季刊社会保障研究』37-3:208-217(国立社会保障・人口問題研究所)

 「本稿でできないのは、一つに現在の状況の分析と具体的な指針についての検討であり★01、一つに、これまで何が問われ何が主張されてきたのかを辿ることである。とくに後者はこれまであまり記述され検討されたことがないが、重要な課題だと思う★02。」
 「★02 障害者福祉政策はまず、「職業的更生」を目指す、働けるようになるための施策だった。そしてもちろん当人たちも職業的自立を求め、そのための施策を要求してきた。とともに、そのようでしかなかったことに対する反発として運動の展開もまたある。完全になおってしまうのでなければ(それは障害者でなくなるということである)がんばっても結局一人前にはならない。そして働けるようになる見込みのない人は取り残される。口と手が動くなら他の人とそう変わらずに働くことができる。だが例えば手が使えず言語障害がきつい脳性まひの場合にはそう簡単ではない。そしてそこでは、できるようになるために人より多く支払わねばならない労苦は当然のこととされ、それが成果をあげなかった時にはそのままに置かれる〔立岩 2001c〕。だから労働の場からの撤退という路線があった。働けなくてかまわない、「ただ飯食い」を肯定しようというのである〔安積 1990,pp.28-29〕。と同時に、障害者にしつらえられた場を否定し「一般就労」を主張する運動があり、さらに「協働」を掲げ自らが働く場を作ろうとする運動があった。問題の複雑さを示すこうした多面性を記述しつつ――私自身は〔立岩 1990〕〔立岩 1998〕にわずかのことを記したことがあるだけだ――その上で考えていく必要がある。」


◆2002 「ないにこしたことはない、か?・1」
 石川准・倉本智明・長瀬修編『障害学の主張』(仮題),明石書店
 【了:20010905】

★04 ……例えば「先天性四肢障害児父母の会」。この会は、生まれた時に手や足の指がない、少ないといった障害をもつ子どもの親の会として、1975年に設立された。その障害の原因は不明だったのだが、環境汚染が様々に問題にされていた時期でもあり、環境要因が疑われ、会は当初「原因究明」を訴える活動をする。ここでは、当然、その障害をなくすことが目指された。だが現に障害があって暮らしている子どもがいる時に、障害を否定的に捉えてよいのか。そうしたことを考えていくことになる。例えばその軌跡をたどってみたらよいと思う。(cf.野辺[2000]、「先天性四肢障害児父母の会」のホームページはhttp://park.coconet.or.jp/hubonokai/)。
 それ以外にもいくつもそういうことに関わる話を聞いてきた。例えばワクチンができたためにポリオがなくなった。それはよかったのだろうかという問いを聞いたことがある。また、フェニルケトン尿症は新生児スクリーニングによって発見されると食餌療法によって障害を回避できる。これは果たしてよいことなのだろうかといった問いかけも聞いたことがある。cf.立岩[1997:23]

◆2002/02/〜「生存の争い――医療の現代史のために・」
 『現代思想』 資料

◆2002/**/**「医療・技術の現代史のために」
 今田高俊編『産業化と環境共生』(講座社会変動2),ミネルヴァ書房
 【了:20020414】

 「そして私たちが知らないのはそう昔のことではない。ここ三、四〇年ほどの歴史に知るべきこと、考えるべきことがある。研究者、研究業績は増えていて、歴史を対象とする研究業績も増えている。これは歓迎すべきことだ。ただ、日本の戦後についての研究の方が他国のもっと前の時代を対象とするより容易だろうと思うのだが、あまりなされていない。同じ領域に現在、そして近い過去に何があったかを知らないまま、もっと以前の研究が行なわれることもある。何があったのか、どのような対立があったのか。それがどこまでのことを言ったのか。すぐれた仕事もないではないが多くはない。例えば吉岡斉が行なってきた、科学・技術やそれを巡る言説に働いている政治を十全に解析する仕事、流行には冷水を浴びせるような仕事が必要だ。本来はそうした作業がある程度なされた上で、なにかを言えばよい。だがそれを待っていられないから、そしてその仕事の必要とおもしろさを広告するためにも、そこにあったはずのことについて少し記し、考えてみる。
 なぜ近い過去を辿る必要があると考えるのか。この間に考えるべきことが提出され、いくつかの道筋が示されたと思うからだ。出来事としても様々なことが起こった。いくつもの対立点が現われ、今に継がれる批判がなされ、その答の試みが途上のままになっている問いが示された。その後を考えるためにそこに何があったかを知っておく必要がある。加えれば、医療社会学も医療人類学もここ数十年の変動と別に現われたのではなく、そこから生じた。最初から規範的な議論をその仕事の中心とする医療倫理学・生命倫理学に限らない。医療と社会に関わる学自体が近代医学・医療批判と関係をもちながら、その中で始まった。だからこの時期以降の動きを検討することは、それらの学が言ったことを再考してみることでもあり、これから何をするかを考える上でも必要だ。
 さまざまなことが起こりそしてまだそう時間のたっていない部分について記述がない。例えば精神障害と犯罪についてどんな議論があったか。どのように高齢化が問題とされ議論されたか。いつハンセン病者に対する差別が差別だということになったのか。いつからどんな経路で自己決定という言葉が使われ広まったのか。少子化・高齢化に対する危機感をいつ誰が言い、どのように普及したのか。優生学という言葉が否定的な言葉となったのは、いつ、どのような人たちの間でだったのか。その他、「自分らしく死ぬこと」といった言説の誕生と流布について。そして様々な治療法の栄枯盛衰、いつのまにか消えてしまった様々なものの消え入り方、学会や業界の中での様々な(中にはひどく重要な論点を含む)対立、等々。ある年代以上ならある程度のことを知っている人もいる、それ以降の人たちはまったく何も知らない。そこにいた人しか覚えておらず、その人たちも記憶は定かでなく、覚えていたくないものは忘れているか、忘れたことにしている。だから、特に論争的な主題については「これまで語られてこなかった」という枕言葉がよく置かれるのだが、それをつい信じてしまうことにもなる。ところが、例えば安楽死について、医療に使える資源には限界があることについて、今までタブーとされ語られてこなかったからあえて私が語ると言うのだが、それは間違いなのだ。まさにそのような前言とともに繰り返し語られているのである。」

■年表・等

 Core Ethics ?? / Core Sociolgy ??のところにいくつか。

 
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■規範論

◆2000/03/25「闘争と遡行」
 『STS NETWORK JAPAN Yearbook '99』:43-48
 1998/10/31 STS Network Japan シンポジウム「医療問題は科学論で語れるか」の記録

◆2000/04/05「正しい制度とは,どのような制度か?」
 大澤真幸編『社会学の知33』,新書館,pp.232-237 15枚

◆2000/06/30「こうもあれることのりくつをいう――という社会学の計画」
 『理論と方法』27:101-116(日本数理社会学会、特集:変貌する社会学理論)

◆2000/11/01「たぶんこれからおもしろくなる」
 『創文』426(2000-11):1-5

◆2001/01/27「闘争と遡行――立岩真也氏に聞く 『弱くある自由へ』」(聞き手:米田綱路)
 『図書新聞』2519:1-2

◆2001/05/15「普通の道を行ってみる」
 『地域社会学年報』13:77-95(地域社会学会),ハーベスト社
 【了:20001231】

◆2002/06/02「じつはいまも、未耕の沃野、かもしれない」
 関東社会学会 「ケアの社会学」部会 於:法政大学多摩キャンパス

 

■記録(このファイルにまとめる前のもの)

◆◆2002/08/4 00:48
  [jsds:6881] 関西部会15の01
◆◆2002/08/15 01:39
  [jsds:6887] 関西部会15の02
◆◆2002/08/19 00:02
  [jsds:6897] 関西部会15の03
◆◆2002/09/03 16:12
  [jsds:6921] 関西部会15の04


REV:....20031204,040513, 20171224
障害学研究会関西部会  ◇障害学  ◇立岩真也  ◇Shin'ya Tateiwa
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