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闘争と遡行――立岩真也氏に聞く 『弱くある自由へ』(聞き手:米田綱路)

2001/01/27 『図書新聞』2519:1-2


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『弱くある自由へ』表紙   立岩真也・定藤邦子編『闘争と遡行・1――於:関西+』表紙  

◇―― 立岩さんは先頃、『弱くある自由へ――自己決定、介護、生死の技術』を刊行されました。この本を手がかりにお話をうかがいたいと思います。
 まず、タイトルになっている「弱くある自由へ」についてですが。
◆立岩 最初この本のタイトルを『闘争と遡行』にしようかと考えていたんです。売れないって却下されましたけど。たしかに売れないかもしれません。
◇―― かつて続けて出ていた埴谷雄高の評論集のタイトルを思わせますね。
◆立岩 闘争ではスタンドポイントははっきりしている。それをどうやって実現していくのかという戦略、そこで実現されるべき仕組みを考えていく仕事なんですね。たとえば、人が自分の暮らしのこと、暮らしのありかたを自分で決めて、自分で実現していくという意味での自己決定については、私はまったく肯定的な立場に立ちます。障害者なり病者の生活に対する決定が剥奪されている、それはけしからんと。ではどうやっていくか。介助・介護について考えた第7章「遠離・遭遇」は基本的にそういう仕事になります。
 けれどそういう仕事でも、実現するために、なぜ実現しないかを考えていく必要が出てきます。この問いは簡単に解けることもありますが、そうでないこともある。闘争のために、闘争の一部として、遡行がなされないとならない。さらに、自分自身がどこに立っているのか、なぜ、どこに立てばよいのかよくわからないことがあります。あるいはわかっていたつもりがわからなくなることがあります。とすれば、遡っていかないとならない。
 僕は、両方の仕事を同時にやっていきたいと思っています。なにか「哲学的なもの」がとんでもなく素朴なところにとどまっていることがあります。原理的なことを考えているようで、全然そうでないことがよくあります。「そんなことは知ってる、問題はその後しばらく行ったところに現れる」と、闘争し、その方向を考えている人は言うでしょう。
◇―― 通読して、「弱くある自由へ」ということがこの本に通底するテーマとなっていることを感じました。第1章の「空虚な〜堅い〜緩い・自己決定」で立岩さんは「もっと弱くあればよいのだ、もっと弱くあってよいのに」と書かれていますね。
◆立岩 第2章「都合のよい死・屈辱による死」と第3章「『そんなので決めないでくれ』と言う」で「安楽死」のことを書いています。今の状況は、耐え難い身体的苦痛で死ぬ、死ななきゃいけないという状況ではありません。日本だと苦痛への対応がきちっとしていないからそう言い切れないんですが、うまくやれば肉体的な痛み自体はかなり取れる。そういう意味では古典的な、あまりに痛いので死期を早めるという安楽死は意味を失っている。けれども医師の自殺幇助による死を選ぶ。なんで死ぬんだろう、なんで死にたいんだろうと思う。またその決定の周りにいる人にとってはどうか。自己決定を基本的に認めるから、死の自己決定である安楽死、医師による自殺幇助もそのまま認めるんだという話になれば、それはそれですっきりするかもしれないけれども、すっきりしない人もいる。少なくとも私はすっきりしない。とすれば、遡っていかないとならない。
 と言っても、そんなにややこしい話ではありません。たとえばALSと呼ばれる神経性の難病によって、徐々に自分が自分の体をコントロールできなくなっていく、自分が世界に対して自分のことをできる度合いが日々少なくなっていく。またたとえばアルツハイマーとか、知的に自分自身が、あるいは自分のまわりの世界がコントロールできなくなっていく。そういうことに対する絶望が、死を決定させている。これだけが他の様々ありうる自殺の契機と異なってその場にあります。
 ということは、できるということ、そういう意味で強くあるということが、存在のための手段、生きていくための手段という以上の意味を持ってしまっている。あるいは持たされているような社会がある。ここで死を選ぶのは、それは強くありたいから、そうあるべきだと信じているなら本当に強い人だからです。
 信じている人に対して、脇にいる人がお説教みたいなことを言えるかどうかということはあるけれども、ただ、できるということが基本的には人が存在するための手段であるなら、われわれの社会においては奇妙な転倒が起こっていて、存在するためにできることが必要なはずが、できるということが存在を乗り越えてしまっている。そういう社会に住まう必要はないのだし、そういうふうに思う必要はないのだとは言える。弱いまま、できなきゃできないままで生きていける、まずは生きていいんだというところから出発するということ、そして現実にそれをどうやって可能にしていくかを考える、そういう主題が出てくるのだと思います。
◇―― 「〈他者〉が在ることの受容」をめぐっては、前著『私的所有論』(勁草書房)の第4章で詳しく論じておられます。一貫して問われているのは、ちょっと単純に言いすぎかもしれませんが「おれのものはおれのもの」「私が決めたんだから」といった価値観とは全く別の自己決定、つまり「緩い自己決定」なのだと思います。そのことと、「弱くある自由へ」についてお話しいだけませんか。
◆立岩 言っていることは単純なことです。その人の暮らしのことをその人が決めるということは大切なことで、なんで大切なのかという理由を言ったってしようがないくらい当たり前のことだと思うんだけれども、あえて言えば、その人が生存して生活しているということを承認するというか、認めたくなくても認めるべきなんだろうということのなかに、その人が決めたように暮らすというあり方を認めるということも含まれる。そうであるがゆえに、決定ということもまた認められるんだと思うんですね。
 しかしそれが、転倒していて、倒錯を起こしていて、決定している、あるいは決定できるということが存在を意味づける、逆に言えば決定できない存在というのは存在価値がないというふうに使われる。それは、いま言った話と違うわけですね。
 存在を承認することの一部に決定を承認するということがある。存在を承認するがゆえに決定を承認するという話であるはずなのが、決定能力が存在を意味づけるというか、存在の意義を示している。それはさきほど言った、できるということが存在しているということを凌駕してしまうことと同じ構造だと思うんですけれども、ある種の議論のなかに出てくる自己決定というのは、そうした転倒を起こしてしまっている。それはちょっとちがうだろう。もとに戻して考えるべきだと思います。これが第一点。
 それから、自己が決定するのはよいとして、しかし何を決定するのかということを言わなければほとんど意味をなさないんですね。それにどう答えるかという問題があって、それに対していくつかの答えが用意されているんだけれども、それは私が考えるには、どうも話としてうまくいっていなかったり、おかしなことになっている。これが第二点です。自分ができる範囲のことについて決定してよい、自分が生産したものについては所有権があるというかたちで、決定できる、あるいは所有することのできる範囲を設定するというのが、近代の社会の決まりであったわけです。つまりは、自分の体なり頭なりを動かして決めたりできたりしなければ、その範囲については自分で決めてはならない、決める権利を持たないということになってしまいます。
 他人の力を借りながら、その借り方というか借りて生きていくあり方を自分で決めたいというのが、病気であったり障害を持ったりしている人たちの基本的な主張だったと思うんですけれども、この種の議論のなかで言われる自己決定は、それを正面から否定する考え方なんですね。決定したりしなかったりしながら生きていくというあり方を破壊してしまうものになってしまう。自己決定ということが主張すべきものであるとするならば、その主張はそういったものではありえない。
 この本の第1章で書いているのはそんなことについてです。存在より決定能力を上位においてしまうというあり方、自分ができる範囲、つまり他人に迷惑をかけない範囲について決定できるというあり方を自己決定という言葉で呼ぶのであれば、そんなものはいらない。それを「堅い自己決定」と呼び、そこに抗して支持されるべきものを「緩い自己決定」と呼んでみたのです。前者の「堅い」方は、近代的な意味での私的所有を巡る価値、規範とほぼ重なる。そして、さきに言ったことの繰り返しになりますが、その構造を明示し、反駁することがそれに抗し否定する一つです。同時に、「緩い」方を可能にしていく現実の仕組みを作っていくこと、これがもう一つということになります。
◇―― できるかできないかということが、その人の資質に還元されることのないような、存在するための条件がなければいけないということなのでしょうか。
◆立岩 個人の能力とか個人の資質の差というものがないとは言えないだろうと思うんです。「インターミッション――市野川容孝との対話」で少しふれているんだけれども、一つには、資質の差であるとか能力差は本来は存在しないという言い方が、戦後的な状況の中にあったと思うんです。われわれの戦後というものは、一方ではそうした差はないということ、それからいまはあるかもしれないけれども、たとえば頑張ればとか、努力すればその差はなくなっていく、そして能力がみな同じようにつけば、結果としての平等に近づいていけるだろうというような言い方でやってきた。
 それはかなりの部分正しかったし、場面によっては強調されるべきことでしょう。たとえば、人種によって能力に差があるという話があって、それに対して、いや差はないんだ、あるいは男女の間に差はないんだということは当然主張すべきことであろう。ただ、ではその原因はともかく、現実に資質なり能力の差がないかといえば、それはないと言う方が苦しいわけです。人種のあいだに差はないけれど、個人の間に差はある。
 そうすると、私たちはそれを前提とした上でどうしていくかというふうに問いを本来は立てるべきだと思うんですね。
◇―― この本に書かれている優生学と自己決定の問題についてですが、自己責任に全てをゆだねていくことで、社会は一見中立を装うけれども、「それは自分の責任なんだから、しかたないじゃないか」とか「自分のことは自分で責任を持たなきゃ」というようなかたちで追い込まれ、あるいは自らで自分を囲い込んで、できないということを結果的に貶めてゆく、つまりそこで優生的に作動してしまうような状況があるように思います。そのなかにあって、個人の差を認めつつ、優生的な作動を抜けていくというか、自己決定と優生学との連関をどのように超えていくのか。立岩さんはどう考えておられますか。
◆立岩 優生学が暴力として作動してきたこと、強制としてあったことは否定できません。であるがゆえに、患者の決定とか患者の権利というような言われ方で対抗軸が出されてきたことには必然性があります。そして今も有効です。
 ただ、市野川容孝との対談でも出てきたことだけれども、優生学とは国家権力が個人の生活に介入して押しつけてくるものだという捉え方は、捉えるべき全部を捉えてはいない。私的な契約、つまり一人一人の決定に基づく合意がそれとして認められているということ――もちろん、契約も、契約の前提である所有権の設定も法によって承認されているという意味では強制と無縁ではまったくないのですが――自体が生じさせるものがあります。
 この本の第6章「未知による連帯の限界――遺伝子検査と保険」で書いているのは遺伝子差別の話なんだけれども、これって何かといえば、遺伝子検査によって病気になることが確実だと、あるいは可能性が高いと判断された人を、民間の保険から閉め出すということですね。そこには特権的な権力の発動点があるわけではない。保険に入る側、一般消費者であるわれわれとしては、できるだけ保険料が安くて、何かあったときにはきちんと保険料が下りる会社を選ぶわけですね。そうしたときに、リスクが高い人たちを閉め出した保険は、確かに保険料が安く済むわけじゃないですか。だから、われわれはリスクが高い人を閉め出した保険を選ぶ。保険会社の方もそれが商売ですから、お客さんがたくさんいてくれないと商売にならない。他の会社との競争で負けられない。そういったなかで、「遺伝子検査を受けてください」と言い、リスクが高いと思ったら「保険には入れません」となるわけです。
 そこには特権的な決定主体もいなければ、何か特別の差別意識や悪意も存在しません。ただ、そういうことの効果というか結果として、病気になってなにがしかの資源がより多く必要になる人が閉め出される。そういう人たちが生きにくい、淘汰されるような社会が実現してしまうんですね。それもある種の優生学の実現だと言ってよいのかもしれない。
 優生学はこんなふうにも実現しうるのですし、実際実現しているのです。とすれば、これは社会システムの問題として、そして市場を廃棄してしまうのでなければ、市場への介入のあり方の問題として解かなければいけない。
 僕は社会学をやっているんだけれども、それには、さっき言った遡行という課題があるとともに、もう一つに、お題目はお題目として、原理は原理とした上で、それをどう実現していくのかを考える仕事がある。それはときに複雑でもあり、おもしろくもある。それを考えていくということがもっとあってよいだろう。でも、そのことを正面から取りあげて議論してきた蓄積が、われわれの前にどれだけあるかというと、あまりない。遺伝子差別については、第6章になった文章を書いた時点で、きちんとした日本語の文献はなにもなかったと言ってよく、比べれば英語の文献はずっと多いし、相対的にはましだけれども、でもあまりたいしたことはないと思いました。それは、市場・所有、等々をどう考えるかというところから議論がなされていないからだと思います。そんな意味でも、具体的にどんなことができるかを考えながら、同時に論の前提をはっきりさせていかないとならないと思うんです。第6章はそんなふうにやってみようと思いました。そして私はこうすべきだと考えることを書きました。
 第5章の「生命の科学・技術と社会:覚え書き」もそういう気持ちで書いたものです。先端技術と呼ばれるものを一括りにして批判するという立場には私は立てないし、立たないです。することとしないことをどういう理屈で分けていくか、そんなことを私は考えたいと思い、おおむねこんなふうに思っていますということを書いてみたんです。
◇―― この本で出生前診断と選択的人工妊娠中絶について書いておられますが、立岩さんは他者に向かう態度が問題にされるべきだと述べておられます。それはまた、他者をどのように存在させるか、社会のあり方についての選択の問題であるとも言われていますね。
◆立岩 出生前診断については『私的所有論』の第9章「正しい優生学とつきあう」で書いています。うまく解ききったという自信はないのですが。今度の本の第1章でもう一度確認しておこうよと言ったのはごく単純なことです。
 私が決めるのはいいとして、何を決めるのか言わなければ何か言ったことにならない、言う意味がない。そのときにいろんな答えがあるけれども、普通には、自分のこと、他の人のことである前に自分にかかわることですね。「かかわる」という言葉はそれだけじゃはっきりしないんですけれど、ともかく。自分のことは自分で決めるというわけです。けれど、どういう人を産むとか産まないとかいうのは、自分のことを決めているのではない。他人のあり方、つまりどういう人が社会に現われどういう人が現われないかをを決めていのであって、それは、言葉の普通の意味で、自分のことを決めているのではない。そこのところを確認してから議論をはじめよう、続けていこうよ、と。そういったことも曖昧にしたまま、自己決定というのは、あまりに普通の意味でも乱暴すぎていかんのではないか。
 第1章で書いているのは、まずそういうことです。自己決定を非常に狭く、自分ができる範囲のことだけを決定するととらえることが無自覚にも行われていると同時に、ふつうは自分のこととは言えないことが、自己決定という言葉のなかで語られてしまう。その曖昧さ、気持ち悪さは、クリアにできるかぎりはクリアにしながら考えていくべきだという話なんです。
 第4章の初出の題は「一九七〇年」だけだったんですが、それじゃわからないというので、本の方では「闘争×遡行の始点」という副題をつけました。これでもやっぱりわからないですけど、具体的には障害者運動のことを書いてます。この時期に、僕はいくつか大切なことが言われ、考えることが始まったと思っています。優生学が本格的に問題にされだすのもこの頃だと思います。学問的にその歴史が研究されだすのはもっと後になってからですけれど。出生前診断などもそういう文脈で問題にされ出します。その人たちが、一方で自己決定を主張し始めながら、つまり人に迷惑をかけながら自分で決めていくことを強く主張しながら、他方で、安楽死を批判するというということをします。最低、そういうところは押さえておきましょうということです。
 これには、もちろん当時のはねあがった状況が関わっています。その時いろんな場面でかなり重要なことがいろいろと言われたと思うんですね。ただ、それがストレートに継がれることなく、八〇年代的・九〇年代的な知の状況にずるずると移行していってしまった。そしてそれはしばらくはおもしろかったんだけれども、だいたいまあこんなものかなというぐらいのところまで来てしまって、それで行き止まっていると思うんですね。だから、いったん消えてしまったり放っておかれた問題をストレートに考え直していく、考えることを立て直していく。僕は前の本も含めて、そうしたスタンスでものを書いているところがあります。
◇―― 立岩さんは『弱くある自由へ』においても、また前著『私的所有論』でもそうですが、存在するための条件が確保されなければならない、ということを書いておられますね。介助について書かれた第7章「遠離・遭遇――介助について」は、その条件についての具体的な内容になっています。存在するための条件が確保されることが、つまり緩い自己決定を可能にすると思うのですが、そのことをめぐってお話しいただけませんか。
◆立岩 生存・存在をいやでも認めると、そしてそのための条件を現実のものにするという、基本的にはひどく単純なことなんです。でも、それを実現していくには、いくつかの工夫というか仕掛けを考え出さなければいけない。それは場合によっては、ちょっと面倒くさい込み入った話になります。介護・介助はそういう主題です。ところがこの主題が、考えるべき対象として、考えることがある対象だと思われていないのが不思議です。そして、実際のところあまり論じられていないと思います。
 一方で、政策の問題としては、お金の問題として、予算が限られているからそんなにできないとか言われる。つまり、お金があれば、あとのやり方はそう難しくはなく、そんなに考えることはないと思われている。「社会福祉」ってそういうふうなものだと思われているところがあって、財政的な観点からの言及以外にはほとんど「学」によって論じてこられなかったと言えるのじゃないか。
 しかしそんなことはない、こんなにたくさん考えることがある、と思います。社会のあり方というか、制度や構造そのものにかかわるような、非常に重要なおもしろいいくつものテーマがそのなかに含まれているから、もっと論じられてよいだろうと思うんです。だいたいお金があるとかないとかいう話にしたってわかるようなわからないような話です。無償の仕事を有償にするとお金がかかって大変だという話があって、こうした仕事の「社会化」を主張する側もうっかりそういう話に乗ってしまっているところがある。たとえばその話は本当か。私はひとまず嘘だと言ってよいと思うんですが、それを考えることだってあります。
 そんなふうに考えていくと、家族とか市場とか政治とか、あるいは自発的な行為、民間の非営利の活動であるとか、そういったもろもろの位置づけや関係を、かなり本格的に考えないときちんとした話ができない。そのわりにはそれがなされていない。
◇―― ここでは介助についてさまざまな問題が論じられています。立岩さんはこの章で、「弱くある自由へ」の実現をどう可能にしていくのか、そのことを、介助をめぐる問題を一つ一つ考察しながら示しておられるように思います。介護においては、広いこと、遠いこと、冷たいことがよい、と書かれていますが、ここでは負担の側面とサービスについての決定を分離する、また介護する人の生活を支えることの負担を社会全体から求める機構をつくるといった構想も示されています。
 この「遠離・遭遇」を読んで、介助をめぐって私たちが漠然と思っているもっと手前にまで戻って考えることの必要性とともに、それがほとんどできていないところで、制度などの冷たさに対して何かしらぬくもりややさしさなどという感情レベルに収斂しがちなものを対置したり、経済的・心理的に何が大変で負担であるかを実感のみで了解してしまっている自分をも考えざるをえない。それに対して、立岩さんの文章を読んで、介助が緩やかな自己決定と他者という存在を受容する具体的な局面を経験する場であることを思ったのですが、こうした介助をめぐる考えについて、お話しいただけませんか。
◆立岩 一方では「政策論」みたいなものの中で語られる、しかしそれもまったく不十分だと言いましたが、それとまた別の場で、ケアと呼ばれるものの大切さや大変さが語られる。この大切さと大変さの二つはしばしばセットになっていますが。こちらはこちらでまた別の過度の単純化があるように思います。
 介助といえばケア、あたたかさということになるんだけれども、少なくともある場面の人々には、近しさが不要なこと、迷惑なことがある。これって誰だってわかることですね。自分の私的な部分に他人が入ってくる。そのあり方には微妙なところがありますよね。入ってこなきゃ暮らしていけないから入ってくるけど、そうどやどやと入ってきてほしくないは当然として、さらに他人が介在していることの意味が脱色されていた方がよいという部分がある。
 少なくとも僕が知っている範囲で言えば、身体障害の人たちが介助をどういうふうに位置づけるかをずいぶん長いこと考えてきた、そういう蓄積があります。それは学問という領域には入ってこなかった。さっき言った八〇年代・九〇年代の知の主流がそういった方向とは違う方向に流れていったことと関係があると思うんだけれども、学問がそうやってさぼっている間に、彼らがかなり本質的なことを考えてきたし、現実を変えようとし現実をつくろうとしてきたことがあると僕は思うんです。かなり重要なことが言われたと思っています。その意味をきちんととらえる。別にその提灯持ちをするということではないんだけれども、それを踏まえて考えるということなんです。
◇――立岩さんは介助をめぐって、有償/無償の軸は、交換/贈与の軸と同じでないとも述べておられますね。しかし私たちの思考は、有償であれば事務的で冷たいとか、献身的でないとかやさしくないとか親身になってくれるといった、具体的な問題をある種の思考停止のなかで、抽象的に論じる傾向がありますね。それは、極めて個人的なことでありつつ他者の存在とのかかわりでしか論じられない問題を論じる局面で生じる、一つの傾向なのかとも思ったりします。
◆立岩 介助の有償/無償ということについて、今言った人たちの中でずっと議論されてきたということがあって、それを踏まえた上で僕はこの章に書いたんです。ただなされてきた議論とここで僕が書いたことはイコールではないですけれども。
 僕としては、有償のものとする立場に基本的につく。これを社会的な義務として贈与されるべきものととらえるなら、社会が贈与する、社会が全体として責任を持つということを実現する、唯一に近い方法として、これが残るだろうというのが一つの理由です。つまりは税金を払える人から税金をとって、それをその仕事をする人が生活できるように使うということです。
 そしてもう一つ、そこにどんな関係を見込めるか、実現されうるかということがあります。一方では、道具的な、生活のための手段として使い切る、そのための最適な機構を組み立てようというふうに進んできたし、そのことの意味は大変大きいと思う。ただ、それで一〇〇パーセント行けるかといえば、そうとも言えない部分があるかもしれない。やっぱりそこには人との関係、具体的な関わりというモメントがあるわけですよね。
 それが、たとえば福祉国家、社会福祉というシステムのもとで可能かという問いも、もう一方ではあるわけです。介助の仕事が全てお役所の仕事になっていくことによって、かえって生というか存在に出会わなくなっていくということも言われる。それは当たっていなくはない。しかしでは遭遇というものは、社会的な分配という機構のもとでは不可能なことなのか。そんなことを考えてみようということになります。それは、無理に学問に関連させることもないんだけれども、政治哲学の議論や論争にダイレクトにかかわってくる主題だと思います。
◇―― 立岩さんは介助について、どうしてであるかわからないが、すべきであるとは思っている、しかし負担であり面倒である、という中途半端なとらえ方が大切だとも言っておられますね。また、最後のパターナリズムについて述べておられるところで、粘着質の問いにつきあっていくとも書いておられますね。そのことは逆に、この社会のなかで、そして現代の思想において何が欠けているかを示唆する思考のスタンスになっていると思えるのですが。
◆立岩 私たちは強制されないと負担しない、しかしその負担、強制的な負担には民主制の政体のもとでは人々の同意を要するという事態をどう考えるかといったことにも関わってきます。この一見解けないそうにないつながりをどう解くか。なんだかばかばかしいようにも見えるけれど、おもしろい、そしてそれなりの意味のある問いのようにも思えます。そして具体的な介護・介助に即しても、そうした二面性を両方見ながら考えていくことによってだけまともな議論ができるんだろうと思って、少し考えたことを書いてみたんです。
 自己決定というタームにしても、ここ何年か流行のように使われ、そして今度は、なにかそれを批判的に語ることが気のきいたことのように受け取られる。しかしそれは、介助なら介助という行いの中に、きわめて日常的で具体的なテーマとして存在します。
 一方に妙にクリアカットに一見みえるような議論があって、もう一方に、現実はそんなにクリアじゃない、ドロドロしてるよっていう話があって、その二通りしかないというところが僕は気にくわないんですね。たとえば、たてまえ論の方は、教科書に書いてあって、あるいは講演かなにかでえらい人に言わせていおいて、しかし現場なんてそんなきれいごとでは動かないんだよというような二枚舌の構造がある。
 二枚舌自体が悪いとは思わないんです。そのこと自体がどうということではなくて、そのはざまで、迷惑を被っている人がいるわけですよ。まあ、いってみれば無責任なわけじゃないですか。一方では空疎なことが言われていて、もう一方では無原則にいろんなことが行われているという間で、困るのは、そこでその時々の都合で、そこにある力関係の中で処遇されている人々なんです。とすれば、きれいごととしてクリアに語られることと現実の間にはなんで差があるのか、そういうことを考えないとならなくなります。本人の言うことなんかいちいちきいていられないということがあり、それじゃたまらないから、たまらない本人から抗議がある。ただ、はいどうぞといつでも言って、そのまま受け入れていればよいか。その極限的なケースが安楽死の場合ですけれど、そんなに深刻でなくてもいくらもそういう場面がある。
 だから、話としてはすこし複雑になるかもしれないけれども、すぐに見えないけれども確かにある差異や、中間にあるごちゃごちゃしたものから考え、そしてできるだけはっきりさせていきたい。そしてそういうことを考えてきた人はいるんだとさっき言いました。それは、まず二枚舌のなかで迷惑を被ってきた人たちであり、しかし同時に優生思想に反対するとか言って自己決定だからと認められてしまいそうなものに抗してきた人です。そこで言われたことを知り、知りながら考えてく。すると、それを別様の言い方で、なにやら論理的に、言えるかもしれないし、あるいは違う答が見つかることもあるかもしれない。そういうことをやるのがわれわれの仕事だと思っているんです。


UP:2001
立岩真也  ◇『私的所有論』  ◇『弱くある自由へ』  ◇安楽死 
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