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Tateiwa
ないにこしたことはない、か・1
(草稿・20010124)
立岩 真也 1999
◆2002/10/31
「ないにこしたことはない、か・1」
石川准・倉本智明編
『障害学の主張』,明石書店,294p. 2730 ISBN:4-7503-1635-0
[amazon]/
[kinokuniya] pp.47-87
【20020610発送(了:20010905)]
*この原稿は未完です。まだ終わりまでいっていない、書き足すことろがあるというより、私の原稿の書き方の常として、まずはいいかげんにいろいろなところを書き、そしてあらゆるところに加筆・訂正していくというその作業の途上にある草稿です。時間切れでここまでです。2001年1月27日の障害学研究会での配付資料とするものであり、完成した原稿(多分分量的には圧縮されます)は下記の本に収録されます。なお「2」の発表時期、発表媒体はまったく未定です。
*
未掲載分
*以下の本に収録された文章のもとになりました。
◇石川准・倉本智明・長瀬修 編 2002 『障害学の主張』(仮題) 明石書店
*註を追加したうえで、以下の本に再録されました。
◇立岩 真也 2018
『不如意の身体――病障害とある社会』,青土社
障害がないのはよいことかを考えてみる★01。本人にとっては必ずしもそう言えないこと、他方、周囲にとってはない方がよいものであること、簡単に「ない方がよい」と言うのは、このことを覆い隠してしまうことを述べる。
■1 どんな主題なのか
■2 死なず痛くなければよい、とはいえ、できるにこしたことはない、か?
■3 できることは必要だが、私が、である必要はない
■4 支払いをみると、他人にやってもらった方がらくなことがある
■5 得たいものは、因習にこだわらなければ、さまざまに得られる、こともある
■6 そこに肯定されてよい世界が現われ、そしてそれは障害であることと両立する
■7 選択の幅が広い方がよいから、とも簡単に言い切れない
■8 他方、周囲の人にとってはないにこしたことはない
■9 補足1・「社会モデル」の意味
■10 補足2・差異と平等/社会モデルと文化派
■注
★01 当初、実際にあった議論、具体的な言葉を紹介しながら書いていこうと考えていた。またいくつかの論考(土屋[1994b]、森[1999]等)をふまえる必要もあると考えた。しかし文章の後半を別にし、それでもなおスペースがなくなってしまった。ほとんど引用や紹介を行うことができない。ホームページhttp://ehrlich.shinshu-u.ac.jp/tateiwa/1.htmの「五〇音順索引」→「障害」、あるいは直接にはhttp://ehrlich.shinshu-u.ac.jp/tateiwa/0ds/d.htmに400字×80枚分ほど(2001年春)の引用がある。なお立岩[1997:436-439](第9章注15〜22)にいくつかの文献をあげた。本文に引いたシンガーの文章もそこで引用している。
★02 そちらの方の仕事として、立岩[1995][2000b]等。
★03 立岩[1997:437-438](第9章注19)では「「障害」と「障害者」とは本当に不分離なのだろうか。」と始まる加藤[1991]を引いた後、次のように続けている。
「「基本的な問題は、障害がことさらに取り出され、否定され、障害を持つ人に結びつけられ、その人全体が否定されてしまうことである。それに対して、その否定性を受け入れ、改善に向かう、あるいは他の部分を探す…方向があるのだが、それは述べた通り不完全なものだ。そこで逆に否定されたものを肯定すると言わざるを得ない。こうして分岐が生じてしまうのだが、実はこういう選択を生じさせているものが問題なのであり、それを無力,にすることがあくまで第一のことなのである。障害を肯定する、障害以外のものを肯定する、部分を肯定する、全体を肯定するということ自体が問題なのではない。否定性を受け入れる必要はないということなのである。」(岡原・立岩[1990:162→1995:162]) 被差別者が差別を告発し自らを主張する時、差別者が設定した範疇に拘ってしまうことは、酒井直樹[1996:211ff]等でも指摘される。けれど同時に、否定性を否定するために、「悪魔祓い」のために、例えば「自己を肯定する」「自分を好きになる」こと、そのための技が、確かに必要とされる。だから安積遊歩(安積[1993]等)らは、祓いを行う巫女である。」(立岩[1997:438])
「肯定」のことは、1990年に出版された『生の技法』(安積他[1990])を書いていた時から気になっていた。
「関係せざるをえない相手として見るに、その人の全てなど決して肯定してほしくない人、肯定されたらかなわない人は確かにいると思う。また例えば、ただ肯定することによっては、両立しない二つの行為のどちらをとるか決められない。だから肯定という言葉は、ある背景・前提をもって初めて成立する言葉なのだと考える。この場合には、障害・障害者が否定されるということが不当で、それを受け入れる必要はないという判断の上で有効、有意味なのである。近年、様々に行われるカウンセリング、「情緒産業」においてどのような「倫理」の基準があるのか、ないのか、また、グループ内の論理と外の社会の中で言われることとの関係、どのようにこれらが説明されているのか興味のあるところだ。また肯定することと「本当の」自分とがしばしば結びつけられること、このこと自体もっと考えておくべきなのだ。ここでは考察を進めることができない。指摘するだけにとどめる。」(岡原・立岩[1990:163→1995:163])
「つまり私達はこの書で、「障害を肯定せよ」という問いかけに対して、未だ十分に問いを詰めていないし、答えていないのである。」(立岩[1990:226→1995:163])
「この本の帯には「障害を肯定する」とあり、それはそれでこの本の帯としてはよかったのだが、私はそんなに簡単なことではないと考えていたし(→第9章3節)、そのことは本の中にも書いた。」(立岩[1997:23])
「自己啓発セミナー」の批判として樫村[1998][2000]。肯定することと、現実の社会を生きることとの間の差異(を無視すること)が問題にされる。ピア・カウンセリングに対する批判として篠原[2000]。問題を個人の水準にもっていくことによって、関係の問題、社会の問題が背景に退いてしまわないかという、以前よりなされてきた、しかしその意味が失われてしまったわけではない指摘がなされる。
★04 千田好夫らの文章の一部を注01に記したホームページに引用した。また例えば「先天性四肢障害児父母の会」。この会は、生まれた時に手や足の指がない、少ないといった障害をもつ子どもの親の会として、1975年に設立された。その障害の原因は不明だったのだが、環境汚染が様々に問題にされていた時期でもあり、環境要因が疑われ、会は当初「原因究明」を訴える活動をする。。ここでは、当然、その障害をなくすことが目指された。だが現に障害があって暮らしている子どもがいる時に、障害を否定的に捉えてよいのか。そうしたことを考えていくことになる。例えばその軌跡をたどってみたらよいと思う。(cf.野辺[2000]、「先天性四肢障害児父母の会」のホームページはhttp://park.coconet.or.jp/hubonokai/)。
それ以外にもいくつもそういうことに関わる話を聞いてきた。例えばワクチンができたためにポリオがなくなった。それはよかったのだろうかという問いを聞いたことがある。また、フェニルケトン尿症は新生児スクリーニングによって発見されると食餌療法によって障害を回避できる。これは果たしてよいことなのだろうかといった問いかけも聞いたことがある。cf.立岩[1997:23]
★05 土屋[1994b]の主張はこれに近い。また「出生前診断・選択的中絶」について考えた立岩[1997]第9章で述べたのもほぼ同じことである(この主題について私自身の考察は少しも進んでいないが、そこに述べたことを短くしたものとして立岩[2001c])。
堤の主張はその前の時期の関係者たち、親たち(古川清治、最首悟、…)の発言よりまっすぐですっきりしたものになっている。多分このことには、それが本人から言われたことであることが関わっている。自分のこととして言えるからかえってすっきりと言えることもある。安積[1993][1999]にもそんなところがある。
★06 この主題を巡る議論は何層にもなっていて、そして捩れている。
A:まず、障害者でありたくない、障害者になりたくない。なおるならなおった方がよいと思う。まずはそれだけという人にとっては、障害を肯定するっていったいなんの話をしてるの、ということになる。
B:第二に、そんなことはないと言いたい気持ちの人がいる。そしてこのことの言い方もさまざまだ。そして「世間の人」もまた、実はなにかしら障害を積極的に捉えるといった主張に同調したい部分はある。もっとも双方で思っていることはかなりずれていたりもするのだが、とにかく、意外に受け入れられる部分もある。
C:すると第三に、そんな調子のいいことを言って、と、それに対してさらになにか言いたい人がでてくる。
ダウン症の娘さんがいる最首悟の本にこんな一節がある。(1970年代のはじめ)「必然的に書く言葉がなくなった。……そこへ星子がやってきた。そのことをめぐって私はふたたび書くことを始めたのだが、そして以後書くものはすべて星子をめぐってのことであり、そうなってしまうのはある種の喜びからで、呉智英氏はその事態をさして、智恵遅れの子をもって喜んでいる戦後もっとも気色の悪い病的な知識人と評した。……本質というか根本というか、奥深いところで、星子のような存在はマイナスなのだ、マイナスはマイナスとしなければ欺瞞はとどめなく広がる、という、いわゆる硬派の批判なのだと思う。……」(最首[1998:369-370])
ここで怒っている最首は批判Cに対してさらに怒っている。私は呉智英の当該の文章を読んでいないが、この世代の人たちは――「戦後民主主義」が怪しげに入ってきたことに対する、そして「良心的知識人」に対する敵意があることに関係するのかしないのか――「良識派」あるいは「進歩派」の「欺瞞」「偽善」を指摘してまわるという文章をよく書く。最近のものでは、安積他のBの主張に対するC小浜の批判?がある(小浜[1999])。Cの人たちは、Bの見方が偽善的であるとか脳天気であるとか、そんなふうに思って批判するのだが、実はそのBの人たちも、あるいはその人たちの方がそのあたりはかなり自覚的に書いていたりもする。
この文章は、まずはとても優柔不断でありながら、こうした状況にさらにわりこもうとする。すると、いったい何をしているのかわからないと思われても無理はない。注01にあげたホームページを見ていただくと、その雰囲気だけでもわかっていただけると思うのでご覧ください。
★07 「第一に、――この文章では論じられないけれど――「姿」「形」自体はその個人に残る。機能を様々に補うことはできるにしても、姿やかたちはそのままあり続け、障害者は「異なる」人である――もちろん皆がそれぞれ異なるにしても、そして、やはり異なりと受け取る側がいるから異なりが現われるのであるにしても。
第二に、その「個人」の能力、同時に能力のなさが問題にされる場面がある。…」(立岩[1998→2000:93]
身体、身体の表現というところから「差異派」の存在意義を論じようとしている文章として倉本[1999](cf.倉本[2000])。
★08 「高機能自閉」と呼ばれる世界についてGerland[1997=2000]、盲聾の世界について福島[1997][1999]。顔にアザがあることについて石井[1999]。「痴呆性老人」がいる世界のフィールドワークとして出口[2000]。
★09 必要とされるものの「相対性」が指摘されることがある。たしかに差異自体はいくらでもあるからその中から人が取り出したものであるというのはその通りである。ではまったく恣意的なものであるか。これも恣意的という言葉をどうとるかによるが、普通の言葉の使い方としては恣意的とだけは言えない。世界が真っ暗だったら目が見えても見えなくても同じだというのはその通りだ。しかし世界は真っ暗ではない。
★10 立岩[2000a]で、資源が足りないからではなくて、つまりは面倒だからしたくないということなのだと述べた。とともにそれだけがあるのでないこと、それは結局国境の存在にも関わることを述べた。
★11 その損得の計算とそれに基づく決定は基本的には本人に行なわせるべきであること、ただやっかいなのは、単に計算と決定を本人に行なわせればすむというものではないということ等を述べた。
★12 しかし、一人一人が自己決定「できる」ようになることは望ましく、そのための当人にとっての手間を計算した上ではあるが、それを促すことはよいことだと立岩[1999a]で述べた。他人にそれを委ねると他人のいいようにされてしまうから、というのが理由の一つだ。これは「教える」ことがどんなことであるかにも関わる。本稿で述べるのは、できるようになることは必要だが、しかしそれは絶対に必要なことではないといったことなのだが、教える時にはこの二つを同時に教えることになる。これはすこしやっかいなことかもしれない。「パターナリズム」について立岩[1999b]。
★13 これは議論が逆立ちしていると思うだろうか。そう言おうとして「自然」をもってくる人がいる。障害があって一人なら、「自然」の中で生存していくことは難しく、のたれ死ぬだろう。だから障害はない方がよいと言う。しかし「自然」を基準に置くことはできない。まずそれが都合のよい部分を切り取ってきた自然像ではないかという疑いがあり、またなおすことは人為の世界にありそれを肯定しつつここで自然をもってくるのは二枚舌ではないかという批判も可能だが、これらを別としても、その「自然」なるものをなぜ準拠点に置かなければならないのかが不明なのである。このことについて立岩[2001a]で述べた。
★14 例えば性的な行為の介助。ホームページの「障害者と性」に関連文献等を掲載した。
★15 「私の見る風景までも、他の人達特に健全者といわれる人達とは全然別なのではあるまいか」(横塚[1975])。注08にあげた文献を参照のこと。
★16 長瀬は「ろう文化」に言及し、「「文化」の概念の導入もさらなる分断の契機になりうる危険をはらんでいる」(長瀬[1998:209])と記す(その後の評価については長瀬[1999])。この点については補足・2で述べる。
★17 なにかが自らにとって肯定的であり、そこでそれを選択しながら、しかもそのことによって生ずるマイナスの部分を補うよう求めることができるのか。できると考えるべきだろう。たしかにそれにはコストがかかる。しかしそれを否定するのは、二つの言葉を話す人たちが混在している地域で、両方を併記した看板をかけるのはお金がかかるから多数派の方一つにしなさいと言うようなものである。
★18 長瀬[1997]で人工内耳の装着に関わる親の(代理)決定の問題がとりあげられている。cf.立岩[1997:437]。
★19 「早期発見」「早期治療」と、「早期」が問題にされた。ガンの早期発見などとは違い、ここでは子供のことが問題になっている。本人がいない、あるいは小さい。そして未来のことが問われている。「早期発見」や「早期治療」が批判されたのも、それらが現実がやってくる前に、あるいは不確かな時に、行われることであることが関わっている。
さらにここに「発達」が絡んでいる。そういう時に行われることは、知らない中で、おそれによって行われる。早期に発見しないと、早期に治療しないと大変なことになるからと言われる時、その大変さは想像されるしかないものとしてある。そして、発見したり治療したり、あるいはそのための薬品・機器等を供給するする方が、それを仕事として行い、その仕事を拡張しようとするものだとすれば、将来の事態を大変そうな方向で伝える可能性はある。
★20 ただ、本人の身体をなおそうとするのと、環境によって補おうとするのと、実際のところの得失がどうかは場合により、前者の方が費用がかかるわりには効果があがらないといったことがある。ここで社会は、意地になって問題とその解決を本人の側にもっていこうしているのである。そこでその不合理を指摘し、より合理的な選択を促すといった戦略がとられることがある。
★21 では障害であると規定されること、「原因」がわかることはどのような意味をもつのか。まず一つに、なにが起こっているのか、なぜそうなっているのかわからなかったものが、説明され、それでなにやら納得してしまうことはある。それは多分大切なことだ。
一つには、心がけによってとか努力してとか、そんなことではどうにもなるものではないことがわかり、自分の側に向けられてきた圧力から逃れることができる。そしてこの場面でその原因は「社会的な要因」である必要はない。むしろ例えば脳生理学的な理由であることがわかった方がすっきりするということもある。社会要因説については、とくに精神分裂病や自閉症などについて家族にその要因にが帰せられ、家族がその責任を負い、努力しなくてはならないということにさせられてきたことがあった。そしてこのことは「社会モデル」の主張と対立するものではない。cf.ニキ[2001]。
★22 こだわった部分はたしかにあった。
「八一年三月、広島の会員が、電動車椅子でふみきりを横断中動けなくなって、電車にひかれ死亡するという事故がおこり、それをきっかけに兵庫・広島・福岡の青い芝の会が、電動車椅子は本質的には介助者の手を抜く健全者の御都合主義だと主張して、電動車椅子を否定する方針を八一年一二月の第五回全国代表者大会に議案書修正案として提案し、受け入れられる。」(立岩[1990:212→1995:212])
人に行わせることと機械を使うこととの二者がある時に、前者を主張する仕方にもいくつかある。そもそもそれは人が行うべきことだと言われることもあるが、この時にはなぜそもそもなのかを聞かれるだろう。人が行う方が当人にとってよい――気持ちがよい、安全である、…――ことが主張されることがある。また、人手を使わないことを手抜きだとする批判がある――ただ無害な省力化自体は否定すべきでないとすれば、ここでは単に省力化が問題にされているのではないと考えられているのか、それとも、無害であっても省力化は問題だとされているのか。サイボーグについてHaraway[1991=2000]。
★23 「社会モデル」の主張と「身体」への着目との間の対立については長瀬[1999:19-20]でふれられている。
関連して石川准の議論がある(石川[1999])。その話の筋道はそうすっきりはしていないが、論を構成する要素自体はそう多くない。「補うこと」(〜テクノ)と「いなおること」。一つには健常者的な価値を低くする。もう一つは追随する。この二つに重ねあわせている。石川はどちらもありだと言う(私もそうだと思う)。補ってできるようにすることが固有性を失わせるという批判は有効だともする。後者について、「できないものだから」というのがルサンチマン。それともそうなのかそうでないのか、石川も言うように決定できない、わからない。石川には、多分まずは直観的に、どちらかしかないというのはおかしいという発想があると思う。そしてそれはもっともだと思う。
この時にどうするか。私は、ほんとうはどう思っているのか知ろうとしてもわかるものでもないから、その健常者的であること、できることを直接に考えるしかないだろうと考える。そしてその位置が定まれば、動機が純粋であろうと不純であろうと、よいことはよく、よくないことはよくないことになる。そうして考えて、できることはよいことであるが、しかし、存在することよりは大切なことでないと言えるとした。次に、このことによって「技術」についても基本的なことを言えるようになる。補うことについては、それ自体に問題があるのではなく云々、と言えるとした。私はそのような道筋で考えていく。この主題については立岩[2001a(1)]でも述べる。また方法論?について立岩[2000]。
■文献表(著者名アルファベット順)
安積 純子・尾中 文哉・岡原 正幸・立岩 真也 1990 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』,藤原書店
――――― 1995 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 増補・改訂版』,藤原書店
安積 遊歩 1993 『癒しのセクシー・トリップ――わたしは車イスの私が好き!』,太郎次郎社
――――― 1999 『車椅子からの宣戦布告――私がしあわせであるために私は政治的になる』,太郎次郎社
出口 泰靖 2000 「「呆けゆく」人のかたわら(床)に臨む――「痴呆性老人」ケアのフィールドワーク」,好井・桜井編[2000:194-211]
福島 智 1997 『盲ろう者とノーマライゼーション――癒しと共生の社会をもとめて』,明石書店
――――― 1999 『渡辺荘の宇宙人――指点字で交信する日々』,素朴社
Gerland, Gunilla 1997 Real Person=2000 ニキ・リンコ訳,『ずっと「普通」になりたかった』花風社
後藤 弘子 編 1999 『少年非行と子どもたち』,明石書店,子どもの人権双書D
Haraway, Donna J. 1991 Simians, Cyborgs, and Women: The Reinvention of Nature, London: Free Association Books and New York: Routledge=2000 高橋さきの訳,『猿と女とサイボーグ:自然の再発明』,青土社
飯田 亘之 編 1994 『プラクティカルエシックス研究』,千葉大学教養部倫理学教室,292p.
石井 政之 1999 『顔面漂流記――アザをもつジャーナリスト』,かもがわ出版
石川 准 1999 「障害、テクノロジー、アイデンティティ」,石川・長瀬編[1999:41-77]
石川 准・倉本 智明・長瀬 修 編 2001 『障害学の主張』(仮題) 明石書店
石川 准・長瀬 修 編 1999 『障害学への招待――社会、文化、ディスアビリティ―』,明石書店
樫村 愛子 1998 『ラカン派社会学入門』,世織書房
――――― 2000 「「自己啓発セミナー」の臨床社会学」,大村・野口編[2000:]
加藤 秀一 1991 「リプロダクティヴ・フリーダムと選択的中絶」,『年報社会学論集』4:1-12
小浜 逸郎 1999 『「弱者」とはだれか』,PHP新書
倉本 智明 1999 「異形のパラドックス――青い芝・ドッグレッグス・劇団態変」,石川・長瀬編[1999:219-255]
――――― 2000 「障害学と文化の視点」,倉本・長瀬編[2000:90-119]
倉本 智明・長瀬 修 編 2000 『障害学を語る』,エンパワメント研究所,発売:筒井書房
栗原 彬・小森 陽一・佐藤 学・吉見 俊哉 編 2000 『語り:つむぎだす』(越境する知・2),東京大学出版会,317p. 2600
倉本 智明・長瀬 修 編 2000 『障害学を語る』,エンパワメント研究所,発売:筒井書房
森 正司 1999 「障害個性論―知的障害者の人間としての尊厳を考える」
森岡 正博 編 1994 『「ささえあい」の人間学』,法藏舘,359p.
長瀬 修 1996 「<障害>の視点から見たろう文化」,『現代思想』24-5:46-51(臨時増刊:総特集=ろう文化)
――――― 1997 「ろう児の人工内耳手術の問題点」,『生命倫理』8*
――――― 1998 「障害の文化、障害のコミュニティ」,『現代思想』26-2(1998-2):204-215
――――― 1999 「障害学に向けて」,石川・長瀬編[1999:11-39]
日本社会臨床学会 編 2000 『カウンセリング・幻想と現実』,現代書館
ニキ リンコ 20021031 「所属変更あるいは汚名返上としての中途診断――人が自らラベルを求めるとき」石川・倉本編[2002:175-222]
野辺 明子 2000 「障害をもついのちのムーブメント」,栗原他編[2000:105-129]
野口 裕二・大村 英昭 編 2001 『臨床社会学の実践』(仮),有斐閣
岡原 正幸・立岩 真也 1990 「自立の技法」,安積他[1990:147-164]→1995 安積他[1995:147-164]
最首 悟 1998 『星子が居る――言葉なく語りかける重複障害の娘との二〇年』,世織書房
齋藤 有紀子 編 2002
『母体保護法とわたしたち――中絶・多胎減数・不妊手術をめぐる制度と社会』,明石書店
酒井 直樹 1996 『死産される日本語・日本人――「日本」の歴史−地政的位置』,新曜社
篠原 睦治 2000 「ピア・カウンセリングを考える」,日本社会臨床学会編[2000:下]
Singer, Peter 1993 Practical Ethics, 2nd Edition, Cambridge Univ. Press(飯田編[1994:69-75],飯田編[1994:127-134]に伊勢田哲治・江口聡の第1章・2章の紹介)
=
Singer, Peter 1993
Practical Ethics, 2nd Edition, Cambridge Univ. Press=1999 山内友三郎・塚崎智監訳 1993 『実践の倫理[新版]』、昭和堂
立岩 真也 1990 「はやく・ゆっくり――自立生活運動の生成と展開」,安積他[1990→1995]
――――― 1995 「私が決め,社会が支える,のを当事者が支える――介助システム論」,安積他[1995:227-265]
――――― 1997 『私的所有論』,勁草書房
――――― 1998 「都合のよい死・屈辱による死――「安楽死」について」,『仏教』42→立岩[2000]
――――― 1998 「一九七〇年」,『現代思想』26-2(1998-2):216-233→立岩[2000c]
――――― 1999a 「自己決定する自立――なにより,でないが,とても,大切なもの」,石川・長瀬編[1999:79-107]
――――― 1999b 「子どもと自己決定・自律――パターナリズムも自己決定と同郷でありうる,けれども」,後藤編[1999:21-44]
――――― 2000a 「選好・生産・国境――分配の制約について」,『思想』908(2000-2):65-88,909(2000-3):122-149
――――― 2000b 「遠離・遭遇――介助について」,『現代思想』28-4(2000-3):155-179,28-5(2000-4):28-38,28-6(2000-5):231-243,28-7(2000-6):252-277→[2000c]
――――― 2000c 『弱くある自由へ』,青土社
――――― 2001a 「自由の平等」,『思想』2001-3,…
――――― 2001b 「なおすことについて」,野口・大村編[2001]
――――― 2001c 「確かに言えること と 確かには言えないこと」,斎藤編[2001]
豊田 正弘 1996 「「障害個性」論批判」,『わだち』37:14-37
土屋 貴志 1994a 「”シンガー事件”後のシンガー――『実践的倫理学』第2版における障害者問題の扱い」,飯田編[1994:135-146]
――――― 1994b 「障害が個性であるような社会」,森岡編[1994:244-261]
堤 愛子 1988 「ミュータントの危惧」,『クリティーク』1988-7→1989『女たちの反原発』,労働教育センター
――――― 1989 「「あたり前」はあたり前か?――「障害者」が生まれるから「原発に反対」は悪質なスリカエ論法だ!!」,『地域闘争』1989-12:32-35
横塚 晃一 1975 『母よ! 殺すな』,すずさわ書店
好井 裕明・桜井 厚 編 2000 『フィールドワークの経験』,せりか書房
■言及
◆立岩 真也 2013/12/10
『造反有理――精神医療現代史へ』,青土社,433p. ISBN-10: 4791767446 ISBN-13: 978-4791767441 2800+
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[kinokuniya] ※ m.