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『助産婦の戦後』とその後――大林道子の本

医療と社会ブックガイド・8)

立岩 真也 2001/08/25 『看護教育』42-08(2001-(8・9):450-451
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!--↑Twitter, Facebook↑-->  出産・助産というテーマについても、もちろんたくさんの本があるのだが、やはり大林道子の本をとりあげなくてはならない。『助産婦の戦後』は重要な本である。論争を喚起する性格ももつこの本への批判があったのか、もっと詳しく調べられ、否定されている部分があるのか。あったと聞いことはないが、私はこの領域の研究の蓄積について知らないから確かではない。ただ、あったとしても、この本が1989年に出され、今ここにあることの意味は大きい。
 他の著書の記載などにもよると、大林は1959年に東京女子大学文学部社会学科を卒業。出版社に勤務。職場での性差別、とくに意識の中の差別に出合う。女性解放運動の先進地の一つ米国で勉強しようと、1976年から1979年まで米国に滞在し、カリフォルニア州立大学サクラメント校の大学院で社会学を専攻しつつ、女性学のクラスをいくつか聴講、その一つが「Mother/Woman/Person」と題された講義だった。その中で、米国の出産・助産の歴史が扱われ、教師に日本の助産、助産婦について問いかけられたが、その問いにきちんと答えられず、帰国して調査にかかる。すでに日本の出産は産科医による施設分娩が主流となり、さらに陣痛促進剤の使用、会陰切開、計画出産といった質的な変化が起こっている。1948年には助産婦/医師による分娩介助が90.0/6.1%だったのが、1980年には4.5/95.0%と逆転している。「女に独占的であった助産が男の産科医に短期間にとって代わられた経過を見、何故そうなったのかを探ってみたいと、このテーマにとりくんだのである。」(p.4)
 その成果を『助産婦雑誌』(医学書院)に1985年1月から3年間に渡って連載、それが1989年に単行書となり勁草書房から出版される(分量の制約から、連載のすべてが収録されているのではない)。第9回山川菊栄記念賞を受ける。(第2作も勁草書房。いずれも現在でも入手できる。この出版社の立派なところは、本を簡単に絶版にしないこと、そういう本を出すことだ。『戦後』ぐらいの本なら当然のことだが、しかし当然のはずのことが実際には多くの場合そうならない。)
◇◇◇
 まずこの本には、彼女が記録しなければ残らなかっただろう事実が多く記されている。出産・助産のあり方が大きく変化するにあたっては、占領軍の介在が大きいらしいことから、戦前からこの時期、そしてその後の法制度の変化、日米の当事者間の交渉、看護、助産に関わる各組織の盛衰、組織間の関係の変遷を追う。
 文献も用いる――日本看護協会の図書館が一番役に立ったそうだ――が、それではわからないことがある。例えば反対派、少数派の主張は主流派の「正史」にはなかなか載らない。1947年の日本産婆看護婦保健婦協会結成準備会のことを知ろうと、当時を知る人を探し、最初に話を聞けたのは91歳の方だったという。さらに電話帳で助産婦の人たちを探し会って話を聞く。それでもわからないことは残る。なにせ約40年前のことなのだ。ただ、この時の調査から今さらに15年以上がたっている。この間に亡くなられた方も多いだろう。いつも思うのだが、そんなに昔のことでなくても、出来事はすぐに消えてしまう。記録できる時に記録しておくしかない。すでに遅すぎた部分を残しながら、しかし、大林はその時点で調べられることを調べ上げる。
 そしてその事実に即した記述は、進歩の道筋を追うものであることができない。描かれるのは理念の、あるいは科学の発展史ではない。今どきそんな単純な進歩の物語は誰も語らないと思うかもしれない。たしかに「医療化」「病院化」という言葉に必ずしも肯定的な意味が与えられないことを今の私たちは知っている。だがそれは単なる知識としてにすぎなくはないか。大林は、私たちの社会に具体的に即して、変化がたしかに「解放」「近代化」「専門性の確立」の過程として肯定的に受け止められたその側面をきちんと記述しながら、まさにそのこと自体の中で弱められ、消し去られようとしたものがあることを、そのことをめぐる攻防を、言葉の広い意味での「政治」の過程を、描くのである。
 占領軍が入ってきて、米国流の機構を受け入れさせようとし、いくつかの屈折とともに一部が受け入れられる、その複雑な過程が記述されるのだが、さらに第8章「GHQナースたちの助産婦観とその背景」では、その米国の機構の成立の経緯が、医師・男性による助産・出産への介入、支配の過程として描かれ、さらにそこには人種・人口の問題、優生学の介在もあることが記される。それが単純に日本に継承されたのではないが、連続性は確認される。そしてこの検証作業自体によって、日本での戦後の変化、「改革」の意味の捉え直しが促されるのである。
 なにかおおげさな方法論があるのでなく、文献の渉猟と丹念な聞き取りがある。ただ彼女が米国で女性学を学んだことはこの仕事の素地の一部をなしただろう。1973年に米国のThe Feminist Pressから刊行された小さな歴史書を2冊合せた、それでもやはり小さな本が、エーレンライク&イングリッシュ『魔女・産婆・看護婦――女性医療家の歴史』(法政大学出版局、200p.、2200円)として1996年に出た。どうして今ごろ翻訳がとも思うが、その頃の雰囲気はよく伝わる。大林もそうした中にいて今までと別の歴史の見方、医療の見方を身につけたのだろう。しかしそれをただ受け売りし、「解説」するだけなら難しくない。他方、大林は、それをこの社会の歴史の中に見出し、私たちに示すのである。
◇◇◇
 約5年後、第2作『お産−女と男と――羞恥心の視点から』(勁草書房、1994、351p.、3000円)が刊行される。第1章「お産――女と男と」は『信濃毎日新聞』の1989年から翌年までの30回の連載がもとになっている。短い文章の中で、前著の要点を繰り返しつつ、助産院での出産の様子や助産婦たちが描かれ、会陰切開等々について記される。
 この連載より前、1988年5月、助産婦にも男性を導入する法改正の動きがあるという報道がなされ、これに助産婦たちの多くが反対する。そこでは一つに、男女平等に羞恥心が対置されるのだが、「平等」といういかにも立派なものに対し「羞恥心」を持ち出すのははなんだか根拠として弱いような、それ自体恥かしいことのような気もする。どう言ったらよいか。第2章「羞恥心をめぐって」はそんなところから書かれ、210頁程と本全体の6割の分量を占める。そこで、人類学者、社会学者、哲学者たちが羞恥心についてどんなことを言っているのかを調べ、大学生を対象に意識調査を行った結果がまとめられている。羞恥についての歴史的・地理的な多様性を言うことと、助産のあり様を論ずることとの間には少し距離があるのだが、そのつながりは必ずしもうまくいっていない。筆者も「殆どノートのまま、発表することにした」(p.iv)と書く。ただ、「恥」を日本文化論として取り上げたものはいくらもあるが、身体に関わる羞恥を主題とした文献はあまり見ない。この辺に関心のある人も読む価値がある。そして第3章「助産婦への男性導入を考える」では、この主題についての大林自身の見解が示されるとともに、1988年当時の動きを知ることができる。
 単著の第3作『出産と助産婦の展望――男性助産婦問題への提言』は、1998年に再度浮上した男性助産婦導入の動きに対応すべく、急いで作られた本である。分量は少なく値段は安い。前2作に記されたことが要約される。例えば第1章「戦後のお産の変化」の多くは、『戦後』に記されたことが下敷になっている。ただ、施設化、医療化が妊産婦死亡率を低下させるという命題、「安全神話」の検討が、ごく短くだがなされ、これは『戦後』にはない。著者は1990年から95年、東京大学医学部母子保健教室で研究生として妊産婦死亡について研究としたとあり、その成果の一端が記されているのだろう。
 第3章「「男女平等」と「女性の人権」」、第4章「男性助産婦導入に対する賛成・反対」、第5章「助産婦と出産の将来」。これらの章で、「羞恥」を鍵に考えようとした――私はそれは正しいと思う――前著を引き継ぎながら、女性の権利、男女平等――それは大林自身の仕事の始まりにあったものだ――と、助産を女性が行うこととは矛盾しないはずだという考えが、短い紙数でではあるが、示されている。
 この本を読むことは前2作を読む代わりにはならない。こうした主題では記述の厚みに意味があるからだ。ただ、まずこのすぐに読み終えられる本を読み、その後、前作を読むのもよいだろう。そして彼女の論に反対する人はその主張を引き受けた上で、おおいに反論すればよい。これはもっと議論されてよい主題である。

[表紙写真を載せた本]

大林 道子 19890420 『助産婦の戦後』,勁草書房,医療・福祉シリーズ30,330+5p. ISBN: 4326798637 2580→3570 [kinokuniya][amazon] ※/三鷹498 *
◆大林 道子 20010405 『出産と助産婦の展望――男性助産婦問題への提言』,メディカ出版,102p. ISBN:4-8404-0232-9 1050 [kinokuniya][amazon]/[bk1] ※

[他にとりあげた本]

◆大林 道子 19940820 『お産−女と男と――羞恥心の視点から』,勁草書房,医療・福祉シリーズ58,351p. ISBN:4-326-79891-2 3090 [kinokuniya][bk1] ※
◆Ehrenreich, Barbara & English, Deirdre 1973 Witches, Midwives, and Nurses: A History of Women Healers The Feminist Press, New York=19960215 長瀬久子訳、「魔女・産婆・看護婦――女性医療家の歴史」,『魔女・産婆・看護婦――女性医療家の歴史』 法政大学出版局、194+6p. 2200 pp.1-63 ※
◆Ehrenreich, Barbara & English, Deirdre(エーレンライク&イングリッシュ) 1973 Complaints and Disorders: The Sexual Politics of Sickness The Feminist Press, New York=19960215 長瀬久子訳,「女のやまい――性の政治学と病気」,『魔女・産婆・看護婦――女性医療家の歴史』,法政大学出版局、194+6p. 2200 pp.65-189 ※

■言及

◆立岩 真也 2018 『病者障害者の戦後――生政治史点描』,青土社


UP:2001 REV:20140612
大林 道子  ◇助産  ◇病者障害者運動史研究  ◇医療と社会ブックガイド  ◇医学書院の本より  ◇身体×世界:関連書籍  ◇書評・本の紹介 by 立岩  ◇立岩 真也 
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