HOME > BOOK >

薬害エイズについての本

医療と社会ブックガイド・3)

立岩 真也 2001/03/25 『看護教育』42-03(2001-03):
http://www.igaku-shoin.co.jp
http://www.igaku-shoin.co.jp/mag/kyouiku/

Korean


 おおまかに粗筋を考えて連載を始めたのではあった。今回は「医療社会学」紹介の第1回をと思っていた。だが突然――とは言っても、そう道を外れてはいない――「薬害エイズ」についての本にします。
 ご存知のようにこの事件についてたくさんの本が出ていて、手元にも20冊ほどある。1992〜95年頃の出版が多く、東京HIV訴訟原告団『薬害エイズ原告からの手紙』(三省堂、1995年)などは読まれた方も多いだろう。(リストはホームページのこの連載のコーナーか「50音順索引」の「薬害HIV・エイズ」からご覧ください。)ここでは、最初に読むべき本だとか、最も重要な本だとか言うのではないが、2冊を。
 1冊は新しい本。『HIV感染被害者の生存・生活・人生』。
 「はばたき福祉事業団」は東京HIV訴訟原告団が和解金から 100万円を拠出して1997年4月に設立された団体だが、その設立準備担当者たちが、96年末、大学院生を介し、東京大学大学院医学系研究科・健康社会学教室の山崎喜比古に調査研究事業への助言・協力を求めて訪れたことからこの調査は始まる。調査のあり方についての「答申書」発表。20回の会合を経て調査票を作成。98年4月、約500の調査票を配付、284票の回答を得る(この時存命の非加熱血液製剤によるHIV感染者数は約1,000人)。98年12月に報告書発表。この本はそれがもとになっている。
 その全過程に当事者が参画した。副題は「当事者参加型リサーチから」とされている。編者は山崎と瀬戸信一郎(はばたき福祉事業団・調査研究事業担当理事)。執筆者は、この調査に関わった当時および現在の大学院在籍者9名と山崎、はばたき事業団から3名。全13章の調査報告のそれぞれを受けた共編者の瀬戸の文章が各章にある。その一節(p.26)。
 「いろいろな関係者から部分的テーマについて…限られた地域・集団のなかで散発的に行われるアンケート調査に協力してきた。同じような質問項目が度重なる。調査結果について十分なフィードバックがあるとはかぎらない。ゆえに問題解決に生かせるものが少ない。「調査のための調査」というべきものに対して、私たち自身懐疑的になっていた。」
 身に覚えのある人は多い。どれだけの調査研究が必要と戦略を伴って行われているだろう。いつもまじめにやるのは大変だ。だが、たまには意味のある調査がないと、と思う。
 身体的な状況から社会的関係のあり方まで、調査結果が報告され、解析される。例えば、告知が遅くまったく不十分なものだった実態、等々。それは直接に読んでいただき、そしてそこから考えていただくしかない。
 予想される範囲内の結果が多いとも言えよう。ただ瀬戸は、そうなのだが、とことわりを何度も入れつつ、調査の意義を強調する。そう思う。多分こんなだろうと思うことが事実その通りでも、それがはっきりさせられ、記録される意味は大きい。まともな調査だから時間がかかった。これ以外に行うにはさらにかかるから、まずここまでの結果を公刊する意義があり、さらに、時系列から見えてくるものがあるから、同様の調査を継続的に行う意味があるだろう。
 その上で。前記「答申書」の「期待される調査研究の基本指針」6つの5番目にあげられていることだが、量的調査研究と質的調査研究の「併用・結合」(p.18)。今回の本に採録されている自由回答欄の回答は多くないが、そこから受け取るべきものは多い。それをさらに詳しく知っていくなら、個別の事例から見えてくる因果連関があるだろう。それはまずそれ自体として大切なことがあり、またそれに計量的な裏付けを加えて、どの程度かは一般化できるとわかることもあるだろう。
 そしてこの時、当事者と調査・研究を行うことの意味がまた現われてくるだろう。もちろん多くの重要な、重い意味をもつ文章が当事者によって書かれている。しかし本人に聞いて得られたものは、手記として書かれたものとは異なる。また「ノンフィクション」として書かれるものとも異なる。どちらがよいということでなく、どちらも必要なのだ。
 もう一つ、山崎も今後の課題として、説明と告知に関して「医師側の調査を実施する必要性と意義はきわめて高い」(p.178)と述べている。医療者側をなんとかして調べること。できればいくつかの患者と医療者という実際の組み合わせを両方から調べること。そんな調査に応ずるのは、いわゆる良心的な医療者に限られてしまうかもしれず、どう考えても難しい。しかしそういう部分の調べがつかないと、わけのわからないまま巻き込まれたのは患者の方なのだから、どうして巻き込まれのか、結局わからないところが残る。
 もう1冊の『薬害エイズはいま』は1998年刊行だが、私は気がつかず、最近入手した。昨年国会議員に当選した川田悦子と保田行雄(弁護士、東京HIV訴訟弁護団事務局次長、東京ヘモフィリア友の会会長)が対談をしている。1976年頃から始まり、90年から96年、提訴から和解勧告、時間に沿って二人が進めていく対談を読むこと自体は難しくない。読み出すとやめることができなくなり、読み終えてしまうだろう。
 おもしろいという言葉がよいか。だがおもしろかった。この事件では、製薬業界、医療・医学界、そして政治の動きが重要であり、それを取材し、どんな構造的な問題があるのかを分析することは大切で、それを行っている本もいくつかある。ただ、それだけでない部分を、少なくともここで一方の当事者が語っている。
 つまり様々な摩擦、対立が語られている。運動、裁判の過程で、弁護団と原告団との間、そして患者内部で様々な齟齬があり対立が起こった。考えれば当然のことだが、患者側の思いはけっして一枚岩ではない。被害者内部の分裂は水俣病などでも起こった。裁判の相手方は分裂を期待する。意図的に仕掛けることもある。
 裁判の途上では、当然のことだが、運動内部の対立は表に出ないし、出せない。それが一つの区切りがついた時、語れるようになり、この本が出た。もちろん、これは特定の当事者(この2人にしても対立してきた場面がある)の視点、立場からのものであり、他方にはその立場からの捉え方をとんでもないと思っている人もいるはずだ。どちらがどうと簡単に決められない。ただ2人の話から、私たちは何が分裂や困難をもらたすのかを考えてしまうだろう。
 裁判は負けるかもしれない。そして時間がかかる。果てしなく思える。判決にまでもっていくか和解を目指すか。結果が出ないとわからないこともあるし、結果が出ても、本当はどうしたらよかったかわからないこともある。だからそもそも足並みをそろえるのは難しい。しかしそれでも原告たちの根底には共通のものがあり、そしてあの裁判にあれだけの支持があったのも、それを人々が感じたからだろう。あの裁判が、不正を糾し、尊厳を主張する争いだったからだろう。しかしそれだけで戦いきれない時、分裂等々が生じやすい。例えば経済的な困窮、将来の不安。とすれば、まず医療を受けることを含む生活の基盤が、薬害の被害者であってもなくてもそれなりにあること、それらが、本来は、裁判に勝ってようやく手に入れられるようなものであってはならないということだ。この当たり前だが難しいことをどうやって、いくらかでも実現できるか。
 そして例えば当事者組織のあり方。血友病の患者会は患者・医療・製薬会社の「三位一体」のもとに成り立っていた。だがそのうちの2つが加害者だった。そのことによってかなりの患者会は混乱に陥り、ある部分は解体し、さらにそこから再生して来るものもある。(患者会の積極的な役割、と同時に責任についてはもう1冊の本でも触れられている。)
 薬害エイズのような極限的な関係でないとしても、医療の供給側と利用側の利害は常には一致せず、それゆえに利用者側がまとまることに独自の存在意義がある。独立し、情報収集能力や交渉力を独自にもつ患者団体、とともに各地で一人一人がつながる地域の組織がどうやったら成立し、維持されうるか。
 そしてそこに「専門職者の援助」がどう関わることができるのか。本人たちの活動がまずあり、あくまでそれを側面から支援するのだと言われる。しかし実際にはなかなかそうはなっていない。そしてそれは単に支援者が世話焼きでお節介だからではない。病気や障害の性格にもより、本人たちの力だけではたしかに難しいことがある。となるといったいどうしたものか。そういうことを考えなくてならなくなる。ふただび調査研究の話に戻るなら、こうした厳しい場からも「専門職者の援助」の研究がなされてよいはずである。

このHPを経由して購入していただけると感謝

[表紙写真を載せた本]
◆山崎 喜比古・瀬戸 信一郎 編 200012 『HIV感染被害者の生存・生活・人生――当事者参加型リサーチから』,有信堂,212p. ISBN:4-8420-6559-1 2415 [amazon][kinokuniya][bk1] ※ b m/s01
*◆川田 悦子・保田 行雄 199808 『薬害エイズはいま――新しいたたかいへ』,かもがわ出版,166p. ISBN:4-87699-400-5 1575 [amazon][kinokuniya][bk1] ※
 http://www.kamogawa.co.jp


UP:2001 REV:20040819, 20101124, 20140615
薬害HIV・エイズ  ◇薬害  ◇医療社会学  ◇セルフヘルプ・グループ  ◇医療と社会ブックガイド  ◇医学書院の本より  ◇身体×世界:関連書籍  ◇書評・本の紹介 by 立岩  ◇立岩 真也
TOP HOME (http://www.arsvi.com)