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「自己決定を考える」(講演要旨)

立岩 真也 1999/12/25 「医療と福祉」のシンポジウム講演
『医療と福祉』(日本医療社会事業協会)33-1(68):3-7



 自己決定は、98%くらいは当たり前のことで当然のことです。ですが、では、それが一番大切なことかとなると、すこし別のような気がします。生きていく上で決定するという行為がどれだけの割合を占めているかというと、実は、私たちは案外あまりいろいろと考えず、のほほんと生きている部分があり、「決めなくてすむことならば決めなくてよい」ということも含めた全体の生き方の中で、「でもこれはこういうふうにしたいよね」と思ったりする。自己決定というのは基本的にはそのような位置にあるのではないかと思います。けれども、その自己決定が、私たちの生の一部ではあっても、当然のことであり大切なものであり、大切であるのに実現されないこと、だから主張されるのだということ、まずこのことを確認しておこうと思います。
 自己決定は、まず、朝食に何を食べるか自分で考えて決める、といったような当たり前なことです。そして普通は、わりあいすんなりいきます。なぜすんなりいくかというと、他人にあまり関係がないことだからです。私が朝食に何を食べようが、他人にとっては知ったことではない、つまりはその人の利害に関係しないのです。そう考えてみると、自己決定がことさら言われなければならない、つまり現実には困難であるのは、単純化して表現すれば、ある人が決定したことに関して他の人が関わらなければならないという場面があるからだと考えられます。たとえば、頭は動く、しゃべることができる、しかし手足が動かないという人が、自分が決めたことを実行するためには他の人の手を借りなければならない、ということがあります。他の人が手を貸すということはそれ自体「厄介なこと」であり「負担であること」ですから、自己決定が難しいことの原因は、簡単に言えばそのようなことだと思うのです。それが身近な負担であるのか、国家、社会という単位における負担ということになるかは様々ですが、それらのことが集まって自己決定を困難にさせている。
 あえて「普通の人」と表現しますが、その普通の人には簡単にできていたことがそれ以外の人にはできていなかったという歴史は長く、「そうじゃないんだ。自分たちも自己決定して決めたことは、他人の手を借りてでもやっていいんだ」ということが、当然のこととして語られるようになったのは、1970年代以降からではないかと思います。もちろんそれ以前にも様々な病気や障害を持った人の主張、提起がありましたが、それらを引き継ぎつつ、公然と、障害者・病者の自己決定が言われ出したのはその頃からです。それでも、おそらく永久にそれらの困難さ自体はなくなりはしない、だからこそ彼らは自己決定を旗印に掲げ長いこと闘ってきたのですし、それが今後も継続されなければいけないのだと思います。そう考えてみると、ソーシャルワークという中での自己決定は古くから重要な原則であったそうですが、私にとっては「へえ、そうなんですか」という感じです。たしかに以前からあったのかもしれませんが、しかしそれは、自己決定というものが目に見えるかたち、社会的な異議申立てとして表に現れてきたというのとはちょっと違う感じがします。自己決定が実現されなかった当の人達が、「それが必要なのだ。獲得するのだ」と主張し、それを実現するために、他人の力や、場合によってはお金が必要ならお金といった具体的なリソースを、社会の中においてどのようなかたちで配備していくのかということを考えて、それを主張し作ってきた、そのことによって自己決定というものが現実の内実を持ったのだと考えるのです。
 繰り返します。自己決定というものは人生の最大の目標であるのか、これは疑問です。けれどそれは大切なことのひとつです。しかしその大切で当然のことが実現されないのは、煎じ詰めれば、その人の決定の実行に他の人が関わらざるをえない、関わらなければならないことが関係する。それゆえにそういった人たちは自己決定を剥奪されてきた。だから、その人から自己決定の主張がなされたのであり、その主張が現実のものになるためには、手を貸すこと、負担することを巡る社会の現実が具体的に変わらないとならないのだし、実際そのことが主張されてきたのだし、されている。以上をまずお話ししました。

 さて、自己決定の98%は当たり前にそのまま実現されなけれはならないものだと言ったのですが、ここにおられる方は、残り何%かの困難な部分、当たり前のことが困難であるというのとは違った意味での困難さに日々立ち会われているのではないか、と思います。
 一つにはその人の決定というものが端的に不在である、例えば意識がない等の場合も含めて、本人が伝える手だてを持っていない場合や、あるいは何を言っているのか理解しにくい場面等、そうした場合にどうしたらよいのかという意味での困難があります。もう一つは、本人がそうしたいと言ったことをそのまま受け取ってよいかという場面での困難さです。極限的な例では「死にたい」とその人が言う場面です。言葉で明らかにそのように言っている。その時、我々はどう向き合ったらよいのか、そういう場面に自己決定の難しさのポイントがあるのだろうと思います。
 本人に具体的な思いがない場合は、誰かが決定を代行しなければいけないという場面が出てくると思いますし、また、「この人はそう言っているが、そのまま承服し難い」という場面では、「この人はこう言っているけれど、本当にこの人にとってよいのはこうではないだろうか」と考えることがあるだろうと思います。これをパターナリズムといいます。パターナリズムというのは、自己決定としばしば対置され、一般にはネガティヴな意味で使われますし、そのことにはもっともなわけもあるのですが、ここではかなり詰めた考え方をしてみようと思います。
 抄録集の題にある「愚痴でもなく、お題目でもなく」につながりますが、我々は自己決定が大切だと言われた時に、「はいそのとおりです」と、わりと簡単に言ってしまっているのかもしれません。が、現実に行なっていることは、「はい、そのとおりです」と言っていることと離れている場合がありはしないか。公の場で言っていることと実際にやっていることが違うこともあるのではないか、と。違うこと自体がまずいのではないのかもしれないけれど、まずいこともあるのであって、パターナリズムがよくなくて自己決定がよいのだと言っても、現実にはその通りで済まされていないのだとしたら、ではそのことをどう考えるのか、それが重要なこととして問われるべき状況があると思うのです。私は自己決定VSパターナリズムという問題構制、そしてそのパターナリズムがどういう形で批判され、どういうところで残らざるをえないのかということを考える仕事はまだ始まったばかりであると考えます。
 自己決定を尊重しようという心と、その人のために、場合によっては自己決定を遮ってしまう行為は、考えてみると共通の根を持っているのかもしれません。その人に、よく生きてほしいという願いが根底にあるのだとすれば、自己決定を支持すると同時に、時にはその人の自己決定に疑問を呈する、しかしこれは根っこを考えてみると必ずしも矛盾しないのではないか、そして矛盾しないからこそ我々は2つの間で迷ってしまうことがあるのだろうと思います。そこで、ではいったいどこまでその人の言っていることに我々が口や手を出すのか。そしてそういうことを思いながら、なお、なぜ我々はパターナリズムをそのまま受け入れることができないのか。
 多分、パターナリズムが、否定しつくせないものなのではあるけれど、しかし十分に警戒されなければならないというその理由は2つあります。一つには、その人にとってよいと判断するのはあくまでも「私」であって、「私」がそう判断することで、その人がその人である、というあり方をも壊してしまうという可能性が常に存在するという基本的な理由です。もう一つは、最初にお話した、自己決定が当たり前だけれど実現しにくいということと共通するのですが、実際にはその人の決定を遮る時、その背後にあるのは、やはり私たち、あるいは負担する側、あるいは手助けする側にとっての都合に左右されがちである、ということです。過去・現在、「その人のために」と称して行われてきたことをよくよく考えてみると、「その人のために」と言いながら現実に行われてきたことは、多くの場合、負担する側にとって都合のよいことであった、よいことでしかなかったのではないか。そういうことにおいて、パターナリズムはある部分で自己決定を認めるということと共通の根を持っているのだけれども、同時に我々の都合というものがそこに密かに入り込んでしまう部分が必ずある、そういう意味で、では、どの部分まで、なぜ、その人の決定をそのまま受け入れないのか、あるいは受け入れるのか、それを常に考えなければいけない状況にあるのだと思います。
 極限的な事例ですが、安楽死はその人自身が死を望むという、これも考えてみれば立派な死についての自己決定ということになるでしょう。それをよいとするにせよ、あるいはそうでないと考えるにせよ、考えないとならないのは、その背後にあるものが何であるのかということだと思います。先程自己決定というものは他人にとって不都合であるがゆえに実現されにくいと話しましたが、「私はこういうふうになりましたからもう死にます」という安楽死は、実は私たちにとって都合のよい自己決定であると言えると思います。つまり、そういう状況になった人は様々な意味で家族や社会にとって負担となる度合いが大きい人ですから、日々の様々なことを自分ができないから他の人にやってもらうことになるその人たちの死の決定は、手を貸すことを負担であると感じる私たち、社会にとっては都合のよい自己決定ということになります。つまり我々の都合というものは時に自己決定を受けいれにくくし、時にはやすやすと受け入れてしまう。
 だとすれば自己決定を認めるか認めないかという問いを考えるには、内容に応じて対応を変える我々の側にある背景を考える必要があるのではないかということです。都合の悪さ、都合のよさというものを通してしまう我々の社会が、多くの自己決定を阻害し、と同時にいくつかの、負担を軽減することになる決定については受け入れてしまう。そのことをどう考えるか、どう変えるのか、そういうことになるのだろうと思います。自己決定を当然の大切なこととして認めながら、ただ、割合としては多くはないかもしれないけれども、その人が決めたことをそのまま受け入れればそれで話がすむわけではない、そういう場面がやはりあるだろうと思います。このことをきちんと考えないで、「自己決定は大切です」と建前で言いながら、現実には別のことをやっているのはまずいと思うのです。自己決定ですべて押していけないところがあるとすればそれはなぜなのか、どういう場合なのかを考えないとならないと思います。でないと、自分たちの都合のよいところで自己決定を阻害して介入し、ある場合には「その人が決めたことだから」と言ってほおっておくという最悪の状態を防ぐこともできないと思います。

 ここから考えるべきことは、その人の代行をするにせよ間に入るにせよ、どういう立場で、あるいはどのようなスタンスでその人のまわりにいるか、ということだろうと思います。社会なり家族なり病院なりの利害が当然あり、それは時には患者の自己決定というものを阻む力として現われるものですし、またまれに「あなたの決定を受け入れましょう」となることもあるかもしれません。ここにおられる方々はその人と社会の間に立っていることになると思いますし、そういう場で自己決定を支える、関わるというのは本来非常に難しいことであると思います。今後どういう場に立ち続けて行くのか、あるいは立つということをどのように可能にしていくのかということが、次の問いとして現われてくるのだと考えます。
 「間にいる」ということは難しいことだと思います。ある意味では攻守というか、敵と味方をはっきりさせた方がよいのかもしれない、と思うところもあります。社会とその社会の中に一人いる人、という力関係のようなものを考えた場合、おそらくその人が決定というものをできるにせよできないにせよ、その人自身はそう強い立場にいるわけではなく、そうなればその人の決定を巡り、基本的にその人の側に立つことに決めた、という立場の人が必要であると考えます。それがMSWなのか、あるいは別の人になるのかはわかりませんが、どういう人であれ、そういった人が少なくとも必要です。そういった社会的な力が必要であろう。そういうことをどういうかたちで可能にしてゆくのか。MSW自身がその場に立つのか、あるいは他の人に立ってもらって、その狭間の立場にMSWは立ち続けるのか。そういうことが今、そして今後問題となってくることかと思います。
 と同時に、ひとつひとつの場面で何をしたのか、それを検討することももちろん貴重だけれども、例えばある種の病気の人達がどういった決定を巡る環境に置かれているのかということを、はっきりとわかるかたちで社会に伝えて行くということが必要でしょう。決定のための判断材料を提供する行為が、どういうかたちで行われているのか、あるいは行われていないのか、それはどう違うのか、個々に恣意的に行われるのだとしたらまずいことになるのですし、全体的にどのような状況になっているかという現状・問題点を総体として明らかにして行くことが、医療を巡るソーシャルワークあるいは医療ソーシャルワークの「学」において求められているのではないかと考えます。
 そして以上は、ルールをどうようなものとして作っていくのかということにもつながるはずです。どういう時にどういうかたちで知らせるか、知らせた時の相手の様々な反応に対し、どう対処するのか。ただ単に、「たまたまその場に立会い、その時々の状況に対処していく」というのが望ましいことではないと思います。「側に立つ」と言いましたが、立ち方も具体的に検討されてよいのだろうと思います。患者さんと家族との間で板挟みになるのでしょうけれど、単に板挟みになっているのではすまない。この場合、究極的にはどちらを優先するかという話になるかと思います。原則的に考えれば、たとえば家族の自己決定という言葉は矛盾しています。ですが、時にそういったメンタリティになってしまう部分もあるでしょう。自己というのはあくまでも患者であって家族ではないのですが、家族の自己決定と思ってしまい、言ってしまう。しかしそこで行われていることは、ことのよしあしは別として、少なくとも自己決定ではないのです。例えば患者と家族の言うことが異なった場合に、最終的にどういう方向へ持って行くのか、単に「話し合ってもらって」では済まないはずですし、そうした場合どういうルールを設定するのか、場合によっては家族の権限や権利をどこまで押さえるかといったことも考えなければならないだろうと思います。

 そういったことの一切合切を含めて、どういう原則でどう対応するかを考えていくこと、そして、自己決定が困難になってしまっている状況、そしてその中の僅かな自己決定が妙にやすやすと受け入れられてしまっている状況をどこまで外してゆけるのかが、自己決定について実践的・現実的に問われなければいけない課題なのではないかと考えます。そうでないと、自己決定は単なるお題目にとどまり、その裏では別のことが行なわれてしまう。このように言うからといって、常に本人に言われた通りにやればよいと言いたいのではありません。そうではなく、言われた通りにやるわけにはいかないということがあることを認めながら、なぜ、どのような場合にパターナリズムが認められるのか、同時に認められないかをはっきりさせるべきだと言いたいのです。でないと、「自己決定なんて言って、それでは現場は動かないんだ」といった、必ずしも間違ってはいない言葉によって、なんでもありという状態が存続してしまうことになってしまうだろうと言いたいのです。
 こうした作業は、おそらくここにおられる人たちだけでやれることではないと思います。ソーシャルワークの中で自己決定はずっと言われてきたのだとおっしゃられていたけれども、私は知らなかったと言いました。知ったのは1980年代、当事者が、いかに自己決定を剥奪されているかを言い始め、剥奪されている状況を変えるための行動を現実的・具体的に展開してきたから、私は知りえたのだと思います。とすれば、ここにいる皆さんの力がどこまで今後強くなっていくか、強くなってほしいと思います、と同時に、自分の状況や立場を述べることができてこなかった人たちの当事者としての動きが今後どれだけ大きくなっていくのか、そしてそれらと具体的にどういうかたちでつながっていけるのか、あるいはそういった権利獲得を目指す人たちがどこにどのように主張し、具体的にどのような活動をしているのかということをできるだけ多く知ってほしいと思います。
 自己決定を主張して闘っている人たちは、闘いながらも安楽死については「待ってくれ」と同時に言ってきた人たちでもあります。私は、そのことの意味を考えることが大切だと思った。そんなところから考えてきたところがあります。すると、矛盾するかのような二つの主張は、実は根っこが一緒だから、彼らは一方で自己決定を果敢に要求し、同時に一方で安楽死に疑問を呈してきたことがわかります。たとえばそんなことから、問題のやっかいさがわかりますし、またそのやっかいなところを無視して何か言うならほとんど意味がない、むしろ有害であることがわかります。自己決定を単なるお題目にしないこと、その裏でこそこそ愚痴を言わないこと。ものごとをはっきりさせるのが困難であることをよくよくわかった上で、なお、はっきりさせてみようとすること、それを考え行なう上で、また考え行なうために、自己決定を巡って存在する現実の闘争や運動に、関心をはらっていただけたらと思います。

*以上をより正確に述べた講演者の文章として以下

1997 『私的所有論』,勁草書房
1998 「一九七〇年」,『現代思想』1998年2月号(特集:身体障害者)(→『弱くある自由へ』に収録)
1998 「都合のよい死・屈辱による死――「安楽死」について」
  『仏教』42:85-93(特集:生老病死の哲学)(→『弱くある自由へ』に収録)
1998 「空虚な〜堅い〜緩い・自己決定」,『現代思想』1998年7月号(特集:自己決権)(→『弱くある自由へ』に収録)
1999 「自己決定する自立――なにより,でないが,とても,大切なもの」,
  石川准・長瀬修編『障害学への招待』,明石書店
1999 「子どもと自己決定・自律――パターナリズムも自己決定と同郷でありうる,けれども」,
  後藤弘子編『少年非行と子どもたち』,明石書店,子どもの人権双書5


UP:20040502
自己決定  ◇立岩 真也
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