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大学に通いながら世間を知る

―知ってることは力になる・6―

立岩 真也 198812 『こちら”ちくま”』11
(発行:自立支援センター・ちくま


 以下は私の勤務先の広報紙『医短Tomorrow』(信州大学医療技術短期大学部)に掲載される文章です。あまり皆さんの目に触れるものではないと思いますし(連絡をいただければお送りいたします→Tel/Fax39-2141立岩)、 大学でどういうことが今考えられているのか、そんなことも知っていただきたいと思い、あえてそのまま載せます。なおこの文章は、上記の広報紙の中では、こないだの(といってもだいぶ前の)パラリンピックでのボランティア体験――学生・教員が大勢活躍しました――を記した文章等がいくつか並んでいる、その後に置かれるものです。

「ここのところボランティアを大学の履修科目の中に入れてみるという試みが行われるようになってきています。なんででしょう。よいことをしたらそのごほうびに単位をあげようということ、ではない、と思います。世間=社会を知ってもらう、世間=社会で働くことをしてみてもらう、そのためにボランティアや、あるいは(日本ではこのパターンはあまりありませんが)非営利組織等でアルバイトとして働いてきてもらう。そんなことだと思うのです。大学に入りたての学生は、自分の家族と友だちと高校までの学校しか知らない。これでは困るし、他の講義、たとえば私がやっている社会学にしてもリアリティもって聞いてもらえない。ほんとうは大学というのはしばらく「実社会」でもまれてからやって来るのがよいのかもしれないのですが、しかし今の(日本の)現状ではなかなかそうもいかないから、その代わりに大学に来ながら少し体験してもらう。
 そしてその体験の場は、皆さんが将来就職するだろう場所と少し離れたところの方がよいかもしれません。ある「業界」に入ってしまうと、なかなかその外のことを知ることができないし、その業界の見方でなんでも見がちになってしまう。それはその職業をやっていく上でもよくないと思います。例えば病気の人は病院にいるだけではなくて、医療というサービスを受けているだけでなくて、いろいろな生活や活動の場がある。そこのところがずっと病院で働いているとよくわからない、よく感じられないということがあります。だから、病院等での実習はもちろん必要だけれどもそれと違う体験をしておいてもらおうということです。今回掲載された文章にも書かれていることですが、「いつもと違う場」では学校や職場ではなかなか得られない人との関係を得ることもできます。だから、このまま学校から就職先というコースだったら関係することがないかもしれない、そういう場に出かけていってらいいんじゃないかと思うのです。
 今回寄せられた文章はいずれも「イベント」に関係するものでした。イベントってそれ自体がいつもと違う空間ですから、違うことを体験することができてよい。でも、そういうのとは違うところでまた別のことをやっているところもあって、それもおもしろい。障害をもって暮らしてる人にも、パラリンピック全然関心ない、とか、ああいうもちあげられ方はきらい、とはっきり言う人もいたりします。もちろんそう言われたら、私は好き、って言えばいいのですが。そんなやりとりができたりする、こんな人もいることがわかるということもよいことなんじゃないかな、と、思います。
 (ホームページhttp://itass01.shinshu-u.ac.jp/tateiwa/1.htmに、様々な非営利組織(NPO)についての情報が、長野県内はまだ少ないですが、掲載されています。ご覧ください。)」

 以上です。繰り返すと、将来病院で働く人が病院でボランティアし、福祉施設で働く人が福祉施設でボランティアしても、わるくはない、けれど、違うのりでやっているところの方がよいのじゃないか、ということです。(もちろん、就職先の様子を知るために夏休みに研修生として働いてみるといったことが米国等で行われ、日本でも導入され始めていて、それはそれで価値があるとは思うけれど、看護系の学校だったらそういう実習の時間はきちんとあるわけですから。)
 そのためには、受け入れる側の体制も大切になってきます。仕事を与え、慣れたらそれなりに責任のある仕事も与え、働く側も得るものがあり、働いてもらう側も得しないと意味がない。これはけっこう難しい。大きな医療法人や社会福祉法人でもなかなかそういうふうには人を使えていないのが現状だと思います。そういう役割を既存の組織でないところが担っていけるなら、教育の一環として「世間でのしごと」を位置づけようとする大学にとってもありがたいということになります。『こちらちくま』を読まれている方はご存じのように、「ちくま」にはすでにある程度こうした活動の実績があります。これをもっと前に進めていけたらおもしろい、と思います。

 ※NPO法成立前の報告書ですが、私が編集を担当して以前勤めていた千葉大学文学部社会学研究室から出た『NPOが変える!?――非営利組織の社会学』があります(1996年、366頁 1500円)。米国のNPOの(学生を含む)人の使い方等にも触れられています。御注文は立岩(EメイルはTAE01303@nifty.ne.jp)まで。



自立支援センター・ちくま  ◇立岩 真也
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