HOME > Tateiwa >

自立

[英]independence

立岩 真也 1999/05/15
『福祉社会事典』,弘文堂
http://koubundou.co.jp/
1600字


  この言葉の意味するものは単一でなく、このこと自体が重要であり、また複数の意味をもつこの言葉が、そのいずれを意味するのかがよくわからないように、あるいは複数の意味を同時にもつ曖昧な語として使われていることの意味が重要である。
  まず、自立は安定した職業に就くこと、経済的に他人に依存せずに暮らすこととして、すなわち「職業自立」「経済的自立」として理解される。そして、公的扶助や福祉サービスの目標は、この意味での自立が達成され、社会的支援自体が不要になることとされる。例えば生活保護の目的は「自立助長」にあると言われる。この時、この語は古典的な意味合いでの「自助」(self-help) と互換的である。この意味の自立・自助自体に第一次的な価値を付与し、他をそれに従属させることがしはしばなされてきた。まず、近代の社会事業の発生時に存在し、底流に存在し続けてきたのがこうした構造である。さらに福祉国家を批判しそれを超えると称する主張の中で、福祉政策を切り詰め「自己責任」の原則を採ることで、福祉政策によって衰退しつつある自立・自助の精神を再建し、財政危機を解消し経済を活性化できるなどと語られる時にも、同じ意味で自立の語は用いられている。
  次に自立とは「身辺自立」、「日常生活動作」の自立(「ADL自立」)を意味する。日常語として理解され、日常において行なわれるリハビリテーションで目指されるのがこれである。これは職業自立の前提ともされるのだが、同時に、経済的自立は不可能だが日常生活動作において自立できる範囲があるとされる時もあり、この場合にはしばしば、この日常生活動作における自立が経済的自立の不可能を代補する価値とされることになる。
  これらの自立が他に優先する目標とされる時、そのいずれもが容易でない人は自立困難な人とされ、社会的支援の外側に置かれることにもなる。これらのいずれでもない自立が、1970年代に始まる障害者の自立生活運動の中で主張される。自己決定権の行使としてここで主張された自立を規定するのが一般的である。すなわち、介助など種々の手助けが必要であればそれを利用しながら、自らの人生や生活のあり方を自らの責任において決定し、自らが望む生活目標や生活様式を選択して生きることを自立とする。これに「自律」(autonomy)の語をあてることも可能であり、実際この語が用いられることもある。この理解はまちがってはいない。ただ、より具体的に起こった事柄に即すると、自立とは、親元や施設から離れ、ひとまず一人で暮らすことそれ自体を指していた。それを要するに自己決定する生活への移行であると言えば言える。しかし、彼らが理念としてでなく具体的な生活の仕方をもって自立(生活)と呼んだこと、自己決定、自己決定としての自立を最初の唯一の原則とすることに必ずしも同意しなかったことは示唆的である。従属と保護から離れて暮らすことと、自己決定を達成すべき目標とする生活を送ることとは完全に等しくはない。この微妙な差異は重要である。彼らはその意義を積極的に規定せず、何かより「正しい」生活を示そうとはしない。また彼らは、現実の悲惨さから発しその改善を求めるのでなく、普通の状態を普通に実現することをあくまで要求し、同時に、普通が普通とされないことの意味を問うた。たいていの人々の生活に確たる目標などないことを脇において、ことが「福祉」となると、なにか好ましく正しい状態として例えば「自立」を語ってしまうことの奇妙さの自覚がここにはある。この自立の主張は、施設を増やすのが福祉であり、家族による保護を基本的に望ましいものとする社会にあって、それと異なることを実現しようとした点で画期的なものだったのだが、もう一つ私たちが受け取るべきは、自立だの自己決定だのをなにかたいそうなものにまつりあげないというその姿勢の意味である。

文献 安積純子他『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』藤原書店、増補改訂版1995年.定藤丈弘他編『自立生活の思想と展望』、ミネルヴァ書房、1993年.石川准他編『障害学への招待』、明石書店、1998年


UP:1999 REV:1999
自立
TOP HOME (http://www.arsvi.com)