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知的障害者の当事者活動の成立と展開

立岩 真也寺本 晃久
19980228
『信州大学医療技術短期大学部紀要』23:91-106
[English] / [Korean]


 ※ 以下の本には主題的には知的障害者のことはまったく出てきませんが、それでも、ますは読んでいただければと願います。

◆安積 純子・尾中 文哉・岡原 正幸・立岩 真也 20121225 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』,生活書院・文庫版,666p. ISBN-10: 486500002X ISBN-13: 978-4865000023 [amazon][kinokuniya] ※

『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』表紙


1 当事者活動の成立
 知的障害のある人々が,自分たちでグループを作り,さまざまな局面で社会的に活動するようになってきている.自分たちの生活を向上させるために,権利を守るために,地域の一員となって働くために,余暇を楽しむために,各地で集まっている.こうした組織・活動を,欧米では「セルフアドヴォカシー・グループ(self-advocacy group)」「セルフアドヴォカシー・ムーブメント」あるいは「ピープルファースト(people first)」などと呼んでいる.日本でよく使われる言葉としては「当事者活動」がある.その他,「本人活動」「当事者運動」とか,アメリカに習い「ピープルファースト」などと言われている.その活動についての立ち入った分析,また当事者(組織)を支援するということの中に現われる困難についての考察は別の課題とし,本稿では,知的障害者自身の組織的活動が現われてきた経緯を概観する.何がいつあったという事実の提示と関連文献の紹介に重点を置くもので,きわめて限定された範囲を扱うにすぎない.だが,紙数の制約がある中で中途半端に全体を論ずることに意義があると思えない.また,ここ数年の事実を事実として示し,関連文献をまとめて掲載しておくことは,この領域に関心をもつ人に有用だろうし,本格的な調査・考察のための前提的な作業としての意味はあるだろうと考える.なお,この『紀要』の性格上第一著者が立岩になっているが,本稿は寺本の修士論文(寺本[1997])のごく一部にいくらか手を加えたものであることをお断わりしておく1).
 知的障害をもつ当事者自身によるセルフアドヴォカシーの活動は,1960年代,スウェーデンの親の会の中での自主的な活動に端を発する.最初はレジャー・クラブとして始まったものが,意思決定や会議を開くためのトレーニングを目的とするようになっていった2).
 同じころ,セルフアドヴォカシーの思想や実践は,ノーマライゼーションの考え方とともにヨーロッパや北米に波及していった.1973年に,英国で「私たちの人生(Our Life)」という集会が開催されたが,あるカナダの専門家がそこに参加し,まもなく,同様の集会がカナダのブリティッシュ・コロンビア州で行われた.翌1974年,この会議に参加したオレゴン州の当事者達が,オレゴン州セイレムで米国で初めて当事者の集会"We Have Something to Offer"を持った.ここに 560人もの参加者が集まり,どうやって地域で暮らすか,知恵遅れと呼ばれたときどうするか,といった分科会が開かれた.全体会では,当事者達がマイクを持ち,声を上げた.このとき,あるひとりの当事者が,「知恵遅れ(retarded)」や「障害者(handicapped)」 ではなく,「私はまず人間として扱われたい(I want to be treated like PEOPLE FIRST)」と発言したことから,ピープルファースト※という名称が生まれた.ここから,ピープルファースト・オブ・オレゴン他16のグループが発足した(Shapiro[1993:195-197],Longhurst[1994:4],William & Shoultz[1982]).
 その後,カナダではブリティッシュ・コロンビアの他,アルバータ州エドモントンにピープルファーストができ,1979年にオンタリオ州で最初の組織としてブラントフォード・ピープルファーストが誕生,ピーター・パーク(Peter Park)※が会長となった.1980年にはマニトバ州とサスカッチワン州にピープルファーストができ,1981年にはオンタリオ州で州レベルの組織が結成された.そして1991年にはカナダにピープルファースト・オブ・カナダ,米国にSelf-Advocates Becoming Empoweredという全国組織が誕生した(Hutchinson & McGill[1992:59],Self-Advocates Becoming Empowered[1994:2]).世界大会や国内大会のようなものが定期的に開催されだしたのはこの5〜10年のことのようである.
 ARC3)のリック・バーコビエンが1990年に行なった調査によると,こうした当事者活動がもっともさかんだと思われる米国では,40の州に 374のピープルファーストやそれに類似する団体があり,10,000人が参加している.1987年には 200,1985年には55の団体が知られていたにすぎなかった(Shapiro[1993:186])4).また1994年に発行されたロングハーストの調査報告によると, 505のグループが43の州とワシントン特別区にあり,グループの規模は,平均して23.28人,最小で1人から最大150人までのグループがあることがわかっている(Longhurst[1994:11]).

2 日本における当事者活動:その経過
 以上のような欧米でのセルフアドヴォカシーの活動の歴史と現在の発展に比べると,日本では,障害を持つ人々自らが主体的に動き,参加し,主張していくという当事者活動の歴史は浅い.およそ10年ほど前から,そしてもっと限定するなら1990年代に入ってからさかんになってきたと見てよいだろう.
 「全日本手をつなぐ育成会」(以下各地域組織を含め「育成会」と略)※5)の調査によれば,21都道府県に27団体あり,規模は10人から 250人までである(元気のでる本編集委員会[1996:116-7]).1年前の記録では14都道府県18団体しかなかった(全日本精神薄弱者育成会[1994:3])のをみても,数が増えていることがわかる.この調査にのらないグループや,組織にまでは至っていないがこれから作ろうとしている人々・緩やかな連帯がある地域まで含めると,さらに多くの人々がこうした活動に加わっていると考えられる.
 日本での活動は,古くは1950〜60年代に,障害者対象の青年学級が公民館運動の中でできていったことに一つの源流をたどることができる(青年学級の活動について小林編[1995][1996]).既にそこは地域の中で障害者が寄り集まれる場だった.ただ,学齢期を過ぎた人々が学ぶ場という性格上,そこには先生や指導員のような人がいて,そうした人々の主導で運営されていた.通勤寮や施設の自治会やサークル活動もあったが,これも職員主導であることには変わらず,当事者自身が主体的に活動するということにはなりにくいものがあった.またレクリエーションや趣味の活動が主だった.ただ,青年学級や施設の活動の中には,人手の問題などの都合もあったりして,当事者主導で進められるようになったものもあるという.
 そして,親の会や施設関係の組織などの既存の組織に障害をもつ本人が参加し始めたことも重要な動きだった.育成会では,既に1980年に岡山県や広島県の大会で本人達の声を取り入れ始めており,同じ頃,神奈川県小田原市の親の会では本人会員が実現していた.
 このように個別的にはいくつかの実践があった.しかし,この試みが盛り上がってくるのは1990年頃からである.
 第一に,そのころから既存の全国組織の年次大会への積極的な参加が行われるようになった.1989年,金沢での育成会全国大会で,初めて本人の意見発表が行なわれた.また,日本精神薄弱者愛護協会の通勤寮部会でも,当事者による意見発表が取り入れられた.そして1991年に東京で開かれた育成会全国大会の本人分科会「青年の主張」から,本格的に当事者の企画・運営への参入が試みられた.準備段階から数人の当事者が加わり,司会も行った.全国から34人が意見発表をした.そして,この時参加した当事者によって「さくら会」が結成された.その後彼らは,本人分科会の発表原稿をもとに,本を作ったり(元気のでる本編集委員会[1992]),「精神薄弱という言葉を使わないでほしい」「育成会全国大会を土曜・日曜に開いてほしい」などの要望を育成会に提出したり,話し合いや施設見学,勉強会,レクレーションを企画したり,「元気のでる本」シリーズ(元気のでる本編集委員会[1993][1995][1996])の編集に加わったり,メンバーが個別的にさまざまな場に出かけていって講演をしたりシンポジウムのとりまとめをしたりしている6).
 同1991年,「全国障害者解放運動連絡会議」(全障連)※の全国交流大会でも,初めて「知恵遅れの仲間」分科会が持たれた.この部会をきっかけとして,大阪の「たびだち作業所」「西淡路希望の家」「クリエイティブハウス・パンジー」等の福祉作業所に通う人達らが,翌1992年9月に「なかま会」を結成している(松本[1995],鍋島[1995]).
 第二に,この前後から,いずれも関係者による企画ではあるが,当事者の参加や活動がさかんなスウェーデンや米国などに当事者が視察・研修に行ったり,各国の集会や世界規模の大会へ参加したりする活動があいついで始められた.1990年以降の新しい動きの一つは,海外との交流が毎年のように行われてきていることである.
 1990年のパリ国際精神遅滞者連盟世界大会(International League of Societies for Persons with Mental Handicap=ILSMH)に5名の当事者が参加している.1992年8月には,ダスキンが後援した海外研修「ダスキン障害者海外研修事業・Aチーム」の8名の知的障害者がスウェーデンに行って,北欧での実践を見てきている(その報告書として(財)広げよう愛の輪運動基金編[1993]).また1991,1992年と,キャピトル・ピープルファースト(カリフォルニア州サクラメント市)のメンバーとファシリテーターがそれぞれ来日し,東京,大阪,奈良等を講演して回っている7).1993年6月には,カナダで開催された第3回ピープルファースト世界会議に,当事者約20名を含む,総勢80名が日本から参加した8).そしてこの旅行に参加した人々の多くが,各地の研究会に招待される等して,ピープルファーストのことを語っている.さらに,1994年11月,NHK厚生文化事業団の後援により,9日間のスウェーデン本人研修旅行が行なわれている(高坂[1995],NHK厚生文化事業団[1995]).その後1995年6月には,スウェーデンで開催された知的障害をもつ人々の会議「北欧会議」に,日本の当事者・支援者が参加している(上原[1995]).また1995年度には,日米の知的障害者交流事業(全国自立生活センター協議会※主催)として,カリフォルニア州で年1回開催される「自立生活支援会議(Supported Life Conference)」に参加し,翌1996年1月には,ダニエル・メドウズ(Daniel Meadows)氏とその支援者キャシー・バーンズ(Cathy Barnes)氏を招聘,各地で講演を行った9).
 第三に,以上の動きとも連動して,各地に様々なタイプの当事者活動のグループが次々とできた.さくら会やなかま会のような当事者グループとしては,他に北海道伊達市の「わかば会」(1980年発足),「札幌みんなの会」(1992年発足),徳島県松茂町の若竹通勤寮のOBや寮生を中心とする「ともの会」(1993年発足)といったグループがある.他にさまざまな形態のグループが誕生しており,施設内組織,青年学級から派生したもの,既存の福祉サービスからは独立している組織,施設関係者が関与しているがそれとは独立しているもの,公的な機関が関与しているもの,などがある10).河東田博氏は団体・組織の成立過程によって以下の5つに分類している(河東田[1996:107]).
 (1) 施設内自治会または施設OBをも含んだ施設関連の当事者組織
 (2) 既存の組織が関与した組織内当事者組織
 (3) 障害当事者団体の運動の広がりの影響を受けてできた当事者自治組織
 (4) 当事者自身の手によって作られた当事者自治組織
 (5) 各地域の「障害者」青年学級や学習及びレクリエーション・サークルを母体とした当事者組織
 一番歴史があるのは先述したように(5) で40年ほどの歴史のあるものがある.次いで古い(1) は,数としては最も多いと考えられるがまだ実態が把握されていない.(2)〜(4)がここ数年の間に新しく現われてきたものである.社会的なアピール力が強く活動への注目が高い(4) の組織が1991年以降に誕生,その後(2)(3)の組織が次々と発足している.
 また,(1) 既存の組織の中に作られた当事者組織と,(2) 当事者自身の手によって作られた当事者組織,という分類もある(Worrell[1988=1996],河東田[1995]).(1) は主に親の会の中に作られている.スウェーデンFUBの当事者代表委員会や,育成会の当事者部会(東京都,飯田市,大阪市,広島市など),米国各地の州の知的障害者協会(the Association for Retarded Citizens=the ARC)に点在する組織(この種のグループにもピープルファーストと名乗るものが多い),カナダの地域生活協会(Canadian Association of Community Living)における組織がそうである.他方(2) のグループには,北米やヨーロッパで活動する(いわゆる)ピープルファーストや,東京の当事者組織「さくら会」などが当てはまる(河東田[1995]).形態が異なる組織ができるのは,知的障害をもつ人たちへ具体的援助をしている人(親・施設職員・障害者団体など)が,どのような組織と一番関係が深いかにもよる.そして――この点は本稿では論じられないのだが――設立にあたっての支援,また継続的な側面的支援のあり方によって,当事者自身によって運営される組織が拡大し,また当事者達が設立する組織が連鎖的に誕生していく.
 第四点は今述べたことに関わる.さまざまに誕生したグループの間で定期的に交流する機会が設けられたり,シンポジウムやその他催しが開かれ始めた.たまたまそこに参加した人々が他地域で活動している様子に触発されて,さらに多くのグループが各地にできている.あるいは,古くから結成されていた当事者の会がそうした新しい動きに参加することで,より当事者主体の活動を行うようになったり,会の方針や体制を変えてきてもいる.
 1994年5月,東京都北区の障害者スポーツセンターに「さくら会」「なかま会」「わかば会」「みんなの会」他の人々が集い,本人達による企画・運営のもとに交流会が行なわれた.これが全国的規模のグループ相互の交流会としてはおそらく初めてのものである.
 同1994年10月27〜29日,大阪で「全国知的障害者交流会」が開かれた.「大阪・なかま会」の人々を中心に,東京,広島,静岡,兵庫等からの参加者も含め,百人規模の参加があった(鍋島・八木[1995]).同1994年10月29〜30日,「昨年,仙台でひらかれた(育成会の)全国大会の本人部会がとてもすばらしかったので,もう一度みんなであつまろうということで」,仙台の人達がミート・ザ・仙台という集会を開いた.このときは札幌,横浜,神戸,福岡から計8名を招いた(鈴木[1995]).この集会は翌1995年に引き継がれ,東京での全国交流会「東京で・はなし合おう会」として実現した(精神薄弱(児)者の自立支援と権利擁護に関する研究会[1996:66-9],大澤[1996],ピープルファーストはなし合おう会[1996],寺本[1996]).1994年同様この時にも東京都の福祉局との話し合いの場が設けられた.1996年末には「知的障害者交流集会」の第3回目として神戸で集会が行なわれた(桜田他[1996]).また1995年2月10日には,北海道内外の13の組織が参加し,「ゆきまつりシンポジウム」と名付けられた集会が催されてもいる(牧野他[1996]).この他,1994年から1995年にかけて,さくら会が作ったような当事者の声を載せた本(本稿執筆時点で未完)を「つくる会」が計3回,各地を点々としながら開かれた(この会合に関するエッセイとして石毛[1995]).
 こうした動きの中で,第一点としてあげた全国組織への参加ががさらに拡大している.1994年11月,徳島での育成会全国大会では本人部会での決議が総会で採択された.これはこれまでなかったことだった(河野[1995a]).この時の本人部会等は地元徳島の「ともの会」が中心になって行なわれた.徳島での全国大会の翌1995年5月,本人決議を受けて,全日本精神薄弱者育成会が全日本手をつなぐ育成会に名称を変更した11).育成会全国大会での本人分科会は,その後大分大会(1995年),埼玉大会(1996年)でも設けられ,会の運営における本人参加が恒例となっている(大分大会について花咲[1996],浅輪[1996]).都道府県レベルでも同様の動きが拡大している.1995年8月の北海道手をつなぐ親の会全道大会では当事者の企画による分科会「仲間と語る」が行われた(光増[1995]).大会を前に,開催地となった旭川に「旭川働く仲間の会」ができ,この会も実行委員会に加わり,司会などを担当した.こうした大会への参加は,既存の組織への当事者参加の意味もあるが,同時に全国的に当事者が交流でき主張できる場にもなっている.12)

3 当事者の活動の意味
 (1) 活動内容
 活動内容はグループによっても様々であり,グループ内でも様々な活動が行われている.たとえば徳島にある「ともの会」の発行しているパンフレットによると,「ともの会」では,援助者への自由はつげん,アジア5カ国の人たちとの交流,キャンプ,財産管理の方法を話し合う会,育成会全国大会・本人部会の企画,リーダーの海外研修への参加,しんぶんづくり,クリスマス会,話し合い(差別や療育手帳のことなどについて),勉強会といった活動をしている(ともの会[1996:4-12]).また,「札幌みんなの会」では,定期総会,ボーリング大会,新年会,日帰り旅行,他の当事者組織との交流会,共同募金,スポーツ,セミナーの企画,札幌市更生相談所の職員との話し合い,通信の発行などを行っている(全日本手をつなぐ育成会[1995b:90-1,95-7]).1994年にできた東京都育成会の本人部会「ゆうあい会」(この会についての報告として浅井[1995])は,レクリエーション活動だけでなく,東京都に対して,精神薄弱の名称変更などを求めた要望書を提出したりしてもいる.
 このように,レクリエーション(スポーツ,忘年会・新年会,旅行),学習会,話し合い,全日本育成会や都道府県育成会の大会の企画・参加,他組織との交流会・シンポジウム(ときに全国的な交流になることもある)の企画・参加,本や通信の発行,生活の支援についての要望提出,などを行っている.あるいは都道府県や市町村に対して要望・交渉を行っているところもある.個人的なレベルでは講演活動を行っている人々も相当数いる.また,海外への研修にも,個人的に参加している人は多い.
 (2) 当事者活動が果たす機能
 こうした当事者活動,そして活動を担う場としての当事者組織が果たしうる機能は何か。
 第一に,セルフヘルプ・グループとしての機能がある.そこは,同じような障害を持つ人々が集まる場である.共通の話題,共通の問題,共通の経験,共通のニーズを分かち合うことができる.それによって悩みを打ち明けられたり,それを解決する手がかりを得ることができるかもしれない.あるいは,グループの人たちが自分の味方になって助けてくれるかもしれない.
 第二に,非常に自発性の高い別の場であることである.そうした場があることによって,大きく制約されているように感じられる日常の生活とは違った自由を持つことができる.ひとり暮らしでなければ,親元や施設などでは,たいてい何かの決まりや制約がある.そうでなくても,毎日のルーティンがだいたい決まっていて,職場に行けば上司がいるし,学校に行けば教師がいて,自分の時間や自分で進んで何かをやることが少ない.多くの人々は誰かに決められて,誰かの言うことを聞いて1日が終わる.その反面,当事者組織では,自分たちでものごとを企画し運営し成し遂げることができる.日常生活の中では持てなかった責任が持てるとともに,「無責任」になれる.たとえば,活動に参加するかしないかは自分の考え一つで決められる.日常では,たとえば働くということについても,生活の糧を得るということもあるが,それが教育の一環であったり,「普通の」暮らしができるようにとか,社会参加するためだとか,そういった理由で「働かなくてはいけない」とされることがある.当事者の動機がないところで責任が押しつけられることが多いのではないか.そうした状況においては,無責任になれるということも重要である.
 第三に,そこに参加する者にとって,多元的な場が持てることである.日常の生活――つまり,就寝や入浴や食事など身辺に関わる行為や,食事の準備や買い物や掃除洗濯などの家事的な行為,そして就労,あるいは家庭や作業所や学校や施設やグループホームでの生活――とは違う場所,時間,人間関係を結ぶことができる.このように,日常の責任を負わなくてよい「別の場」があることで,解放された感覚を持てたり,圧力をあまり感じることなくいられる.また,ただ日常を過ごしていたのでは味わえない他の楽しみや新たな関係を見いだすことができる.
 第四に,今までできなかったことができたり,日常の生活を送っていただけでは身につけられなかったであろう技能を習得したり伸ばしたりできる.
 これと関連して,第五に,グループとして活動することで,力を持つことができる.何かを変えようとしたり,問題を解決しようとしたとき,一人だけでは力が弱い.おうおうにして,問題を解決していくための知識がなかったり,貧しかったり,行動範囲が狭かったりする.しかし,集団になれば,数が多いだけで力になりうるし,アイデアや問題を共有することができる.このことは,たとえば,福祉サービスや制度に利用者である障害者の意見を反映させたり異議を申し立てたり変更を迫るときに有効である.
 以上をまとめると,当事者活動の場は,まず何かを言ったり話したりできる場である.「だまって過ごすことはできる.でも長い間そういう暮らし方をすると必ず,私たちの体や心がおかしくなってくる.」と,当事者活動に参加しているある当事者は言う(武居[1995]).同じような障害を持つ人々がいるので,相手も自分のこととして,自分の話したことを受け取ってもらえる,わかってくれる.話のペースもゆっくりなので,話しやすい.日常にはない無責任さ・解放感が得られるので,自由に言いたいことが言える.たとえば,グループホームの職員の悪口を言っても,誰からもとがめられたりしないのだ.自分たちを決めたり支配する人はいないので,気兼ねすることはないし,自分たちのやりたいようにやれる.また,話したり,実際に行動することで,学びあえる.力を付けることができる.たとえば,ものを言ったり,何かを決定することが困難だった人が,ものを言う技術・決定するための技術を学ぶことによって言うことができたりものを決めることができるようになる.力を付け,周囲の人々が自分を認めてくれれば,自信がもてなかった人が自信を持てるようになり,積極的にものを言えるようになったり,他の人が自分を操ろうとすることに対抗することもできるだろう.このように,当事者活動は,セルフアドヴォカシーの技術を体得し,実践していくことができる場になりうる.
 「札幌みんなの会」の支援者である花崎三千子氏は,活動内容によって[1]カルチャー・サークル,[2]社交サークル,[3]学習サークル,[4]セルフアドボカシー・グループ,と当事者活動の分類を試みている.しかも,花崎氏によれば,これらは連続しており,本質的に[4]につながるものである.セルフ・アドヴォカシーは,グループの発展過程における一つの目標のようなものである(全日本手をつなぐ育成会[1995a:10]).
 (3) 当事者主体であること,それを支援すること
 この活動は,まず障害を持つ人々がその主体になる(または中心となる)活動である.他の誰かが本人に代わってものを言ったり何かをするのではなく,当事者がそれをするのである.何か特別なことを行っているわけではないが,しかし,その「当事者性」が強調されなければならないという背景には,これまで当事者が自分でものを言ったり何かをしたりすることが逆に「特別な」こととして考えられていたという事情がある.
 そしてここで重要なことは,それが支援されているということである.「自己決定に援助がいるなんて考えもしなかった」と言われるように,自己決定や自己主張の援助とは奇妙なことに思われるかもしれないが,そうではない。積極的に「自己決定」と言った場合,そこには決定のための選択肢や情報が前提になければならない.そこで,北米などにおける「ファシリテーター(facilitater)」※あるいは「アドバイザー(advisor)」※といった支援者は,前提となる選択肢や情報を相手に分かりやすくして提供するのである.つまり,今まではそこのところの援助がなかったために知恵遅れは知恵遅れとしておとしめられていたのだ,という主張である.ファシリテーションと,地域居住の進展やそのための各種サービスによって,米国の知的障害を持つ人々の生活は急速に変化してきている.
 ここでの支援について求められているのは,あくまで当事者主体を第一に置き,それを犯さないように助けることである.「管理」「支配」するのでなく「支援」する.
 これは正論ではある.だが,その先がある.とりあえず情報を提供した上で,それでもなお残る何かがある.その援助を受ける人の「主体性」はどこに位置するのか.ファシリテーターはどんな情報をどこまで用意すればよいのか.すぐにこんな疑問が出てくる.支援とはいったい何か.どのようなことが悩みとしてあり,それに対してどのようなことが考えられ,行われているのか.これらを検討するためには,本稿における,ひとまず当事者組織の活動の表面だけをなぞっただけの作業では足りない.組織とその活動の内部に立ち入った調査研究が必要となる.寺本[1997]でこの作業が開始されている.


1) ただこうして主題を限定しても本稿に盛れる情報量は限られている.ホームページ<生命・人間・社会>(仮称) http://ehrlich.shinshu-u.ac.jp/TATEIWA/1.HTM(→arsvi.comhttp://www.arsvi.com)によって補うことにする.以下で※(計27個)のついている語・文献についての情報(文献の一部については全文)が掲載されている.なお,寺本の本来の主題は,知的障害のある人を「支援する」ということ(の困難)について考察することであり,寺本[1997]で論じられている.また,立岩による「自己決定」についての検討は立岩[1997]でなされている.
2) スウェーデン※における知的障害者に関わる動向については柴田・尾添[1992],河東田[1992].(セルフ・)アドヴォカシー※については高嶺[1993],橋本[1996].
3) この団体の前身は,1950年に発足した全米精神遅滞児育成会(the National Association of Parents and Friends of Mentally Retarded Children)という精神遅滞児の親の会である.その後National Association for Retarded Childrenと名称を変更,1991年にはAssociation for Retarded Citizens=ARCとなった.
4) 1984年に行なわれた別の調査によると,米国※とカナダ※で,5000人以上の知恵遅れの人々がセルフヘルプ/セルフアドヴォカシーの運動に関わっていた.そして,この調査で, 152のセルフアドヴォカシー・グループが24の州とブリティッシュ・コロンビアに存在していたことがわかっている.(Browning & Rhodes[1984])
5) 知的障害※に関係する全国的な組織として,(社)日本ダウン症協会(http://infofarm.cc.affrc.go.jp/~momotani/dowj1.html)※,(福)全日本手をつなぐ育成会※,(社)日本精神薄弱者福祉連盟※,(社)精神発達障害指導教育協会※,等.「全日本手をつなぐ育成会」は精神薄弱の子供を持つ親を主体とする全国団体.社会福祉法人.1952年創立.各都道府県と一部の市で結成されている会を単位とする連合体である.もと全日本精神薄弱者育成会,1995年5月に現在の名称に改名した(cf.注11).
6) 活動内容などについて多田[1995].「さくら会」結成の経緯などは河東田[1993]を参照.勉強会の報告としてさくら会[1995].元気のでる本の出版記念パーティーのようすはふれあい交流通信[1995b].
7) ノーマライゼーションの現在シンポ実行委員会[1992]に当時メンバーだったコニー・マルチネズ(Connie Martinez)と支援者のバーバラ・ブリーズ(Barbara May Brease)の講演が掲載されている.他にマルチネズ氏の生活について石毛[1992]. 8) その年末の『季刊福祉労働』61号に,数名の当事者がこの会議で発表したことを報告している.また,堤[1994-1995]の報告もある.
9) ダニエルは,1988年カリフォルニア州ストックトン市にあるピープルファースト・ストックトンを組織.1991年,州発達障害者諮問委員会当事者委員になる.1995年,当事者委員をはじめとした有志によって,障害者が自己決定・自己主張できるための支援やそのための情報提供などを目指してPartners in Consultingというグループを結成.キャシーはカリフォルニア州の全州組織であるピープルファースト・オブ・カリフォルニアの専属の支援者.この交流事業の報告書が出ている(全国自立生活センター協議会※[1996]).また,自立生活支援会議の報告として佐々木[1995]八木[1995]林[1995].ダニエル・メドウズへのインタビューとして荒井[1996]がある.
10) わかば会について牧野[1995],梅本[1995].札幌みんなの会について木村[1995],花崎[1995].ともの会についてはともの会[1996],河野[1995b].その他,「すてっぷクラブ」について伊藤[1995],田波[1995].「川崎住吉ふれあい会」の自治活動「たから島」について田部井[1995],「千葉ふれあいの会」について神薄弱(児)者の自立支援と権利擁護に関する研究会[1996:89-151].「横浜市グループホーム連絡会入居者部会」について(原田[1995]).「ともの会」(群馬)について斉藤[1995].
11) 徳島での決議を受けて,数回,当事者代表と理事会が話し合いをもった末,育成会の理事会で決定された.名称変更に関する当事者の関わりについては河東田[1996:127].
12) 支援者側の動きでは支援者相互の学習会がある。自立生活センター※(cf. 立岩[1995])の中では,ヒューマンケア協会※が,1993年度に「知的障害者のためのコミュニティ・サポート・プログラムの研究」として,河東田氏や武蔵野障害者総合センターの柴田洋弥氏,民間通勤寮の高橋寮の人々らを講師に数回の学習会を行なっている.1994年には,ヒューマンケア協会の境屋うらら氏(著書に境屋[1992])が中心となり「知的な障害を持つ人をより良くサポートするための勉強会」を開いた.大阪のノーマライゼーション研究会※も,1993,1994年度にかけ,合同研究において「知的障害者の自立とファシリテーター」と題した研究集会を3回開いている.また,1995年の自立支援会議に刺激された支援者が中心となり,1995年末から月1回の割合でカリフォルニアの状況についての学習会が行われている(林[1995:134][1996:98]).1996年3月には全日本育成会が本人活動支援者セミナーを開いた.このときの報告書として全日本手をつなぐ育成会[1996b].

文献表
荒井 摂子 1996 「インタビュー ダニエル・メドウズ 一人ひとりがスーパースター」,『季刊福祉労働』70:8-11
浅井 麻里  1995 「ゆうあい会ができるまで――東京都育成会・本人部会」,元気のでる本編集委員会[1995:130-1]
安積 純子・尾中 文哉・岡原 正幸・立岩 真也 1995 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 増補・改訂版』,藤原書店
浅輪 田鶴子 1996 「全体会シンポジウム」,『手をつなぐ』1996-2:34-7
Browning,Thorin and Rhodes 1984 "A National Profile of Self-Help Self-AdvocacyGroups of People with Mental Retrdation", Mental Retardation22-5
藤原 勇治  1995 「本人活動を通して変わっていく人たち」,『手をつなぐ』1995-12:12
ふれあい交流通信 1995a 「自分らしく生きるために ともに笑顔で語り合おう」,『手をつなぐ』1995-5:22-23
―――――  1995b 「さくら会出版記念パーティー」,『手をつなぐ』1995-8:22
―――――  1995c 「安心して町に暮らしつづけたい――第5回グループホームセミナー・シンポジウムIより」,『手をつなぐ』1995-8:22-23
元気のでる本編集委員会 編 1992 『私たちにも言わせて ぼくたち私たちのしょうらいについて――元気のでる本』,全日本精神薄弱者育成会
―――――  1993 『私たちにも言わせて ゆめ と きぼう――元気のでる本』,全日本精神薄弱者育成会
―――――  1995 『私たちにも言わせて 希望へのスタート――元気のでる本』,全日本精神薄弱者育成会
―――――  1996 『私たちにも言わせて もっと2――元気のでる本』,全日本手をつなぐ育成会
花崎 三千子 1995 「100パーセント本人の活動」,『手をつなぐ』1995-12:7
―――――  1996 「第8分科会本人部会――意見発表と話し合い」,『手をつなぐ』1996-2:27-9
原田 美恵子 1995 「にゅうきょしゃ ぶかいの かつどう」,『手をつなぐ』1995-6:20
橋本 義郎  1996 『権利と行為の社会学――セルフ=アドボカシー実践のために』,
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林 淑美   1995 「さて,これから何ができるかな?」,『季刊福祉労働』69:129-34
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(財)広げよう愛の輪運動基金編 1993 『わたしたちにもできる「本人参加と自己決定」――ダスキン障害者海外研修派遣報告・Aチーム(知的障害)』,財団法人広げよう愛の輪運動基金
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河東田 博・多田 宮子・本間 弘子・花崎 三千子・光増 昌久 1994 「当事者参加・参画に関する研究――当事者組織の育成・強化と政策決定への当事者参加・参画の試み」,厚生省心身障害研究[1994:134-144]
河野 和代  1995a 「第8分科会 話し合おうよ!」,『手をつなぐ』1995-2:27-9
―――――  1995b 「輝いて活動する仲間たち」,『手をつなぐ』1995-12:14
木村 正克  1995 「札幌・みんなの会」,元気のでる本編集委員会[1995:114-7]
―――――  1996 「分けへだてなく暮らしたい」,『手をつなぐ』1996-1:20-21
小林 繁 編 1995 『君と同じ街に生きて――障害をもつ市民の生涯学習・ボランティア」』,れんが書房新社,216p.
―――――  1996 『学びのオルタナティブ――障害をもつ市民の学習権保障の課題と展望』,れんが書房新社,279p.
高坂 茂   1995 「スウェーデンにいったこと」,『手をつなぐ』1995-2:42
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Longhurst, Nancy Anne 1994 The Self-Advocacy Movement by People with Developmental Disabilities : A Demographic Study and Directory of Self-Advocacy Groups in the United States, AAMR
牧野 星子  1995 「わかば会について」,元気のでる本編集委員会[1995:110-3]
牧野 星子・名達 健司・前川 みどり 1996 「雪まつりシンポジウム'96」,『手をつなぐ』1996-4:20-21
松本 裕子  1995 「大阪・なかま会」,元気のでる本編集委員会[1995:140-3]
峰友 信介  1995 「支えあって地域で暮らすために」,『手をつなぐ』1995-12:15
光増 昌久  1995 「仲間と語る」,『手をつなぐ』1995,10:20-21
溝渕 裕子  1996 「ピープルファースト準備会の感想」,『障害者による復活・救援活動』4:7
鍋島 康秀  1995 「なかま会ができた「わけ」」,『手をつなぐ』1995-12:13
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NHK厚生文化事業団 1995 「スウェーデンの人たちの考え方を学び,たのしく交流をふかめる」,『手をつなぐ』1995-2:42-3
ノーマライゼーションの現在シンポ実行委員会 編 1992 『ノーマライゼーションの現在――当事者決定の論理』,現代書館
岡庭 千泰  1995 「小さな会のいいところ」,『手をつなぐ』1995-12:9
大澤 たみ 1996 「「東京で・話し合おう会」をふり返って」,『季刊福祉労働』70:146-154
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斎藤 明子  1993 「キャピトル・ピープル・ファーストのリーダーたちとの会合」,『季刊福祉労働』61:40-47
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斉藤 義明  1995 「「ともの会」をつくって」,『手をつなぐ』1995-11:20
境屋 純子  1992 『空飛ぶトラベルメーカー』,教育史料出版会
桜田 厚子・本田 浩司 1996 「第3回知的障害者全国交流集会の報告【ピープルファースト】」,『障害者による復活・救援活動』10:3-4
さくら会   1995 「手帳と年金について話し合う さくら会勉強会」,『手をつなぐ』1995-12:22-23
佐々木 信行 1995 「アメリカへの旅」,『季刊福祉労働』69:125-7
精神薄弱(児)者の自立支援と権利擁護に関する研究会 1996 『精神薄弱(児)者の自立支援と権利擁護に関する研究事業報告書』,千葉県愛護協会
Self-Advocates Becoming Empowered 1994 Taking Place Starting Up and Speaking Out about Living in Our Communities, Self-Advocates Becoming Empowered
Shapiro, Joseph P. 1993 No Pity, Times Books
柴田 洋弥  1995 「本人からの訴えを真摯に受け止める」,『手をつなぐ』1995-12:4-5
柴田 洋弥・尾添 和子 1992 『知的障害をもつ人の自己決定を支える――スウェーデン・ノーマリゼーションのあゆみ』,大揚社
鋤柄 和成  1996 「「第3回知的障害者全国交流集会」に参加して色々思ったこと」,『障害者による復活・救援活動』10:5
鈴木 伸佳  1995 「「ミート・ザ・仙台」がひらかれました」,『手をつなぐ』1995,1:22-3
田部井 恒雄 1995 「とまどいの中で」,『手をつなぐ』1995-12:11
多田 宮子  1995 「さくら会のできるまで」,元気のでる本編集委員会[1995:120-3]
高嶺 豊   1993 「自立生活運動とアドボカシー」,定藤他編[1993:22-41]
立岩 真也※ 1995 「自立生活センターの挑戦」,安積他[1995:267-321]
―――――  1997 『私的所有論』,勁草書房
田波 悟   1995 「すてっぷクラブについて」,元気のでる本編集委員会[1995:126-9]
寺本 晃久※ 1995※「PEOPLE FIRST・「知的障害者」と呼ばれる人々とそのセルフアドヴォカシー運動の研究――欧米の事例をもとに」,千葉大学文学部行動科学科社会学専攻卒業論文
―――――  1996 「もっともっと!ピープルファースト」,『季刊福祉労働』71:1-4
―――――  1997※「知的障害をもつ人々の自己決定・自己主張とその支援」,東京都立大学大学院社会学研究科修士論文
ともの会 編 1996 『私たちの活動報告書(ともの会)』,財団法人徳島県精神薄弱者育成会
堤  愛子  1994-1995 「ピープルファースト日記」,『ジョイフル・ビギン』1〜4
上原 真治  1995 「北欧会議に参加して」,『手をつなぐ』1995-9:20-21
梅本 裕美  1995 「自分たちの生活をよくするための会」,『手をつなぐ』1995-12:8
William, Paul & Shoultz, Bonnie 1982 We Can Speak for Ourselves: Self-Advocacyby Mentally Handicapped People, Indiana University Press
Worrell, Bill 1988 Advice for Advisors, National People First Project=1996 河東田博 訳編,『ピープル・ファースト:支援者のための手引き――当事者活動の支援と当事者参加・参画推進のために』,現代書館
八木 雅弘  1995 「大事なことは,これからもいろんな人が会議に参加していくこと」,『季刊福祉労働』69:127-9
山田 恵子  1996 「私たちの気持ちをわかってほしい」,『手をつなぐ』1996,1:21
全国自立生活センター協議会 編 1996 『ピープルファースト,一歩前へ!』,全国自立生活センター協議会※
全日本精神薄弱者育成会 1994 『本人の自主的な活動への積極的な支援と権利擁護』 (第43回全日本精神薄弱者育成会全国大会資料)
全日本手をつなぐ育成会 1995a 『本人活動への支援者の役割』,全日本手をつなぐ育成会
―――――  1995b 『地域であたりまえの生活を3――広まり始めた「知的な障害」をもつ本人たちの会と育成会活動』(第44回全日本精神薄弱者育成会全国大会資料)
―――――  1996a 『第1回本人活動支援者セミナー実施要項』(第1回本人活動支援者セミナー配付資料)
―――――  1996b 『どうかかわる!?本人活動 第1回本人活動支援者セミナー報告書』,全日本手をつなぐ育成会
『季刊福祉労働』61 1993 特集:話の祭典・知的障害者[ピープル・ファースト]の国際会議,現代書館※
『季刊福祉労働』71 1996 特集:権利擁護――障害者・高齢者・子ども,現代書館

   *文献表等含め,40字×(40行×12頁+23行)=50.3枚

The emergence and expansion of self-help/self-advocacy groups by
people with intellectual disabilities

TATEIWA Shin'ya *
TERAMOTO Akihisa **

* 信州大学医療技術短期大学部
 School of Allied Medical Sciences, Shinshu University
**東京都立大学大学院社会学研究科
 Dept. of Sociology, Tokyo Metropolitan University

Keywords : self-help group(セルフヘルプ・グループ), self-advocacy(セルフ・アドボカシー), people with intellectual disability(知的障害者), self determination(自己決定), social movement(社会運動)

 People with intellectual disabilities have organized by themselves and take an action in various sphere. They organize, for example, for improving their living condition, advocating their rights, working as a community member, or enjoying leisure. We examined the activities by people with intellectual disabilities and how it has expanded.


UP: 1998 REV:
全日本手をつなぐ育成会  ◇知的障害  ◇セルフヘルプ・グループ  ◇立岩 真也
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