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書評:村上陽一郎『医療――高齢社会へ向かって』
(読売新聞社、1996年、269p.、2000円)

立岩 真也(たていわしんや・社会学・信州大学医療技術短期大学部専任講師)
『週刊読書人』2160:8(19961115) 3.5枚

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last update: 20151008


 「20世紀の日本」というシリーズの中の1冊であり、そうした本の性格から、かなり広い読者層が想定されているのだろうし、また、広い範囲が扱われている。「前史としての戦前の医療」、「占領軍と医療」、「感染症との闘い」、「社会が生んだ疾病」、「医療構造の変化」、「日本の医療を考える」といった章立てになっている。本の性格、分量の制約から、筆者自身述べているように扱われるべきことがすべて扱われているのではなく、やはり筆者が自身のこの後の課題としているように、日本近代の医療の歴史の全体像を描く仕事はまた別のものである。それにしても多くのことが取り上げられているから、読んで初めて知ることが多くあるはずだ。何か新しい発見がなされているのではなく、知っている人は知っていることが書かれているにしても、そんな人はそう多くはないのだから、まずその意味で有益であるに違いない。そして事実が辿られていくだけでなく、各所に筆者自身の体験が織り込まれる。それはたとえば新しく登場した技術による恩恵を確かに被りもした経験だが、同時に、薬害エイズに至るいくつもの事件がとりあげられ、それを生み出す構造が分析され、それぞれについて公平な評価がはさまれ、さらに現在の問題点を指摘し、改善策のあり方を提起している。冒頭に記したような求めに応ずるためには、このように書かれるのがもっともよかったようにも思う。バランスのとれた本である。
 ただ、これは医療を論ずる多くの文章・発言について感じることなのだが、医療について語りながら、医療に内属してしまっていく傾性がこの本にもなくはないように思う。明治政府や占領軍の政策が取り上げられ、また現在の問題としては薬価差益の問題などが取り上げられ、相当の記述は行われており、医療の安全性に関する対処の仕方についての指摘にしても、保険医療のあり方についての提言にしても、多くの人が納得するだろうものであり、私自身もほとんど異論はないのだが、医療という仕事、医者という職についてもっと外側から見る視点があってよく、また、そこからの、またそのための歴史的な探索という方法があるのではないか。受験が上手な学生ばかり医学部に入ってきてよくないと指摘され、その指摘はその通りだとして、著者がそれに対して提案するのはリベラル・アーツ(一般教養)の重視である(終章)。これもよいことだと思う。けれども、問題にもっと直接に応ずる手はないものだろうか。あまり現実性のない話ではあるが、たとえばたくさん学生をとってしまうとか。そうすると供給過剰になるだろう。しかしそれは悪いことだろうか。あるいは、感染症から慢性疾患へという疾病構造の変化にともなって、医者が「技術者」から「援助者」になる、なるべきだと言う(第5章)。これもそうだと思う。しかし、たとえば医者はあくまで技術者であってよく、技術を発揮する場面がもし少なくなるなら、医者の仕事が少なくなればよく、技術以外の部分は医者でない人が対応すればよいのではないか。こんなことも考えられなくはない。医者がよい医者であってほしいという主張はまったく正しく、そのための改善策の主張も正しい。だが、権威主義や、受験における人気等々から医療と医者を解き放つことがもしよいことなのであれば、医療をもっと突き放して考えていくこともできるように思うのである。  (40字×35行)

◇村上 陽一郎 199606 『医療――高齢社会へ向かって』,読売新聞社,20世紀の日本,269p. ISBN: 4643960256 2039 [amazon][kinokuniya] ※ *

内容(「BOOK」データベースより)
時代は「病気」と共にいた。文明と一緒にコレラやペストがやって来た。占領軍は民主主義の夢とDDTを振りまき、奇跡の経済復興は次々と奇病を生んだ。日本近現代の波乱の来し方は、100年の「カルテ」にこそ刻まれている。いま爛熟時代のエイズ、そして老人社会。日本人はこの戦いに勝てるのか。

目次
第1章 前史としての戦前の医療
第2章 占領軍と医療
第3章 感染症との戦い
第4章 社会が生んだ疾病
第5章 医療構造の変化
終章 日本の医療を考える

■言及

◆早川 一光・立岩 真也・西沢 いづみ 2015/09/10 『わらじ医者の来た道――民主的医療現代史』,青土社,250p. ISBN-10: 4791768795 ISBN-13: 978-4791768790 1850+ [amazon][kinokuniya] ※


UP:1996 REV:20151008
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