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だれが「ケア」を語っているのか

第19回RSW学会総会 講演1 1995年11月17日
→『RSW研究会 研究会誌』(1996)

立岩 真也(信州大学医療技術大学部専任講師)


 この春からいわゆるコメディカルと呼ばれる職種の人達を養成する学校で教えることになりまして、そんな縁もあってここで話すことになりました。皆さんが求められているものと一致した話ができるのかわかりませんが、とにかくやってみたいと思っています。
 まず、医療の提供者と利用者という2つのものを取り出してみたいわけです。提供者というのはつまり医療者であり、利用者というのはつまり患者ということになるでしょう。そういう視点でもって医療が今後どのようになっていくのか、どのようによくなっていけるのかを考えるとしたら、僕はあえて今言い切ってしまえば、今後どうするかということに関して、提供者がいること、あるいは提供者がやろうとすることにさほどの期待を抱いていないというか、抱けていないわけです。まず、その辺の説明からしたいと思います。そういうことを言うと「ふんふん」と言ってうなずいてくださる方も時にはいらっしゃって、この業界がどういう業界か僕にはよくわからないのですが、福祉関係の業界とかそういうところは性格としてマゾっぽい人がけっこういたりして、責められると喜ぶようなところがちょっとあったり、責めれば責めるほど喜んでしまうという人がたまにいたりするので、どのくらい効くのかなという感じがしないでもないのですが、まあ、そんなことはいいので始めたいと思います。

 ■1 利用者・対・提供者

  ■1 利用者でない人は利用者ではない

 第一点。一方に利用者がいて、これはユーザーと言ってもいいですし、コンシューマーと言ってもいいですけれども、それからプロバイダー(提供者)がいて、とりあえず2人いるわけです。考えてみると、考えてみなくても当り前のことですけれども、この2人は違う。まず一番はこのただ単純な事実、こっちに何か欲しい人がいて、こっちにそれを与える人がいて、2人は別人だということです。例えばこの春、今勤めているところで1年生の研修みたいな感じで、近くの病院に行ったわけです。それは総合病院で、いろいろなサービスをやっていて、その地域では割合先進的なこと、訪問看護などをやっていたりする、そういう病院なのですが、その病院の成り立ちとしてある程度大きな部分を占めているのが精神科なのです。たぶん、1年生を研修に行かせたサイドの思惑としては、別にそのすごいひどいところを見せようというわけで行ったのではなくて、こんなに精神医療関係のOTが頑張っているんだということを勉強しに行ったのだと思います。僕はその尻尾にくっついて行ったのですが、素直に見るところ、かなり精神病院の部分は旧態依然としてすごい。住むところとしてはろくなところではないわけです。けれども、それについて僕はその日からあるいはその次の日からなにかしたかと言えば何もしていない。結局僕はプロバイダーでさえなくて、ただの傍観者ということになるかもしれませんけれども、とにかくユーザーではないわけですね。精神医療というものを使う側にはいない、利害関係というものが直接ないわけです。とりあえず関係がないといえば関係がないと言ってられるところがあったりする。これはとにかく違うということですし、利用者でない人達の利害というのは利用者の人達の利害とは同じではないというか、場合によったら全然関係ないということがまず一つあります。

  ■2 2人には対立する利害がある

 第二番目。ただ単に違うというだけではなく、このユーザーとプロバイダーとの間の関係を基本的に対立関係ととらえて、僕はいっこうにかまわないと思います。プロバイダーの側がユーザーの側の立場を一生懸命おもんぱかって、そのことによってできるだけユーザーの側によいものを提供しようというような言われ方がしょっちゅうなされていて、それは大変もっともなことであろうと思うのですが、その反面で、どこかで私達はユーザーとプロバイダーの利害というのは、基本的に対立する場面があるのだということをちゃんと認識しておいた方がよいのだろうと思います。これも非常に単純なことです。つまりユーザーが何か欲しい、その欲しいものがプロバイダーの側からすると仕事ということになりますけれども、皆さんはそうではないかもしれませんが、僕なんかはいろいろさぼりたい方ですから、あまり仕事をしたくないわけです。つまり、ユーザーの側はできるだけよいものをたくさん欲しいのですが、プロバイダーの側は適当にというか過重にならない程度に提供すればいいというふうになるわけです。一般の商取引などを考えてみれば、常にそういうことですよね。こっちはできるだけ値切りたいし、あっちはできるだけ高く売り付けたいということがあるわけです。こっちはできるだけものが一杯欲しいわけですが、あっちは同じ値段だったらできるだけ少ない供給量でやっていこうと思っている。そういう関係というのがまず基本的にあるのだということを、はっきりわかっていた方がいいだろうと思います。

  ■3 提供者の方が強い

 そして三番目に、とくにこの業界というか、こういった類いの業界では、基本的にユーザーよりプロバイダーの方が力関係から言えば強いわけです。なぜかというと、いろいろなことが言えますが、一つは極めて単純なことで、基本的にこちら側はそれを職業にしているということです。ユーザー側はそうではない。職業にしているということは、少なくても9時から5時まではそういう仕事を専門家としてやっているわけです。ユーザー側はいろいろな場合があって、一生ユーザーとしてつきあわなくてはいけないという場合もありますけれども、そうではなくて一時的にしか利用しないという場合もあります。
 なおかつプロバイダー側はそれを仕事としてやっているだけではなくて、そういう仕事をやっている人はこの会場におられるようにたくさんいて、そういう人達は基本的に職業的な利害というものがありますから徒党を組みます。つまり同業者の組合を作るわけです。たとえば、それの最大規模のものが日本医師会であったり、日本看護協会であったり、というような形で、この人達は同業者のアソシエーションというか組合というか、そういうものを作って、自分達の職能というか職業の利害を守ろうとする。あるいは拡大しようとすることになるわけです。けれども、ユーザーは基本的に個人としてそういうサービスを受けるわけですし、多くの場合そういうサービスを受ける期間というのは一時的であったりするということが言えます。
 そうすると、たとえば政治的な力なり何なりにしても、基本的にその同業者なら同業者としてまとまっている人の方が強いのが当たり前になります。労働組合だって何だっていいのですが、まとまるというか集まることができる人達と、そうでない人達という非対称性というものが出てくる。これは何でもいいわけです。例えば、通勤列車が混んでいてすごく不愉快だという人はたくさんいますが、あれはなかなか良くはならないのです。そのひとつの理由は、通勤というのは一人一人の一日の中での一つの出来事であって、通勤自体を職業にしている人はいないからです。通勤だけが仕事であって、それでもって通勤者の労働組合みたいなものができたとすると、とんでもない労働条件だということになったりして、なんとかしろということになって、どこかと掛け合うなり、あるいは国に訴えたりして何とかなるかもしれない。けれども、実際にはサラリーマンというのは、個々の企業に対して労働組合として何か言っていくということはあるかもしれないけれども、そういう薄い広い利害によって集まってどうかしようとする、それを政治的な圧力などにすることはできない。そんなことになって、ああいう問題は解決されない。それと似たような構造になっているわけです。
 それから、とくに医療やリハビリテーションという関係においては、専門的な知識ということがありますから、提供される商品に関しても、商品というか提供される財に対しての知識というものが、こちら側に基本的には偏っている。これはある意味で当たり前のことです。そういうことはとりあえず認めざるを得ないというか、構造的な事実としてそういうことになっていると言えるのではないかと思うわけです。
 以上、まずユーザーとプロバイダーとは基本的には違う、プロバイダーはユーザーのことはわからないか、関係ないということがどうしてもあります。そして、もうひとつは基本的に値切りたい、それがたくさん欲しい、どっちもどっちなのですが、基本的に対立する場面というのはある。そして、一方でそれを職業として提供する、あるいは専門的知識というものをもって提供する。一方はそれを一時的に利用する。そのような関係においては基本的にプロバイダーの方が力関係として強いということが言える。構造的には以上のように言えるだろうと思います。例えば今、公的介護保険というのがいろいろ議論されているのだけれども、そこの中にどういう人達が発言者として入ってくるのか、あるいはその審議会のメンバーとして入ってくるのかを見れば、こういったこともある程度わかるのではないかと思います。例えば、日本医師会の代表委員は入っていますし、日本看護協会の代表委員も審議会の中に入ってますけれども、ではユーザーの側はそこにいるかというと、いないわけです。この場合ユーザーは、さっきも言いましたように、点でばらばらに存在している。そしてそれを別にずっと仕事としてきたわけではなくて、なったときにはもう遅いという人達がいっぱいいるわけですから、そういう人達の代表者をどこからどうやって選んでくればいいのかとなると、これはとても難しいわけです。それはその審議会なり審議会のメンバーを選ぶ人達だけを責めてもしかたがないところがあるのですが、とにかく実際にはそういう形になってしまっているというか、なっているということです。

  ■4 この業界では価格原理・競争原理が働かない

 以上で述べたことは、一般的にどのような契約関係、取引関係でも生じることです。買う人と売る人として考えればいいわけですから、医療であるとか、福祉であるとか、そういうことに関係なくこういう関係は生じえます。しかし、一般的な取引関係においては、今言ったようなことをなんとか補うというか、ユーザーの側の利害も反映できる道筋があります。例えば価格メカニズムというもの、あるいは市場のメカニズムというものはそういうものです。基本的にプロバイダー側の人はできればさぼりたいし、できればあまりたくさん提供したくない。だけれども、やはりユーザーはできれば欲しいので、たくさんくれなければお金をあげないよということになると、とにかくギリギリ自分が妥協できる範囲でたくさんあげる。あるいは、ユーザー側から欲しくないと言われたらしょうがないわけだから、ユーザーの側が何が欲しいんだろうかということをいろいろ考えて、それでもって何を提供するかを考える。そういう形で、量的に、あるいは質的に、両方ですが、価格メカニズムや市場メカニズムが働けば、基本的にプロバイダーの側は、ユーザーの側の考えなければいけない。考えないと自分の商売がなりたたないというような形になっているわけです。当たり前の話ですが。
 ところが、この業界というのは基本的に、これが四番目ということになるかもしれませんが、今言った一番、二番、三番、ここに生じてくる問題を解消するものとしてのマーケット・メカニズムが働かない領域なのですね。福祉というのは基本的にそうですね。基本的に措置制度という体系になっていますから、何が必要なのかということを行政がおもんぱかってというか、はかって、そして「あなたにはこういうサービスを与えます」という形でドンと下りてくるわけです。ドンと下りてくるわけですから、ユーザー側としては基本的に選択しようがないわけです。与えられるものは1種類であって、与える主体というものがあらかじめ決められているのですから。例えばある施設に措置されるという形で生活の場所が決められ、そこですべてのサービスが一括して、現物で、選択の余地なく与えられます。例えばこのユーザーの人が「こいつは気に入らない」、どういう理由がわかりませんが、単に気に入らないということかもしれませんし、何かいろいろ深刻なことがあるかもしれませんが、「とにかくこいつが気に入らないから他のにしよう」ということになると、それが気になりますから、職を奪われたら困るということになって、それでこちら側がサービスの形を変えるとか、何か工夫をするということになるわけですが、そういうものが基本的に働かないような構造になっている。日本の福祉制度というのはそういうふうになっているわけです。
 医療制度もある程度そういうことになっている。福祉制度よりは少しはよいかもしれない。というのも、同じような病院が地域に複数あったり、医者を選ぶことがある程度可能であれば、最低、プロバイダーAという人は嫌いだからプロバイダーBに乗り換えるということぐらいはとりあえずできるようにはなっている。しかし、基本的に医療保険制度というのは、ご存じのように、とりあえず、形式的に同じことをしていれば同じだけのお金がくることになっているわけです。そういう形で、福祉制度における措置制度ほどではないかもしれないけれども、選択性というか、あるいはユーザー側の意向というものがプロバイダーに反映されないようなシステムになっているわけです。
 つまりもう1回繰り返せば、こういうメカニズムのようなものが働いていれば、仮に一番、二番、三番が言えたとしても、プロバイダーの側ではしょうがなくユーザーがどういうものが必要なのかを考えて行動する。食べ物にしても、それがどうやって作られるかというということを消費者は知っている必要はない。こういう物を作ってくれということをいちいち飯を作る人に言わなくても、飯を作る側が今消費者は何を食べたいのだろうかということをいろいろ考えてくれる。うまいかまずいか消費者が評価し、それに応えようとすれば、作る側も腕を磨くしかない。もちろん、安全性などの問題は残るわけで、これは食べてみてもすぐにはわからない。けれども、これにしても長期的には消費者に受け入れられないものは淘汰されていくでしょうし、またチェック機関をしっかり作ってそこに評価させれば、後は市場メカニズムにまかせることもできます。そこのところが、例えば医療とかあるいは福祉とかという場面ではうまくいかないということが言えると思います。
 以上はある程度基本的には理屈の話であり、次の話の前提でもあります。同時に、現状認識というか、そうなってしまっているのだということです。

 ■2 2つの解決策とその限界

  ■1 提供者の良心に訴えても限界がある

 さて、そこで、ではどうしようかという話になります。結局今行われている、言われていることは、非常に意地悪な言い方で言ってしまうと、提供者がよい提供者になろうということだろうと思うわけです。提供者が良心をもった立派な提供者になればいいというような流れが、ずっとというか、何十年もというか、最初からというか、あるのだと思います。これは確かに多分必要なことだろうと思います。職業倫理なり、何なりという形で、それなりの基準を守るとか、優しくユーザーに接するとか、そういうことはとても大切なことで、そしてそういうものに関わる教育というものもとても大切なことだと思いますが、それは言ってみれば言ってみるだけというくらいのもので、要するにその良心に頼ってしまっているわけですから、現実的にそれがどこまでどういうふうによくなるのかはちっともわからないだろうと思うのです。しかし、現実には多くのことがそういう水準で語られている。よい提供者になろうという、一種の精神というか、倫理というか、そういう問題として語られてしまうという構造になっているだろうと思います。これはやってはいけないことはないし、大いにやるべきだと思うのですが、「?」あるいは「△」ぐらいの感じでしか、今のところというか、あるいは将来に渡っても機能するという保障はないという気が、率直に言ってします。こういった、例えば医者なら医者の在り方に対する反省あるいは批判なるものが、もう何十年も、あるいは何百年もかもしれませんが、繰り返し語られてきたわけです。ではそれで何かすごくよくなったかというと、実際にはあまりそういう感じもしないということです。
 ではどういうことになるかというと、基本的にはシステムが変わらないとうまくいかないということ、これは明らかなことだろうと思います。こういうふうになってしまっている、こういうふうになってしまっていることをどう変えるのかという話ですね。だから、どうしたってどんなに現場で対人関係の中でやっていこうとしたって、基本的にこのシステムの中で動いているわけですから、その中でどんなに良心の呵責を感じたり、いろいろなことを考えたりしても、ここのところが変わらないとどうもうまくいかないことは確かだと思います。その中で、自分ができるだけよいプロバイダーになろうとすればするほど、自分に対する負担は大きくなっていって、場合によってはそれで燃え尽きてしまう。そういうことになる。基本的にはここのところを考えなければいけない。何か当たり前みたいなことをしゃべっていますが、一応基本的なことを順を追って確認しています。

  ■2 価格原理を導入すればよいというものでもない

 システムを変えるとか言いましたが、ここは難しい問題がいくつかあります。一つにはマーケット・メカニズムというものを、この領域に安易に導入するわけにはいけないということなんですね。簡単に言えば、いいものをくれたらたくさんお金を出す、ろくなものをくれなければそれは安く買い叩くということが価格メカニズムですが、この領域の場合はだれがお金を出すか。たとえばそれが公的な保険からであったり、税金からであったりすることもありますから、そのときに、同じものだけれども質が違うものに価格差をつけるのはどういう意味をもつかということです。そうなると、通常は、標準価格というのは保険から出て、それ以上の部分は自己負担ということになる。要するに金持ちはいい品質の商品を買えて、そうでない人は適当なところで甘んじるという結果になってしまいます。それではまずい。
 それで、自己負担で差額分を補うのはまずいから全部保険や税金から出すことを考えることになると思うのですが、そうすると、それをどうやって実際に出すのかということですね。同じ行為をする場合に、それをどういう形で価格差をつけて、Aさんには100円、Bさんには300円渡すというようなことをどうやっていくのかということがどうしても出てくるわけです。それなりのシステムをなんとか考えることが全くできないということはないだろうと思います。ただ、なかなか難しいのは事実だと思います。また、価格で差をつけなくても、競争原理を導入することはある程度可能だと思います。けれども、少なくとも普通の市場のようにはいかない。繰り返しますと、先の四番目で述べた価格メカニズムを、一番目から三番目の問題を解消する手段として使うのには限界があるし、また使う方がよいとも言えないということです。

 ■3 ではどうするか――「自立生活運動」の場合

  ■1 家を出る・施設を出る

 さて、今日言ったのは経済学でも何でもないですが、そういった話の真似ごとをするということが僕の眼目ではなくて、こういった背景の中で出てきたひとつのムーブメントというか、動きというものを、私が知っている範囲でお話しするというのが今日のだいたいの眼目なのです。要するにある程度マーケットメカニズムが働かないという中で、ではケアならケア、ひとつのサービスというものをどうやってユーザーの側にいい形で、そしてちゃんと生きていけるような形で使っていくのかという時に、こういう状況になってしまっているのだったら、ユーザーの側が強くならざるをえないというか、ユーザーの側で何かをやっていくしかないということにとりあえずなってくるわけです。そういう動きが、少なくても身体、体の障害がある人達の中では、大雑把に言ってここ20年、あるいは25年くらいですか、の間に出てきたということだと思います。そのへんの紹介をしていけばいいかなというふうに思います。
 今回皆さんにお配りしたのは、単なる報告ですので、今日話すことの中身が書いてあるわけではありません。とにかく細々した話を今日はほとんどすることはできないと思いますので、ディテールとか具体的なところに関しては字で書いたもの★01を読んでもらうのが一番いいのではないかと思っています。
 さて、僕はあまりいいネーミングだとは思わないのですが、自立生活、インディペンデント・リビングという言葉があります。この自立生活運動というのは、どういうふうにとらえるかによって全然違ってきますけれども、日本では1970年代の初頭ぐらいから実は始まっています。これはある人達によると、そこらに書いてあることをそのまま信じると、アメリカから1980年頃に輸入したのだということになるのですが、ちゃんと調べると全然そういうことではなくて、世界同時多発的に起こった。日本でも別に外国の影響を受けたわけではなく独自に起こった。それなりの時代背景というのがあるのですが、それははしょります。そういうものが1970年代ぐらいから始まって、今が1995年ですから、だいたい25年、四半世紀を経ようとしているわけです。僕はここ10年ぐらいですが、そういった動き、実際何をやっているのかという辺りを追ってきました。
 この動きは、おもしろい。おもしろいことをやっているということで、ずっと追っているわけですが、どの辺からどのぐらいしゃべるかというのは難しいですね。難しいのですが、自立という言葉が僕はあまり好きではなくて、この名前もあまり気に入らないのですが、とりあえず基本的には非常にネガティブな動きであったわけです。つまり、ひとつには施設を出るということで、ひとつには親元を出るということです。家族から出る、あるいは施設から出る。基本的に逃れる、逃避するというか、逃れる動きだったというふうに思います。逃れるということはとても大切なことだと僕は思いますけれど。
 1970年代というのは、けっこうそこそこの規模の施設がボコボコできてくる時期なのですが、ちょうど施設ができてきて、「さあ、よかった、よかった」と、「これから頑張らなくては」という時代に、その施設から出始める人達が出てきてしまったということなのですね。なぜかというと、いろいろなことがあるのですが、どこまで言おうか。まあ、とにかくいやだったのですね。施設にいなくてはいけないという理由はあまりないと。施設にいるより、施設でない所の方がいい。単なるそういう理由でどこが悪いのだろうという気が僕なんかにはするのですが。では出ることになった施設がどういったものであったのか、あるいは今現在でもどういうものであるのか。それは去年なんかも療護施設に関しての調査に加わってある程度のことはわかりますけれども、言っているとこれは延々と長くなってしまいますからやめておきます。★02
 それから親元から出る。これだっていろいろあるわけですね。みんな考えてみれば、大学に入る、大学を卒業する、結婚する、就職する、その他もろもろで親から離れて一人で生活をする。当り前ですね。その中で、もちろん親と同居する場合もあるのですが、実際親に全てを委ねて生活しているわけではないわけです。同じ屋根の下で暮らしていたって、親は子どもが何をしているか知らないというのが当たり前の生活ということになります。しかし体に障害があったりして、親に全面的にその介護というか介助というかそういうものを委ねている限り、親と子の関係はいつまでも切れない。切れないのは気持ちが悪いということです。簡単に言えば。
 その中で施設を出て、親元から出て、スローガンとしては「地域の中で暮らそう」という動きが、1970年代の初めに始まっています。これは地域福祉であるとか在宅福祉であるとか、そんなことが言われ出したころよりずっと前だと思います。また、それが現実化しようとしたところから考えればもっと前だと言えると思います。そして、それらと明らかに理念として違うのは、施設と何かを組み合わせようという考え方も基本的に取らなければ、それから基本的に家族の中で暮らしそしてその家族がフォローできない部分を誰か他の人にやってもらおうというスタンスも取らなかったところです。基本的に施設は出る所であり、そして親元というのも基本的に出る所である。基本的に家族が私の面倒を見る必要もなければ、その義務もない。私は親から面倒みられることを全面的に受け入れない、そういう形のフォローを受け入れないということを言って始めたわけです。あえて整理すればそういうことになります。

  ■2 制度を獲得する、その情報を流通させる

 そういう形でやったのだけれども、それは時代に超先駆けた動きでもあったわけで、それをフォローする社会的なシステムなりなんなりは、1970年代初頭には皆無でした。しかし、そういう中で実際に出て暮らさなければいけない。これはプロバイダーの側にはありえない事情です。しかし、この人達にとっては、出た、それで暮らさなければいけない。でもそこに何もなければ死んでしまうわけですね。実際に明日にも死んでしまうわけです。3日ぐらいは生きているかもしれませんが。ではどうやって生きていくのか、生きていくためのシステムを作っていくのかということを、当事者自身が考えなければしょうがないわけです。僕みたいな商売は考えるだけなのですが、考えるだけではしょうがないのであって、それを実際に作らなければいけない。ということで、さまざまな使えるものは骨の髄まで使い、ないものは作らせる。こういう形で1970年代の中盤から、細々とした、しかしやがては大きな動きになっていくその動きが出てくるわけです。その辺のことに関してはある程度本に書いてある通りです。
 例えば、生活保護というのがあるのは皆さん当然ご存じですが、あの中に他人介護加算というのがあるというのはあまりよく知られていない。つまり介助を必要とする人で生活保護を取っている人に関しては、家族が介助する場合は家族介護加算が、家族外の人がサポートする場合には他人介護加算という一定の加算がつくのですが、これはあまり知られていません。なおかつ、そこに非常に例外的な措置みたいなものがありまして、他人介護加算の特別基準というものがありまして、これは厚生大臣が認可するということになっているのですが、そういったものをどこかから聞きつけてきたというか、交渉の中で、こういうものがあるではないか、使わせろという形で使えるようになりました。これはほとんど誰も知らないことだと思いますが、生活保護の場合はだいたい月に18万くらいまでの介護費用が現金で出ます。これはあまり知られていないことではないでしょうか。逆に言えば生活保護を取ろう、生活保護でいいというだけの意気込みというか、開き直りというか、それがある人の場合は、月18万円くらいまでは人を雇えるという制度が日本にも実際あるわけです。生活保護の受給者に限られますけれども。そういったものも、厚生省とのやりとりの中で実質的に使えるようにしてきた。
 あるいは、1970年代の中盤に、東京都との交渉の中で介護人派遣事業というものを作っていく。それが徐々に拡大されていって、今は重度の障害者に関しては、月30日間毎日だいたい半日分位の介護費用が東京都から出るというシステムになっています。これも実際にどのくらい知られているのか、僕はよくわかりませんけれども。それがやがて他の自治体、大阪、兵庫、札幌、静岡、神奈川というように波及していくわけです。
 例えば、そういった社会的な資源の獲得、そしてそういうものを必要としている人に伝えるということを、どこの誰がどれだけやってきたのかということだと思うのです。実際に作らせてきたのはこの人達ですし、そういったものを、こういうものがあるのだと、場合によってはここをこうすればこれだけうまくいくという部分も含めて、かなり裏技的な部分も含めて、そういう情報を伝達していくということを彼らはやっています。とにかく、使える制度というものを拡大していくという動きが1970年代ぐらいからずっと、これは今でも継続されています。
 さっき通勤しているサラリーマンの組合はないというふうに言いましたが、同業者のそういう集まりがない場合は決定的に弱くなると言いましたが、例えば障害者の団体であれば、「全国公的介護要求者組合」という組織がだいたい1990年ぐらいに、こういった一連の流れの中で形成されていきます。東京の西の方に事務所を構えてやっていますけれども、これもやはり当事者主体の一種の組織ですが、ここはとにかく介助に関する全国のありとあらゆるデータを集めて、それを必要な人に提供し、そして自らも一定のポリシーを立てて、厚生省なら厚生省と毎年交渉するというような一種の権利主張の団体でもあり、同時に情報を提供する団体でもあります。こういった動きとして1990年代に受け継がれています。私が思うに、これは、介助関係の全国のそして各地の制度について、利用の仕方について、制度の獲得の仕方について、それだけではなく、たとえば障害者の組織(でなくてもいいのですが)で障害者や介助者を雇用するとどれだけ助成がとれるかとか、生活保護制度を使った住宅の改造であるとか、機器を自己負担をできるだけ減らして購入する方法かということも含めて、そのための情報、ノウハウの蓄積とその伝達に関して、他に例をみない組織です。つまり専門家の供給者の個々人であったり、何かそういった組織、あるいは役所、そういったところに比べて多分格段の量と質の情報をもっていて、実際それを提供している組織です。★03
 こうして、施設を出て、あるいは親元を出て、どうやって自分達の暮らしを立てていくかということで、社会的なサポート、社会的な資源を引き出して、使っていく、ひとつには行政との関係の中で使えるものを使えるようにしていく、ないものをあるものにしていく、「お金をちょうだい」と言う、こういう動きがひとつ出てきました。自らが動いてきたし、組織を作って、組織を使って動いてきました。

  ■3 利用者が提供者になる――「自立生活センター」の場合

 それと同時に、もう一つ、1980年代の後半に入って、ここ10年ぐらいのことだと思いますが、実際にそうして獲得した社会的な資源を使って、自分達が暮らせる具体的なシステムを自分達で作っていこうという動きが始まるわけです。それが自立生活センターという組織を作って自分達でやっていく動きになってきます。これはセンター・フォー・インディペンデント・リビングとかインディペンデント・リビング・センター、CILとかILCとか略称されたりします。これはアメリカでもそういうものがあって、ネーミングとしてはそっちの方をもらっているわけですし、実際の運営の仕方に関しても、かなりアメリカ的な部分を取り入れてやっていく。アメリカの場合は、非営利の民間組織、今かなり話題になっていて僕も調べたりしていますが、ノン・プロフィット・オーガナイゼーション、NPOという民間の非営利の団体というのが、かなりの活動をやっていて★04、これがかなり社会的に大きな役割を果たしているのですが、もちろんアメリカのILC、CILというものも、そういうアメリカ的なNPOの土壌の中で、運営の仕方なり何なりというものを形成していったひとつの組織の形態であるわけです。そういったアメリカの非営利組織の運営の仕方などをうまい具合に取り入れながら、なおかつ日本の中で自分達、サービスを必要とするユーザーの側が、使いやすいというか暮らしやすいシステムを自分達で作っていくのだという動きを展開し始めるようになります。
 一番最初にこれができたのが1986年、年代を覚えたってちっともいいことはないわけですが、東京の八王子市に、これは名前ぐらいご存じかもしれませんが、「ヒューマンケア協会」という小さな組織ができます。それ以前にもいろいろあったのですが、これが自分達は自立生活センターだと、これが「一番です」と自ら名乗りを挙げて、「私が一番です」と言ってやった人が一番になるわけですが、活動を始めるわけです。
 CILというものはどういう組織かというと、いろいろな条件があるのですが、運営委員、つまり決定に関わる役員の過半数が障害をもっていなければいけないという規約がひとつあります。つまり実質的な決定権をもっているのは障害者であるというタイプの組織です。
 そういう組織として作られるわけですが、ここで何をやったかということです。やっていること自体はおもしろいですね。いろいろなことをやっていますが、ひとつは介護、介助の部分。そういう組織が介助を利用しようとする人、ユーザーと、それからそれを提供してもいいよという人、この両方を組織に登録する。そして、その組織が両方をコーディネイトする。つまりこういうユーザーに対してはどういうプロバイダー、プロバイダーというか実際のヘルパーというか、ヘルプする人が適しているのか、いろいろな事情が絡むわけだけれども、その組合わせを考える、うまくいかなかったら組み合わせを変える。お金のやりとりも含めて、ここがチェックするというか、関与する。もちろん、ここで何やらかにやら、当然いろんなことが起こるわけです。どっちにも言い分があったりする。どっちにも言い分がない場合もある。明らかにこっちが悪い場合もあるだろうし、あっちがひどい場合もあるだろう。どっちも悪いわけではないけれども、とにかく性格の不一致ということもあるでしょう。その中に、ここのスタッフであるコーディネーターが関わっていって、その問題を解決する。解決されなければ、どうするかというと、要するにこのヘルパーを違う人にするということですね。取り替える。今他で行われていることは、何か欲しいという人が、例えば役所なら役所に申請すると、介助する人が現物で提供されてくるわけです。今話したような、仲介したり、時には人をとりかえるということはない。それを、あえてこのプロバイダーとユーザーの間の契約を仲介しコーディネイトする組織として、自らを展開しているという、介助派遣主体というか、介助に関わる媒体なんですね。
 これはある意味では、今話題のというか話題はもう過ぎてしまったかもしれませんが、民間の在宅福祉サービスをやっている住民参加型何とかとネーミングされたりしますけれども、そういう所がやっていることと近いと言えば近いです。非常に近いと言えば近いのですが、いくつかの点で違いがある。まずひとつは、基本的に俺達が使いたいものを使うという乗りで始まった所ですから、使えないようなシステムでは困るわけです。どういうことかと言えば、9時から5時まで、休日、祭日はお休みというシステムでは自分達は暮らしていけないわけです。ちなみにこの中に出てくる障害者は、手帳で言えば1級で身辺の介助が必要だという人達で、一番重い場合はほとんど24時間に近い介助が必要な人です。だから基本的にここは休日もやる、祝日もやる、夜もやる、一日中やる。そうでないと我々がやっている意味がないということですから。それは中年の主婦層主体の民間の団体がやっていることと基本的に違う。
 そして、そういう団体では多くの場合家事援助止まりですが、こちらは身辺介助に関してはかなりヘビーというか、やれるところまでやっているということが言えると思います。
 それから、ユーザー側は男であったり、女であったりするわけですが、多くの場合、たとえば民間の団体にしても行政から派遣されているヘルパーにしても、ほとんど100%女性ですが、例えば身辺に及ぶような介助の場合、身体に触るということも含めて羞恥心ということも絡んでくる。本人の希望によってということもあるのですが、基本的には同性、男であれば男がやる、女であれば女がやる、というような同性の介護を実現しています。施設、たとえば療護施設なり何なりという施設の中での介助、介護ということになると、要するに女性のお風呂の介助を男性がやるということがかなり頻繁に広範に行われていて、そもそも施設を出るという動きが起こった発端のひとつがそうだったのです、それがいやだということがあったわけです。施設の中では男性が女性の介助をするというパターンがあるということなのですね。それは廃するというポリシーで基本的にはやっているということです。
 そして、介助費用の方は、さっき述べたお金を出させる動きがあって、それから公的な派遣制度の中にこうした民間の活動を組み入れさせていく動きがある。組織の運営に関する助成を引き出せるところでは引き出す。そういうやり方でユーザーに貢献するという機関を自分達で作るという動きがあります。今現在、一番介助を供給しているところでは年間5万時間ぐらい供給している組織が東京都内にあります。その次が4万時間ぐらいです。これは他の団体や、場合によっては行政のホームヘルプサービスの供給量に比べても遜色ないくらいの供給量になっています。これはもちろん重度障害者が多く、一人当たりの利用量が格段に多いということです。それが貢献時間が長いということにもつながってくるわけです。
 さっき言うのを忘れましたが、1991年に「全国自立生活センター協議会」=JIL(ジルと呼びます)という全国的な組織ができています。今かなり加盟団体が増えていまして、来週また4つ増えると言っていましたが、全国にだいたい50ぐらいあります★05。自治体の格差があって、基本的にお金が割と出る自治体と出ない自治体があったりと、地域間の格差というのが大きいですが、それでも北は北海道、南は熊本まで全国に散らばっています。そういう組織の中で全てが介助供給をやっているわけではありませんが、年間にすると総計30万時間ぐらいこのジルに加盟している組織が実際に介助サービスを提供しています。
 さて、介助、介助をどのように提供するのかというのが一つの柱とすれば、もう一つは自立生活プログラムと言っていますが、プログラムを提供するということをやっています。つまり、施設を出る、親元を出る、もちろん病院を退院するということでもいいわけですが、言うのは簡単ですが、実際にやるのはえらく大変なことであるわけです。そのえらく大変なことを、先駆者達、今はもう50、60才になっている人もいますが、そういう人達は一人でやってきたわけだけれども、それはいかにも大変なことであるわけです。そういった辺りを、そして大変な思いをしながら培ってきたノウハウみたいなものですね、ノウハウだけではなくてポリシー、考え方みたいなもの、あるいは障害というものをどうやって受け止めるかという受容とか、そういう生活の様式、スタイル、そういったものを、これから施設を出て暮らす、それから親元を出て暮らそうとする障害者達に伝達しようとするプログラムというものを彼らはやっている。それを自立生活プログラムというわけです。やり方は、1週間に1回、全部で10回ぐらいのシリーズで1年に何回か行ない、ある程度のお金を払ってもらうということをして、いろいろな手法を使ってやっている。例えば、介助なら介助との関係の中で、どうやって介助者に対してものを言っていくのかということさえも、わからない。つまり親が、何も言わない前から全部やってくれたというような生活をしている。あるいは養護学校で基本的に教師の言うことを聞いてその通りにやるというような生活をしている。そこの中で介助者に対して、あれをこういうふうにやって欲しいということさえ、というか、まさにそういうことが言えない。つまり介助者の使い方がわからないわけです。その中で、介助者が来てどうしようかということになる。その中で、どうやって介護、介助というものを使うのかという、そういうところを伝授する、教えるというようなプログラムを彼等はやっている。
 それと関係して、互いにカウンセリング、仲間同士のカウンセリングという形でピア・カウンセリングというふうに言われたりするカウンセリング、そしてカウンセリングのための講座をやっています。特に日本の場合は、先のプログラムが、集団単位で定期的に行われるのに対して、ピア・カウンセリングの方は、もっと心理というか感情的なというか、自分が障害があるということ関するわだかまりというか、自分に対するネガティブな思いというか、そういうものから自分をどうやって解き放っていくのかという心理的な感情の解放というところにわりとウエイトが置かれているみたいで、それから個別のカウンセリングだけでなくてカウンセリング講座自体がかなりの役割を果たしているみたいです。アメリカの場合、もう少しプログラムと密接した形になっているようですが。そういったのものを提供していくということを彼等はやってきたわけです。
 それを組み合わせてやっていく。例えば、つい最近新潟の山奥の某施設で、施設にいるのはいやだという人がいまして、その人は出たいというはっきりした意志があって、結局その人は東京の立川市で暮らすことになって今暮らしているのですが、これを立川にあるCILが請け負ったわけです。何をしたか。細かい事情を省けば、施設が出さないと言ってきた。そういう施設に対して掛け合う、交渉するということです。あるいは家族との関係をうまい具合に整理する。施設との関係もうまい具合にというか、場合によっては喧嘩をして交渉するということがひとつ。それから、ではどこで暮らすのかという話になる。障害がある、あるいは高齢であるという理由で、賃貸住宅が供給されにくいという現状があります。その中で住宅を紹介するということ。黒板には書きませんでしたが、これもサービスの中のひとつです。住宅が見つかるまで一緒に探す。一緒に行って不動産屋と掛け合っていく。そういうことをずっとやっていれば、そういうところで情報を流してくれる不動産屋などが出てきたり、わりと理解のある大家さんが出てきたりということがありますから、そういったことを含めて、まず家を探す手伝いをする。それから、最初から一人で暮らすのは難しいところがありますから、そういった場合にいくつかのCILでは、自分達の所に一種の体験室というか、仮の宿というか、しばらくそこで暮らしてみて、いろいろそこの中でトレーニングをやって、これは自立生活体験室とか何とか言いますけれど、そういったものを提供して、そこの中でしばらくやってもらって、そのうちに住む場所が見つかって、そしてそこに住むようになる。そして実際日常的な介助の必要な部分に関して、この組織が媒介するというか提供する。そういう形の活動を今現在行っているわけです。
 これが全てではなくて、他にいわゆるアドボカシー、権利擁護の部分に関わる活動が行われていたり、各種いろいろなことをやっています。僕はだいたい10年ぐらいそういう動きを追ってきたわけですが、見ているともちろん中でいろいろなことがあります。だいたい小さい組織ですし、それから決定的に問題なのは人材が足りないということです。要するに障害がある当事者で組織を運営できるというだけのパワーやノウハウ、経験をもっている人はそんなに多くはない。ですから人材不足という感は否めないわけです。そして小さい組織ですから、その中で具体的な感情のもつれみたいなものも含めて、ごちゃごちゃいろいろなことが起こったりして、全ての組織がうまくいっているわけでもなければ、順風満帆でいっているわけでもない。しかし、にもかかわらず直感的な言葉で言えば、この人達がやっていることはおもしろいのですよ。はたで見ていてもおもしろい。そこでそういったことを経験していく、例えばプログラムを受けてやっていくという人達が、そこから得ているものがある。これは人によって合う合わないがあって、僕はカウンセリングは全然合わないと思いますが。そういったものも含めて合う合わないがあるけれども、今まで供給されてきたサービス、あるいは供給してきたシステムみたいなものに比べると、はたから見ていてもこれはおもしろいし、やっていることはああこれは必要だよなという感じが、僕なんかするわけです。
 そういうふうに考えていくと、結局これは何だったか。一番最初の方でべらべらしゃべった背景、つまりプロバイダーの側にサービスのシステムの構築、そして実際のサービスの提供というものを委ねておいても、10年経っても20年経っても浮かばれないと言う状況を根本的に壊している。そういう中でやってきている。今も試行錯誤しながらやっていることだというふうに思うわけです。それをとりあえず紹介しておくとよいのではないかということで申し上げました。

  ■4 いつでもうまくいくとは限らない、けれども

 こういうことをやっている人達には、身体障害、頚損や脊損の方もかなりいますけれども、脳性マヒで生まれたときから障害をもっている人達が多いわけです。言ってみればこの人達は障害があることに関するプロなのです。プロフェッショナルです。つまり生まれた時からあるわけですから、それとどうやってつきあって暮らしていくのかということを、自分自身の問題としてどうしても解決しなければいけないのですし、となれば僕達みたいに生活の一部をそれでやっている人よりは真面目に考えるし、何かやらなければいけないわけです。ということで、体に障害がある人達はこういうものを作るのに適任なのです。つまり経験は長いし、そこから逃れられないし。障害は固定していますけれども、日常的な活動はできないわけではない。少なくても社会的なサポートがあれば、介助というものがあればできなくはない。そういう人達ですから、やりやすいということはある。だからここでは、利用者と提供者との関係について先にあげた第三点、提供者の方が強いということが言えない。そして、その人達が提供者になる、あるいは提供者をコントロールすることによって、あそこであげた難点を解決しようとしているわけです。
 それが多分、例えば病気がある人、それから例えば高齢者であったり、今僕が紹介したような人達の範疇から外れる人達になってくると、今言ったような話というのが、そのままでは通用してこない場面がある。これは当然のことだと思います。たとえば知的な障害がかなり重いということもあるでしょうし、単に障害があるだけではなくて病気で動けない、体の状態が悪い、車椅子なら動けるということではなくて、健康状態が悪いということですね、そういった人達を含めた場合に、今言ったいわゆる消費者の運動というか、利用者の運動としてどこまでそういうものがいけるのか、それは確かに、一言で言えば、難しいという話にはなるだろうと思います。
 ただ、難しいというのは最初からわかっていることで、身体障害の人達にとっても難しいわけで、こんなことを連中がするなんていうことを、20年、30年前の社会福祉の業界の人達が考えたかというと、それは想像だにしなかったことだろうと思うわけです。そういった意味では彼等はできないだろうと思われたことをやってきたということはひとつあります。
 それから、知的障害ということをさっき言いましたけれども、こういう話をすると、楽観的な話であると言われて必ず知的障害の話が出てくるわけだけれども。ただ、知的障害と一言で言いますが、いろいろあるわけです。例えば、その辺の動きでも最近、これはちょっとアメリカ経由っぽいところがあるのですが、これをご存じの方もいらっしゃると思いますが、ピープル・ファーストという動き、そして組織がアメリカ、カナダなんかに出てきている。つまり、これは要するに、我々は障害者である前に人間である、ということでピープル・ファーストということなのですが、知的な障害をもっている当事者の組織です。そういったものが、アメリカ、カナダなどでできてきて、これはおもしろいというので、実際に日本の知的障害のある当事者達が、アメリカへ訪問に行ったりして、何かこっちでもやろうという動きがポチポチと出てきてはいたりします。ですから、知的障害の中でもそういう動きが出ていますし、あるいは精神障害の中でも、この辺は僕はあまりよく知らないけれども、何かしらの形で当事者の動きが見られるようになってきた。だから、難しい難しいと言っている中から、ぼちぼち出てきているのは確かだということはひとつ言えるだろうと思います。話をそうやって追い込んでいく必要はないと思いますね。「でもこれができないだろう」、「でもこれができないだろう」、というふうにして話を悩ましくしていく必要は一方ではあまりなくて、できる部分が80%ぐらいあったりするわけですから、けっこうできちゃったりするものだよという開き直り方が一方にはあるだろうと思いますね。
 まあ、それにしても、確かにとことんできない人というか、そういう状態というものはあるもので、そのところをどうするのか。あるいはとことんと言わないまでもかなりできないという場合にどうするのかという話は当然ある。これはひとつは生命倫理の問題だと思いますし、そういうことについても僕は考えがないわけではないのですが、今日はそれについて一日しゃべる場ではないと思いますので★07。
 それと同時に、身体障害の場合は、主体は障害をもっている当事者が担っているて、実際にその命令を聞いて体を動かすのはある部分は健常者と言われる人達がやる。そこはそれで指揮命令系統というのははっきりしているとも言えるわけです。指示するのは当事者であって、指示されるのはこっちだと、はっきりしています。ただ、知的な障害があったりした場合に、そう単純な形ではいかないのは確かです。つまり、知的障害をサポートする、援助するというやり方というのは、どういうことになったりするのか、あるいは、障害者のサイドに立つということが具体的にどういうことであるのかということは、例えば知的障害ということが加わってくることによって難しくなってくるのは事実です。しかし、難しいのは確かなのですが、難しいことをどうするのかということを考えるのが、例えばそういうことに関心があったり、そういうことを研究したりする人達の商売でもあるわけです。そこのところは考えていく必要があると思います。これから考えていくべきだし、たとえばそのピープル・ファーストがいわゆる知的にノーマルな人というか、そういう人からどういう形で援助を受けるのか、どういう形の援助を受け入れられるかということを実際に考えてきた経緯というのもあることはあるわけです。そういったことも参考になると思います。

  ■5 原告の弁護を被告ができるだろうか

 そこで最初の話に戻るわけですが、例えば今高齢者にしても何にしても、要するに権利の擁護という話が一方にはあるわけで、これは非常に大切なことであることは疑いのないことです。アドボケイトという言葉の中には「代弁する」と「主張する」という意味と両方あって、セルフ・アドボカシーといった言い方もするようですが、自分がアドボケイト、権利を主張するということと、誰かが利用者の利害というものを代弁する、あるいはこの人のサイドに立つということと両方ある。特に主張するための能力・資源が欠けていけば欠けていくほど、その人のサイドに立って援助することが必要になってきます。
 しかし、そこの中でまたどうしても、プロパイドする側、たとえば具体的なサービスを提供する人が同時にその権利を擁護する側に立てるのかどうかということが、どうしてもひとつ出てくるだろうと思います。つまりユーザーの弁護を考えた時に、先にも言いました通り、ユーザーとプロバイダーはもともと利害が対立しうる人です。多くの場合は実際対立するわけです。つまり原告と被告という関係にもなりうる人達なんです。ところが、その、時に被告になりうるような側の人が、原告を弁護する弁護人の立場をとればよいというような言い方がなされてしまう。弁護する人とプロバイダーが同じであったり、つるんでいたりしたら、弁護の役割というのをうまく発揮するということは原則的にできないわけです。この辺の話がどこまで語られているのか、意識的になされているのかということに関して、僕ははなはだ疑問であるという感じが強くするわけです。
 つまりやはり最初の話に戻るのですが、とにかく何かしてあげましょうというスタイルで、ユーザーに対するシステムを一括して作ろうとしている。とすれば、例えば弁護する立場の人が仮に必要だったとして、その人というのはどっち側につくのだろうかということです。そういったかなりデリケートな問題が、グルッと一括した形で語られてはいないか。あるいはそういうシステムになりつつありはしないか。というより、医療とか福祉ではずっとそうだったのです。弁護ということもなかったわけですから。そういった感じがしています。その中で、さっき紹介した当事者の組織なり、当事者を含んでシステムを作っていくというコンセプトとなりというものが、どういう形で生かされているのか。生かされていかなければいけないと思いますけれども、そういうことが今後のというか、今現在中心的な問題になっているべきことではないだろうかというふうに私は考えております。
 そういうことで、いろいろな話をはしょって喋ってしまいましたので、なんだかよくわからない部分があるかと思いますが、僕自身が同じ人の話を長い時間聞くとだんだんイライラしてくる、そういうせっかちな性格の人なので、この辺でいったん終わらせていただきます。

 ■ 質疑応答

司会
 先生有難うございました。
 まだかなり時間があります。ざっくばらんなところで、皆さんとディスカッションができるといいと思います。とにかくまずオープンに皆さんの方から、ご質問なり意見なり募りたいと思いますが、何かありますでしょうか。

立岩
 では考えておいてください。考えながら。僕はしゃべる時は常に半ば行商人として本をこのように並べています。昨日も大きいリュックサックを担いで、松本の山から降りてきました。『生の技法』はだいたい僕等がやった仕事がまとめられた本です(→注01)。全国自立生活センター協議会という全国的な組織ができるちょうど1年前、1990年にに初版が出て、そういう動きが全国的に広がっていく中でボチボチ売れて、今年の5月に改訂版を出したものです。この本は僕が言うのもなんですが、おもしろいです。今日しゃべった話はこの本の後の方です。前半では、まず、実際に障害を持っている安積さん★08という知人、友人がいますが、その人が個人史的なことをしゃべっている。それから施設、それからユーザーのこと、それから介護、介助という人間関係をどう考えるかという話がいろいろ書かれている本です。
 あといくつか。僕が、過半数を占めてはいけない障害者以外の運営委員という形で運営に少しだけ関わっているのは「自立生活センター・立川」という立川市にある組織なのですが、もう一つ、先ほど少しお話しした「ヒューマンケア協会」という一番最初にできた老舗というか、その組織の仕事のいくつかもお手伝いさせてもらっています。そこで出したものがいくつかあります。一つは『自立生活の鍵』という題で、これはピア・カウンセリングというカウンセリングの思想とか手法とか、実際について書かれた本です。ひとつは『自立生活の衝撃』という、これはアメリカのムーブメントというか、実際の組織の運営、活動がどういう形で行われているかというものです。それからもう一つ、これは『ニード中心の社会政策』という、最初から大上段に構えていますが、今言ったような話をもうちょっと大風呂敷を広げまくって、今の既存のシステムを全部ひっくり返すのだという、まあ一応言うだけ言おうということで大風呂敷を広げたかな。もう少し広げてもよかったかな。そういう報告書です。僕もこの計画策定委員の一人、執筆者の一人として関わっていますし、今言った組織のメンバー達も関わったものですので、関心があったらどうぞ、ということです。★09

司会
 いかがでしょうか。お願いします。

質疑:
 私の職場というか、練馬区の方では「練馬区介護人派遣センター」というのがありまして、さっきのお話のように、地域の人が中心となって、1日1万5千円ぐらいで365日必要な方には介護人を派遣するということをしています。都内では今のところ一番多いのではないかと思うのですが、そういったお金があるからこそ、そこの組合に入っている人だけではなくて、うちの診療所の患者さんでは退院後にそれを利用でき、在宅での生活が維持できています。ただ今のお話を聞きながら考えたのは、例えば練馬にも福祉公社というのがありまして、さっきも先生がお話になったような仕組に近い、ただ骨子で実生活の処遇とはっきりうたっているわけではないし、公的な区のお金が半分以上なんですがそういう組織があります。供給者もほとんど区民であるとか、そういう運営になっている組織です。内容的には非常に弱いのですが、一方で組織している人数を考えますと、派遣センターの中で提供できている介護者の数と、都で福祉公社から提供している介護者の数というのは、10倍以上福祉公社の方が多いわけです。どこに行ってもかなりマイナーなグループという感じがしますので、それを先生のお話になるような趣旨に沿って、私も1972年に大学に入った時ですので自立生活運動とのお付き合いは長いのですが、どういうふうにしたら本当にメジャーになるのか。患者さんの疾患でいえば、たとえば24時間介護が必要な患者さんというのは、地域の人だけではなくたくさんおられるわけで、しかもその人達自身はそういった会との関わりもほとんどないし、家を出る、親元から出るということではなくて、逆に子ども達と一緒に暮らしたい、妻と一緒に最後の時間を過ごしたいという人もたくさんいます。そういった方達の24時間ケア等をどういうシステムで作っていけるのかということが、これからもっと大事な部分かなと。当然もっと量的にも要求されるし、ないと生きていけないし、ある程度メジャーな形で、誰もが利用できるシステムをどうやって作れるのかというのが大きな問題かなと考えています。今お話のあったような形のポリシーを生かせるメジャーな組織というか、システムというのがどうできるのか、そういうことに今関心があります。

立岩
 ありがとうございます。ちゃんとしたお答えにはあまりならないかもしれませんが、すごくローカルな話からすると、「練馬区介護人派遣センター」の運営システムというのは、私が今日しゃべった組織の形態とはちょっと違う、細かい運動史の話をするときりがありませんが、流れ的にちょっと違うというところがあって、かなりクローズドなシステムでやっているところがあります。それ以外のJILに加盟しているような組織ではわりあい来るものは拒まずというところがあって、基本的には開かれている。登録さえして、入会費さえ払ってくれれば一員になれますという形になっているのに対して、練馬の場合はわりと同志的な結合と言いますか、そういう形でやっているので、組織の形態が少し違う。広がり方も若干というか随分違うという感じはもっています。練馬のセンターに呼んでいただいてお話しをさせていただいた時に、その人達と話したことがあって、もっと開いてやった方がいいのではないのということを言ったことがあります。
 実際に今、組織をやっているのはCP等の障害者が多いと言いましたけれども、利用者としては、これは組織によって大分違っていて、基本的に高齢者ではない障害者を主なターゲットとしてやっているのだという組織もありますけれども、そうではなくて半数くらいは利用者が高齢者というタイプの組織もあります。それから、ALSの方のケアに携わった組織もあります。その場合は保健婦さんであるとか、お医者さんであるとかという人達との連携を取りながらやったという話を聞いています。
 こういったものがどうやって広がるかということですが、要するに今は人とお金だろうと思いますね。人の方は、いろいろな形で、なかなか苦労しながらも、そういう組織を担える人達を養成するという努力がさっき紹介した組織ではなされている。障害者の人達が運営の主体にする組織だけじゃなくて、いろんなかたちがありうると思いますが、少なくとも彼らはある程度のことをやっている。そしてお金さえあれば、そして一定のトレーニングさえすれば、実際に介助といった仕事を担う人は調達できます。実際、時給1500円くらいで求人広告誌に広告を出すと、数十倍、あるいはもっと多い応募があります。
 ただ、ひとつはお金の問題ですね。端的に言えばそういうことになる。奥の手みたいなものも含めながら、障害者は、かなりボコボコ周辺的なところから取ってきているのだけれども、おっしゃいましたように確かに地域的なムラというものがある。例えば練馬であるとか、立川であるとか、東京の西の方ですね、どっちかというと、かなりお金が出ています。まずそういう事実が確かにあります。ただこれは東京だけなのかというと、必ずしもそうではなくて、ここ3、4年の間ですが、去年静岡でも月20万ぐらいまで介護人派遣制度という形で出るようになったり、やはり兵庫、大阪あたりでも20万近くまで出ているようになっていますし。実際には、ちゃんとわかってさえいれば、日本の総人口の3分の1ぐらいはそういったものをうまく使えれば、使える範囲内に入っているとも言えなくもない。そういったことがまず言えます。ですから、まずその辺のことを、彼らをサポートする人がどのくらい知っていて、情報を提供できるのかという問題がひとつ。ただ、そうは言ってもまだ非常にムラがあるし、まだら模様だし、お金の出し方のシステムとしてもあまりうまくいっていないというのも確かです。そして制度が、いわゆる手帳をもっている障害者に限られていて、実際にはまさに障害者である、障害をもつ高齢者の相当部分はフォローされていないということがあります。
 そこで公的介護保険なのですが、公的介護保険というのは、ひとまずは、こういうことにかかる費用をどういうふうに出すかという話です。ひとまずはただそういうことです。厚生省が公的介護保険とかなんとか言うようになる前に、行政の方ではもうやりきれない、自分達お役所だけではもうやれませんと、やれませんから、皆さんお願いしますと、多少お金は出しますぐらいの感じで、わりあい民間の団体に対する助成云々ということは言い出してきてたし、それでこういう当事者団体と厚生省が交渉のテーブルについて、何かとディスカッションできるような体制になってきたのですが、今公的介護保険というのはそういう流れとは別のところで出てきているのではないか。公的介護保険の話の中にこういう話が出てこない。見えてこない。けれどもお金をどうやって集めるかという話と、その集めたお金をどう使うかということはセットになる話ですよね。
 例えば医療保険という保険があって、そこで集めたお金をどこに出すかとということと、医療を誰が、どういうやり方で提供するかということはつながっています。医療機関にお金が下りてきますよね。医療機関に下りてきたお金を、例えばお医者さんや看護婦さんにお給料として払う。公立の場合はたいていそれは赤字で、自治体からもう少しお金が出たりしているという形で運営されている。つまり実際の医療なら医療の供給体制というのが保険制度との兼ね合いで決まっている部分というのがあるわけです。
 それは公的介護保険でもまったく同じわけです。例えば、実際にヘルプする人、あるいはそのヘルプをヘルプするというか媒介する人、機関があります。お金をどこにどうやって下ろすのかという話ですね。どこに下ろすかという時に、どこならいいのか。例えばそれは役所に限るのか、あるいは社会福祉法人という法人格をもっているところに限るのか、それともそうではないのか。あるいはサービスを行う個人に対してお金を下ろしてもよいのか。また直接にお金を利用者に渡すいう方法を認めるのか。どういう条件があれば保険のお金が下りるのか、なんていう話を含めてしないと、あの話は最後まではくっつかないですよ。その話が少なくとも今は出てきてないわけでしょう。だからちょっと変なんですね。実際にそういう利用に関わっている人、供給に関わっている人、民間で細々とお金がない中でボチボチやってきた組織でやってきた人、実際の事情がわかっている人、そういう人達の声が今のところ出てませんよね。出てきていないし、聞かれていないのじゃないのかと。そのままずっといくとちょっとまずいかなという気がします。お金の出し方としてはそんなに悪くはないと思いますけれども。最後にはお金をどこにどうやって出すのかという話をしていかないとどうなるかわからないですよね。ということでその話がくっつくのではないかと思います。ダイレクトな答えではないですが、とりあえず。

司会
 他にありませんでしょうか。今回は発表で自立生活のことをやっていただく方があるんですが何かありませんでしょうか?

質疑:
 私は明日の研究発表に、「後遺頸損者の自立生活に関わって」という事例で医療機関から、またはMSWではどのように重度の障害者の自立生活に関われるのかというのを事例的に経験したので、皆さんに知っていただこうぐらいのつもりで用意したのですが、今日はこういう講演で、こんなタイムリーに話が聞けるなんてむちゃくちゃラッキーだなと感じて聞いていました。
 ただ、その中で医療機関のソーシャルワーカーがどういった立場で彼らに関わっていけるのか。私は今まで頸損者の若い人達に、おそらく200から300人くらい関わってきたでしょうか、数えたことはないのですが。ただ、今まではずっと家族との同居生活について、または施設へ入所という、その選択肢でしか動いてこなかったこと。今回のケースを通じて目からウロコもので関わってよかったと思います。立岩さんが言われるように、実生活に関わるということが非常におもしろいものだということを同じように感じているのですが、その中でソーシャルワーカーがどういう立場で当事者達に関わっていけばいいのか、最初に言われたユーザーとプロバイダー、そうするとワーカーはプロバイダーになるのかなと。そうすると、彼等と私たちとはやはりどこかで対立したり、利害がずれたりすることがあるのかな。もしくは最後の方で絵を書かれたユーザーとプロバイダーの間にあって、その関係をコーディネーションで第三者としてありえるのかなとか。そういうことを考えてみたいと思いますけれど。先生はそのコーディネーターの立場で仕事をされるかもしれませんが、そこを少しお話を聞けたらと思います。

立岩
 僕は正直言うとMSWというのが何をしているのかということを知らないのです。それを聞こうと思って今日は来たのですが、率直に言うとそうです、だから答えることはできないのです。ただ、こういう職種は非常にデリケートな職種ですよね、どう考えても。どういう場所にどういう人とどういう関係にいるのかということは、多分この職種というものが職種として成立するための一番重要なポイントであるという気がしているわけです。つまり、どういう関係にあるのか、どういう立場にいるのかということ自体が、この仕事の質というか、在り方を決める仕事だと思うのです。
 例えば、医者なら医者でとりあえずやることは決まっているわけですよ。切るとか縫うとか、薬を飲ますとか、注射をするとかいうことで、だいたい仕事は決まっていると思います。そういう意味ではスタンドポイントというのははっきりしている。僕は医者というのはそういうある種の技術職であって、あまりそれ以上は出しゃばらない方がいいと思うのですが。あまり立派な医者になろうとする必要はなくて、言われたことをちゃんとやる医者であればいいというふうに思ったりします。これは余談ですが。そういうスタンドポイントが決まっている仕事がありますね。ただMSWという仕事とかソーシャルワーカーという仕事は、どこにいたらいいのか。具体的にどこにいたらいいのかということが非常に深く問題になってくる。つまりありていに言ってしまえば、どこから給料が出ているのか、どこの組織に属しているのか、どういう決定メカニズムの中にいるのか、そういうことが仕事の上で非常に重要だと思いますね。そういうことは実際にどうなっているか知らないし、わからないのですが、非常に大切なことのような気がします。
 今日しゃべった話にも関係ありますが、お上から言われて作った、そういう民間の組織は一杯ありますね、何とか法人っていって、天下り官僚が来るみたいな、そういう民間の組織がありますけれど、そうではない実際に自分達が作った非営利の組織に対して、日本の場合はお金が下りない。全体として、そうではないところに金がいくというシステムに実際になっているわけです。福祉畑であればそうですね。例えば、社会福祉協議会というのがあって、あれも一応は民間団体です、市役所からの出向とかけっこういますけどね。一般人に聞くと、80%の人があれは役所でしょと言いますが、あれは民間団体で、社会福祉法人だったりするのですが、例えばお金が出るのは社会福祉法人の社協、それから一定規模の施設、そういう所にしかお金は出ないのです。行政以外には。そうすると、人をフルタイムで給料払って雇える所となると、今はそういう組織しか人は雇えないわけです、簡単に言うと。実際には今日紹介した組織でも、お金の取り方のうまい所ではそれなりに何人かの人をフルタイムで働かせるようになっています。障害基礎年金と組み合わせてだいたい月に20万円くらいスタッフに給料を出せているところもあります。ありますけれども、多くはそうはうまくいっていませんよね。そうすると、現実にはどういう形にせよ、医療機関にせよ、何にせよ、人はフルタイムで働いて給料をもらって、やりたいことをやろうと思ったら、ある程度の規模の組織にとりあえずつくしかないと思うのです。今の日本の現況というのはそうです。ユーザー側をみると、小さい組織をみると、人はいない、人手は薄い、そしてお金がない、そういった状況で今はやっているわけです。
 僕は多分医療に関係する、福祉に関係する組織、仕事というのは、どっちの方がやりやすいのか、社会的なポジションとしてどっちがいいのかなと考えたときに、今ある組織の意義というものが失われるということはないと思いますけれども、同時に、そういうのではない、もっと自発性の強い組織みたいなものが大きい役割を果たしてもいいのではないかと思っています。だけれども実際には、とにかく給料を払って雇えるのは一定規模の組織だけですから、そっちに人がつくわけです。僕だって国立で飯を食っていて、ユーザー側の組織に関わるときにはボランティアというか。
 ただ、現状はこうであって、僕等は現状の中でどうしていくか。今いる組織に属しながらどうやっていくのかということを日夜皆さんは考えているのだと思うのですが。動きにくいこともあるだろう。もちろん、これは単純過ぎる図式です。
間にいたいのが、どうしてもプロバイダー側から給料が払われているから、どうしてもこういうことになってしまうということも含めて、いろんなことが出てくると思うのです。
 だけど、ドラスティックに変わることというのはなかなかないと思うのですが、戦略としてどっちの方向を向いていくか。例えば、ある動きがあったとして、ユーザー側に向かう動きなのか、プロバイダー側に引き付けられていく動きなのかということを判断する必要が出てくることもたくさんあると思います。それから、僕は医療のことをあまり知らないのでこれはこれから勉強しようと思っているので、いろいろ教えてもらいたいのですが、例えば今、在宅福祉は全国的に見れば、圧倒的に社協がやっているのですよ。社協というのは給料があるのですよ。ある意味では施設型以外の、在宅福祉をやっている人を雇える数少ない民間組織なのですよ。やっていることはつまんないのですよとは言ってはいけないですが。いろいろおもしろいことをやっているところもあるのですが、そうですね、わりとつまらないところが多いわけです。
 今はこういう状況です。だけど、これはすぐには変わらないとは思うのですが、ただ動かし方としては、仮に既存の組織とそうじゃない組織が同じ仕事をしている。場合によっては後者の方がいい仕事をしている場合には、前者をつぶせとは言わないですが、今まで前者だけに出ていたお金を後者にも出すようにしたらいいと思うんです。あるいは、いっそのこと利用者にお金を渡してあとは利用者に委ねるとか。そういう方向にだんだんと向けていったらいいと思っているわけです。そうすると、場合によったらつぶれる社協が出てくると非常に愉快でいいなと思うのですが、個人的には。そんなこと言ってもいいかな。でもオフレコではありません。
 社協というのは地域に1個しかない。だからお山の大将なのです。でも、当事者の組織として似て非なるものが出てきてはいるのです。そうしたら、どっちも互いを意識するわけです。例えば保険なんかによる支払いの場合は、これはマーケットメカニズムそのものではありません、価格競争は起こらない、サービスの値段は同じかもしれないですが、でも価格が同じならやはりこっちの人の方が人の当たりがいいとか、あっちは何だかお役所臭くて嫌いだとか、そういうふうになったら、こっちの方に人が流れるかもしれませんね。こっちの方がいいではないかということになる可能性はあると。お金の動かし方、動かし方のシステムを変えていくという方向があると思います。全体のとらえ方としてそういうふうに見ていく、供給主体を多様化していくという方向があると思います。
 今NGOにしても何にしても、けっこう皆かなりきびしい状態でやっているわけですが、なんとか給料がでるようになる。あっちより給料が悪いかもしれない。あっちが10とすればこちらは6ぐらいかもしれないけれども、仕事はこっちの方がおもしろい。そういうふうになれば、こういう活動というのがもっと大きくなって、何か両方ともおもしろくなるのではないかなという楽観的な、楽観的ではなく希望をもっているわけです。つまり仕事がおもしろければ給料安くてもいいわけです。生活ができなければ困りますけれども。だから、こっちは給料は10だけど仕事はおもしろくなくて、こっちは6だけれど仕事はおもしろいとなったら、人はこっちになびくかもしれない。というようなことを福祉の関係であれば、僕は想像したり、考えたりするわけです。これと同じようなことが、例えば医療なら医療、他の医療本体とはちょっと違うかもしれないけれども医療に関わるようなさまざまな仕事について、今言ったようなこととちょっとパラレルなことが考えられないだろうか、という気がします。
 例えば、これは少し話がずれるかもしれませんが、助産とか看護とかいろいろな仕事がありますが、今までだったら、とにかく大きい所に、そこで雇われる形で、助産婦さんもいれば、看護婦さんもいたわけです。でも考えてみたらたとえば訪問看護という仕事というのは今の組織形態というのを前提にしなければ供給できないものなのかという感じが正直いってするわけです。訪問看護ということを考えたら、あれは本当を言えば開業したっていいわけです。訪問看護婦さん何人かで会社を作るなり、非営利の組織を作るなりして、独自に活動しても本当はいけるはずですよ。そういう活動の仕方もできるわけですね。
 というようなことも射程に入れて、そういうことも考えた中で、実際にMSWというのが何をなさっているのか知らないけれども、どういう辺りに自分を位置付けて、自分の仕事を位置付けていくのかということが、考えられうるのではないか。MSWという人が、直接のサービスの供給者と利用者の間にいたっていい、あるいはいた方がいいとしましょう。もちろんMSWの仕事も直接のサービス提供だと言えますけど、それはここではおいといたっていいでしょう。すると、医療機関に属するというあり方自体が唯一の、最善のあり方であるとは言えないかもしれない。もちろん同時に、情報の得る場合でも、ものを言っていく場合にも、組織の中にいることによる利点も多くあるだろうと思います。そしてももちろん、現実には、これはまったく現実的ではない。今のところ、医療機関を離れて職業として成り立たせていくという可能性がないと思います。しかし、どっかにそういうことがあってもよいのだという視点をもっておくことはできるのではないかと思います。その上で、現在の位置で何ができるか、何をやっていくとおもしろいのかを考えるということもできるのではないかと思います。

司会
 MSWが何をしているか、一番よくわかっていないのは自分達ではないかと私は思うのですが。昨日病院で何をしてきたか、皆思い出せると思うのですが、私達が総体的に何をしていますかと言われた時に、やはりまだまだ漂っている。漂い続けなければいけないのかもしれませんし、漂っているのはまずいことなのか、それはよくわかりませんが、まだまだ漂っているというのがソーシャルワーカー達だと思います。
 一つ私の経験をお話させていただきますと、先程立岩先生がおっしゃったプロバイダーがユーザーと同じではないし、ユーザーをわかることはできない。そして時にはまったく関係のないところにいるということ。痛感されることが皆さんもあると思うのです。私もあるCPの患者さんが、いわゆる自立生活に準ずるような形で一人で暮らしてみたいということをおっしゃって、さっき立岩先生のお話に出てきました特別基準ですね、政府の介護加算、当時私達の方で勝手に計算して月に50万ぐらいだったと思うのですが、計算が間違っているのでしょうか。それは市の方にお願いして、そうしたら市の方で一応受け付けるというか、受理はしてくれたのです。厚生大臣にもっていかなければいけないということがあるので、答えが出るまでに6カ月くらいはかかるだろうと。その間生保自体は措置が中ぶらりんになりますと、お金が一銭も動きませんということを言って来たことがあります。何だそれはと元気に怒りまして、いざとなったら厚生省の前でハンストでもするかという気分になっていたのですが、その患者さん自身が地域の大学の医学部の学生さんを中心にあっという間にボランティアの組織を組み上げてしまいまして、もう行政のお世話になる必要はないという状況が1週間ぐらいでできてしまいました。その連絡が私の方に入った時に、非常によかったなと思ったのですが、自分がどこにいるのだか、一瞬わからなくなってしまったことがあります。行政と喧嘩する気になってかなり元気な気分になったのですが、おかみさん自身の方で自分は時間がないと。アテトーゼがかなりありますから、頚髄症は進んでいまして、いつかは寝たきりになるのだと。この時間がないのに、市と喧嘩している暇はないのだと。行政が相手にしてくれないのなら、自分でやるということをおっしゃって、医学部の有志があっという間に30人くらい集まって、これはラッキーだったと思いますけれども、状況が出来ました。このような時に、患者さんにとっては本当によかったなと思うのですが、ソーシャルワーカーってどこにいるんだと思わざるを得ない時が皆さんにもあると思うのですが、いかがでしょうか。

立岩
 50万はいわゆる生活費の部分を含めたすべてでしょうし、あと、全部合せてもそんなにこないかとも思いますけど。それから、6カ月もかかりません。生活保護本体は、もちろん交渉いかんというところもありますが、すぐ出ます。そして介護加算が生活保護本体が出始めた時点にさかのぼって、承認まで何か月かかかればそれだけまとめて、そのうちにまた払われます。
 僕は思うのですが、やらなければいけないことって非常に一杯あって、やりたいことも含めてですね。多分個人では処理できない量になっていると思うのです。例えば介護サービスひとつを取ってみたって、それは制度が悪いので一本化されていなくて、わけのわからない付け焼き刃、付け足しみたいな制度がゴチャゴチャあるからということがあるんですけれども、一人の力ではその全容はわからないわけです。本当を言うと、それはもう自分達がやらなければいけないと思う必要はなくて、誰かがやればいいのですよ。誰かがちゃんと知っていて、誰かがちゃんと知っているということを、自分が知っていればいいんですよ、基本的には。そして自分の仕事が減っていって、無くなったらMSWというのも無くなればいいわけです。そうしてやっていっても多分なくならないと思います。そうやってやれるところを他の人にやってもらうというふうに切り離していたところで、何か仕事は残るのだろうと思います。例えば、さっき要求者組合ということを言いましたけれども、そこはとにかく、生活保護の介護加算に関してはプロ達です。厚生大臣に手紙を書かなければいけないと言いましたが、それの見本を提供しているわけです。電話をかけると見本が送られてきますので、実情に合せて少し変えればいいわけです。それから生活保護を支給させる方法、支給を急がせるための方法について教えてくれます。そういうサービスを実際にやっているわけです。そういうことは長年あの人達が、とにかく生活保護でずっとやってきて、これだったらこれとかいうことがわかっているからできるわけです。全てのMSWがそういうこと全ての専門家になることはとうてい無理な話ですし、でもそういうことをやっている人達、そういう活動がいろいろなところにボコボコ出てきて、そういうところとちゃんとつながっていけば、かなりのことができるのだと思うのです。そういうことです。
 ここから宣伝になりますけれども、信州大学の医療技術短期大学部で、福祉関係と医療関係の制度とか、あるいは何でもいいのです、民間団体とか、そういうものに関する情報の提供をやろうと思っています。インターネットで。インターネットに入っていないという場合が非常によくあるので、それが大問題なのですが、それはぼちぼち解決されるであろうという非常に楽観的な予測のもとに、インターネットでやろうというプロジェクトが立ち上がっています。仕事はまだやっていません。これからやります。パソコン通信などやっている方はIDなどの知らせていただければそのうち何かお知らせします。僕等は、直接の利害とは関係のない、それで給料をもらえるわけではないですし、深刻なニーズをもっているユーザーではないので、どこまで真面目にやるかはわかりませんが、そういうことも考えていますので、もしよろしかったらどうぞご検討ください★09。

質疑:
 最後のところでお聞きしたいことがあるのですが、こんなに押し詰まった時間に申し訳ないのですが、1点だけ先生に今後の事について教えていただきたいのです。マーケティングの部分が、いわゆる医療、福祉に本当に存在するのかということに非常に悩んでおりまして、私は実は今年の8月に今まで何年間のそうまとめという感じで地域医療研究会というのがありまして、出掛けて行く中で3カ月ぐらいちょっと悩んだのですが、いわゆる今から今後医療の改正を含めて、2000病院ぐらいがつぶれると言いますね。公的介護保険が入ってくると、老人保険施設を中心として、老人ホームの措置が外れていく。老人病院が公的介護保険に入っていく。そういった中で、消費者である患者さん達、ご家族、市民ですか、その部分と医療という部分が構造的に変革していくようなことというのは予測がつくことなのでしょうか。

立岩
 ちゃんとした答えはできませんけれども、今起こりつつあることというのは、ちょっとはすから見るとそういうことで、公的介護保険ということに関して、どこがどういう形でお金をもらえるかというか、噛んでいけるのかというせめぎあいみたいなものが、実はその報告書の類いみたいなものを丹念に読んでいくとけっこう見えてくる。つまりひとつは実際にどこで面倒を見るかという話の中では、それはまずは老人の施設ですよね。場合によっては病院という看板を外してそういう形に移行していくのか。そういうことも含めて、別の制度に移行する中で、今ある主体がそのままで、あるいは看板を掛け替えて受け皿になっていこうとしているという動きがまず実際にあると思います。そういうポリティックスの中で動いている部分というのはあると思います。
 それから、もうひとつはケア・プランとかケア・マネジメントという話です。誰にどんなどれだけのケアを供給するのかを調整するという仕事を誰がどうやってやっていくかという話の中で、沢山いろいろな人が手を挙げているわけです。つまり、日本医師会はかかりつけのお医者さんが第一ですという形で手を挙げていますし、日本看護協会は看護協会で。そういう同業者の皆さんも、日本医師会というのは、武見太郎さんはとっくに死んでいまいませんが、今でもそれなりの政治力をもっている。そういう組織がケア・マネジメントなり、実際の供給なりの場面に自分達の仕事を確保しておきたい、あるいは何とか職域を増やしたいという形で入ってきているという事実があります。
 それはある意味では当然のことなのです。そういう仕事をしている人達は生活がかかっていますから、当然そういう動きは出てくるわけだけれども、ただそれでストレートに行ってしまうと、さっきも言いましたけれど、あまりおもしろくないなという感じがします。おもしろくないというのは今ずっと話してきたことなのですが。そこでとにかく、だれがそういう動きに対してどういうことを言うかという話になってくると思います。という話にずらしてしまいましたけれども、結局そういうところで声を出している人がいないのです。つまり日本医師会というのはちゃんとあって、ちゃんと自分の収入の中から会費も払ってそれで見返りも来るわけですから、ちゃんとした組織になるわけですが、そうではないサイドの利害を代表する組織もないわけですし、そういうところに一定の歯止めをかけるという動きが出にくいということがあります。それはかなり大きな問題なのです。ですけれども、そこを何かだれかが言うしかないということで、例えば障害者関係に関しては、とりあえずさっき言ったそういうセンターも協議会もあるので、何か言いなよと後ろの方から言ったりしているのですが。ということで、きびしいものがあったりすると言いましょうか。けれど、そういうところから今の論議というのは少なくとも見ておく必要はあると思っております。答えにはなっていませんが、とりあえずこんなところで。

司会
 有難うございました。他にはありませんか。時間になりました。では立岩先生の講演の方は終わりにしたいと思います。立岩先生、長い時間ありがとうございました。

■注

★01 安積純子・尾中文哉・岡原正幸・立岩真也『生の技法 ―家と施設を出て暮らす障害者の社会学― 増補・改訂版』,1995年5月,藤原書店,366p.,2987円
★02 杉原素子・赤塚光子・佐々木葉子・立岩真也・田中晃・林裕信・三ツ木任一「障害者の住まい方に関する研究(第2報)」厚生省心身障害研究,主任研究者:高松鶴吉『心身障害児(者)の地域福祉に関する総合的研究 平成6年度研究報告書』。同「障害者の住まい方に関する研究(第3報)」『同 平成7年度研究報告書』。インターネットのホームページ(→★09)で読めます&読込めます(→「人」→「立岩真也」)。紙数の関係で情報量が少ないのが難点。1997年にはより詳しい報告書を作成する予定。ちなみに「療護施設自治会ネットワーク」という組織が活動を始めています。こうした活動も重要だと思います。
★03 この組織の情報提供部門を別組織にして――というより実際はややこしいのですがそれはおいといて――「自立生活情報センター」という組織ができました。そこから本がでました。自立生活情報センター編『HOW TO 介護保障――障害者・高齢者の豊かな一人暮らしを支える制度』,1996年9月,現代書館,150p.,1500円。これは役に立つ人には大変役に立つ本です。書店でお買い求めください。もちろん要求者組合のことなども載っています。自立生活情報センターの御協力を得て、提供していただいた情報をホームヘージで読めます&読み込めます(→「「自立生活情報センター」からの情報」)。
★04 千葉大学文学部社会学研究室『NPOが変える!? ―非営利組織の社会学(1994年度社会調査実習報告書)』,1996年3月,千葉大学文学部社会学研究室&日本フィランソロピー協会,366p.,1500円。アメリカの法律のこと、人材のこと、お金のこと、主婦のボランティア、企業人のボランティア、ワーカーズ・コレクティブ、在宅福祉、街づくり、フリースクール、関連文献リスト、等々。拙稿「社会サービスを行う非営利民間組織の場合――自立生活センター(CIL)から」、1996年3月、住信基礎研究所『平成7年度「市民公益団体の実態把握調査」依託調査結果報告書』(経済企画庁依託調査)といったものもあります。こちらの方は、ホームページで読めます(「人」→「立岩真也」)
★05 1996年の秋には60になりました。上記『生の技法 増補・改訂版』の第2刷には1996年3月現在の55団体の連絡先が掲載されています。
★06 今、『所有・他者・生命』という仮題の本を書いています。私が基本的なこととして考えておこうと思うことについて、できるだけのことを考えたものです。うまくいけば、1996年中は多分無理で、1997年に出版されます。
★07 安積遊歩(『生の技法』では純子という名前で出ています)。骨形成不全の障害があって,22歳で一人の生活を始め,福島から東京に移り,アメリカで学び,今全国を飛び回って,カウンセラーとして,また女性障害者の権利擁護のために,講演等々の活動を行っています。著書として『癒しのセクシー・トリップ――わたしは車イスの私が好き!』、1993年、太郎次郎社。彼女は1996年の5月に女の子を出産。その前後を追った番組が教育テレビで放映されました。
★08 ヒューマンケア協会『自立生活への鍵――ピア・カウンセリングの研究』、1992年9月,ヒューマンケア協会,110p.,1200円。ヒューマンケア協会地域福祉計画策定委員会『ニード中心の社会政策――自立生活センターが提唱する福祉の構造改革』、1994年8月、ヒューマンケア協会,88p.,1000円。ヒューマンケア協会編『自立生活への衝撃――アメリカ自立生活センターの組織・運営・財務』、1991年11月,ヒューマンケア協会,1000円。★01・★04・★08にあげた本は、御注文をいただければ、私の方からお送りいたします。『生の技法』は著者割引価格2400円。書籍小包の送料を負担していだたきます。御送金は現物到着後、郵便振込を御利用いただきます。『生の技法』の印税はNPO・NGOの支援に、★04の本からの収入は印刷屋さんへの支払いに、★08の本からの収入(依託販売、少し取り寄せに時間がかかるかもしれません)はヒューマンケア協会の運営にあてられます。
★09 ホームページ《生命・人間・社会》(仮称)を開設しました(1996年6月)。ひとまず立岩真也(社会学)が担当し,とりあえず以下のような項目で始めます。「これからあること」「いまおこっていること」「本の紹介」「雑誌の紹介」「ホームページの紹介」「人」「(民間)組織」「学会・研究会」「追加・更新された情報」「メイルの紹介/討論…(準備中)」「NPO(非営利組織)」「障害があって暮らす&暮らすために」「「自立生活情報センター」※からの情報 ※介助保障,生活保護…に関する情報を提供する最強のNPOです」「社会福祉」「医療と人間・社会…生命倫理」「募集・お願い」。ここからいろんなファイルにリンクされていきます(計1400ファイルくらい?,総計10メガバイト超)。全て文字,今のところ一つも絵やら写真やらがない無愛想なものです。だんだんと役に立つものに仕立てていこうと思います。御利用,御助言,御協力…よろしくお願いいたします。お問い合せ,そしてなによりここに載せる情報等,TAE01303@nifty.ne.jpまで,よろしくお願いいたします。
 以上,お問い合せ等,以下にお願いいたします。390 松本市蟻ケ崎1892-4 phone & fax 0263-39-2141 TAE01303@nifty.ne.jp, (tateiwa@gipac.shinshu-u.ac.jp)/勤務先:260 松本市旭3-1-1信州大学医療技術短期大学部 phone 0263-37-2369[自室]fax 0263-37-2370[学部]。

                               (45行×24頁)


UP:1996 REV:
立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa
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