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公的介護保険の何が問題か

立岩 真也 19960430 『あくしょん』34号

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last update: 20161030


 当初の厚生省のおもわくとは異なり、そんなに簡単には公的介護保険制度は実現しそうにない状勢だ。問題とすべきこと、対案を出すべきことは多々ある。もたついている間に、はっきりしたことを、利用者=当事者(の団体)が主張する必要があると思う。
 第一に、支給対象年齢の制限。ほとんど当たり前のように「高齢者」の介護保険として語られているが、年齢を制限すべきまっとうな理由はない。研究者グループの提言の一部にも年齢制限を否定する主張がでてきている。そうした主張も参考にしてよいだろう。そして制限すべきでないという主張は、単に「障害者」も一緒にしてよ、ということではない。(だいたいそういう分け方がおかしい。「高齢者」の中のある人が介助を必要とするのは、その人が「障害者」だからだ。)次に述べる第二点、第三点とも関わることである。今回の議論に介助される人の発言はほとんど出てきていない。介助を必要とする人がいろいろ言えることが大切だ。もちろん高齢者だから主張できない、何か言える能力がないと言うのではないが、それでも、たくさん文句を言い主張する元気は、比べれば若い人の方があるだろう。文句を言える人をたくさん含まないような制度は駄目な制度だと思う。
 第二に、必要量の設定。誰がそれを測るのか、その前に、どの場合に介助がどれだけ必要かという基本的な基準をどこに置くか。これを決めるのは確かに大変なことだが、介助を得てきた人や自立生活センターなどの組織にはそれなりの蓄積がある。これくらいの暮らしが必要で、そのためにはこのくらいの介助が必要だという案を出していける。
 第三に、サービスの供給主体。今のままではお金の集め方と出し方が変わるだけである。今までよりましな供給システム、つまり、利用者が主体となる組織、利用者が参画する組織が使えるような制度である必要がある。 要するに、今回の議論はみんな、高齢者の介護は大変だ、負担だ、という介助する側、しないといけないと思っている側の暗い話ばかりだ。大変ではないと言うのではない。利用者サイドがものを言い、システムを作っていくという、障害者の介助についての議論や試みの中にある元気さ、おもしろさがないということ、おもしろくないように制度が作られつつあるということだ。障害者運動の蓄積はこの辛気臭さを変えられるはずだと思う。 「介護保険」についてもう少し詳しく『福祉労働』六九号に書いた。また介助システムをどうすべきか、『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 増補・改訂版』(藤原書店)に書いた。民間組織の役割については報告書『NPOが変える!?――非営利組織の社会学』を最近出した(一五〇〇円)。ご注文・お問い合せはFAX〇二六三−三二−六〇二三、ニフティ・サーブTAE〇一三〇三、立岩までお願いします。インターネットを使った情報提供も始めるつもりです。


UP:1996 REV: 20161030
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