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書評:黒田浩一郎編『現代医療の社会学――日本の現状と課題』

立岩 真也 『日本生命倫理学会ニューズレター』10,pp.6-7(19960330)


 大阪で続けられている「社会学と医療」研究会に参加する12人の研究者によって書かれ、全12章からなる。章立ては、「医学」「医師」「病院」(以上、第I部「近代西洋医療の中心構造」)、「患者」「看護婦」「製薬産業」「国家」(第II部「近代西洋医療の支持構造」)、「精神医療」「非西洋医療」「先端医療」「死の医療化とターミナル・ケア」「健康ブーム」(第III 部「近代西洋医療の周縁領域」)。実に様々なことについて様々なことが書かれているが、「社会統制」、「利害」、総じて<政治>という文脈で医療に関わる諸現象を読み解こうという姿勢が基本にある。「病人役割」(パーソンズ)、「全制的施設」としての病院(ゴフマン)、といった社会学ではよく知られている概念?も使いつつ、主に日本の、現在に至る現実に即して、記述・分析が行なわれる。既に知られていることをまとめた教科書の類いではなく、それぞれが独自の分析を提示しようとしている。まずこれは「使える本」であり、間違いなくお買い得の一冊である。医療を対象とする(少なくともある種の)社会学のものの見方を知ることができるし、知識として得ておくべき事実が多く記載されてもいる。
 数多くのことを一冊に圧縮した本だから、何かに絞って論評してもこの本のことが伝わるわけではないと思う。むしろここでは、こうした性格の本にそもそも求めることが無理難題なことを記し、<希望>について述べよう。
 たとえば社会学と<倫理>とはどのように関わるか。一つに、人は倫理のレベルでものごとを語っているが、実際にはそこは利害が作用している場であって、それを無視してはならないと理解することであり、そのような「教訓」を受け取ることである。もちろんそれは正しい。しかし、そのこと自体は、こと細かには知らないまでも、どこかでもう私達が知っていることではないか。世をすね、斜めに構え、常識を破壊する学、というのが社会学の一つの定義なのだが、ここではそれが既視感をもって受け止められる。
 これを打破する特権的な方法はない。ただ、主流となっている現実であれ、今はまだ傍流の動きであれ、それを、十分に、記述することによって、また、可能な限り、思考することによって、事態の必然性と恣意性、限界と可能性を示せた時、「そんなことはもう知っている」という私達の怠惰をうつことができることがある。繰り返すと、この本は必要な本である。ただその先の作業がある。そして著者達はこのことを分かっていると思う。

◆19950425 黒田浩一郎編 『現代医療の社会学』,世界思想社,278+7p.,1950円
 http://www.sekaishisosha.co.jp


UP:1996
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立岩 真也
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