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代理生殖

立岩 真也 19960228
比較家族史学会編『事典・家族』,弘文堂
http://koubundou.co.jp/


 1200字

 人工授精・体外受精の技術の登場により,性的な関係を持たずに提供者の精子・卵子・子宮を利用することによって,他方で多くの場合は子を持とうとする側の遺伝的なつながりを保ちながら,子を持つことが可能になる。精子・卵子・子宮のそれぞれについて子を持とうとする当人のものの場合と提供者のものの場合を想定でき,また卵子と子宮については提供者が同一の場合と各々異なる場合がある。以上から提供者が関与する型が9通りあり,ここには全てが提供者のものである場合も2通り(卵子と子宮が同一の人の場合と別の人の場合)含まれる。技術的にはその全てが可能である。さらに子宮を機器または人間外の生物により代替することも考えられないことではない。代理生殖という語は一般にはあまり使われないが,以上を総称する語として用いることができる。この中で最も数多く実施されているのは,非夫婦間の人工授精(AID,精子が提供者のもの)だが,特に問題になるのは,依頼された女性が出産に関与する場合である(代理出産)。1970年代後半に始まったもので,依頼された側を「代理母surrogate mother」と言う。多くは人工授精の技術が用いられ,精子は依頼者,卵子は提供者=代理母のものだが,体外受精を用い,精子と卵子ともに依頼者側のものである場合もある。この場合の依頼に応ずる側を「サロゲイト・マザー」と区別して「ホスト・マザー」と呼ぶことがある。
 これらの多くは不妊症の場合に用いられるが,それ以外の理由で用いることも可能であり,さらに単独の男性・女性や同性愛者のカップル等も利用できる。誰が,どのような理由で,親となることを許容されるのか,あるいは制限されるのかが問われる。そして特に有償の代理母契約について,提供者側,特に女性の身体を商品化し搾取するものであるといった批判があり,これに対しては,身体の自己決定権という立場からの肯定論,容認論がある。また,人身売買ではないか,生まれる子そして家族にこの技術が何をもらたすのかといった点も議論されている。ドイツは代理母斡旋と代理出産への技術的関与を禁止している(1989年の「養子斡旋および代理母斡旋禁止に関する法律」と1990年の「胚保護法」)。フランスでは有償・無償を問わず代理出産契約は民法で無効とされ,斡旋は刑法で罰せられる。他方,英国では商業主義的な仲介業だけを禁止している(1985年の「商業代理出産斡旋法」)。また米国では州によって対応が異なり,10州で有償の契約を無効としているが,個人の権利の範囲内だとする主張も他国に比べて強い。代理出産の斡旋業者が活動しているのも米国においてであり,1980年頃からの10年余りに約4000人の代理出産による子が生まれたと言われる。また,1986〜1987年のいわゆる「ベビーM事件」をはじめ,契約の有効性,子の親権を巡って依頼者と子の引き渡しを拒む代理母との間でいくつかの裁判が争われてきた。日本国内では行なわれていないとされるが,関連の法律はなく,1991年に米国の仲介業者の情報センターが日本に開設され,ここ等を通し海外で代理母と契約して子を持った事例があることが報じられている。(立岩真也)

[参考文献]Rita Arditi et al. eds.,Test-Tube Women: What Future for Motherhood ?,Pandora Press, 1984(ヤンソン由美子訳,『試験管の中の女』共同通信社,1986).
Phillis Chesler, Sacred Bond : The Legacy of Baby M, 1988(佐藤雅彦訳,『代理母――ベビーM事件の教訓』平凡社,1993).Duelli Klein, Renate ed., Infertility : Women Speak Out about Their Experiences of Reproductive Medicine, Unwin Hyman, 1989(「フィンレージの会」訳,『不妊――いま何が行われているのか』晶文社,1991).お茶の水女子大学生命倫理研究会『不妊とゆれる女たち――生殖技術の現在と女性の生殖権』学陽書房,1992.石井美智子『人工生殖の法律学――生殖移植の発達と家族法』有斐閣,1994.


REV: 20161031
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