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生物学的には,DNA分子中の遺伝的に固有の意味をもつ決まった長さのヌクレオチドのこと。メンデルは1865年にエンドウでの実験から遺伝子の存在を論じ,ヨハンセンはこの因子を生殖・遺伝を意味するジーンと呼ぶことを1909年に提唱した。その後も長くその正体は不明だったが,1953年のワトソンとクリックによる二重らせんモデルの提出を画期として,分子生物学が隆盛し,その構造が明らかになるとともに,遺伝子に関連する応用技術としての遺伝子工学が発展してきた。人の遺伝との関わりでは,分子生物学以前からの人類遺伝学・臨床遺伝学等の知見の蓄積と,それらに基づき行われてきた遺伝相談の歴史があり,遺伝子に関する知識・技術は,ここに加わるとともに,1960年代以降本格化する出生前診断や新生児スクリーニングの中に用いられるようになる。また,1990年から米国・日本などでヒト・ゲノム解析計画が進められている。疾病に関わる遺伝子の確定と治療がその目的の一つだが,現在のところ遺伝子治療が可能なのはきわめて限られた場合である。他に,犯罪操作などにDNA鑑定が用いられている。遺伝的な性質を知ること,また知った上で例えば子を持つこと持たないこと,そして遺伝的な性質を変えることが,どのような場合にどれだけ,そして誰に許容されるのか,義務づけられるのか,特に誕生と遺伝子の継承に直接関わる家族成員がどのように位置づけられるのかが問われる。子に対しては子以外の誰もが他者である以上,家族成員の特権性は自明ではないのである。(立岩真也)
[参考文献]飯沼和三・大泉純・塩田浩平『先天異常を理解する』日本評論社,1991.立岩真也「出生前診断・選択的中絶をどう考えるか」,江原由美子編『フェミニズムの主張』勁草書房,1992.