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NPOがやっていること、やれること

―自立生活運動の現在・13―

立岩 真也 19921225 『季刊福祉労働』68:146-151


 →『生の技法 第3版』

 一回お休みをいただいた間に勤め先が変わり、引っ越しをしました(〒三九〇 松本市蟻ケ崎一八九二−四、ファックス&電話〇二六三−三九−二一四一)。
 もともと何か筋のある話ではなく、始まりも終わりもないようなものですが、今回と次回でこの連載?を終わらせます。一つ一つのことをある程度詳しく報告するというのが一つの目的だったのですが、各種のメディアが発展してきており、かなりの質・量の情報が入手可能になってきました。また私自身の方でも、介助システムのあり方について、自立生活センターの活動については、まとまったものを書くことができました。今回は、前半で、これまで見てきたもののそのの後、といった意味も兼ねて、いくつかを紹介します。今後、これまで本誌でやってきた方向での情報提供が意味を持つとすれば、それは、どのメディアにどういうことが記載されているかを紹介するといった、これまでより縮小された作業になるだろうと思います。
 こういう動き自体が、ここ何年かの運動の進展の中の大きな部分を占めていると思います。そしてこれは、民間組織の活動の一部として現れてきているものです。後半では、最近マスコミなどでもしばしば取り上げられるNPO(ノン・プロフィット・オーガナイゼーション、直訳すれば非営利組織)というものについて、少し考えてみます。

■ やっていること
★ 「DPI日本会議」(〇三−五二五六−五三六五)が、権利擁護活動の重要な部分を担ってきたことはご存知のことと思いますが、その中の「DPI女性障害者ネットワーク」(八六年五月発足)が「優生保護法撤廃」にむけての活動を続けています(本誌六六号に山本勝美氏の関連報告あり)。昨年エジプトのカイロであった「世界人口会議」で日本の法律や実情が安積遊歩さんらによって指弾され、それなりに政府は気にしているというような状況でもあります。ずっと変わらなかったこの法律ですが、だから今後もずっと変えられないとは限らない。問合せは樋口恵子さんへ。〇四二七−九一−〇一三二(夜八時〜十時半)、ファックス六八六二(いつでもOK)。
★ 「療護施設自治会全国ネットワーク」が昨年十月に正式発足。機関誌『あした』第一号が今年七月発刊(年間購読料二千円。清瀬療護園内山科賢一さんへ、〇四二四−九三−三二三五(清瀬療護園代表)、ファックス三二三四)。
★ 「リーガル・アドボカシー育成会議(LADD=ラッド)」が発足しています。「法律を梃子(てこ)にした社会変革運動」をという趣旨で、これから本格的な活動が始まっていくはずです。問合せは〇三−三二三〇−三九三三、ファックス一五四九(副島法律事務所内)。
★ 「障害者総合情報ネットワーク(BEGIN)」(連載第七回・本誌六一号)が月刊誌『BEGIN』等であいかわらず充実した情報提供活動を行っています(電話・ファックス〇三−五二二八−三四八四)。七月号では「ハンセン病予防事業対策調査検討会 中間報告」などが提供文書リスト(七月号までの累計七三二点)にあり、記事の中でも紹介されています(『ジョイフル・ビギン』は財政再建のため紙数等を圧縮。第二期は「権利」特集から。)
★ 交通機関・施設等へのアクセス関係の各種ガイドブックを発行している「わかこま自立生活情報室」(電話・ファックス〇四二六−三五−五三五三)が『大学案内九六年度障害者版 全国編』(二五〇〇円,東京編五百円もあり)を発行。パソコン教室、情報活用のプログラムも実施中。
★ 本誌でもとりあげられた知的障害をもつ当事者の運動「ピープル・ファースト」を紹介した寺本晃久の千葉大学卒業論文「PEOPLE FIRST」(四百字×三百枚、百頁弱)があります。少なくとも、この運動を紹介したものとしては使えると思います。読んでくださるならお送りします。無料。問合せはとりあえず立岩まで。
★ 介助サービス等、生活を支える制度、その利用の仕方について、この連載の中でも何回か触れた「全国公的介護保障要求者組合」の人達が中心となって本ができ、現代書館から発行されます。こうした本が何年かごとに改訂されていけば、この連載で提供しようとした情報を、もっとくわしくまとまった形で得ることができるようになります。
★ 介護人派遣事業(東京都の事業については第五回・五九号)が八自治体から、九五年度新たに姫路市、京都市、静岡市が加わり、十一自治体に増えました。特に静岡市のものは月一八二時間までと、初年度からもっとも派遣時間数の多い事業の一つとなっています。なお、神奈川県の制度(月一五二時間まで)は政令指定都市である横浜市以外の居住者に適用されるもので、よく知られていないためか、制度を利用する人が少ないようです。せっかく出来た制度が使われないと制度も発展しません。くわしくは全国公的介護保障要求者組合へ(〇四二四−六二−五九四六)。
★ 安積純子(遊歩)他『生の技法 改訂・増補版』が五月に刊行されました(藤原書店、二九〇〇円)。第八章を書き換え、「私が決め、社会が支える、のを当事者が支える・・介助システム論」とし、新たに第九章「自立生活センターの挑戦」他を加えました。利用者本位を考えた時の政府と民間・当事者組織との関係、有償であることの意味、等について検討し、右の派遣事業を含め本誌で報告してきた制度関連情報を掲載。自立生活センターの活動について検討。当方に問合せていただければ、著者引き受け分を二割引価格で購入していただくこともできます。
★ 右の改訂版でもとりあげている「全国自立生活センター協議会(JIL)」(第四回・五八号、加盟団体の一つ「自立生活センター・立川」について第一回・五五号)の九四年度の活動実績について報告したいと思っていたのですが、今回は間にあわず。次回に報告予定。資金面では依然として難しい部分を残しながら、着実な発展をとげています。なお福島県で自立生活センターに対する助成事業が開始されました。JIL(電話・ファックス〇三−三二三五−五六三七)に問合せて下さい。東京都の自立生活センターの場合、「東京都地域福祉振興基金」(第三回・五七号)による助成が限界に見えてきているので、東京都による直接的な支援を求めて交渉中。本誌が出るころには何らかの方向が出ているのではないかと思います。
★ 第六回「自立生活問題研究全国集会」(十一回・五五号)の報告書『自立生活NOW94』が完成(千円、送料三一〇円)。資料集『自立生活NOW資料集』(千円)は残部僅少。「自立生活センター・立川」(〇四二五−二五−〇八七九、フアックス二一−三一三四)へ。なお第七回大会は熊本市で開催。問合せは「ヒューマンネット熊本」へ(〇九六−三六六−八七〇二、ファックス三三二九)。

■ やれること
 NPOは、具体的には米国の法制度のもとでの組織をさし、実際、近ごろの議論でも、法人格の付与(日本より法人格の取得がずっと簡単)、寄付税制(日本より広い範囲の寄付について、控除が認められている)との関わりで論じられています。(なお非営利組織といっても、有料の事業を行えないということではなく、NPOはいわゆるボランティア団体に限られません。またこの組織は非政府組織でもあります。NGOは通常海外援助団体を指し、またこの言葉は米国等ではあまり使われないようです。)
 政府でも経済企画庁あたりがわりあい法制化に積極的なようです。阪神大震災後、民間(組織)の役割があらためて注目されだしてからの泥縄的な対応というわけでは必ずしもなく、それなりに時間をかけて検討がすすめられてきたようです。各政党の中での動きもあります。今後の動向には注目した方がよいと思いますし、意見を言っていく必要もあるだろうと思います。例えば、郵便料金の割引が米国のNPOには認められるというようなことがあり、このことに関しては、日本では障害者関係のメディアだけが実績をもっているのです。また、社会福祉法人にせよ社団法人にせよ、法人格取得にあたっての苦労、法人格がないこと、あることの問題点、等お知らせ下されば幸いです。私自身が法制化論議の内側にいるというわけではありませんが、実情や意見を伝える回路はある程度ありますので。
 こういう、民間の組織をどう法律の中で扱うかという制度的な部分もさることながら、私が注目したいのは米国のNPOのスタンス、方法論、組織論です。
 外国のものを取り入れようとする時、日本とアメリカとでは(あるいは北欧とでは)「風土」が違うから、「国民性」が違うから(例えばボランティア精神の有無)、という意見をよく耳にします。違いはたしかにあると思います。
しかし、と、すぐ私の話はこういう話に流れてしまうのですが、続けさせてもらいます。
 第一に、今さらながらに言うと、市場経済+議会制民主主義という枠組みは共通しているわけです。共通しているけれども,それをめぐる理念的、政治的対立の枠組みが両国で違った。このところに民間組織のあり方の違いが一つ生じているのだと思います。
 私達の国では、体制の是非についての論議がまずあり、批判勢力にとって、原則論として言うこと(例えば「〇〇は悪である」)と現実(〇〇がしっかりあること)との間の距離が大きすぎて、何をするのか見えてこない。実際にやれることは、「反対」であったり、「守る」であったり、ということだけになる。このシステムの中で、システムをどういうふうによい方向にもっていくかという具体的な方法論を開発してこなかったところがある。
 米国のNPO、市民運動は、基本的にこの枠組みを受け入れ、その中でどうやっていくかということを考えてきたのだと思います。市場経済のもとでやるしかないという認識、それは時にはそもそもそれ以外のものを考えない脳天気さにつながることにもなるのですが、自分達が枠内でぎりぎりどこまでやれるかということで苦心して、いろいろな方法を開発してきた部分はある。
 例えば、米国の消費者運動というのはとてもおもしろい。単に商品の質のよしあしを問題にするというだけでなくて、企業の行動全体、例えば環境問題への対応、障害者の雇用の仕方がどうかといった基準で企業の成績表のようなものを作り、ばらまき、その評価を消費者の消費行動に反映させることによって、企業の行動を変えさせようとする。これは使えるのではないかと思います。
 つまり、例えば市場経済は存在し継続するのだと、ひとまず腹をくくれば、学ぶべきことは多いということです。
 第二に、米国の場合には全国民を対象とする医療保険だってないわけで(いろいろとうまくいっていないからこそ、それをなんとかしようという活動や工夫があるということにもなるのですが)、私は,アメリカという国が、全体としてうまくいっている国だとは、何もかもまねをしようとは、全く思いません。ただ、米国と違って、お金を配分するにあたっての国家の役割を重視するという方向の中にも、あるいはそういう方向をめざすからこそ、民間組織、当事者組織の意義はあると思います。この、政府の役割を明確にした上で、民間の役割をどこに位置づけるかという点については、むしろ、日本の自立生活運動がはっきりしたことを言っていると、私は考えています。この点については『生の技法』第9章、そしてヒューマンケア協会地域福祉計画策定委員会の『二ード中心の社会政策』(第九回・六三号に紹介、六五号に北野誠一氏の書評あり)を見ていただければ幸いです。
 つまり、米国流の個人・民間への過度の依存、結果としての不平等の拡大という路線をとらないでも、おおざっぱに言って「福祉国家」の路線を採る上でも、民間の役割は大きいのだし、米国の民間組織に関わる方法論に学ぶべき点はあるということです。
 第三に、米国という国は、お金の面、再分配という面で国家はずい分とさぼっているのですが、ご存知のADAをはじめ、法律による差別の禁止ということは・・やらなければばやっていかれないという部分もあるにしても・・やっている。そして法律を作らせ、法律を守らせる活動をしているのが、特にアドボカシー(権利擁護)団体と呼ばれる民間組織であるわけです。
 たとえば「国民性」の違いとして、「権利」という言葉はなじまないといったことが言われたりする。実際たしかになじまないかもしれない。けれど、なんでも裁判にもっていくのがよいことだとは思いませんが、なじまないからこそ言わないといけないということもあると思います。
 ただ、これまでは言っても無駄だった。対案を作っても、採用される可能性がないから作らない。出てきたものに対して反対するか、上乗せを要求することしか実際できなかったわけです。あるいは仕方なく(議会ではなく)行政をターゲットにしてやってきた。これに対して、米国の障害者運動は、言うことを聞けばこっちに票を入れるというような、露骨な運動をやってきた。私達の国でも、今のところなんだかわからない具合にですが、政党の配置も変わりつつあって、そういうことができなくはなくなってきた。
 もちろん、例えば雇用や教育について、基本的なスタンスをどうとるか、何を差別とするかという問題は依然として残ります。第一点で「ひとまず腹をくれれば」と言ったが、くくりきれないところがもう一度でてくる。私自身は「能力主義とどうつきあうか」、「能力主義を肯定する能力主義の否定の存在可能性について」といった文章を書きながら、この問題を考えています。私の場合、少なくとも雇用の場面では能力主義を認める(しかない、むしろ厳正に認めさせる、同時に生活できるだけの再配分を保障させる)という主張になりそうです。もちろん異論があるはずで、こういう問題ではまだまだ議論する必要があるのですが、しかし他方で、今の時点で明確に主張できる部分もまた多くあるのも、たしかなことです。
 つまり、差別の禁止、権利の獲得・擁護(正確には、第二点の分配の要求も権利要求の一部ですが)についても、この国の今の状況だからこそ、それが求められているのだし、民間が果たす役割もあるということです。
 米国のNPOには、民間組織が今以上に強力に企業や政府の行動に影響を与えようとする時に使えるアイデアがあると思います。さらに方法論・組織論について見たかったのですが、紙数がなくりました。二項目だけ。一つは、社会に不可欠な役割を現実に担ってしまうこと、そしてその自らの活動を明示し、交渉材料とすること。自立生活センターの活動の可能性の一つはここにあります。一つは、持続的な実働システム。前半に見たいくつかの新しい組織にしても、これまでと同じ人が、しかもかなりの部分掛け持ちで、忙しい思いをしてやっている。これでは人も組織も身が持たない。基本方針を決定する部分とともに、情報収集、実務的な交渉、広報、継続的な資金の調達と組織の経営といった実務に関わる、しかし日常の事務だけに追われるのでない、フルタイムで有給で働く、専門家と言ってもよい、そういう人材を無理してでも確保する(働かなかったら首にする)こと、そのためのシステムが必要になるはずです。ここでも米国のNPOから得るものがあると思います。ここらから次回=最終回を始めます。


REV: 20161031
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