当事者組織にお金は出るか→「地域福祉基金」他
―自立生活運動の現在・8―
立岩 真也 1994/03/25
『季刊福祉労働』62:153-158
■当事者組織に対する助成はあるか
今回もまた、「サービス」供給のあり方に関わる動きの報告である。一番大切なことだからというのではなく、かなり大きく変化してきているので報告していかないと追いつかないのである。その変化とは、国あるいは自治体が直接に事業を運営するか、そうでなければ社会福祉法人が行ない、この法人に対して措置費を支給するという形から、もっと多様な供給形態を認め、それに対して一定の助成を行なうという形へという変化である。こうした動きを本質的には何も変わっていないと言って見過ごすことはできない。また、これを「公的責任の放棄」という論法で否定するのも外れだ。障害をもつ当事者の運動が主張してきたのは、当事者性の確保だった。とすれば、当事者組織が主体となってサービス自体を供給するというあり方は積極的に認められるべきである(本誌五五号の特集「挑戦、もう一つの供給主体、もう一つの場」等参照)。九二年度に全国社会福祉協議会が把握した「住民参加型在宅福祉サービス団体」は四五二団体だが、「重介護」まで行なっているのは、回答数三四五団体のうち七五団体、以前より増えてはいるのだが二一・七%。重度の障害を持つ人にとってこれでは役に立たない。住民というだけでなく当事者(の組織)が割ってでも入っていかないといけない。今回はそうした組織に対する援助のあり方を報告するのだがその前に二つ。
@もちろん、第一に考えるべきは、全面的な自己負担が不可能でもあり非合理でもある「サービス」に関わる費用の負担と供給のあり方である。これがほおって置かれるなら、確かに公的責任の放棄という批判は正しい。これに関しては、連載第五回で「東京都重度脳性麻痺者等介護人派遣事業」を、連載第六回で「生活保護他人介護加算」を紹介したが、十分な全国的な制度はない。ただ、この部分についても今後変わっていく可能性はある。それは、現実としては、誰もが指摘するように、高齢化と家族のあり方の変化に促されてのものとなるだろう。だがそれ以前に、今回は説明は省くが、負担の社会化は本来多くの人にとって合理的な選択肢なのである。ドイツでは、社会保険方式で介助に関わる給付を行う法案が成立した。日本でも、九三年七月、厚生省内で「高齢者自立支援保険制度」の検討が開始された(本誌六一号、一〇五頁)。六五歳以上を対象とし、本人負担二割、家族が介護している場合はホームヘルパー利用料と同額の給付を行なうという案が出ているという。こうした動きを知り、積極的に対応し介入していく必要があるが、実現するにはまだ時間がかかるだろう。
A今の時点でより現実的な方策は、ホームヘルプ事業を当事者の側に立ったものに変えていくことである。すでに国の行政は人出不足も背景としてそうした方向に変化しつつあり、今後は自治体のレベルでの運用を変えていくことが求められる。利用者がヘルパーにしたい人をヘルパーとすること、障害を持つ当事者の組織自身がホームヘルプ事業を運営していくことも不可能ではない。これについては全国公的介護保障要求者組合の機関紙『要求者組合通信』の三二号(昨年十二月発行)が充実した特集を組んでいる。次号も関係記事が載る。他にも、身体障害者雇用納付金制度を利用し、事業所を開設して障害者を雇用し賃金の二分の一を助成してもらうとか、生活保護の受給者が結果として無料で住宅を改造したり福祉機器を導入するといった正しく賢い方法が紹介されている。組合費は年六千円だが、コスト・パフォーマンスは高い。まずは組合(〇四二四−六二−五九五五)に問い合せてください。
将来的には、@Aといった複数の方向をどう調整していくのかという問題が出てくる。また、例えば@で個々人に渡る額が十分なものになれば、その一部を利用者個人に払ってもらう形で、各組織の運営も可能になるかもしれない。こうしたことを今後考えないといけない。けれども、まず@が全く不十分な今の段階で、また従来行政が担当してきたものを「自立生活センター」のような組織がより高い質で提供する場合に、それらの機関に公的な助成が行われるのは当然である。東京都独自の「東京都地域福祉振興基金」(五百億円)による助成については連載第三回で紹介した。国のレベルではどうなっているのか。高齢者関係だけを対象とするものではない(そもそも障害者と高齢者を分けるのがおかしいのだが)二つの基金があり、助成を受けられる可能性がある。だが自治体の対応がそれに追いついていない。以上が今回の概略。
■「長寿社会福祉基金」と「地域福祉基金」
八九年十二月に「高齢者保健福祉促進十か年戦略(ゴールドプラン)」が発表された。ホームヘルパーを十万人に増やすというところが有名だが、そしてこういう方針からヘルパーの供給形態を多様化させないとどうにもならないという事情も出てくるのだが、他にもいろいろ書いてある。
この「戦略」の一環としての民間組織に対する支援・助成の第一は、政府の出資で「社会福祉・医療事業団」に七百億円の「長寿社会福祉基金」が設置されたこと(これは八八年度補正予算により在宅介護を振興するための事業を行なうため受けた出資金百億円に、八九年度予算で六百億円の追加出資を行なったもの、その後増えていない)。実際の助成は「長寿社会開発センター」が担当する。「民間の創意工夫を生かしつつ地域の実情に即したきめ細かな在宅福祉事業を推進する」というもので、実施している事業の第一は「高齢者、障害者の総合的在宅福祉事業の支援」、その一番目に「民間の公益団体、ボランティア等が行なう在宅福祉事業の推進」とある。ただ実際に支給されている助成対象事業としては、福祉サービスの提供そのものというより、介助技術等の研修等、人材の養成に関わるものや研究が多い。このままの助成のあり方だと使える範囲は限られることになる。また私が知る限りでは、障害者が主体となる民間組織でこの基金からの助成を受けているところは(まだ)ないようだ。だが当の長寿社会開発センター発行(厚生省老人保健福祉局監修)の『高齢者保健福祉推進十か年戦略』の中に先のように明記され、例として「地域福祉公社等のモデル的な事業の支援」とあり、そして「高齢者、障害者の」とある(九頁)以上、「自立生活センター」等も、この基金からの助成を受けることが出来るはずである。また例えば「全国自立生活センター協議会」(連載四回で紹介)といった組織が、センターの運営を担える人材の養成や、運営・人材養成についての研究等の事業を行うという場合にも、この基金が想定している助成対象事業に入ってくるはずである(長寿社会開発センターの連絡先は〇三−五八〇〇−一七八一)。
この「戦略」を受けた第二のものは、九一年度から厚生省と自治省が「高齢者保健福祉推進特別事業」を実施することにし、この中で設置された「地域福祉基金」。九一年六月に「高齢者保健福祉推進特別事業について」という同じタイトルのA:自治政五六とB:老福一二七の二つの通知が出されている(『社会福祉六法』に載ってます)。
基金の設置費に対する財政措置は地方交付税によって行なわれる。九一年度二一〇〇億円(都道府県分七〇〇億円・市町村分一四〇〇億円)、九二年度三五〇〇億円(七〇〇億円・二八〇〇億円)、九三年度四〇〇〇億円(七〇〇億円)、三年間で総額九六〇〇億円で都道府県分二一〇〇億円、市町村分七五〇〇億円となっている。九三年度だと
一般会計歳出の二一・六%、十五兆六千億円余の地方交付税交付金の中のこれだけの部分を基金の設定のために使いなさないということである。自治体によっては独自にこれに増額して基金としそれの運用益(貯金であれば利子にあたる部分、金利の動向に左右される)を使って助成する。本来地方交付税の使い道は自治体にまかせられているから、Aで「目的・内容等は地域の実情に応じ、住民の創意と工夫を活かして独自に決定されるものであるが」、想定されているものとして「地域の実情に応じて各種民間団体が行う先導的事業に対する助成等の事業」、さらにそれを例示すればとある中の二番目に「地域の実情に応じた在宅保健福祉サービス」と記されている。Bでは、「助成対象事業としては、高齢者の保健福祉に限られず、広く障害者及び児童の保健福祉等地域福祉の増進のために活用できるものであること」、「民間団体に対し、当基金の趣旨等の周知徹底に努めるとともに、基金の適用方針等を定めるに当たって民間団体との意見交換の場を設けることなどにより、民間団体の意見反映にも努めることが望ましい」等とある。
助成の実態はどうなっているのか。これがよくわからない。全国社会福祉協議会の『平成四年度「地域福祉基金」設置状況調査<都道府県分>』(九三年一月、政令都市の分も載っている)だけが現在手元にある資料である。都道府県と政令指定都市について、九一・九二年度に積み立てた基金の額と九二年時の助成のおおまかなところがわかる。
地方交付税だから、財政状況によって東京都や大阪府のように全く交付されていないところもあり(東京都独自の基金については紹介済み、大阪府にも二一八億円の独自の基金がある)、人口と財政状況により交付される額は様々で、また地方自治体が独自に積み立てているか否かによりっても大きく違うが、交付税からは二年分で二十億円前後(政令指定都市では十億円くらい)のところが多く、この額で上乗せがないと使えるのは例えば年に五千万円ほど。
その使い道だが、見る限りでは補助・助成先のかなりの部分は社会福祉協議会等の法人であり、その当の社協も行政主導型だと文句を言っており、内容的にも新しいもの、「先導的事業」に対する助成は少ない。その中で、実態がどうだったか把握できていないのでなんとも言えないが、少し変っているかなと思われるのは、熊本県など。交付税分二四億円+独自分八億円の基金で九二年度に一億二五〇〇万円を使い、その中で、県直営事業として「マイケル・ウィンター・シンボジウム」に百万、障害者米国派遣事業に二七〇万、民間団体が行なう自主的な福祉活動支援に五七〇〇万円ほど使った。また政令指定都市では北九州市で「住民参加型による在宅福祉サービスを提供する団体に対する援助」「障害者を対象とした自立の為の生活指導サービス」が一億七百万円使った中の千九百万円の一部に入っている、等。だがとにかく全般的には変わりばえがしない。
まず自治体が福祉基金のことを知らせていない。「周知徹底」「意見交換」「意見反映」がなされていない、あるいはその相手の「民間団体」として社協等しか想定していないということである。総額としては都道府県よりも多くお金が出ている市町村の基金の使い方も、大勢としてはそのような状態のようだ。それ以前に、この福祉基金の存在と主旨とを担当部局の人達が十分に把握していないようでもある。使えるお金が少ないから従来支給していたところに降ろしているんだという返答もある。(このあたりは千葉大学の梁井君の電話での聞き取りによる)。だが少なくとも県レベルでは本来使えるはずの「果実」(運用益)を使いきっていないところも目立つ。そして基金の額は今後も増えていく。自分のところの自治体に対して、こういうものがあるはずだが基金(名称は各自治体で独自につけられているが、説明すればわかる人はいるはずだ…その程度の認知度である)をいくら設定し、何にいくら使っているのかを知らせてもらい、これこれの事業は当然助成の対象になりはずだから助成するようにと申し込み、交渉することができるはずである。既に助成を受けているところ、助成を申し込んだらうまくいったところはお知らせ下さい。(→電話・フアックス〇四二二−四五−二九四七)
■国の法律・計画・告示、等
ついでにもう少し広い範囲で、国の「住民参加型の自主的福祉組織」に対する態度を確認しておく。
九〇年八月の社会福祉関係八法の改正(老人福祉法等の一部改正)の中で「社会事業法」も改正された。旧社会事業法(五一年制定)の第三条では「援護育成又は更生の措置を要する者に対し」だったものが、新社会事業法で「福祉サービスを必要とする者」と変わった。これがすぐに何かをもたらすのでないにしても、当事者にとっての必要が最初にあることを示した意味はある。また在宅福祉サービスが「第二種社会福祉事業」に位置づけられた。ただここでは、社会福祉法人が事業主体だという基本は基本的に変化していない。基本的に施設の運営主体として想定されている社会福祉法人格を得るためには資産が必要であり(第二四条)、その額は現在五億円とかいうとんでもない額になっている。また措置費を利用者本人にではなく法人に降ろすという形も変わらない。これらの変革は未解決の課題として残っている。ひとまず法改正以降の現実の動きは、法人・措置費の体系を動かさないで、というよりさしあたりは動かせないので(ただ、今後それが変化する可能性もあると思う)、様々な計画・指針等の中で、法人以外のものも認め援助していくという方向をとった。九三年だけをとっても以下のようなものがある。
九三年三月の障害者対策推進本部「障害者対策に関する新長期計画――全員参加の社会づくりをめざして」の第二「分野別施策…」では、「当事者である障害者自身の選択の幅を広げる等障害者本人の立場に立った施策の展開に努めること」(5「福祉」)とある。(ただ2「教育・育成」4「保健・医療」を見ると、それらは「障害者自身の選択」と関係がないかのようであり、教育に関しては、この計画で踏まえられているとされる同年一月中央心身障害者対策協議会の意見具申「『国連・障害者の十年』以降の障害者対策の在り方について」から後退した部分もあるのだが、なんでこうなるのかはまた別の機会に考える。)
ついで、九三年四月の厚生省告示(第一一七号)「国民の社会福祉に関する活動への参加の促進を図るための措置に関する基本的な指針」でも「住民参加の自主的福祉組織による福祉活動…が円滑かつ継続的に行なえるよう…支援に努める」と記されている。
さらに、九三年七月、中央社会福祉審議会地域福祉専門分科会の意見具申「ボランティア活動の中長期的な振興方策について」は、「社会福祉の基礎的需要については公的なサービスが対応することを前提しつつ、その質的な充実を図る上で、ボランティアの役割が大きい。…公的施策の代替やその不備を埋めるというのではなく、自律的な市民の目で、多様なニーズにきめ細かく弾力的に対応し、生活のアメニティを確保するものである」としつつ、W「振興の重点課題」の5「住民参加型福祉サービス」で「この活動は、…住民の福祉活動への参加を容易にする有力な選択肢であり、福祉コミュニティを育むものとして、また、住民の福祉ニーズを受け止める供給組織として、一層の発展が期待されるとこであり、その自発性を尊重しつつ支援に努める必要がある」と述べ、その1)「地域福祉基金などの活用」は「地域福祉基金や共同募金等も活用しながら、創意工夫をこらした支援に努める必要がある」となっている。
といった具合である。「福祉八法」以外の右にあげた全ての文書を前回紹介した「障害者総合情報ネットワーク」(〇三−五二二八−三四八四)が提供している。会員になり、取り寄せて参考にするとよいのではないでしょうか。
■この文章への言及
◆立岩 真也 2015/01/01 「精神医療現代史へ・追記10――連載 107」,『現代思想』43-(2014-12):8-19