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家族そして性別分業という境界

―誰が不当な利益を得ているのか―

立岩 真也(千葉大学) 1993.10.10 or 11
第66回日本社会学会大会 於:東洋大学(報告要旨 06.30提出)


 ※この報告をもとにした論文は以下の本に収録されました。お買い求めください。

◆立岩 真也・村上 潔 20111205 『家族性分業論前哨』,生活書院,360p. ISBN-10: 4903690865 ISBN-13: 978-4903690865 2200+110 [amazon][kinokuniya] ※ w02,f04

『家族性分業論前哨』』表紙

  市場/家庭の分割、これに対応する男/女の分業のあり方が、夫/資本/国家…に利益を与えていると言われる。この分割がかくも根強く在る時、ここから利益を得ている者がいる筈だと考えるのはもっともだ。だが、この主題に関してこれまで提出されている言明の多くが、十分な吟味を経ないまま流通してしまっている。全く驚くべきことだ。以下、■T〜Vについて▼正当/不当の根拠(これが明らかでなければ「不当な利益」と言えない)と▲その結果(利益/不利益)を検討する。
  ■T 家族内の配分機構の変更 家事労働を夫によって支払われるべき労働としその対価を払うものとした時、これと比較して現状の不当性を言う主張がある。▼根拠 @夫について:愛情の存在・関係の存在から行為の義務は導けない→(対価を求めないことに双方が同意している場合以外)対価を要求することは可能。ただしそれは家事労働の全体ではなく夫の生活に関わる部分について。同時に夫の扶養義務も解除される。A子について:子に要求するのでなければ、そして夫婦の同意のもとに子を持つのであれば、夫婦は等しく負担するのが相応。この時、その額は市場での同一のサービスに対する価格になる。つまりここで妻は市場における労働者なのであり、同一の業種の業者と競争せねばならない。女性がフルタイムで働きかつ家事・育児一手に引き受けている場合、平等の負担が相当とすればその不当性は自明。問題は、論者が所謂「専業主婦」について不当性を主張していること。→▲結果:夫は現状より多く払わない。少なくとも「専業主婦」の場合、妻は扶養されている現状に比して多くを受け取ることはできない=不払いであることから夫が利益を得ているとは言えない:A子について、妻は専ら労働を提供、夫は金銭を提供するとすれば、子に対する負担に夫婦間の大きな違いはない→ゆえにこの労働により妻は夫から対価を得ることは出来ない。
@夫への労働について、家事労働総体からa.夫に対する労働を取り出し、さらにb.この部分について夫は市場での価格と比較し労働の単価を設定する→妻の受け取り分は妻一人が生活するに十分な額にならない。また、家族全体を考えれば、所与の総額の配分が変わる(かもしれない)だけ。むしろ、家事に関わる分業のあり方を変え、共稼ぎの形をとった方が利益をもたらす可能性がある。
  ■U1 行為の供給[家族→家族外]? ▼正当性:自己決定権より双方が可能/強制は否定→▲結果:□家族内部:家事としてなされている部分を外部化する。その結果、利益が出る可能性はある。□労働(による生産物)の購入者:家事労働の外部化により家庭の中にいた者が市場に出るなら、労働市場が拡大し流動化することによって、生産性を高めることができる可能性がある。2.再生産される者の「質」を言う議論がある。例えば家族(母親)のもとでしか子はよく育たない、ゆえに家族外にそれを委ねるのは生産にとってマイナスだといった主張。しかしこれは疑わしい。
  ■U2 行為のための資源供給[家族→家族外]▼根拠1:労働力生産のための労働への対価 ?子として養育・教育されたことは現在労働できることの条件をなし、成人労働者にしても働けるのは家事労働が背後にあるからで、雇用する者はその分についても賃金を保障すべきだと言う。しかし、通常、商品の購入者は商品の価格に含まれる原材料費の一部を原材料の生産者に別途に払ったりはしない。a:ただ以上は支払うべきでないことを意味しない。労働に応じた対価という論理によって支払いを求めることは可能。b:子の「生産者」に直接支払わないと子が「生産」されないなら、労働力を求める側は支払いに応ずる。ただ、いずれの場合も、支払いのシステム自体は市場と別に設定される。例えば政治領域がそれを担うことは可能。では誰に支払わせるのか。雇用主・資本を名指しするには資本による「搾取」の存在を言わねばならない。言えないなら、負担者は結局労働(による生産物)の最終的な消費者。→▲結果1 □家族:夫と(将来の)子への支払いの一部Bをまわし夫・子の受け取りはA。結局これは、夫・子の妻・親への支払いを別の場所が代行することに過ぎない。支払い額はどのように決定されるか。市場価格を基準とすればA+Bは現行の一人分の賃金と同じ。この基準自体が問題なのか。だがどんな基準をとるのか。1.労働が不当に安く買われ、さらに2.その分が労働の生産者(妻・親)に本来帰属することを言わねばならない。また1.2.が言えても、生産(に貢献する生産)に対する対価という枠組みは維持されるがそれでよいのか。□労働(の生産物)の購入者:総支払いはマイナスにはならない。また、資源を供給する方が必要な人間が多く「生産」されるなら支払った方が得。ゆえに労働に対して支払う側が現状から利益を得ているとは言えない。→なお資源の供給を家族外に求めるなら根拠を変更すべき↓。
  ▼根拠2:家族の境界を取り去った個人の生存の保障 @親・配偶者について:a相互に扶養・扶助の義務はない。b収入を十分に得られない人、生活のために他者の援助をより多く必要とする人に対して政治的な給付を行う。一般に承認されていないaとaが承認されていないゆえに現状では家族を単位としているb双方を認める。なぜ「できない人」に限るのか。1.必要に応じた分配の実現可能性にあまり希望を持てないと考えるから、2.障害や病を得て介助や各種の生活上の資源を他者から受け取る必要のある者に対する義務が解かれるなら、家事労働の問題の大きな部分は解決するから。(再)分配は本人に行う。本人に対する家族の労働に対してではない。家族は行為の義務を負わず、行為を受ける当人の選択が尊重されるべきとする前提から、当然。A子について:自己決定→自己責任の論理からは子の扶養は親の義務。この原則を維持した上で、給付を予め受け後に返却する制度も相応の合理性を持つが、結局時間軸上の負担の平準化ということ。これで足りないなら、1.自らのもとに子がいる・育つことを他者からの資源提供を要請できる強い権利とする、あるいは、2.社会総体が子が育つためのコストを負担するものとする(1.と2.の差異については略)。子が生産者とな(り社会に「貢献」す)るか否かには関わらない。→▲結果2:以上の原則をとる時、現状に比してより多く負担する側にはマイナス、負担が軽くなる側にはプラス。別言すれば、この原則から現状を評価した場合、前者は不当な利益を得ており、後者は不当な損失を被っている。
  ■V 職場での性差別は市場にとって有利か? ▼正当性:何もない。→▲利益 □労働の購入者:1.労働能力の有無に無関連なある範疇の人を排除することが雇用側・消費者側にとって有利なことは全く立証されていない。2.上と同じ範疇の人を差別的に待遇することが、資本にとって有利か。しかし、障壁がないとすると、労働者は賃金の高い方にシフトしその結果労賃は下がるはずである。とすれば、雇用する側にとって(そして消費者にとって)この分業形態が利益をもたらすとは言えない(男性労働者の賃金切り下げを求めにくいという前提の上で雇用者は抵抗する)。検討すべき主題はこれに限らないが(馘首の予備軍・労働内容による差別…)、全てについて利益のないことを証明できるはず。ここに出産・育児を持ってくる議論があが、男/女に対する現行の振り分けが有利だとは言えない。また、育児に関わる応分の負担が必ずしも損失ではないとすればどうか。
  男性労働者/家庭内での男性:1.この体制から確実に利益を得ている者がいる。男性労働者である。ただ男であるというだけで相対的に高い収入等々を得られる。しかし双方の収入が家族内で合算されるなら、家族内部には利益はない。では家族内で男性は利益を得てはいないのか。2.そうではない。この社会で生活を成立させるための場である市場で女性が不当に扱われることで、構造的に従属的な位置に置かれること自体から男性は利益を得ている。またここから夫は、市場では得られない質のサービスを要求でき、その上でなお残る生活の糧を握っている事実により優位を保てる。
  ■結論:(Tではなく)U(の1ではなく2の根拠、労働の購入者でなく負担すべき者に対して)V(労働の購入者でなく男性に対して)で、不当性を主張できる。それ以外の主張は棄却される。これは通常言われることと別の主張。あるいは曖昧な言明を明確化しようとする試み。以上の主張の大略は既に本年6月の関東社会学会大会で報告し、その際の配付文書(400字×約40枚)他も幾人かの方に送付した。反論を待ち、本大会報告では、出来れば、反論に対する再反論も試みたい。


REV: 20161031
性別分業  ◇日本社会学会  ◇立岩 真也
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