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書評:杉本貴代栄『社会福祉とフェミニズム』(勁草書房,1993年6月,2884円)

立岩 真也(千葉大学文学部助手・社会学) 1993年/08/30
『週刊読書人』1998:4


「女性の労働」だの「社会福祉政策」だのについて、特別思考に値することはないと、なんとはなしに受け取られているのなら、それは大間違いというものだ。そう受け取る方に想像力がないのか、この業界の書き手の側にまずいところがあったのか、その両方かである。この領域は、白黒ははっきりしており、あとは利害の絡んだ綱引きが行われているだけの領域ではない。主張の根拠は何なのか、利害そのものがどこにあるのか、実はそう自明ではなく、ゆえに考えねばならない、考える愉しみを味わえる領域だと思う。

さて、しごくあっさりした題名のこの書が行っているのは、中心的には一九七〇年代から九〇年代にかけてのアメリカ合衆国における女性に関連する社会福祉政策の推移とそれを巡る議論についてのかなり詳しい情報の提供である(他に大学での女性学の展開を扱った章がある)。「社会福祉とフェミニズム」「働く女性と保育」「家族と社会福祉政策」の三部に分かれ、全部で十三の章が置かれる。書下しが四章分ある他は、著者が雑誌等に発表してきた論文が再録されている。緊密な構成を持ち全体を貫くストーリーがある、というのではない。重複した記述もかなり見られる。筆者の立場は全体の記述から伺われるものの、著者自身による考察が展開されているわけではない。

だが、何を考えればよいのか、問題の構図を描き、そして考える作業は読者が行えばよい。市場における労働の場面での格差と、それに対する雇用機会や賃金の面での対応、そしてこれらと関係しながら、生活保障・社会的給付のあり方(例えば「女性世帯主家族」に対する給付)、さらに両方に関係するものとして例えば保育、そして、これらを巡る政策や政策に関わる議論が、どんな前提・意図に基づいているのか、あるいはどのように説明されうるか。読みながら、書かれている範囲を再構成するのは難しいことではない。さらに、考えるべき主題を定め、書かれていることを資料として読み(索引もしっかりしている)、考えていくことができる。その意味での利用価値は大変大きい。

合衆国のことが分かって何がおもしろいかといえば、まずは他国に起こっていることは私達の国にも関係のあることだからだが、それだけではない。この国はとにかく真面目な国ではあり、問題が、無論合衆国的な偏りを多分に含みながら、ともかく論争として対立として現象する。例えば、能力主義を本気で信じているこの国は、「機会均等」に真面目になる。「公民権法」の第七章が雇用上の差別を禁ずる。さてここに「特殊な仕事や企業の正常な経営のために必要な職業資格要件」に対してであれば差別は合法だという規定がある。ではスチュワーデスが女性なのはこの要件に合致するか。また例えば、男女間の賃金格差はなかなか解消されないのだが、どうしたらよいのか。「同一労働、同一賃金」といったアイデアが、さらに進んで「同価値の労働に同一賃金を」といった主張が現れる。だが「同価値の労働」とは何か。等々。私達は問題の存在、争点の所在に気付き、それが合衆国でどのように扱われたのかを知り、自ら考え始めることが出来る。あるいは、このような思考を触発し導くような書物がこれまで随分と少なかった不幸を思いながら、今まで考え詰めずに脇に置いてしまっていたことをもう一度考え直すことができるのだ。



REV: 20161030
書評・本の紹介 by 立岩  ◇立岩 真也
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