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東京都脳性麻痺者等介護人派遣事業

―自立生活運動の現在・5―

立岩 真也 19930625 『季刊福祉労働』59:130-135


※その後のことも含め『生の技法 第3版』をお読みください。

『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』表紙

■基本的な仕組み・月三一日保障に至る推移
 一九七四年度から開始された東京都の「重度脳性麻痺者等介護人派遣事業」が、毎年の都との交渉の積み重ねによって、二十年を経た九三年度から毎日行われることになった。今回は、この制度の仕組み、これまでの推移を報告し、今後に残される問題点について少し考えてみることにする。
この事業は、施設での処遇の改善と入所者の他施設への一方的な移転反対の運動として始まった府中療育センター闘争を経て、これに関わった人達等が、施設収容を否定し、地域での生活の保障を求める中で、東京都が七四年度から実施した。当初は「東京都身体障害者(重度脳性麻痺者)介護人派遣事業」という名称だった(この他に「東京都身体障害者(一人暮らし障害者)介護人派遣事業」があった、今はない)。今年で二十年目ということになり、自治体が(直接に介助者を派遣するのではなく)介助に関わる費用を負担する制度としては最も古いものである。
 東京都の運営要綱に基づいて行われるが、実施主体は、八○年度から市区町村へ移管されており、都はそれに補助(交付)金を出すというかたちになっているが、都が設定する基準額は全額都からの支出である。表にその推移を示した。東京都福祉局障害福祉部在宅福祉課からいただいた資料をもとに、数字的につじつまの合わないところについて少し訂正したり、空白を補ったりしたものである。他の自治体の人にも、もちろん人口から予算規模から違うからこれをそのままということにはならないにしても、参考にはしてもらえるのではないか。九三年度には四九の区市町村が行っている(二三区は全て実施)。区市町村によってはこれに対してさらに上乗せがある(この実態を都は把握しているが、各区市町村が独自に行っているものだからそちらに問い合せて下さい、ということで都庁では資料を見せてもらえなかった)。そのため実施の有無、単価に差がある(かつては回数についてもあったが、今回毎日になったのでこの差はなくなったことになる)。
 利用者の推薦により介助者(複数でもよい)が登録される。この制度を利用しようとする者は、介護人派遣資格認定登録の申請書・介護人推薦書・介護人の介護同意書を区市町村に提出し資格審査を受ける。以上は毎年必要である。
 区市町村長が一ケ月分の介護券を毎月発行し、利用者に交付する。利用者は介助者に介助の都度、介護券に必要事項を記入して渡す。介助者はそれを月単位にまとめ、区市町村長に提出し、その月の分の手当を振替口座から受け取る(→文末の図1)。このように、基本的に行政の窓口から介助者の方に手当が支払われることになっているが、介助者の選定権は利用者にあり、また介助の内容についても、利用者と介助者の間で決められる。ここが家庭奉仕員(ホームヘルパー)の制度等に比べた場合の利点である。とは言ってもこの事業を求める運動は、家庭奉仕員の制度を否定するというより、その現実があまりに貧弱な中で、当初ボランティアとして関わっていた人が労働として介助を担えるかたちを作ることで、地域に自立する障害者の生活を可能にしようというところから始まっており、彼らは、家庭奉仕員制度の拡充も同時に要求してきたのである。
 当初は月三回、一回は半日(四時間)という計算だったようだが、表にあるように、少しずつ拡大されてきた。現在の単価については都の臨時アルバイトの額を基準とし、一日八時間労働としての計算だという。私の知る限りでは八〇年の都との交渉で最初にこのことが確認されているが、要綱等には記載されていない。ただ表を見てもいつから四時間分から八時間分になったのか、このあたりは曖昧だ。
 派遣対象は、二○歳以上、一級の脳性麻痺者で独立して屋外活動をすることが困難な者とされていたが、利用者側の要求により次第に脳性麻痺以外の障害者にも支給されるようになってはいた(八二年頃から)。だが制度的には規定がなかった。これがまず問題になった。そして八五年に、家族も登録可能とした制度ではこれ以上の拡大が難しいことが福祉局から示された。ここで、制度の実現と拡大を要求してきた人達の中でも、家族も他の介助者と同等に扱うべきだという主張と、家族と離れ、あるいは家族の手を借りないで暮らしている人達の実態に照らして家族外の介助についての制度の拡充をしていく他ないという主張の間で議論があった。結局、家族と家族以外の介助者について回数を分け、後者を重視し月三一日保障をめざすという方針をとることにし、その線で交渉が行われた。
 このような経緯で、八七年度から、要綱の上でも対象を「全身性障害者」全体に拡大し、@特別障害者手当の受給資格を持つ「真に他人介護を必要とする者」、及びA資格を持たない一級の脳性麻痺者(かつ@Aとも独立して屋外活動をすることが困難な者)を対象とする制度となり、それに伴い名称も「東京都重度脳性麻痺者等介護人派遣事業」となった。「真に他人介護を受ける必要がある者」とは、障害者のみの世帯か、同居している家族(親・子・兄弟及び配偶者)の全てが、高齢、就労、就学(もちろん就学年齢に達していない子どもも除外される)、疾病、出産のために介助することが困難な者とされる(福祉局長から各区市町村宛て「事業の実施について」、東京都福祉局、八七年四月。以上の要綱には記されていない)。従来の制度を引き継ぐAについては家族を登録することもできる。つまり、この改定はいわゆる他人介護と家族介護の分離を意味する。この分離に伴い、両者の格差を設け、Aの回数が以後月十二回に据え置かれることになった。
 この改定を受け、この事業に関して交渉を継続してきた七つの団体と福祉局障害福祉部との交渉の中で、「三一日介護について、その実現に向けて努力する」という障害福祉部長の確認書が八七年十二月に得られる。さらに八八年十月には、それを五ケ年計画とする旨の障害福祉部長の確認書を得る。八九年度はその一年目として三回増が実現された。この方向で以後も回数が増えていった。こうして五年目の九三年度に毎日実施ということになり、五ケ年計画は実現されたわけである。九三年度の予算は、例えば八三年度と比べ約十倍になっている。また、九三年度の福祉・保健関係の予算(案)総額五七七六億円中、福祉局関連の予算ではホームヘルプ事業に対する予算二八億二七〇〇万円、施設運営に関する都加算二二億六三〇〇万円に次いで予算額の多い事業になっていることを見ると、それなりの位置を占めるようになっていることがわかる。

■今後の課題
 こうしてこの事業は拡充されてきた。ただ、現実の切実な部分から、交渉・妥協を重ねて作り上げられてきたものであるゆえに当然のことだが、いつかの問題が残されている。以下それを検討する。私が考えていることも延べる。
 第一に、介助する人の位置づけである。要綱では「介護人は、民間篤志家で、区市町村の職員としての身分を有しない」となっている。職員でないのはよいとして、「篤志家」という言葉を使う必要、そういう言葉でくくられるような人である必要はない。この事業が始まった当初から、介助を労働として成り立つものとして位置づけることを要求してきたのだが、時間あたりの支給額が家庭奉仕員の時間あたりの報酬(一三三〇円)に満たないことを含めて、この問題は解決されていない。位置づけを明確にすると同時に、それに見合った支給(これは一定額を超えれば所得税を払うべき所得とするということだ)を行うことが要求課題として挙げられており、今後の交渉での要求の一つはこれを巡るものになるだろう。
 第二に、一回につき一枚、そして一回とは「一日を意味する」という曖昧なかたちになっていることである。これは、今後、この制度の改善の方向とその根拠をどこに求めていくのか、特に区市町村の独自の制度、あるいはこの制度に対する「上乗せ」をどのように求めていくかという問題との兼ね合いで問題になる。実際、一日といえば二四時間なのだから、それを都が出しているから、それ以上出す必要はないといった対応をする区があるということだ。
 すぐに実現するとはとても思えないが、あえて原則的に言ってしまえば、全国的な制度が出来てしまえばよいのだ。例えば医療に公的保険制度があり、それが合理的だというなら、介助だって同じく生存の上で最も基本的な対人サービスなのだから保険制度を導入することも同じく合理的であるに決まっている。様々な方法が考えられる。これはこれから考えるべき課題ということになるだろう。単価は地域の実情に応じて変えてもよいだろう。この介護人派遣事業のような利用者の側の決定権を保障した上での、家庭奉仕員制度の徹底的な充実という手もある。だが既にヘルパーにしても自治体の正規の職員である場合は少なくなっているし、利用者の側としても、それは必ずしも必要な条件ではない。介助する側の労働条件が問題だが解決できない問題ではない。ただ特に人材の確保が難しい地域では、行政が責任をもって充当するという制度は必要だろう。
 そしてその場合、あるいはこの都の制度にしても、原則的には、一時間あたりいくら(介助の内容に応じて一律である必要はない)で月に何時間分というかたちがよいのだと思う(実際、東京都の制度の後に出来た他自治体の制度はそのしたものになっている)。と言うのも、必要に応じた介助時間の設定が今後の問題になると思うからだ。要綱上は「最大」三一日ということになっているが、都の説明では、事実上一律に定められた日数分が支給されていると言う。予算もそういう計算になっている。現在この制度を利用している人にとってはそれが必要な量だとしても、さらに対象者を拡大し、必要な人に対する支給を拡大するためには、個々人の必要性の違いをどこかで決定しそれに応じたものにする必要がある。個々人の時間を一日一回といったようにおおざっぱに一律に決めるのではなく、その対象者に合せたものにしていくことが必要だと思う。
 とすると次に、@いったい誰がどれだけ介助が必要なのかを誰がどういう根拠で決めるのかという問題がある。さらにA設定された時間に実際に介助が行われ、支給された額が設定された通りに使用されたことを確認するシステムも必要だ。面倒なことだが、納税者の同意をとりつけ、制度を拡大しより一般化していくためには避けることができないと思う。そして、Bどのように介助する人を得るかという問題は依然として残っている。この事業が開始された当初は、既に介助者がいてその介助者に対して支給されるといった場合も多かったが、特に「つて」のない人でも介助者を得て生活していくことが当たり前になるような状態の実現のためにはそう苦労せずとも介助者を得ることができないといけない。以上、B介助者と利用者を媒介する業務、@必要量を設定する業務、A時間と支払いを記録し適切に管理する機関として、既にこの連載でとり上げてきた自立生活センターのような機関を位置づけるという方法が考えられるのではないか。以上の業務(の全てを)役所に委ねたくはないのだとすればである。実際、特にBについての組織化の必要性は、米国のCILの日本への紹介などよりずっと早く、この事業の獲得と拡大のための運動をしてきた人達の間で認識されていたのだし、現実に「練馬介護人派遣センター」、「自立生活企画」(田無市)、そして連載第一回にとりあげた「自立生活センター・立川」といった諸機関の活動を始めているのである。そしてこうした業務は、事業の運営上必要不可欠なものなのだから、その活動に対して、公的な資金援助が行われるべきである。この場合に、例えばお金の流れをどのようにするのか、私自身どれが最善なのか考えが定まっていないが、いろいろと考えてみてよいと思う(→図2)。無論、そうした当事者が参加する機関を置くことができるような基盤が整っていない地域では別の方法を当面とらざるをえないだろうが。
 現実から離れた話になってしまった。ここまで築きあげてきた制度を前提にし、いろいろな制度をつぎはぎしてやっていくしかない場合に、ともかく日数が上限に達した今の段階で具体的にどのようなかたちにしていくことができるかどうかはまた別の問題だ。この問題を巡って現在議論がなされている。要綱に一日何時間かを明記してある方が増額の根拠が明確で、区との交渉がやりやすいという主張に対して、はっきり例えば八時間と要綱に明記するよう要求することは自らその不十分な上限を認めたことになってしまうという指摘がある。そうかもしれない。とすれば、まず一日八時間として計算されていることをはっきりと都に確認させ、それを踏まえて、その総時間数・時間あたりの単価を増やしていくことを都に要求していくこと、またその都との確認をもとに、それで足りない部分について各区市町村に対して要求していくということになるのではないか。そしてこの場合にも、先に@〜Bとして指摘したことは考えるべきこととして残っていると思う。
 最後に八七年以降分離された家族と家族外の介助の格差について。私は基本的に家族も他人だ、というか、他人と同等に扱われて当然だと考える立場をとる。だから原則的には一緒にしてよいと考える。ただ、この分離に積極的な意味がないとは考えない。家族外の者の介助によって生活を可能にしていくというかたちを積極的に支持していくことが必要だと思うからである。ただ、最終的には、(全国的な公的保健制度においてであるにせよ)両者が統合される局面を想定しておくことは必要だと思う。
 他にも、対象者についての整合性の問題(家族による介助の場合対象が脳性麻痺者に限られていること)等いろいろ問題はある。だがともかく、毎日の派遣が獲得されたことは大きな成果だし、これからさらにこの制度を改善していこうとする作業は、目指すべき全国的な制度を構想していく上でも、またその現実性を獲得する現実的な前提としても、必要だと思う。ここ数年の間にいくつか現われている別の自治体の制度についても今後報告していこうと思う。

      表:東京都重度脳性麻痺者等介護人派遣事業の推移

  A  B    C  D  E  F   G   H    I   J
年 月  補基   月  実市 対  登介   延  予延   実   予
度 回  助本   額  施町 象  録護   回  算回   績   算
  数    額   ※1 村 者   人   数  時数    額   額
                ※2         ※3    ※4   ※4
74  4  1750   7000  10 (200) 2528 (9600) 4424 (16800)
75  4  2200   8800 19 (200) 7570 (9600) 16655 (21120)
76  5  2550  12750 24 (200) 11418 (12000) 29118 (30600)
77  5  2750  13750 27 (200) 10536 (12000) 28974 (33000)
78  5  2930  14650 31 (200) 13212 (12000) 38711 (35160)
79  6※5 3000  18000 32 (200) 17201 (13200) 51589 (39600)
80  8  3090  22630 29 (250) 23339 (21000) 72092 (64890)
81  8  3210  25680 29 349 351 29035 (21000) 93202 (92448)
82  9  3360  30240 29 377 383 36281 (21000) 127008 (121904)
83 10  3510  35100 31 408 453 44685 (21000) 156787 (155844)
84 10  3580  35800  31  463 516 51254 (21000) 183490 (176136)
85 11  3810 41910 37 558 645 66296 (21000) 252588 (231343)
86 12  4000  48000 37 650 792 86310 (21000) 354199 (305280)
87 13※6 4100 53300 43 794※7 938 105347(106740) 431972 (437634)
88 14  4200 58800 46 899 1033 123643(132240) 519301 (555408)
89 17  4300 73100 47 978 1135 143113(164040) 615386 (705372)
90 20  4430 88600 48 1109 1294 166461(178080) 737297 (788895)
91 23  4770 102810 49 (1120) 1435 194436(194280) 927455 (926717)
92 26 5270 137020 49 (1210) ---- ------(226320) ------(1192708)
93 毎日 5920 183520 49 (1340) (272520) (1613319)

 ※1 A(87年度以降は他人介護の方の回数をとった)×Bとして計算した(93年度につ   いては31日として)。
 ※2 ()内は予算時の人数(74〜80年度について資料では実績人数となっているが,これ
   らの年度のJがA×B×12月×予算時の対象者数という計算になっていると考られ   ることから,予算時の人数と判断した)。
 ※3 A×12月×予算時の対象者数(87年度以降他人・家族別に集計したものを合計)と   いう計算になっている。92・93年度についてはこの式を用いこちらで計算した。
 ※4 単位は千円。
 ※5 4〜9月は5回。
 ※6 この年から他人介護と他人介護の回数を分離,家族介護はこれ以降12回で固定。
 ※7 以下内訳 他人介護:638→697→749→828→(870)→(900)→(980)
        家族介護:156→202→229→281→(250)→(310)→(360)
 ※8 92年の ---- は現在(93年4月)集計中とのこと


REV: 20161031
介助(介護)  ◇『季刊福祉労働』  ◇立岩 真也
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