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近代家族の境界

――合意は私達の知っている家族を導かない――

立岩 真也
『社会学評論』43-2:154-168(30-44)
日本社会学会 1992年10月 55枚

 ※この論文は以下の本に収録されました(pp.185-214)。お買い求めください。

◆立岩 真也・村上 潔 20111205 『家族性分業論前哨』,生活書院,360p. ISBN-10: 4903690865 ISBN-13: 978-4903690865 2200+110 [amazon][kinokuniya] ※ w02,f04

『家族性分業論前哨』』表紙

 私達がよく知っているはずの近代家族について少し考えてみると、次第にその像が曖昧になってしまう。これは一体どういうことなのか。いかなる権利や義務を家族に付与するか、そもそもその権利・義務を与えられる範囲をどこまでとするか。こうしたことを考えようとするなら、現象としての家族の最大公約数を記述するのでは足りず、既存の家族に対する介入・言及が近代に開始されることをふまえ、近代家族の構成に関わる原理・基底要因から、何が帰結するのかを検証する必要がある。(第一節)その一つに合意という要素がある。これを広義の私的所有の規範として捉え、この規範が近代家族への変容の一つの軸を確かに担うこと、しかしこの契機それ自体を切り離した時、家族の外延的な定義、家族に固有に与えられている権利・義務の付与は不可能になることを確認する。(第二節)では他にいかなる契機があるのか。こうして複数の要因が絡んでいるのだとすると、家族に関わる問題はどのように現れるのか。本稿に続く作業を最後に示す。(第三節)

一 近代家族を問うということ

 […]

(2) 近代社会と家族
 次に、近代家族と言う時、近代社会と家族はどのような関係になっているのか。★03
 […]

 (3) 基点・焦点としての人間
 […]

二 合意・私的所有権と家族

 (1) 秩序の構成原理としての私的所有権
 […]

 (2) 個人・家族の位置の変更
 […]

 (3) 成員・義務・権利の設定不可能性
 a 成員と意志の内容
 […]
 b 義務
 […]
 c 権利
 […]
 e 結論
 以上から言えるのは、家族として観念される関係が他の同意に基づいた相互関係と同様に扱われるということでしかない。[…]

三 諸作用の複合と家族の「問題」の位置

(1) 家族への介入
 ではその距離はどのように説明されるのか。[…]

 (2) 家族を巡る「問題」の位置
 […]



★01 森岡清美「序論」(森岡編『講座社会学3 家族社会学』、東大出版会、一九七二年)三−四頁。
★02 E. W. Burges & H. J. Locke 1953 The Family : From Institution to Companionship, American Book (2nd ed.).
★03 例えば山田昌弘の「主観的家族像」を明らかにする作業 (江原由美子他『ジェンダーの社会学』、八九年、新曜社、他)、 落合恵美子がとりあえず列挙してみせた「近代家族の特徴」(『近代家族とフェミニズム』、八九年、勁草書房、一八頁)等が、著者達の問題設定、問いの範囲がわきまえられないまま、議論の前提として使われてしまう。
★04 本稿の前提をなす作業として、立岩「主体の系譜」(八五年、東京大学大学院社会学研究科修士論文)「制度の部品としての「内部」――西欧〜近代における」「個体への政治――西欧の2つの時代における」「愛について――近代家族論・1」(以上八六、八七、九一年、『ソシオロゴス』十、十一、十五号)。特に「愛について」では、愛情が関係の基盤に置かれるという事態が何を意味するのかを記述し、そこに生じうる事態を検討しており、第二節の論点の一部がより詳細に展開されている。
★05 上野千鶴子『資本制と家事労働』(九〇年、岩波書店)、及びこれを巡る種々の議論等を念頭に置いている。私見を別稿で提示する。
★06 Jacques Donzelot 1977 La police des familles, Minuit(宇波彰訳『家族に介入する社会』、九一年、新曜社)等。
★07 これに関連した筆者の文章として、立岩「出生前診断・選択的中絶をどのように考えるか」(江原由美子編『フェミニズムの主張』、九二年、勁草書房)、「出生前診断・選択的中絶への批判は何を批判するか」(九二年、生命倫理研究会報告書)がある。


Boundaries of Modern Family : Consent cannot lead the figure of family we know

 Shinya Tateiwa
                Japan Society for the Promotion of Science

Why does the figure of modern family which we experience everyday become vague
when we begin examination of it ? What rights and duties can we endow on family ?And how can we limit the range which is endowed these rights and duties ? When
we want to consider these problems, it is insufficient only to present the
generally accepted figure of modern family. Based on a fact that references and
interventions to family began in modern age, we should examine what result from
principles and factors concernig modern family one by one. (Chapter 1) One of
these principles is the right of private possession in a broad sense. We will
ascertain effects of it : it takes an important role for transformation of
family and society, but it makes it impossible to define family extensionally
and to endow rights and duties to family positively. (Chapter 2) Then what other
factors exist ? In case multiple factors and their effects exist, how do the
problems about family appear ? Some subjects for next consideration are pointed
out. (Chapter 3)

■言及

◆立岩 真也 2015 『死生の語り・2』(仮)  文献表

UP:1996 REV:2012, 20161031
家族  ◇『家族性分業論前哨』  ◇立岩 真也 
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