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自立生活プログラム

―自立生活運動の現在・2―

立岩 真也 19920925 『季刊福祉労働』56:154-159


 掲載された文章とは若干の異なりがあります。
 この号の特集は「文部省の「心の居場所」にまかせるな!――二つの報告書を読む」です。ぜひお買い求め下さい。(1200+36円)

『生の技法 第3版』
『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』表紙

■始まり
 自立生活とはまず自分の生活を自分で決めることである。しかし、それができるかわからない、自分で、といってもその具体的な手がかりがつかめない、一人で暮らし始めても、結局は施設や親の家にいた時と同じことになってしまうことがある。どこでも新しい生活の仕方を見て学ぶことがなかったこと、他人に迷惑をかけないやり方だけを教えられてきたことを考えれば当然である。そこで、このところを援助しようとする活動が各地で行われるようになってきている。自立生活センターと呼ばれる機関の活動の一つの柱になるのが今回取上げる自立生活プログラムである。
 これは、自立した生活を援助するために、当事者が当事者のために行うプログラムである(他に東京都心身障害者福祉センターのプログラムがあり、多くの文献もあるが、今回は省略させていただく)。障害者運動、とりわけ七〇年代以降の障害者運動は既にそうした要素をもっていた。個別に相談に乗ったり、街頭での活動に誘う中で街に出ることを促してきた。また生活を試験的に体験する場所を提供して自立生活への移行を援助してきた。私が知っている初期の例では、国立市のかたつむりの会の試みがあった。それは今、札幌いちご会、新宿ライフ・ケア・センター他の自立生活体験室等の運営の試みに引き継がれている。いくつかのケア付住宅も永住の場所というよりは、独立した生活への通過点として位置づけられている。これらについてはいつか取上げようと思う。だが、それらが定まったプログラムとして行われることはなかった。
 プログラムなどといういかにも舶来風のものは、実際、米国での活動をモデルにしている。米国の自立生活運動の中で、プログラムを行っていることを知り、これを参考にして始めたのが、八六年に設立されたヒューマンケア協会(東京都八王子市)である。これがそういうものを求めていた人々に受け入れられ、各地に広がっていった。米国での状況を知りたいなら当協会発行の『自立生活への衝撃』が最適である(千円)。これを見ると、活動費に利用料金が占める割合は十七%程度であり、大部分は国・自治体からの援助によってまかなわれていることなどもわかって、そうでなければやっていけないなと納得したりもする。さてこれによれば、米国でも必ずしも一定しないようだが、自立生活プログラムという言葉自体は「自立生活センター」の成立要件の一部(あるいは全て)を満たす活動の総称として使われている場合もあり、ここで紹介している自立生活プログラムにあたるものは、「自立生活技術訓練」(八六年の調査ではプログラムの八六%がこれを行っている)、または「自立生活移行プログラム」あるいはその中の主要な一つのサービスとしての「自立生活技術訓練」と呼ばれているようである。もちろん名称はどちらでもよい。この「訓練」と日本での自立生活プログラムの内容に大きな違いはない。(他に谷口明広「自立生活プログラムの現状と課題」『自立生活NOW91』が参考になる)。

■概要
 プログラムは、大抵の場合、週一回、全部で十二回(五回・八回というところ、場合もある)が一シリーズになる。参加人数は五人から八人程度。一回三時間くらい、受講料は一シリーズで一万円前後。その案内は機関紙等に掲載される。CIL立川のようにプログラム用の場所がある(借りている)こともあれば、国立市の障害者スポーツセンターのように無料で利用できる場所が使われることもある。
 全国自立生活センター協議会に九一年末に寄せられた情報では九つの機関、これに一つを加え少なくとも以下の十の機関で行われているようだ。@ヒューマンケア協会、A町田ヒューマンネットワーク、BHANDS世田谷、C自立生活センター・立川、街かど自立センター(三鷹市)、第一若駒の家(八王子市)、わらじの会(埼玉県春日部市)、AJU自立の家(名古屋市)、クリエイティブサロン(東大阪市)、メインストリーム協会(兵庫県西宮市)。
 このうち私が把握できた@〜Cの機関によって、あるいはこれらが関わって、八六年から九二年七月現在まで二七のシリーズが行われている。八六年から九〇年は一〜三回だが、Aが九〇年から、B・Cが九一年から開始したことによって、九一年は九回、九二年七月までに七回。回数が多いのは、最初に始めたヒューマンケア協会で、総計十三回となっている。各センターが、一つの年度に三回くらいのプログラムを実施している。平均七人とすれば、これまでに計一八〇人くらいの人が受講していることになる。
 財政はどうなっているのか。受講料からの収入自体は、せいぜい年間三〇万円といったところだ。場所を持ち、スタッフをかかえ給料を支払うことの出来る額ではない。東京都の場合、前回も紹介したように、東京都社会福祉振興財団の地域福祉振興基金からの助成がある。人件費五〇〇万+事業費二〇〇万の基準額七〇〇万円の四分の三として五二五万円が助成されている。こういうことは今までなかったし、今のところは他の自治体でもないと思う。都の検討委員会による助成対象事業の決定の段階で、自立生活プログラムを採り入れている機関のメンバーが意見を述べる機会があり、それが反映されたのである。

■内容
 当たり前のことだが、このプログラムは、第一に、当事者に対してのものである。問題が社会の側にあるのだとしたら、なんで障害を持つ当事者がプログラムを受けるのか。一つには、生活する上で当事者がわきまえておいてよいことがいくつかある。一つには、遠慮していては何にもならないということ、まず当事者が動かねば、その外側の社会も変わらないということである。このことから、プログラムは二つの要素を持つことになる。一つには自分に今まで与えられていた否定的な規定をはね返して、自分に自信を持つこと。この自信を介して、もう一つは、与えられた状況への挑戦という要素を持つこと(石川准、九一年、「二つの選択――ある自立生活プログラムの現状と課題」『あくしょん』一三号、岡原・立岩、九二年、「自立の技法」安積他『生の技法』藤原書店、を参照のこと)。
 第二に、このプログラムは当事者によるものである。他でも行われていること、行えることと思われるかもしれない。だがそうではない。むろん第一には、障害を持つ者にとって最も適切な方法は、経験を積んできた障害を持つ当事者によって一番よく理解されているからである。しかし、それだけではない。自分に自信を持ち、与えられた状況に挑戦できるようになるために、自らそれを体験してきた人がプログラムを実施する側にいなくてはならないからだ。
 プログラムを提供する人はピア・カウンセラーと位置づけられる。ピア・カウンセリングとは年齢・人種等々何かを共有する人の間で行われるカウンセリングである。これについては筆者も加わった報告書(B5・百頁強)がヒューマンケア協会から最近出されたので、興味のある方は見ていただきたい。自立生活プログラムの現在までの実施状況も掲載してある。ヒューマンケア協会等では、その方法論として再評価のカウンセリングと呼ばれるものを採用している。これは集中講座及び長期講座によって全国に広がっている。私自身はあまり素直な人間ではないので、「人間の本質はすばらしい」とか言われると実は困ってしまうのだが、しかし、当事者が行うのが最も有効であること、否定的な評価に逆らい、それを打ち砕く必要があること、そのためには自己に対する信頼が不当に剥奪されている状態から脱する必要があるという主張は、ここまでに見た自立生活プログラムの基本姿勢と同じだ。
 以上を確認した上で、具体的な内容の紹介に移ろう。安積純子が監修し、ヒューマンケア協会から八九年に刊行された『自立生活プログラムマニュアル』は、目標設定/自己認知/健康管理と緊急事項/介助について/家族関係/金銭管理/居住/献立と買物と調理/性について/社交と情報、といった章立てになっている。制度の利用について独立の章がないが、これは地域によっても異なり、年とともに変わっていくからでもあり、実際には八六年の第一回のプログラム以降、頻繁に取り上げられている。多くはこれらを全て同じ比重で行うのではなく、シリーズごとのテーマを持ち、いくつかを強調して行われる。例えばヒューマンケア協会の第六回から第九回のシリーズは、「差別を考える・セクシュアリティ」「社会資源・権利について考える」「人間関係をつくるには」「家族との関係と介助について」「金銭管理について」といったテーマになっている。予想される受講者の層、必要の予測のもとにプログラムの内容が設定され、場合に応じて変更が加えられる。また、受講者の希望によって軌道修正が行われる。毎回の内容が違うから、いくつかを連続して受ける人もいる。シリーズの最初に、目標を個々が設定し、終わった時にこれを評価することになっている。
 プログラムは、講師が通りいっぺんのことを話し、受講者がそれを拝聴するというのではなく、個々人の今の状態に応じたより実践的な内容になっている。例えば「健康管理」「料理」「金銭管理」。銀行に口座を作り、お金を管理する方法を習得する。利用可能な制度の紹介にしても同じだ。実際に街に出てみるフィールド・トリップと呼ばれるプログラムもある。年に一度か二度、あるいは毎週、ボランティアのサークルが予め設定した場所に、定まったコースで、連れていってもらうのとは違う。受講者は、自分で行動しなければならない。これは、時によっては、参加者にもあるいはその介助者にもかなりのストレスを与える。実際、あらかじめ場所を決め、駅にも連絡しておいた方かよいのではないかといった介助者の指摘、苦情があったりする。こういうところから、移動や介助がどういうものであるべきなのか、介助者も含めて考えていくことになる。
 こうした人間関係に関わる部分については、ロールプレイという手法も使われる。介助者と介助の利用者、親と子、等の間に問題・対立が生じている典型的な状況が簡単なシナリオになっていて、それを相互に演じてみるものである。これには、ストーリーが一応完結しているもの(先の二つの論文にいくつかが紹介されている)もあるし、「不動産屋・一体何しにきたんですか。」「客・いろいろと物件を見せて欲しいのですが。」「不動産屋・うちには車椅子の人に貸すようなものはないので、ほかの店に回ってください」「客・(貴方なら、どう答えるでしょうか)」といった、次の手を自分で考えてみるよう促すといったタイプのものある。

■今後
 プログラムは概して好評である。今までのところ、きちっとした調査報告のようなものはないが、何人もの人が踏出そうとして踏出せなかった新しい生活に踏み出した。また行う側も積極的だ。権利獲得・権利擁護の運動を今後積極的に担っていけるような人材が育っていって欲しいという期待もある。今のところ、行われている場所は限られているが、例えば二十の機関が年に三回行えば、毎年五百人くらいの人達がプログラムを受けることになる。家や施設から出て暮らそうという人が未だ何千人という数にはなっていないことを考えてみれば、これはそれなりの数である。今後これは広がり、回数も増えていくに違いない。そのための条件は何だろうか。
 まずプログラムを持つことである。プログラムの基本的なところはマニュアル化されていてよいのではないか。試行錯誤を経て蓄積された経験はそれなりのものである。それを適宜、自分のところにあわせて改変していけばよい。
 次にプログラムを実施する人のこと。他のところの自立生活プログラムに参加したり、話を聞いたりして、参考にさせてもらうという手がある。ピア・カウンセリング講座もある。これについては、全国自立生活センター協議会(本誌五五号の中西正司の文章を参照)といった全国的な機関が情報を提供・媒介することができるだろう。特別の資格が必要だとは思われない。技術は当事者の活動の中で習得されるべきである。そのために質が落ちるだろうか。利用者が求めているものに答えられない、つまらないプログラムは淘汰されてなくなっていけばよい。一度出来れば永久に続いてしまうようなシステムはいらない。消費者の評価によってその存続が決定されるようなものとしてプログラムが位置づけられば、問題は生じないと思う。
 そして各機関の活動全体の中での位置づけ。福祉制度等、利用可能な資源の確認、生活技術の基本のチェックといった部分については、より広い範囲に対して、例えば新入会員の全てに対してプログラムを提供するという方向も可能だろう。同時にアフター・ケア、個別的な対応が重要である。前回既に行われているのを見たが、個別的なプログラムあるいはピア・カウンセリングといったかたちで、一人一人の必要に応じたフォローをしていくことが必要だろう。
 次に対象の拡大。前回紹介した自立生活センター・立川は清瀬療護園の自治会の要請に答え、施設の障害者に出前のプログラムを行った。また、HANDS世田谷、町田ヒューマンネットワークでは、親のためのプログラムも組まれている。もちろん、プログラムを運営するのは、親達ではなく、かつて親との関係で苦労してきた障害を持つ当事者である。そして、先に紹介した谷口の報告が、より年齢の低い時期に行うべきだと指摘している。異論はないが、その場は学校とは限られないのではないか。学校というシステムの外側に、未成年の障害者のためのコースを作ることがあってもよいのではないか。
 そして公的機関との関係。これを役所の職員が行うことはできないし、行うべきでもないと思う。当事者達が決定できること、それ自体が重要なのである。基本的には当事者の機関が運営する。しかし、受講者に料金を求めるのはよいとして、それで全ての経費をまかなうことはできない運営に対する公的な援助を求めねばならない。そのために、必要性と効果とをアピールしていく必要がある。むろん情報の提供等はどこでも行っている。しかし、それをプログラムとしてはっきり位置づけ、その記録を取ること、個別的な必要に対する対応もサービス一般の一部として捉え、サービスの内容・実績を公表することである。例えば利用可能な制度を知ることは当然の権利であり、そのためのサービスが今まで不十分にしか行われていないとすれば問題だ。どのような必要に対応しているか、対応する用意があるのか、それにはどんな意義があるのかを積極的に示すこと、そしてこの活動に助成している自治体が現にあること、考えてみれば、相談・情報提供にこれまでも自治体なりはお金を使ってきてはいるのだから、そのより有効な支出先として当事者の機関があることを示すことができるはずだ。
 以下、電話番号をいくつか。参加したい人、自分のところでも始めたい人は、連絡を取ってみて下さい。自立生活センター・立川0425-25-0879/HANDS世田谷03-5706-5859/ヒューマンケア協会0426-23-3911/町田ヒューマンネットワーク0427-24-8599/全国自立生活センター協議会事務局03-3235-5637 (情報を提供していただけると感謝→立岩真也


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