※この文章を引き継いで『私的所有論』の第9章が書かれました。
■1 考察の開始
■2 技術・議論の現状と本稿の論点
■3 「本人の不幸」という論理は成り立たない
■4 抹殺とする批判を採らない
■5 障害者差別だと言えるか
■6 私達の都合の問題である
■7 誰の権利でもない
■8 他者を決定しないという選択
■9 どのような道があるか
■注
★01 出生前診断の技術については,グループ・女の人権と性[1989]が手にとりやすく,その巻末で簡潔な説明がなされている。本文に記した厚生省の実施件数の調査,産婦人科学会の見解もごく簡単にだが紹介されている。また,医学関係の雑誌には,90年末までの約10年の間に約1500件の出生前診断に関する事例研究や一般的な動向を紹介した論文が掲載されている(JOIS・JMEDICINE の検索による)。私達にとってより重要なのは,検査の実態,特に情報の提供と同意の確認とが実際にどのようになされているのかということだが,個別の事例について当の担当者が学術誌などに記しているものはあるけれども,外部の者が調査しまとめたものはない。ただ現在,生命倫理研究会(問い合せ先:三菱化成生命科学研究所・米本昌平)によって,遺伝相談・出生前診断を行っている医師等への聞き取り調査を含む調査研究が進行中で,まとまり次第報告がなされるはずである(私は,本稿で十分になされえなかった,肯定・否定の各論の紹介を行う予定)。意識調査もいくつかある。特に白井らの調査([1977-1980])は,毎回異なる対象をとり,数年に渡って行われ属性別に集計されたもので充実している。詳しく紹介できないが,例えば,第一子にダウン症の子を持つ若い母親の第二子妊娠の場合を想定し羊水診断の受診を希望するとした者が8〜9割を占め,さらにその中でやはり9割以上が,胎児に異常があると診断された場合人工妊娠中絶を受けたいとしていることが知られる。他に毎日新聞社人口問題調査会や総理府広報室による調査がある(これらの概要を記したものとして白井[1990])。また,羊水検査を受けた母親に検査を受けた理由や胎児に以上が認められた場合の態度を聞いた高瀬らの調査報告(「胎児に異常が認められた場合は産むべきではない」52%,「程度により出産する」43%,後者に対して受入れられる障害の程度を聞いたところ「子供の背が低い」38%,「軽度の知恵遅れ」25%,「将来の不妊」25%,「中度の知恵遅れ」15%,「重度の知恵遅れ」6%,「ケイレンが起きる」0%)(高瀬他[1987a][1987b][1988])もある。外国の実情については,棚沢[1987],「高齢出産」する女性に向けて書かれたKitzinger [1982=1989]などにその一端が伺える。また,必ずしもここで言うような出生前診断ではないが,中国,北朝鮮などでは出生前からの質的な統制がかなり行われているという報告がある。外国の論議の動向については白井他[1981-1986](V)(W),また長尾・米本編[1987]も参考になる。少なくとも社会運動,論争という次元では,日本と諸外国とでは異なった展開を見せているようだ。だが,批判の動きも確かに存在する。この検討は別の機会に譲る(河野[1983],また他の諸国と異なるドイツの状況についてはSinger[1991](加藤秀一の訳,市野川容孝の考察が手元にある),等が参考になる)。ここでは特に日本という国の特殊事情云々を考えずに一般的に論を進めたい。
★02 具体的な事態の推移,主張,主張の分岐を追うのはやはり別の課題となる。江原[1985:126-137],大橋[1986],金井[1989:54-91],等に記述がある。また直接ここでの主題を扱ったものではないが,障害者運動の主張,その由来,その位置を検討する上では,安積他[1990](岡原[1990],岡原・立岩[1990],立岩[1990],等)が,参考になると思う。私にとって今回の文章は,この本をまとめる作業のなかで考えたことの延長線上に位置づく。またこの主題について障害者運動の当事者によって書かれたものとしては,横田[1979],等がある。こうして文献をあげていくときりがないがそれでも,やぎ[1986],日本臨床心理学会編[1987],石川[1988],は記しておかねばならない。また『福祉労働』21号(1983年)の特集がある。なお筆者は,現在,技術の概要,政策やそれへの批判の動きを追った年表,著作・機関紙等の文章・発言の引用,文献リスト他を内容とする,この文章と対になる資料篇というべき文章を作成し加筆を続けている。ここでなされえない具体的な検証作業の一部が行われている。必要があれば送付する(→〒181 三鷹市上連雀4-2-19)。以下は,一つ一つその出処を記すことができないが,こうした一連の筆者の作業の過程で得たものが念頭に置かれて書かれている。
★03 「リプロダクティヴ・フリーダム」の思想について検討しその擁護を試みた論考として,加藤[1991a]をあげる。
★04 一つの例だけをあげる。
「結果を考慮することから中絶をみようとするならば,まず中絶を行う理由を一つずつはっきりさせた方がよい。/1.先天奇形であることが判っているかその確率が非常に高い場合の新生児の生命を断つため。/2.もし生まれたら非常に劣悪な家庭的,社会的環境に苦しむと予見される,子供の生命を断つため。/3.妊娠の継続により母親の生命がおびやかされる場合,母の生命を救うため。/4.人口調節のためにこれ以上の出産を止めるため。/5.経済的その他の理由の個人的事情により母親が望ましくない妊娠を除くため。/上記の理由は1〜5の順に,胎児の利益が減少し母(あるいは社会)の利益が多くなるように並べてある。3番目の理由では,母と胎児の利益は等しくなっている。この場合は胎児の生命か母親の命かであり,どちらかを選ばなくてはならない。先に留意したように第一の理由および第二の理由による中絶は胎児の最善の利益のためのもの,および胎児期の安楽死とみられる。」((Brody[1981=1985:162-163])
★05 以下この節は,BS(Bio-Sociology)研究会での,とりわけ加藤秀一との討論に触発されたところが大きい。記して感謝する。彼の考察は加藤[1991b] で展開されている。
★06 質の決定といってもその可能性は多様である。ここでは,これを一般的に論じようとしているのではない。例えば「積極的優生」についてどう考えるか。以下に述べることと同じことが妥当する面が確かにあるはずである。だが,ある属性の「私」からの剥離の可能性をどのように見るかといったことを含め,さらに考えてみたいことがいくつかある。
★07 家族,親という存在の定義自体が問題化されるこの時代にあって,誰がどのような権限を持つのかについての検討は必須である。前提的な考察を立岩[1991b]で行った。
★08 障害者差別に抗するということをどう考えていったらよいのかについての私見を立岩[1991a]に記した。
★09 白井他の,産婦人科医・小児科医・内科医を対象にした調査([1981-1985](T))では,障害の可能性のある胎児(4ケ月未満)に「生きる権利なし」とした者(44.4・43.7・51.1%,「あり」とした者は7.4・18.5・12.2%)にその理由を尋ねたところ(複数回答),「生まれてくるとかえって本人が不幸になる」61・70・87%,「人間として価値が低い」0・6・5%,「精神的・経済的負担がまして家族が不幸になる」75・79・76%,「社会の負担になる」14・23・25%,「社会的にみて有用でない」11・12・11%といった結果が得られている。他に白井他[1981-1985](X)も参照のこと。
■文献表
安積 純子・岡原 正幸・尾中 文哉・立岩 真也 1990 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』,藤原書店,312p.,2500
Brody, Howard 1981 Ethical Decisions in Medicine, 2nd Edition, Michigan State University=1985 舘野之男・榎本勝之訳,『医の倫理[原書第二版]』,東京大学出版会,380p.
江原 由美子 1985 『女性解放という思想』,勁草書房,225p.,1854
『季刊福祉労働』21号 1983 特集:優生保護法改「正」と私たちの立場,現代書館,180p.,950
グループ・女の人権と性 1989 『アブナイ性殖革命』,有斐閣選書792,270p.,1700
石川 憲彦 1988 『治療という幻想――障害の治療からみえること』,現代書館,269p.,2060
女性学研究会 編 1986 『女は世界をかえる』(講座女性学3),勁草書房,261p.,1900
金井 淑子 1989 『ポストモダン・フェミニズム――差異と女性』,勁草書房,250p.,2060
加藤 秀一 1991a 「女性の自己決定権の擁護――リプロダクティヴ・フリーダムのために」,『ソシオロゴス』15
――――― 1991b 「リプロダクティヴ・フリーダムの視野」,『年報社会学論集』4,関東社会学会
Kitzinger, Sheila 1982 Birth over Thirty.=1989 雨宮良彦監修,『30歳からのお産』,メディカ出版,262p.,2200
河野 博子 1983 「子宮をのぞくことが可能な今,女たちは――スウェーデン・フランスの場合」,『福祉労働』21:66-74
長尾 龍一・米本 昌平 編 1987 『メタ・バイオエシックス――生命科学と法哲学の対話』,日本評論社, 288p. ",3300
日本臨床心理学会 編 1987 『「早期発見・治療」はなぜ問題か』,社会評論社,445p.,3500
大橋 由香子 1986 「産む産まないは女 (わたし)がきめる――優生保護法改悪阻止運動から見えてきたもの」,女性学研究会編[1986:48-73]
岡原 正幸 1990 「制度としての愛情――脱家族とは」,安積他[1990:75-100]
岡原 正幸・立岩 真也 1990 「自立の技法」,安積他[1990:147-164]
Singer, Peter 1991 On Being Silenced in Germany, The New York Review of Books, August 15:36-42.
白井 泰子 1990 「先端医療に対する社会的態度――生命倫理の問題を中心に」,『心理学評論』33-1:71-85,
白井 泰子 他 1977-1980 「社会的弱者に対する偏見の構造(T)〜(V)」,『愛知県コロニー発達障害研究所社会福祉学部研究報告』2:9-20, 3:15-25, 4:33-46, 4:47-55, 5:19-31,
――――― 1981-1986 「人間の生命過程への介入とバイオエシックス(T)〜(VI)」 ,『愛知県コロニー発達障害研究所社会福祉学部研究報告』6:1-8, 7:1-11, 7:12-25, 8:1-18, 10:23-41, 11:13-26
高瀬 悦子 他 1987a 「羊水検査を受けた母親に対する意識調査」,『金沢医大誌』12-3:318
――――― 1987b 「羊水検査を受けた母親に対する意識調査」,『臨床遺伝研究』9-1・2:84
――――― 1988 「羊水診断を受けた母親に対する意識調査」,『臨床遺伝研究』9-3・4:166-173
棚沢 直子 1987 「高年齢出産――個人的体験から」,『日本婦人問題懇話会報』46:11-20,
立岩 真也 1990 「はやく・ゆっくり――自立生活運動の生成と展開」,安積他[1990:165-226],
――――― 1991a 「どのように障害者差別に抗するか」,『仏教』15:121-130,法藏舘
――――― 1991b 「愛について――近代家族論へ」,『ソシオロゴス』15
やぎ みね 1986 『女からの旅立ち――新しい他者との共生へ』,批評社,247p.,1800
横田 弘 1979 『障害者殺しの思想』,JCA出版,219p.,1600
*白井他[1977-1980][1981-1986]の詳細は以下の通り
白井 泰子・藤木 典生・白井 勲 1977 「社会的弱者に対する偏見の構造(T)――心身障害児に対する女子学生の意識」,『愛知県コロニー発達障害研究所社会福祉学部研究報告』2:9-20
白井 泰子・藤木 典生・白井 勲・塚原 玲子 1978 「社会的弱者に対する偏見の構造(U)――心身障害児に対する未婚男女の意識」,『愛知県コロニー発達障害研究所社会福祉学部研究報告』3:15-25,
白井 泰子・白井 勲・藤木 典生・塚原 玲子 1979 「社会的弱者に対する偏見の構造(V)――心身障害児に対する既婚女性の意識」,『愛知県コロニー発達障害研究所社会福祉学部研究報告』4:33-46,
白井 泰子・白井 勲・藤木 典生・塚原 玲子 1979 「社会的弱者に対する偏見の構造(W)――心身障害児に対する男子大学生の態度」,『愛知県コロニー発達障害研究所社会福祉学部研究報告』4:47-55,
白井 泰子・白井 勲・藤木 典生・塚原 玲子 1980 「社会的弱者に対する偏見の構造(X)――選択的妊娠中絶をめぐる諸問題」,『愛知県コロニー発達障害研究所社会福祉学部研究報告』5:19-31
白井 泰子・白井 勲・藤木 典生 1981 「人間の生命過程への介入とバイオエシックス(T):出生前診断及び選択的妊娠中絶に対する医師の態度」,『愛知県コロニー発達障害研究所社会福祉学部研究報告』6:1-8
白井 泰子・白井 勲・藤木 典生 1982 「人間の生命過程への介入とバイオエシックス(U):出生前診断及び選択的人工妊娠中絶に対するパラメディカル・スタッフの態度」,『愛知県コロニー発達障害研究所社会福祉学部研究報告』7:1-11
白井 勲・白井 泰子・藤木 典生 1982 「人間の生命過程への介入とバイオエシックス(V):出生前診断の法と倫理――アメリカにおける問題状況の概観」,『愛知県コロニー発達障害研究所社会福祉学部研究報告』7:12-25,
白井 泰子・白井 勲・藤木 典生 1983 「人間の生命過程への介入とバイオエシックス(W):インフォームド・コンセントの原理――アメリカにおける問題状況の概観」,『愛知県コロニー発達障害研究所社会福祉学部研究報告』8:1-18,
白井 泰子・白井 勲・藤木 典生 1985 「人間の生命過程への介入とバイオエシックス(X):保因者検索に対する医師の態度」,『愛知県コロニー発達障害研究所社会福祉学部研究報告』10:23-41,
白井 泰子・白井 勲・藤木 典生 1986 「人間の生命過程への介入とバイオエシックス(Y):体外受精に内在する倫理問題と社会的態度」,『愛知県コロニー発達障害研究所社会福祉学部研究報告』11:13-26,
*江原由美子編『フェミニズムの主張』(勁草書房,1992年)所収論文
*本文+注:40字×655行 印刷:1p.=47行 1991.04.25脱稿