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「日々のすぎる中で 1999年まで」

斉藤 龍一郎(さいとう りょういちろう) 19991219.
[English] / [Korean]
アフリカ日本協議会(AJF)
「日々のすぎる中で 1999年まで」
(再録元ページURL:http://www.asahi-net.or.jp/~LS9R-SITU/index02.html)
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*この頁は故斉藤龍一郎さんが遺されたホームページを再録させていただいているものです。

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last update: 20210122


■本文

このページは脈絡のないページです。それでよければ見てください。


今日は99年7月15日、木曜日早朝。
変な夢を見て目が開いてしまいました。
すごくひさしぶりの更新です。
4月に朝日ネットの支払いに使っていたカードをなくしてしまい、後始末に時間がかかったため6月初めの10日間ほどメール発信・ホームページの更新・管理ができなくなってしまいました。
また、6月は雑誌「すいへい・東京」の編集、解放書店の取り扱い図書目録の編集と気ぜわしい日々が続き、このページを見て直して書き足してという気分になれなかったのです。
二つ大きな仕事をすませたので、6月28日から一週間、ベルギーへ行って来ました。
ブリュッセル空港へ直行し、ブリュッセルで一泊、ナミュールで2泊、リエージュで2泊、最後にブリュッセルで1泊という日程で動いてきました。
ブリュッセルの街は、古い街で立派な教会があちこちにあります。
EU委員会の本部、NATOの本部を見てきました。
ブリュッセルから特急列車で50分くらいのナミュールの町は、二つの川の合流点に位置する交通の要所です。町の中心街と川を隔てて向かい合っているちょうど合流点に位置している城塞跡のトンネルツアーに参加しました。フランス語・英語での説明はわからなかったのですが、トンネルの要所要所においてある人形や説明版と最後に見たビデオの説明文を見ると、城塞の大きさの意味がよくわかりました。
先に川があって、川を主要な交通路として使っていた。そこで、合流点に当たるナミュールにチェックポイントとして最初の城塞が築かれたのは、遡ること1000年近く前だというのです。
川の流れ、そして川に沿って続く街道を見晴るかす高見に見張り台が作られたことから始まるこの城塞は、何度かの改修を経て拡張されていきます。
ナミュールの一帯は、神聖ローマ帝国領として歴史に登場します。
のちにハプスブルグ家のスペイン王室に譲渡されます。隣国フランスが長い内戦(100年戦争)を経て、ブルボン家の王朝の下で統一され周囲に向かって膨張政策を取り始めた時、真っ先にやってきたのはこの地方のようです。
ナミュールの城塞攻略のために、ルイ14世は15万の軍隊を動員し、完全な包囲陣形を敷いて、まず対岸の市街地を占領し補給線を断ちました。城塞にたてこもっていた軍隊は、やむなく武装解除して明け渡しています。
トンネル内には、第二次世界大戦時のドイツ軍のかっこうをした人形もおいてありました。ノルマンディー上陸作戦で始まるヨーロッパ戦線の攻防戦の際に、ドイツ軍はこの古い城塞跡に張り巡らされた地下道をかっこうの陣地として防御線を敷くのに使ったということです。
いろいろと思い出しますが、この辺で今朝はやめます。


今日は99年5月26日、水曜日夜。
今日の阪神・中日戦の結果を見ようとテレビを気にしながら、これを書いています。
おとといアップした「介助をするということ」について市野川君・吉田君から一言ずつもらい、また吉田君が以前書いた文章「友だち」のことを思い出して、あれと対になるような文章を書こうと考えています。
吉田君のパソコンをインターネットにつなぐために、このところけっこう彼の部屋まで行っているからそんなこと思い立ったんだな、なんて思っています。


今日は99年5月24日、月曜日朝。
このページを作り終わって、障害学メーリングへメールを流したら仕事
「障害学への招待」という本を読みました。編者の一人、石川准君は一度あったことあります。執筆者の一人、市野川容孝君とは介助先で月に2〜3度顔を合わせるということが10年以上続いています。
読んでいろいろと触発されるところがあったので、僕も一文書きました介助するということです。


今日は99年5月7日、金曜日朝。
連休中によく寝たせいか?! 早くに目が開いた。
昨日、職場へ「今、ホームページを見ているんですけれど、本を注文すれば送ってもらえますか?」という電話がかかってきた。
お〜っ、なんて声には出さなかったけれど、やったね、という気分でした。
ところがよく聞くと、なんと「がんばれ解放書店のページ」を見ているとのこと。
おっとこれはまずい、とあわてて「がんばれ解放書店のページ」につい先日作ったばかりの解放書店のホームページへのリンクをはりました。
解放書店のホームページ、大家さん(JCA−NET)のアクセス統計レポートによると、すでに400を超えるヒットがあり、本の注文も2冊来ている。開いてよかったな、と思っています。


今日は99年4月26日、月曜日朝。
洗濯をすませ、このページを作り終わったら仕事
解放書店のページ、「話題の本」というコーナーを作りました。今週いっぱいは「現代思想2月号 部落民とは誰か」でいく予定です。
先週金曜日の夕方、用があって行った日暮里で駅構内の古本市の山の中から「海がきこえる」(氷室冴子著)を見つけました。「海がきこえるII アイがあるから」はずっと前に西新井駅近くの古本屋で手に入れていたので、やっとそろったわけです。
もう2度も3度も読んだ話だけど、またまた読み始めて、金曜夜に一度、雨に降り込められて部屋に籠もっていた土曜日にもう一度、と読んでしまいました。
僕の常備愛読書には、氷室冴子が並んでいます。特に、「なぎさボーイ」「多恵子ガール」「北里マドンナ」の三部作、そして「海がきこえる」二部作は、遠い昔の思い出と一緒に、これからもいろんな人と出会っていけたらいいな、という気分を呼び出してくれます。


今日は99年4月23日、金曜日朝。
洗濯をすませ、このページを作り終わったら仕事
更新しようと思いつつ、1カ月半余りが経ってしまいました。
この間に、解放書店の年度末・年度始めの事務を済ませ、ついでに解放書店のホームページも作って、新刊ニュースを載せました。早速、注文が来たので、びっくり、うれしい、状態です。(電子メールでの注文にはちょっとですが、サービスします)
今年の正月に、友達の所へ遊びに行って渡された講演記録のブックレット、おもしろかったので、了解を得て掲載しました。同和教育実践報告 岡部さん城南町で語るというページです。よければ読んでみてください。


今日は99年3月6日、土曜日朝。
絶好の洗濯日和! 洗濯!洗濯!
二日間、輪転機を通すとくるくると丸くなってしまう紙を相手に、印刷機を回していたら、すっかり腰が痛くなってしまいました。
先日から、取り込んだままちゃんと読んでもいなかったメーリングの過去ログを整理しています。いろいろと発見があります。何となく浦島太郎になったような気分です。
その中でも、「世界の戦後補償」に関する一連のメールには、感嘆しました。
このテーマだと、いくつか関連するような運動体の機関誌紙に掲載されていても不思議でないですが、僕の知っている範囲では、このメーリングで見るだけです。
しかも、メーリングのホームページに過去ログページがあり、全文をたどっていくことができます。(amlのホームページ
ちょっと残念なことに、このamlのホームページ掲載の過去ログは日付順に自動転載されたものなので、内容別のリンクにはなっていません。
せっかくなので、「世界の戦後補償」については索引ページを作りました。



今日は99年2月22日、月曜日朝。
今、スパゲッティをゆでています。そろそろゆであがりそうです。
この間から思い立って作り始めた「解放書店のホームページ」、僕の名前のページにあるのは「まずい」という声が出てきました。
「個人の名前で公的な活動をするのはどうかと思う」ということらしいです。
たぶん、機関の名前を個人的に使ったあるいは特定のグループが私物化したケースを思い出してしまったのだろう。
僕にしてみれば、「見てみたい」とか「どんなページなの」の声より先に、「『解放書店のホームページ』というはやめてくれ」と発せられたのに、寂しいものを感じる。
まだまだ、インターネットを使った本の販売なんて言うのは、大きな書店でしかペイしないだろう。(丸善や紀伊國屋はもう儲かり始めているのかな?)
ほんとに特定固定客を想定した本屋や通販になれた古書読者を相手にする古書店以外では、購入者にとって通販で本を買うこと自体がまだなじみのないことでしょう。(「あすよむ」はうまくいっているのかな?)
特に解放書店みたいな新聞の売り上げがあるから、企業や学校の注文に応じられるという本屋では、個人相手にホームページで本を売るというのはあまり現実的な方針とは思えない。
それより、せっかく解放書店でたくわえたデータ(各地の運動体の出したパンフや雑誌の紹介など)を見てもらえるようにして、そんなことを通して知名度を上げていく、という感じかな、と思っている。
そういうページに解放書店のお金を使うには、けっこう「根本的な」議論とかが必要になりそうなので、お金を使わないで店には負担をかけないで「宣伝」以前のことをやりたいな、と思っているのですけれどねぇ。


今日は99年2月15日、月曜日未明。
ふっと目が開いて時計を見たら午前4時。
昨夜、読んだ何本かのメールのことが頭に浮かんで、キーボードの前に座っている。
解放書店のホームページを開いたと、友人・知人へメールを出し、almへ投稿したところ、早速「見た」という返事が返ってきた。
その中で、三重の人権研究会の田畑さんからは、解放書店のホームページだけでなく、このページへのリンクもはりたい、との挨拶があり、うれしかった。
友人がアップしたホームページ上の間違い(「東販」を「東版」としていた)を知らせてもくれた。


今日は99年2月9日、火曜日の夜遅く、もうすぐ10日になる。
今日、解放書店のホームページを立ち上げた。
といっても、中身は解放書店の新刊ニュースだけ。
これから奈良や兵庫、福岡の研究所や部落解放・人権研究所の出している機関誌の目次などをアップして、いくらかでも役立つページにしたい。
yahooに登録しようとしたのだが、よくわからない。
こちらは、今後の課題だ。


今日は99年1月9日、月曜日の午後、台所の工事がまだ続いている。
昨年末に、鶴見俊輔「期待と回想」(問答による自叙伝)、「となりに脱走兵がいた時代 ジャテック、ある市民運動の記録」と読んだら、勢いが付いて、年末には鶴見俊輔集「日本思想史序説」、年が明けて今度は武谷三男「聞かれるままに」「思想を織る」と読んで、羽仁五郎の「自伝的戦後史」にかかってしまっています。
僕は鶴見さんの本は昨年暮れに読んだのが初めてでした。
大学の2年生の時、たまたま生協で手に取った武谷三男著作集全5巻、現代論集全6巻というのは、学生の時に買った本をずっと持っています。
武谷三男そして羽仁五郎の本と出会わなくとも、多分、僕は大きく違うほどの道筋を歩きはしなかったと思います。
でも、彼らの本を読んだおかげで、物事をどう見るのか、どう考えていくのか、といった点ではずいぶんと学ぶことができたと思います。
特に、武谷さんには学生時代一度会って話を聞いてもらったことがあります。この時に言われたことは今もすごくよく覚えています。


今日は98年11月14日、晴れた土曜日、洗濯を済ませました!
マンガ家川原泉に「本日のお言葉」という本があります。白泉社文庫で出ています。
といっても、僕は彼女のマンガはほとんど読んだのですが、この本はちょっと遠慮しています。
ただ、タイトルがそそるんですね。
僕も向こうをはって「本日のお言葉」なんてやってみたくなります。
「悪党の世紀」(新井重孝著 吉川弘文館・歴史ライブラリー)を読みました。
仕事で印刷機を回しながら、くたびれた印刷機の紙送りテーブルを抑えつつ、読みました。
時代は鎌倉時代から南北朝にかけての頃のことを書いたものです。
ハードボイルと小説を書いている北方健三が、「破軍の星」「武王の門」など一連の南北朝ものとえいえる小説を書いています。それらの小説の背景に当たる部分ですね。
南北朝の頃の話を読んでいると、典型的な例の一つでいえば京を落ちて九州へ走った足利尊氏が、京を出るときには何百人かしか率いていなかったのに、一年も経たない内に九州から舞い戻るときには数万人を率いている、という数の不思議を感じていました。
この「悪党の世紀」を読んでいるとなぜそういったことが起こるのかがわかったような気がします。
そしてまた、大軍であれば強いわけではないという不思議にも答えらしきものが見えてきました。


今日は98年11月10日、酉の市の日です!!
新聞を見ていたら、イトーヨーカ堂・セブンイレブンが5%引きセールをやると、記事になっていた(広告じゃない)。で、帰り道に部屋のすぐ近くのセブンイレブンへ寄ったらいつもの通りの請求だった。あれっと思って部屋へ帰って新聞をよく見たら11日から15日までの限定セールじゃないですか。新聞はよくよく読まないとダメですね。
です。
「弓矢と刀剣 中世合戦の実像」という本を読み終わりました。おもしろかった。
織田信長が長篠の戦いで大量の鉄砲を使って武田騎馬軍団(これのイメージもちょっとかえないといけないけもしれない!)を打ち破ってからこちらは鉄砲、それ以前は弓矢、これが戦場で一番の武器でした。なんていったらあまりにも当たり前のことのようですが、僕なんかは、言われてみて「なるほど」でした。
で、その弓矢がまず第一の武器だった頃(古代から戦国時代まで)のうち平安・鎌倉から南北朝の頃の戦争の実際を、武器としての弓矢・刀剣そして馬に防御具である甲冑の実践的な使用法を確認しながら想像した本です。


今日は98年11月8日だ!!
今日は日曜日だというのに仕事で、朝早くに起き出してティアラこうとうへいった。
運動の一環なんだけれどすっかり定例行事化してしまった部落解放東京都研究集会の会場での本売りが仕事だ。
思っていたより本が売れたのでうれしい。
この間預かったばかりの「実践するセクシュアリティ」を、ひさしぶりに会った友達(今日の記念講演者だ)に買ってもらえて、これもうれしい。
うれしいついでに、ホームページの更新だ! 1カ月ぶりの更新だ!
もうずっと前からこの辺りに置きっぱなしの新しいリンク先の紹介やら、ウィーン旅行から帰って書いた報告へのリンクなんかは消してしまおう!
です。
帰りの電車の中で「弓矢と刀剣 中世合戦の実像」を読み始めたら、これがおもしろいです。

以前、リンクを張っていた宮内さんの新しいページ・アドレスが分かったので、リンクを新たにしました。

今朝(もうしばらく前のことです)、ウィーンから帰ってきました。
今回は、愛用のDUOを持っていったので、途中で書いた文章をアップしてあります。
訪ねていった友人の部屋には、「これが一番安かったから買った」というコンパックのアルマダが置いてありました。
「日本語も使いたいと思って日本語ウィンドウを入れたのはいいけれど、イクスプローラーが遅い」というので、よくよく聞いてみると、デフォルトの16メガしかメモリーがない。ということで、まずはメモリー増設が必要だよ、という結論になりました。
ヨーロッパで売っているノートパソコンのメモリーはまだまだ16メガです。
英語やドイツ語のウィンドウ95やウィンドウNTが、とりあえずそれで動くみたいですね。

このところ仕事に追われている、という気分です。
仕事に追われて、何となく忙しいな、という気分になると、とたんに(?!)小説を読みたくなります。で、宮本昌孝の時代小説、竹本健治の「ウロボロスの基礎論」なんていうものをこのところ読みました。
読んでいるだけじゃ淋しくて、読書ノート(?)何ぞを書き始めましたので、読んでみてくださいな。
これは初めてこの間読んだ本ということで、よろしく。

リンクをもう一つ増やしました。行ってみてください。
今度増やしたリンクは、アフリカ文学研究会のページです。
一昨年、京都でシンポジウムをやるというので行って、初めてメンバーと会ったのですが、すごくいい思いをしてしまいました。
最近、機関誌が送られてこないな、と思っていたら、ホームページが出現した、という感じです。
これは初めて僕の日常・非日常については現状報告をホームページ作成日記に書きました。
今回からこのページのファイル名をindex.htmlにしました。
ということでリンク先の変更をお願いします。

ところで、僕のお薦めリンク、いくつか点検のために行ってみたところたどりつかないところがありました。
で、小倉さんのページへのリンクをはずし、山崎カヲルさんのページと小柳次郎さんのページへリンクしました。よろしく。
いのけんのページもなくなったようです。いのけんから発展的解消しましたという報告が来ているので見に行ってみたところ、次の案内もない状態でした。
バックグラウンドカラーも変えてみました。


最近、参加している不登校と学校をめぐるメーリングで出くわしたページや機関誌も少しずつ紹介しようと思っています。
JCAの活動にも注目を呼びかけたいと考えています。


■斉藤さんの近況、リンク等

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僕のお薦めリンクはこちらです。

僕がこれまで書いてきたことは
近況(2020年11月13日更新)
近況2019年
近況2018年
近況2017年
近況2016年
近況2015年
近況2014年
近況2013年
近況2012年
近況2011年
近況2010年
近況2009年
近況2008年
近況2007年
近況2006年
近況2005年
近況2004年
近況2003年
日々のすぎる中で 2002年
日々のすぎる中で 2001年
日々のすぎる中で 2000年
日々のすぎる中で
グギとエメチェタのこと
あれこれ
よろしく。

読書ノ−ト です。




昨年、亡くなったスティ−ブン・J・グ−ルドの本を買ってもらいたいと思っています。
紹介文をボチボチ書いていくつもりです。まずは机の側にころがっていた「THE MISMEASURE of MAN」のことを書きました。


by 斉藤 龍一郎




*作成:斉藤 龍一郎/保存用ページ作成:岩ア 弘泰
UP: 20210122 REV:
アフリカ日本協議会(AJF) 斉藤 龍一郎 
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