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「読書ノート2009年〜2016年」

斉藤 龍一郎(さいとう りょういちろう) 20161204.
[English] / [Korean]
アフリカ日本協議会(AJF)
「読書ノート2009年〜2016年」
(再録元ページURL:http://www.asahi-net.or.jp/~ls9r-situ/books2016.html)
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*この頁は故斉藤龍一郎さんが遺されたホームページを再録させていただいているものです。

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読書ノート2017年以降



■本文

今日は2009年2月8日、日曜日

AJFの中では「若手」と言えそうな会員の本が何点か出ました。



今日は2009年6月28日、日曜日

辻村英之さんの新刊「おいしいコーヒーの経済論 「キリマンジャロ」の苦い現実」を読みました。

第2章 「キリマンジャロ」の生産者たち 「顔の見える関係」のために
は、キリマンジャロ山麓のコーヒー生産者たちの生活、学校への期待、都市で暮らしつつ農村に寄与する人々の姿をくっきりと描いており、僕自身は直接会ったことのない人々の存在を身近に感じます。

第5章 ポスト構造調整とフェア・トレード 生産者たちの不利な状況の改善
で紹介されている政府、協同組合、小農民がそれぞれに「市場の圧力」に立ち向かっている姿に、心強い思いをしました。

4月に読んだ西真如著「現代アフリカの公共性−エチオピア社会にみるコミュニティ・開発・政治実践」の一節を、大学の授業で教材として使いました。

首都アジスアベバに住む人々が故郷の地に道路や学校を作るために立ち上げたグラゲ道路建設協会、アジスアベバの人々の多くが参加する様々な葬儀講の活動を、引き裂かれた社会をつなぎとめる努力、構成員とそうではない人との間の線引きに常に揺らぎを抱え込む共同体のあり方という視点から読み解いた興味深い本です。

目 次
第1章 「それは可能だ」
第2章 差異・配分・公共性
第3章 アフリカの市民社会とエスニシティ−「貧困」と「欠如」を問い直す試み
第4章 エチオピアとその首都アジスアベバ、および南部諸民族州の概要
第5章 国民統合とエスニシティ−何がエチオピアの社会を引き裂いてきたのか
第6章 エンパワーメントの政治実践−グラゲ道路建設協会の活動
第7章 真のエンパワーメントを求めて?
第8章 他者を排除する/他者に配慮する共同体
結論

著者が調査している地域で起きた新たな「民族」の誕生と民族に基づく自治体の分裂という事態は、ユーゴスラビア連邦崩壊後に進行してきた事態、ロシア連邦におけるチェチェン共和国独立闘争、グルジア共和国における南オセチア紛争などを思い浮かべさせます。住民投票によって自治体が分裂したケースは、この地域にとどまらないとも報告されています。興味深いことです。

葬儀講に関する報告と論考を読みながら、二つのことが思い浮かびました。

一つは、一昨年、在日カメルーン人協会とAJFとで取り組んだ在日カメルーン人コミュニティに向けたエイズ啓発ワークショップです。

カメルーンからHIV陽性者ネットワークの活動家を招いて実施したこの啓発ワークショップは、在日カメルーン人協会が直面したメンバーのエイズによる死と故郷への遺体送致という事態があったことから始まった取り組みの一環です。遺体送致にあたっては、協会で資金を出し合ったという話が思い浮かびました。

もう一つは、被差別部落を対象に行われた同和対策事業の中で、墓地整備、納骨堂新設などが重要な取り組みとして行われたという印象です。



今日は2009年11月29日、日曜日

mixiの日記に書いたことを、まとめました。

モンサントの下の世界(Le Monde selon Monsanto)

今年1月、明治学院大学で開かれた遺伝子組み換え作物に関するセミナーで、フランスでは空港の書店で山積みにされているという「モンサントの下の世界(Le Monde selon Monsanto)」を教えてもらいました。昨年、同じタイトルのビデオと本が出て話題になったようです。サブ・タイトルが「ダイオキシンから遺伝子組み換え作物まで:あなたの全てを求める多国籍企業の実態(De la dioxine aux OGM, une multinationale qui vous veut du bien)」となっています。

かねてから気になっていたことが書かれているようで、今年の夏に出版される英訳本を待てず、慣れないフランス語で読んでいます。2月に本が届いたと思ったら、3月初めにはポケット判が出たよとの案内が送られてきました。僕の持っている本は、大判のペーパーバックで20ユーロ、新たに出たポケット判は12ユーロとかなり安くなっています。

読み取れた範囲では、モンサントは、PCB、ベトナムで枯れ葉剤として使われたオレンジ剤、現在の遺伝子組み換え作物と関わりの深い除草剤ラウンドアップ(コロンビアでは、2000年〜2006年にコカを枯れさせるために大量に空中散布され、人権問題になっています)、牛の成長ホルモン、そして遺伝子組み換え作物の種子を作ってきました。

現在、米国でPCB汚染でゴースト・タウン化した街の人々がモンサントを相手にクラス・アクションを闘っています。フランスでもローヌ川の PCB汚染に関する警告が出されており、ノルウェー政府は、PCB製造メーカーにフィヨルド汚染を解決するための資金拠出を命じているそうです。

日本でも一部では有名なシュマイザーさんの裁判についてもまとめられています。米国内でもモンサントに訴えられた、モンサントを訴えたという裁判はたくさんあることがよくわかりました。

隣人の畑で作っているラウンドアップ耐性大豆の花粉が舞い込んだり、種そのものが入り込んだりして、「遺伝子汚染」が進む状況が詳しく描かれています。関連資料そのものは、英語でたくさん出されています。

cf. Rich Weiss "Seeds of discord : Monsanto's gene police raise alarm on farmer's rights, rural tradition" The Washington Post 3 Feb. 1999

アベンティスが開発したスターリンク・コーンのことを覚えている人はいますか?日本ではコーンを使ったお菓子にスターリンク・コーンが使われているのが判明してけっこうな騒ぎになりました。

スターリンク、コーンで検索をかけたら、いくつか出てきました。

モンサントが開発したラウンドアップ耐性小麦は、ヨーロッパ、日本、韓国の製粉業者が購入しないと明言したことで、導入が阻まれました。

国をあげて遺伝子組み換え大豆を導入したアルゼンチンでは、

  1. 遺伝子組み換え大豆の特許使用料請求
  2. 大豆一色になってしまったための食料輸入
  3. これまで開発の対象とならなかったボリビア国境へ広がる半乾燥地帯での共有地囲い込みと使い捨て大豆耕作(2年で収量が大きく減ってしまう)
  4. ラウンドアップによる環境汚染、人的被害
  5. ラウンドアップ耐性大豆の「雑草化」

といった問題が起きていると書かれています。

最後の章に紹介された数字によると、2006年、モンサントの売り上げ73億ドルのうち、ラウンドアップの売り上げが22億ドル。ラウンドアップ耐性大豆、トウモロコシ、菜種の栽培面積が広がれば広がるほどラウンドアップの売り上げが伸びるという仕組みです。

こうしたモンサントの経営状況を、とある社会的責任投資の格付け機関はCCC(最悪)と格付けしています。遺伝子組換え作物の輸入規制もしくは表示義務付けを行っている国が35カ国。米国内でも表示義務付けを望む声は80〜90%に達しており、FDAの姿勢がモンサント寄りから少し中立的になるだけでモンサントの売り上げが大きく動く可能性が高いというのです。

遺伝子組み換え作物いらないキャンペーンのウェブサイトによると、昨年秋、モンサントは乳牛用の成長ホルモン市場から撤退しました。消費者が望まない製品を売り続けることはできないことがはっきりしたわけです(そもそも、モンサントが成長ホルモン市場を創り出した時の最高経営責任者は、「自分は成長ホルモンを使用した乳牛による乳製品を購入しない」と明言しています)。



今日は2010年4月21日、水曜日

教育開発の専門家で、ガーナでの調査・研究などを重ねてきた山田肖子さん(名古屋大学大学院国際協力研究科教員)の新刊『国際協力と学校 アフリカにおけるまなびの現場』を読みました。

「はじめに」に

「なぜ国際協力をするのか」、「何のための教育なのか」についての自問自答を、公然と書いてしまった代物

とあるように、山田さん自身の経験や考えの変遷の振り返りがうかがえるところが、実に面白い本になっています。

たとえば10pには、

私自身、まさにこうした(国際協力に関わる大学院が創られ、留学制度が整えられるという)時代背景のなかから輩出された人材である。私は学部生のときは法学部で、国際経済法のゼミに所属していた。もともと教育学部出身でもない私が、教育開発専門家として育っていったのは、この分野ですでに出来上がった人材が不足していて、活躍の場が与えられたからでもあったし、そうして仕事をするなかで、より高度な知識を身につけようと留学を考えると、奨学金制度が用意されていたからでもある。

という記述があります。自分自身のことを「人材」ととらえる距離感、重要ですね。

また、12pに

私は自分にも一端の責任があるかもしれないと思うのだが、情報が豊富になった分、悩んだり求めたりする前に、教科書的な答えが与えられ、教育開発の正解はこれで、それに対する理由付けはこう、とパターン化して覚えてしまう傾向があるような気がするのである。

と書かれているのを読むと、「教科書的な答え」を検討するところから大学院での研究が始まると思っていたので、びっくりしました(これまで読んだいくつかの修士論文の中で、先行研究の整理をしている部分はどれもたいへん役立ちました)。

終章の

大きな問題は、教育開発をやろうとする人々が、意外と日本の教育政策や現状に疎いことだ。他人の国の教育問題を云々する前に、自分の国の教育行政制度がどうなっていて、自分の身近なところにどんな教育問題があるのかを考えたことがなければ、どうして飛行機で何時間も飛ばなければ行けない国の教育問題が理解できるだろう。何かを理解するためには、自分のなかに、新しい知識や情報を関連付けられる基礎知識がなければならない。日本にも、学校を中退した人のためのノンフォーマル教育はある。そういう人はなぜ中退することになり、なぜまた教育を受けたいと思ったのだろう。そこで教えている教師はどんな課題ややり甲斐を感じているのだろう。あるいは、日本でも、ニューカマーの子どもたちは、日本語で学ぶことが困難で、学校になじめなかったりする。そういう子どものたちのために、日本語の習得を支援しながら、学校の勉強を教えてくれる特別教室もある。日本で、日本語を話せない子たちが抱える問題を知る努力をしたら、アフリカの他言語社会での教育についても、想像力が少し働くのではないか。

という記述には、山田さんが直面している大学院教育の現場の課題が凝縮されているのかな、なんて考えてしまいました。

皆さんの感想も聞きたいです。

国際協力と学校 アフリカにおけるまなびの現場
山田肖子著 創成社 800円+税 新書判 230p 2009年11月
[amazon]

アフリカNOW No.90(2011年発行)に掲載した以下の誌上討議もぜひ一読を!

教育開発:今日の現状と挑戦
山田肖子著『国際協力と学校』をめぐる討論
http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/africa-now/no90/top3.html



今日は2010年4月27日、火曜日

忙しくなると、遠くへ出かけたり、長時間を費やす遊びに没入したりすることができないので、半ば逃避的に読書量が増える。というわけで、年度末で片づけなければならない仕事が押し寄せてきた3月に、何冊も本を読んでいた。

1月


2月


3月


4月



今日は2010年7月11日、日曜日

夜になると涼しいので、よく眠れている。

4月

5月

6月

7月



今日は2010年7月19日、月曜日

連休は今日まで。

7月 続き



今日は2010年8月3日、月曜日

一昨日、久しぶりに近くの区立図書館で本を借りた本、黒田日出男著『江戸図屏風の謎を解く』を読んだ。

歴史を明らかにするためには研究者同士の「論争」が必要不可欠なのであり、それは、当然、「平和」な記述ではありえない。批判のプロセスは歴史を推理する思考の展開なのであり、謎を解くための思考のプロセスである。私の叙述スタイルは、そうした論争相手となる研究者とのやりとりを包み隠さず、というよりもはっきりと示しながら推理していくものだ。

2010年6月に出版される本だから、あえて「あとがき」にこんなことを書くのかな、書かざるをえないのかな、と思った。



今日は2010年8月10日、火曜日

10年近く前、セネガルで入手してきたと手渡されたENDA-GRAF "Pauvrete, decentralisation et changement social; elements pour la reconstruction d'une Societe Politique"(貧困、分権化、社会変革;政治的社会再構築のための諸要素、1999年9月出版)をやっと読みました。

最近、自分なりの経験を通して感じていることが明快なことばで書かれているので、なるほどこういう言い方をするのか、と思いながら読みました。

貧困を、pauvrete economique、pauvrete relationnelle、pauvrete culturelle、pauvrete symboliqueの4つの側面で表現しているのを見て、反貧困ネットワーク事務局長の湯浅さん(「よりみちパンセ どんとこい 貧困」面白いです)が貧困を5つの排除で定義しているのを思い浮かべました。

この本にあるpauvrete symboliqueと、湯浅さん「自分からの排除」とがどう重なり、どう違うか、特に集団に関する感覚の違いが興味深いです。該当部分を、抜き書き(ワード・ファイル)しました。読んでみてください。 貧困は権力の集中と深く関わっており、政治的な分権化にとどまらず、上記4つの領域で分権化(脱中心化と言った方が良いかもしれない)を進めることが貧困問題の解決には重要という指摘はたいへん重要だと思います。



今日は2010年8月20日、金曜日

立岩さんの理論社ウェブサイトでの連載が、やっと本になりました。といっても、ずいぶんと手が入り、連載で触れられていた学校に関する考察は、次の本で踏み込むということで、今回、全面カットだとのこと。

人間の条件 そんなものない
立岩真也著 理論社 1500円+税 四六判 392p [amazon]

中学生をも想定読者としたシリーズでどんな書き方をしたのかなと興味津々読んでいくと、この件については○○ページへ、こちらのことは△△ぺーじへ進むというすごろく方式で書かれていました。

『私的所有論』、『自由の平等』からの計9ページほど引用したあと、

「解説」しようとも思ったのだが、やはりいらないように思った。
と書かれているところが、印象的です。

135p〜136pには以下の記述もあります。

 言われたのは、自分が作り、作るがゆえに自由に処分してもよいものこそがその人のものであるということだった。その自分が売買の対象にしてよいものは、自分にとっての手段だろう。その人にとって手段であるものについて、それをその人が独占してよいという理由がなければ − ない − その人だけのものにするべきだという理由はない。すると、それはその人固有のものではなく、分配の対象になると言える。つまり、自分にとって手段でありだからコントロールでき譲渡してもよいと思うものはその人固有のものではなく、他人たちもまたそれを請求してもらってもよいものである。こうなる。
 他方、その人が制御し、切り離し、譲り渡してしまいたいと思わないものについては、その人の存在を尊重すべきであるのなら、他人もまたその譲渡を要求してはならないということになるのではないか。
 ようやくパズルがはまったと思った。そのことを書けばよいのだと思った。こうして私はようやく、一九八五年にどうにもまとまらずに終わった修士論文の続きというか、ひとまとまりの話ができるように思った。そこで二、三年、今まで書いてきたものをつなぎあわせ、新たな文章を書いて、一九九七年に『私的所有論』を出してもらった。出版社にお願いして出してもらったもので、書き手が一冊あたり千円払っても − 「学術書」ではそんなことはよくある − 六千円(+税)もする高い本だったが、以外にも多くの人に読んでもらうことができた。一冊ずつ著者が支払うというのも第一刷(略)だけだったから、やがて私の赤字も減っていって、黒字に転じた。めでたいことだった。
* 『私的所有論』僕は、2度、福島智さん(東大教授、盲ろう者)のゼミで読みました。

立岩さんは、アフリカとの関わりについて、こんな風に書いています。

 XII[2]「材料(知識含む)を分ける」でも言うように、特許という制度は、一面では、一定の時間が過ぎたらもう誰が使ってもよいことにしようというきまりだとも言える。だから、とくに特許をやり玉にあげたいわけではない。ただこういうきまりがあって、作って売れる人が限られてそれでとても困ったことが起こることは、実際にある。突然、深刻な話になるが、そしてこの同じ話を私はもう十回、までは行っていないけれど、書いているが、アフリカ、とくにサハラ砂漠より南のアフリカで、エイズになって亡くなる人がとてもたくさんいる。正確な数などわからないのだが、年に約三百万の人が亡くなっていると言われる。何年か前の九月にニューヨークのビルが崩れ落ちて亡くなった人たちの倍の数の人たちが、毎日なくなっている。しかしエイズなら仕方がない、かかったら死んでしまう病気なのだから、ということではない。HIV/エイズは、かかったらなおりきることはないのだが、うまく薬を組み合わせて使えば発症や症状の進行をおさえることができるようになっている。しかし、その薬の値段が高くて使えず、亡くなっている。
 いつもこういう話は、アフリカは貧しいから、で片づけられる。その事実認識そのものは間違っていない。ただとりあえず薬だけの問題に限れば、もっと多くのところで作って売ってよいようになれば、値段は安くなり、今のように多くの人が死ぬことはない。そうすればよいはずだ。この話はXII[2]で続ける。

先週、アフリカNOW第88号の発送をすませて行った外房と行き帰りの電車の中で、時代小説を読みました。



今日は2010年9月11日、土曜日

1973年の9月11日から37年目の、2001年の9月11日から9年目の9・11。

祖国の大地深く、叫びが沸き起こる。
夜明けを告げられて、チリ人民は歌う。
血塗られた祖国を、我らは思い起こし、
ひざを屈するより、我らは死を選ぶ。
ベンセレーモス、ベンセレーモス。

歌詞もうろ覚えのこの歌は、「国際学連の歌」と一緒に1976年10月21日に、誘われて参加したデモの際に初めて歌ったように記憶している。

8月に読んだ本の続き

9月に入って読んだ本



今日は2010年12月23日、木曜日

名古屋市営地下鉄に国際協力NGOが企画した「赤ちゃんの指、5本ずつありますか?」というコピーの入ったポスターが下げられ、抗議を受けて取り下げられたという一件に、『五体不満足』をみんな読んでいないのかな、と疑問に感じた。

職場にやってくる大学生のインターンに聞いたら、読んだことない、とのことだった。やはり世代的なものなんだ。

『五体不満足』の著者は、今年3月まで杉並区で小学校教師をしていた。一度、大学を卒業し、同じ大学に通っていた人と結婚したというところまでしか知らなかったが、教員免状を得るために再度大学に行き、晴れて教師になったというのだ。

3年間の小学校教師体験を込めた新刊『だいじょうぶ3組』は、彼しか書けない作品だ。障害者が教師としてやってきたことで、ダウン症のお姉ちゃんに対する周囲の視線に傷ついていた少女が、そのことを語りはじめるなんて、できすぎじゃないのと思いつつ、こうあって欲しいよなという気持ちを揺さぶる。

電動車いすを使う先生が、クラスの子どもたちの思いに引っ張られて(最後は文字通り推され引かれて)一緒に高尾山へ遠足するという話の伏線にあたる、足をくじいた子どもを隣のクラスの担任が負ぶって登るというシーンに、まだ大学生だった時に、知り合いたちがやっていたサマースクールで登った八ケ岳で、足をくじいた子どもをおんぶして下山したことを思い出した。交代でおんぶしていた仲間、彼と一緒になったサマースクール・スタッフ、京都からサマースクールに参加するというので東京駅まで迎えに行った子、今、どうしているのかな。

一つ思い出すと、その次もという感じで、こんなことも思い出してしまった。

車いす登山につきあったことはないが、車いす使用者と一緒に温泉に行ったことがある。谷あいの建て増しを繰り返した旅館内では、車いすが使えなかった。狭い風呂場のすのこの上で、二人でしばらく寝転がっていたのが気持ちよかった。

これだけで終わることができるといいのだが、脳性マヒ者・村田さんの介助者として、一緒に温泉に行った人が、「お風呂ですべって、だっこしていた村田さん、頭を打った」とかけてきた電話を受けたことも思い出してしまった。この時の事故で村田さんは亡くなった。介助をしていた人に大きな傷を残しただろうと思う。



今日は2011年1月24日、月曜日

アフリカに関わる活動をしているミーシャが作ったNGO・mudef事務局長の長島美紀さんが書いた博士論文『FGM(女性性器損傷)とジェンダーに基づく迫害概念をめぐる諸問題−フェミニズム国際法の視点からの一考察−』を読みました。

長島さんは、FGM廃絶を支援する女たちの会(WAAF)の代表を務めたこともあり、AJF会報『アフリカNOW』第73号に「スーダンにおけるFGMへの人びとの意識」を投稿してくれたこともあります。

博士論文のまえがきと結論にスーダン調査で会った人びととの対話が記されており、当事者との対話が大きな経験になったことが感じられました。

第3章第3節カシンジャ裁判に関する記述、特に104pの以下の部分が印象に残りました。

カシンジャ自身、自伝で述べているように、事件当時本人にはFGMについて明確な理解はなかった。FGMという用語の説明をバッシャーから受ける程だったのである。
 カシンジャにとって、FGMは難民認定の事由であると、十分に理解ができていた訳ではなかった。このことは、支援者なくしてジェンダーに基づく迫害の概念を活用した申請は不可能であったことを意味している。

 判例では研究者やフェミニストたちの議論が中心を占めた。しかし、当の個人が議論から疎外され、本人の理解の範疇になかったことは、ジェンダーに基づく迫害が内包している特殊性を意味している。

この記述を読んで、障害者運動の中で出された「私たち抜きで私たちのことを決めるな!」ということばが頭に浮かびました。

長島さんは、結論として

を提起しています。

当事者たちがその場にとどまって改革を進めていくための情報提供はじめとする支援の必要性を確認することが、なによりも重要という指摘は、先日、参加したJAICAF国際シンポジウム「私たちとアフリカ」で、基調講演をしたベナンのNGO・ソンガイ代表のNzamujoさん、パネリストとして登壇したアジマンさんが、口をそろえてアフリカ人の考えていることに耳を傾け、彼らと一緒に考えながら取り組みを進めて欲しい、語っていたこととも重なっているな、と感じています。



今日は2011年7月22日、金曜日

大野更紗『困ってるひと』(ポプラ社)を読みました。

両腕に点々と、内出血のようなしこり、紅い斑点が出現してから、筋膜炎脂肪織炎症候群および皮膚筋炎との診断がつくまでに1年、検査入院からステロイド治療のための入院に移行して、計9ヶ月の入院生活、「実家に帰りなさい」と主治医に言われる中、とあることをきっかけに病院近くに部屋を探して契約し、住民票と社会保険に関わる書類一切合切を移動させて新生活に入るという一連過程を、本人が書いた希有な本です。

100万回の「よくなってます」より、1回の「よくやってます」、と主治医に言って欲しいというつぶやきが印象に残ります。

病状が悪化するまでタイ・ビルマ国境の難民キャンプへ向かおうとしていた難民研究者が、直面した日本の医療現場、難病者をめぐる状況、そして社会保障制度のややこしさに、スーパー医療者、「がんばったのね」と言ってくれるケア・マネージャーとの遭遇を力に挑む姿に感動する一方で、ここまでがんばらないと「生きたい(かも)」とすら言えないのか、とも思います。

8月7日(日)、東京・池袋のリブロ池袋店で開かれる「開沼博さん、大野更紗さんトークイベント 「フクシマ」から考える」に行こうと思っています。



今日は2011年8月7日、日曜日

行こうかと思っていた「開沼博さん、大野更紗さんトークイベント 「フクシマ」から考える」、チケット売り切れだった。

先日、たまたま手に取った小路幸也『うたうひと』、佐藤多佳子『サマータイム』、どちらも音楽との関わりを中心にした小説だった。おもしろかった。

一瞬の風になれ(全3巻)の著者でもある佐藤多佳子には『聖夜 − School and Music』、『第二音楽室 − School and Music』という作品もある。どれも、僕の好みにあっている。



今日は2012年4月13日、金曜日

「戦争体験」の戦後史−世代・教養・イデオロギー
福間良明著 中公新書 882円(税込み) 286p 2009年3月 amazon

1977年、僕は五十嵐顕さんの最後の学生の一人だった。

235p
こうした議論は、若い世代に限らなかった。1916年生まれの五十嵐顯は、『きけわだつみのこえ』に収められた学徒兵木村久夫(BC級戦犯として、チャンギー刑務所で刑死)の遺書を分析しながら、学徒兵の戦争責任について議論した。五十嵐は1990年の論文「『きけわだつみのこえ』をいかに聴くか」のなかで、こう記している。

戦没学生が手記に表現するか表現しないかを別として、戦争の過程全体について歴史的真理の認識をもっていたかどうか。彼らがあたえられた環境の中で自己自身を持し、自己自身の戦いをたたかったことを私は重視するのですが、そういう事態の由来について、戦争そのものの原因と責任について彼等は認識を持つ努力をおこなったかどうか。あたえられた状況が、まだ確定したものとならず、それが若干の可能性ある状態から、現実の過程へと決定される過程、いいかえれば戦争自体の原因とその責任の所在にたいする知的責任の問題なのです。ひとたび戦争がはじめられるや、このような問題は論議されることは不可能なのです。これは彼等が遺していった課題です。

五十嵐は、1941年に東京帝国大学文学部を繰り上げ卒業後、陸軍に入隊し、陸軍豊橋予備士官学校を首席で卒業、その後、南方軍幹部養成候補生隊区隊長を務めた。五十嵐の回想によれば、「侵略戦争の兵士、それも積極的なリーダー」であったという。
戦後、五十嵐はマルクス主義の立場から教育学を研究し、1977年まで東京大学教育学部で教鞭をとった。だが、それは五十嵐にとって戦時下の自らの責任を不問に付すことでもあったという。五十嵐は1990年代前半に知人に宛てた書簡のなかで、「私は定年で東大を止めるまで民主主義のために働いていたつもりでしたが、過去に参加した侵略戦争参加にともなう意識・無意識の罪、責任を放棄していたに気づきました」「私の軍歴にふくまれ、そこに潜む戦争責任の問題に一顧だにせず、教育改革の流れにのって、戦後の研究者生活に入ったのです」と記していた(安川寿之輔「五十嵐さんが残したもの」)。


今日は2012年4月21日、土曜日

昨日の朝、本棚で氷室冴子『冬のディーン 夏のナタリー』(コバルト文庫 1〜3)がほこりまみれになっているのを見つけた。

夜、帰ってきて読み始めたら止まらず、一気に3冊読んでしまった。

30年近く前、活動仲間が、こんな手紙が来た、と別れを告げる手紙を見せてくれた時のことを思い出してしまった。




今日は2012年4月24日、火曜日

4月になって非常勤講師を務める大学の図書館が使えるようになったので、橋本健二さんの著作をまとめて借りた。以下は、光文社から出た『新しい階級社会 新しい階級闘争』(現時点では、アマゾンでは「出品者からお求めいただけます。」となっている)の一部。

69p

7 格差論争は形を変えた階級闘争
 もはや、格差論争というものの本質は明らかだろう。それは、形を変えた階級闘争なのである。
 一般に階級闘争とは、異なる階級に属し、しかもそれぞれの対立する利害を認識した者どうしが、自分の利害の実現のために闘うことをいう。それは、何も革命闘争のような激しい争いだけを指すのではない。たとえば、経営者と労働組合が賃上げをめぐって争うのは、典型的な階級闘争である。
 しかし、このように階級闘争が成立するためには、当事者たちがお互いの利害の対立を認識しているということが前提となる。利害に対立がないと考えている者どうしの間には、階級闘争は成立しにくい。たとえば、お互いを親子のように考え、そのとおりに行動している経営者と労働者の間には、少なくとも目立った形での階級闘争は成立しない。お互いが平等な関係にあると考えている者どうしの間にも、階級闘争は成立しない。
 だから、労働者たちを階級闘争から遠ざけるためには、経営者と労働者は一体のものであり、そこに利害の対立はないと考えさせるよう仕向ければよい。事実、これまで多くの日本企業では、労使協調のイデオロギーや、労働組合と会社組織が一体化し、労働組合幹部がやがて管理職・経営者に登用されるようなシステムが、このような役割を果たしてきた。これを背景に、「日本には階級がない」という暗黙の了解も形成されてきた。
 ところが近年急速に進行し始めた格差拡大は、「日本には階級がない」という、これまで成立していた暗黙の了解に、疑念を生じさせるようになった。それを階級と呼ぶか、それとも「勝ち組・負け組」「上流・下流」などと呼ぶかはともかく、日本の社会には大きな格差があり、人々は利害の異なるいくつかのグループに訳へだてられているという見方が、にわかにリアリティを持ち始めたのである。
 フランスの社会学者ピエール・ブルデューは、「階級が存在するかしないかということは、政治闘争の主要な争点のひとつである」と指摘した。現実には格差や不平等があるにもかかわらず、「日本には階級がない」というのが社会的合意になっているとしたら、「負け組」や「下流」などの下層階級が自分たちの利害を実現することは困難である。そもそも、そこには利害の対立はないのだから、「勝ち組」や「上流」に配分を要求する根拠がない。だから、下層階級が利害を実現するためには、「階級は存在する」という合意を作ることが先決になる。これが下層階級にとって、階級闘争の第一歩になる。
 反対に「勝ち組」「上流」などの上層階級は、階級の存在を否定しようとする。格差拡大は見せかけであり、多少の貧富の格差はあっても、利害の対立はない。しかも、上層階級がその能力を十二分に発揮することによって社会全体が豊かになるのだから、格差は必要である。したがって政府も格差を縮小させたり、配分を変更したりする必要はない。財界と政府は、このように主張する。それは、下層階級から配分の変更を求められないようにするための、容赦ない階級闘争の一部である。
 階級闘争に対するブルデューのような考え方は、西欧の社会学者や思想家には、しばしばみられるものだが、日本では「観念論」と批判されることが多かった。階級というのは客観的な存在であり、科学的な見方さえすれば必ず認識できる、考えられてきたからである。



今日は2012年5月5日、土曜日

新しい階級社会 新しい階級闘争』続き。

85p

現代の貧困研究を代表する英国の社会政策学者ピーター・タウンゼントは、標準的な生活様式、つまりその社会で一般論な慣習になっている生活の仕方を送ることができるかどうかを基準として、貧困を定義した。彼はこの立場から、人々の生活状態について詳細な調査を行っているが、その設問の中には「子どもを医院に連れて行ったことがあるか」「保険に入っているか」「親戚や友人を家に招いたことがあるか」「ふだん肉を食べるか」「晴れた日と雨の日それぞれに使う靴をもっているか」などという項目が入っている。
いずれも餓死するかしないかに関わるようなものではないが、こうした行動をするのが普通の生活様式というものなのであり、ここから脱落している状態を「貧困」とみなすのである。
国によって生活様式は違うから、日本で調査する場合には日本の生活様式を前提とした調査が必要になる。実際、いろいろな工夫をした調査が行なわれている。これらの調査では、収入額や耐久消費財の所有状況などのほかに、「冠婚葬祭への出席とご祝儀」「晴れ着や礼服の有無」「正月の習慣」など、いかにも日本的な習慣も項目に含まれている場合がある。晴れ着や礼服がなければ、冠婚葬祭や正月の集まりにも出席しにくいから、普通の人付き合いをすることが困難になっていく。これが、貧困というものなのである。



今日は2012年5月19日、土曜日

"ACCESS TO KNOWLEDGE IN THE AGE OF INTELLECTUAL PROPERTY"(Zone Books)収録'Open-Access Publishing: From Principles to Practice'から

Over the last thirty years, authors publishing in academic journals have routinely been asked to assign their copyrights to publishers seeking exclusive distribution rights. Publishers, in turn, have been able to set the price of subscriptions to what the market (institutional libraries, mostly) can bear, and while there have been more and more journals, their prices have steadily increased. Libraries' budgets, however, have decreased or at best have remained static, and funding the cost of journals has eaten up an increasing percentage of them. University librarian David W. Lewis states: "Today the annual value of the peer-reviewed journal market is estimated at UK pond 25 billion ($50 billion), and consists of 23,700 journals, which between them publish 1.59 million articles a year." As he points out, if these journals are too expensive for the developed world, one can imagine the access problems faced by researchers and institutions in developing countries*.

* "We need to begin with a fundamental fact - the cost of scholarly journals has increased at 10 percent per year for the last three decades. This is over six times the rate of general inflation and over two-and-a-half times the rate of increase of the cost of health care. Between 1975 and 2005 the average cost of a gallon of unleaded regular gasoline rose from 55 cents to $1.82. If the gallon of gas has increased in price at the same rate as chemistry and physics journals over this periods it would have reached $12.43 in 2005, and would be over $14.50 today." David W. Lewism "Library Budgets, Open Access, and the Future of Scholarly Communication: Transformations in Academic Publishing," C&RL News 69, no5 (May 2008), available on-line at
http://crln.acrl.org/content/69/5/271.full.pdf+html



今日は2012年6月23日、土曜日

6月5日から11日まで、検査のために入院した。

病室で、検査室に呼ばれるのを待っている間に、読んだ本。




今日は2013年1月3日、木曜日

去年10月15日から26日まで、肝ガン手術のために入院した。

17日の手術日、午前8時30分に教授回診を受け、ICUに持ち込む着替え類を入れた袋を看護師さんに渡した後は、ストレッチャーに乗って手術室へ移動し、ストレッチャーから手術用ベッドに移されて麻酔の注射を受けているうちに眠ってしまっていた。目が開いたらまだ手術室で、再度ストレッチャーに乗せられて移った同じフロアのICUのベッドから見えた時計の針は午後4時半を指していた。

翌18日、入院した病室のあるフロアへ移され、その日はナース・ステーション隣の集中看護ベッドで過ごしたが、看護師さんが病室から本を持って来てくれたので、講談社版『日本の歴史』の第8巻を読むことができた。

病室のベッドに移った後、今江祥智の小説、今はなき技術と人間社の支援読者をやっていたころに送られてきた元技術訓練大学校長の遺稿集などを読んだが、本のタイトルを忘れてしまった。


この年末年始に読んだ本。




今日は2013年1月15日、火曜日

小路幸也『東京バンドワゴン』は大家族だからこそ問題解決の道が開ける物語、角田光代『ツリーハウス』は大家族の持つうっとうしさ、引き起こす問題を描きつつ大家族の持つ力の回復の可能性を示して終わる物語、と整理していいのだろう。

iPod、メモを作るには便利。




今日は2013年3月3日、日曜日

1月末から2月にかけて読んだ本。




今日は2013年3月11日、月曜日

昨日のお昼までは、こんなに気温が上がるの! だった。夕方から寒さが募り、今朝はグッと寒かった。




今日は2013年3月20日、水曜日

手に取った本を読み返したら、どちらもおもしろかった。



今日は2013年3月31日、日曜日



今日は2013年4月7日、日曜日



今日は2013年4月16日、火曜日



今日は2013年4月23日、火曜日



今日は2013年4月27日、土曜日



今日は2013年4月30日、火曜日



今日は2013年5月24日、金曜日



今日は2013年6月4日、火曜日



今日は2013年6月15日、土曜日



今日は2013年6月25日、火曜日



今日は2013年7月16日、火曜日



今日は2013年8月4日 日曜日



今日は2013年8月18日 日曜日



今日は2013年8月20日 火曜日



今日は2013年9月2日 月曜日



今日は2013年9月16日 月曜日



今日は2013年10月4日 金曜日



今日は2013年10月15日 火曜日



今日は2013年11月5日 火曜日



今日は2013年11月16日 土曜日



今日は2013年12月14日 土曜日



今日は2013年12月28日 土曜日



今日は2013年12月31日 火曜日



今日は2014年2月16日 日曜日



今日は2014年3月10日 月曜日



今日は2014年3月29日 土曜日



今日は2014年4月21日 月曜日



今日は2014年4月29日 火曜日



今日は2014年4月29日 火曜日



今日は2014年5月6日 火曜日



今日は2014年5月11日 日曜日



今日は2014年6月4日 水曜日



今日は2014年7月7日 月曜日



今日は2014年7月19日 土曜日



今日は2014年9月10日 水曜日



今日は2014年9月17日 水曜日



今日は2014年9月22日 月曜日



今日は2014年10月1日 水曜日



今日は2014年10月15日 水曜日



今日は2014年12月12日 金曜日



今日は2014年12月19日 金曜日



今日は2014年12月26日 金曜日



今日は2015年1月1日 木曜日



今日は2015年1月6日 火曜日



今日は2015年1月17日 土曜日



今日は2015年1月27日 火曜日



今日は2015年2月2日 月曜日



今日は2015年3月15日 日曜日

【2007年10月に書いたメール】
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究科の島田周平さんの本が今年2月に「アフリカ可能性を生きる農民―環境-国家-村の比較生態研究」(京都大学学術出版会)、9月に「現代アフリカ農村―変化を読む地域研究の試み」(古今書院)と出ています。
先日、「現代アフリカ農村―変化を読む地域研究の試み」を手にして、特に第9章、第10章を読みながら考えたことを紹介します。
この本は、島田さんが1991年からザンビアのC村で取り組んできた調査の過程で知ったこと、感じたことをまとめたもので、ザンビアについて知識のない僕にとってはエッセイ集的な読み方のできる、読みやすい本でした。
C村の成り立ち、土地をめぐる争いなどの叙述も非常に興味深いものですが、『第9章 村の政治と人権』は、外国人による農村調査が国際人権NGOまた開発支援NGOの登場につながって村の政治と人権に大きな影響を及ぼしたことを描き、『第10章 「過剰な死」の影響』はエイズが農村の人々の生活に及ぼす影響を具体的に記していて、特に関心を覚えました。
島田さんたちが研究成果を還元するために執筆してザンビアの大学に寄贈したレポートを参考に開発NGOが村の有力者を避けて村人に直接アプローチしたことが引き起こした波紋、また島田さんたちが調査への協力者を通して村の学校修復のために寄付したことが協力者の「追放」問題に発展したことにびっくりしました。第10章としてまとめられた文章にいたるいくつかの文章や報告(2002年のレポート、2005年のアフリカ学会「女性とエイズ」での報告、昨年出版された「アフリカとアジア」に収録された論考)を読んだだけでは、理解できなかったことが、C村調査の全体像の中で少し判ったような気もします。

NGOスタッフとしての活動経験の長い人に書評を書いて欲しいなと思っています。皆さんもどうぞ一読を。

現代アフリカ農村―変化を読む地域研究の試み
島田周平著 古今書院 ¥3,675 B6判 182p 2007年9月 [amazon]



今日は2015年4月1日 水曜日



今日は2015年4月6日 月曜日



今日は2015年4月12日 日曜日



今日は2015年5月9日 土曜日



今日は2015年5月19日 火曜日



今日は2015年5月29日 金曜日



今日は2015年6月11日 木曜日



今日は2015年7月1日 水曜日



今日は2015年7月20日 月曜日



今日は2015年8月3日 月曜日



今日は2015年8月18日 火曜日



今日は2015年8月24日 月曜日



今日は2015年8月31日 月曜日



今日は2015年9月16日 水曜日



今日は2015年9月27日 日曜日



今日は2015年9月29日 火曜日



今日は2015年10月6日 火曜日



今日は2015年10月8日 木曜日



今日は2015年10月11日 日曜日



今日は2015年10月27日 火曜日



今日は2015年11月8日 日曜日



今日は2015年11月26日 木曜日



今日は2015年12月11日 金曜日



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今日は2016年1月12日 火曜日



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今日は2016年4月22日 金曜日



今日は2016年5月2日 月曜日



今日は2016年5月16日 月曜日



今日は2016年5月22日 日曜日



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読書ノ−ト です。




昨年、亡くなったスティ−ブン・J・グ−ルドの本を買ってもらいたいと思っています。
紹介文をボチボチ書いていくつもりです。まずは机の側にころがっていた「THE MISMEASURE of MAN」のことを書きました。


by 斉藤 龍一郎




*作成:斉藤 龍一郎/保存用ページ作成:岩ア 弘泰
UP: 20201231 REV:
アフリカ日本協議会(AJF) 斉藤 龍一郎 
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