|
>HOME
http://park.coconet.or.jp/hubonokai/ 1975年8月31日発足 ■研究・資料等 ◆堀 智久 2008 「障害をもつ子どもを迎え入れる親の実践と優生思想――先天性四肢障害児父母の会の1970/80」,『ソシオロゴス』ソシオロゴス編集委員会、第32号 ◆堀 智久 20070630 「障害の原因究明から親・子どもの日常生活に立脚した運動へ――先天性四肢障害児父母の会の1970/80年代」,『社会学評論』58-1(229): 57-75(日本社会学会) ◆堀 智久 2004/09/21 「先天性四肢障害児父母の会の活動史――「母子保健法」改正反対意見表明('86)まで」(MS Word 235kb) http://www.arsvi.com/2000/0409ht.doc ◆堀 智久 2004/09/21 「先天性四肢障害児父母の会の活動史――「母子保健法」改正反対意見表明('86)まで」(縮小版・MS Word 66kb)* http://www.arsvi.com/2000/0409ht2.doc http://www.arsvi.com/2000/0409ht2.htm ■書籍等 ◆先天性四肢障害児父母の会 編 19820210 『シンポジウム先天異常I――人類への警告』,批評社,278p. ASIN: B000J7RMAA 1700 [amazon] ※ ◆先天性四肢障害児父母の会 編 19820310 『シンポジウム先天異常II――いのちを問う』,批評社,230p. ASIN: B000J7R020 1500 [amazon] ※ ◆野辺 明子 19820920 『どうして指がないの?』,技術と人間,340p. ISBN-10: 4764500256 ISBN-13: 978-4764500259 1900 [amazon] ※ d. ◆先天性四肢障害児父母の会 『先天異常問題』,会報第3号,B4 143p.,1000 1000 ◆先天性四肢障害児父母の会 『シンポジウムの記録――内部資料』,B4 124p. ◆先天性四肢障害児父母の会 1989 『生命の今日・明日――先天異常の原因究明をめぐって』,先天性四肢障害児父母の会 ◆野辺 明子 19930410 『魔法の手の子どもたち――「先天異常」を生きる』,太郎次郎社,252p. ISBN:4-8118-0552-6 2100 [amazon]/[kinokuniya]/[boople]/[bk1] ※ d. ◆先天性四肢障害児父母の会 19991220 『これがぼくらの五体満足』,三省堂,244p.ISBN:4385358893 ISBN-13:978-43853588 1470 [amazon] ※ ◆先天性四肢障害児父母の会 20030720 『わたしの体ぜんぶだいすき』,三省堂,180p.ISBN:4385361398 ISBN-13:978-4385361390 1365 [amazon]/[kinokuniya] ※ ◆先天性四肢障害児父母の会 編 19820210 『シンポジウム先天異常I――人類への警告』,批評社,278p. 1700円 「この七年間の活動の中で私たちも先天異常をめぐる状況について多少の知識を手に入れることができました。例えば私たちは、国は四肢奇形に関する問題を人類に向けられた大いなる警告であるという視点をもっていないことや、たとえもちえたにしても淘汰の思想をその中に内包した発想であることを知りましたし、又一方で先天異常の原因をはっきり一つの化学物質として特定することが大変むずかしく、先天異常を生み出す引金は複雑にからみあった催奇性のある多くの化学物質の複合作用にあることも知りました。しかしはっきりと一つの化学物質を特定できないとすれば私たちが置かれている状況はより深刻であります。……」(p.4) 第1回シンポジウム 第2回シンポジウム 第3回シンポジウム 第4回シンポジウム ◆先天性四肢障害児父母の会 編 19820310 『シンポジウム先天異常II――いのちを問う』,批評社,230p. 1500円 ※ 第5回シンポジウム 第6回シンポジウム 第7回シンポジウム 第8回シンポジウム ■cf. 野辺 明子 1982 『どうして指がないの?』,技術と人間 <439> ――――― 19930410 『魔法の手の子どもたち――「先天異常」を生きる』,太郎次郎社,252p. 1800 <439> ――――― 1989a 「インタヴュー・障害ってなに?」,グループ・女の権利と性[1989:12-131] <439> ――――― 1989b 「インタヴュー・いのちの選別」,グループ・女の権利と性[1989:132-134] <439> ――――― 1995 「遺伝だといわれたとき,次の子をどうしよう,という心配」,毛利他編[1995:104-109] <432> ◆野辺明子 1978 「定着したのか父母の会運動――二年間の活動から」,『先天異常問題』3号 「手足の外表奇形というこの不幸な先天異常の原因が分からず、しかも環境汚染が深刻化している現代において、以前よりその不幸は誰もが感じている時、すでに子どもが奇形をもって生まれてきたという恐怖と悲しみを体験してしまった私たちは、これ以上このような子どもたちが生まれてこないよう、発生予防の願いをこめて先天性四肢障害の原因究明を誰よりも真っ先に叫び続けなければならない。」(野辺[2000:112-113]に引用) ◆米山政弘(先天性四肢障害児父母の会常任委員) 19800802→19820310 「「父母の会」ができて、私が活動をはじめるようになりますと、「実は親戚に先天異常の子どもが生れたが遺伝じゃないか」とか「身内に先天異常の子供がいたが死んでしまった。子供がほしいので次の子をつくっても大丈夫か」というような質問や相談をうけることがあるのですが、そのたびにあんまりいい気分がしないのであります。なぜ気分が悪いかというと、だいたいそういう質問をするのはその当事者の親でなくて親戚の人が多いのですが、言葉の裏側に”先天奇形の子はまっぴらごめん”という気持がうかがえるからです。 原因究明という私たちの要求は”二度とこのような子供をつくりたくない”のではなく””二度と私たちのような苦しみを体験させたくない”からです。」(p.121) 米山政弘「淘汰をゆるす社会であってはならない」 先天性四肢障害児父母の会 編 19820310 『シンポジウム先天異常II――いのちを問う』 批評社,230p. 1500円 pp.117-112 (第7回シンポジウム「いのちの重みとそのゆくえ」1980年8月2日 日本教育会館 参加者数およそ450名) *同じ部分を「障害」で引用 ■言及 ◆立岩 真也 20021031 「ないにこしたことはない、か・1」,石川・倉本編[2002:47-87]* *石川准・倉本智明編『障害学の主張』,明石書店,294p. 2730 ISBN:4-7503-1635-0 [amazon]/[bk1] pp.47-87 「☆04 […]例えば「先天性四肢障害児父母の会」。この会は、生まれた時に手や足の指がない、少ないといった障害をもつ子どもの親の会として、1975年に設立された。その障害の原因は不明だったのだが、環境汚染が様々に問題にされていた時期でもあり、環境要因が疑われ、会は当初「原因究明」を訴える活動をする。ここでは、当然、その障害をなくすことが目指された。だが現に障害があって暮らしている子どもがいる時に、障害を否定的に捉えてよいのか。そうしたことを考えていくことになる。例えばその軌跡をたどってみたらよいと思う。(cf.野辺[2000]、「先天性四肢障害児父母の会」のホームページはhttp://park.coconet.or.jp/hubonokai/)。 REV:...20040922 ◇組織 |