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■虹の会■
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名称:虹の会
〒:338
事務局:埼玉県浦和市下大久保760風見鶏グランドハイツ1-102
tel:048-855-8438
fax:048-855-8438
発足:19820500
JIL加盟:19920117
JIL会員:未来会員
代表:戸塚かおる
事務局長:工藤伸一
※ JIL:全国自立生活センター協議会
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1998/8/31
相川宗一浦和市長殿
松本五郎福祉部長殿
ガイドヘルプ事業についての質問状
どんなに障害が重くても地域で暮らしたい!
虹の会
会長 工藤伸一
日ごろより、障害者福祉にご尽力いただき感謝申し上げます。
浦和市では、96年度よりガイドヘルプ事業が始まりました。障害者の介助保障施策の拡充を図るという点からは、評価できると思っていました。
しかし今年度に入って、ヘルパー証の交付が行われる、またヘルパー側の名簿の公開が検討されているなどの動きがあるようで、これまでのガイドヘルプ事業の評価できる点が切り崩されていく恐怖を感じている利用者も少なくありません。
利用者・ヘルパー、両者の不安を拭うためにも、以下の点について質問しますので、回答をしてください。
なお、質問に対しては、回答とともに、話合いの場を設定すること。また、話合いには市長か浦和の福祉施策に責任の持てるポストが同席すること。
@「ガイドヘルパー証」は、その裏面に書いてあるように、必ず携帯しなければならないのか。
これまでの市の対応では、「必要がなければ返してくれてもいい」ということであるが、それならば、なぜヘルパー証の裏に「この証は身分を証明するものであるから常時携行するものとする」と書かれているのか。
│ ヘルパー証については、これまでなかったものが、今年4月、ヘルパーに対して送ら
│れてきた。その意図はそこでははっきりと説明されておらず、また、裏面には「携行す
│ること」とあり、「携帯しなければヘルパー活動ができない」という内容であるととれ
│るものである。
│
│ 浦和市のガイドヘルプはヘルパーの推薦登録が可能な事業である。
│ 利用者は、「ヘルパーの人選」という、介助の内容を計る上でもっとも重要なこの部
│分について、自らの意思を反映させることができるのである。
│ これまで、ヘルパーと言えば、(ホームヘルパーなどは)行政(もしくは委託先)が、
│その都合で「だれが行くか」を決定し、派遣を行ってきた。
│ その中では、利用者から、「これまでの人がよかったのに変えられてしまった」とい
│う声が当然上がってきていたし、なにより、介助とはごくプライベートな性格のもので
│あって、そうした、「行政・委託先などの都合で派遣される見ず知らずの人間」に簡単
│に依頼できるものではないという人権的な問題がある。
│ 守秘義務があるとはいっても、具体的にプライバシーが流出した事例はいくつもある
│し、発覚していなくとも、多くの利用者が、ヘルパーが自分の家に来て、ほかの利用者
│の家のことを(非難的に、また名誉を傷つけるようなことも含め)話していることは事
│実である。
│ 介助とは、何を食べ、どこに行き、だれと会い、ということや、果ては暗証番号や趣
│味嗜好、預金残高、全てのことを介助者にさらすことである。
│ だからこそ、私たちは人権的見地から「介助者は自ら選ぶことが可能でなければなら
│ない」と主張してきた。それが、ホームヘルプの自薦登録派遣にもつなっがたわけだが。
│ そういう意味で、浦和市のガイドヘルプ事業は、「自ら選んだヘルパーを登録するこ
│とが可能である」という、これまでのホームヘルプの問題を克服すべき内容を含んだ、
│たいへん意義あるものなのである。
│
│ そして、そうした形で介助者になってくれる人と利用者、というのは、例えば、一般
│の行政から派遣されるヘルパーと利用者、という関係以上の深い信頼関係がある。
│ それは昔からの友人であったり、これまでこうした制度がなかったときにボランティ
│ア(無償)でやってくれてきていた人であったりする。
│ 果ては、外出したために、ホームヘルパーの派遣が受けられず(現状ではホームヘル
│プの派遣時間の変更はできないため、その時間に外出する必要に陥った場合は、ホー│ムヘルパー以外の人間に介助をお願いしなければならない状況なのである)、その分の
│介助をするために自分の時間を割いて、無償で来てくれていた人であったりする。
│ そこには、利用障害者を「対象」としてとらえるような「介助観」にはないものがあ
│る。一般に言う「障害者⇔介助者」という関係を越えた信頼感があるといってもいいか
│と思う。
│
│ この「ヘルパー証の交付」は、「これを携帯しなければ活動をしてはいけない」とい
│う風にも取ることができ、介助者と利用者の関係に、「人間対人間」の関係でなく、「
│援助者と対象者」という関係を強要するもであるといえる。
│ つまり、これまで築いてきた介助者との関係が、ヘルパー証の交付、すなわち「障害
│者=対象者」化することによって、崩れていく可能性があるのである。
│ (市は「携帯を強制するものではない」と言っているが、携帯する、しないの問題で
│はなく、こうしたものを配るという行為自体が、既に障害者を「対象者」としてしかと
│らえていないという意見もある。)
│ 現に、中には、「こうした形でなければ介助者足りえないというのであれば考えたい」
│という介助者もいたというから事態は深刻である。
│
│ そして私たちが危惧するのは、ヘルパー証から、「ヘルパーの資格」の問題が浮上す
│ることである。
│ 推薦登録できるということは、「一利用者である私にとっては、この介助者は、十分
│介助者としてやっていける」という確信と実績があればいいということであり、一般に
│言う「ヘルパー●級」などというものとは、無縁のものである。
│ だからこそ、だれもが自分の推薦する人を登録できているわけであり、(「●級」の
│資格など、を取る時間のある人などはそうそういない)言ってみれば、ここにこそ、「
│当事者主体」ということの具体化があるといえるのである。
│ 「誰か他人が認めるのではなく、自分のヘルパーは自分が決める」ということが可能
│なのであるから、このことは重要なのである。(もちろん、これは「自分の介助に当たっ
│ては」、という但し書きがつくのであって、他人に自分の介助者を推薦するなどという
│ことはありえないことが前提である。もちろん、他人に派遣するのでは、その派遣され
│た人にとっては、「自分で選んでいない介助者」ということになってしまう。)
│ そもそも、「ヘルパーの人選」に、他人(行政も含む)が口を挟む必要はないのであ
│る。「介助を受ける=プライバシーを曝す」、のは利用者本人だけなのだから。
│ だから、介助者たる資格とは、利用者が認めることであって、どこかが「あなたはヘ
│ルパーとして認めます」ということではない。
│ これまでのガイドヘルプ事業は、そうした「当事者主体」を内容的に実現したものと
│いう意味からも、十分評価できるものだったのである。
│ しかし、このヘルパー証は、「資格」こそ問うていないが、当事者以外の人間が「ヘ
│ルパーと認める」と言っているという意味で、その評価を崩しかねない危険性を孕んで
│いる。
│ そうした意味から、このヘルパー証をどのような経緯と考え方をもって発行したのか
│について、納得のいく説明をすること。
Aこのヘルパー証の件について、現状で市は、「ヘルパーの中から、証明書がほしいという声が上がった。」と説明している。
つまり、「自分がヘルパーであることを証明するものがほしい」ということらしい。 例えば、障害者にではなく、介助者に病状などを聞く医者なども多く、そのために、病院などで見せるという話のようだ。
しかし、それなら「私は介助者ですから、本人に言ってください」と言えばすむことではないのか。
一般的には、悲しいかな、障害者本人に、でなく、介助者にものを訪ねる人はまだまだ多い。「障害者=保護される人」「ついている人=保護している人」という誤った図式に基づく行動である。
「一方的に保護される障害者観」とは、「障害者の一人の人間としての判断や尊厳」などというものからは遠いものなわけで、ひとつひとつ、障害者本人が、自分の市民としての立場について、理解を求めていくしか解決はしない。
それは、介助者がヘルパー証を見せることとは問題が別である。
もちろん、銀行のキャッシュコーナーなど、介助者としての仕事がやりにくい場面について、「自分がヘルパーである」ことを周知させることは必要なのかもしれない。しかし、それも、何か問題があるのであれば、利用者本人が「この人に、私は介助者として依頼している」旨を説明すればすむことである。
少なくともガイドヘルプは外出介助である。一緒にいることが多いと思われる。問題が起こったら、利用者本人が、「この人は介助者である」ことを説明すればいいのである。 そもそも、本人がついていて、介助者であることを証明したにもかかわらず、「証明書がないから介助はさせない」とは銀行のキャッシュサービスは言わないだろう。(そんな話は聞いたことがない。)
こうした、社会を取り巻く障害者の状況、現状の社会における「介助観」について、とそれらをどのような観点で変えていかねばならないと考えているのかについて、市の考えを示してください。
また、あくまで、利用者本人が、「この人がヘルパーであること」を証明するのではなく、それを、行政が発行した「介助者が携帯するもの」で証明しようとすれば、不正は必ず起こるのではないか。
証明書さえあれば、その人のプライバシーにかかわる情報を引き出したり使ったりすることができるということになれば、やもすれば不正に使われることもありうると考えられる。
そのあたりの防犯的な面について、市はどう考えているのか。
│ 障害者を取り巻く状況は、歴史的に見て、当事者不在の状況から当事者が参画するも
│のへと移り変わっている。
│ 障害者自身が自身の生活スケジュールすら決められないことがあたりまえのように行
│われてきた(今でも行われているが)大量収容を軸とする施設政策から、地域へと時代
│は動いていることは周知の通りである。
│ ヘルパーについても、全国的に推薦登録ヘルパーの取り組みが進んだし、また、自由
│な時間に介助が使えるようにするための派遣時間拡大も、自立生活を進める団体にとっ
│ては全国的な流れである。
│ 私たち当事者も、浦和の中で当事者主体を貫いて行うために、さまざまな努力をして
│きた。ガイドヘルプについては、推薦登録が可能な制度ということでたいへん評価して
│きたし、使ってきた。
│ ヘルパーに対しても、彼らを育てることも含め、彼らをヘルパーとして使う責任は自
│分にあると考えガイドヘルプを利用してきたし、これらの件に関して、社会に対しては
│きちっとした理解を求めることは利用者の責任だと思っている。
│
│ こうした歴史の流れの中で、ガイドヘルプ事業の「当事者主体」として評価できる部
│分については、絶対になくしたくないと考えている。
│ また、今回の問題のように、「当事者不在」に逆もどりする可能性のあるものについ
│ては、ことあるごとに確認をとっていくつもりである。
│ 二度と当事者が声を上げられない時代に戻してはならないのだから。
Bヘルパー証のみならず、「腕章/バッチ」などが論上に上がっているようだが、つくるつもりなのか。
│ もちろん、腕章やバッチがあれば「何だ?」と目を引くことは容易に想像できる。
│ しかし、先に述べたように、銀行や病院など、不都合があれば利用者本人が説明すれ
│ばいいのである。
│ それを解決するのは、なにも腕章をつけることではない。
│ 逆に、腕章をつけた人と障害者が歩いていれば、「腕章をつけた人、つまりは、一般
│人ではない人=普通でない人=専門家、に守られている障害者象」がより強化されるの
│ではないか。
│ 「障害者は、ああして、専門家に守られているのだ」というイメージの固定である。
│ それは、「自ら選んだ介助者を自らの責任において社会参加のために使う」という、
│能動的に社会に生きようとする障害者、とは正反対のイメージである。
│ これは、介助という問題ではなく、社会の中で、「障害があるなしにかかわらず助け
│あって生きる」ことをも否定しかねない。「障害者は一般の人とは違う人」「障害者は
│普通の人では助けられない」ということを流布しているようなもので、ノーマライゼー
│ションなどという観点からも、賛成できるものではないように思われる。
│ バッチ/腕章については、そういう意味からも作らないことが望ましいと思われる。
│
│ またこの件に関しては、多くの介助に入っているヘルパーにも同意見の人が多い。
│ 上記のように、これまで、利用者を「対象」としてでなく介助に当たっていた介助者
│にとっては、この「バッチ/腕章」などというものは、全く意味を成さないものである。
│ ましてや、ヘルパー証のように「携行すること」などということになれば、上記のよ
│うな理由から、障害者問題の理解を逆行させるものとして、介助者としてもこれ以上の
│活動を続けることについては考えることになるだろう。
│ 介助などを通して利用者と生活を共にしてくるなかで、障害者問題を理解してきた介
│助者にとって、こうした「腕章/バッチ」などという提示は許せるものではないのであ
│る。
Cこの「腕章」について、私たち利用者は、介助者の自己満足にしか思えない。
「いいことをしている」という自己満足である。
外出に限らず「介助」とは、生活するに必要なものである。しかしこれまで使える施策が整備されてなかったために「ボランティア」という善意に頼らざるを得なかった。
そこには「いいことをしたい」という任意の善意しかなく、私たちの社会生活に必要な介助すら、彼ら「介助ボランティア」という名の人たちの任意の善意に依っていたのだ。 「彼らの機嫌を損ねれば、あしたは外出できない」− 。
悲しいかな、それが現実だった。
それを「自分の生きる権利を保障する義務として」「一人の市民としての権利を保障する義務として」運動を続け、介助制度は一歩一歩進んできたのだ。
腕章/バッチを市が作るということは、それを再び「善意」に押し戻そうとしているように思える。
自分が障害者であることをあえて宣伝せねばならないという意味も含めて、そもそも腕章をつけた人なんかと歩きたくない、というのが普通の市民感覚なのではないだろうか。 しかし、自分の介助者が「つけたい」人だったら、介助がなければ生活できない障害者である私たちはきっと今だって断れないかもしれない。
それが現実である。
介助を欲している人より、介助者が(というより「まともな介助者が」)少ない昨今、利用者の立場は弱いのである。
ここに現状の介助問題をとりまく根本的な問題があるように思うのだが、市としては、このあたりの「障害者と介助者の関係」の部分を、どのように捕らえているのか。
Dもし、バッチや腕章を作るとしたら、その配布方法についてはどう考えているか。
│ 上記のような理由から、バッチ/腕章については、「利用障害者の希望がなければつ
│けさせないこと」が基本である。そうでなければ、これは当事者主体でもなんでもない
│ことになってしまう。
│ 介助の場面において、「介助者が自分のやりたいように介助を行う」というのでは、
│これまで散々問題になってきた「ホームヘルパーが勝手に家の中をかたづけてしまう」
│といった問題そのままである。
│ それを克服できる「当事者主体」を取り入れたのがガイドヘルプ事業であるから、そ
│のよい面は捨てる必要はない。というより育てるべきである。
│
│ そうした観点から考えると、利用者が「必要ない」といった場合については、介助者
│はつけてはならない、という約束ごとは必要になろう。
│ もちろん、利用者自身が必要としているならつければいいだろうが、そこで必要なこ
│とは、あくまで「利用者が必要である」ということであって「介助者が必要だと思う」
│のではつけることは許されない。
│ 介助中に、利用者が「やめてくれ」ということをやめない介助者は介助者足りえてい
│ないのである。
│ ばかばかしいが、この点は確認したい。
│
│ こうした点を踏まえると、配布方法として適切なのは、ヘルパー証のように全体に送っ
│て「要らなければ返してくれ」という方法でなく、「必要な人に送る」という姿勢であ
│る。
│ 注意しなければならないのは、「必要としている」のは利用者であって、介助者では
│ないということである。このバッチ/腕章は、利用者が持っていればいいのである。
│ 必要とする利用者がこのバッチと腕章を持っていれば、介助のときに持参し、介助者
│につけさせればよい。
│ 当事者主体を貫き、必要な人に腕章/バッチを配るといった場合、方法は以上のよう
│なものが適当だと思うが、市はどう考えているのか。
E介助者の名簿公開をするのか。
介助者の名簿については、「利用者が介助者に連絡を取れるようにする」、「介助者が他の介助者に連絡が取れるようにする」、などということを目論んで作られているようだが、それは現状の財団によるコーディネート能力を超えている、という理由からか。
だとすれば、名簿の公開を考える前に、財団のコーディネート能力を高めるための方策は何か講じたのか。
利用者から直接介助者に連絡を取らせれば、様々な問題が浮上することは目に見えている。これまでもそういったトラブルがあったとも聞くし、わたしたち虹の会の介助派遣システムでも、直接の介助依頼についてのトラブルは起きており、現状では、なるべく直接の利用者以外の人を通して連絡を取るような形を作ってきている。
介助者にしてみれば、「直接頼まれると断れない」ということもあろうし、「だめだといっているのに、何度も連絡がある」などということはおそらく起こるだろう。
その結果、介助者がやめてしまったり、介助者とそもそもその人に介助を受けていた元の利用者との間に亀裂が入ったりということは、十分に考えられることである。
こうしたことから、間に人が入ったほうがいい(そういう人をコーディネーターという)ことは明白であるが、その機能は現在どうなっているのか。
他にも、介助者が見つけられない転入者などの場合にでも、コーディネーターが間に入るのは、介助派遣の鉄則である。
つまり、名簿公開の前に、コーディネート能力の拡充を考えるべきだと思われる。
その機能を拡充するために考えた方策と、それを断念して名簿公開という荒っぽい方法を検討している経過を、説明すること。
│ 浦和市のガイドヘルプは登録方式の派遣である。
│ そのヘルパーと同意の上で、自分が推薦した人を登録して派遣させることができる。
│つまり自分の信頼のおける人をヘルパーとして登録できるのである。
│ どこのだれかわからないような人に来てもらうのではなく、利用者が自分で介助者を
│選べる制度である。だから当然、これまで、資格云々という話にはならなかったのであ
│る。
│ 「自分にとってはベストの介助者である」ということを利用者本人が言っているわけ
│だから、通り一遍の研修は必要ないと考えている。
│ 虹の会では研修を受けたヘルパーよりも、自分専門の介助者のほうがずっといいんだ
│ということで、ホームヘルプの方にも推薦登録を導入させてきた流れもある。(自立運
│動としては全国的な流れだ。)
│ ただし、ここが大事なのだが、推薦登録とは、「推薦した人にとってはヘルパー足り
│うる」が、それ以外の人に適するかはわからない、というのものである。
│ だから、自分が登録させている人というのは、他の人の介助者として適当かどうかは
│また別の問題ということになる。もっと言えば、他の人に対しては「介助者足りえない」
│と言ったほうが正しいのだと思う。
│
│ そして、「他の人にも対応できるか否か」ということになると、当然「資格」の問題
│が発生するだろう。
│ 「資格を問わない」「利用者の推薦というものが最大の資格である」として、私たち
│は推薦登録を推してきたのに、「他の人云々〜」ということになると、これはまさに逆
│行である。
│ しかし、ガイドヘルプについては介助者の名簿を公開を検討しているという。つまり、
│他の人の介助にも当たらせることを公に行うということになる。
│ もちろん、本人の了解を得てということだが、これは先に説明した「当事者主体の登
│録派遣」という考え方に照らせば反則ともいえるのではないか。
│
│ 推薦登録は、上記のような流れで、私たちがやっと実現させてきた歴史がある。
│ しかし、名簿公開によって、その肝心な部分が骨抜きになる可能性はあるまいか?。
│
│ 「介助者が捜せない」という人もいるだろう。
│ しかし、その場合、市や委託先の財団のコーディネート能力が問われているのであっ
│て、介助者同士が連絡を取れることが必要なのではないのではないか。
│ 「介助者が捜せない」ということと「名簿公開」は、話が別である。
│ このままでは、絶対、次に来るのは「資格」である。
│ これでは、利用者主体、からどんどん逆行してしまう。
│ せっかく当事者主体で介助が受けられる制度ができたと思ったのに、ヘルパー証の配
│布、腕章/バッチ、名簿公開、と利用者主体から離れ始めているガイドヘルプ事業を、
│私たちは心配している。
│ なぜなら、その先にあるのは、「介助者の管理」− 引いては「介助内容の管理」、
│− つまりは「利用者の生活管理≒座敷牢生活」なのだから。
│ 私たちは、それは許さない。
Fなぜ、視覚障害者だけの集まりを行っているのか。利用者の一部を取り出して意見を聞いて、それを実現する(例えばヘルパー証を配る)などという行為は許されると思っているのか。
◆全国自立生活センター協議会
◆自立生活センター
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*http://www.arsvi.com