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兵庫青い芝の会

青い芝の会

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◆関西青い芝の会常任委員会 1975 『関西青い芝の会連合』No.2,リボン社
◆日本脳性マヒ者協会・関西青い芝の会連合会・兵庫青い芝の会 1975 『わが怒りを知れ』,兵庫青い芝の会闘争報告集創刊号,86p.

 *以下、関西青い芝の会常任委員会『関西青い芝の会連合』No.2,1975,リボン社より引用
  (再録:定藤邦子)

(32頁)
[兵庫青い芝の会 その戦い]  
(障害児殺しについて、貴職を糾弾するの書)

兵庫県教育委員会
兵庫県教職員組合 殿
                 日本脳性マヒ者協会、関西青い芝の会連合会
                 兵庫青い芝の会   会長さわだ たかし
                 神戸市灘区中ごう町2-3-1 電話 078-842-3064

 私達は、全国15都道府県に組織されている、脳性マヒ者の集団で、青い芝の会です。私達は、障害者に対する不当な差別と対決し、福祉政策の転換、生活の自立、権利の拡大、障害者の解放をめざし、「障害者差別を許さない運動」をくりひろげています。
 始めにお断りしておきますが、貴職、つまり、教育委員会と教職員組合の立場のちがいなり、その目的と行動のちがい性については、私達も充分に認識する所です。しかしながら、今回の私達障害者に対する重大な差別事件に関しては、その立場をこえて、貴職相方に責任性があると私達は断定します。
 過日、各紙新聞に報道されたごとく、神戸市において父親が幼い自分の子供を殺すという事件がありました。この子供は医療機関によって脳性マヒ者と診断され、その事に絶望した父親が、その子供の命を絶つという挙に出たものです。もちろん、いかなる人も他者の命を裁量できるものではありませんが、その父親が、兵庫教職員組合の組合院であり、兵庫権教育委員会の行政管理下の人物である事に、私達は深いいきどうりをおぼえるのです。
 東京では、銀行院がわがむすめを餓死させ、京都では、兄が脳性マヒの弟を絞め殺し、神戸では、教師がわが子を殺す。これが福祉の時代といわれる時に起こる事柄でしょうか。一体、私達障害者の事をなんと考えているのでしょう。障害者を殺しても良いとでも思っているのか。一切抵抗できない身であり、(33頁)もっとも信頼し切っている肉親に殺されていく私達の兄弟の気持ちを想う時、私達は本当に思います。「人非人め、死んでしまえ!」と。
 殺した側の人は例外なく言います。「この子も将来を考えれば(障害者の将来)死んだ方が幸せなのだ」と、なんと一人よがりな、なんと健全的な、なんと差別的な!〜障害者の将来は、一人ひとりの障害者が決める事柄であり、生きていく上の重大名目標であるはずです。その基礎となる命をうばっておいて、将来もへちまもあるものか。私達は、このような優生思想、差別的考えを許しておく訳にはいかない。それは、もし、このような考えや、行為を許すならば、今、生きている私達自身の性が無意味なものになってしまう〜です。どのような生命も、生れて来て悪いという者は、今の世に絶対ありません。
 障害者や障害児を持つ親をとりまく社会的事情は決して良好であるとはいえないのが現実です。しかし、かといって殺しがいいはずがありませんが、なぜ、わが子を殺そうと考えるような教師(子供に生きる事を教える事をなりわいとする人)があらわれたのでしょうか。この原因と責任は、あげて、兵庫県教育委員会と兵庫県教職員組合にあります。一体、貴職たちは、障害者差別や障害児教育(本当はこんなものはありません。みんな普通教育のことです)について何をしてきたのでしょうか。
 教育委員会はあの悪名高き中教審にもとづき、今まで障害者から教育をうばってきた事に何の反省もせずに、ひたすら養護学校、学校の拡充を急ぎ、なんとか障害児を健全時からひきはなそうとやっきになっている。つまり、秩序正しい、おとなしい子供を作り出すために、じゃまになる障害者を別体系の学校にとじこめようとしています。また、教職員組合は、このような教育委員会の差別と選別の教育方針に何ら有効な反撃を加える事なく、教師や子供達が優生思想に染まり、差別的人間になっていく事に手をこまねいているだけです。なを、その上に、貴職相方は、教育実践現場で行われている「障害者は手がかかるし、だめな人間である。しかし、障害者自身の努力によっては、まだまだ健全者に近づくことができるし、そうする事が正しい野だ」と差別的教育の実態をより今日かするか、その事を容認する事によって強力関係を結んでいる。すくなくとも、私達が受けてきた教育経験によればそう見えるのです。障害者をぬきにしてしかできない教育をつくっている、という意味では貴職相方共、同罪です。(34頁)
 このような教育環境の中で働く教師が、自分の子供が障害児として生れれば、「おれの子供は障害児だ、だめな人間をつくってしまった。」と考えるのは当然の結果です。私達は、全国の困難な情況の中で生き続ける障害者の想いをかけて、このような教師を生みだした、兵庫県教育委員会、兵庫県教職員組合のあり方や考え方を糾弾します。
 私達は、以上の事をふまえ、次の事柄を要求します。
 (兵庫県教育委員会に対して)
イ.今回の、教師の障害者殺しについての見解を明かにし、謝罪せよ。
ロ.障害者を教育から隔離する、就学猶予、免除の制度を廃止せよ。
ハ.養護学校、学級優先政策をやめ、障害児に普通教育を保障し、校区の学校に入学できる体制をつくれ。
ニ.障害者差別を許さないしせいを確立し、障害者の教育に対する真の要求を受けいれ、全県的な教師の学習運動を起こせ。
(兵庫県教職員組合に対して)
イ.今回の教師の障害児殺しについて見解を明かにしてほしい。
ロ.障害者を普通教育からしめ出すような試みについては、断固反対する立場をつらぬいてください。
ハ.障害者の自立と解放の理念にもとずき、教師と障害者との共同の教育運動の方向をみつける努力を続けて下さい。
ニ.養護学校、学級をなくし、すべての子供を校区の学校で受け入れる運動を行って下さい。(養護学校の教師と普通学校の教師の給与に格差がありますが、これは、うらがえしの差別事象でありますので廃止のための運動をして下さい。)
ホ.教師の免状を持つ障害者は多くいます。障害者の教師をつくり、受け入れる体制をつくって下さい。
ヘ.教職員組合の障害者差別に対する見解を明かにして下さい。

 私達は、ヤッパリ、障害児殺しが教師の手で行われた事を許す事はできない。教師が、未来の可能性(子供の命)を殺す事は、未来を形成する教育を、教師自らの手でやく殺した事と同じであります。私達は、教育とそれをとりまく、すべての事柄に、差別がなくなるまで戦う事を、貴職相方に宣言します。
                  1975年6月
                      悲憤のなみだの中より〜〜〜



兵庫県教育委員会の障害者差別を糾弾し、おろかな策動を許さない!

 1ヶ月前に、明石市においてひきおこされた教師による障害児殺し事件について、私達、日本脳性マヒ者協会、兵庫青い芝の会は、子供のあり方を左右する教師の社会的責任の高さの重大性を考え、教師の行政的指導機関である兵庫県教育委員会に強く抗議し、さらに、本事件に対する見解と今後の方策について、交渉の場で追求しました。さらには、県教育委員会が責任ある回答を文書でもって私達に示す事を約束させました。
 しかし、県教育委員会は、私達が指定した日時に、約束をやぶり、文書回答をしないどころか、私達の事務所でつめていた、さわだ会長(彼は言語障害がひどく、文字盤をつかって会話する)のもとに数人でもっておしかけ、とりかこみ(他の会員は別な活動のため全員ではらっていた)一方的に県教育委員会の考えをしゃべりまくり、さわだ会長の反論を聞く事もなくひき上げてしまい、それで全てのケリが付いたと公言する始末です。
 一体、こんな事が許されて良いのでしょうか、これは横暴であり、障害者の特質を逆用した明確な差別行為です。再度の私達の追求に対して、県教育委員会は、今まで、特定の団体に対して文書回答をした事がない。前例がないという言葉をくりかえすばかりで、文書回答をすると約束した事の責任をのがれ、自らの官僚的立場をつくろうのに必死です。
(36頁)私達は、はっきりと断言できます。このような差別的体質をもつ県教育委員会が行政指導をするからこそ、教育実践現場に優生思想がはびこり、障害児であるわが子を殺す教師が出てくるのだと。
 県教育委員会は、私達に対して「現行の能力主義教育こそが障害者差別を生んでいる」とみとめつつも、その教育体制をまもろうとしているのです。これは、ドロボーがドロボーの不徳を説教しているようなもので、私達は、これを許す訳にはいきません。
 私達は、障害者差別を許さないと同時に、すべての差別を許す事はできません。私達が差別を許す事は、私達自身の生命をしめ殺す事になります。つまり、人間、類として人間の未来をとざしてしまう事になるのです。したがって、私達は、あえて教育のあり方を社会に問うているのです。
 私達は、二度、三度要求します。
県教委区委員会は、(イ)教師の障害児殺しについて、明らかな見解と謝罪を文書で回答せよ。
(ロ)差別、分断教育をやめる方策を示せ。  (ハ)さわだ会長に対して行った差別行為を謝罪せよ。
 県庁職員のみなさん。あなたの子供達も行っている学校の先生が、障害者差別者であっていいのでしょうか、思念の自在をものにすべく、兵庫県政から差別を追放する戦いに立ち上がりましょう。
            日本脳性マヒ者協会、関西青い芝の会連合会〜兵庫青い芝の会
            会長、さわだ たかし      078-842-3064
神戸市灘区中ごう町2-3-1


兵庫県挙育委員会は
     障害者の差別体制をただちにやめよ!

兵庫青い芝の前で今までの罪を認め
          全面的に申し入れを受けよ!


(37頁)
県教育委員会の「回答文」に対する[見解書]
            日本脳性マヒ者協会・関西青い芝の会連合会
            兵庫青い芝の会 会長 沢田 隆司
             神戸事務所 神戸市灘区中郷町2-3-1 TEL 078-842-3064
             姫路事務所 姫路市梅ヶ枝町866 TEL 0792-85-1926

 人間の未来を生み出す教育の場で働く者が、脳性マヒ児である我が子を殺すという、障害者差別の根底の問題に対しての教育委員会からの回答に、私達は新たな怒りをこめて、見解を表明します。
 私達は日本脳性マヒ者協会・青い芝の会結成以来、障害者差別教育について一貫して実態を暴露し、教育委員会の姿勢を糾弾し、障害者自身の声を聞くことを要求してきました。それにもかかわらず、私達を無視し、この事態を呼んだのです。そして私達は<糾弾するの書>を提出し、3回にわたる話し合いを精力的に進めました。その中で、この<殺し>の根本原因は、優生思想−能力主義を背景とした「障害者はダメな存在である」「健全者に近づけ」という差別観念である事をつきとめました、また、具体的には、中教審答申に基づく養護学校・特殊教育の別体系教育という障害者差別であることをつきとめました。回答文とは以上のことに対する私達への謝罪と態度表明であったのです。
 しかし、教育委員会は再三に渡り回答を逃げたあげく、逃げられなくなるや。3回の真剣な話し合いを全く意味のないものとし、紋切り型の居直りをしたのです。話し合いの中で、教育委員会は障害者問題は障害者自身の意見なしでは語られないこと、障害者教育(実は普通教育のこと)は障害者自身の要求の中から生れることを確認しながら、その責任を一切放棄したものに他ありません。
 私達はこのような姿勢こそが、障害者差別と闘う上で最も悪らつなテアイであり、断固つぶさねばならない存在なのです。障害者差別教育をなくす事は、私達仲間の生死をかけた戦いなのです。私達は教育委員会の今回の態度・姿勢を決してゆるさず、更に糾弾の闘いを強める覚悟です。人間解放に向けての教育を生まんとしている全ての人々と共に、差別教育体制にかみつき、真に全ての人間の自由を生み出すまで闘ってゆく決意です。
                                  (以上)


(38頁)
もう、施設はゴメンだ!

 私達は、全国15都道府県でCP者自身が立ち上がった自立CP者団体です。現実に施設に入れられていた者として「なぜ、把つぃたち障害者だけ入るのか! 収容所に。私達が何をしたのか?」私達は、"世界は一つなのだ"といっているのです。
 兵庫県青い芝の会は、親兄弟の居る街でプライバシーを守った型で、障害者自身が運営する施設。もちろん出入り自由な生活の場をと兵庫県民生部に要求中です。だから今日行われようとしている祭りの主旨がけしからんのです。どうして父母の会は世の中を変えようとしないのですか?自分たちの子供を収容所に入れる事を考え金を集めるのですか。そんなにして障害者自身が喜ぶとでも思われていたのでしょうか。
 自分の子供を親が差別をしていいのですか。親の会は私達と話し合いをせよ。差別をゆるさないぞ!!
            日本脳性マヒ者協会  関西青い芝の会連合会
            兵庫青い芝の会
              姫路市梅ヶ枝町866  電話 0792-85-1826
              神戸市生田区下山手通4の4 電話 078-392-1980
            関西青い芝
              大阪市東淀川区南方306 大広荘 電話 06-323-4456



(39頁)    (公 開 質 問 状)

兵庫県障害福祉課 殿
                  日本脳性マヒ者協会、関西青い芝の会連合会
                  兵庫青い芝の会   会長 さわだ たかし
                  神戸市灘区中郷町2-3-1
078-842-3043

 私達は、すでに、兵庫県に対して、私達の意見と私達がつくり出した施設のイメージをもとに要求を提出し、数回にわたる交渉を行ってきましたが、残念ながら、私達の要求は県当局に受け入れられていない。つまり、兵庫県はいまだ従来の差別的福祉政策を反省せず、いなおりつづけているのです。
 私達の「障害者自身が運営する施設」要求は、私達の生死をかけた訴えです。県障害者福祉課は、私達の要求をとり上げるどころか、金がないとつっぱり続けている。私達は、他の事にはつかう金があるのに、金がなければ、福祉優先の原則のもと、なんとかつくり出すのが行政の仕事ではないかと思います。障害者の要求なぞ、へともおもっていない福祉課とは、障害者の意見をふみにじる事によってなりたっているのではないでしょうか。
 障害者福祉課は、ずうずうしくも、障害者のためにという偽善のもとに、養護学校や差別施設をどんどん建てている、私達は、このような県行政を許す事はできない。
 私達は、なぜこのような行政福祉の皮をはぐ事に、私達の力を集中するのか、それはもちろん、この事に私達の生命がかかっている事がありますが、私達の要求こそが、この差別社会を変革する内容を持つものであると確信するからです。私達は、ここに、従来の交渉の経過をふまえ、公開の質問を行います。県当局は真剣な検討の上、6月25日まで正式文書で回答されるよう要求します。
 イ.障害者福祉課はいかなる人びとの声を重要視して、運営しているのか。
 ロ.障害者自身が運営する施設づくりに対して、これを拒む理由はなにか。
(40頁)
ハ.障害福祉課のつくる施設と、障害者の人格との関係を明らかにせよ。
 ニ.行政福祉と、公共の福祉との関係をどのように考えているのか。
 ホ.障害者差別が社会的にある事をどのように考えているのか。
 ヘ.社会的差別を、行政当局としてはどのような方法でなくそうとしているのか、具体的に答えよ。
以上



(40頁)
兵庫県は、真の福祉政策確立のために、兵庫青い芝の会が要求している、
障害者が経営する施設を建設せよ

兵庫県知事、障害者福祉課 殿
 私は、日本脳性マヒ者協会、関西青い芝の会連合会、兵庫青い芝の会が主張する二つの事柄に産道し、その要求の実現を県当局に対して強く要望します。
(1)現在、兵庫県で行われている障害者福祉政策はその中心を施設づくりにおいていますが、施設運営は当の障害者にとって、全くあずかり知らぬ事としてあり、施設自体が山奥にあったりして実体は障害者のウバすて山的なものになっており、障害者をとりまく社会的差別をより強化する役割を果たしています。また、県当局は障害者現実にまったく眼をつむり、「障害者は健全者に管理されるべきだ。〜障害福祉課長の発言」とする考えで福祉政策をすすめようとする事は許せません。
(2)福祉政策は、それを受ける者の立場が最大限に受け入れられていなければ本当の政策とは言えません。その意味では、障害者の生き方に多大な影響を与える施設をつくるに当っては、兵庫青い芝の会の要求はまったく正当なものです。障害者の人権を尊重し、自らの自覚の発露に基づく自立と解放に根ざした生活拠点(施設)こそ必要です。その施設は、交通の便のよい市街地にあり、(41頁)職員の雇用権、運営権が在所生の手にあり、アパート形式でプライバシーが守られたものでなければなりません。当然、介護者も保障されている、このような施設こそ、障害者自身と障害者を持つ親からのぞまれているものです。兵庫県は、青い芝の会が設計し、予算案をみつもっている上記のような施設をつくる努力を開始して下さい。
以 上
  日本脳性マヒ者協会、関西青い芝の会連合会、兵庫青い芝の会
  電話 0692-85-1826 078-842-3064
         姫路市梅ヶ枝町866
         神戸市灘区中郷町2-3-1



(41頁)   福祉とは何か!
障害者の運営する施設を

 私達は全国15都道府県のCP者自身が、自立と解放運動を続けている団体です。
 関西地方でも1,000名のCP者が集まり、重度在宅の障害者の問題を中心とした運動の輪を作っています。
 そして私達重度在宅障害者が日常生活で味わっていること、その原因と自立の運動を語りあいました。現在、私達の生活は親の手なしには生活できない状態におかれている為、親しだいでいきてゆかねばならず、自立の道が全く閉ざされているのです。世間体が悪いと家の外に出る機会もなく一生を過ごし、あるいは親の障害児殺しという事態まで起きているのです。もしも親が死んだ時、私達の生活は当然のごとく今ある施設・コロニーに行かなければならないのです。しかし、今ある施設や計画されているコロニーは、行政が私達の人格を全く無視し、けんぜnン者が障害者を管理するブタ箱も同様のものです。設備や規模の異様さはそのことを少しも変えることなく、ますます私達の隔離と管理の状態を進行させているだけです。
 私達は人間として生きる為の生活の場が早急に必要なのです。
 そこで、私達は、兵庫県障害者福祉行政当局に対して、私達障害者の意志とは全く関係なく進められている現在の福祉行政がなぜあるのか、そもそも障害者福祉とは何であるのかを追求しています。そして具体的要求として、私達の自立した生活を生むために私達自身の管理する施設を建てることを要求しています。
 今年1月から4回の交渉を行ない、私達自身の管理する施設の設計図と見積書を添えて、行政当局の姿勢を追求しています。それに対し、当局は常に問題を別のものにすりかえはぐらかしてきたのです。2回目の交渉の時は、安田障害者福祉課長が「障害者は健全者に管理されてあたりまえですよ。」などという差別発言をくり返し、行政の差別姿勢を露わにしたのです。4回目の時は行政の立場でありながら答えはこれですよと「春闘共闘委員会」のビラを手渡すしだいです。私達はこれら当局の差別姿勢、私達の人格を否定しきった態度を更に強く追求していくと共に、私達自身の管理する施設を作らせる為に運動を強く進めていきます。
 県庁に働いている全ての皆さん!
 福祉とは何なのか?目玉商品とされている施設とは何なのか?そして障害者の実態を直視されねばなりません。私達の交渉の経過を見つめ、障害者の自立と解放運動との交流を生みだして下さい。
 6月8日の障害者自身の管理する施設を考える集会に参加しよう。
          日本脳性マヒ者協会・関西青い芝の会・兵庫青い芝の会
          神戸事務所:神戸市生田区下山手通4丁目4   078-392-1980
          姫路事務所:姫路市梅ヶ枝町866      072-85-1826


(43頁)
障害者の自立するための施設を!CP者の自立する運動にカンパを!

 道ゆく全ての皆さん!
 私たちは全国各地で障害者自立運動を続けているCP者(脳性マヒ者)の団体です。
 私たちの仲間の多くは施設の中でひっそりとくらさされることをよぎなくされています。今の施設の中身は毎日毎日管理者が一方的に決めたスケジュールで過ぎていくのです。決められた時間に皆の前でトイレをしたり、部屋を出ることも制限されています。施設から外出する時は、親と管理者の許可が必要なのです。多くは山の中にあり、それは私達の生活の自由と、人と会い社会を見る機会を全く失うことになっています。授産所で身体をこわしながら働いた給料は1ヶ月に2〜3,000円ですが、施設の中でそのお金を使うことすら知らなくされてしまったのです。
 また、多くの仲間は、家の中に閉じこもることになり、TVを唯一の友として一生を送ります。家の外へ出ることなく、人と語り合う喜びを知らないでいるのです。それで、親が死んだら、私達は生きる方法がないのです。山奥の施設で管理されるしかないのです。
 私達は、社会の中で自立した生活をすることを考え続けました。
それは、私達自身が管理する施設を作ることです。現在、私達は兵庫県障害福祉行政当局に対して、街の中で生活できる所を保障する具体的な要求書を提出して交渉を続けています。
 私達は、社会の中で自立した生活をする事を考え続けました。
それは、私達自身が管理する施設を作ることです。現在、私達は兵庫県障害者福祉行政当局に対して、街の中で生活できる所を保障する具体的要求書を提出して交渉を続けています。
 私達障害者の自立運動に支援のカンパをお願いします。
 障害者自身の運営する施設を共に考える為の6・8集会に結集しよう!

      日本脳性マヒ者協会・関西青い芝の会・兵庫青い芝の会
        神戸事務所:神戸市生田区下山手通4丁目4   078-392-1980
        姫路事務所:姫路市梅ヶ枝町866      072-85-1826



(44頁)  
障害者が要求している真の施設を街に!

 私たちは、全国15都道府県に組織されているCP者の団体です。
 私たちは、人間としてのあたりまえの生活を求め、差別されている現実を明らかにし、障害者の自立と解放運動を進めています。口をあければ人は福祉の名を一度はしゃべる現在の世相。だが、私たちにとっては、それが直接日常生活とつながるだけに、自立への真剣な話し合いがなされました。
 重度CP者にとって親とは何か、施設とは何か。しかし、たいがい決まっています。私達の生活は親の手なしでは生活することができず、そのため、親は絶対者であることになり、自立とは、全くかけはなれた次元においこまれます。そして、見た目が悪いとの理由で家の中に閉じこめられ、およそ人間としてのまっとうしないまま生き、そして行きつくところが今ある施設・コロニーです。ただの入れものづくりの、死を招く、この手の施設・コロニーは、いくら設備を良くしたところで、管理しやすいようにしたやっかい者の収容所をより意味するだけです。このような、優生思想を背景としている以上、ますます差別を助長するだけです。私たちは、早急に自活できる、人間らしく人間としての生活の場が必要なのです。
 そこで、私たちは、兵庫県障害者福祉行政当局に対して、私たち障害者の意志とは全く関係のなく進められている現在の福祉行政が、なぜあるのか、その欺瞞性を追求すると共に、具体的要求として、私たちの自主自立に基づく人間としての生活を営む為に、障害者自身が運営する施設をつくることを要求しています。今年の1月から5回の交渉を行い、私たち自身が自主自立運営する施設の設計図と見積書を手渡し、行政レベルの障害者福祉に対し切りこみをかけました。しかし、いずれも当局は問題をはぐらかし、自分達はそこまでやる必要がない・予算がない・一部の人々の意見は取り上げない等と、はっきりした差別姿勢を暴露しています。安田課長の「障害者は健全者に管理されてあたりまえですよ」の差別まる出しの暴言、予算面でのしりぬぐいを春闘うんぬんの労働問題にすり替えたり、お起き課長は労働者の闘いである「春闘共闘会議・総評・自治労」のビラを出して「私たちも闘っている」と語り、(45頁)行政責任をのがれようとしたりしました。そして、4月30日、私達は県管財課に出向き、兵庫県が管理している神戸方面の福祉関係の土地リストを求めました。ところが、福祉課からは何の連絡もないばかりか、そこに表われた福祉課の片山副課長は「予算がないから計画もつくれない、兵庫県は玉津の他に別のコロニーを作るのだ。」と平然といいきっています。要するに、障害者の声を聞こうとしないばかりか人格すら認めず、一ヶ所に障害者を集めては、資本主義社会の体制を維持しようとする、福祉の名による障害者の虐待行為です。予算を非人道的差別者の思いのままに放っておけません。この事から福祉課の人達は偽善者といってもいいでしょう。
 県庁内に働いている全てのみなさん!自由な生活は人間全ての権利です。福祉とはそれをまっとうして本当の意義をなします。私達の交渉の経過を見つめ、障害者の自立と解放に向けての運動の接点を見いだし、交流を生み出して下さい。私達の交渉を支援してこそ福祉を論じあえるのです。
障害者の自主運営する施設づくりを考える集会に参加しよう!
6月8日(日) PM 1:00〜    生田公会堂

日本脳性マヒ者協会・関西青い芝の会・兵庫青い芝の会
         神戸事務所:神戸市生田区下山手通4丁目4   078-392-1980
         姫路事務所:姫路市梅ヶ枝町866      072-85-1826



(46頁)
ボランティアは偽善者の差別行為にすぎない!

兵庫ビューローの関係の皆さん!
 私達は、日本脳性マヒ者協会・関西青い芝の会・兵庫青い芝の会で、全国15都道府県に仲間を組織している脳性マヒ者の団体です。私達は重度在宅の仲間を中心に障害者自身の自立と解放運動を進め、障害者差別と闘っています。
 ボランティアは偽善者の差別行為なのです。
 即時、ボランティア活動をやめるべきです。そして青い芝の友人組織である健全者組織グループ・ゴリラに結集すべきです。
  暇ができたら参加し、それ以外は障害者の人間の苦悩をよそごとのように知らぬ顔をする。それが当然となる自己満足的行動は、真に障害者が自ら人間として生きる世の中を生む方向に逆行しているのです。私達は、このような行政側の手先となんらかわらぬ行動は絶対許すわけにいかない!
 ひとりひとりが理解しあえば社会は良くなると考える皆さんは、本当に当事者本人の実態をつかんでいるのですか。あらゆる差別を考えることなしに、安易に友だちになろうとは、その腹には問題が起こればいつでも逃げ出せるタイセイを作っていることになるのです。そして、障害者の私達はこの差別から決して逃れられないのです。それは差別の中でも最も強い、私達被差別者を半殺しにする思想と何らかわらない。
 皆さん!認識を新たにし、再度ためしていることを点検して下さい。
 何かをしてやっている・されているという関係は、本来この世にあるべき姿ではない。当然の義務・当然の権利としての関係ではなくてはならない。人間の存在を真正面からうけとめる関係でなくてはならない。
 私達青い芝の会は世直しのための思想価値観変革をやっている。皆さんの活動は、障害者を切り捨て殺している現体制を認めた上での自分を優先的に身、立派なことをやっている(?) と回りが承認しなくては存在意味がなくなる。この欺瞞性に気づいた時、今までやってきたボランティア活動がどんなにかマイナス要因を持っていたかがわかるだろう。
 ボランティアは当事者の理屈もわからないし、実態もわからない。わかろうとする姿勢も見いだせないでいる。ボランティアは行政側の下請けの働きをもち個々の要望をもみ消すことに奮闘している。
 皆さん! 尚もボランティア活動をやるならば、私達は障害者差別にさらされ、それ故に解放を闘うものとして、ボランティアの差別性を実態から糾弾する。早く目をさませ!人間としての目を!

 日本脳性マヒ者協会・関西青い芝の会・兵庫青い芝の会
         神戸事務所:神戸市生田区下山手通4丁目4   078-392-1980
         姫路事務所:姫路市梅ヶ枝町866      072-85-1826



(47頁)
「施設を考える」集会へのよびかけ!!
                 障害者差別を許さない!
                 兵庫県は障害者の経営する施設をつくれ!
(集会内容)
   基調報告、討論、決議 障害者の自由は、人間の自由だ!
すべての団体、個人のみなさん!
 福祉国家のめざすものはなんでしょう。
今、福祉問題は、やかましく満天下にみちています。政党も有名人も文化人も国も行政もその他あらゆる人々が口をひらけば福祉の事を口走ります。一億総福祉の感があります。しかし、本当にそれほどよろこばしい時代になったのでしょうか。福祉を受ける側の口を一切封じる事、あるいは差別する者にとって都合のよいような言葉をしか教えないで、その発言をかつぎ出す事によってしか語られない福祉話は現在の国家の矛盾、また、差別の根拠をかくす事はできても、本当の人間の未来を指し示す事はできません。福祉国家とは、現在の差別をなんら解決する事もなく、秩序、常識を強化する夢物語の安心の結論にしかすぎません。
(48頁) 私達は全国15都道府県に組織されているCP者の団体である、日本脳性マヒ者協会、青い芝の会です。私達は、私達の、あるいは人間のあり方にとって重要な、この福祉問題に大きな注目を注いでいます。先日も京都において脳性マヒ者の弟を殺したサンパツ屋の兄を弁護する運動がおこっています。私達は、この運動に強く抗議しましたが、結局、福祉が、とりわけ、施設政策がたちおくれているからだと逃げられてしまうのです。障害者を殺しても罪にならない、これが今の差別社会です。いまや、福祉の時代という名の優生思想の時代、殺しの時代なのです。私達は、むざむざ殺される訳にはいきません。私達が死ぬ事は、人間の未来がたえる事を意味するからです。 
 施設の実態はこうです。
 私達が経験してきた施設は、毎日、毎日時間にしばられ、雑居部屋、施設職員の都合でなにもかもはかられ、外出すら許可制なのです。肉親との面会にまで許可がいります。つまり、施設とは福祉の名によるウバすて山なのです。障害者の生活の場ではなく、管理しやすいようにできた、やっかいなもの収容所です。あなた方は、トイレの時間まで決められた生活にたえられますか。
 とはいうものの、命の綱の肉親に死なれればたちどころに生きていく事ができないのが私達の実情です。そして私達は、人間としての生をみんなと同じように全うしたいのです。
 障害者問題とは、帰する所、重度重症者問題です。私達は施設の問題をつきつめ、事をわけて、今、兵庫県に対して、生活領域に障害者自身が経営する施設を作れと要求しています。県障害福祉課長は、私達に対して「障害者は健全者に管理されるべきですよ」と平然と差別発言を行っています。障害者のための施設ならなぜ私達の自由にならないのでしょうか。施設を賛美する人は決して施設には入りません。どうしてなのでしょうか。
 私達は、施設問題を通じて、福祉とは、生活とは、自由とは何かを明らかにするための集会を下記において開きます。全ての人が自由にいきなければならない事を共通項として、共に考え、共に語ろうではありませんか。あなたの集会への参加を心から要請します。
以上
                日本脳性マヒ者協会、関西青い芝の会連合会
                兵庫青い芝の会  072-85-1826 078-842-3064
                会長 さわだ たかし 兵庫県姫路市梅ヶ枝町866


(49頁)
障害者の自立するための施設を!
CP者の自立する運動にカンパを

道行く全てのみなさん!
 私達は全国各地で障害者解放運動をくりひろげている、障害者自身の団体で、日本脳性マヒ者協会・青い芝の会です。
 私達の仲間の多くは、在宅障害者として家の奥に閉じこめられた状態で、毎日ひっそり生活を送っています。家の外の世界も知らず、人と話をする機会もなく、することといえばテレビをみることだけといった様子です。先日も教師の脳性マヒ児殺しがありました。人間性の未来を生むべき教師が自らの手で、我が子の障害児の未来を消し去ったのです。在宅障害者はそのように生き、考えられているのです。
 また多くの仲間は、施設で生活することを余よぎなくされています。今ある施設や作られつつあるコロニーはほとんど山奥にあり、社会と隔離されているのです。しかも、毎日が管理者の都合による時間割によって動かされているので、生活の自由が全くないのです。排便もきめられた時間にしかできないのが実情で、水を飲むことも制限したり、男女かまわず、男女かまわずベットの上でさされるので他の人にまる見えです。入浴の時、女性障害者を男の人が介護し、身体を洗ったりします。また、外出が禁止されていたり、効用のわからない薬を飲まされたりするのです。そこでは障害者は人間としての権利も生活もないのです。私達障害者は、決して今ある施設には入りたいなどと思っていないのです。
 私達は、このような状況の中から、障害者自らが自立し、解放する運動を生んできました。そして、兵庫青い芝の会では「障害者自身が管理・運営する施設の構想を作り、設計図と見積書を作っています。それをもって兵庫県障害者福祉課に対し、青い芝の会が要求する施設を作るよう要求し、交渉を重ねています。その中で兵庫県当局は「障害者は健全者に管理されてあたりまえだ」と障害者をダメなものと決めつけ、差別しています。あるいは、障害者の真の要求を聞こうとせず言をろうしているのです。私達は、6月8日には300名の人々の真剣な討議で「施設を考える集会」を行い、要求の正しさを確かめてきました。
(50頁)更に要求支持10万人署名運動を拡げています。また労働者・市民との、障害児をもつ親の会の人々との話し合いを進め、差別と闘う人々との連帯を拡げています。このような運動でもって、兵庫県行政当局の障害者を無視した福祉政策を改めさせ、障害者の自立と解放の闘いを推し進める為に更に交渉を続けています。
○ 私達障害者の自立と解放運動に支援のカンパをお願いします。
○8.23〜24 障害者と健全者の大交流サマーキャンプに参加しよう!
      大津ユースホステル  500名規模
○兵庫青い芝の会が要求する施設運動支持10万人署名を拡大しよう!
○障害者の自立と解放運動の映画「カニは横に歩く」「何色の世界?」上映運動を拡げよう!

   日本脳性マヒ者協会・関西青い芝の会・兵庫青い芝の会
         神戸事務所:神戸市生田区下山手通4丁目4   078-392-1980
         姫路事務所:姫路市梅ヶ枝町866      072-85-1826


6・8 施設を考える集会に参加しよう!!
       障害者解放に結集しよう!!
    6月8日 PM 1:00〜  生田公会堂

 私達は、日本脳性マヒ者協会・関西青い芝の会連合会・兵庫青い芝の会は、全国15都道府県に仲間を組織している脳性マヒ者の団体です。CP者が社会的存在に目覚め、障害者自身の自立と解放運動を進め、障害者差別と闘って20年になります。そして私達は、障害者として生きる立場で、教育・施設・福祉労働と障害者差別全般をとらえ、(51頁) 社会変革のイメージを作ってきたし、関西青い芝の会では被差別統一戦線への積極的参加をしています。
 水俣病のみなさんも社会の底辺に抑圧され殺され、歴史的には異なる障害者として生きている。そこから社会的存在の告発と、未来を生み出す偉大な作業をされています。私達はこの闘いに学び、障害者差別と闘う施政と内実を更に強くし、更にこれからも水俣の人々と共に未来を築く方向を真剣に考えていく為、本日6.7「不知火海」上映に参加しました。私達は、水俣の人々とともに、障害者として生きていくことが、社会変革を為していくことだという方向をしっかり見つめ、闘いを強く巾広くしていく考えです。
 水俣の人々とともに生き、考え、闘っておられる上映参加の健全者のみなさん。水俣の人々の姿と闘いを目にして、その感動を、企業・国。行政。権力に向けるだけでなく、水俣の人々の人間の姿、障害者が生きる姿にまともに大した自分の立場と人間として生きていく姿を考えてほしい。真剣に障害者と共に生きる人間の姿を健全者の立場で考える必要があると考えます。私達はこうした考えで、障害者差別と取り組む健全者による友人組織グループゴリラを作っています。みなさんもグループ・ゴリラのような運動形態を生み出して、在宅障害者訪問による障害者との直面、青い芝の会の運動の手足として運動し、健全者の生きる姿を作っていく、そのような方向を作っていくべきと考えます。抑圧され差別されている者自身の解放運動から生み出された人間性は全ての人々の解放の人間性なのです。
 私達は、障害者をとりまく全般的な状況の中、兵庫県では「障害者自身の管理運営する施設」を県障害者福祉当局に作らせる闘いを生み、過去7回の交渉をしてきています。これまでの施設は、障害者は健全者に管理され、人間性を奪われています。生活感覚も生物的欲求も人間として無視され、生死も決定されます。福祉の名の下、美しく、大きく、整備される程その状態は強化され、仲間は消えていくのです。私達はこの差別、福祉行政のゴマカシと目論見、優生思想そのものを問題とし、私達自身が世なおしをするということでこの闘いを生みました。そして6・8施設を考える集会では、障害者をとりまく全ての情況とほとびとの結集で討議し、人間の未来を生み出さんとしています。全てのみなさんの参加を要請します。
(52頁)
○6・8施設を考える集会に参加しよう!  PM 1:00〜 生田公会堂
○全ての健全者はグループ・ゴリラに集おう!
○全ての職場・団体・組織の内にグループ・ゴリラを作ろう!
○すべての教師は、兵庫・大阪「障害者」教育研究会に集おう1
○青い芝の会の闘い「障害者自身の管理運営する施設を作らせる」10万人署名運動を拡げよう!
○全ての人々の集う所で、障害者自身の手による「カニは横に歩く」の上映運動をひろげよう!
  日本脳性マヒ者協会・関西青い芝の会・兵庫青い芝の会
        神戸事務所:神戸市生田区下山手通4丁目4   078-392-1980
        姫路事務所:姫路市梅ヶ枝町866      072-85-1826


8・6兵庫県「施設を考える」集会

1975年6月8日午後1時   プログラム
生田公開堂          開催あいさつ
主催 兵庫青い芝の会     基調報告
               各団体あぴいる
          関西青い芝の会、関西グループゴリラ、兵庫障害者教育研究会
            沢崎さん、  長岡さん、     春本さん
               特別報告 八木下 浩一
               討論
               まとめ
(53頁)            決議
               閉会あいさつ
集会決議
人間の未来に眼をそそぐすべてのみなさん。
労働者、施設職員、教師のみなさん。
困難な状況の中で差別と闘うみなさん。
私達は今日、障害者の兄弟姉妹、健全者の友人達がつどい、障害者がおかれている現実に対して、各々の立場から意見を述べ、とりわけ[施設]に対して共同の検討を加えました。
その中で明かになった事は、従来、行政や権力によってすすめられてきた障害者を収容する施設政策は、障害者と様々な人々との分断をはかり、優生思想を強化し、あるべき社会情況に背をむける差別政策であった事、そして、それは一人、障害者のみの問題ではなく、人間の豊かな未来に対する挑戦であり、全ての人々の事として考えられなければならない性格を持つ事です。
つまり、障害者殺しがはやり、わが子の将来を心配し、身をけずる障害児を持つ親の気持ちを利用して、「障害者はあってはならない」と規定し、ウバすて山にかりたてるように障害者を安上がりな施設にほうりこむ政策と対決し、差別の歴史と現実を通して自らをみつめ、障害者の自由=人間の自由に肉迫する具体的な行動こそ求められているのです。この行動こそ、あらゆる所で差別と闘う人々との真の連帯の基礎となるものだと確信しています。
 世の中としくみがますます複雑になり、人々の意志とは反対の方向に動こうとする今、殺しの時代に決別し、融和的な考えをうちくだき、本当の福祉の時代を創りだすのはほかならぬ、きびしい自己点検にうらうちされた私達一人一人の歴史的生き方に求められます。
 集会につどう私達は、兵庫青い芝の会の具体的提案のもと「障害者自身が経営する施設づくり」運動の中に自らが参加する運動を対置し、地区、職場に運動をもちこみ、集会で明かになった事を伝え、青い芝の会の提案と共同する行動をはじめます。
 障害者差別を許さない、すべての差別を許さない運動を創り出す事を人間の歴史の任務として、(54頁)ここに本集会の名において、ほこらしく宣言し、決議します。
                1975年6月8日「施設を考える」集会 参加者一同


6・8施設を考える集会  基調報告
              日本脳性マヒ者協会・関西青い芝の会連合会
              兵庫青い芝の会

これまでのこと
 全国のCP者が自らの権利にめざめ、青い芝の会という団結形態を生みだしてすでに20年になろうとしています。しかしながら、障害者解放に向けての道すじはまだまだ確立されておらず、多くの兄弟姉妹が施設や養護学校の差別体制の中で生活し、教育をうけなければならないのが現状です。私達は、この現状をつきくずすために、3年前、大阪青い芝の会の先進的な数々の闘いは、あつまったCP者をたくましく成長させ、その力は昨年末、兵庫青い芝の会を生み出し、和歌山、奈良、京都の兄弟と共に、関西青い芝の会連合会を結成するまでになっています。
 私達、兵庫青い芝の会は、結成以来、障害者解放の基礎となる、生活、教育、権利、在宅の諸問題に精力的に取り組みを続けてきました。その中で明かになったのは、在宅障害者の自立した生活がまったく無視されている事であり、私達自身が奮闘しなければ終身施設にほうり込まれるという絶望的な現実がパックリ口をあけていることなのです。私達はすでに優生保護法改悪阻止闘争の中で明かにしてきましたが、優生思想は本当に社会に充ちていますし、現実的な力をもって私達をおいつめているのです。それは、さまざまな形をとって私達の首をしめます。いわく、「この子たちのために、発達に応じた養護学校や施設を」、「弱者救済」、「かわいそうに、不自由ですね」と。私達にはハッキリ見えています。健全者社会、なかんずく生産、合理主義その中でつちかわれてきたさまざまな意識が、さまざまな形をとり、優生思想として私達を「不自由」に追い込み、はったつさせ、救済する事を。そして、それらは二重のあやまりを犯している事を私達は、(55頁) 心やさしく糾弾しつづけているのです。
 先日も京都において、私達の兄弟がサンパツ屋を営む兄の手によって絞め殺されました。サンパツ屋の組合はすかさず、「この兄をすくえ!」と弁護活動を始め、カンパや署名活動をはじめたのです。マスコミは、これを美談としてあつかい、大だい的に報道しました。しかし、私達は、この種の事件が全国各地に起こるたびにハッキリと警告してきたのです。「美談のカゲに差別あり」と。殺されたのが障害者であり、殺したのが健全者である事によってしかこの種の美談は成立しないのです。この逆の事が人間の益しの中にあったでしょうか。障害者を殺した時にだけなぜ罪が軽くなるのか、私達の命は他の命より軽いとでもいうのでしょうか。私達は、京都青い芝の会の兄弟と共に、このサンパツ屋の組合を糾弾しました。しかし、その席上もたらされた多くの発言は、「施設がないからこのような悲しい事件が起こるのだ。あの兄に罪はない」というものでした。しかし、自分の子供や兄弟を殺して、あるいは施設にほうり込んで、一体、親や兄弟はなにをしようというのでしょうか。親や兄弟は私達を殺しの情況に追い込む、何かに向かって立ち向かっていった事があったでしょか。多くの場合、その何かに味方し、今日かする事にがんばりを見出しているのです。私達は、私達のすべての権利を取り上げられた形で存在する施設には入りたくないのです。そんな施設はつぶれた方が良いと考えています。人間は、バンザイしたままで一生を送る事はできないのです。しかし、私達にそれを強制するのが今の社会です。その上に、「これがあなた達にとって幸せな事なのです」という美しいデコレーションつきです。二年前の夏、新聞に、「兵庫県のある施設で、33才のCP者の男性が、同じ施設内のCP者の女性を好きになり、結婚を申し出たところ、重度であるからだめであると言われ、園長や、医師の手によって去勢手術を受けさせられた」という事が報道されました。私達は、このひどい差別に対して、指導行政の県民生部と交渉を持ち、部長の謝罪文をかちとりました。しかしながら、施設に行く事を強要され、あげくのはてに、宝塚市の山奥、(希望の家)で人間として、男として、生きる事すら奪われてしまった兄弟の事を思う時、おそろしいのです。暗闇につつまれた社会が〜〜
 施設づくりをすすめる人びとに私達は言いたい。「それほど施設がいいなら、(56頁)あなた方が入ればいい、私達は、みんなの住む所で私達の生を全うしたい」と。施設を賛美する人は決して施設に入りません。園長も職員も、住む所は施設外に持っている事が多いのです。施設を作ろうとする人びとと、それらの人びとをとりまく人びとの考えが、施設に入れられる私達の全てを切りまわしている。これを差別、優生社会と言わずして何と言うのでしょうか。把つぃたちはこのことに対してつきぬイカリを持っています。そして、今までこのイカリを下に、この差別ゆえに強くなり、羊水チェックや、「不幸な子供の生れない運動」に反対し、ある程度の成果を上げてきました。また、映画「カニは横に歩く」の政策活動の中で様ざまな差別現実を知ってきました。私達の自立生活の基盤となる、生活保護、住宅手当、介護料、障害者年金の諸問題で、姫路市、兵庫県との行政交渉を重ね、窓口を開く事にも成功しています。しかし、これらはまだまだ私達のいかりに比して小さな成果にすぎません。私達の力が充分に発揮されているとは言えません。
 多くの兄弟が、優生思想=民主主義(多くの人びとの意見にしたがえ、お〜なんていやな言葉だろうか、したがえば殺されてしまう)の下、養護学校に入れられ、何も知らぬ間に授産所施設にいれられてしまう。この回路を断ち切らねばならないし、私達を殺す社会ではなく、私達こそ人間の社会を創るために発言を強めなければならない歴史的使命があるのです。
 障害者問題とは、人間の問題であり、その環は重度障害者の事にあると私達は考えています。事あるごとに「働く事はいいことなのだ。働く所がなければ授産所へ行ってでも働け」と言われ続け(授産所で働き過ぎて死んだ兄弟を、私達は多く知っています)、街を歩けば「どこの施設から逃げてきたのだ」と言葉をかけられるこの現実を私達は拒否します。そのために、私達は、私達自身の手による生活拠点を作ろうと考えつきました。他人に管理されるのではなく、自らを自らで生活管理する、日常の生活地区に私達の自立生活を打ちたてるのです。私達はすでに、この考えのもと、県当局と7回の交渉を持っています。私達は、私達の知恵を持ちより、設計図、予算案見積もりまで用意して県当局に具体的に提案しているのです。しかし、県障害福祉課の安田課長は、平然と「障害者は健全者に管理されるべきですよ」「授産所を作る計画はあるが、あなた方の言うような施設を作る事はできません」「当課は、生活訓練、昨日訓練、授産等を目的と下施設を作る所であって、(57頁)
障害者にまかすような施設を作る所ではありません」等の差別発言を重ね、県障害者福祉課が本当は、健全者に都合のよい福祉課である事を白状しています。
 私達は、私達の生き方の今後を決め、福祉のあり方を根本から変革する、この要求をぜひ共実現するために、「私達の施設」要求のもと、かたく団結し、県当局にもうぜんとかみついています。そして、この闘いを単に私達だけの闘いにおわらせるのではなく、労働組合や、父母の会などにも働きかけ、すべての人びとの問題として広げるためにがんばりつつあります。
 人間の自由は、全ての人びとの自由でなければなりません。障害者の自由を創出するための、障害者自身の自立のための施設をつくる、これは、私達、青い芝の会にとっても大きな試練である訳です。大きな解放への一段階なのです。まだまだ、私達の内部にも多くのなやみがあります。だからこそ、私達は、私達自身とすべての人びとによびかけているのです。
「苦しい時こそ、自らにきびしい道を選べ」と。

私達のまわりは
 日本の障害者対策(?)は明治以来、第2次世界戦争にまけて主権在民が形だけでもさけばれているにもかかわらず、貧弱そのものです。「お国のためになった」傷痍軍人にはなにがしかの保障はなされましたが、いわゆる私達障害者には何もありませんでした。以後、身体障害者福祉法が制定されましたが、その内容は、「障害者の構成を援助し、その構成に必要な保護を行い」となり、障害者の努力により、なにがなんでも健全者と同じようにならなければならない強制そのものです。そして、1970寝に制定された(世の中が、安保問題でゆれていた時期である事がきにかかります)身体障害者対策基本法でも、障害者自身の努力による更正が前提とされ、国の責任性はあいまいなものです。つまり、ちょっと援助してやるから、障害者は奮闘努力して、役に立つ人間になれよ、というものである訳です。
 このような法律をもとに、今ある施設が作られ、運営されているのですから、当然ランクわけされ、健全者が一番よくて、なおる障害者がなんとかよくて、(58頁)まったくなおらない私達CP者は「あってはならない存在」と決められてしまうのです。施設の職員ははっきりといいます。「収容者、収容数」と。私達は、収容されるべきはんぱ者として社会に位置づけられているのです。
 「親指姫」の話はあまりに悲しい。つまり小さなお姫様が、大きくなる事によってハッピーとなる一寸法師と対比され、差別にのめりこんでいく人びとをうきぼりにしている。今の時代もよく似ています。
 戦争に負けた日本は、秩序やいろんな関係がばらばらでしたが、だんだんと生産力が整備され、秩序が回復、強化されるにつれ、優生思想=差別の強化=施設政策の拡大と酸味一体となった圧迫が私達に加えられてきたのです。今それは頂点をなし、まがり角にきていると思います。なぜならば、高度成長を基調としてすすんできた日本の社会は、その過程の中で醸成してきた価値の分裂を、石油危機、日本にとっての国際関係の悪化、国内秩序の混乱で一挙的にふき出させ、新しい考え方に移動を始めている事、また、それにともなって差別の形の変化がみられます。それは一方では、たといいつわりであっても福祉優先が叫ばれ、省資源という、相反する価値観のもとに統合されようとし、一方では全国的に従来の福祉のあり方に差別を見出し、差別される側からの闘いとして結実しつつあるのです。この二つの動きは、差別をみとめるのか、差別と対決するのかの選択を全ての人びとにせまり、差別社会の中にのめり込んでいる人びとを変えつつあります。これは、私達障害者のあり方をふくめ、今までの階級関係の構造をゆるがし、再編し、時代を転換せしめる1970年代の特徴としてあるのです。これらは次のような形をもってあらわれています。
 2〜3年前までは、授産所にもあふれるように仕事が回ってきた。しかし、現在のような操作された不況の中では一番に仕事がさしとめられ、2〜3万円もらっていた在所者は今、1万円にもみたない賃金で生きていかなければならない現実に追い込まれています。この下請け労働の最低辺を形づくっている障害者に、ある欠陥だらけの現行、最低賃金制すら適用されないのです。つまり、障害者は、日本労働市場の賃金体系からのけものにされ、その事を実証として、労働者の安い賃金が維持されているのです。したがって、生活保護非が最賃制をこえる時、日本の賃金、通貨体系は根本からひっくりかえるのです。)この事に(59頁)気づいているかどうかはしりませんが、昨年、今年とひきつづいて労働組合の春闘では「弱者救済」がかかげられ、政府も福祉優先を打ち出して対応しています。しかし、そのいずれもがインチキのにおいがします。特に、労働組合の動きに対しては、私達自身の運動を対置しながら共通項をふかめなければなりませんし、一方では、まだまだ未分化ではありますが、様ざまな差別と闘う運動をつなげ、大きな流れにしていこうという動きがあります。これらを障害者の自立と解放の枠をひろげる新しい転機とせねばなりません。
 近代合理主義の基調が優生思想に求められ、私達を体系的に切りすてようとする大施設政策に対して、私達は人間の尊厳をかけて、反差別戦線、労働戦線の中に足場をかため、自らの生活拠点をつくり出していく事が大きな流れの中の私達の任務です。

私達はすすむ
 私達の運動は、休みなき運動です。いわゆる福祉などあてに活動を停止すれば、すかさず差別がおそいかかってくるのは明かです。羊水チェックや障害者殺しをみれば、その下地が充分にこの社会に用意されている事がわかります。また、私達は、私達一人一人の差別体験を大切にしなければなりませんが、一人だけで、一人だけの決意をもとに差別と闘う事はできません。大会のような差別社会にそのような闘いはのみこまれてしまうでしょう。私達の運動は多くの兄弟の結集とその一人一人の生き方への想いをつなぎ合せ、組み合わせ、私達自身の理論を生み出し、永続的に時間を集積する事によってのみ成り立つのです。私達のこの運動は、いわゆる健全者社会としてある差別社会の中で苦労している兄弟や健全者の仲間への間断なき呼びかけなのです。強烈な私達の自己主張は、私達自身の存在を保障するだけでなく、差別社会にのめり込んでいる全ての人びとへの熱い想いにうらうちされているのです。
 私達は、今、私達自身の価値観を生み出しつつあります。それは、逆説的であれ、労働、働く事に対する私達の疑問の提出であり、障害者であってなにが
悪いのか、と問う事にあるのです。この設問に対して、従来の健全者社会、健全者意識にどっぷりつかっていた人びとは答えなければなりません。この問いに答える、あるいは、答えようとしないかぎり、解放された社会空間を自分達の手でつくる事はできません。
(60頁)人間は、区別され、分類されて生きていく事はできないのです。私達は、この実験を、「私達自身で運営する生活拠点づくり」にもとめています。これは、おそらく従来の福祉概念を根本からデングリかえす試みとなるでしょう。ドギたない障害者を収容する美しい施設を、私達自身でよごしてみせましょう。


◎私達は要求します。
  全ての人びとが生活する地区に、私達自身が運営する、アパート形式の私達の生活拠点(施設)を県当局はたてよ。介護人は私達が指名し、雇用権は私達の手にあるべきです。
◎私達は、従来の福祉政策に異議申し立てし、従来の施設を拒否します。
  私達兄弟の多くは、施設から脱走経験を持っています。あそこは人間の住む所ではありません。あまりに美しすぎ、あまりに時間通りすぎ、あまりに健全者すぎ、あまりに非人間的です。養護学校もその意味では同じです。健全者が決め、私達におしつける福祉はアカンきれいな施設をいくらつくったかできまる福祉政策の差別性を私達は糾弾します。
◎私達は、私達をとりまく圧倒的な差別現実は、この世の中で生れた事であり、全ての人びとにかかわりのある事であり、この社会でケリをつけなければならない重要な事柄である事をアピールします。つまり、私達をふくめ、障害者の自立と解放の運動を形づくる人びとは、世の中を変えようとする人びとであり、決して、今の世の中にまぜてほしいと、お願いしている訳ではないのです。私には関係ありませんと逃げる人びとを私達は許しません。

◎私達は、私達の声を代弁する事を拒みます。
  私達は、今まで代弁ばかりされてきました。福祉の街づくり、介護の手当の増額、養護学校、施設づくりにみられるように、あたかも私達の要求であるかのようなつくろいで、障害者福祉が論じられ、あげくの果てに私達の首を絞めるような作動や、融和的な考えに反対します。
◎私達は、すべての差別に対決します。
  私達は、私達の掲げる「自らの運営する施設づくり運動」をもとに、すべての反差別戦線との結合を深めます。どのような差別からの解放も、(61頁)同時に実現されなければならない歴史的使命があるからです。つまり、障害者の自由は、全ての人びとの自由と同一であるからです。
◎労働者の歴史、私達の歴史を正しく認識し、相互の批判の中で、共に未来を共有できる基盤をつくります。
  あらゆる職場に障害者問題を持ちこみ、労働の価値転換をすすめます。
◎もっとも身近な健全者、親との共闘をすすめます。
  あるがままの親の要求は困ります。私達の要求をともに闘う中で、おたがいに変らなければなりません。あるべき障害者、あるべき親へと、それぞれの特質を生かし、同じ所を共同して、ちがう所を支援し合って、がんばります。
◎教育の問題は重要です。私達は、差別と闘かおうとしている教師示威団と話し合い、方向をみだしていきます。

本日の集会における私達の基調は以上の様なものですが、あつまった全ての人びと、また、その生き方につらなる多くの人びとの意見を期待します。
 人間の生活する、すべての空間に、「障害者自身が運営する施設づくり運動を支持する10万人署名を持っていってください。そこでのぶつかり合い、討論をまきおこし、障害者の自立と解放=人間の解放の大きな流れをつくり出そう。
 心あたたかき人よ、私達に手をさしのべよ!
 私達は妥協を一切廃し、行政のすりかえを許さず、不退転の闘いをすすめる事を宣言する。

 連帯の一歩は、ここにしるされた。
                               1975年6月8日


UP:20050520 REV:
青い芝の会 
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