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『とうきょう青い芝』

東京青い芝の会 作成:廣野俊輔 2019

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◆20000701 『東京青い芝の会の43年のあゆみ――年表で振り返る活動の足跡 1957年(昭和32年)〜1999年(平成11年)』



◆1(1973年)
1973/4/8 結成
若林克彦「支部長を引き受けるにあたって」
諸会員 「支部結成にあたって―会員の声―」
無記名 「民政局長との対話」
 1973/5/8 民政局・縫田局長と話し合い
都営住宅の中に小規模の生活の場としての施設を重度障害者のためにつくるべき
福祉年金、障害等級は脳性マヒ者の実態に全くあっていない。東京と独自の福祉手当を作ってほしい。

◆2 (1974/4)
若林克彦「支部総会を開きます!」
1974/5/12 支部総会
(イ)脳性マヒ者と家族の関係
(ロ)脳性マヒ者の生活保障
(ハ)本部と支部の関係

無記名「全国大会以後の若干の報告」
1974/3/22 全国統一要求行動(東京から9名参加)
(1)「優生保護法改正案」について
(2)年金について
 働けない脳性マヒ者について福祉年金を生活できる金額にしてほしい。
 それがすぐ無理ならば福祉年金を等級にかかわりなく出すこと。
→年金は稼得能力喪失に対する補足給付で、生活全般を保証する性質はない。
(3)等級制度について
 等級に脳性マヒの実態を反映させてほしい。
無記名「電動車椅子の贈呈」
朝日新聞社文化厚生事業団から電動車いすの贈呈(11台)
無記名「伊藤京逸先生御逝去」
無記名「会報報告について」

◆3(1974/7/5)
寺田純一「東京青い芝の会発足にあたって」
〇重度者は家庭の片隅か施設でがんじがらめ
〇福祉年金も自分で使えない状況での在宅手当は、介護者福祉、障害者の解放につながるか疑問
〇1973/5に横塚本部長が「都営住宅団地の中に小さな施設を」
無記名 「東京青い芝の総会開く」
 〇1974/5/12 新宿勤労福祉会館 30名
 〇介護者福祉の介護料よりも生活保障年金を要求していくべき(介護料の利用を全否定しない)
〇施設づくり決議案
諸会員「会員近況報告」
無記名「役員会報告」
〇東京都にリフトバスを常備・貸し出すことを要求することを決定

◆bS(1974/12/18)
寺田純一「東京都の脳性マヒ者に対する施策をめぐって」
〇施設は利用者を管理することが優先で、入所者の参画を認めていない
無記名「六月以降の活動報告」
〇西武新宿駅の改修について新宿肢体不自由児父母の会とともに交渉(1974/6/4)
無記名「東京都行政への働きかけ」
 〇東京都民政局との話し合い(1974/9/17・19)
 〇寺田・秋山夫妻の自立生活について(苦労と親がかりの福祉では成し遂げられないよろこび)
 〇訴える力は久留米園で身についたが、自由な生活には施設では限界
 〇個室を備えた小規模施設(ケア付き住宅)要求
 〇所得保障の充実について要求
 〇等級制度について要求
 〇労働の場所について要求(公務員として雇えなど)
 〇電動車いすの制度化
諸会員「一泊旅行感想文」
要望書 1974/6/4 西武新宿駅舎改造
    1974/6/10 東京都へリフトバス要求
    1974/7/31 東京都に対する当面の要求
     〇等級制度
     〇個室を要する小規模な療護施設
     〇労働の場をつくれ
     〇行政で雇え
     〇都営住宅募集要項の制限条項撤廃
     〇ケア付き住宅作れ
     〇医療受診を保証しろ
     〇教育の機会拡大
     〇電動車いすの研究普及
     〇リフト付きバス走らせろ
田島康男「電動車いすを勝ち取ろう」
 〇電動車いすがあればボランティアなんていらない。
岩楯恵美子「私たちに教育の保障を」
 〇普通学校に入り直す運動をしているから、青い芝の会も協力して。

◆bT(1974/4/7)
寺田純一『「東京青い芝」今年の課題』
 〇親の預かり物として障害者を預かる施設でない生活の形を
無記名『「青い芝」生きるとは何かを考える集会』
 〇1974/3/15-16 神奈川と静岡の主催、東京から
無記名「在宅障害者福祉手当について―生活年金要求にとりついたガン細胞」
 〇1975年発足を目指している在宅障害者福祉手当は三木内閣の目玉
 〇家族への慰め的な位置づけの介護手当は、障害者本人が自分の意思で使えるものではなく、反対

※介護に関する考え方の特徴
 介護手当要求の一つの立場として、全面介護を要する者が介護人を雇って地域の中で独立した生活を営むためのものという主張があるが、現実性に乏しく、むしろ在宅保障の名において新たな隔離をまねくおそれがある(4)。

申し入れ書 マーガレット編集長 
 〇漫画における表現について抗議→お詫び文掲載

◆bU(1975/12/25)
磯部真教「当面の活動と諸活動について」
 @ヨーロッパに行った秋山さん報告
 A会報の充実
 B例会の充実
 C他団体との連携
無記名「1975年度総会開かる」
 〇岩楯さん、村田さん、名古屋さんからは教育権の運動をしてくれと提起→反対論もあり
 〇親から独立するためのお金が必要なので労働権を掲げるのはおかしいという意見もでた
 〇青い芝は反対しているが介護料は必要という意見も出る
 〇府中療育センター闘争についての立場を問われる。
無記名「総会で承認された事項」
物江正光「青い芝の運動に参加して」
 〇ケア付き住宅は魅力的
無記名「来年度予算編成に向けて町田民生局長・大坪部長らと会う」
 〇ケア付き住宅に向けて努力する
 〇年金については国に制度改善を強く要望していく
〇等級制度については検討したい
磯部真教「緊急要望書」→東京都知事(1975/10/27)
 〇ケア付き住宅に向けての早急な計画を要求
 〇等級制度の改善を要求
無記名「全国大会代議員報告」
 〇全国の方針を批判、東京の独自性が鮮明に
 〇全国大会に出した東京の代案
無記名「全国青い芝の会」行動綱領(案)
諸会員「会員の声」
無記名「秋山副会長欧州から帰る」
〇1974/7月から英国に3ヶ月、スウェーデンに1ヶ月滞在した秋山副会長が帰ってきた
秋山和明「ヨーロッパより帰って」
 〇イギリスでは国民が手を貸してくれることが常識になっている
 〇スウェーデンは一般の住宅に障害者が住んでいる
秋山和明「電動車いすについて」
〇自らの意志で動くための電動車いすはきわめて重要
〇公共施設で動きやすいようにしていく必要がある

◆bV(1976/2/25)
無記名「金沢英児さん死去」
 〇金沢英児さん死去(1976/1/26)→労働で無理して追い込まれたという議論
無記名「ケア付き住宅調査費に関する要望書
 〇収容施設よりも自分で判断し、決定し、行動し、責任をとるような生活が重要
 〇ヨーロッパでは既にそうした場所で障害者が住んでいるぞ。
 〇10/27町田民政局長交渉かなり積極的→1/25財務局としては時期尚早→1/27予算削られる→同日知事室訪問→2/4都議会で80万円の予算復活が決定
物江正光「一月十六日対都財務局交渉」
 〇最後には努力すると約束
無記名「今年の新年会は!」
無記名「都議会(青い芝の要望を審議に反映)等級問題政府に意見書提出
〇都議会が1975/12/15付けで政府に等級制度改善の意見書を議決
横塚晃一→厚生大臣「要望書」(1976/1/20)
〇福祉手当と福祉年金の対象に脳性マヒが含まれないことを問題視、改善を要求
無記名「年金問題最近のうごき
〇10/25社会経済国民会議「年金制度改革の基本構想と当面の改善に関する提言」
〇これを受けて11/16田中厚生大臣、年金の一階部分の統合を検討
無記名「全国常任委員会の厚生省交渉」
 〇等級制度改善要求
 〇生活保護の障害者加算が少ない

◆bW(1976/4/1)
磯部真教「東京都の五一年度予算の問題点」
 〇新しい施策も等級が今まで通りで困っている
秋山副会長ヨーロッパ帰国集会(1/24)
 〇1975/7/19〜11/29 イギリス、スウェーデン(少しオランダも)視察
 〇10年くらい前から行きたいと思っていた。各方面の支援で実現
 〇最も大きいものでもイギリスでは50名
 〇お世話になったのは英国脳性マヒ者協会のボンズホーム
〇ロンドンのイズリントン→ホステル28:ケア付き住宅
 ・ルールはなく自由が尊重されている
 ・ケアを受ける側の意見を重視した運営がされている
 ・日常生活を自分で構築していくことが自立
無記名「役員報告」
 〇住宅局に働きかけることが決定
 〇等級問題については、都立心身障害者福祉センターに働きかけることを決定
若林克彦「金沢英児さんの死を悼む」
市川茂夫「金沢英児さんを偲んで」
おたより(2通)
無記名「四月例会のお知らせ」(4/29)

No.9(1976/5/1)
磯部真教「ケア付き住宅協議会の発足にむけて」
 〇個としての自立と集団を通しての社会参加が必要
秋山副会長ヨーロッパ帰国報告集会その2
 〇イギリスでは所得保障は年金という声が強い
 〇さまざまな用具を紹介
無記名「役員会報告」
 〇住宅局交渉、ケア付き住宅協議会のつめ。
 〇センター問題について、有志問題について文書で指摘せざるを得ない
 〇磯部さん都立障害者福祉会館で相談開始
おたより2通
ニュースから
 ・中野区で福祉タクシー
 ・高崎コロニーでストライキ
 ・死ぬ権利とは何事か(米国ニュージャージー州の安楽死判決批判)

No.10(1976/6/1)
無記名「五月十一住宅局長交渉」
〇ケア付き住宅を積極的に進めることを再確認
要望書→東京都住宅局長児玉工「脳性マヒ者をはじめとする障害の重い者の住宅問題に関する要望書
(1976/5/11)
 〇住宅改造の推進
 〇ハーフメイド住宅の大量建設
 〇ケア付き住宅建設に積極的に取り組む
樋田慶三郎「車制作費現金支給及生活扶助額減額について」
 〇生活保護に関する問題点の指摘
無記名「金沢英児さんの死をめぐって」より
 〇労働によって体を壊す、二次障害を起こす問題が確認される
加藤久弥「金沢英児君の死」
 〇脳性マヒ者が身体障害者の中でも差別されていた
 〇訓練所を出ても仕事がない
秋山和明「清瀬雑感」
 〇清瀬療護園での介助者の態度が気になった
廣瀬高「ある感想」
〇市民の意識の重要性について

◆11(1976/7/1)
無記名「一九七六年度定期総会開催のお知らせ」
 〇1976/8/1 東京都新宿勤労福祉会館
無記名「厚生省、障害等級の認定基準を一部改正」
 〇複数の障害がある場合に一級上の等級にするように通知が出る
 〇「身体障害者の障害程度認定について」(社更49号、1976/4/22)
無記名ケア付き住宅検討会準備会開かれる
 〇1976/5/31、1976/6/18 東京都補装具研究所会議室
 〇論点は、プライベート空間の保障、自立の観点からケアの内容検討、地域社会とのかかわり、既存のものとの関係
 〇参加者・・・東京青い芝、頚損連(中西、三沢)、今岡、大須賀
秋山副会長ヨーロッパ帰国報告集会
 〇スウェーデンのフォーカスアパートの報告
無記名「5月役員から」
 〇ケア付き住宅と合わせて、清瀬療護園等の個室化の運動をすすめる

◆12(1976/8/1)
無記名「7月19日 第一回 ケア付住宅検討会開催さる!」
 〇1976/7/19 第1回 ケア付住宅検討会開催
 〇各委員の自己紹介など
 〇次回は1976/7/19
東京青い芝の会「ケア付住宅とは何か―第一回ケア付住宅検討会提出文書」
 〇脳性マヒ者は主体性を奪われて生活している
〇自立した生活にはプライベート空間における個の形成が必要
〇同時に集団の中での活動が必要
〇ケアの省力化のための機械化ではなく、障害者の主体性確保のための機械化
〇常時医療が必要なものとの区別が必要
〇地域とは交流せざるを得ない状況をつくる
〇現行のハーフメイド住宅には問題もある
新しい電動車いすの登場
 〇外出向きの電動車いすの紹介
要望書→美濃部都知事(1976/7/12)
〇清瀬療護園などの改善を要求
無記名「7月12日民政局長交渉と都議会への請願について」
 〇機械化の要望が青い芝の会から出るとは意外という応酬あり
樋田慶三郎「車制作費現金支給及生活扶助額減額について」
 〇生活保護に関する問題点の指摘
寺田嘉子「あわれ節」
〇自立生活の一コマ
無記名「都議会から」
 美濃部都知事、都議会で施設の小規模化を明言

◆13(1976/9/1)
無記名「一九七六年度総会開かる」(8/1)
 〇施設のプライベート空間の獲得に議論が集中
 〇二次障害の話も出た
東京青い芝の会「一九七六年度東京青い芝の会運動方針」
 幼い時から長年にわたってうばわれ、失われ続けてきた自分で判断し、決定し、行動する機会を、生活のあらゆる側面で獲得してゆくという意味での自立の館転換から、親がかりの福祉の発想とあらゆる場面で対決していかなればなりません(5)。
無記名 関東青い芝の会結成準備会開かれる!
 〇その後進展無し・・・?
無記名「第一回役員会報告」
〇自立思想の普及の必要性を確認

No.14(1976/10/1)
磯部真教「東京都昭和52年度予算に向けての要求運動について」
 〇等級問題を追求する
 〇施設の処遇は理念だけでうまくいっていない
 〇電動車いすを施策に組み込むべき
要望書(1976/9/28,美濃部都知事)
 〇等級問題
 〇療護施設、ハーフメイド住宅
 〇電動車いす、福祉機器等
無記名「9/9 ケア付き住宅検討会の報告」
 〇パーソナル・サービスという文言が出ている
 〇個室の問題など
 ※まだ、各論点がばらばらに提起されている段階
樋田慶三郎「車制作費現金支給及生活扶助額減額について3」
 〇生活保護に関する問題点の指摘
無記名「街頭カンパ中間報告」
物江正光「会計から会員の皆さんへ」
事務所びらき 10/17

No.15(1976/11/1)
秋山和明「ケア付き住宅建設運動の重要性」
〇11/10にブラットゴード博士が来る
 〇設備や資金では人の心は変えられないが、そこが大切
無記名「10/18都庁交渉から」
 〇等級問題、電動車いす問題
 〇ケア付き住宅は53年度以降に建設とはどういうことか。
 〇タクシー代割引など→進展無し
無記名「10/15第3回 ケア付き住宅検討会の報告」
 〇個室の必要性について
 〇ケアのあり方について
  ※施設のように管理する側が効率的であるという発想からのケアを警戒
  ※専門性というような肩肘張ったケアではなく、日常生活に即したケアを
  ※入所者と支援者の対等性の確保
  ※スウェーデン・イギリスのような自立を基盤としたケアと日本の大規模施設の比較
菊間八郎「清瀬療護園に移って」
 〇施設に医者がいて安心したのにどうも藪みたい・・・。
無記名9/9都議会厚生文教委員会東京青い芝の会提出
「ケア付き住宅及び療護施設建設推進に関する誓請願」
 可決
無記名9/29 都議会本会議の一般質問で電動車いす問題とりあげられる
 〇身体障害者福祉法の補装具にしてよ
 〇都としても努力する

◆16(1976/12/1)
磯部真教「行政三か年計画―一九七六(概要版)年についての見解と今後の課題」
 @施設は人権の尊重と自由を保障する生活の場へと転換し、当面運営面の改革が必要
 Aリハビリの機能強化よりも社会参加を通じた豊かな生活が必要
 B在宅サービスの内容の十分な吟味が必要
「スエーデン フォーカス運動の創始者 ブラッドゴード博士との懇談」
 〇「障害のない人達はわれわれがちゃんと教えなければ障害者の抱えている問題を理解できない。なぜなら彼らは我々と同じ立場に置かれたことがないのだから。だから介助についても、まずに最初これこれの場合はこうしてほしいということを話しておいて、必要な時にだけそれを求めてゆくという能動性がなければならない。」
   朝日講堂での講演から
   @フォーカスアパートで暮らす夫婦のスライド
   A従来の施設処遇と比べて決して高くない
   Bスウェーデンにおいてタクシー乗車拒否には罰則あり

11月17日 第4回ケア付き住宅検討会から
  〇個室と集団活動場をめぐる議論
  〇個室のプライバシー保護 (集団生活の場と個室の問題を混同してはいけない)
  〇公営住宅内につくることに異論も
  〇ケアの担い手は専門職よりも地域の主婦がよい
  〇対象者は自分から進んで生活する意欲があれば障害は重度でよい等
 物江正光「会費納入のお願い」
 〇会計が苦しい

二〇才を迎える青い芝に乾杯 新年会をちょっと豪華にやってみませんか
 〇新年会お知らせ

◆17(1977/01/01)
磯部真教「青い芝の会発足20年 脳性マヒ者の屍を乗り越えて」
 〇福祉社会が言われているが、まだ殺される脳性マヒ者がいる。
 〇全国的な運動展開の中で意見の対立も出てきた。それについては粘り強さがいる
太田修平「若さとバイタリティの"東京青い芝"に」
 〇会員同士の交流の強化を
 〇組織の若返りを
加藤久弥「今年に望むこと」
 〇社会性がない脳性マヒ者にはいきなりケア付き住宅でなく、療護施設が必要
無記名「また二人殺された!!」
 〇脳性マヒ児童の親子心中事件
無記名 12月7日 「東京都政策室と話し合う―「東京都行財政三か年計画一九七六」について」
 〇療護施設(一定規模の以下のもの)をつくる様に要望
 〇福祉年金、等級制度問題について
無記名 12月17日 ケア付き住宅検討会から
 〇公営住宅法との整合性
 〇対象規定(自立意欲、幼い時からの障害、今の社会の中で職業をもち得ていない)を提起
 〇自立とケアの関係について(障害者が自立できるかどうかはケアの内容による、ケアは障害者の生活に沿ったものであるべき、等)
Y・T「足を袋につめてみろ!」
 〇川崎のバス事件に関して、7年前の吉祥寺駅でのトラブルを想起

◆18(1977/2/1)
磯部真教「都の52年予算案をみて」
 〇都の77年度予算を一定評価する内容
無記名「勝負の年一九七七年に乾杯―新年会盛大に?行われる―」
 〇新年会報告、ケア付き住宅のことが盛り込まれるかどうか勝負の年。
加藤久弥「福祉機器展の感想」
 〇介護の機械化に反対するつもりではないが、他の障害者と脳性マヒ者との違いを考える必要あり
無記名「第6回を迎えたケア付き住宅検討会―対象論議での白熱― 1月14日」
 〇@身体機能の高い者は除く、A年齢、未成年、老人を除く、B本人の自立意欲の程度、C本人や家族の置かれている社会的状況
 〇脳性マヒという文言を入れてほしい
無記名「混合保育のあり方問われる―中山貴美子さんの処分をめぐって―」
 〇障害児を排除する判定会議の内容を公表した保育士が処分されたことをめぐる情報、審査請求書の資料付き
H・H「車いすを利用する障害者の一人旅について」
 〇国鉄や私鉄は、一人で車いす利用者が使うことを認めておきながら、きっと文句を言ってくる
無記名 事務局より
 〇金沢さんの死から一年経った。彼の死をきっかけに高齢、二次障害問題が出てきた

◆19(1977/3/1)
磯部真教「脳性マヒ者にとって居住の場の確保は緊急課題」
 〇東京都営施設の問題点
  ・定数の問題
  ・プライバシーのない雑居部屋
  ・集団活動への配慮はなし
  ・立地条件
  ⇒障害者の中に施設否定論や施設解体論を生み出してしまった
秋山和明「福祉機器に見る最近の動き」
 このように自立と機器とは深い関係にあり、機器を身障者の自立生活を確立するための物とするか、また合理化のものとするかは、私たちの動きにかかっているのです。ここで注意しておきたいことは、自立とは、「他人の意思に左右されるのではなく、自分自身で判断し、決定して、行動し、それに責任を持ち、生活を切り開いていくことで」、職業について、何十万稼ぐと言ういわゆる自立更生という意味ではありません(2ページ、復刻版204頁)
 ※福祉機器を安易に否定すべきではないことを強調
無記名「中山貴美子さんの処分をめぐって(その2)」
東京青い芝の会「ケア付き住宅とケアの内容について」
 〇従来のケアの問題点
  ・個室の保障がない
  ・職員が管理しやすい画一ケア
  ・施設におけるケアの完結
  ・労働時間短縮志向によるケアの過密性の向上
  ・実際にケアに当たる人の社会的地位の低さ、労働条件の劣悪さ
 〇ケア付き住宅におけるケアはいかにあるべきか
  ・ケアは障害者の自己決定と責任にもとづく
  ・プライベートな生活空間の保障が前提
  ・ケアの担い手に求める資質「住人である障害者や、周囲の地域住民と一緒になって、よりよい方法をさぐっていく率直さ
  ※地域の主婦など短時間労働力の重要性強調
第7回 「ケア付き住宅検討会の討議から―障都連代表委員に問題発言― 2月16日」
 〇個室だけにこだわるのは問題という発言があり、それに対して、中西正司が反論している。
 〇医療が必要な障害者と脳性マヒ者を同列に論じるのは正しくない。
太田修平「学校教育のあり方」
 〇養護学校に青い芝は反対ないし、消極的だがどうかと思う。

◆20(1977/4/1)
無記名「事務所移転について」
 〇事務所に使っていた施設が閉鎖、会員宅を連絡先に
秋山和明「車イス用住宅の実態」
 〇ハーフメイド住宅の問題点
  ・玄関ドアのつまみ
  ・台所、流し台が固定されている
  ・ガスの元栓
  ・浴室、便所の問題
  ・居間からベランダ出るスロープの問題点
  ・実験の時とは状態が違う
無記名「第8回 ケア付き住宅検討会の討議から」
 〇食事設備の問題(各部屋に食事づくりのスペースを設ける)
 〇トイレの問題
 〇浴室は共同かどうかで議論になる。東京青い芝は共同を主張
   それ以上に重要なのは個人個人がプライベート空間の中に閉じこもってバラバラに生きて行くという形で自立という概念を考えるのか、人間相互のふれあいと葛藤の中での成長と連帯を重視するのかという点にあります(10,226ページ)。
無記名「役員会から」
 〇イギリス脳性マヒ者協会で長年自立の問題に取り組んできたハーグリーブズ氏の来日を実現させたい。
 無記名「おたよりから U」
 〇中学生からの手紙
一A二宮 「脳性マヒ者ヨーロッパ体験記」を読んで」
 〇秋山さんの本の感想文
無記名「4月24日 井の頭公園で春の一日を」
 〇1977/4/27 遠足

◆21(1977/5/1)
磯部真教「東京青い芝の今後について」
 〇全国青い芝の会との方針の違いが明確に(教育問題、健全者問題など)
太田修平「全国委員会に出席して―仲間意識が欠けていた全国委員会」
 〇東京に対する攻撃がひどい
 〇東京からみた場合健全者との関係、川崎バス闘争については理解できない
増山潤 「わたくしの意見」
 〇全ての障害児を普通学校へという主張は理解に苦しむ
 〇バス闘争は障害者に対する一般の偏見をさらに強化してしまうのではないか
古川克「養護学校義務化反対」についての雑感
 〇養護学校撤廃では障害者に希望が満ちた日がくるわけではない
早川徳二郎「雑言」
 〇今の青い芝は政治集団みたいで和気あいあいとした感じがない
戸次茂夫「私はこう思う」
 〇バス闘争よりも障害者としてやるべきことがあるのではないか
無記名「そよ風の中につどう」
 〇井の頭公園のレクリエーション報告
無記名「一九七七年度 定期総会開催のお知らせ」
 〇1977/6/19 東京都新宿勤労福祉会館

◆22(1977/6/1)
東京青い芝の会「脳性マヒ者の行動の自由と交通機関をめぐる諸問題について」
東京青い芝の会役員会 19770601 「脳性マヒ者の行動の自由と交通機関をめぐる諸問題について」,『とうきょう青い芝』22:1-4
 〇川崎バス闘争を支持するような書きぶりで、一定の違和感を表明している
  他の乗客の協力を期待するとしても、それはあくまで相手の自発性に基づくものであり、全面的に依存出来ると考えるわけにはいきません。たまたまうまく乗り込んだとしても、降りるときには協力をたのめるような力のある乗客がいなかったなどということも、路線や時間帯によってはあり得るのです(2, 240)。
 〇リフトバスを評価
 〇西武・東武などの鉄道会社の問題にも言及
無記名「ケアスタッフの具体的配置で集中討議 克樹住宅検討会第10回、第11回会議から」
 〇職員の数や配置について議論
 〇看護師がいると指導の色が濃くなりすぎる
 〇いかにして入居者の主体性を失わせない介助を担保するか
吉田敏彦「あまりにも狭き門 私の住宅問題」
 〇車いす向けの都営住宅に入れない話
寺田嘉子「母をたずねて三千里」
 〇近隣住民とのふれあいの話
加藤久弥「一連の全国青い芝の会の行動について―一会員として―」
 〇川崎バス闘争のやり方はどうかと思う
無記名「社会経済国民会議」の年金制度改革提言から
〇一昨年10月25日「年金制度改革の基本構想と当面の改善に関する提言」
〇1977/04『高齢化社会の年金制度―生涯資金の確立をめざして』
 〇福祉年金の水準の低さを問題視し、公的年金の一元化を示唆
無記名「総会に集まろう」
 〇総会は1977/6/19

◆23(1977/08/01)
磯部真教「東京青い芝の会の独自性を貫き全国青い芝の会の統一と団結を守りぬく」
 〇全国との対立は深まっていくことを予想
 〇重大な判断をすることもちらつかせる
東京青い芝の会 「一九七七年度運動方針」(当面の具体的活動)
 @障害等級の改善
 A住宅、とくにケア付き住宅
 B現在ある施設の総点検と改善
C福祉年金の不備を補う手当を都に出させる
D脳性マヒ者の行動の自由の保障
Eタクシー割引制度の実現
F電動車いすの開発と制度化
G脳性マヒ者の電話利用の保障
H公的建築物における配慮
I脳性マヒ者の労働問題の解明
J脳性マヒ者の医療問題
K公的機関での雇用
L脳性マヒ者に対して差別してきた教育の見直し
M生命を否定する運動に反対
N仲間で諸問題を解決する力の強化

無記名「一九七六年度活動経過報告」(含:会計報告)

無記名「東京青い芝の会 一九七七年度定期総会議事録」
 〇川崎バス闘争について会員から疑念⇒会長は答えを保留
 〇岩楯さん、荒木さん、新田さん等から統一要望書が出された(23,273頁)。
★荒木 義昭・猪野 千代子・大蔵 勲・岩楯 恵美子・名古屋 足躬・新田 勲・三井 絹子・村田 実 19770619 「東京青い芝総会に向けての統一要求書」,『とうきょう青い芝』23:23
  @介護料闘争を青い芝でもやってほしい
  A教育の問題に取り組んでほしい
  B乗車拒否糾弾の取り組みをしてほしい
  C日野療護施設に反対してください
  (施設反対対入りたくても入れない人もいる)
 〇議事はこれらの問題をめぐってときどき紛糾

無記名「大詰めを迎えたケア付き住宅検討会 第12回、13回の討議から」
 〇青い芝の論調に座長から鍛錬や修行のイメージがあると指摘
健全者ならばあまり物を考えなくても生きてゆけるが、障害者が社会の中でいろいろな活動をして行こうとすれば、健全者が気がつかないことにも目を向け、些細なことでも意識的、計画的になっていかなければできない。はやい話が、ある目的地へ行くのに、どこをどう通れば段差が少ないかなど、健全者ならば全く考えないでいいことだ」等の意見が出されました。

 〇職員についてはプロ意識のある専門職をとの意見もあったが、既存の介護施設で介護職員の地位が低いことを問題視、完全に能力給でやるべきとの意見も。

 ◎秋山和明さん、イギリスでの経験として、「吾々は生きていること自体が仕事だとの答えが返ってきたが、ホイストやさまざまな物的ケアを使って自分たちで生活を乗り切っていることに対する彼らの自信は実にみごとなものだった」と述べ・・・・

磯部真教「脳性マヒのような複雑、且つ多様な機能障害者に対する住宅問題についての要望書」
 〇1977/6/14 東京都住宅局長 児玉 工
 @住宅施策の全面的な再検討
 Aハーフメイド住宅を大量に建設すること
 Bケア付き住宅を施策に位置づけること
 C単身者用住宅をつくること

無記名「住宅局長との交渉」6/14
 〇都営住宅の募集基準
 〇ハーフメイド住宅の具体的問題点

無記名 東京都心身障害者休養ホーム建設協議会開催される
 〇東京青い芝からは寺田純一が参加
  @送迎のあり方、A洋室が少ないなど

◆24(1977/9/1)
無記名「新事務所開設のお知らせ」
 〇新事務所が保谷市に開設
無記名「第14回、第15回のケア付き住宅検討会から」
 〇平面プランについて
  ・共用部分は地域社会との交流の拠点ということが盛んに言われてきた。
 〇対象論の最終段階
  ・生活管理という言葉が適切かどうかはともかく生活設計、生活維持、金銭管理などを自らの責任で行という意味の表現を何らかの形で盛り込むといった・・・・
小山貴美子「公営委員会を終えて」
 〇障害児をめぐる市の対応について処分を受けた保育士の主張
西海清美「ある巣立ち」
 〇学校へ行きたかった
 〇東久留米園の人のおかげで生活している
半田嘉信「困難な生活」
 〇都営住宅での生活に介護が必要で困難
無記名「友と語りに晩秋の筑波に行きませんか」
 〇レクリエーション

◆25(1977/10/1)
磯部真教「障害等級制度の改定こそ当面の緊急課題である!」
 〇いつのまにか障害等級が局所的に決定されるようになっている
「昭和五三年度予算に関する要望書」
東京都知事美濃部亮吉宛
 〇新しい要望として都立大学に通信教育課程を設けろ、というものがある
無記名「交渉経過」
 〇要望書に基づく交渉
 〇受診の保障をめぐって衛生局に怒り
〇都立大学は通信課程に前向きな姿勢も
無記名「みんなで晩秋の筑波へ行こう」

◆26(1977/11/1)
秋山和明「ハーグリーブズ氏来日の意義について」
 〇10/25「ハーグリーブズ氏招待募金委員会」が発足(2頁に概要)
無記名「ウィリアム・M・Cハーグリーブズ氏 独立と自由への道程」
 〇氏は1919年シドニー生まれ後にイギリスへ
 〇障害者の社交クラブ 62クラブを創設
無記名「第16回ケア付き住宅検討会より 1977/10/29」
「ケアスタッフに要求されるものは高度の専門性ではなく、規制の観念や偏見にとらわれない素直さであり、忍耐と広い心である」
無記名「都議会一般質問でケア付き住宅の問題とりあげられる」
 〇10/4都議会の一般質問で山口正則議員がケア付き住宅について質問
無記名「9・10月役員会その他」
 〇脳性マヒ者医療受けられない問題
 〇等級問題
 〇電動車いす使用者連盟は個人加盟
 〇栃木、山形、埼玉の組織離脱、全国に配慮求める
太田修平「先生早く元気になって」
 〇最近、医者の入院が多い。
 〇気軽見てくれるところが大切
無記名「筑波山旅行は中止!」

◆27(1978/1/1)
磯部真教「脳性マヒ者の年金制度確立は、重要な今日的課題」
 〇昨年12月 社会保障制度審議会 年金問題について建議
  @基本年金と上積み年金の2階建て
  A基本年金は誰でも65歳からもらえる
  B現行の補助を取りやめる
  C1980年から発足する
 〇4年前からの青い芝の会の主張
  @全ての所得の低い脳性マヒ者に等級に関わらず、生活保護基準の生活保障年金を支給せよ
  Aこれに関連して等級制度の改善
 〇もう一度力入れて運動する

無記名「都立身障センターは障害等級の再評価を約束」
 〇現状では1976年4月の局長通知にとどまっている
 〇話し合いにもとづいてセンターが再評価を約束
無記名「ケア付き住宅検討会を終わるにあたって」
 〇12/21に第17回のケア付き住宅検討会が終了
太田修平「期待はずれ、親の立場で描かれていたテレビドラマ"太陽を見ず"」
 〇障害者殺し、父親の立場から同情的に描かれていたことにがっかり
ウィリアム・ハーグリーブズ「休暇旅行への挑戦または統合か分離か」
 「何の活動をするにしても、健全者がはるかに優越した役割を果たし、どんどん計画を立ててくれ、決断まで代わりにしてくれるところに、大きな問題があります。」
吉田敏彦「財政健全化にご協力を」
無記名「新年会だよ!全員集合」

◆28(1978/02/01)
無記名「ケア付き住宅建設予算 精力的な復活交渉で勝ち取る」
 〇民生局の要求額がほとんど削られる
 〇青い芝が精力的に運動⇒復活勝ち取る
無記名「ケア付き住宅予算要求行動日誌」
 ・1/11財務局交渉
 ・1/30 丹治民政局次長交渉
 ・1/16 ケア付き受託建設推進会議発足
 ・1/17 知事室で石坂特別秘書と会見
 ・1/21 知事査定の日程一週間延期
 ・1/30 復活湯応急講堂に立ち上がる
 ・1/31 復活要求行動2日目
 ・2/2 財務局長交渉
 ・2/6 田坂副知事に会う
 ・2/8 予算復活
 ケア付き住宅推進会議準備委員有志「ケア付き住宅建設予算に関する要望書」

増山潤「障害等級の再判定実施都立心身障害者センター」
 〇毎月、第二土曜日午前10時から再判定
高月晴子「母子関係への一考察」

おたより 前川一靖
ハーグリーブズ氏招待計画の現況
 〇募金の進捗状況
無記名「役員会から」
無記名「編集リポート」

◆29(1978/3/1)
無記名「ハーグリーブズ氏講演会への参加を呼びかけます」
 〇1978/4/8 東京都障害者福祉会館 「障害者の自立について」
 〇4/11にも朝日講堂にて講演を予定
寺田純一「イギリス人と親切 ハーグリーブズ氏来日に寄せて―」
 障害者に対する介助の最もよい原則は、「一歩さがって彼等が本当に必要として、自ら要求した時に援助を与えることである」と語り、同時に健全者がこの原則を受け入れることはイギリスにおいても決して容易ではないことを示唆している。
無記名「ケア付き住宅検討会最終回(第十八回)開かれる 2月24日」
 〇用地取得の問題
 〇工事期間の問題
白石明子「つれづれに思う」
無記名「編集リポート」

◆30(1978/04/01)
寺田純一「雑感―住居問題」
 これはひとつには、住居をめぐる政策や一般の論議の中に、個人の独立と自由、そしてそれを確立し
てゆくための前提としてのプライバシーの観点が伝統的に乏しいことである。
無記名「脳性マヒ者共同作業所開設」(脳性マヒ者共同作業所要綱1978/4/17)
 生産能率を第一義と考えず、自ら打ち込める作業を創り出し、自らを打ち込んだ作品を創り出そう。
 強いられる努力主義に打ち克ち、自らの判断と決定による選択に基づき作業に参加し、自ら行動し、
休息を取る、自発性を大切にしよう。
無記名「ハーグリーブズ氏来日にむけての勉強会開かれる」
 〇1978/3/24 全国療育相談センター 会議室
 〇小島蓉子先生の話
 〇仲村優一先生の話
 〇秋山副会長の話
太田修平「スポーツとは」
無記名「都議会特別委員会でケア付住宅めぐり質疑」
 〇ケア付き住宅の内容についての質問
 〇自立生活とは何かを質問
※「単身の公営住宅の門ひらく」(日本経済新聞1978/3/17)
「西ドイツからの手紙」
 〇オランダで秋山副会長とあった人からの手紙
 
◆31(1978/5/1)
秋山和明「ハーグリーブズ氏に学ぶ」
 〇ハビリテーションという概念は知らなかった!自分たちにとっては重要な概念
「重いハンディキャップを持つ人達の社会的独立(T)」
 〇理解にかけている社会の中で将来生きて行くための訓練が必要
 〇健全者を自分より優越した存在として見がち
 〇経験不足による社会性のなさ、特別扱いによる自己中心主義が問題
 
 社会的独立とは、行動の自由とどこへでも出入りできる自由を意味します(4)。
  ※仕事の可能性も含む
無記名「ケア付き住宅建設運営協議会発足」
 〇1978/4/28「ケア付き住宅建設運営協議会」がスタート
〇1978/4/13、読売新聞(都内版)、1978/4/16、読売新聞にケア付き住宅取り上げられる
加藤久弥「私の社会経験―その1」
 友人が「施設というのはそういうことをタブーにしていくから、男女共にしなびて変な方向へ行っ
てしまう。加藤君だって、園生のだれかが仲良くなると、やきもちをやいて結局自分の首を絞めるので
はないか」(10)
小山内美智子「おたより1」
 〇東京か北海道かどっちが先にケア付き住宅が建つか勝負しようと言われてうれしかった。
白石明子「おたより2」
 〇私も共同作業所に通いたい。
無記名「三月、四月の役員会から」
 〇1978/3/5、4/16
 〇再評価は一定の成果
 〇日野療護園は2人部屋、地域交流について工夫すると都が約束

「一九七八年度総会の日時きまる―6月18日 新宿勤労福祉会館で」

◆32(1978/7/1)
「一九七八年度総会、熱烈な討論がかわされる」
「一九七八年度総会議事録から」
 〇遠藤滋:なぜケア付き住宅と療護施設を要求するのか、ケア付き住宅一本でいけないのか
 〇荒木義昭:施設に行かないで地域で頑張っている障害者の問題を青い芝は取り上げてこなかった
 〇新田勲:青い芝は介護料を取り上げてこなかった
 〇介護じゃなくて介助が良いのでは?

「一九七八年度 定期総会で採択された議案」
 〇青い芝の会が一九六二年に所得保障を交渉したのが最初
 所得保障を要求する全国的な運動は具体的に進んでいないと言わざるを得ません(9,385)。
 ※労働について
  既存の授産施設や福祉工場では、脳性マヒ者はその複雑な障害のために作業能率が低いといわれ片隅に追いやられてきました。
無記名「脳性マヒ者をめぐる社会の状況」
 「施設か、在宅か!」「更生か収容か!」という硬直した二者択一論が、行政の中でまだまだ支配的であることを、残念ながら指摘せざるを得ないのです。
「一九七八年度の活動方針」
無記名「編集リポート」
朝日新聞 1978/7/1 共同作業所について
※この号の末尾に「急告」として横塚死去についての知らせがある。

◆33(1978/8/1)
無記名「横塚晃一全国会長死去」
 〇1978/7/20 駒込病院で死去 42歳
秋山和明「横塚晃一君を偲んで」
 〇国立身体障害者センターで同じ部屋だった
 〇同じ18期性だった
 〇「僕が歩けなくなったら僕の人生は変わってしまう」といっていた
 
吉田道子「横塚さんのこと」
  〇「CPの自立、独立、社会的総長を阻むものは親である。まず親との関係を断つことだ」と発言した時、同感だった。
 
白石明子「閑居山の頃の横塚さん」
  〇コロニーより二人の生活が大切
 
寺田純一「出会いから別れまで」
  〇17年の付き合いである。
  〇二度ほどお見合いさせられた。
  〇会員の自主性を尊重する立場から、タクシー代を払えという意見に反対した
  〇胃の痛みは以前から訴えられており、発見が遅れたのはCPを差別する医療制度に問題がある
 
増山潤「横塚全国青い芝の会連合会々長の死を悼む」
  〇石橋問題からの再建の立役者
 
 加藤久弥「横塚晃一君を偲ぶの文」
  〇久留米園に泊まりに来ては、寺田や磯部と議論をしていた

※この号の最後に「青い芝」◆77の「CP者の社会参加について」を収録

◆34(1978/9/1)
増田潤「自立への道―これからの1年」
 〇今年のスローガン
  @最低生活が可能な年金制度の確立
  A居住の場の確保

 私は、障害のある、なしにかかわらず自分の生活は自分で維持すべき最大限の努力をする。働ける能
力を持ちながら働かないでいるのは、人の道に反する、努力をしても維持できない部分は国民全体でか
たがわりをする、という考え方をとっている。

染谷陽子「療護園の頃」
 〇1952年6月横塚さん療護園入所
 〇当時の療護園は明るい雰囲気、横塚さんが施設をなごませていた。
 〇しかし時折鋭い意見を言った


大塚隆二「横塚晃一君を偲んで」
 〇職員にも仲間にも難しい質問をしていた
松田貞俊「横塚晃一氏との思い出」
〇一匹オオカミに対するあこがれがあった

※1978/8/8 横塚氏葬儀⇒厚生省、文科省へのデモ

「重いハンディキャップを持つ人達の社会的独立(U)―事実か神話か」
 〇重度の身体障害者は動作に手助けはいるが考えることはできる
 〇しかし経験のないことは考えることも出来ない
 
  自立=自分の自由を維持するためにどのように振る舞うべきかを知っていること 


 〇「独りぼっち」という環境が社会性の発達を阻害する
 〇生活経験を積めるように環境を整備するのが専門家の役割
 〇身体的ハンディキャップと精神的・知的ハンディキャップを同じ施設で対応するのは屈辱

☆ハビンテークについて
 脳性マヒ協会が推進しているハンディキャップのある者とない者が共に生活していくアパート群です。障害者が住む割合は全体の25パーセント。ただスウェーデンのフォーカスと違うのは、健全者が住む部屋もすべてハンディキャップをもつ人たちが自由に出入りできるようになっていることです。自分たちで独立した生活が出来る様にホイストなどの設備が整っています。ケアをする人が近く7に住んでおり、必要な時はいつでも、援助を受けられます。

「久留米分科会学習の記録(T)」
〇1975年、学習会の記録
「新役員のプロフィール」
 ※介護料要求の運動家、新田さん、須田さんなどが入っている。
「秋のレクリエーション」
 1978/10/23 神代植物公園

◆36(1978/11/1)
板山課長 重要発言 全国青い芝の厚生省交渉
1978/10/30
そこでみなさんの言っておられる生活保護の生活扶助に障害福祉年金や福祉手当を乗せた金額を別の形で支給する制度をつくれという要求については最近あちらこちらでそういう意見を聞く。厚生省としては長い目で見て年金でどこまで障害者の生活保障ができるかを追及し、当面は生活保護のかけている点、みなさんの注文のある点をできるだけ改善していって、それでもなお、どちらでもどうしてもだめだということになれば、みなさんの言っているような別の新たな制度をつくることも研究していきたい(3)。
交渉の中で参加者の一人が「あんた方は俺たちが死ねばいいと思っているのだ」と発言したことから、板山課長が「そんなことを思っているといわれるなら話し合っても仕方がない」と怒り、席をけって退席しかける一幕もあったが、東京代表の説得により再び話し合いの席に戻り、予定の交渉を終えた(3)。

「障害の重い人達とともに25年(T)」 ウィリアムハーグリーブズ
 〇ハーグリーブズさんの脳性マヒ協会での活躍
 〇職場開拓での注意点 @正直であること Aトップだけでなく一般職員にはたらきかけ
  ※粉せっけんをつくっていたらしい。

「久留米分科会の学習会の記録」
 〇生活保護(親が欠けていた保険の収入認定)
 〇等級制度の問題点(実際に生活している人の軽視)など
 
 ※森武さんが逝去

「新年の集いで1979年を語り、乾杯を!」
 1979/1/7 東京都新宿勤労福祉会館


◆47(1980/1/1)
増山潤「経済的保障の確立こそは独立と自由への道」
〇ケア付き住宅建設が一定の目途
 〇国における全身性障害者研究会の開始
 〇年金は福祉年金が著しく低劣で、脳性マヒ者はそれにももれることがある
 〇ここ最近の福祉年金引き上げは高齢者の増加を背景にしているが、障害者もこの問題に全力で当たるべき

磯部真教「脳性マヒ者の就労と社会生活について」
 リハビリテーション交流セミナー(1979/9/21)での発言
 〇働いても工賃は半分以下である
〇今から20年前は就職を希望する人が多かったが、その後、低賃金、体調の不良で働けなくなっている。
 〇やってもらうばっかりで主体性が育っていない人が多い。
        

職業生活をすることが困難であることを認めるべきです。ただこれを認めると人格まで低く見えられる傾向がありますが、このことは、生活できるか手を年金という形で社会的に保護することによって、世の中の差別意識も変革されていくだろうと考えられます。

ウィリアム・M・Cハーグリーブズ「障害の重い人達とともに25年(U)
 〇脳性マヒ者の社会体験を促進するための休暇旅行を企画
   @親から離れることの意味
   A子どもが親から離れる意味
   Bコミュニティの一員になる意味

無記名「会員有志より役員解任要求―緊急総会開かれる」
 〇会員有志とは、秋山和明・加藤久弥・吉田敏彦
 〇解任を要求されたのは、遠藤のり子副会長、大会計・高橋会計
 〇解任要求の理由は実態調査阻止運動をめぐる意見の対立
 〇全身性障害者研究プロジェクトを国とやっているのに、なぜ調査を邪魔するのか
 〇別の運動をしたらダメということは無い筈だとの反論もあった
 〇新役員は以下
  会長 増山 潤
  副会長 若林克彦
  事務局長 磯部真教
  会計 竹下保夫
  会計監査 寺田純一

◆48(1980/2/1)
 「完全参加と平等をめざして―国際障害者年行動計画の中心課題」
   〇「国際障害者年行動計画」を徹底的に学習する必要がある
 「資料集(1)国際障害者年行動計画」
 「一九七九年三月一九―二三日の第一回 国際障害者年諮問委員会の一般討論の抜粋」
 「障害者の権利宣言」
 「国際障害者年の経過と背景」
  問題点の一例をあげれば、「損傷」「障害」「ハンディキャップ」を明確に分けている概念規定は、私たちが長年にわたり障害等級の不備の問題としてきた観点ときわめて深いかかわりがある。

◆50(1981/4/1)
 「3月31日 脳性マヒ者等全身性障害者問題研究会第1回会合開く」
   1980/3/31
阿部敏治 東京都小平市福祉事務所
磯部真教 脳性マヒ者共同作業所
今岡秀蔵 障害者の生活保障を要求する連絡会議
大澤隆 神奈川県民生部
角野正人 全国青い芝の会連合会
小沼正  駒澤大学
五味重春 埼玉県生活福祉部
仲村優一 日本社会事業大学
永井昌夫 国立身体障害者リハビリテーションセンター
野村歓  日本大学
福永年久 全国青い芝の会連合会
三和治 明治学院大学
宮尾修 障害者の生活保障を要求する連絡会議
三ツ木任一 東京都心身障害者福祉センター
森野亮一 東京都民生局心身障害者福祉部
吉本哲夫 障害やの生活権利を守る全国協議会

 〇行政は所得保障の議論は時間がかかるから、更生課でとりくめる問題から話し合いたい
 〇磯部委員の問題提起
  ■福祉年金の基準があがれば、施設での食費等の費用を本人から徴収してもよい
 〇福永委員の問題提起
  (次号)
 〇障害連の立場からの今岡委員の問題提起
  そういう問題のたて方をするならばその中の基本課題は所得保障制度を考えてゆくことではないか。青い芝の方が言われたように障害者に対する生活保障制度がないという現状をいろんな観点から見直していく必要がある。今までの社会保障は社会保険中心に出来上がっており、その枠に入らない小さい時からの障害者の生活保障をするためにはどうするかとなると、新たな障害者所得保障制度というべきものを創設しなければ生きる権利を具体的に保障できないのではないかという結論が私達の中では出ている。そういう方向へこの研究会が向かうかどうかがいちばん重要だと思う。


 ケアを獲得するというのは行政にはそれを何らかの形で保障する責任があると同時に、ケアをうける障害者自身にもケアを獲得し活用してゆく側としての責任が問われる。ケア付き住宅では一個の人間として一人の介護者と向き合うわけでいろいろな問題があると思う、私的な契約関係の中で介護を確保するとった形を理念としては考えてきた。それには所得保障の一部にそういった視点を付け加える場合と、介護を公的サービスとして制度化する場合とでは、その在り方自体に基本的な違いが出てくる(5)。

〇宮尾委員の補足提起
 ■日本の場合私的な扶養と公的責任の差がほとんどないのが問題である。

 障害者の社会の中で自立して生きてゆきたいという政策を実現するために勉強したいと思っている。そしてそのひとつつとしてはやはり所得保障がひとつの緊急な課題として当面来年度予算に盛り込めるようにしていただきたい(6)。

3月31日 「脳性マヒ者等全身性障害者問題研究会前半の討議から」
 しかし宮尾委員はさらに「国際障害者年を控えて、この研究会がもたれたことに非常に意味がある。私達と板山課長との話し合いの中でも、『来年度は是非とも皆さんのような問題を、国家予算に反映していきたい』ということを承っている。それでたとえば今非常に低すぎる障害年金を国際障害者年だから少し余計に上げようといった暫定的な要望であれば、それほどさしさわりはないのではないか」・・・・・(中略)塩崎補佐も「おっしゃる程度のことであればそれほど時間もくわない」と答えた(8)。

英国の障害者団体及び関係団体71を結集した障害者連合の「障害者権利ハンドブック 1980版」から訳出
 〇所得保障部分について紹介

◆51(1980/5/1)
「国際障害者年をめぐる最近の動きと私たちの立場」
  〇「研究会」はあくまでも更生課長の私的諮問機関
  〇国際障害者年協議会に青い芝が呼ばれていないことが遺憾

 「脳性マヒ者等全身性障害者に関する研究プロジェクト 現状分析と問題点の整理(全国青い芝の会総連合会」

 (1)所得
   @生活保護によるプライバシーの侵害、年金・手当等の控除
   A障害福祉年金・手当の基準の劣悪さ
   B心身障害者扶養共済制度 親が死ぬ前から生活に困ってる、脳性マヒ者の寿命の短さ
 (2)介護
   @ホームヘルパー派遣の問題点(派遣の量、回数、外出が無理など)
   A他人介護料と家族介護料には格差がありすぎる
 (3)まちづくり
   @交通の問題で、対策として障害者を特別扱いするのは反対
   A基本的な整備の問題(洋式トイレなど)
   B学校卒業後の社会的な経験を積む場所がない
   C意識とコミュニケーションの問題点(行政の関係者を含む)
 (4)労働
   @身体的特質から健全者と同じ作業量は困難
   A劣悪な労働環境
B最賃の除外
 (5)住宅
   @入居の拒否(地域住民の意識)
   A住宅の設備
   B公営住宅の立地など
(6)施設
  @一生隔離の生活
  A細かい規則でがんじがらめ
  B地域との関係の希薄さ
(7)医療
  @障害の発生予防
  A脳性マヒ者の診断拒否、診断がスムーズにいかないこと
  B生活保護を受けている脳性マヒ者
(8)行政の対応
  @福祉事務所の対応 
  A柔軟な対応のなさ

(9)補装具および日常生活用具
 @等級制度がそもそもおかしい
 A複数種類必要な場合がある
(10)身体障害者等級制度
 ◎脳性マヒ者に全然あっていない

脳性マヒ者の個性
 (略)
 「研究会の問題提起と意見」 磯部真教
  ◎障害福祉年金の増額
  ◎医療の無料化
  ◎公営住宅の入居者対象拡大など

 脳性マヒ者等全身性障害者問題研究会発足にあたって(1980/03/31)
                    宮尾修 今岡秀蔵
 幼いときから障害を負い、働くことのできない者の基本的課題は、所得保障。わが国の社会保障が社会保険中心に成り立っておりこれらの制度の枠外にある障害者の生活を保障するためには、新たに「障害者所得保障制度」の創設が不可欠である。

介護・人的ケアの制度化は、所得・住居・行動の自由という社会的な自立の基本的要件を研究する中で、さまざまな角度から検討しなければ、方向性は出てこない。
 ケアの獲得は、公的サービスによるのか、障害者各個人に対する所得保障に組み込むかは、基本的検討課題の1つである。


◆52(1980/6/1)
 磯部真教「所得保障こそ急務である―生活保護からの脱皮を目指して」
  ※生活保護法の問題点を指摘
   @最低生活以上にならないようにケースワーカーから監視される
   A親兄弟による扶養の優先
   B現物給付が多く、何でも唯という意識を与え自立に反する
 「脳性マヒ者等全身性障害者問題研究会議事録から」第2回(5月12日)
   板山課長あいさつ
   仲村座長あいさつ
障全協の立場から吉本委員の問題提起
 ※障害の予防について青い芝から反論あり
永井委員の問題提起
 〇自立=身辺自立ではない
 〇介助についてアメリカの現状にふれる

 大澤委員の問題提起
 三ツ木委員の問題提起
 身体障害者福祉審議会の審議状況について河野専門官の説明

各委員の提起をふまえての磯部委員の問題整理
 @アテトーゼ型の脳性マヒがとくに取り残される
 A働いてダメになって、サービスも受けられない
 B専門化のものの見方はどうだったのか
 C障害者が主体的に生きるかどうかは経験によるところが大きく、この点を掘り下げたい
 D各省庁の縦割り
 E国民の理解や障害者運動も後進的

◆53 (1980/7/1) 
 東京青い芝の会代表 津京と社会福祉審議会公聴会で発言
  〇生活保護によらない所得保障の確立を強く訴えた(1)。
  ※発言内容

一九八〇年六月二一日
 取り残された人たちの社会的独立のために
 ―東京都社会福祉審議会公聴会へのメモ―
 〇生活保護制度によらない所得保障の確立
 〇住宅の確保、居住の場の保障
 〇公共交通機関の改善、電動車いす、福祉機器の活用による移動の自由の保障
■ これに加えて等級の不合理の問題

6月2日 第3回 6月17日 第4回
脳性マヒ者等全身性障害者問題研究会の討議から

〇発足の経緯は実態調査をめぐるやりとり
〇更生課で対応できる問題をと言うことであったが、障害者側の意見により、所得保障の議論を。
〇生活保護を受けている障害者の中でも別の所得保障をつくれという声が多い
〇我が国では社会保険が中心なので何らかの形でそれに組み込むことが必要
〇介助については、介助者の論理に巻き込まれないようにする必要がある。
〇公的な介助についてはさらに検討が必要(1日2時間のヘルパーでは不十分)。

※障害者が地域で生きたい要因として個室がある。個室がないということは結婚が認められない。

◆54(1980/9/1)
 所得保障、障害等級などを中心に
7月12日 東京都民政局交渉 国際障害者年を受けて前向きに検討?
会長 増山潤⇒東京都知事 鈴木俊一
 @等級制度の改善
 A稼得能力がない場合には、生活を保障する生活年金が必要
 B自立して暮らせる居住の保障
 C公共交通、電動車いすの改善、介助の啓発
 D脳性マヒのライフサイクルの研究

◎扶養年金の受け取りを親の死亡前にする提案をしている
※東京都は一応この方向で努力する姿勢を見せた

7月9日 所得保障観点で両論
―脳性マヒ者等全身性障害者問題研究会での論議から― 第5回
☆◎福永委員から介助で金銭をやりとりすると健全者が余計に優越感を持つから反対との意見
 〇宮尾委員は所得保障の議論が深まる前に介助の話に移ることを警戒
 〇磯部は生活保護が原因で離婚に至ったケースを紹介、他の専門家からは極端な例という声も
 
7月16日 8月19日 全国青い芝の会 所得保障を中心に厚生省交渉
 〇国民年金の制度は発足後19年始語っておらず成熟していない
 〇現在老齢年金と障害年金のバランスはおおむね妥当
 〇生活保護はミーンズテストがあるが諸外国でも同じ(北場副課長)

◆55(1980/10/1)
幼いときからの障害者の所得保障確立に向けて要求の統一を呼びかけます
                           東京青い芝の会役員
〇10月20・21日政府に対して交渉を行う呼びかけ
〇高齢者の障害者と区別して欲しいという論調

1980年10月12日
国際障害者年を契機として
幼いときからの障害者に対する所得保障の早急な実現を求める要望書(案)

※国際障害者年行動計画から引用(障害の概念や経済的保障に関する部分)
〇生活保護制度は現物的な給付の色彩が強く、生活を工夫していこうという気持ちは芽生えにくい。
〇扶養義務やミーンズテストによって苦しめられている
〇掛け金をかけた者と掛けていない者の間の差がなくなると保険原理が崩壊すると言うが、賦課方式になりつつある今可能ではないのか。

@生活保護によらずとも基本的な生活ができるように、生活保護+障害加算の基準となるよう、障害福祉年金、障害福祉手当を改善せよ。

A現在の扶養年金を統合することも視野に入れる。
B具体案は、厚生省年金局が作成すること
C国際障害者年担当室を国際障害者年対策室に改め障害者団体の要望を有効に反映すること

9月1日 第6回 脳性マヒ者等全身性障害者問題研究会
〇第6回実態調査の結果報告⇒65歳以上が4割を超え、青年、壮年の障害者対策と老人対策がごっちゃになることを危惧
〇磯部から生活保護のケースワーカーの問題について
〇宮尾から生活保護の扶養義務について
〇障害者等級については次回議論
〇家族の補完の介助か、自立を基盤にした介助かで議論が変わってくる

◆56(1980/11/1)
磯部真教「脳性マヒ者の障害等級評価をめぐる諸問題」
 〇ICIDHの考えを引きながら、社会的不利益と受けられるサービスのギャップを強調
 〇脳性マヒ者と脊椎損傷者では日常生活動作能力が労働能力につながらない

リハビリテーション交流セミナー'80での発言内容
「所得保障について」
〇生活保護が物取り主義をもたらすことを強調
 24時間介護を主張し、一人20万円もらっている例がある⇒新田さんをディスってる?
〇当面福祉手当と福祉年金を合わせた額を生活保護+加算(7万円程度)とし、これを独立させる
〇扶養年金については、親の死亡前から受給、強制加入、国の補助の引き上げが必要

9月30日第7回
脳性マヒ者等全身性障害者問題研究会の主な論議
〇生活保護に関する議論
■磯部から「サービスを受けるのにはいくらかでも金を払うことが大切、何でもタダだと乞食根性を生み人を自立から遠ざける」旨の発言あり。

◆57(1980/12/01)
十月20、21日 全国青い芝の会 全国動員で政府交渉
瀬田参事官 長期行動計画策定に向けての特別委員会に関連して意見陳述の機会を約束
板山課長⇒さしあたり障害福祉年金の一級と二級の差額を埋めることを目標
※この行動を契機として全国所得保障確立連絡会が発足

十月20,21日全国青い芝の会政府交渉の記録
一総理府国際障害者年担当室との交渉
〇青い芝の会を外すとはひどい(養護学校義務化をめぐる文部省との対立が原因?)
二、所得保障をめぐる厚生省との交渉
〇健全者がけがをしたら金をだすが、もともと障害のある人はほっとけというのか。三万円でせいかつできるか
〇障害福祉年金が児童扶養手当とほとんど同額ということを年金かはどう考えるか。我々は大人になっても餓鬼か。
〇相変わらずのADL中心主義はやめて。
〇扶養共済制度については、25か30で支給するようにして欲しい。
〇独立生活を推進するアメリカの障害者運動によれば、自分の意思で生きたいと思った場合に、ADLも変わってくる。そのことを考慮せずに、介護、介護と言うべきではない。
〇所得が問題になるので、結婚しても婚姻届を出さない例もある。

三、交渉続行を申し入れる 厚生省はシャッターをおろす

四、十月二一日参議員会館で再度厚生省と交渉
〇板山課長 拠出制年金に結びつかない脳性マヒ者などの統一した所得保障をつくれという主張はわかるが、長期的課題。さしあたり、生活保護の運営改善をしたい。
〇磯部、今すぐ福祉手当の改善をする方がよい
〇まだまだ青い芝は怖がられている(から国際障害者年の団体に選ばれないよと暗示)

十月二一日参議院社会労働委員会で所得保障問題取り上げられる。
前島英三郎(八代英太)議員の質疑から 所得保障についての質問
園田大臣⇒ご指摘の点はよく勉強する

◆58 欠

◆59(1981/2/1)
ケア付き住宅の運営予算を中心に 東京都福祉局と交渉
 〇1981年度開所をめざしている八王子インディペンデントアパート
 〇職員が必要数の半数にとどまる見通しになり、交渉がもたれた。
 〇東京都側は不十分さや引き継ぎのまずさを認める

「東京都八王子インディペンデントアパート(仮称)開所及び運営予算に関する要望書」
ケア付き住宅建設推進会議 ☆大須賀郁夫
東京青い芝の会 増山潤 

⇒東京都知事 鈴木俊一

@インディペンデントアパートに対する十分な予算の確保
A運営上の諸問題について適切に配慮する

太田修平「清瀬療護園レポート(2)」 「揺れる療護園」
〇職員不足、職業病、園生不安・・・・・・・・

☆大森幸守 「俺の家族達 (パート1)」
「1月31日〜2月1日 青い芝の会全国委員会開く」
 〇1981/1/31-2/1 大阪府 吹田 円満寺
 〇東京としては、本部が国連を批判していることに違和感
  ・発生予防をつかっているが、戦争等による障害者の予防である
  ・養護学校をなくせという流れなのに、その点は無視している
 〇「責任ある消費者になる」を強調

「所得保障の問題では、「福祉年金と扶養共済とを統合した年金制度を確立するとともに、地域社会で独立して生活する者のための自立保護手当を新設する」との再建委員会の提起に対して、北海道の阿部が、「北海道では脳性マヒ者は施設に入るか生活保護を受けるしかない。生保を取るのは容易ではない。脳性マヒ者の年金を早く作っていきたい」と発言した。白石代表は、「地域で多くの仲間が生保を取っていく闘いも重要であると述べた。東京の磯部は、「生活保護法は第一条から第四条まで読めば明かなように、親やきょうだい、女房やだんなが徹底的にしぼりあげられた上で出てくる制度だ。こういう生活保護で生活しなさいと言っているのは日本の政府と障害者であるが、国連勧告や障害者権利宣言にはそんなことは書いていない」と強調した。」(p.6)

◆60 ★[欠]

◆61(1981/4/1)
 五・一〇、一一幼いときからの障害者の所得保障確立を要求する中央行動に参加しよう
〇昨年10月以降、障害者の所得保障問題は、国会でも取り上げられてきた。
〇特に園田大臣は4月1日の参議委員予算委員会で参考人の宮尾の訴えに答えて、障害者の所得保障の問題はどうしてもやりたい。
〇年金によって家族や福祉サービスへの依存を少なくでき、国家経済にとってもプラス
〇労働意欲を削ぐことはなく、逆にこれを高揚させる

脳性マヒをはじめとする幼いときからの障害者の所得保障制度新設に関する統一要求

要求内容
幼いときからの障害者で満20歳を超えた者に現行の生活保護+加算の額となるよう、障害福祉年金
と手当を廃止し、所得保障制度を新設すること。
 @稼得能力の喪失を十分反映
 A一定額の本人の稼得状況に合わせて減額
 B措置制度を改め、各種施設の食費日常生活費に本人負担を導入する

☆全国所得保障確立連絡会議
代表
宮尾修
寺田純一
古賀稔章
今岡秀蔵
三沢了
渡辺啓二
秋山和明

国際障害者年に対する東京都の取り組みについて
 〇東京青い芝から磯部真教、頸椎損傷者連絡会から三沢さんが参加

◆62 1981/5/1
園田厚生大臣、所得保障への道を開くことを約束
五・一〇、一一中央行動報告
〇一人でやっていけるように考えて欲しい。負担すべき者は自分で負担するというのはまじめな要求
〇省内に大臣官房総務審議官を座長に検討する部会を作っている
〇所得保障について1つの道を空けることを約束する。やめても必ず引き継ぐ。 

五・一〇幼いときからの障害者の所得保障を要求する中央集会 基調報告
 〇当初雇用への関心が強かったがこれが次第に変化
 〇かろうじて働いていた脳性マヒ者が身体機能の低下
〇福祉事務所のケースワーカーの生活への介入は屈辱
〇1980年3月「脳性マヒ者等全身性障害者問題研究会」発足、もうすぐ中間報告出て、そこでも所得保障の話でるよ
〇国際障害者年行動計画でも経済的保障の重要性をうたっているよ
〇所得保障は諸サービス活用の前提であってその逆ではない。

◆63(1981/6/1)
五・一〇、一一中央行動報告(U)
1.5・10 幼いときからの障害者の所得保障確立を要求する中央集会
宮尾修 実行委員会代表挨拶
〇幼いときから障害者の所得保障を要求し始めて10年、74国民春闘から7年。もう待てない。

全国所得保障確立連絡会活動経過 三沢了

1980年11月24日
全国青い芝、東京青い芝、頸損連、障害連、若駒の家の5団体が結成、統一要求のために作業を続ける

1980年12月 国際障害者年日本推進協議会のプレ国民会議で所得保障について論議
 ⇒その後所得保障の調査研究委員会がもたれている

1980年3月 脳性マヒ者等全身性障害者問題研究会でも所得保障の重要性が論議

〇財政はかなり厳しく、国の姿勢は厳しいが国際障害者年を逃してはチャンスはない。

4月11日の所得保障連絡会の会議で、5月中央行動を決定

2.5.11厚生省交渉
〇非常にまじめな要求発言
〇どの方法が早く行けるかを検討しており、年末にはできる
〇プロジェクトチーム(年金局、社会局、児童局)の検討を始めている
〇掛け金を一回でも掛けたかどうかでこれだけ差が開くのは不合理
〇大人の障害福祉年金と子どもの特別児童扶養手当が同額とはどういう認識に基づくのか
〇私たちはずっと年金の運動をしてきた。いつまでも長期的課題と言われてはたまらない。

資料 国際障害者年に当たり、障害者の「完全参加と平等」の実現を図る決議(衆議院)

◆64(1981/7/1)
私たちの所得補償要求と行動国会審議の場で取り上げられる 5月12日(中央行動の翌日)
参議院社会労働委員会の質疑から

園田厚生大臣
 今回お願いしました改正は、年金制度全体の中で年金額の引き上げあるいは所得制限の緩和等、子年度の予算でなんとかお願いできたものをまず改正するということでありまして、今後については障害者の実態、生活等によっていっそう適合するように、そのご要望に沿って所得保障施策のあるべき姿についての総合的な検討、これに対する前進をはかりたいと思っております。

小松忠夫「食事を作って」
 〇脳性マヒ者が食事を作るときの苦労話
 〇でも施設にいるときは動物園のライオンみたいだった。

◆65(1981/8/1)
 「脳性マヒ者等全身性障害者問題研究会の中間報告まとまる」
 〇1981年6月16日の第13回の研究会で、報告案を検討した

「資料 「脳性マヒ者等全身性障害者問題に関する中間報告」」
一 研究会発足の背景と目的
(1)1980/3 厚生省更生課長の委嘱により成立
(2)多様な障害者の中から全身性障害者に注目
(3)本研究会16人のメンバーの中で5人の当事者
二 研究の視点
(1)研究の対象は幼少期からの全身性障害者
(2)自立生活は、障害者の主体性や決定権、プライバシーなどを基調としており、リハビリテーションへの問題提起となる
(3)自立の概念は就労や保護が不必要になることを含みながらもそれだけにとどまらない
三 検討結果の要旨
(1)脳性マヒ者等全身性障害者の生活をめぐる諸問題
   ア身体機能の特質
   イ自立生活上の諸問題
    〇所得はないか非常に少ない
    〇住居を得るのが困難
    〇移動に関しては物理的な問題があったり、理解の問題がある
    〇介護の問題は現行の家庭奉仕員制度、介護人派遣制度では無理
    〇施設批判と施設改善の両方の意見がある
    〇医療の保障がアテトーゼなどによってなされない場合がある。
    〇稼得能力、コミュニケーションの面から就労の場で疎外されやすい。
    〇自立生活のためにまちづくりは非常に重要
   
 (2)全身性障害者の自立生活のための対策の方向
   1.障害者の生活保障を確立するための方策
    ア 当面改善すべき諸問題
    〇障害福祉年金の改善=生活保護+加算の水準にしてほしい
    〇所得制限の緩和=扶養義務者所得の撤廃
    〇福祉手当の改善
    〇ガイドヘルパー制度の改善
    〇家庭奉仕員制度の改善:派遣対象者の拡大
    イ 生活保護制度について
    〇介護加算、他人介護料の改善
    〇同一生計内における世帯分離の可能性
    〇資産保有の緩和
    〇ケースワーカーの態度改善
   
   ※幼いころからの障害者には特例的な年金支給

 U 障害等級について
  〇ハビリテーションの考え方を入れてほしい
  〇不随意運動による不利益を補足すること
  〇診断書の簡素化と共通化
 四 残された課題
    (1981/7/14)

国際障害者年日本推進協議会(IYDP・JP)への所保連参加と6月27日のJC協議員総会
1981/6/6に参加を決定、6/27の総会で、これまで障害者運動の果たしてきた役割を正当に評価するように要求。

「障害者インターナショナル(DPI)の誕生について」
 〇1981/11/30-12/4にかけて第一回DPI世界会議
 〇1980/6の世界リハビリテーション会議から分離独立
 〇1981/7/26今岡秀蔵を委員長として「DPIを創る日本委員会」が活動を始めている

☆大森幸守「俺の家族達」パート3

◆No.66(1981/9/1)
増山潤 「所得保障の確立のために困難を乗り越え、大きな力の結集を」
 所得保障が無いために多くの仲間が親きょうだいの下で「大きな赤んぼう」のような毎日を送り、あるいは措置制度による収容施設の中で、無気力、無責任に日々を過ごさざるを得ない状態が、雇用の機会の拡大のためになるとは、私たちにはとうてい思えない。

さらに付け加えるならば、幼い時からの障害者の独立が阻まれている現状が親兄弟の側に過大な負担を負わせ、その社会参加の機会を著しく狭めていることも、大きな社会的損失と言わなければならない。

同時にそれは、財政の寄稿や支出をより効率化し、無駄をなくすという、行政改革の本来の目的とも一致している。

「7月30日 国際障害者年対策連絡会議の政府交渉から」
二、年を取って働けなくなった場合にはそれまでの蓄積過程があるし、子どもが親を見るという慣習は今でも残っている。これに対して我々の場合子どもの時は親が一生懸命みるが、親が年老いたときに自分の蓄積はない。プロジェクトで検討するというが、このような点の認識に基づいて物事をやるのか?

☆篭山 京 「障害年金制度の創設を」
※週刊社会保障 1130号より転載

脳性マヒ者等全身性障害者問題に関する中間報告(上)
1981年7月

序 研究の目的及び視点
第一 脳性マヒ者等全身性障害者の日常生活
1 全般的状況
2 全身性障害者の身体機能の特質
3 自立生活上の諸問題
 (1)自立生活の諸条件について
 (2)経済生活について
 (3)住環境について
 (4)移動について
 (5)介護について
 (6)自立生活の充実について
4 自立生活周辺の問題
 (1)施設について
 (2)保健・医療について
 (3)雇用・就労について
 (4)街づくりについて
 (5)教育について
 (6)行政施策の対応について
No.67(1981/10/1)
「10・27幼いときからの障害者の所得保障制度確立を要求する全国行動」への積極的な参加を呼びかけます!

「障害者に関する世界行動計画」草案
「その必要もないのに依存状態に置かれ、経済的にも社会的にも実りある活動ができないままに放置されているというにとどまらず、そうした依存状態が、同時に家族構成員並びに社会全体の活力と資源を消耗させているのである。」

脳性マヒ者等全身性障害者問題に関する中間報告(下)
第二 全身性障害者の自立生活を実現するための方策のあり方
一 所得保障について
(1)年金制度の問題点
(2)生活保護制度の問題点
(3)障害者の生活保障を確立するための方策
  ア 当面改善を必要とする事項
  イ 長期的に間然すべき方向
二 障害等級について
 (1)身体障害者福祉法の規定の推移
 (2)現行規定及び認定上の問題点
 (3)改善のための方策
  ア当面改善すべき事項
  イ長期的に改善すべき方向
   
 〇生活保護の世帯単位の原則は,独立の要求と相反する
 〇基準が低いのだからもらえるものは何でももらおうという卑屈な物取り主義を助長する
 〇しかし、生活保護であってもそれで独立しているならそれは自立と呼ぶべき
 〇ICIDHから見た障害等級の問題


◆No.68(1981/11/1)
「障害は力である アメリカ独立生活運動の創始者 エド・ロバーツ来日」
 〇DPIを作る日本委員会によってエド・ロバーツ氏を囲む会が開催された(10/14)
〇我々は障害を負ったことにより、そうでなければ得られなかった奥の体験を持っている。これらは社会の発展と変革への大きな力になるものである。
〇ピアサポートの重要性を強調(この言葉が出るのは初めてでは?)
〇リハビリテーションなどの専門家は重要であるが、彼らに私たちの代弁はできない
〇アメリカの3500万人の障害者とリハビリテーションの専門家が団結すれば真の多数派になれる

「障害者に障害をもたらす者 エド・ロバーツ氏持参のエコノミック デモクラット紙 10月1日号」

「自らの生活をコントロールできること」そして「自己実現」これがインディペンデント・リビングの説明に彼が用いた言葉である。」

「われわれすべてがある種のヘルプを必要としていることは明らかです」

「われわれの次の世代が隔離された世界に住まないようにすること、これが私の第1の任務です」

「障害者に関する世界行動計画草案25項」
1981年 8月 11日っくれん・国際障害者年諮問委員会

「障害者の障害にではなく、能力に目を向けることである。障害を持つ人々が社会の中でそれぞれの役割を遂行し、おとなとしての義務を果たすことを、大いに期待すべきである。「病人の役割」という概念は捨て去らなければならない。西進した障害者を責任の無い子どものように扱ってはならないのである。」 


◆No.69(1981/12/1)
「所得保障に向け三月までに結論を出す」
10月28日の交渉で村山厚生大臣が約束
〇全国行動(10月27日)は13団体、300名が参加。
〇10月28日午後2時から村山厚生大臣との交渉が実現(約30分)
 ◇皆さんの要望は前大臣から伺っており、プロジェクトチームで議論していただいている。
寺田・磯部「それらの人達の所得保障が確立すれば、親子関係もうまくいくし、親がずっと働いて社会に貢献することも可能になる」と強調した。

10・27全国行動から
中央決起集会とデモ行進
白石 国は国連勧告で謳われている障害者へのサービスを真剣に検討していない。

厚生省事務局都の交渉
 〇午後4時から約2時間
 板山さん この交渉ではネガティブな発言が目立つ
  ■タイミングが悪い。財政再建の時期で不運
  ■脳性マヒ者だけながら大したことないが、他の障害や高齢者を入れるとすごく金がかかる
   (運動側は高齢者施策に障害者を埋没させようとしていると反発)
■財政再建に対して国連の理念をいってもしょうがない
■努力はするがみなさんの要望通りになるかどうかはわからない

10・27 幼いときからの障害者の所得保障を要求する中央決起集会 基調報告
 親への依存を断ち切ることは、親を敵視したり、親子関係の重要性を否定したりするのでは決してなく、むしろ真の絆を強めるものであることはいうまでもない。

私たちが要求している所得保障は親兄弟の不要に頼ることなしに独立と自由への道を切り開くための生活基盤として最低限のものであり・・・・・

障害者に対する経済保障の確立は、単に障害者の利益のみではなく、障害者をふくむコミュニティ全体の活力を高め、社会の発展のために重要な役割を果たすものである。

10・27全国行動宣言 1981年 10月27日


◆No.70(1982年1月1日)
12月8日 所保連 厚生省の所得保障制度検討プロジェクトチームとの話し合い
1980/12/18 正木総務審議官など 障害者側 今岡 三沢 磯部 寺田
「行政として、所得保障の問題を政策課題にまで上げていく」
「今後検討が進んだ段階で、さらに勉強会の会の機会を設ける」

「所得保障制度検討プロジェクトチームへの意見書」1981年12月18日 宮尾修

〇国際障害者年の「完全参加と平等」を実現するためにも親からの独立が必要
〇これは親子関係を不必要としたり、親を敵視したりするものではなく、むしろ成熟した関係をもたらす。
〇障害者に対する所得保障は障害者と家族、地域社会の活力を高める。
〇家族の稼得能力も高まるぞ
〇手と言語に障害がある場合には就職による経済的独立はほとんど期待できない
〇稼得能力のある障害者が余分にかかる経費は税控除でやるべき
 ※社会的的要因の失業と障害による稼得能力の損失は区別して考えるべき
〇仕事の経験をした頸椎損傷の人と生まれつきの障害者に年金の面で大きな差がある
〇生活保護でもいいではないか、は受けたこと無い人だから言える。

川村賀偉「青い芝の会」との出逢い(T)
〇応援センターに出入りしてました
〇京都の青い芝の会はばらばらになっていました

大森幸守 「第5回青い芝の会全国大会に参加して」
〇1981年12月4日 兵庫県 明石市 兵庫高校野外活動センター
〇東京の取り組みについて説明、小松忠夫、川村賀偉、大森幸守が参加

☆会長 横田弘
副会長 長谷川良夫
副会長 中山善人
事務局長 松本孝信
会計   関根功

◆No.71(1982/2/1)
資料一 シンガポール宣言(1981年12月4日)
資料二 DPI宣言及び行動計画
資料三 DPIの基本的哲学‐それはどのように形成されたか
 ※デジョンの1979年の著作における自立生活規範の表が紹介されている
寺田純一「障害者インターナショナル(DPI)第一回世界会議に出席して」

参加者:DPIを創る日本委員会を中心とした20名
 〇脳性マヒ者の参加が少ない中で2人のオーストラリアからの脳性マヒ者が際立っていた。
 〇統一的な運動が今後の課題

◆No.72 欠

◆73(1982/5/1)
四月十六日 所得保障要求を中心に八団体による厚生省交渉
 〇板山さん、異論はないがもう少し時間を貸してほしい
 〇専門委員会に当事者が入るのは止めた方が良いと意見を変えず

脳性マヒ者等全身性障害者の所得保障制度新設など諸施策の早急な実現を求める要望書
全国所得保障確立連絡会議 宮尾修
厚生大臣 森下元晴

@20歳に到達した脳性マヒ者等に所得保障制度を新設すること
Aプライバシーを確保できる居住を保障すること
B障害者に関わる政策は当事者の参加を保障すること

四月十六日 厚生省交渉の記録から
所得保障の実現に向けて障害者運動の重要性を板山課長は強調
※板山課長涙ぐむ

厚生省の障害者の生活保障に関する検討委員会 所得保障制度改革への検討結果まとめる
○厚生大臣の諮問機関として障害者の生活保障に関する専門家会議が設置される
 第一章 検討にあたっての基本的考え方
 第二章 現行生活保障に対する障害者の意見
 第三章 現行の生活保障体系とその問題点
 第四章 解決策とその問題点
  @現行の社会保険システムを撤廃、新制度をつくる
  A障害福祉年金・福祉手当を廃止、現行の保険でカバーできない部分を新制度
  B拠出生年金を拠出できない障害者を対象に新たな手当を創設し、20歳前障害者についてはそれに移行。
  C児童を扶養している親から拠出金を集め、本人が20歳以降になったらそれを支給する

 ※その他、制度はこのままで支給額を挙げるという案もある。


◆74(1982/6/1)
 国連の「障害者に関する世界行動計画」草案について
 ○1981/8/3-8/12に開催された国連障害者年諮問委員会で配布
 
「障害者に関する世界行動計画」―草案―
第一章 目的および概念
 〇目的
 3
  人間の尊厳に対する侮辱に加え、障害を負った市民の権利の保護と機会拡大を怠っていることが、各コミュニティや国家に大きな損失をもたらしている。
〇定義
 6
  イペアメント・ディスアビリティ・ハンディキャップの区別の重要性を強調 
7
 ソーシャルサービスの対象者ということは二の次で、権利を持った市民の側面が重要。

〇予防
 〇リハビリテーション

 〇機会均等化
 
第二章 現状
 〇全般的状況
 〇発展途上国における障害
  発展途上国における障害の増加防止の重要性を強調
〇個々の社会集団
 〇障害と新経済秩序
 〇予防
 〇リハビリテーション

◆75 (1982/7/1)
DPI世界評議会の討議を通じて明らかにされた国連の「障害者に関する世界行動計画」草案をめぐる動き
○当事者団体の意見を全く聞かずに薄めるような行動計画案を日本政府が出していたことに対する不信感

「障害者に関する世界行動計画」―草案(2)
 第二章 現状(続き)
  ○機会の平等化
  〇経済ならびに職業の問題
  〇社会的な問題
  〇経済と社会の発展がもたらすもの
 
第三章 障害者に関する世界行動計画遂行のための提案
  〇はじめに
  〇国内レベル
  〇予防
  〇リハビリテーション
  〇機会の平等化
   ・人権
   ・教育
   ・職業
   ・決定過程における障害者の参加
   ・社会保障
   ・地域活動
   ・国際
   ・情報提供と公衆教育
   ・技術経済協力
   ・監視と評価 
   ・世界行動計画に対する協議

☆大森幸守 『完全参加と平等』の第一歩
(1)御殿場での事前教育
  〇1/29-3/21までの「青年の船」の活動に参加し南太平洋諸国を訪問


◆76(1982/8/1)
英国脳性マヒ協会 ランカスター・ゲイ氏 来日
 〇英国脳性マヒ協会 会員
 〇8/23-31日に世界の脳性マヒ者の調査のため来日
 〇ハビンテーク協会の創立者でもある
 〇28日に八王子自立ホームで懇談会の予定

1982年6月22日 ―DPI世界評議会でのオブザーバー発言―
国連の「障害者に対する世界行動計画案に対する意見」
全国所得保障確立協議会 代表 今岡秀蔵 寺田純一
○若い障害者に必要なのは第一に仕事で、公的扶助や年金ではないという主旨の文章が誤解を招くと意 
 見

英語版

DPI世界評議会のメンバーを迎え 国際セミナー 「障害者は今世界で・・・・」
○DPI第2回世界評議会が6/20に東京で開催された
○ベン リンクウェスト氏(スウェーデン) アン・マリット(ノルウェー)氏 フィリップ・ミカエル・フィリポ氏(フィジー) タンボ・カマラ氏 質疑応答を収録

☆大森 幸守 『完全参加と平等』の第一歩―「青年の船」乗って
(2)決定通知を受けてから赤道祭まで

◆77(1982/9/1)
8月4日
 全国所得保障確立連絡会 正木総務審議官と話し合う
 〇これまでの話し合い 1981年 12月18日 1982年3月12日
 〇生活保護には親の扶養義務がついて回る
 〇障害者の生活保障に関する専門家会議に当事者を入れないのは疑問
 ※意見交換会を持ちたいと考えており、けっしてないがしろにしているわけではない。
 ※前向きな意見も岡村次長から出る
 
団結こそ障害者の力
政府と国民大衆を動かそう
7月20日 オーストラリアのジェフヒース氏を囲む会
○1982/6/25-7/13まで八王子自立ホームに滞在(DPI世界会議の関係で来日)
○7/2に囲む会を行った。
○ジェフさんは脊損で車いす使用者
○自立とは孤立する事ではなく自分の能力に合わせて生活し、その責任をとること
○インテグレーションを実現するためには自分のプライベートをさらけ出すことも必要
○一人や二人の障害者がラディカルなことをすることで、前進することもある
○良い事をしているという健全者の職員は時に危険である
○働いているか否かに関わらず、介助や自助具を得られる仕組みを勝ち取るべく活動を続けている

☆大森幸守「完全参加と平等」の第一歩―「青年の船に乗って」―(3)討議会からラバウルをすぎるまで

◆78(1982/10/1)
英国脳性マヒ協会 ランカスター・ゲイ氏との交流から(一)
1982/10/1 霞が関ビルで講演
1982/10/1 八王子自立ホームで入居者らと懇談
 まず、霞が関ビルでの講演を収録
 
霞が関ビルでのランカスター・ゲイ氏の講演 8月25日
 民間団体の存立基盤は
 英国の例を引いてお話しますと、実際にサービスを実行してみて、それがうまくいってからでないと、政府が民間団体の言うことを信用しないという傾向が強くあります(2)。


リハビリテーションは脳性マヒに何をしてきたか?
 特殊学校を造りました。特別雇用が必要だということで職業訓練を実施し、特別な治療が必要だということで多くの診療所や病院を造ってきました。以下同様で、脳性マヒ者というか、障害者には交通に特別な問題があると認識したところから、特殊な自動車を発明しました。長期のケアの問題のために特殊な居住の場を必要としているとの結論を下したわけです。そして時が過ぎてふりかえって見て、私たちが得てきたものは何だったのでしょう(3)。

「かわいそうな障害者」というイメージを一般の人々に植え付ける必要が出てきます(4)。

なぜなら、そういうイメージを創り出すのに大きな役割を果たしているのが、実は我々専門家なのです(4)。

障害者が地域で生きるための基本
―施設から住宅への道―

まず第一に、二〇歳に達した人間がレジデンシャルセンターのような所に入って、その特定の場所で死ぬまで生活すると期待すること自体が、極めて非現実的だということです(6)。

〇英国脳性マヒ協会は、脳性マヒの予防活動は行っているようである。

☆大森幸守「完全参加と平等」の第一歩―「青年の船に乗って」―(4) ラバウルで出会った子供たち

◆79(1982/12/1)
10月22日障害者の生活保障問題専門会議で意見陳述(所得保障確立連絡会)
4/16厚生省交渉、8/4正木審議官との話し合いの経緯を踏まえて、障害者の生活保障問題専門家会議(会長・太宰邦博)で意見陳述(10/22)。

「幼い時からの障害者が自立して生きるための基本的な所得保障を屈辱的生活保護性からはずすことが急務であり、そのための解決策としては、福祉手当を廃止して障害者福祉年金を国民年金の障害年金に一本化するという方法が考えられる」(1)

一九八二年十月二十二日
第5回障害者の生活保障問題専門家会議にむけての意見書
一、私達は、なぜ幼いころからの障害者の所得保障制度の新設を要求してきたか

脳性マヒ者をはじめとする幼い時からの障害者は、その多くが親きょうだいに依存し、扶養され、大人でありながらいつまでも子供のように扱われている。責任ある個人としての自覚を培い独立と自由の何であるかを知る社会的体験の機会もないまま成人し、老化してゆく場合が殆どである。そして親が年老いて手に負えなくなったり、きょうだいが結婚して生活の足手まといなってくると、療護施設や授産といった生活まるがかえの施設に送り込まれるが、現在の措置大家に基づく施設では障害者が主体者とはなり難く、社会体験の範囲も極めて限られている(2)。

二 新しい制度を確立する上で問題とされる書店についての私達の見解
 〇私たちが対象としてほしいのは、幼いころからの重度障害者でその数は15万人もいかない
 〇財源を考えるときには年金が確立しなければかかるであろう諸費用を念頭に入れて欲しい。
 〇障害者本人にある程度収入があった場合に、減額するのは当然。

英国脳性マヒ協会 ランカスター・ゲイ氏との交流から(二)
8月27日 八王子自立ホームにおける歓迎夕食会での質疑応答
今日の昼間私はある施設を見学してきました。寝室にドアがついていないのでどうしてかと聞いたところ、車いすで出入りするのにこの方が便利だとの答が返ってきました。「ドアがない便利さとプライバシーを守ることとどちらが大切なのですか?」と尋ねてみたのですが意味が通じなかったらしく答は聞けませんでした(9)。

☆大森幸守「完全参加と平等」の第一歩―「青年の船に乗って」―(5) オーストラリアでの出来事@

◆80(1983/1/1)
増山潤「所得保障確立と身体障害者福祉法改正にむけて重要な年」
 〇1957年の設立以来、25周年
 〇1982/4以来「障害者の生活保障問題専門家委員会義」厚生大臣の諮問機関として出発

一九八二年 十一月十六日

 幼い時からの障害者の所得保障確立に向けて当面の具体的提案
 宛先:障害者の生活保障に関する専門家会議委員
  全国所得保障確立連絡会
一 国民年金の障害等級を稼得能力を基準としたものに改める
二所得応じた減額方式を導入する
 一方、現在の福祉年金その他における所得制限では、限度額を超えたとたんに給付がゼロになってしまうため、障害者の稼得収入を人為的に抑える傾向が出る等、いくつかの点で弊害が生じています(3)。

 本人の稼得収入の額に応じた段階的減額制度を導入すべきであると考えます。

三 施設経費の本人の一部負担を導入する
四 補装具給付に一割程度の本人負担を導入する
五住宅と介助は現行制度の充実と活用を

「障害者割引制度は「障害保障」と相通ずる考え方の下に取り入れられてきたものと思われますが、これらは障害者を特別扱いする考え方を助長する側面もあり、無視できません(4)

太田修平「日米障害者自立生活セミナー」の実行委員となって
☆大森幸守「完全参加と平等」の第一歩―「青年の船に乗って」―(6) オーストラリアでの出来事A

◆81(1983/2/1)
無記名「英国脳性マヒ協会 ランカスターゲイ氏との交流から(三)」
8月28日東京青い芝の会、八王子自立ホームとの懇談から(1)

〇アメリカの場合はいろいろの場所で姿勢や取り組みが全く違いますが、カリフォルニアなどでは非常に優れた取り組みが行われています(1)。
〇「障害者は、手を使って仕事をしなければならない」という、時代遅れのバカげた考えを打ち破らなければなりません。
〇英国のみならずヨーロッパ全体に、障害者であるとないとに関わらず、職を確保することがますます困難になってゆく今の時代に、社会的に認められるというだけの理由で障害者が優勝雇用を追いも求めることは、それほど重要でなくなってきていると思います。職業につかなくても社会に有効に貢献する道はいろいろあるからです(6)。
〇磯部:企業の要求する生産性をもたない障害者に仕事を強いることは誤りであると、私たちは考えています(6)。

菊池原 武 「"青い芝"新年会の感想」

「1983年 日米障害者自立セミナー」
〇1983年3月のセミナーの案内

☆大森幸守「完全参加と平等」の第一歩 ―「青年の船」にのって(7)オーストラリアでの出来事?


◆82(1983/4/1)
5・18幼い時からの障害者の所得保障確立に向けての所保連緊急行動に結集を!!
 〇1982/5「障害者の生活保障問題専門家会議」がすでに意見聴取を終えている
 〇むしろ幼い時からの障害者のための所得保障が新たな財源を必要俊、財政負担を増すという後ろ向きかつ部分的なものの見方や議論が、まだまだ有効です(1)。
〇5/18の緊急行動に1人でも多くの参加を
1983年3月26日 日米障害者自立生活東京セミナー ジュディ・ヒューマンさんの講演から
〇しかし、今の所は、ほとんどの専門家が、私たちの敵に回ってしまっているのが現実ではないでし
ょうか(2)。
 〇昨日、私は非常にひどい経験をしました。日本の特殊教育の専門家に会いました(4)。
 〇私はもう日本はアメリカとは違うんだという言い訳を聞きたくはありません(5)。
 〇障害をもった女性が、同じ仕事に対しては、同一賃金を得られるようにという運動もやっております(7)。

無記名「英国脳性マヒ協会 ランカスターゲイ氏との交流から(四)」
8月28日東京青い芝の会、八王子自立ホームとの懇談から(2)
 〇フォーカス・アパートでケアにあたる職員は、特別に教育を受けた専門職ではなく、その地域で働く人たちや家庭の主婦です(9)。
 〇「残念ながら(施設は)必要である」と申し上げる他ありません。何故かと言うと、障害者がいくつかの生活形態の中から、どれか選択できるような道を開いておくことが重要だからです(10)。

◆83(1983/5/1)
若林克彦「生活保護における扶養義務の取り扱いをめぐる諸問題」
 〇生活保護の扶養義務をめぐる諸問題の指摘

☆大森幸守「完全参加と平等」の第一歩 ―「青年の船」にのって(8)オーストラリアでの出来事C

寺田純一「生活保護法の扶養義務の取り扱いに対する八王子福祉事務所の対応」
〇→狛江の都営住宅から八王子自立ホームに入居、生活保護を申請。
〇「私については七十一歳で細々暮らしている母に、妻の場合には弟に照準が当てられている。同じ自立ホームの入居者でも、扶養照会が行われなかった例もある。
〇生活保護法における扶養義務関係の優先は、私たちが幼い時からの障害者の所得保障制度確立の要求に立ち上がらなければならなかった最大の要因のひとつである。

「日米障害者自立生活セミナー 共同声明 1983年3月27日」

◆84(1983/6/1)
東京青い芝の会と自立ホーム入居者会議
「都はケア付き住宅の理念を無視するのか?6月3日自立ホーム入居者選考をめぐり都庁交渉」

〇昭和49年9月19日の東京青い芝の会の交渉の中で当時の貫洞心身障害福祉部長(現副知事)が語っ
た、次の言葉の中に端的に示されていた。

「施設には国の基準をはじめとしてさまざまな制約が加えられており、改革運動も困難な面が多い。そこで制度のないところに新しいものを作り、障害者の要求にこたえてゆくと同時に、既存のものにも影響を与えてゆこうというのがケア付き住宅の構想である。」

〇「単なる住宅という位置づけしか持たない中途障害者を送り込んできたことから、自主的集団活動を盛り上げようとして模索を続けている入居者会議の人達やそれを支えている職員たちの士気にも悪影響を及ぼし、その怒りをかっている。

「東京八王子自立ホーム第三次入居選考についての要望書」
「東京青い芝の会」増山潤 「東京都八王子自立ホーム入居者会議 大信正良→鈴木良一
@自立ホームの募集をいったん白紙に戻す
A一週間程度の体験入所を行い、ホームの社会的任務について周知する
?現在の設備についても改善が必要

◆85(1983/7/1)
 「所保連の組織強化と5・18緊急行動」
「去る5月18日、100名を超える仲間を厚生省に結集し、事務当局との交渉を中心とする緊急大衆行動を展開した。」
「その答申がでた段階でその実現に向けての姿勢を確認する意味で、林厚生大臣の会見の機会をつくることを約束した。」

★「1983年5月18日 幼い時からの障害者の所得保障確立に関する緊急要望書」
所保連 白石清春→林義郎
☆全国所得保障確立連絡会 1983 「幼い時からの障害者の所得保障確立に関する緊急要望書」(1983年5月18日,代表白石清春→厚生大臣林義郎)→『とうきょう青い芝』85(1983/7/1)

「所得保障が、今まで親きょうだいに依存してきた多くの仲間たちが、地域社会の一員としての権利と責任の自覚に目覚め完全参加と平等の第一歩を踏み出す為の基本的条件であることを訴えてきました。」

一、20歳を超えたら親兄弟の所得に関わりなく現行の生活保護+諸手当水準の年金を出すこと
二、それがすぐに難しい場合には拠出年金に統合すること
三、@年金の障害等級は稼得能力の喪失を考慮した基準とすること
  A本人の所得に応じた減額をする。ただし、家族は範囲外とする
  B施設経費の本人一部負担を導入する
  C補装具の給付の幅を拡大し、本院負担を導入する
  D住宅と介助については現行の諸制度を改善すること

「5・18 緊急行動 厚生省交渉の記録」
「財政事情が極めて悪いという意味ではタイミングは良くない。しかし、8本に分かれている年金を統合し、基礎年金という考え方を取っていくというのが天の声になっているという意味では、極めてタイミングの良い時期だ。」

日米障害者自立セミナー所得保障分科会(神奈川、大阪)から
ローラ・ラウシャーさんの講演

「施設に収容されている限り、雇用されて納税者になる、つまり社会から何かを取っていくのではなく社会に貢献していくというような人間には、おそらくならないでしょうから。「自立生活を支えることは社会の得になるのか?」という問いに対する答はここにあると思います。

◆86(1983/9/1)
「障害者の生活保障専門家会議報告書の意義と所得保障確立運動の課題」
1983/7/28 障害者の生活保障専門家会議が報告書を提出
 ◎拠出年金と福祉年金の給付格差の解消
 ◎福祉手当を現行の倍へ
 ◎本人に所得がある場合調整する
 
「障害者生活保障問題専門家会議報告書58・7・28」
  障がいの発生は予測することができない者であり、また何人も自己またはその家族が障害者となる可能性を有していることを考慮すると、障害者対策は社会にとって必然の課題といえる。

★「専門家会議報告書に基づく幼い時からの障害者の所得保障確立を求める要望書」
全国所得保障確立連絡会 白石清春→林義郎

私たちは、こうした仲間たちが独立した個人として社会に貢献する権利と責任の自覚に目覚め、完全参加と平等への第一歩を踏み出す為には、親兄弟の私的扶養によらずに独立して生きられる所得保障の確立が不可欠であること、長年にわたって訴え続けてきました。

(応分の負担導入の議論は)
障害者の自立の本質とそれを支える所得保障のあり方をめぐる私たちの提起を的確に受け止めたもの
であり・・・

「情勢は厳しいが不退転の決意で制度化に取り組む」
 厚生省 小林総務審議官が力説
所保連代表、専門家会議報告書に基づく所得保障制度の実現を訴え
「自ら費用を負担することにより利用の主体者になる点は極めて重要で補装具も一割くらい負担することで頼より物をつくって行こうとする経緯が生まれる。」

◆87(1983/10/1)
「身体障害者福祉基本問題検討委員会報告書をめぐって」
1983年8月24日 昨年12月以来の検討結果を発表
 〇等級に関して適切に提言していて、これは「脳性マヒ者等全身性障害者問題研究会」での私たちの意見を正確に反映している点で評価できる。
 〇身体障害者福祉ホームも重要
 〇療護施設の費用徴収に扶養義務者を入れたのは許せない。

「身体障害者福祉基本問題検討委員会報告書」(58・8・24)

「身体障害者福祉法、老人福祉法、児童福祉法の成り立ちと仕組みの違い」
 板山賢治さんが郡山市でうつみねの会などと行った勉強会の記録

◆88(1983/11/1)
〇所保連:9/27 小林総務審議官と話し合い
    10/26 林義郎厚生大臣と面会
    運動側:7/28の障害者の生活保障問題専門家会議報告書に盛り込まれた提言内容の実施を要請
    大臣:通常国会の法案提出期限までに間に合うように法案を提出することを決意

一、代表団5名による林厚生大臣との交渉

磯部「昭和36年に国民年金法ができた当初から22年間年金問題を厚生省に訴え続け
てきた。若い時はかなり激しく物事をやってきた経過もあるが、国際障障害者年を契機
として、行政と共に物事をつくり上げるという観点にようやく到達した。」

二、年金局古賀審議官と交渉
三、総括集会での支援あいさつ

加藤久弥「四方八方ふさがり」
 久留米園で入所者の生活環境が悪い、居室が劣悪という問題がある


※宮本和子さん逝去


◆89(1983/12/1)
 「基礎年金創設で幼い時からの障害者を包括―厚生省が諮問案を関係審議会に提出」
  ・厚生省が諮問案を国民年金市議会と社会保険審議会に1983・11・28提出
・二級の場合が二万円で、一級の場合は(六万二千五百円)
・所得制限は本人のみとする:この点を高く評価
・掛け金をかけない人に年金を出せないという論理を変えようとしている点も評価


「所保連代表 竹下大蔵大臣と会見
・1983年11月2日竹下登大蔵大臣と会見
・前島英三郎の尽力で実現

「私たちは、ただ年金を上げろと要求してきたのではなく、サービスを自分で選んで自
ら支払うことが人間の独立、責任ある生活にとって重要と考えるからである。とくに
幼い時からの障害者は親兄弟の保護の下に自分の財布を握るということのないまま人生
を送ることが多かった。その意味で独立のための所得保障と費用負担とは表裏一体をなすものである」(2)

所保連交渉をふまえた所得保障に関する国会質疑―11月25日参議院行政改革に関する特別委員会議事録から

・1983年11月23日 前島英三郎議員が林義郎に所得保障についての質疑

★1983年11月12日 全国所得保障確立連絡会 白石清春⇒大蔵大臣竹下登
「幼い時からの障碍者の所得保障確立を求める要望書」

@幼い時からの障害者が、親兄弟の私的扶養から独立することは社会にとってもプラス
A年金改革の方向性は社会保険の原理を決して崩すものではなくむしろこれを発展させている
B所得保障が実現した際には費用負担の一部導入を積極的に認める
C所得保障の確立が地域生活を可能にする

◆90(1984/1/1)
増山潤 「制度改革への決定的な年を迎えて」
・1983年8月に身体障碍者福祉法改正のための報告書が出る
「私たちはこの重要な時期にあたって「更生」や「社会経済活動への参与」を基本としている身体障碍者福祉法の目的を、「完全参加と平等」を体現し、かつ一般国民にわかりやすいものに改めてゆく運動を緊急に盛り上げてゆかなければなりません」(1)

1983年12月10・11日 国際障害者年長期行動計画推進全国会議(国民会議83)から―所得保障が中心課題に

◎生活保障分科会の討議から
 身障施設でも扶養親族を含めた費用徴収を統べ来たとの見解を厚生省は明らかにしている(4)

「補償すべきは保証し、サービスは買う」という障害者団体側の立場は基本的に正しいし、そのことが厚生省を動かしてきた事は事実だ。しかしこの程度の引き上げで費用徴収をされたのでは、あぶはち取らずになるおそれがある。」

「青い芝の会の全国大会に出席(1983年11月4-6日)
―東京代表、所得保障の重要性を強調―
◎八王子の自立ホームについて当初の確認や理念を無視した対応が目立っていたため交渉を数回行った。
◎日米障害者自立生活セミナーに於いては、東京青い芝の会は東京セミナーの実行委員団体の一つとして積極的な役割を担い、アメリカの障碍者の自立生活運動と私たちが昭和32年度以来取り組んできた脳性マヒ者の自立運動との共通点と相違点を確認した(6)。

◆91(1984/2/1)
身体障害者福祉法の改正に向けて方目的を含め抜本改正を要求
―四団体で交渉―

八王子自立ホームの入居者等関係4団体が、身体障碍者福祉法の目的等の改正を求めて、池堂更生課長と交渉(2月6日)。

@更生や社会経済活動への参与という表記を改め、完全参加と平等の精神を的確にあらわすこと

A脳性マヒ者等の全身性障害者の位置づけを明確にすること

B障害等級に社会的な不利益を反映させよ

1984年2月6日
「身体障害者福祉法改正等に関する要望書」
厚生大臣 渡部恒三 

日本脳性マヒ協会東京青い芝の会 会長 増山潤
脳性マヒ者が地域で生きる会 会長 白石清春
うつみねの会 代表 橋本広芳
東京八王子自立ホーム入居者会議 代表 大信正良

★四団体は全国障害者自立生活確立連絡会を組織
一 法の目的
二 全身性障害者の法的位置づけ
 法の中に全身性障害者を位置づけることは部分的な手直しですまず、難しい
三 所得保障の一環としての重度障害者手当
「介護に頼れば金が出て、自分でやろうとして物を壊せば金が出ないというのであれば、障害者は自立しなくなる」
四.福祉ホーム
五 補装具の選択権の拡大と一部自己負担の導入について
六 施設における費用負担

資料 身体障害者福祉審議会 答申

◆92(1984/3/1)
「八王子自立ホームの歴史的経緯と今後の運営のあり方をめぐり三団体と兼平局長が確認書を交換」(2月15日)

「自立ホームは障害者団体の運動から出発したケア付き住宅構想に基づいて具体化された。当時の貫洞部長が「施設には国の基準をはじめ、様々な制約が加えられ、改革運動も困難な面が多い。そこで制度のないところに新しいものを作り、障害者の要求に応えると同時に、既存のものにも影響を与えていくというのがケア付き住宅の構想である」

八王子自立ホーム運営の諸原則に関する確認書
・対象が全身性障害者であることを再確認
・設備等の諸問題の改善

「DPIを創る日本委員会」⇒「DPI日本会議開催準備世話人会」
※東京青い芝の会からは寺田が参加
1981年8月9日 東京都新宿勤労福祉会館で「DPIを創る日本委員会」を旗揚げ
(呼びかけによる個人参加)

1983年1月30日 「DPI日本会議準備会世話人会」

◆93(1984/4/1)
身体障害者福祉法改正をめぐる運動
その後の経過(1)
1984年3月22日 社会保障制度審議会の大河内一男と非公式会見
更生はいかにもピントがずれており、改善する必要がある
※厚生省の池堂さんは、構成の意味は時代によって変わるから言葉を変える必要はないと考えている。

身体障害者福祉法に関する緊急要望書
1984年2月20日

厚生大臣 渡部恒三

全国障害者自立生活確立連絡会

「昭和50年3月20日に加藤紘一議員が国会で取り上げ、当時の翁社会局長が何とかすると約束したが、そのままになっている。どうしてくれるのか。」

※1967年の改正の時も脳性マヒの位置づけについて運動


身体障害者福祉法改正案


◆94(1984/5/1)
障害基礎年金は年金改革の最大の目玉・・・・何としても今国会で成立を
―4・18所保連の交渉で渡部厚生大臣が決意を表明―
〇所得保障確立連絡会が1984/4/18に厚生省に集結、渡部大臣と交渉
 所保連の今岡事務局長
「医者は体だけを見て判定をする。特に中途障害者の場合、一級の認定を受けていても企業で働いてい
る者もいる。これに対して脳性マヒ者は部分的に判定すれば大して重くないように見えても、幼い時からの生涯で社会経験の機械も乏しく、手も使えず言葉もうまく伝わらないため企業では役に立たない。厚生省の中でも議論されながら結論が出されていない」この基準が改まらないと、基礎年金が出来ても必要なところに出ないのではないかと懸念している」(2)

★1984年4月18日
障害者の完全参加と平等をめざす障害基礎年金制度の実現を求める要望書
→ 厚生大臣 渡部恒三 所保連 白石清春 p.3
全国所得保障確立連絡会 1984 「障害者の完全参加と平等をめざす障害基礎年金制度の実現を求める要望書」(1984年4月18日,代表白石清春→厚生大臣渡部恒三)→『とうきょう青い芝』94

「私達は、この改革案の実現に向けて、次の四つの観点を強く訴えてきました。
1.幼い時からの全身性障害者が、親きょうだいの私的扶養から独立することは、障害者自身だけでなく、家族にとっても社会への積極的な貢献を可能にするものであり、社会全体にとって利益をもたらす。
2.所得保障を確立することによって、障害者が生まれ育った地域で生きられるようになる。
3.幼い時からの全身性障害者の大多数が各種年金加入者の家族であり、その家族が、私的扶養を担ってきたことを踏まえるならば、社会連帯の思想に基づく今回の改革案は、社会保険原理を普遍的に発展させるものである。
4.私達は、所得保障に基づいた費用負担を強調してきたが、これは、自ら支払うことによって各種サービスを獲得することが、人間の責任と自覚、独立にとって重要だからである。」(p.3)

@基礎年金の実現は幼いころからの障害者の利益とともに社会の利益である。
A所得保障により生まれた地域で生活できる
B私的な扶養ではなく社会連帯として支えるのは保険原理の普遍化である
C基礎年金が確立したらサービス費用負担をしてよい

同時に
@稼得能力に重点を置いた判定にしてほしい
A特別障害者手当には慎重な考慮が必要

1984年3月22日
身体障害者福祉法改正における諸施策に関する要望書
@身体障害者の範囲に脳性マヒ者を明確に位置付けて欲しい
A身体障害者福祉ホームの規定を自立生活の拠点としてほしい
?費用徴収から扶養義務者は外してね

◆95(1984/7/1)
脳性マヒ者等幼い時からの障害者の評価、認定をめぐる、所保連が年金局と話し合い
・1984/5/29 山口新一郎 年金課長と脳性マヒ者の評価をめぐって話し合い
1984/5/9 脳性マヒ等幼い時からの全身性障害者の評価・認定に関する要望書
所保連 白石清春→厚生省年金局長 山口新一郎

身体障害者福祉法改正案の国会審議(T)
―四月二四日参議院社会労働委員会での質疑から―
 ※政府側は消極的な答弁に終始

◆96(1984/9/1)
「障害基礎年金の成否、次期通常国会に」
 これに対して要求主体の側では、推進協、日身連、全社協の三者で構成する「国障害者年推進会議」が十月十六日に関係国会議員への要請行動を予定している(1)。

「DPI日本会議結成に向けてのアピール」
  ・1981年11月から12月にかけてシンガポールで第一回世界会議
 「国内組織を目指しDPI日本会議準備会が発足」
 ・第一回 DPI日本会議を、十月七日に東京新宿のセブンシティで開催する
 ・三役は、運営委員長 八代英太(全国脊損連合) 笹田三郎(盲人福祉研究会)、宮尾修(障害連)

身体障害者福祉法改正の国会審議(U)
―八月一日衆議院社会労働委員会の質疑から―

1984年8月1日
衆議院社会労働委員会

身体障害者福祉法の一部を改正する法律案に対する付帯決議
一、施策相互の連携
二、更生の理念を見直し
三、費用徴収の時の配慮
四、リハビリテーションの一貫した体制の整備

◆97(1984/10/1)
 私たちの長年の訴え、新身障法の基本通知と障害等級の改善で反映
  ―九月七日自立連の厚生省交渉で明らかに―

「更生」の削除は今回の改正では実現せず、国際障害者年長期行動計画の実施と見直しの過程で、他の関連諸制度と合わせて再改正に持ち込めるか否かが今後にむけての課題となった(1)。

1984年 9月7日

新身障法施行に関する要望書
自立連 白石清春→渡辺恒造
・更生の削除がかなわなかった今、効果的な通知の運用をしてほしい。
・これからも見直しに向けて頑張ってほしい。

自立連の見解 1984年9月7日
自立連 大森幸守

四 自立
 「自立」と言えば「自立更生」の自立に標準を当ててしまうのではないだろうか。

「自立」でなく「独立」という言葉を用いれば、「一人で立つ」ということで、親元から離れることもそれであるし、意味的に幅をもち、能動的なものとしてイメージされる(4)。

身体障害者福祉法の一部を改正する法律の施行について
政令第 228号
脳性マヒ者の等級基準改正に関して 社会更生局通知

◆98(1984/11/1)
自己変革こそ社会変革の力―「有害」「公害」につながる障害者の「害」を「碍」に―
・千葉県館山で1984/10/13から三日間研修合宿を開いた。
・「害」の字を「害」とする決議がなされた。

自立連総会基調報告
一 幼い時からの障碍者はこれまでどのような状況に置かれてきたか
二 独立と自由を求める幼い時からの障碍者運動
  自立連スローガン
三 国際障害者年と幼い時からの全身性障碍者の結集
四 今なぜ自立連を結成するのか

自立連運動方針(1984/10/13)
全国障碍者自立生活確立連絡会規約

第1回DPI日本会議アピール(1984/10/7)

◆99(1984/12/1)
 第一回DPIアジア太平洋ブロック会議報告特集T
 1984/11/4-8まで、オーストラリアのアデレードで、430人参加。
 東京青い芝の会からは寺田純一が参加。障害連から宮尾修も参加。
1984/11/8 アデレード ステートメント
 DPI アジア太平洋ブロック会議 11月5-6日 分科会からの提言

◆100(1985/1/1)
障害基礎年金の審議、参議院段階に
―自立連の仲間連日国会へ―
101国会に提出されていた障害基礎年金の継続審議
12/6の社会労働委員会には多数の電動車いすの障害者が出席
12/14・15には国際障害者年日本推進協議会でアピール
12/19に法案は衆議院可決したものの参議院はまだ。1986/4実施を目指してさらに奮起する必要あり

第一回 DPI アジア・太平洋ブロック会議報告特集U
一力亡き者が力を生み出すために われわれはなにをなしうるか
ナロング パティバサラキッチ(タイ)
二日本のDPIの組織化はどのように進められてきたか 
宮尾修(日本)
三障害者はどこにいるか また何故社会の底辺に置かれているのか
ジョシュア タンガライ(インド)

◆102(1985/3/1)

◆103(1990/7/10)

◆104(1991/12/9)

◆105(1992/5/1)

◆106(1993/10/1)

◆107(1994/3/1)

 ……

◆117(2007/3/1) …この号で終わり?


UP: 20190110 REV:20190404, 0704, 12
東京青い芝の会  ◇生を辿り途を探す――身体×社会アーカイブの構築  ◇病者障害者運動史研究 
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