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全国「精神病」者集団ニュース 1999.2


last update:20101204


全国『精神病』者集団ニュース 1999年2月

   ごあいさつ
 ニュース発行が遅れましたが、今年最初のニュースとなりました。皆さまいかがお過ごしでしょうか?悪性のインフルエンザがはやっています。皆さまお気をつけ下さいませ。
 三重県の私立精神病院多度病院で、入院患者19名が死亡していた事実が明らかにされました。インフルエンザの院内感染の可能性が高いとして県が立入検査をしました。
 今のところ一部の病室で定員以上の過剰収容があったこと、常勤医師数が医療法に違反して1名不足していたことなど明らかになっていますが、一人一人の患者に対する、医療保障、看護体制の不備があったのではないかと疑われます。
 この国の精神病院の多くが医療の場ではなく収容所でしかないことは皆さんもご承知のことと思いますが、痛ましい事件が相次ぎ、私たちは一体何をしているのかと、暗たんたる思いに駆られます。
 今年も全国「精神病」者集団は、殺させない、生き延びる、生存権の主張を軸とし、一人一人の会員の命を見つめる闘いを続けていきたいと思います。一人一人の会員あっての全国「精神病」者集団です。会員を主人公として今後も活動を続けていきたいと思います。
 現在全国「精神病」者集団は、事務局員の多くが倒れており、事務局員不在の例会が続いております。会員の皆さまで事務局員となって下さる方を募集いたします。ただし事務局員は義務のみあり、権利は一切ありません。会議への交通費や活動費は一切自弁ですので、経済的な確保がないと事務局員の活動は困難と思います。肉体的にもかなりハードな任務があることも付け加えさせていただきます。それでも事務局員となっていただける方はぜひ全国「精神病」者集団の連絡先の私書箱までご応募下さい。例会に参加なさり例会で確認され、正式に事務局員と認められます。
 年末カンパに皆さまご協力いただきありがとうございました、年末カンパは総計23万4千百円となりました。乏しい財布からカンパしていただいた多くの「精神病」者仲間、そして健常者の皆さまに心より感謝いたします。
 今号もたくさんのご投稿をいただきました。投稿して下さる方が偏っているようですので、新しい方のご投稿を心よりお待ちしております。葉書一枚のご投稿でかまいませんからどうぞよろしくお願いいたします。
★お手紙、各地のニュース、住所変更、ニュース申し込みはすべて
〒923ー8691 石川県小松郵便局 私書箱28号 絆社ニュース発行
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 北から 南から 東から 西から
病の罪(発作)と、つかの間の安楽
 孤独と悲しみでもって、世の中をさまよい続ける患者一人ーー。
 夜のトバリが明け切らぬ路地を、安っぽい真実とがらくたのような、くたびれた意志をぶら下げ、フラフラとさまよい続ける患者一人。
 時には、それでも友愛の美酒に酔い、乙女達の観音の笑みに陶酔はするがーー。彼の本質的な孤独の悲しみの旅は終わることがない。多くの分裂病患者と同じように、自殺一歩手前まで虚ろに暗闇の中を行ったり来たり。唯、それに終始するのみ。
 悲しみを悲しむことを放棄した分、心の安らぎを手にすることは決してないように見える。
 やがてこの夜のトバリが明け始めるとき、彼は彼の苦悩を自ら見事に忘れ切って、ピーカンの空、ピーカンの心で日を迎える。彼には全く反省がない。というより、悩む能力自体に欠けているように見える。
 だから再び、夜の暗闇がせまれば、彼の実在とは全く無関係に、深い孤独と悲しみが、彼の存在の外から彼を打ちのめすため、再び彼を襲撃し、彼は彼の存在の外から、彼を彼の罪の地獄へと放投するーー。
 彼の病によって、彼の人生がそうであったように、勝ちどきの死を、死ぬほどの忍耐と努力で手に入れるまさにその直前に、彼はつかの間の安楽に身をゆだねてしまった。まさにその罪によって、彼の人生において、彼の心が平安に満たされることは決してなくなったからだ。
 それで今年も未来も、死ぬまでその罪にもとづく苦悩、悲しみは消え去ることは決してないーー。
 コダマ
 愛知 N
 夜間の苦しいひとりぼっちの孤立による切迫した焦燥感については、今までたびたび先生に訴えてきました。
  今日、親しくしている友と電話で話をしたとき、僕は彼に言いました。「こうやって話をしているときは、気持ちがまぎれるが、電話を切ったその瞬間から、また一人のさみしさ(?)に打ちひしがれる・・・・・」と。
 すると友は言いました。「それが病気なのだ」とーー。
 そう、それはさみしいといった、人間的で可愛い良好な心情などではなく、精神的に誰かに(甘えて)頼っていないと生きていけない、そうした精神的に大人になれていない。情けない私の姿なのです。先ほどの友は「それが病気だ」と言ったし、他の別の友は、そうした心情を「精神的自立ができていないのだ」と言いました。
 精神病といいます。そうイデーの病。思春期の大切な時期に、深刻なジレンマーーイデーーーが格闘によって衰弱していき、思索知(イデー)が構築できない脳になったようです。それは言い訳になるけれど、健常な人から精神的に自立できないと言われるゆえんです。
が、しかしこれは、一般的に人が大人になれていないという意味で非難されるのなら心外です。それは原因が病からなのですから。すなわち脳の病によって、精神的な自立が阻害(障害)されたとも言えます。
 そこで精神の病とは何だったのか書いてみたいと思います。先ほども書いたのですが、思春期の深刻なジレンマによって精神の統合の意思が崩壊したのです。少し下書きのテキストを飛ばして文章を続けてみます。そうした病による自分の精神生活での負の面、それを知ると救いのない暗澹たる気持ちになってしまいます。若い頃の一時期のイデーのジレンマによる統一の意思の破綻が、今現在、障害といわれるものの形によって、患者が苦しめられる続けるのですね。
 自分の精神史を見てみると、統一の意思の破綻が何かのきっかけで克服、再生できることはあり得ないことのように思われます。すなわち同じパターン(再燃)を繰り返すのみに見えます。それは私のあの若い頃の発病に至る経験を変えることができないのと同じにーー。
すなわちSPritualな体験を新たにしたところで、再燃を繰り返すに留まる。それは経験が病で、病の経験は治っていないからーー。すると、救いなしに未来も今も苦しみ続けるのですね!冒頭に書いた、精神的自立のないことによる苦しみと切迫した焦燥感に(医療はそれを治せないのだから)苦しみ、決して救われることはないのですね!
 苦しくて 苦しくて
 救いを求め さけんでも
 唯 虚ろに 言葉にならない言葉が 壁に
 コダマするのみーー。
 発病してから
 今も! 未来も!
 P。S。この苦しみをコダマとモニターできる余裕さえもその時には実はないのだ。この発作は薬物によって緩和する場合もある。
精神障害者・家族合同研修会(宮崎県精神保健福祉センター主催)における発表
 宮崎 E
 初めまして、私は精神障害者当事者でEといいます。
私は現在市内の病院に通院しています。月に一度一週間分薬をもらって調子の悪いときに努めて飲むようにしていますが、そんな状態です。障害年金と一,二ヶ月程度のアルバイトをして暮らしています。今年四二歳になりましたが、結婚歴はなく、現在県営住宅に一人で暮らしています。
 本日は精神障害者当事者の立場からお話しするようにとのお招きを受けまして出かけて参りました。
 このように大勢の皆さんお前でお話しするのは初めての経験ですので大変緊張しておりますがお聞き苦しい点につきましては始めにご理解下さるようお願いします。
 まず始めにお断りしておかなければならないのですが、一口にこころの病、精神障害ともうしましても千差万別、百人いれば百人百様の障害のありよう、病のあり方がありまして、それは全く一般の社会と同じことで、要は、その違いを精神障害と十把ひとからげにしてくくるのではなく、その違いを認めることや喜べることにあるのではないかと思います。
 これからお話しさせていただくことは、あくまで自分がこれまで生きてきた「病」との二五年にわたる付き合いの中で感じたり、また現在考え、また将来どのような方向に進んで行って欲しいかなどをお話しできればと思います。
 多少まとまりのない話になるかもしれませんが、できれば最後までお付き合い下さい。
 それで二五年にわたる病との付き合いともうしましたが、その発端となる私の最初の入院は高校在学中の一七歳の頃まで遡ります。
 一七歳の誕生日を迎えてすぐ、当時交わっていたあるグループの人たちに誕生日を祝ってもらって間もなくのこと、そしてその後の記憶はいまだにはっきりしてないのですが、ある朝目覚めると畳一二畳ほどの部屋に寝かされている自分に気がつきました。
 頭はボーッとしていてとなりに誰か知らない人たちが寝ている、寝ているとはいっても朝の七時くらいで、やがて朝食の準備が始まり、一斉に布団が上げられ、部屋に配膳の道具が次々と運び込まれてきて、それは丁度、昔の小学校の給食の時間のような気がして、一瞬修学旅行にでも来ているのかと思ったことを思い出します。
 それと、そんな光景が毎日三度三度繰り返される中、ある日部屋で休んでいると看護婦さんだったか看護士さんだったか忘れましたが、職員の人が呼びに来て、その人に付き添われて詰め所まで歩いていきました。
 するとそこには白衣の人に混じって小柄な身なりの整った年輩の男の人が座って待っていました。
 確かにその人の顔には見覚えがあるのだけれどすぐには思い出させない。名前も思い出せない、懐かしい記憶のようなものがどこかうっすらと漂ってくるのだけれど、その人の多少緊張気味の強ばった表情からすると親しく声をかけるのをためらわせるものがある。
 懸命にその人が一体誰だったのか記憶の糸をたどっている内に詰め所の人に丁重にお辞儀をするとやがてその人は帰ってゆかれました。
 別れ際に「元気にしているか?」と聞かれたような気もしますが、その人が帰ってゆかれてから五、六分してからでしょうか? 突然電光の閃きのようにその人が誰だったかをはっきりと思い出しました。
 それはまぎれもなく私の父でした。
 父が帰っていったあと、またそれが父であることを思いだしたあと、会いたさが募ると同時に、ここがどこであるかも次第に分かってきました。
 それがその後の私の病をめぐる、私と父との旅の始まりだったように思います。
 どんなに長い旅にもやがていつか終わりがあるように、私と父の突然の死によって終わりを迎えました。
 それは昨年の暮れ、年も押し詰まったクリスマス前日の突然のことでした。
 亡くなる数時間前まで、親しい友人の方と元気に話していたそうであまりに思いがけないことで未だに実感はありません。
 とは申せ、師走の忙しい時期にも関わらずたくさんの方が弔問に来られ、翌日が通夜、そして翌々日が葬式と「コト」が立て続けに進んでいきました。
 私はといえば毎日宮崎から実家のある日南に帰りましたが、そこで泊まるということはせず、その日の内に宮崎に帰り、いつもと同じように一人で過ごしました。
 毎日日南海岸を通って実家へ帰り、誰と話すでもなく終日過ごし、夜にはまた宮崎に帰る、その翌日も葬儀の場から少し離れた所で閉じ籠っていました。
 葬式の当日も、出棺の時になって初めて最後に安らかな寝顔、死に顔を垣間見ただけで火葬には立ち合うことはせず、そのまま宮崎に帰りました。
 その後、暮れから正月にかけて何するともなく時間だけが過ぎ、テレビを見たり、ゲームをしたりして過ごしました。そんな中私は急にある映画をむしょうに見たくなりました。それは二〇年以上も前、やはり一人で生活を余儀なくされていた頃、東京の郊外の映画館で見た「砂の器」という映画でした。
 大変有名な映画ですので、皆さんの中にも御覧になった方は大勢いらっしゃると思います。
 残念ながら見る機会がなかったとおっしゃる方のために簡単に粗筋だけご紹介しますと。
 東京の蒲田駅近くの操車場である殺人事件が起こります。被害者は地方から突然上京してきた、中国地方の元巡査で関係者の話だと、大変に人の面倒見もよく、ましてや人の恨みを買うような人物では決してない。また第一なぜ突然上京するようなことになったのか、その理由が分からない。
 ただ殺される数時間前に飲み屋で犯人とおぼしき謎の人物と熱心に話し込んでいる様子が目撃されているというのが、唯一の手がかりで、その話し相手の謎の人物を求めて、二人の刑事が捜査を開始する、そんな内容の映画です。
 原作は、松本清張氏の手になるもので彼の他の作品と同様、市井に生きる人たちが懸命に生きようとしながら、その必死さゆえに否応なく犯罪へと関わって行く姿を描いたものです。
 映画では捜査を進める刑事たちの前にある意外な人物が浮かび上がってきます。
 その捜査線上に浮かんだのは、今や海外でも高い評価を受け、現代の日本で最も活躍を期待されている若手新進作曲家、兼指揮者の姿でした。
 その一見、住む世界の違う、何の関係もないような元巡査と音楽家の「点と線」をつなぐことに二人の刑事は文字通り日本各地を東奔西走するわけですが、その二人の軌跡が交わる場面は映画も後半になって、若手作曲家がその人生で精魂を傾けた大作、その作品を自ら演奏して披露するその発表会の場面にだぶらせて明らかにされてゆきます。
 その音楽家の手になるテーマ曲に載せて語られるのは、若手音楽家の出自の秘密であるとともに、一組の親子の行く宛のない、さりとて帰る場もない、巡礼の旅の様子でした。
 ある時は苛酷な、ある時は目を見張るほど美しい日本の四季折々の風景をバックに続けられる親子二人三脚の旅にはある理由がありました。
 現在の音楽家、戦争開始、間もない頃かつて少年だった、その作曲家と被害者の元巡査との接点もそこにありました。
 誰一人頼る者もない、神仏の加護のみを願って続けられる親子の旅の姿は見る者の心を打ちます。
 後に、捜査にあたった刑事の一人がその旅を巡る二人の思いについて語った言葉がすべてを物語っています。
 「この親子が、どのような旅を続けていたのかは私はただ想像するだけで、それは二人にしか分かりません・・・」。しかし、食べる者にも事欠き、寝る場所も定まらない旅だったにしろ、この親子二は、お互いがかけがえのない旅だったことに違いはありません。
 演奏会での回想シーンに合わせて、捜査会議の模様も同時進行で描かれるのですが、その会議の席上、担当の刑事の口からその親子がなにゆえ、故郷を捨ておよそ世間に関わるいっさいのものを置いて「旅」に出なければならなかったかが、明らかにされてゆきます。
 その理由とは、少年の父にまつわる当時としては不治の病とされたハンセン病にありました。
 今でこそハンセン病は、治療法も確立され一般的な感染の危険も否定されており、また長年ハンセン病の人たちを苦しめてきた「らい予防法」もつい最近になって廃止されました。
 その世間から忌み嫌われ、かろうじて神社の床下に身をひそめる様子を、子供たちの通報によって発見したのが、被害者の元巡査でした。
 その人徳の篤い巡査は、当時の常識だった村から二人を追い立てるということはせず、駐在所に連れ帰り、全くの同情心から、二人の面倒を見ようとします。
 しかしやはり一地方の官吏でしかない彼のできることには限界がありました。
 県の衛生部に仰いだ指示は、病の父親をしかるべき施設に入所させ、療養に専念させるように・・・・・・とのものでした。
 それは、すなわちこの親子の旅の終焉を意味し、少年にはまだ理解できなかったにしろ、二人の半永久的な別離をも意味していました。
 当然父親は拒否しました。しかし人情深い、また威厳を備えた巡査から諄々とした諭し、子供の将来のこと、ハンセン病の父親を持つ子供に待ち受けているであろう苦難を引き合いに出されるに及んで、ついに説得に応じました。
 ここには、ハンセン病を患う苦しみとともに、それ以上にハンセン病を患うということが、この国の中でどのようなことを意味するのかが、まさに人間的に非の打ち所のない、地方の一巡査の口によって明らかにされています。
 ハンセン病を患ったがゆえに、故郷やそれに関わるいっさいを捨て去らねばならなかったこと、さらにはこの世で唯一の「絆」と呼べる関係が引き裂かれなければならなかったこと、この映画は最後に「もうこの父親のような患者はどこにもいない」と付け加えるのを忘れていませんが。
 つい先日、七月末に熊本と鹿児島の国立療養所に現在も入所しておられるハンセン病の患者さん方が、長年にわたる国のハンセン病に対する政策が憲法に定める人権侵害にあたるとして国家賠償を求める訴訟を起こされました。
 映画の中で人望も篤い、非の打ち所のない、真面目な元巡査として描かれている、多くは善意の人たちのすすめに応じて、ハンセン病の人たちは施設での長年にわたる生活を余儀なくされてきました。
 ここにハンセン病の人たちに限らず、日本の精神障害者を含めてすべての障害者にも当てはまる大きな落とし穴があります。
 ハンセン病国家賠償請求訴訟問題に関連したある新聞の特集記事の中で、ある大学の先生は次のように語っておられます。
 「囲い込んで出られない状況を作り、見えなくして何もせず、ただ死んでゆくのを待つ、これが少数者、社会的弱者へのこの国の考え方なんです」と述べておられます。
 ハンセン病、精神障害、病の種類や性質には違いはあるにしろ、これまでの国の方針に通底するものを感じます。
 それは新たに立法化されようとしているエイズの問題を含めた感染症予防法についても同じことが言えるかと思います。
 話を元の映画の方へ戻しますと、映画の最後に次のような字幕が紹介されています。
 「ハンセン病は医学の進歩で特効薬もあって、現在では完全に回復し社会復帰が続いている。
 それを拒むものはまだ根強く残っている非科学的な偏見と差別のみで、この父親のような患者はもうどこにもいない・・・・・・」
 これは二〇年も前に作られた映画の話です。
 「しかしーー、旅の形はどのように変わっても、親と子の『宿命(命が宿ると書きますが・・・・・)』生まれてきたということ、そして現在生きているということは永遠である(誰にも変えようのない事実である)」と結んでいます。
 最後になりますが、私は本日ハンセン病の方の問題とからめてわが国の精神障害者とその家族の問題を考えてみたのですけれど、きのう父の墓参りに行き母と少し話をし、午前中に話された共同作業所の長峰さん、また事前の打ち合わせで、本日の司会をされている精神保健センターの細見所長とお会いし、さらに今日の研修会のことで話を伺いたいと申し出を受けました、新聞社の方のインタヴュー応じる内に次第に分かってきたことがありました。
 国の医療政策がどうあれ、いやそれだからこそ、そのような政策の下であっても私自身はかなり恵まれた道を歩んできたのではないかと思います。
 それに伴う社会的非難や、圧力の相当の部分を、やはり亡くなった父なり、母なり、兄弟なり、家族が相当量担ってきたのではないかと思います。
 だからこそこうして皆さんの前で話していられる、そう思います。
 また、同じようにあるいはそれ以上に支えてくれた病者の遠く離れた友人や近くの友人とともに今後とも歩んでゆきたいと思っています。
 偏見や差別は受けたくない、そんな風にし普通に暮らしたいと感じています。ご静聴ありがとうございました。
                一九九八年九月二四日
公開質問状
 勝島尚之
全国障害者解放運動連絡会議御中
           一九九九年一月二五日
前略
 この度、以下のような理由により、公開質問状を送付する次第である。
 一昨年夏の富山における全障連全国交流集会で提起した、私の「箕面市障害者事業団解雇事件」及びこれを巡る対応について、今日でも多大な不満を持っている。
 私は本件に関して全障連の依頼に基づき、「作業所で受けた精神病者差別」と題したレポートを提出したが、資料集への掲載を拒否された。拒否の理由には頷けない部分が多々あったものの。「レポートについては関西ブロックで受け止め、具体的な話を進めていく」「真摯に受け止めたい」という文言を「信頼」し、悶々とした日々を送りながらも待ってきた。しかるに今日に至るまで何ら前向きな対応をする気配は感じられない。
 加うるに昨今聞き捨てならない噂を耳にした。関西ブロック周辺では私の発病に関し、「勝島は阪大出のボンボンで、それが知的障害者と一緒にカブトムシの養殖など泥臭い仕事をさせられたのでああなっちゃったんだね・・・云々」
 これは噂であって、誰彼がこのような発言をしたという証拠があるわけではない。しかし「火のないところに煙は立たず」という言葉を引くまでもなく、噂として遠く石川の地まで伝わってくる以上、誰かがこれに近い内容の発言をし、さらにそれに疑問を投げかける者が誰もいなかったであろうことは推察できる。これは上述の無対応とあいまって、全障連の思想的退廃を示す以外の何ものでもない。
 私は確かに阪大出であるが、決して「ボンボン」などと揶揄されるような人生は歩んでいない。しかしそんなことはどうでもよい。問題は上記内容の発言(仮にこの通りの発言があったとしよう)がどれほど障害者解放の精神に反したものであるかという点にある。
 まず、障害なり病気に対して、その原因にまでさかのぼって云々してよいかという問題である。これは近代の福祉の概念を全否定することになる。障害者基本法起草の折りに、傷痍軍人会が、「我々はお国のために傷ついたのであり、生まれつきの馬鹿や片輪と一緒にされては困る」と申し入れた際、全障連は反対したはずである。さらに言えば何か本人に「落ち度」があって障害になった場合は福祉の対象としては認められないと全障連は考えているのか。
 次に、上記発言は知的障害者の仕事に対する蔑視に満ちあふれているといいうことである。知的障害者の仕事は単純で泥臭く、大卒の者が関わるに値しないと考えているのか。これは積極的にその仕事を選んだ私に対しても失礼であり、福祉の道を志そうとするすべての人々に対する軽蔑でしかない。
 以上のような事態により、私の全障連への「信頼」はついえた。よって以下の事項について公開で質問するところである。
一 私のレポートで要求した二つのこと、すなわち、
・全障連が私に対してとった対応について総括謝罪すること、
・(財)箕面市障害者事業団に対する糾弾行動を行うこと、
 これらに対し、本当に実行する気はあるのか。あるなら具体的方法を、ないならその理由を明示せよ。
二 レポート中で私が引用した全国事務局次長本田実子の発言「まさか全障連が事業団に抗議するわけにはいかんからね」の真意は何か。富山交流会前夜の幹事会では私のレポートの掲載をめぐって全障連顧問の楠敏夫が激怒し、危うく暴力ざたになるところであったと聞く。それほどまでに全障連が箕面市障害者事業団を守ろうとする理由は何か、明らかにせよ。
三 上記事項に関連し、全障連は一会員である精神病者の訴えより、友好団体との関連を優先するのか、今後の運動方針を説明せよ。
四 本文中、噂に関して私が提起した問題に対し、全障連の考え方を示せ。
五 そもそも私の「解雇事件」を精神障害者の労働問題として認識しているのか、見解を明らかにせよ。
 以上である。解雇から約三年、レポートによる問題提起から一年半、私は十分に待った。これ以上は待たない。一ヶ月以内に全障連の組織名で回答されたし。
 (編注・・・富山交流集会でのレポートについては全国「精神病」者集団ニュース一九九七年一一月号をご参照下さいませ)
詩二編
  新潟 A
強くなれ
ころんだら
 立ち上がる
  事のできる
強い人になれ
 たとえ女でも
負けない人になれ
 強くなれ
  強くなれ
しっかりと人生を歩める人になれ
 
朝つゆ
早朝目がさめて
 つっと窓を
  開けると
雑草の上に
 キラキラと
  朝つゆが光っていた
虫の声が
 草々の間から
  聞こえる
静かな朝の中
 宝石の様に
そのつゆは輝いていた
病者集団に望む
  無名氏
 反全精連の人々は病者開放のために尽くしている立派な人々です。尊い人々です。反全精連のやっていることは正しい立派なやり方です。
 病者集団ニュースによく、ナチとかスターリン主義とか労働組合幹部には共産主義者が多いとかよく掲載されますが、今後これらの文句は一切掲載するのを中止して下さい。これは政治上の問題です。病者集団ニュースに必要ありません。関係ないことです。
 ナチ、スターリン主義だけが悪いのではありません。
 アメリカやイギリスでも同じように悪いのです。共産党が信用できないなら自民党はそれ以上に悪いのです。信用のある政党など一つもありません。これらは政治上の問題です。他の論文誌で議論すればよいのです。病者集団ニュースに必要ではありません。今後ナチ、スターリン主義共産党非難の文句は一切やめて下さい。掲載を中止して下さい。
 「大野さんや山本さんを困らせないように」の投書がありましたが、この投書は間違っています。
 病者集団ニュースは全員のためにあるのです。大野さん個人のためにあるのではありません。私たちは大野さんのために運動をやっているのではありません。病者開放のために、全員のために運動をやっているのです。
 大野さんは仲間の一人に過ぎません。私たちと大野さんは何の関係もありません。常に全員のために開放運動をやっているのです。
投稿の呼びかけ
 一人暮らしをしている仲間から、以下の問題提起がありました。
@一人暮らしの中で食事作りなど家事労働についてどう取り組んでいるか。
A孤独さについてどう耐えているか
B精神病以外の病気になったとき、どのように対処しているか(一人で寝込んでしまったときなど)
 全国には一人暮らしをしている仲間が多いことと思います。この三点に限らず一人暮らしで直面している困難な点、あるいは私はこうしたら解決できた、という例などご投稿いただきたいと存じます。
 このテーマは普遍的な問題ですので、継続して投稿を呼びかけたいと思います。
精神科医への言葉の処分
     精神科の医師           患者
あなたは我執が強い人ですね。  そうですか? 私は政治家ほど我執が強
                 いと思いませんが・・・・
 
離人症です           私はあなたたち精神科医師を見たくあり
                ませんので神が私にベールを与えたので
                しょう。
 
人格障害です。         まあ音楽で言えば不協和音ですね。
                それは音楽の最も普遍的な美ですね。
 
プシコパートです。       天才もそのようですね。
                私の内にそうした才能に恵まれているか
                もしれません。先生が私の才能を見いだ
                しそれを育ててくれればの話ですが・・・。
 
ゼネストパチーですね。     セックスでは皆さんそうではないですか?
                妄想がからめばあなたの身体危険に気を
                つけることですね。
 
精神分裂病ですね。       精神が病むことはありえません。形面上
                のものは医学の対象ではないです。
                それならぜひ「キチガイ」と診断して下
                さい。
 
記銘力の障害です。       先生に嫌なことを言われ続けてそれを拒
                むのは自然な反応ですね。
 
分裂病のひねくれですね。    精神医学ほどひねくれていません。
 
妄想ですね。          恋愛も妄想ですね。
 
精神科医             患者
情緒未熟ですね。        17歳の私が未熟ですか?
                先生の17歳は成熟していましたか。
                今も成熟しているとは思えませんですね。
                人の嫌がることを言うのは人格的に問題
                がありますね。
 
入院を拒否します。       エンパワーメントを問題にするなら、入院
                して「人生の仕切り直しをしたい」のです
                が、そうしたエンパワーメントのあり方は
                ないのですか。
 
抑鬱的不機嫌ですね。      精神科医の心ない言葉で「精神」を傷つ
                けられてPTSDに陥ったのですね。
 
幻聴ですね。          医師の声は私を悩ませますね。
                長期の入院はこうした幻聴の固定化を講
                成しますね。
 
追跡妄想ですね。        ルソーもそうのようです。まさかスイスの
                山奥まで行けませんのでは私は病院。
                しかし現時点の政治状況ではね、「人の電
                話」を聞くことも国家は合法と、しそうで
                す。妄想、幻聴までも「管理できない」の
                で安心です。
 
幻視              虹と同じですね。先生の治療と投薬では
                 虹は消えませんが虹は以外とはかないで
                  すよ。
精神科の医師           患者
 (うつ病者に)
這ってでも学校に行きなさい。   先生が病気になっても這って病院へ行っ
                 て診察しなさい
                 いや、患者が迷惑しますね。
                 先生のような鈍感な人は病人が迷惑しま
                 すから・・・・・・。
 
あなたは治らない方がいい。   まず治してみなさい。その時どうなるか?
治ったら攻撃力が強くて人    苦しさに耐えて耐えて、その時に反撃とし
間関係を破壊します       て攻撃力を持っているのが分かりませんか
から・・・・・。        無理解者に反撃することと攻撃力は違いま
                すよ。
 
あなたは治らない方がいい。   先生私は苦しいです。医師は初診には
問題のとらえ方が深いから    「診断と苦痛の除去」でしょう。何年医
・・・・。           師をやっていれば分かりますか。

あなたの病気は絶対に治り    治してもらわなくっていいです。
ません。            (治療の始めに断言されたので拒薬した。
                 病人の前で言い切ったので他への影響が
                 あると考え殺意を抱いた)
 
(先生 月を観せて下さい)   「心理屋は心理が分からない」と思い、
「医師は沈黙」鍵を開けると   (ともすれば月澄む空にあこがるる心のは
「ガチャリ」・・・・と閉め    てを知るよしもがな)西行の心境は精神
逃亡する。           病院では感じてはならないのね?
精神科の皆さん!ここに述べたことは単なるアイロニーではなく、実際に病院の中で多くの病人が体験した事実に基づき採録したものです。誰もが恨む精神医療はやめましょう。患者の言葉は私の創作です。      愛知O
投稿
  山梨 T
 八王子「医療」刑務所の出来事を書くと、まず舎房に連行されていくと、担当(再犯刑では親父と呼ぶ)から注意(作業をやっていれば一週間で雑居に行ける。今はどこの刑務所でもテレビが標準設備だからたぶんテレビをエサにすることは間違いない)を受け、その日作業免除、次の日担当が「作業をやるか」「やらない」と答えると、がっかりしたように「T作業いれなくていい」。作業をやらないと運動もない。頭にきてその次の日作業をやる。集団運動でもっぱら足を動かす運動をやり実質三〇分の運動を終わる。柄受け(身柄引受人)が統一獄中者組合のA氏だったことがたたり、作業を初めて一ヵ月ぐらいたってから三人雑居に移る。
 一人は「シャブ犯」で取引の時はピストルをぶっ放した人間で、殺人等で一八年を食らったヤクザ者(水戸少刑出身)、あと一人は自称「詐欺師」で前刑が甲府刑であったことから話が合い、一月連休(正月)一つの布団に二人で入ったことから、「同嚢」で上げられ野郎は保護室へ、私は独居へ二週間入った。二週間目から再び三人雑居へ、二月一六日満期日の人間は二人いた。
 その「詐欺師」と私である。出る前日独居に移され、五冊の漫画本を見せられ、一日中それを読んでいた。
五時半頃「T出所だ」といわれた時「やっと出所か」(川越少刑では早朝出所といって六時頃出所する方法もあった)と思い、門を出るときに「番号!」と言われたがしかとした。Aさんと立ち話をしていたら、その「詐欺師」が救急車に乗って、どこか(たぶん吉祥寺病院と思う)病院へ運ばれる所を見た。
 これは保安処分の先取りである。全国「精神病」者集団が反保安処分の闘いに取り組んでいるから大丈夫ではない。保安処分の先取りは現実にあるのである。今回の下獄は柄受けもいない。こうした人間は反権力派であろうと権力派であろうと保安処分の対象である。
 労働戦線の右翼的統一に反対しよう。
 今労働戦線の右翼的統一が足音高く進んでいる(とりもなおさず全国「精神病」者集団の運動的広がりによって「病」者戦線の右翼的統一まで日帝本国の射程内に入っていると言えます)。労働戦線の再編は日帝本国内によっては歴史的な敗北をした三井三池の闘いがあったのです。ホッパー前で労働者は「赤トンボ」を歌いながら負けたのです。あの悔しさを払拭するために日本の新左翼は頑張っているのだと思います。新左翼より新左翼的であろうと私は思っています。そのためには労働戦線の右翼的な統一に反対し日帝本国(赤堀闘争だけが闘争ではないのだ)のアジア侵略に反対する潮流建設が問われているのだ!誰か誰か気付いてくれ!
お知らせとお願い
 ニュース担当者オバQが入院治療のため、申し訳ありませんが、四月号ニュースは休刊となるか遅れます。
 なお四月例会も休会となる可能性がありますので、恐縮ですが、参加なさりたい方は私書箱までお問い合わせいただけますようお願いいたします。
全国「精神病」者集団例会日程
 二月二七日(土)夕食を食べながら交流
   二八日(日)会議
 四月二四日(土)夕食を食べながら交流
      (日)会議
 セクハラを考える
 神奈川 S
 @最近セクハラという言葉がはやっている。A強姦(ごうかん)。痴漢(ちかん)。買春。これらをセクハラと言うのは理解出来る。Bいやがっているのにエッチな話を聞かせたりエッチなしぐさを見せたりする。
こういう事をセクハラというのも理解出来る。Cだが「女性だって男性に平気で言っているような事」を男性が女性に言うとセクハラになるというのはよく理解出来ない。Dそれに強姦(A)も痴漢(B)も買春(C)も「いやがっているのにエッチな話を聞かせたりエッチなしぐさを見せたりする事」(D)も「女性だって男性に平気で言っているような事」を男性が女性に言う事(E)も全部同じ言葉で表現する事にもすごく疑問を感じる。E「今のフェミニズム」には「女性さえよければ男性なんてどうでもいい」というような思想がまざっているような気がする。F僕はなにか間違った事を言っているだろうか。
 〔1998年8月16日(日曜日)〕
事務局報告
☆〇の会有志からの提起により以下の要望書に全国「精神病」者集団として連名しました。

 各区役所(福祉事務所への要望書)
 一九九八年も残すところわずかとなり、野宿労働者(ホームレスの人々)は厳しい冬に突入しようとしています。
 今冬、野宿労働者は「仕事がないあぶれ地獄」と相俟って食生活の不充分性と、それに関して健康問題は例年にない厳しいものとなっています。
 そうした野宿労働者の健康問題に関して市民たちはいち早く「権利としての『医療』の問題」を野宿労働者ご本人に徹底オルグし、この冬の乗り切り策を提示しています(一市民のビラ参照のこと)。
 毎年行政機関で掌握しておられるように「野宿労働者の行路死(野垂れ死に)」はおびただしい数に上っています。とりわけ冬の「行路死」は野宿労働者の医療の対応がいかに粗末なものか如実に物語っています。そして医療のみならず深刻な野宿労働者の生活権を名古屋市は放置しています。
 こうした「行路死」の背景には複雑な要素が微妙に絡んでいると思われますが、何より「行路死者」を出さないことが行政の責任ある姿勢であり、とくに「人権宣言」を高らかに打ち上げた愛知県の基本姿勢であると私たちは判断します。
 私たちが把握する「行政の野宿労働者の医療問題」はきわめて不充分であり、野宿労働者からは「行政は医療受診の要求に対応しない」と厳しい苦情が私どもに寄せられています。こうした行政姿勢は野宿労働者(ホームレス)の差別であり、行路病者に関する法の空洞化といわねばなりません。
 私たちはこうした行政の姿勢に関して厳しく批判するとともに、今後野宿労働者の医療問題にはきっちりと対応されるようここにいうよく要望いたします。
一九九八年一二月七日
  野宿労働者の医療を考える市民の会
  全国「精神病」者集団愛知分会〇の会有志
  全国「精神病」者集団
添付資料
 野宿労働者(ホームレス)の皆さまへ
 ーー医療問題の提起を行います。ーー
 師走の声とともに新しい季節に入りました。お身体はいかがですか?仕事の確保ができない中での深刻な年の瀬です。中でも健康状態には大変な不安がつきまとうのではないでしょうか?
 健康状態に不安があれば「いますぐ医療にかかれるのが野宿労働者の権利」です。
※野宿労働者の医療に関する法律
地方自治体法第二章、大都市及び中核市に関する特例(指定都市の機能)第二五二条の一九の五「行路病人及び行路死亡人の取り扱いに関する事務」で法的に保障されています。
※急病はどうするか?
 公衆電話で緊急医療情報センター(〇五二ー二六三ー一一三三)に電話して下さい。近くの病院を紹介してくれます。
※「どうも体調がすぐれない」と思う方は次の要領で医療機関にかかって下さい。
あなたが野宿している「区の福祉事務所」に電話するか?直接に「区の福祉事務所」に出かけて「医療にかかりたい」と申し出て下さい。法律的には上記に提示しました。
※あなたの野宿場所が「中区」であれば「二四一ー三六〇一」(中区役所)をダイヤルして「福祉事務所をお願いしますと申し出て下さい。
福祉事務所が出たら・・・・・・
「役所に行って医療の手続きがしたい。区役所にはどう行けばよいか」
「※※が悪いので『医療券』が欲しい」
「※※が悪いので医師の紹介を頼みたい。病院の紹介を頼みたい」
「権利としての医療だからキチンぬと対応しなさい」
※医療は「早期発見早期治療」が原則です。遠慮せずに申し出て下さい。
もしもトラブルがあったり、役所に医療的配慮がなかった場合には仲間の方々と検討して下さい。
そしてあなたの生存権はしっかりと主張して下さい。
一九九八年一二月一日      一市民より
☆九八年一二月全国「精神病」者集団例会議事録
土曜日の交流会出席者 京都M 大阪Y 石川P
日曜日の会議出席者 大阪Y 石川P
@大阪から報告
Y個人としてピアカウンセラー主催JIL岡知史(関西方面の者の持っている懸念を岡氏が持っているのであったので安心した 心理カウンセラーの一種になる危険性、専門家へのあこがれが隠されているかもしれない、同等性が消える、ピアカンの「権威」の一人歩き、専門職性は排他的)、大阪と京都で自立センターのピアカウンセリングの現場を持っているが、ソーシャルワーカーの無知行動力の無さが問題、これに関しては現場を持つところが増えるに従いあぶりだされる。
自立センターがソーシャルワーカーへのはたらきかけができていない。
 大阪ではアダルトチルドレンの会が始まっている。毎月してほしいという要望が出ている。医療投薬のサイドの「医療」ではなく当事者同士のいやしを身に付けていくべきでは個人的には思っている。
サロン事業ではなく「障害者の明るい暮らし支援事業」である。日本全国どこでも市町村主体でやることになっている(ただしこれは義務としてではないので突き上げが必要です。詳しい要綱はそれぞれの市町村に請求して下さい)。市町村によって金額的にもばらつきがあるだろう。当事者が財布が持つに当たる親の会からはなれる、いいチャンスに繋げてほしい。当事者だけでもとれるように大阪では主張してとっている。
 懸念としては精神障害も他の障害との統合化に向けて京都では見えたので、精神障害者だけというのは難しいかも知れない。精神障害者地域生活支援事業の方が額が大きい当事者も使える可能性がある。
 施設や事業が当事者運営のものが余りになくて自立支援ではなく、依存促進になっている。だから当事者が財布を持つことが重要。
 自立センター豊中(身体障害者)でクリスマスをやった。ここに予算がついた。
 個人としては、三障害統合への動きもあり、身体もしくは知的障害との連携として個々の力量で潜り込む方法しかないのではと思っている。豊中と京都八幡の自立センターに潜り込んでいる。
 施設は地域の宝という言い方をしていることに対し、市民が地域の宝である、個人なくして運動は成り立たない、団体交渉ばかり目指し個人が忘れられる。同じように福祉においても、施設に対する助成が重視させ個人に対する支援がかろんじられていく動きがあるので
 全国「精神病」者集団のスタンスを全体化していくべきである。全国「精神病」者集団がわれわれの懐(ママ)にはいる金を増やせ、所得保障をと言っていることを何度も確認すべきである。
議論
@精神保健福祉法見直しについて
情報収拾は今後も続けます。
独立した権利擁護機構が必要という意見が出ました。
A専門委員会議事録について 抗議訂正させる。
B週刊朝日について
 抗議文を出す。
 意思表明をする。具体的点について批判するデマごまかしについて批判する意図なのか?  「人権屋」についてはいつも腹が立っている。
 福祉のいたらざる所を個人に押しつけている。被害者にも押しつけている
☆厚生省精神保健福祉課に対し以下の文章を出しました。
専門委員会議事録への抗議文
 私たち全国「精神病」者集団は一九九八年末に道下忠蔵医師を班長とする「精神科医療領域における他害と処遇困難性に関する研究」の情報をキャッチし、それ以来研究班のアンケートの人権侵害を糾弾し、「処遇困難者専門病棟」新設阻止の闘いを繰り広げてきました。
 この闘いの中で私たちは、この問題に関し広く論議を起こすため、組織参加している精神衛生法撤廃連絡会議としてこの研究班報告書を印刷し広く配布しました。
 こうした活動の中で日本精神神経学会、日本病院地域精神医学会などが、次々と「処遇困難者専門病棟」新設の凍結あるいは反対の決議を挙げたのは歴史的事実であり、一部の精神科医のみが「処遇困難者専門病棟」新設に反対したわけではありません。私たちは「処遇困難者専門病棟」新設阻止とともに、研究班のアンケートの人権侵害追求のため、この研究班のアンケート個票を一九九四年一〇月二四日名古屋において「精神病」者仲間約二〇名、道下忠蔵医師、浜原医師、小野江医師、厚生省精神保健課長補佐千村氏と同清水氏、そして愛精病院院長(当時)木村直忠医師立ち会いのもとに焼却処分にしました。
 しかるに精神保健福祉法見直しに関する専門委員会第八回議事録において、匿名の委員が以下の発言をしており、私たちは見逃すことができません。
○委員
 歯切れが悪くて申し訳ありませんが、実は、この道下レポートが出ましたあと、道下先生に対する非難攻撃が集中的に参りまして、そして個人的に身の危険を感じられるくらいのことがございました。それから、私たちの仲間では焚書事件と言っているんですが、その報告書を患者さん側の一部の代表、プラス精神科医側の一部の代表の人たちが徹底的に攻撃いたしまして、その報告書を目の前で焼けというふうなことがありまして、実際にお焼きになったといううわさを聞いております。
 そういった非常に情緒纏綿たる歯切れの悪いお話でございました。
 この発言は「ウワサ」という形で逃げていますが、デマ発言です。上記のように私たちは報告書を自分たちで印刷し広く配布したのであって、決して報告書の焚書など行っておりません。また私たち以外の患者団体でも報告書を焚書した事実は一切ありません。焼いたのは上記のごとくアンケート個票であり、また焼却にあたっては厚生省側の人間も立ち会っている事実があります。厚生省精神保健課としてこうしたデマ発言をそのまま見過ごし、議事録として公開していることを私たちは強く抗議します。直ちにインターネット上および公にした文書としての議事録を訂正するとともに、私たちのこの文章を議事録に添付するよう要求します。
 一九九九年一月一五日
厚生省精神保健福祉課御中
       全国「精神病」者集団
 これに対して、中村課長補佐に二月になって電話したところ「個人の発言なので云々」というので「厚生省として明らかな事実誤認なのだから注というかたちでも訂正しろ」と要求、「検討する」という回答を口頭で得た。今後も追求が必要と考える。
☆週刊朝日に対して以下の文書を出しました。
抗議文
 私たちは一九七四年に結成された、全国の「精神病」者個人団体の連合体で、全国「精神病」者集団という団体である。私たちは結成当時より刑法改悪=保安処分新設策動に対し全面的に反対し、その新設を今まで阻止し続けてきた。そしてこうした活動と共に、保安処分の対象者となるであろう触法精神障害者の個々の救援活動も行ってきた。
 こうした立場にある私たちは、貴誌の「刑法三九条(心神喪失)のタブーを突く」上下編について怒りを禁じ得ない。
 この文章の要点を「精神障害者」についてのみ述べれば、@検察段階で簡易鑑定により、心神喪失となり、不起訴となっている殺人事件容疑者が九三年から九七年五年間で六二〇人もいる。A世間が注目した事件においては、起訴されるが、注目されていない事件では不起訴が選択されているのではないか?本来裁判所が「心神喪失」を判断すべきであるのにその前段の検察段階で「心神喪失」と勾留期限二〇日以内で判断され不起訴がされており、裁判所の命じる精神鑑定に比して「法の下での平等」に著しく反しているのではないか?B不起訴後措置入院になったあとはいかなる公的機関も実態も把握しておらず、医療機関と家族のみに任され、「ザル状態」である。
 まず第一に検察官が起訴するにあたっては刑法の構成要件にしたがって起訴することになっている。構成要件とは、行為がなされたこと、その行為に違法性があること、行為を行った人間に責任能力があること、この三点である。この構成要件を満たしていなければ起訴できないのは刑法の原則として当然のことであり、仮に不起訴が一〇割であろうとも、刑法の原則からいって何ら問題はない。不起訴が四割であることをことさらに問題にする論拠は何もない。また検察官が重大事件は起訴し、そうでないものは不起訴にしているという根拠はこの文章では一切明らかにされていない。それゆえこの文章自体(不起訴が四割云々)はいたずらに大衆を扇動し愚弄しているに過ぎない。
 この国において、検察官の起訴便宜主義があり、起訴不起訴の判断はすべて検察官に任されているという問題点は少なからず指摘されているところである。私たちの経験においても事件の犯人が検挙できない場合に入院中の患者を「犯人」ということにして「心神喪失」不起訴、となり、裁判を受ける権利を奪われ、えん罪の疑われるケースは存在する。したがって「精神障害者」であっても裁判を受ける権利は保障されるべきであり、起訴前鑑定は「精神障害者」の裁判を受ける権利を奪うものと考える。
 しかしその前提として、本人への医療保障、本人に防御能力がきちんとある中での取り調べおよび裁判が保障されなければならない。「精神障害者」以外であっても加害者とされた人間が大けがをしている場合は、病院で治療を行い、医師の許可を得てから取り調べが開始される。「精神障害者」であっても同様の措置がとられるべきであり、その時に病状が悪ければ、精神病院でゆっくりと治療し、本人の回復を待ち防御能力をもてるようになってから取り調べを行えばよいだけである。
 しかしながら、私たちの救援活動の経験からいって、これらのことはほとんど保障されないままに取り調べが行われ裁判が行われている例がほとんどである。監獄法四三条では精神病、伝染病その他の疾病で監獄において適当な治療を施すことのできないときは、病院へ移送することができる、とされている。しかるに現状では多くの「精神障害者」が病院に移送されることなく警察の代用監獄および拘置所で医療を施されずに放置されたり、不適切な環境で病状を悪化させたり、不適切な医療によって苦しめられている。
 自殺未遂は「脱獄」と同様にとらえられ、治療より懲罰が優先する。弁護士の調査によっても、精神病の苦痛のために大声を出せばすぐ懲罰というのが現実である。さの最たるものとして私たちが痛苦の思いで想起するのは、大阪拘置所で殺された鈴木国男氏の例である。一九七六年の冬鈴木国男氏は「傷害」で逮捕され大阪拘置所に勾留された。彼は病状のさなかにあり、着衣を脱ぎ捨てているにもかかわらず、暖房もなく換気扇で外の寒気にさらされる中で放置されたのみならず、体温を低下させるクロールプロマジンを注射され、彼は凍死した。この事件はご母堂により民事訴訟が国に対して行われ、裁判で彼の死について国の責任が認められ賠賞金が命じられた。
 私たちは「精神障害者」の裁判を受ける権利を主張するが、以上の実態を放置したままでの安易な起訴勾留は「精神障害者」の死に結びつくものであり、また防御権の侵害であり決して認めることはできない。生命の保障があってこその、そして防御権の保障があってこその「裁判を受ける権利」である。
 この記事を書いた記者はこうした「精神障害者」の獄中での弾圧実態を一切無視して検察の起訴便宜主義のみを批判していることを私たちは決して許すことはできない。
 さらに「殺人」で不起訴となり精神病院に措置入院となった「精神障害者」がいかなる状態におかれているのか、その実態を記者は意図的に無視している。不起訴措置入院後は「ザル状態」でありいかなる公的機関も把握していないといっているが、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第二九条の四によれば、措置入院の解除にあたっては都道府県知事の指定する指定医による診察の結果、自傷他害のおそれがなくなったと見なされることが条件となっており、単に主治医や家族の都合で措置入院が解除される訳ではない。また同法二九条の五においては措置を解除した際には措置入院者の症状消退届けを最寄りの保健所長を経て都道府県知事に届け出ることになっており、その書式には措置年月日、本人の氏名、生年月日、住所、病名、症状の経過、入院継続か通院医療か、転医か、その他か、さらに退院後の帰住先住所、保護者の住所氏名、生年月日まで書くことになっている。いったん措置入院となればこれだけの個人情報が行政に把握されることになっているので、公的機関が把握していないというのはまったくのデマである。
 またいったん措置入院となれば、とりわけ「殺人」を犯したとなれば、健常者が判決で受ける刑期以上、多くの場合は一生精神病院に監禁されることになる。
 現実に一九九七年六月三〇日現在において厚生省の統計によれば全措置入院患者数は四七七二名、その内一〇年以上二〇年までの措置入院患者は一六、三%、さらになんと三七、七%が二〇年以上の入院となっている。
 すなわち全措置入院患者の五四%が一〇年以上措置入院されていることになるのだ。
 不起訴後は「ザル状態」どころか、不起訴となった「精神障害者」は個人情報を完全に行政に握られ、健常者に比べて過剰に長期監禁されているのが実態である。
 これらの実態を意図的に無視している記事に対し私たちは怒りを禁じ得ない。
 さらに欧米において触法精神障害者の専門的治療施設があることを言及しているが、これらの保安処分施設は、各国の「精神病」者および専門家から厳しく批判されているのが実態である。一昨年私たちの団体から派遣した二名がオランダの保安処分施設を訪れ、職員抜きで中に入れられている仲間と交流をしたが、この二名はこの施設が恐るべき施設であり、保安処分体制がいかに恐ろしい事態を生み出すかを如実に体験してきた。
 入所者同士を相互監視させ、職員の気に入る操り人形にならない限り一生出られないのがこうした施設である。
 日本ではこうした保安処分施設を阻止し続けてきたことは世界に誇るべきことであり、今後も決してこうした保安処分施設を作らせてはならない。貴誌のこの記事は日本にも欧米の保安処分施設を作れといわんばかりの、上記の実態を意図的に無視したデマに満ちた差別記事であると断ぜざるを得ない。
 私たち全国「精神病」者集団は上記の趣旨に基づき以下の要求をするものである。
@この記事を書いた日垣隆氏および週刊朝日編集長は私たちとの確認会に応じること。
A確認会に応じ、それに基づき自己批判を明らかにして週刊朝日誌上に自己批判書を掲載すること
B私たちの「精神障害者」違法行為者の救援活動に基づく私たちの書いた記事を週刊朝日誌上に掲載すること
 以上
週刊朝日編集長殿
日垣隆様
一九九九年一月一六日
  全国「精神病」者集団
 これに対して週刊朝日編集長より以下の文書が来たがとうてい納得のいくものではなく、今後も追求が必要である。
全国「精神病」者集団
担当者様
前略 一月一六日付の「抗議文」を拝受いたしました。
ご指摘いたしました件につきまして、お答えいたします。
 週刊朝日一二月一八日号、二五日号で掲載しました記事「刑法三九条(心神喪失)のタブーを突く」は、精神障害者の犯罪が「裁判以前に検察の判断で幕を下ろさせてしまう」現状を問題提起する内容です。
 殺人で不起訴になって措置入院となった精神障害者が、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律に基づいて、精神障害による「自傷他害のおそれ」という要件によって措置入院を解除され、その届けを保健所長を通じて都道府県知事に出すとのご指摘は、その通りです。
 また、措置入院患者の多くが長期入院しているとのご指摘も、その通りです。
 ただ、記事は検察の裁量にゆだねられている「起訴」について指摘したものです。精神障害者の医療の実態を意図的に無視したわけではありません。
 ご理解を賜りますようお願い申しあげます。
 草々
一九九九年一月二二日
週刊朝日編集長
大森千明 印
 
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読者の皆さまも週刊朝日に抗議を集中していただけますようお願いいたします。
連絡先
一〇四ー八〇一一
東京都中央区築地五ー三ー二
朝日新聞社
週刊朝日編集長 大森千明殿
電話 〇三ー三五四五ー〇一三一
☆事務局入手資料
※公衆衛生審議会
「今後の精神保健福祉施策について」
一九九九年一月一四日   A四五ページ
※身体障害者福祉審議会、中央児童福祉審議会障害福祉部会、公衆衛生審議会精神保健福祉部会、合同企画分科会
「障害者関係三審議会の意見具申についてーー今後の障害保健福祉施策のあり方について」
一九九九年一月一九日      A四一二ページ
※先にニュースでご紹介した久良木さんの精神保健福祉法撤廃後についての論文を入手しました。「精神保健福祉法の撤廃と精神障害者復権への道」A四一〇ページ
※精神科医による保安処分推進論文二編
以上はコピー代送料実費でお送りいたします。ご希望の方は私書箱までお申し込み下さい、資料発送時に実費をご請求します。


*作成:桐原 尚之
UP: 20101204 REV:
全文掲載  ◇全国「精神病」者集団 
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