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全国「精神病」者集団ニュース(連絡会議報告)1979年10月



全国「精神病」者集団ニュース 1979年10月

 今回の連絡会議は、事務局三名が十月十八日から仙台の赤堀さんに面会に行き、赤堀さんの強い要請をうけて、面会の帰途、東京・静岡・島田に立ち寄るというかなりきつい日程をこなしたうえでの連絡会議となりました。
今回は、いつものように室内でやるのではなく、たまには気分をかえてやろうという事で、呼続公園の曽池の横の藤棚の隣で、シートをひきビールを
飲みながら、寝ころんでの連絡会義となりました。

 そして、どうしてもやらなければならない政治的課題と地域での患者会運動の形式をどうやっていくのか、「病」者集団の先頭にたって活動する事務局員の共に両方を結合させていこうとする時の苦しさと「病」との斗いの困難ななかでの活動をやっていかねばならない個々人の苦しさなどが語りあわれました。
時には気分を変えて、太陽の下で今回のような形で会議をもつのもよいというのが、みんなの感想です。
尚、前進友の会からは、都合により出席できないとの連絡がありました。

地域活動報告
○まどの会○
 最近、中心になって活動をやってきた人が、非常にしんどい状態におかれており、会全体の活動としては、停滞気味です。
 信貴山病院問題は、前回詳しく報告したように、病院側の院内まどの会会員のきりくずしと交渉ひきのばしによる改革運動の解体を策した卑劣なやり方に対して、体制をたてなおしている最中です。運動的には、停滞状況にありますが、病院側が圧力をかけてきているAさんを、最大限支えて守っていくこと、又病院側の卑劣なやり方に対し側面からの斗いを準備中です。
 これからも長期にわたり、苦しい斗いになるとは思いますが、どんなに苦しくても最後まで頑張ってやりぬきたい。支援・協力をよろしくお願いします。九月三十日に信貴山問題で交流会を大阪でもちました。
十月の前進友の会の総会に出席し、尚ちゃんの会には、定期的にかかわっています。

○大阪分会○
 十月の初めぐらいから、少しずつ元気をとりもどし活動をできるようになりました。
十月初め、兵庫赤堀で学習会
十月十日、光愛病院の運動会に参加
十月十二日、鈴木国賠斗争を斗う
十月十八?二十日、仙台の赤堀さんに面会?赤堀さんに面会しましたが、体が非常にやせている事とリューマチ・不眠・脱こうが心配です。
赤堀さんの提起をうけて動いていきたい。
 十月二十一日、三里塚二期工事阻止斗争に参加?三里塚の「障害者」と交流を深めました。
十月二十四日、大阪の労働組合で講演学習会
今月は、大阪と名古屋を往復し、又仙台にも面会に行ったので非常に忙しかった。
 今月は、例会がもてなかったので、来月はどうしても例会をもちたい。そして、赤堀さんの事でどんどん学習会を行っていきたい。

○0の会(A)○
だんだんと元気をとりもどしつつあります。
今月は、十三?十四日の赤堀中斗委に出席し、その中の全国連絡会議で、大衆斗争の提起をしました。
十八日?二十日に三日連続で赤堀さんと面会しました。面会を通じてたえず私達「病」者をどこまでも心配し気づかってくれる赤堀さんの心やさしさを益々痛感しました。そして、赤堀さんから「病」者支援・介護要請の集会を開くよう鋭い提起をうけました。赤堀さんは、無実をかちとったらお世話になったみんなにお礼を云って、一度家に寄ってから、名古屋で「病」者と共同生活をしたいと心強い事を述べていました。僕も、無実をかちとったら赤堀さんと共に仲良く生きていきたいと思います。赤堀さんを生きて奪い返す決意を新たにしました。
二十一日の三里塚斗争に参加しました。

○0の会(B)○
十月六日の法の日に、名古屋弁護士会館で、再審問題について講演があったので聞きに行きました。講演者は、赤堀弁護団の中で主任弁護人についで主要なメンバーである六塚一男氏でした。その講演会で再審請求中の赤堀問題のビラまき及び署名活動を行ないました。今後も各地で積極的にそういう場所を利用して。ビラまき、署名をやることは非常に有効だし、是非やってもらいたい。
養護学校はあかんねん上映委員会(名古屋)が結成され0の会も加わりました。上映委員会は、反差別を斗う人々の結合のもとに結成されています。0の会からは、赤堀問題・「障害者」実態調査阻止にむけて、具体的にとりくむよう上映委員会に提起しました。上映委員会は、十一月十一日にむけて活動中です。
赤堀さんとの面会
最近の赤堀さんからの主要な訴えは、弁護士に次の事を提起する事でした。
内容は、検察庁がかくしもっている三証人九証拠の開示を主眼とするものでした。開示には、弁護士の意識性、活動内容との関連のなかで、行なわれるものであり、従って弁護士との接近を主要に訴えられました。
もう一点は、「生きることは・・・。」という孤独感と悲しみを感じさせる便りがあったので急拠弁護士の問題をからめてなぐさめ、激励を中心とした面会活動を要請されていたので、仙台に向かいました。
十九日の面会の時は、九月三十日と十月初めに朝日新聞で報道されたアムネスティの記事について意見交換をしました。事務局支援をきちっとしてもらいなさいということ、そして十月二十二日からは、一ヵ月間の支援者が決まっているということ。日本精神神経学会赤堀委員会の医者四名が、初めて赤堀さんと面会したことなど報告をうけました。そのあと、宮城刑務所庶務課長弥永氏にあい、獄中改善の一環として、パネルヒーター設置の件と獄中での医療の充足について申し入れました。尚、宮城刑務所が「障害者」が面会するにあたって、配虜・介護をしていないことを指摘し、今後赤堀中斗委と交渉をもつように申し入れました。
二十日は、十一月二十五日の全国集会について赤堀さんの意見を聞き、弁護士への接点をもつことなどが話されました。また赤堀さんから二点にわたって重大な提起がありました。
一つは、名古屋で「精神障害者」の介護を要請する大集会をやりなさいということ。
二つは、患者が自立するにあたってその生活基金などを制度化するようとの提起がありました。
その後、赤堀さんの要請を含めて、九日間にわたって東京・静岡・島田とそれぞれの接渉を続けました。期せずして各地からも面会に訪ずれ五組十人がはいりましたが今後も積極的に赤堀さんとの面会活動を強化していくことが重要だと思いました。

○虹の会○
 例会を二回もち新たに虹の会でやっていきたいという人が最近ふえてきているので、その人達に対する配慮を充分にやり、又でてこれない人を支え連絡体制をきっちりと確立してきたい。又同時に、絶対にひくことができない緊急の課題を斗うなかでこそ患者会の形成をやりきらなければならないと思います。医療・生活・労働。住む家等の患者が自立していく道が、いかに保障される体制をつくるのか。その中で個々人が自立にむけてたちあがれるようお互いに気を配りながら活動を続けていきたい。
十月十二日、鈴木国賠斗争を斗う。
十月二十一日、三里塚二期工事阻止斗争を各地の共に斗う会の仲間と共に斗い、赤堀さんの事を訴える。
十月二十三日、奥深山氏の判決公判を傍聴し奥深山氏を励ます。
十月二十四?二十六日、赤堀さんに面会に行った仲間から、赤堀さんの強い要請のあったことをうけ、静岡・島田まで行動を共にする。

鈴木問題
十月十二日鈴木国賠第三回公判斗争は、弁護側から国・被告側の鈴木君虐殺を徹底的に追及する過失論をもとに、その虐殺した責任のがれを絶対に許さない公判として斗いぬかれました。
検事に対しては、鈴木君が病気であるにもかかわらず勾留し続けた責任。大拘所長・看守に対しては、友人の面会を拒否し、鈴木君の「所長にあわせる。電報をうたせろ。」という要求を一切無視し「精神障害者」が保護房拘禁という状況の中で悪化していくのを放置し、何らの対応策をもとらなかったことの責任。精神科医臼井に対しては、正確な病状把握もせず、適当に大拘側に指示を与えただけで、不眠・拒食・保温がなされず、衰弱していた鈴木君に対して決定的に死を早めていくコニトミン(クロールプロマジン)の注射を指示し凍死させた責任。以上を中心に国・被告側を徹底的に追及していった。これに対して国-被告側は反論にもならない反論をしたが弁護団は、この反論を三者の過失が競今して死に至らしめたとこの反論を純粋しつくした。
鈴木君虐殺四周年を目前にして、獄中者の決起との結合、監獄法改悪との斗いをも中心にすえ「精神障害者」解放の最も基軸的な斗いとして、鈴木国賠斗いぬいていかなければなりません。
次回公判は、十二月十九日に行なわれます。圧倒的な公判斗争への結果を!
次回公判?十二月十九日(水)午前十時大阪地裁民事部。九時三十分から地裁裏内で集会。

赤堀斗争
0の会の面会報告に詳しく述べられているように、赤堀さんの苦悩、苦しみにいかに一つ一つ答えていくのかが問われています。
とりわけ財田川・免田両事件の再審開始決定を権力の即時抗告、赤堀差別裁判への検事二名の増強ということはこの間の無実の「死刑囚」の再審開始決定による国家権力の危機感を何よりもはっきりと示しています。特に赤堀差別裁判のなかでの古畑鑑定の崩壊や拷問による強制自白といった権力の卑劣なやり方が全国民の前にあばかれるということに対する危機感があります。同時に赤堀差別裁判がいかに「精神障害者」差別に基づく権力のデッチあげてあるか、それを積極的に追認する裁判所の不当性があばかれることに対する危機感です。得に労仂者の中に根深く存在する「障害者」差別を徹底的にあおりながら「障害者」を隔離・分断・収容していく攻撃が激化している中で今こそ東京高裁の抗告棄却を許さず再審を開始させ、生きて赤堀さんを私達の手に奪い返す為、十一月二十五日の全国集会を私達の力で成功させる為に頑張りましょう。十一月二十五日の集会では、「病」者集団からは、0の会会員の講演と決意表明が行われます。全国集会の詳しい内容については、別添資料を参照して下さい。

事務局体制について
O氏の再発を防ぎ、センター維持の為に現在、O氏は「病」者集団としては、渉外・会計の任にあたっており、又赤堀中央斗争委員会委員長であり、同時に愛知0の会の代表者であり、実質的な事務局専従であるという任務を背負っている。又、現在事務局とみんなの家の経費一切を負担している。このような形で「病」者集団事務局が、運営されていく中で、多くの問題にぶつからざるをえないのである。又、「病」者集団五年の歴史の中で、事務局センターとO氏私宅が三年もの間同一の場所であった事は、組織的にも非常に変則的であり、O氏の生活を奪い、ひいては再発をもたらし、結果としてはセンター事務局機能(「病」者集団の要である)をマヒさせるという危険をつねにもっているのである。しかも、このような個人的犠牲の上にのみ集団が存立するということは事務局員総体の責任として、共同で解決していかなければならないという事であり、はっきりと事務局員をはじめとした集団会体が自らの問題として、解決していかなければなりません。
具体的には以上の事が確認されました。
@事務局と私宅の分離
A新しい事務所開設にむけて定期的なカンパアピールを行う。年末一時金にむけてのカンパアピールを行う。
B開設された事務局の運営については、継続した討論をもつ。
C事務間の支援要請については、赤堀中斗委の総務を窓口とし、中斗委として責任をもって支援者の派遣をする。
D各事務局員が支援者のオルグをする。
 当面以上のことを中心にO氏の再発を防ぎ、事務局体制の維持と強化にむけて、活動することが確認されました。

奥深山氏の件について
前回のニュースでお知らせした奥深山幸男氏に対し、東京地裁石丸は、懲役十五年という断じて許すことのできない反動的な判決を云いわたした。奥深山氏が「精神障害」をかかえながら、国家権力の攻撃に一歩もしりぞくことなく斗いぬいていることに対し、東京地裁石丸は、「被告人、奥深山は自らの正当性を主張するのみで、あれだけの社会的な大事件をおこしながら、人間の生命を抹殺したことについて一片の反省もない。」と、一九七一年の沖縄・安保斗争とそれを最先頭で斗った奥深山氏に対して断じて許すことのできない懲役十五年という判決をうちおろした。しかし、裁判と治療にかかわった弁護士・精神科医そして多くの支援者の署名を前にして、石丸は判決の翌日、奥深山氏を再保釈せざるをえなかったのです。奥深山氏の「精神障害」を克服していく斗いに支援を、そして、国家権力の「精神障害者」抹殺の攻撃と断固として斗いぬきましょう。
○ 「障害者」差別を許さないぞ!
○ 赤堀政夫さんを生きて奪い返すぞ!
○ 鈴木国男君虐殺糾弾!


*作成:桐原 尚之
UP:20100302 REV:20110806
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