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全障連No.42


last update:20120312

 ◇『全障連』(全国機関誌)目次

全障連No.42(1984・7・30)

富山差別行政糾弾闘争 
4・23第4回糾弾会で勝利のうちに大衆闘争を結着させ最終確認文書を作成させる(p.1〜p.5)

1984年4月23日

出席者 富山市 高城厚生部長(福祉事務所長)
        宮尾次長
        山下福祉課長
        大木民政府人事同課長
        小泉係長

※このうち、下、3名は今回が初めての参加

    全障連側 中川代表幹事
         平井副幹事
         西岡事務局長の3名が司会

          会員参加=約30名

主要なテーマ=医療問題と社会意識―優生思想

全障連側→「障害の発生予防」、「早期発見、早期治療」を追及。

行政側→「医療技術の進歩により障害の軽減・克服できるものについては積極的にやりたい。」
    「最後は個人の判断によってやる」

全障連側→「ヴァンサンカン差別記事」をつきつける。

行政側→「個人の意思は尊重される。だから差別意識にとやかく言えない」、「しかし差別意識はなくさなくてはならない」
     
全障連側「健常児は生まれることを望まれてあらゆる手立てをもって生かされるが、障害をもっている(あるいは予想される)胎児は嫌がられ処置しないか処置して殺されていく。ここに実際的な差別がある。」と提起
 
最終的には「一般の子どもと同じように声明を尊重し、生命と健康を守る医療に向けて努力する」と確認  

優生思想について、市側は「今の日本にはナチス・ドイツのような思想はない」と断言していた。また「優良な人材は一般的に日本を繁盛させ、社会秩序を確立するもの」と言いかけて「取り消し」という場面もあった。

富山市との最終確認文書は、1984年7月18日に取り交わされた(次号掲載、本号には富山市の第一次案を掲載している)



たてつづくマスコミの差別事件(p.6〜p.13)
(1)全逓新聞 1984年6月9日付 

全逓信労働組合の新聞において、行政の施策と脳性マヒをかけて農政マヒ(脳性麻痺)と表記する4コマ漫画が発行された。これに対して全障連は脳性マヒ者が嫌なもので、あってはならない存在」という差別意識を煽っているとして、1984年7月9日付で抗議および話し合いの申し入れ書を全逓信労働組合中央執行委員長大田清司宛てに送付している(1984年7月25日までに回答を求めている)。

問題とされたことは、以下の3つ

1.政府による農政の失敗という望ましくないものと脳性マヒを等置していること。
2.組合員の障害者への偏見を拡大していること。
3.障害者と労働者の共闘に水をさしていること。


(2)日本テレビ系「ルックルックこんにちは」における評論家の差別発言(1984年2月9日)
番組のアドバイザーとして出演していた山谷親平氏が国際結婚を希望して出演しながら、質問にはっきり答えられない女性に対し、「あなた質問にハッキリ答えなければダメ。そんなに下ばかり見ていたら身障者とまちがわれる。相手にしてもらえなくなる。」と発言したもの。

1984年 2月29日 最初の確認会 日本テレビ側は「愛は地球を救う」等の番組を強調。全障連側は番組作成にかかわった人の姿勢を追及。
    3月17日 糾弾会    山谷氏自らの障害者観を暴露しながら、差別性を認めさせる。合わせて、日本テレビ側の全面的謝罪。
                 
 ※次の事項を確認

1.1984年3月27日の番組において日本テレビは全障連との間に交わした謝罪文の内容を報告し、山谷氏自らも明確に謝罪する。
2.今後とも番組作成を通じて、障害者s別をとりのぞく内容作りに取り組み、その政策に対しては全障連とも十分協議する
3.今後あらゆる差別をなくすための社会研修を積極的に進める。

ヴァンサンカン(婦人画報社)差別記事「よい血を残したい」糾弾闘争

※これまでの経過
1984年2月26日第1回確認会
1984年4月15日糾弾会

※これまでの成果
1.当該の雑誌(1984年1月号)を回収
2.会社としての謝罪文を公開
3.謝罪文を5大紙に掲載
4.障害者及び女性差別をなくすための啓発記事を掲載
5.社内研修の実施。

全ての要求が勝ち取られた(啓発記事については、10,11、12月号に予定)


※さらなる追及を続ける中で、
編集長1人に責任があり、編集スタッフの数人がお使いなどで動いたとしてたことが嘘で、編集スタッフ2人が浅香氏(東京大学、当時)、愛育病院の2人の医師にインタビューをしていたことが発覚。浅香氏は編集者として確認した覚えがないとし、「責任の取り方」と記事を読んでの感想文を提出。全障連はひきつづき糾弾の構え。

各地の闘い

(1)障害者の生活と教育を創り出す会

深江にある郵便局が障害者には利用できないとして特定郵便局業務推進連絡会に交渉申し入れ書を提出。

(2)ノーマライゼーション研究会
1984年4月28日、大阪府社会福祉指導センターでノーマライゼーション研究会(障害者解放研究会、略称N研)の発足集会、参加者約130名

N研のノーマライゼーションの理解(p.15)
1.障害者が特殊な存在とみなされるのではなく、一般の人々と同様な人間と考えられるようにする。

2.障害者も一般の人々と同様の権利があり、同様の生活が送れるようにする。

(3)岐阜 山内定雄(聴覚障害者)に逆転有罪判決が出る でっち上げ、差別裁判を許さず、ともに闘おう(厚見中放火事件を考える会)

1984年5月28日

名古屋高等裁判

判決主文 原判決を破棄する。被告人を懲役2年6ヶ月に処す。源信における未決拘留日数630日を右刑に算入する。(いわゆる逆転有罪)

「考える会」の主張

警察官が捜査報告書の日付がおかしいこと、漢字を教える等していることを認めつつ、警察官の正しくない点に触れずに判決を下している。また、失火の疑いもあったが、放火であるから失火ではないとわかるようなわからないような説明をしている。判決には到底納得できず、最高裁へ上告する予定。

本号の最後に全国差別と闘う共同体連合(共作連)への結集呼びかけあり。
1984年7月29日に対労働省、厚生省を相手に交渉をする予定
場所は部落解放センター(大阪、芦原橋)


*作成:廣野 俊輔 
UP:20120312 REV:
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