HOME > BOOK > 雑誌 >

『全障連』bU



 ◇『全障連』(全国機関誌)目次

全障連bU(1978・8・10)
横塚晃一全障連全国代表幹事を追悼する・・・・・・・・全障連全国事務局(p2)
全国の仲間の皆さん!障害者の兄弟の皆さん!大変悲しいお知らせを報告しなければなりません。私達全障連の代表幹事である横塚晃一さんが七月二〇日、一二時四〇分かねてより入院中の駒込病院で死去なされました。
(中略)
第二回東京大会では大会前日入院すると言う中で、大会に参加できず全国代表幹事挨拶をアピールとして送ってきました。
(中略)
私達は、全障連運動を積極的に進めてきた横塚さんの死を深く追悼するとともに、横塚さんの意志を受け継ぐためにも、目前に迫った第三回京都大会を成功させ、全障連運動の発展と障害者解放運動の更なる飛躍に向けて戦っていこうではありませんか。

横塚晃一氏の死をいたんで・・・・・・・・・・・・・・・楠敏夫(雄の誤記か?作成者)(p3)(横塚2007の原文)


すずみに障害者のたち上がりと自立をうながしすべての人々の力で54年度養護学校義務化を阻止しよう 全障連第3回大会への呼びかけ・・・・・・・第3回大会京都実行委員会(p4-7)(p6-7は、第3回大会のプログラム)
これまでの運動の成果
・養護学校義務化阻止に共鳴する運動の高まり(全国20都府県における義務化阻止共闘会 議及び同様の団体、自治労の義務化反対、日教組内における強いつきあげ)
・赤堀差別裁判闘争を障害者解放運動として位置づけた
・バスの車イス乗車を一定認めさせた

運動の課題
・マスコミをにぎわせる心中事件、障害児殺し事件
・「安楽死」思想の宣伝
・地域住民による施設移転反対運動

「福祉見直し」という切り捨てと、乗かって語られた美しい言葉が抹殺の宣言であり、それは既に始まっていることが切実に感じられます。そのことは目前に迫った54年度養護学校義務化でも、文部省=各教委が私達の球団に絶句しつつも「義務化はする。選択権については言えない。」とする露骨な姿勢に貫かれており無実の「精神障害者」赤堀さんを24年館獄中に閉ざし死刑執行をもくろむ意図があり、運輸省見解が出ても車イス乗車を拒否するバス大企業を見ても明らかなのです(p4-5)。

(中略)
障害者解放運動の広範な立ちあがりをうながしつつも、一方地域に根ざした障害者の生活実態と密着した運動を強め、結びつける努力が不充分だったこと。現実に起こっている具立ち的な闘いに対する積極性が劣しかったことは深く考えねばならぬところです。(p5)

(中略)

今回の大会はこうした全く新しい情勢、それは勇気をふるいたたせるものですが、それをふまえて、地域に根ざしたより広範な障害者のたちあがりを作り出すことに最大の目標をおくとともに、それぞれの課題毎に地域での具体的な運動を交流し問題を整理し、原則論にとどまらずどういう方向でどう闘っていくのか、その時それぞれ立場の人々と、どんな関係をつくるのかを出していきたいと考えています(p5)。

7/2 交流集会の報告と全国各地の「共闘会議」の情況・・・・・・教育小委員会(p8-11)
七月二日、東京代々木のオリンピックセンターにおいて、目前に迫った「五四義務化」に対して、全国各地で闘っている活動社100名を結集して交流集会を開催した(p9)。

講師と講演内容(作成者による要約)
岡山障解委 中川氏・・・・・・・「五四義務化」に対する法制度の構造について。文部省の一方的解釈を批判

茨城大 山下氏・・・・・「発達」に関する議論

都立八王子養護学校 小福田氏・・・・・養護学校の問題点

各地の団体からの報告
東北 仙台かちとる会
☆構成団体
宮城障解委
宮城教労研
仙台赤堀さんとともに闘う会など

1976年 「かちとる会」を結成
1977年 仙台市障害児センター建設阻止闘争集会(約100名)
その他討論会などを行うも「運動はあまり前進していない」(p9)

関東
東京阻止共闘
☆構成団体
教育を考える全連絡会(がっこの会)
全障連関東ブロック
岩楯入る会
など

6月3日付けで賛同団体から都教委に質問状と交渉要求
6月22日交渉拒否
講義追求の末、会うことを認めつつある。
7月23日、結成集会

神奈川阻止共闘
☆構成団体
神奈川青い芝の会
つみきの会
ひまわり父母の会
神障研など

77年80名の結集で結成
県教委交渉後、運動は停滞

埼玉阻止共闘
☆構成団体
たけのこ会
のぞみの会
所沢実調
八木下さんなど

8月6日共闘準備会結成集会
秋には結成の予定

東海
静岡阻止共闘
通学研
青い芝の会
東部養護学校を考える会など

77年末阻止共闘(準)が結成
78年6月4日阻止共闘主催集会(100名)
岐阜・名古屋で「五四義務化を考える映画上映会」
7月30日の東海ブロック結成集会
北陸
富山
77年4月「つながりの会」の呼びかけで、「養護学校を考える集会」(40名参加)が行われる。その後目立った活動はない。

関西
大阪阻止共闘
青い芝
ゴリラ
大阪市大障解委など

77年3月12日に結成集会(350名参加)

兵庫阻止共闘
77年5月8日結成
県教委の交渉拒否に対する抗議活動
78年2名の障害児の普通学校入学をかちとる

京都阻止共闘
1977年7月3日結成
府教委交渉は拒否

和歌山阻止共闘
1977年1月結成
行政の対応は拒否

奈良
1977年「梅谷尚司君の富み注入学を実現し、みんなで教育を考える会」の結成

中国・四国
「この間岡山を中心に「五四義務化」を問題にし、これに反対していく動きが各地に広がってきている」(p10)

岡山阻止共闘(準)
☆構成団体
岡山障解委
森永告発する会
全岡山女性解放研など

毎月県教委と交渉
☆構成団体
鳥取阻止共闘(準)
全国脊椎損傷連合会山陰支部
鳥取大障害者問題を考える会

78年3月12日第1回準備会

九州
1978年1月16日
「五四阻止九州共闘」が結成
☆構成団体
九州青い芝連合会
九州ひとで連合会
福岡障害者解放研究会

1978年2月26日 長崎共闘会議結成
1978年3月21日 五四義務化阻止佐賀集会

障害者解放闘争としての赤堀闘争へ・・・・・・・・・・・・・赤堀小委員会(p12-14)
☆まずはじめに
赤堀闘争は現在大変厳しい情勢を向かえています。東京高裁小松による即時抗告棄却攻撃の強まりである。又、前号、赤堀小委員の文章でも報告されたように、三者共闘(全障連、「病者」集団、全活)の形骸化のなかで、闘う内部に不統一があらわれてきたことである。
こうして中で、私達全障連は、今までの赤堀闘争が全活を中心に闘いが進められてきており、集会などの時にしか共闘がなりたっておらず、日常的な障害者と健全者との関わりが欠如していることを、この間全活に提起してきている(p12)。

(中略)

24年前、赤堀政夫さんが放浪の旅に出なければならなかったのは、地域社会から日常的な排除があったからである(p12)。

(中略)

融和的な社会のなかで、障害者自身も圧倒的に”融和的”な考えを持っているのが現状である。自立と解放に向けて闘っている私達が、こうした現状の中にいる兄弟達に入っていけない私達自身の弱さを痛感している(p12)。

☆赤堀さんをとりまく情況
1977年3月 即時抗告→東京高裁は沈黙

☆障害者解放闘争としての赤堀闘争へ
全障連結成以降、私達は赤堀闘争を54年度養護学校義務化とならぶ障害者解放闘争の重要課題として闘ってきました。それはなにより赤堀さんが、「精神障害者」差別ゆえにデッチあげられ、死刑を宣告され、この社会の維持、延命のために赤堀さんを虐殺しようとしていること(p13)。

○運動の方向性
@赤堀さんとの具体的な関係を作り出すこと(面会、通信など)
A権力機関に対する闘い(高裁や法務省への糾弾)
B地域の障害者との日常的なかかわりと、”闘う会”へのそのことの提起

○成果
差し入れ
宅下げ
面会の部分的解除
※この当時、赤堀さんは宮城沖地震を理由に面会を禁止されている
これに対し、面会の解禁などを求める「要望書」を提出→宮城刑務所は沈黙

本の紹介・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・編集局(p16-17)
堀勝子『心をしばって下さい』
岩楯恵美子『私も学校へ行きたい』

全国各地の様々な闘いの紹介と提起・・・・・・・・・・・・・・(p18-23)
交流会の報告・・・・・・・・・・・・埼玉”たけのこ会”(p18-19)
「54年度養護学校義務化」阻止を考える交流会(1977年11月〜1978年6月まで4回)
(第1回交流会)
1973年(誤記か?―作成者)11月23日
@養護学校の教師
A普通学校の教師
B普通学級に障害児を受け入れ教育している教師
の三者からの提起を受け討論
「通学時間が長く、地域の子供たちとの交流がもてないなど問題点はたくさんあるが、今の普通学級に入れるにも不安がある」(p18)

「能力主義的なつめこみ教育によって、おちこぼれの子供達がたくさんつくられてきている。」(p18)

「障害児と普通時が日常的に交流していく中で、いっしょに遊んだり、生活することがあたりまえのことになっていった。いろんな子供たちがぶつかりあい生活し育っていくことが大切なんじゃないだろうか・・・。」(p18)

(第2回交流会)
1978年1月29日
@戦後文教政策と「54年度養護学校義務化」の学習
A「地域管理体制」の強化についてのレポート

(第3回交流会)
1978年3月18日
※運動の方向についての議論
@親を中心とした入級、入園運動
A修学相談、就学時検診等、ふりわけ期間に対する実態阻止の運動
B「54義務化」をうちだしてくる行政に対する反対阻止運動

(第4回交流会)
1978年6月3日
「54年度養護学校義務化」阻止共闘会議の発起に関する検討

54年度養護学校義務化阻止すべての障害児を校区の普通学校へ・・・・杉並・中野保育・教育を考える会

○東京の54年度養護学校義務化阻止共闘(準)に参加
○杉並区の障害児の早期発見・治療に反対
○区の学務課と交渉。@子供の就学先の決定権は親にある、Aまもなく、すべての子供の就学先を決める作業は完了する、という発言を引き出す。

6月4日「子供と学校を語る討論会」(約80名参加)を行う。
子供を普通学級に入れた親の報告会

金井康治くんの就学闘争の経過・・・・・・・・・・足立教育と福祉を考える会(p22-23)3月23日 足立教育と福祉を考える会が「4月6日から花東小に登校する」、「この件で生じた問題の責任は、教育委員会で負ってもらう」と宣言
その後、相手は話し合いの機会を設定しつつ、他の用事のために反故にした
結局話し合いは行われず、4月6日からの自主登校を遂行。
4月6日の登校は区教委によって阻止される。
→その後ピケの中を自主登校 区教委の阻止は続く。

区教委に対する交渉要求を平行して続ける。
5月1日初めての独自交渉
相手側:「両親以外とは話さない。」
5月18日足立教育と福祉を考える会などを交えて交渉
「交流について考えて欲しい」との提案あり。

6月12日 PTAから「一方的な」申し入れ書

6月23日 話し合い
話し合いが進展せず。金井さん側は「交流ではなくあくまでも転校」

点字を学ぼう・・・・・点字学習会(関東ブロック)(p24-25)
全障連関東ブロック事務局の呼びかけで、1977年10月27日から点字学習会三田の障害者福祉会館を開始。→出版物を点訳するため。


*作成:廣野 俊輔 
UP:20080816 REV:
全障連  ◇『全障連』(全国機関誌)目次  ◇障害者(運動)史のための年表
TOP HOME (http://www.arsvi.com)