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『そぞろ通信』2004

山口平明


◆2004/01/28 そぞろ通信 1月号
◆2004/02/28 そぞろ通信 2月号
◆2004/03/28 そぞろ通信 3月号
◆2004/04/16 そぞろ通信 4月号
◆2004/05/16 そぞろ通信 5月号
◆2004/06/16 そぞろ通信 6月号
◆2004/07/16 そぞろ通信 7月号
◆2004/09/23 そぞろ通信 9月号
◆2004/10/25 そぞろ通信 10月号
◆2004/12/04 そぞろ通信 11月号
◆2004/12/30 そぞろ通信 12月号



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★そぞろ通信★1月号*2004_1_28
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発行☆山口平明(堀江・天音堂G)
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■もくじ■

[1]映画「自転車でいこう」感想エッセイ+story_/~たいらあきら
[2]家事細見帖|おせち料理の巻_/~岡本尚子
[3]漫歩系|天音堂ギャラリースケジュール【石井一男展 3/12〜23】
[4]編輯後記|_/haymay山口

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■1■映画エッセイ「自転車でいこう」.........たいらあきら(平明)

【どこにもない町・スペシャル生野】
自転車とフォークリフトとどっち好き?

 町を自転車で走るって、どんなに愉快なことか。ちょっと駅までとか、
近所へ買い物にとかじゃなくて、いつもいつだって自転車にまたがって
いる人じゃないと判らないかもね、「自転車乗り」の風を感じて走る楽
しさはたまらない。

 高校時代は毎日、アルバイトで自転車に乗っていた。そういえば自転
車に乗れるようになったのは小学校高学年になってからだった。

 母と、年のはなれた姉の三人家族、ぼくは怖がりの気弱な子ども。自
転車に乗れるようになっても、まず下り坂が苦手、怖いとおもうとブレ
ーキレバーを放してしまいそうになる。これ、パニックですね。悪いこ
とに暮していたのが坂の多い神戸だったからもう大変。怖い思いをしな
がらやがてブレーキの引き加減を覚えていったのだった。

子どもにとっての縄張りはそんなに広くはない。その距離を越えるの
が自転車乗りのときだった。小さな冒険だった。大人になっても仕事先
まで、大阪市内を「愛車」ミヤタの町乗り五段変速で走りまわっていた。

李復明クンこと、プーミョンは大阪生野の町を走る、走る。平野川沿
い、今里筋、生野を越えて布施あたりまで。彼は知的障害者らしい。と
いうと、えっ知的なのに障害者ってどういうこと、なんてツッコミがき
そうやな。

よくまあプーミョンが画面からはみださなかったこっちゃ。記録映画
だから移動撮影はクルマかとおもったら、プーミョンと同じく自転車で
右肩にカメラかついで左手でハンドルを握って撮影したらしい。よう、
やる。狭い曲がりくねった路地にはクルマは無理やもん。

ぼくも高校のころのバイト先の仕事で、右手で荷物を持ち、左手でハ
ンドル操作をしたものだった。後輪のブレーキは左レバーだからね。前
輪だけブレーキをかけるとつんのめって危ないわけよ。

プーミョンを前から撮るときは、監督が前でこぎカメラマンが後ろ向
きにまたがりカメラをまわす。二人乗りは違反やけどまあええやんか。
現地調達の六千円の自転車が走る、走る。あれれ、プーミョンは横の路
地へ入って行ったよ、監督は後ろが見えないからまっすぐ走る、自転車
たちは別れゆくう。でも録音の自転車乗りはプーミョンを追走している
から彼の声は入ったわけだ。愉快愉快。

ぼくは六年前に大病をしてから自転車をやめた。歩き専門、町をよろ
よろとリハビリかねてひたすら散歩の日々。自転車では通り過ぎるよう
な、歩く早さでしか見えない景色があることに気づいたよ。これは町の
空気みたいなものかな。

プーミョンだってずっと自転車に乗りっぱなしじゃない。自転車を降
りて、お馴染みのたこ焼き屋さん、勤務先のちっぷり作業所などにはい
っていく。町の空気を嗅ぎ、ときに空気をかきまわす。知的障害をもつ
とされるプーミョンが、もたないとされる人びとへ質問を繰り出す。答
えを聞いても容赦なくまた質問攻め。

ぼくはこんなん近くに居たらカナワンでえ、と正直おもったね。質問
者の意図がよく分からないからまともに答えていいものかどうか、ぼく
なら悩みそうだ。質問が発せられると、世の中の忙しい時間が停まった
ように見えたね、あれは不思議だったなあ。

話さない重度の障害児とされるシンクンの意思をなんとか分かろうと
して、じっくりと時間をかける学童保育のスタッフに「メッチャ」共感
を覚えた。あのような時間のなかにいる者の特別な心地は、重症心身障
害児といわれた娘と暮してきたぼくにとって切なく懐かしいものだった
からね。

この映画は自転車乗りの楽しさを憶いださせてくれた。そして生野と
いう町の不思議な空気。あれはわがジャパンのどこにもないよ、スペシ
ャルだね。どんなくどい質問にも懇切丁寧にやわらかく答えようとする
親愛なる人たちが暮している町・生野。

プーミョンのお母さん(オンマ)のノさんのように、韓国からやってき
た人たちと、昔から住んでいるザイニチ(韓国朝鮮)の人びとが、この町
を暮しやすく変えてきたのだと、ぼくは勝手におもっている。

辛い、淋しい、哀しい、悔しい、貧しい。そんなお互いの事情を察し
て扶けあう空気がここにはある。一時、娘のことで生野に出入りした経
験のあるぼくにはそうおもえてしかたがない。

プーミョン「行きつけ」の自転車屋のイリエさん。お元気そうですね、
思わず画面に挨拶しそうになった。スペシャル仕様のあまね自転車の製
作時にはえらいお世話になりました。

いつだったか、ママチャリやミックス型の自転車は漕ぐのが大変で重
たいんですよ、と教えてくれはりましたね。ここはひとつ、漕ぐのが楽
な軽快な走りの自転車を手に入れて、昔みたいに生野まで走って行きた
いなあ。そんなとき、自転車のプーミョンに出合ってしまったら、ハハ、
ぼくは路地を曲がってヒョコヒョコ逃げ出すよ、きっと。

ぼくおもうに、杉本信昭監督はもうこれから生涯ずっとプーミョンだ
けでなく、障害をもつとされる人びとから逃れられない。気の毒になあ、
ハハ、あとひき三味線ですわ、べんべん。

〇公式サイトから「自転車でいこう」story転載
東京では12月から上映されていて続映中みたい、ほかに名古屋とか新
潟もでていました。最新の劇場とスケジュールはこのサイトで確認でき
ます。クリックしてみてください。「そぞろ通信」に帰ってきてよね。
http://www.montage.co.jp/jitensya/index.html

【「家、ドコ??」】

質問することが、プーミョンのあいさつだった。
李 復明(リ・プーミョン)は二十歳。大阪の生野区に住んでいる知的
障害者。よくしゃべり、よく動く。プーミョンの仕事は福祉作業所の営
業係だ。毎日毎日自転車を漕いで街へ製品を売りに出かけるのだが、行
く先々で誰かに話しかけ営業を忘れてしまう。たこ焼き屋のお婆ちゃん、
自転車屋のおじちゃん、フォークリフトの運転手、喫茶店のおばちゃん
・・・ということでプーミョンの営業成績はかなり悪い。一日の仕事を
終えると、彼は必ず街中の学童保育所に立ち寄る。健常児と障害児を一
緒に保育する「じゃがいもこどもの家」だ。ここのスタッフはみんな彼
と同年代。プーミョンとスタッフとこども達の賑やかで普通の付き合い
が、街の人々とともに過ぎていく………はずだった。
実はプーミョンには非常に狡猾な一面があり、自分のやりたいことに対
してはあらゆる手段を使って一直線に突き進む。次第に周囲との摩擦が
増え、人々は真剣勝負で彼に臨むことになる。果たしてその行く手にあ
るのは………

〇第七芸術劇場(大阪・十三juso)1/31上映開始
http://www.nanagei.com/movie/schedule.html

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■2■家事細見帖|おせち料理の巻.........................岡本尚子

黒豆のふつふつと愛たくさんに

さあ、年末。ああ、困った。「そよ風のように街に出よう」の原稿を
三本同時に書き進めているところだが、おせち料理はさけて通れませぬ。
正月に誰が来ても、それを出しておけばよいし、家族にも三食、それを
出して、あとは簡単なものですませられる。

 それに全員、おせちが好きである。毎年、最後の三日間で作る。この
三日間の午前中は子どもたちに遊びに行くことの禁止命令を出す。私の
指示で、ごまめをいったり、ごぼうをたたいたり、大根の千切り…。

 最初の日は黒豆と紅白なます。火の番をしながらゲンコーを書けた。
まずはホッ。

 次の日、十九歳の娘が「お母さん、レシピちょうだい。あとは消えて
いいよ、じゃま」。ひええー。助かった。ゲンコー書こ。でも。「あん
たら、黙ってやりや。つば飛んで料理くさるわ」。「へーへー、向こう
行って」。五人の子たちはそれでもワイワイガヤガヤ。つば飛ばしまく
り。つまみ食いし放題。

 ええい。目をつぶってー。次の日も、目をつぶってゲンコー。

 毎年きたえてるだけあって、見かけは例年どおりの出来上がり。やれ
やれ。つばたっぷりのおせちを、元旦からお客に出しましたワイ。ハハ
ハ。

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■3■天音堂ギャラリーschedule 2004年2〜3月

★★【石井一男展 女神たち】
市井に隠れ棲み、孤独な精神を支えたまるで「行」のような画作。島
田誠氏による発掘、四十九歳で初個展開催(1992年)。彫琢を極めた石井
さんの女神たちを見る人は、そこにわが心の女人像を重ねることでしょ
う。……私にとっては亡き娘の天音でした。[天音堂/山口平明]
協力:ギャラリー島田(神戸ハンター坂)

〇2004.3.12(金)〜23(火) 水・木曜日定休(3/17・18)
正午〜午後7時 最終日3/23は午後5時まで

○石井さんを発掘したギャラリー島田の島田誠氏が、「埋蔵画家発掘物
語」と題した冊子で書いた文章をサイトから以下に転載します。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【石井さんとの出会い】島田誠(元・海文堂ギャラリー経営)

受話器のむこうで、内気な声が必死に訴えるようにしゃべっている。

「突然、電話をしてすいません。おたくのギャラリーは、時々拝見させ
ていただいてますけど、先日「ギャラリーインフォメーション」を読ま
せて頂いて、信濃デッサン館への旅に感激しました。こんな文を書く方
なら、私のことをわかってくれるのかと思いまして・・・・」時々胸の病気
を想像させるような咳をまじえながら、彼は延々と喋り続けた。

「石井一男、49歳。独身。年老いた母親しか身寄りがなくて、内気な性
格で、友人もいない。夕刊を駅へ届けるアルバイトを続けながらただひ
たすら絵を描いている。でも体調も悪いし、あまり先がない予感もする。
絵を見ていただくだけでよいから」

あまりに暗い話し振りに、途中で電話を切るわけにも行かず途方に暮
れてしまう。すがりつく声に、「ともかく、一度資料か絵を持って訪ね
てきてください」と電話を切る。やりとりに耳を傾けていたスタッフが
「変な電話ですね」と肩をすくめてみせる。

こうした仕事を続けていると、作品を見てほしいという話は、しょっ
ちゅうある。それにしても、誰にも習ったこともなく、発表したことも
ない、ど素人さんでは仕方ないではないか。せめて元気づけてあげるく
らいしか、ぼくにできる役はない。そして、その話は忘れてしまった。

数日して、画廊に、白いシャツに紺のズボンをはいたこざっぱりした
格好で、キャリーに絵をくくり付けた、顔色の悪い男が現れて「石井で
す」と名を告げた。緊張して硬くなり、余計に変に咳き込む彼を促して、
ケース一杯に詰められた100点近いグワッシュ(水彩絵の具の一種)を、
時間がかかるな、と溜め息をつきながら手に取る。2枚3枚、と繰って行
くうちに、今度はこちらが息を呑む番だった。これは素人の手遊びとは
とても言えない。どれも3号くらいの婦人の顔を描いた小品だけど、孤
独な魂が白い紙を丹念に塗り込めて行った息使いまで聞こえてきそうだ。
どの作品もが、巧拙を超越したところでの純なもの、聖なるものに到達
している。思わず「なかなかいいですね。」とつぶやいてしまう。本当
は「すごいですね」と言ってあげたかったのだけど、何しろ世間から隔
絶されていきているようにしか見えない石井さんに、急激なショックを
与えてはいけない。

持参の油絵も頑固で禁欲的なマチエールをもった作品で、これもいい。
これだけの作品を描ける人が49歳まで、どこにも作品を発表せず、完全
に無名で、かつ展覧会を何度も開けるくらいの高い水準の作品を描き続
けていたとは、信じられない。そして、石井さんとぼくを結び付けた
「信濃デッサン館」の不思議なご縁。この段階で、そのことはおくびに
も出さず「近いうちに、もう少し作品を拝見しに、アトリエへ伺います」
と、涙を流さんばかりに目を輝かせている石井さんに伝えて、この日は
別れた。

発表するあてもない作品は、「無名のままであり続けて風化して土に
帰ればよい」という言葉そのままに、一点としてサインもなく、まこと
に潔い。それにしても信じ難い思いに取り付かれる。[島田文kokomade]

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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■4■編輯後記|山口平明

■メールマガジン「そぞろ通信」は、娘の天音が死んで一年たった二〇
〇一年十月に創刊。去年10月号はギャラリーのことで出せなかったけれ
ど、12月号に二回出してなんとか辻褄を合わせた。
それで今年は毎月十六日に発行していこうと決意していたが、やはり
時間がやりくりできずこうして月末近い発行となってしまった。まあど
うにか「自転車でいこう」の大阪上映に間に合ってよかった。
■カメリアーノ展が終わった翌日から発熱と頭痛で、先週後半は病臥。
日曜日は姉の一周忌法要。母のも天音のもそのたぐいの儀式を省いてき
たのに、姉の法事とはねえ、と治りきらない躰を起こしてやっと神戸へ
出かけた。お昼御飯をよばれて三宮までひとり戻った。
足は湊川へ向かう。せっかく病み上がりをおして遠出してきたのだか
ら、石井一男さんの暮すこの町に来たくなったのだった。石井さんは制
作中だったらしい。でもねえ、喫茶店を二軒も梯子しました、やりまし
た。ほとんど愚生ばかり喋っておりましたがね。ハハハ。
■今号を初めて受信されたかたで、今後は配信不要という場合はご面倒
ですがメールで一報ください。ではまた。

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◎本誌は【1行32字】で改行、閲覧には【等幅フォント】が推奨です◎
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月刊【そぞろ通信】1月号_#28□2004_1_28発行配信
創刊2001-10-16□「あまね通信」改題通巻113号

編輯発行人□山口平明(天音堂ギャラリー)
 e談先□ amanetant81@hotmail.com

※転載は全文をコピペ/引用や複製は典拠を注記/平明に一報されたし
※著作権は執筆者に属しますので、転載引用の時にはご配慮ください
※転送したいとき先様のアドレスを知らせてもらえば直接配信します
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*「そぞろ通信」大晦日号ココマデデス。あなたの近況お便りください。
【★重要★】返信機能は使わずにメールはここから【↓】お願いします。
○お便りの宛先アドレス 》》→ amanetant81@hotmail.com

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★そぞろ通信★2月号*2004_2_28
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発行☆山口平明(堀江・天音堂G)
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■もくじ■

[1]自衛隊員家族への手紙_/~安田佐知子
[2]天音堂スケジュール|石井一男展 3/12〜23 蛭井明子展4/2〜6
[3]漫歩系・後記編輯|またまた遅くなった_/doumori山口平明

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■1■自衛隊員家族への手紙

【女々しくても卑怯者でもいい】

★二〇〇三年十二月十三日。「そぞろ通信」の読者で愛知県犬山市に住
む安田佐知子さんから、自衛隊小牧基地官舎に住む隊員の奥さんへ直接
投函された手紙を、安田さんの許しをえて転載させてもらいます。

**********自衛官の奥さまへ**********

 今朝の新聞(朝日・十二月十二日)に「小牧基地隊員の妻は」という
記事が載っていました。

 『私が思いきって「自衛隊辞めたら?」と言いました。夫は「辞めな
い」と答えました。「自分も行きたくて行くわけじゃない。でも、だれ
かがいくんだから」と。この言葉を聞いて私は、ここまで来たら夫の意
志を尊重してあげたい、多くの国民に前向きに送り出してほしいと思う
ようになりました。待つ方だってやりきれないのです。』

 この文章を読んで、わたしは、いてもたってもいられない気持ちにな
りました。隊員たちも妻たちもとても悩んで苦しんでおられる。それが
よく伝わってきました。

 「誰もいきたくないんだ」「自分が辞めたら誰かがかわりに行かなけ
ればならない」「だったら自分が行く」というのはとても義侠心のある
男らしい気持ちだと思います。自衛隊員としても夫としても父親として
もとてもいい人にちがいない、と思いました。

 でも戦争というのはいつでも、こういういい人、いい夫、いい父親に
よって担われてきました。そして、それは妻たちが送り出したのです。
夫の内心の「いくのは嫌だ」という気持ちを妻たちの励ましによって奮
い立たせ、戦地に赴いたのです。

 日本のマスコミやアメリカ政府は公表しませんが、いまイラクに送ら
れたアメリカ兵のうち一七〇〇人もの兵士が脱走しています。その何倍
もの兵士が傷ついています。イラクの人たちの死傷者はその何百倍もに
なるでしょう。日本の自衛隊がいくことで、また何人かの死傷者がでる
ことになります。みなそれぞれに家族がいるのです。

 いまインド洋に派遣されている自衛官は延べ五六三〇人、そのうち約
六〇人が補職替え、つまり配置転換を希望し、実現していると聞いてい
ます。海外派兵を断っている隊員もいるのです。でもそういう隊員はそ
の後の出世や隊内で卑怯者扱いされたり居心地が悪くなるかもしれませ
ん。

 卑怯者でいいじゃないですか。弱虫でいいではないですか。自分は行
かないで、人殺しをするかもしれないようなことを命令するような人間
たちより、卑怯者になるほうがよっぽどましです。弱虫がいいんです。

 女は女々しくていいんです。男も男らしくなくていい。

 恋人の自衛隊員がイラク派遣に選ばれたことを知って、一人で派遣反
対の署名集めを街頭で始めた札幌と千葉の若い女性のことも同じ紙面に
のっていました。国や世間がどういおうと、どんな大義があろうと、ま
ず自分のきもち「いやだ!」「いかないで!」と、土壇場になっても、
わたしだったら言いたい。言う。

 「わたしは自衛隊がイラクに行くことに反対です。」

犬山市鵜飼町 安田佐知子
**********安田さんの文章kokomade**********

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■2■天音堂ギャラリーschedule《2004年3月〜4月》

【石井一男展 女神たち】

〇2004年3月12日(金)〜23日(火)
 正午〜7時 最終日5時まで
 水・木定休(3/17・18)[作家在廊]ほぼ毎日
協力:ギャラリー島田(神戸ハンター坂)

●市井に隠れ棲み、孤独な精神を支えたまるで「行」のような画作。島
田誠氏による発掘、四十九歳で初個展開催(1992年)。
彫琢を極めた石井さんの女神たち。見る人は、そこにわが心の女人像
を重ねるにちがいない。
私にあっては夭逝した娘の天音であった。
天音堂/山口平明
●●天音堂ギャラリー●●06-6543-0135
550-0015大阪市西区南堀江1-18-27-611(四ツ橋セントラルハイツ6階)
〇地下鉄「四ツ橋」5番出口徒歩5分
〇地図(マピオン、あと20日ぐらいリンクOK)
http://www.mapion.co.jp/c/here?S=all&F=mapi2628842040223153329

■□□■

 うまくなくていい、
 ヘタでいい、
 できるだけ素直に、
 無心に、
 背伸びせず、
 自分の内なるものを
 しっかり見つめて描いていこう。
             −石井一男
 

大地震のあとで

一九九五年一月十七日早朝、石井一男さんが住む大正時代に建てられ
た湊川市場近くの棟割り長屋は地震で揺れに揺れた。
でも奇跡のように残った。判定は半壊、屋根瓦に大きな被害、長い避
難所生活、足の不自由なお母さんの世話、孤独のなかで絵を描くことに
専心してきた石井さんに襲いかかる身を隠すすべのない集団生活。もち
ろん絵は描けない。
体調不良、不眠。やっと屋根の修理がすんで自宅に戻ったのは三月。
ときに描いてみるが集中できない。六月、画廊宛てに手紙が届いた。
「いつも見てますよ」という温かい励まし。
このあと元のように絵が描けるようになった。
画家の発掘者である島田誠氏は《あのときの日々が石井さんを鍛え強
くしたように思います。口調も眼差しも、従来見られなかった強靱さが
うかがえます》と言う。
石井さんは従前の清貧ぶりもなんら変わらず、簡素な住まいでひたす
ら女人の肖像を描いている。弥生三月、女神たちに逢える。  (平明)


☆石井一男さんの略歴

1943年 神戸市生まれ
1992年 海文堂ギャラリー(神戸)にて初個展
(以降、毎年開催)
1994年 ギャラリー石(大阪)個展
ギャラリー愚怜(東京)個展('97,'99)
1996年 松明堂ギャラリー(東京)個展('98,2000)
1998年 現代中国芸術センター(大阪)個展
2003年 新潟絵屋(新潟市)個展

★美術館と異なり画廊/ギャラリーは、観覧は無料ですし作品も購入で
きます。そうです、ギャラリーでは展示だけでなく販売もしています。
 この機会に、心に沁みた石井作品をぜひお求めくださりお部屋に飾る
楽しみを味わってみませんか。

==========

【蛭井明子展】
〇2004年4月2日(金)〜6日(火)
 正午〜7時 最終日5時まで [水・木定休]

日本の懐かしい山里風景の水彩画。蛭井さんは、失われていく景観を
惜しむ人びとの記憶にきざむようにていねいに描かれています。心安ら
ぐ雰囲気の作品です。
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■3■漫歩系編輯後記|_/~doumori山口平明

☆他のメルマガ「堀江ジャンクション」に書いたこと

《二月は自宅の片付けで大童でした。というのも去年十月にギャラリ
ーをオープンさせるのを優先させて、自宅においた文書類や書籍が散ら
かり放題、山積み状態。オープンから疾風怒濤の四か月を経て、二月は
一休みしてこれらの整理片付けにあてておりました。

この三月からは、仕切り直しでギャラリーをもっとゆっくりとやっ
ていきます。わが老人力にやんわり依拠しつつ、もともとの持論である
頑張らないフニャフニャ路線でいきたいと改めて思っています。お助け
サポートをよろしくよろしくです。》

☆今月も天音の月命日である16日に発行できませんでした。まあこれま
た老人力を発揮してぼちぼちやっていきます。同じ電脳世界では、天音
堂ギャラリーに関する最新の情報やニュース、あるいは堂守(ぼく)の動
きなどは、さるさる日記に書いています。タイトルは、【「天音堂ギャ
ラリー」堂守そぞろ日誌】といいます。

これは、インターネット上に個人が書く日記で、ホームページを持っ
ていなくても簡単に無料で発信できます。広告が入りますが、そんなに
煩く感じない程度。一日の文章量は短いですからご愛読ください。

トップ頁の最下段にお猿さんのボタンが並んでいて、そのなかで右か
ら2番目に「更新情報のお知らせ」というのがあります。ここへ飛んで
(クリックして)あなたのメールアドレスを登録してください。そうする
とぼくが新しく日記を書くと、自動的にあなたのアドレスにメールでお
知らせがいきます。メール内のURLをクリックすると、ちゃっと【「天
音堂ギャラリー」堂守そぞろ日誌】に飛びます。これは便利ですよ。

〇【「天音堂ギャラリー」堂守そぞろ日誌】さるさる日記
http://www3.diary.ne.jp/user/348493/

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◎本誌は【1行32字】で改行、閲覧には【等幅フォント】が推奨です◎
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月刊【そぞろ通信】2月号_#29□2004_2_28発行配信
創刊2001-10-16□「あまね通信」改題通巻114号

編輯発行人□山口平明(天音堂ギャラリー)
 e談先□ amanetant81@hotmail.com

※転載は全文をコピペ/引用や複製は典拠を注記/平明に一報されたし
※著作権は執筆者に属しますので、転載引用の時にはご配慮ください
※転送したいとき先様のアドレスを知らせてもらえば直接配信します
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ださい。
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★そぞろ通信★3月号*2004_3_28
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発行☆山口平明(大阪・天音堂G)
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■もくじ■

[1]石井一男展を感想主義から書くと_/~加藤正太郎
[2]映画「自転車でいこう」への思い_/~斉藤陽子
[3]天音堂ギャラリーschedule
【蛭井明子作品展 4月2日(金)〜4月6日(火)】2004年
[4]編輯後記_/~haymay山口

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■1■石井一男展へ「感想主義」からひと言......加藤正太郎

【人というものの持つ感情の数や強さ】

 平明さん。【漫F】(石井一男展のご案内 天音堂040311 )で紹介さ
れていた、「わが日本では学校教育で描く教育ばかりさせられて、見る
教育がなされていない」という指摘、印象に残ります。なるほど僕にも
それを教えてもらった記憶が一つもないし、実のところ(そのせいか)
ほとんど「絵」というものに関心がなく、「独学」したこともないので、
実際にそれをどう「見て」いいのか分からないのです。

 ところがそのくせ僕は、「見て」感じたことを「よかった/よくなか
った」だけですますのではなく、その内容や理由を少しでも言ってみる
のが、鑑賞者のささやかな努めじゃないかとも考えていて、そんな態度
のことを、いつの間にか「感想主義」と名づけもし、ときには標榜して
さえもいるのです。

 それで、そんな僕にとってのその「善し悪し」の基準はいったいどこ
にあるのかというと、「何かを思い出させてくれるかどうか」にかかっ
ているようなのです。そのことを今回、石井一男さんの絵を見て、今さ
らのように思い直したのでした。

 忘れていた体験や懐かしい感触やがやってくると、ですから僕はそれ
を「善い」としているはずなのですが、石井さんの絵から「見た」もの
は、そういった過去(の自分)の再来というのとは少し違っていて、何
と言っていいか、人というものの持つ感情の数や強さについて、である
ような気がしています。たとえば恐ろしい嫉妬や消し去りたい失敗(あ
るいは願い)、そんな光景を、こめかみを支柱にするかのようにして、
頭蓋の中にピンと張ったスクリーンに何度も焼き付けながら、このよう
だったのか、もしこのようであったならば(こうであってほしい)、と
緊張と弛緩との反復にへとへとになってしまう、そんな感情がたくさん
あるはずだと教えられるような気がします。

 平明さん。実はいま書いた僕の感想は、特に気になった一点、目を見
開いた女性の見つめている「何か」への連想から来たものではあるので
すが、それは、この一点から次の絵へと右90度回転したときに出会った、
さっきとは正反対のような、ある強い穏やかさや、それに、とてもとて
もよく似ているのに、同じものが一つもない二十数点、という印象とも
繋がっています。

 日頃の自分は感情や思いや願いというものの数を、ずいぶん少なく見
積もっているんじゃないか? という、なんだか教訓めいた言葉を、今
回の南堀江訪問に付しておきたいと思ったのでした。石井さんによろし
くお伝え下さい。            (2004年3月21日受信)

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■2■映画「自転車でいこう」への思い.........斉藤陽子

【愛しさとうっとうしさ、私のープーミョン】

 私がプーミョンと出会ったのは十三[juso 大阪の地名 へ注記]の第七
芸術劇場。大きなスクリーンの中を、彼は気持ちよさそうに自転車で走
り抜けて行きました。

 プーミョンは誰彼となく質問します。「ガスコンロのガスとおならの
ガスは一緒なん」とか「へえー」と感心したり笑ったりしながら実は大
人には「わからない」ことが恥ずかしくてできない質問。そのことばに
わが家の5歳児(♂)との日常を思い出し「わー何か似てる」と愉快な
気持ちになってしまいました。そう! この交互にやって来る微笑まし
さとわずらわしさこそ私の日常的感情なのです。

 遠くで彼を思う時感じるいとしさと、近くで沢山の質問や欲求に応え
るうっとうしさ。その繰り返しの感情をきっと、この映画の登場人物達
は皆感じていると思います。それは小さい子を持つ親、老いた親を持つ
子にも共通した「家族への思い」に限りなく近い気がします。

 日々、自転車を漕ぎながら駆け抜ける町のあちこちに、彼は寄り道の
場を持っていて、いつも質問を浴びせかけ自分の要求を押しつけ、時に
叱られ時におちょくられ時に優しくされて、いつの間にかそこに自分の
居場所を作ってしまう。その最初のきっかけが質問なのです。彼の質問
にふつうに答えてくれる人達は、彼に隣の席をあけてくれます。彼自身
ちっとも意識していないと思うけれど、質問によって彼は人を見極め、
探している。理解者をキャッチするアンテナのような、名刺のようなも
のです。

そうやって行ったあちこちで知り合いを作り、頼れる先を探してプー
ミョンは毎日を過ごしています。今日もきっと「富永工務店、営業行け
るん?」とか言いながら違う目的地にむかって自転車を漕いでいるにち
がいないな、なんて想像して私もにやにやしてしまいます。

 足のむくまま気の向くまま、寅さんみたいに気ままなプーミョン。そ
の毎日は「大人」という仕事を持つ人達には腹立たしいだろうな、と思
います。「能率」とか「実績」とかを追って生きざるを得ない大人には
「自分」とか「自由」とかを考える時間は限られるし、まして「大人だ
から」というだけで嫌な仕事や人間関係も我慢して当然と思われるから。

 プーミョンだって大人だって、全部自分の思いどおりにはならないの
が世の中だけど、あっちこっちにつっかかり、理解者を求める生き方っ
てすごく必要だと思います。あちこちにゴンゴンぶつかりながら、自分
の欲求をぶつけつつしたい事をしようと生きていく。

 その自然なやりかたがプーミョンの魅力だと思います。日頃自分を抑
えている人には、しんどいかも知れないけれど、ヤクザ映画を観た人が
歩き方から変わるように「自転車でいこう」を観た人も寄り道して自分
のほんとの気持ちを見つけられたらいいなあと思う私です。

 自転車を漕いで好きな角を曲がり、好きな人に会いに行こう!

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■3■天音堂ギャラリー2004年4月のご案内

〇2004年4月2日(金)〜4月6日(火)
【蛭井明子作品展〜残された山里を描く】
12時〜19時 最終日17時まで 期間中無休

日本の懐かしい心安らぐ山里風景の水彩画です。作品を見る人が、絵
のなかの風景にはいっていきたくなるような雰囲気をもっています。蛭
井さんは、失われていく景観を惜しむ私たちの記憶にきざむように、残
された山里をたずねて丹念に描かれています。

〇天音堂ギャラリー 06-6543-0135
大阪市西区南堀江1-18-27-611 四ツ橋セントラルハイツ【6階】
〇地図(ここをクリックしてくだされば街路図がでます)
http://www.mapion.co.jp/c/here?S=all&F=mapi2224364040306164502
地下鉄・四ツ橋線「四ツ橋駅」5番出口、四ツ橋筋を南へ(難波方向)
数分、右手に立花通商店街(元は家具屋が多かったが今は堀江の顔)の入
口を通り過ぎて一本南の道(三津寺筋の延長)を右(西)へ曲がります。あ
とは左側の歩道を歩くこと2分、赤い消火栓の標柱がたっている前の建
物です。コンビニ「ファミリーマート」を目標にどうぞ。
★地下鉄出口から四ツ橋筋を一回曲がるだけです。★曲がり角の目標は
「パロスビル」。尋ねるときは「大野記念病院」か「駿大予備校」。そ
の手前(東側)のビルです。★ギャラリーは一階にありませんのでビルの
エントランスをはいってエレベーターで6階までお越しください。★エ
ントランスのすぐ隣はエイコー測器という会社です。同じ一階にあるフ
ァミリーマートまで行くと行き過ぎです。★エントランス前の歩道に看
板を置いてます。迷ったら早めにお電話ください。

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■4■編輯後記henshukouki 車に口と耳で「あつめる」読みはシュウ

☆筆者紹介です。加藤正太郎さんは大阪の夜間高校の数学教師。四十代
初めかな。独身。小生の呑み友達であります。あるサークルで知り合い
ました。そうそう、天音堂ギャラリーでも語り合うサークルをやってい
きたいと考えています。「そぞろ通信」の感想あたりを入口にしましょ
うかね。読者のオフ会ですワ。酒とつまみ持ち込み歓迎。第一回は、4
月11日(日)午後4時〜天音堂ギャラリーにて、会場費500円。

☆斉藤陽子さんは文にあるように一児の母、京都のある集まりで知り合
った。2002年秋、神戸でヒロミさんの展覧会をしたときお手伝いし
てもらった。爺さんにとって若い女性の友は、ハハ、実に嬉しい。それ
はエロ爺イやないかという説もある。谷崎潤一郎を思いだすなあ。まあ、
拾ったいのち、余生なんやから許してくんさい。

☆「そぞろ通信」を中旬に、「あまそぞ」を下旬に発行したいのになか
なかうまくいかない。来月こそはと思っているのですが。

☆4月下旬から5月にかけて山口ヒロミさんの個展を開くつもりです。
雑誌の表紙絵だとか、ミニコミの挿絵など、絵の整理もかねて追々と飾
っていきます。お楽しみに。「あまね通信」とか「草の根通信」の現物
も見てもらうようにしますね。5月はヒロミさんの誕生月でもあります。
天音は6月。生きておれば、二十三歳。いまだ恋してます。

☆岡本尚子さんの連載「家事細見帖」はしばらく休載です。書く仕事で
お忙しいようです。うちらはゆっくり待つつもり。「そよ風のように街
に出よう」で、彼女の文章は読めます。
〇「そよ風のように街に出よう」(図書館にあるかも)
http://www.hi-ho.ne.jp/soyokaze/newest.htm

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◎本誌は【1行32字】で改行、閲覧には【等幅フォント】が推奨です◎
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月刊【そぞろ通信】3月号_#30□2004_3_28発行配信
創刊2001-10-16□「あまね通信」改題通巻115号

編輯発行人□山口平明(天音堂ギャラリー)
 zatu談先□ amanetant81@hotmail.com

※転載は全文をコピペ/引用や複製は典拠を注記/平明に一報されたし
※著作権は執筆者に属しますので、転載引用の時にはご配慮ください
※転送したいとき先様のアドレスを知らせてもらえば直接配信します
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*「そぞろ通信」するりと弥生号ココマデデス。あなたの近況お便りく
ださい。
【★注目★】返信機能は使わずにメールはここから【↓】お願いします。
○お便りの宛先アドレス 》》→ amanetant81@hotmail.com


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★そぞろ通信★4月号*2004_4_16
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発行☆山口平明(大阪・天音堂G)
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■もくじ■

[1]天音堂ギャラリーschedule4月〜5月
堂守古本展〜5/31と山口ヒロミ銅版画展4/30〜5/31
[2]石井一男展の感想紹介
[3]連載[家事細見帖]蕗と筍の巻_/~岡本尚子
[4]編輯後記[ちょっと長い蛇の足]_/~haymay山口

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■1■天音堂ギャラリー2004年4月〜5月展示のご案内

【堂守蔵書虫干し大会(即売OK)】
4月12日(月)〜5月31日(月)

天音堂ギャラリーの堂守こと山口平明の所蔵しておる書籍と雑誌、ミ
ニコミなどを、曝書および虫干しいたす所存。近くにある自宅からえっ
ちら画廊へ陸続と本を運びきたりて、諸姉兄にご覧にいれます。
この数年、ネットやリアルの古本屋さんに売ってきたが、まだちょこ
っと残っている分の処分展と思われたし。
各コインにて入手可能。カナラズ電話のうえご来廊たまわりたし。例
の赤スカーフも目印ですぞ。

【山口ヒロミ銅版画展/保管庫開帳】
2004年4月30日(金)〜5月31日(月)

天音堂ギャラリーのオーナーであり銅版画家でもある山口ヒロミの常
設展(ちょびっと回顧風味、また天音の描かれていない絵もあり)を4月
30日から5月いっぱい開きます。

ほかに神野立生・貝原浩・石井一男・横原瞳、各氏の作品もご覧にい
れまする。「あまね通信」や「草の根通信」などミニコミ展示もあり。

いずれも途中、水と木は休みますが、見に来られたら開きまっせ〜。
前日にでもお電話ください。

●ひとりで店番しているため、所用や仕事のために留守にすることもあ
ります。カナラズ電話してからお越しください。期間中無休ともいえま
すが、突発休みもありです。
なお4月19日(月)〜22日(木)は、小生の事務所を休みます。したがっ
て天音堂ギャラリーもお休みです。お間違い泣きように願います。

★遠方で天音堂ギャラリーにおいでになれない皆さまに朗報です。
インターネットで山口ヒロミの銅版画をご覧になれます。ブロードバ
ンドへの接続環境にあるかたなら、音楽とともにしばし天音堂にいるよ
うな気分にひたれます。どうぞお楽しみください。
〇山口ヒロミ電脳展覧会(WEB版SELF-SOアートギャラリー/制作:村上稔)
http://www.selfsoart.jp/yamaguchi-h/

◆amanedo天音堂ギャラリー<>
 *営業時間:12:00〜19:00(金〜火/水・木はお休み)
 < E-mail:amanetant81@hotmail.com>>
大阪市西区南堀江1-18-27-611 四ツ橋セントラルハイツ【6階】
〇地図(ここをクリックしてくだされば街路図がでます)
http://www.mapion.co.jp/c/here?S=all&F=mapi2203624040416182830
地下鉄・四ツ橋線「四ツ橋駅」5番出口、四ツ橋筋を南へ(難波方向)
数分、右手に立花通商店街(元は家具屋が多かったが今は堀江の顔)の入
口を通り過ぎて一本南の道(三津寺筋の延長)を右(西)へ曲がります。あ
とは左側の歩道を歩くこと2分、赤い消火栓の標柱がたっている前の建
物です。コンビニ「ファミリーマート」を目標にどうぞ。
★地下鉄出口から四ツ橋筋を一回曲がるだけです。★曲がり角の目標は
山中大仏堂隣の「パロスビル」。駅で尋ねるときは「大野記念病院」か
「駿大予備校」。その手前(東側)のビルです。★ギャラリーは一階にあ
りませんのでビルのエントランスをはいってエレベーターで6階までお
越しください。★一階にあるファミリーマートまで行くと行き過ぎです。
★迷ったら早めにお電話ください。

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■2■石井一男展の感想紹介(2004年3/12〜3/23、天音堂ギャラリー)

【おかげさまで静かながらも温かい空気が漂う展覧会でした】

★島田誠さん(神戸市・ギャラリー島田)
大阪・天音堂ギャラリーの石井一男展に行ってきました。地下鉄「四
つ橋駅」から徒歩7分。マンションの6F。隠れ家のごとき画廊。
重度の障害者として19才で逝った山口天音さんの、ご両親、山口平明、
ヒロミさんが主宰するギャラリー。ヒロミさんが銅版画作家で、平明さ
んがジャーナリストだけあって、拘りのあるいい空間。彼等に愛されて
石井さんの女神たちも幸せそうだった。
平明さんは案内状に石井さんの女神を「私にとっては亡き娘の天音で
した」と書かれています。それだけで全てを表しています。[「ギャラ
リー島田 画廊通信」2004年4月号]

★JTさん(大阪市大正区)
一枚一枚に込められた時間と空気と、言葉もなくただただ引き込まれ
てゆきました。ほんとうにすばらしいです。いつか、一枚……感動しま
した。[芳名帖]

◇Yさん(此花区)
太っちょヌードとジャコメッティみたいな細い人が好きです。[芳名
帖]

★SYさん(兵庫県神戸市)
石井さん、初々しいというか素敵な方ですね 余分な物を持たない人
のチカラというか清々しいというか何かを求める強い心を感じます。次
はどんな作品を描かれるのかな〜と楽しみです。[ケータイメール]

★TRさん(生野区)
画廊や作家さんとの出会いは緊張することが多いのですが、天音堂さ
んは少し印象が違っていて、知り合いのお宅に伺っているようで快適で
した。
石井さん、なんだかほとけさまみたいな、すきとおった感じの方で、
お話していて気持ちが楽になるというのか、そのすきとおりが流れ込ん
でくるように感じました。ありがとうございました。[電子メール]

★TJさん(都島区)
暗いけど明るくて、悲しそうだけど楽しそうで、そんな絵としばしよ
い時間をもてました。ありがとうございます。[芳名帖]

★AMさん(兵庫県西宮市)
石井さんの絵も、素晴らしいと思います。心にしみる、暖かい、まあ、
いろいろ言えると思いますが。帰ってから、メールで、平明さんの「絵
を買って」とある「お便り」を読みまして、ほんとだ、買いたいな、と
思いました。高いですよ、ね。今は、子供達が小学校で習っていた図工
の先生の水墨画しか、持っていません。それは安かったのです。[電子
メール]

★TYさん(兵庫県神戸市)
石井一男展はとってもよかった! ご本人も温和を絵に描いたような
絵描きさんでお話をさせていただいていると心がやすまりました。[電
子メール]

★TSさん(長野県大鹿村)
あの空間と石井一男さんの絵はぴったりと合っていて、私には会えな
かった天音ちゃんの存在を妙に実感させてもらえました。
天音ちゃんの存在と言うより、天音ちゃんに対するお二人の愛を感じ
たのかもしれません。(アキノ)イサム展が「動」なら石井一男展は「静」
を感じさせてくれて、両方良かった。[電子メール]

★NYさん(奈良県桜井市)
優しいまなざしが素敵です。[芳名帖]

★OMさん(兵庫県神戸市)
心が静かになりました。ありがとうございました。

★HYさん(淀川区)
案内をいただいた時から、楽しみにしておりました。石井さんの絵、
「人物」が描かれている絵はやはり良いものですね。

★EKさん(滋賀県甲西町)
天音さんのお写真の横に掲げられていた童女の絵が、浮き出るような
やわらかさを帯びていて、とて印象的でした。
ちょっとした言葉のやりとりだけでしたが、石井さんの、あのお人柄
の奥底に、どのような深い祈りの世界があるのだろうと…、そのような
ことを思ってしまいました。
深い祈りの世界…、生死のあわいに彷徨うものたちへの限りない慈し
みの情…、自他の区別なく重なり合って生きていることへの気づきによ
ってもたらされるであろう生命それ自身のはたらきに対する畏敬…。
時間の流れが止まったようなギャラリーを後にしながら、そのような
ことを考えていました。[平明宛の手紙]

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■3■連載[家事細見帖]蕗と筍の巻_/~岡本尚子

【筍を 朝から茹でて 良き日かな】

 カレーライス、麻婆豆腐、野菜いため…。取材が続くと、そんな食事
ばかり作っている。目の前に、原稿が積まれていると、いかに短時間で
作ろうかと思う。

 だいたい、人は「子どもが大きくなると手伝ってくれるでしょう」な
んてのたまうが、とんでもない。家にいないのだから、手伝うはずもな
い。小さい頃の方がマシである。今も、小学生はいるが、遊び盛り。

 しかし、春である。筍、蕗、若ごぼうがスーパーにも並ぶ。蕗を買っ
てしまった。板ずり、筋取りと時間がかかるしろものだ。とうとう、山
積みのゲンコー書きをさぼり、蕗を煮た。

 蕗の、この鮮やかな緑!ほろ苦く甘い。「うーん、春の味!」。一人
で喜んでいると、高校生の息子だけが「うまい!」と言ってくれた。同
時に「もしもし、ゲンコーはどうなりますのや」という天の声。「はあ
ー、しかし筍も茹でたいのですわ」と返事をしておいた。

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■4■編輯後記henshukouki[ちょっと長い蛇の足]

◇やっと16日に配信できる。天音の月命日に発行していくと、憶えやす
く日程調整もしやすいかと思ったのだった。天音堂ギャラリーを始めて
からはなかなかそうもいかない。でも月刊の発行間隔は守りたい。

◇とうとう展覧会の企画も底をついてきて、ここんところの生活リズム
がちょうどいい塩梅なのかもしれない。のんびりゆっくりいこうよ、と
自分に言い聞かせている。もともと先のことを考えたり予定を立てるの
が苦手。という意味では、目先だけをこなしていく天音との暮しは、ぼ
くにとって合っていたのだろう。

◇石井一男展の感想特集に掲載させていただいた皆さんには転載許諾を
えていない。それでお名前はイニシャルにした。お許しください。
今回の展覧会を開くにあたっては、神戸のギャラリー島田のオーナー
で石井さんの発掘者である島田誠さんに随分とお世話になった。その島
田さんから、天音堂で石井一男展を一年に一回開いてもらっていいです、
とのお許しを得ました。ありがたいことです。来年の同じころ、開きま
すので、今回見逃したかたはお楽しみにどうぞ。
石井さんの個展を開けるように、石井さんと島田さんに声をかけてく
れたのは新潟の画廊「絵屋」の旗野秀人(運営委員)さんでした。山口ヒ
ロミさんが去年五月、絵屋さんの企画で個展を開いてもらったのが知遇
をえるきっかけ。石井さんも絵屋で去年十月、個展を開かれたのでした。

◇岡本尚子さんから原稿が寄せられました。難局を乗りきられたようで
す。細見帖愛読の皆さま、毎月載らなくてもゆっくり待ってあげてくだ
さいね。ちょうど今日友人から筍を送ってもらったので、「炊いたん」
で黒糖焼酎を一献、楽しみです。

◇目次に載せてませんが、「そぞろ通信」本編のあとに付録資料として、
イラクのファルージャについての報告リンクをつけてます。報告者は、
ジョー・ワイルディングさんです。訳者は益岡賢さん。アメリカのイラ
ク侵略戦争における皆殺し作戦の現場報告です。転載転送OKとのこと。

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◎本誌は【1行32字】で改行、閲覧には【等幅フォント】が推奨です◎
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月刊【そぞろ通信】4月号_#31□2004_4_16発行配信
創刊2001-10-16□「あまね通信」改題通巻116号

編輯発行人□山口平明(天音堂ギャラリー)
 zatu談先□ amanetant81@hotmail.com

※転載は全文をコピペ/引用や複製は典拠を注記/平明に一報されたし
※著作権は執筆者に属しますので、転載引用の時にはご配慮ください
※転送したいとき先様のアドレスを知らせてもらえば直接配信します
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*「そぞろ通信」四月号本編ココマデデス。近況お便りください。
【★謹告★】返信機能は使わずにメールはここから【↓】お願いします。
○お便りの宛先アドレス 》》→ amanetant81@hotmail.com

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●●イラク・ファルージャでいま起きていること
【ファルージャの目撃者より:どうか、読んで下さい】
ジョー・ワイルディング
[訳:益岡 賢]
2004年4月13日
[転送・転載歓迎]
http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/iraq0404d.html

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【リード】長くなってしまいます。お許し下さい。でも、どうか、どう
かこれを読んで下さい。そして、できるだけ多くの人に広めて下さい。
ファルージャで起きていることの真実を明るみに出す必要があるのです。
ハムーディ、私の思いはあなたとともにあります。
2004年4月11日 ファルージャ

【以下は、訳者の益岡賢さんの解説※】
ジョー・ワイルディングさんは、イラクの子どもたちにサーカスを見せ
ようという活動をしている外国人のグループ(アーティストと活動家の
集まり)(?)である、「Circus2Iraq」というグループのメンバーで
す。大急ぎで訳したので、細かいタイポや誤訳があるかと思いますが、
ご容赦下さい。

ここで描かれている出来事は、「停戦」下でのものです。米軍は「停戦」
と称して空爆や大規模攻撃こそ止めましたが、狙撃兵による狙撃と攻撃
は続けています。そして、今、空爆を再開するとの情報が入ってきまし
た。

ファルージャで米軍が行っていることは、被占領下パレスチナでイスラ
エル軍が日々行っていることに似ています(両軍は合同訓練も行ってい
ます)。そして、インドネシア軍がアチェで、ロシア軍がチェチェンで
行なっていることにも。虐殺。これらの虐殺は、いずれも「テロに屈す
るな」という美しく勇ましい掛け声のもとで行われているものです。

バグダッド近郊で4人の米国人の遺体が見つかったというニュースがで
かでかと新聞に出ています。ファルージャでは600人もの人々が殺さ
れています。子供の犠牲者は100人以上。これらの報道が大見出しに
なることは、あるのでしょうか。(益岡賢さんの解説ココマデ※)

もう一度リンクを載せて、「そぞろ通信」付録も終りです。購読感謝。
http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/iraq0404d.html
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★そぞろ通信★5月号*2004_5_16
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発行☆山口平明(大阪・天音堂G)
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■もくじ■

[1]連載[あの頃] 五年前、十八歳の天音と_/~山口平明
[2]パソ抜き書き【田中小実昌】「西田経」より
[3]連載[家事細見帖] 風呂掃除の巻_/~岡本尚子
[4]編輯後記[あの頃をよすがにして]_/~haymay山口

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■1■《archives》十八歳、天音の四季をたどる[一九九九年四月]

【母は母を辞めたいのよ】

四月五日★天音は先週の発熱から少しずつ恢復している。すぐ熱は下
がったものの、呼吸不全はあいかわらずつづいている。呼吸不全へのス
イッチは発症直後ほどはいりやすくはないものの、抱っこせずにソファ
に横たえておくと、くちアングリの状態から過呼吸症におちいる。

 これをやられて「カッ、カッ、カアー、グァッ」と声にならない状態
を眼にすると、天音のかたわらに母か父は駆けつけなければならない。
父は技術面で下手なので、どうしても母親におまかせになってしまう。

 天音はこのごろではたいてい午前三時前後には寝ついているようだ。
睡眠時間はその日によって異なり、四〜八時間ぐらいである。赤ちゃん
のころからつい三、四年前まで、現在のようにつづけて眠れなかった。

 出産時の脳損傷により難治性のてんかんになって、深夜になり寝つき
そうになると痙攣発作が頻繁に起きる。あの苦しい夜々を重ねた生後十
数年を思うと、現在なんか楽なもんである。ところが親のほうがかつて
のような体力も気力ともなくなってきた。親子ともども加齢にともない
生命の解体にむかって、不可避にして不可知なプログラムを歩んでいる、
ということか。

 私は天音より遅く朝の四時か五時にしか寝つけない。連続して三、四
時間眠れたらいいほうだ。おそらく一昨年(一九九七)七月の脳梗塞に
よる入院手術などの後遺症だろう。私は不眠をさして深刻には考えてい
ない。病熟れ(やまいなれ)、病気を飼い馴らしている状態をこのよう
に呼んでいる。

 寝ついて一時間もすると目覚めてしまうときもあり、こんな場合は新
聞や本を読みながら睡魔の襲ってくるのをゆるりと待つ。午前十時過ぎ
から昼過ぎまで眠って起きる日もある。

 眠れない夜中は、日記を書いたり本を読んだりして過ごす。眼が疲れ
ていると思えば、明かりを消して寝床でラジオを聞く。NHK第一放送
の「ラジオ深夜便」が愛聴番組だ。昭和初期の歌謡曲がかかると、自分
でも不思議なほどよく知っているのに驚く。(松下竜一氏が立松和平氏
とともにこの番組の対談に出演されたのは残念ながら聞き逃した。)

 若者向けの深夜番組の多いなかに、この深夜便は大人というより中高
年者向けの内容と構成になっていて、落ちついて聞けるのがありがたい。

 長くラジオで毎日(平日のみ)トーク番組に出演されている秋山ちえ
子さん(自称、ラジオ職人)が放送関係の雑誌に「映像のあるテレビは
思考の範囲が限られ固定される恐れが大きく、ラジオは言葉と音で脳細
胞の働きを活発にし想像力はふくらむしボケ防止にいい」みたいな考え
を書かれていた。ボケ防止とは言いえて妙、脳梗塞をやった私なんぞは
ボケになりやすいといわれているから、テレビをだらだらと見てないで、
ラジオを聞くべしと身に沁みて思う。

 深夜番組ではなくとも平日の日中、中波のラジオ放送は仕事で車を運
転する人やお店や居職の人などもよく聞いているものらしい。

 大災害のとき電池を電源とするラジオが大いに役立った例として、一
九五二年三月の十勝沖地震(マグニチュード八・一)に、たまたま取材
で弘前の旅館にいた秋山さんはラジオから聞こえる落ちついたアナウン
サーの声と言葉による情報が、市民の動揺する心をしずめていたことを
あげている。テレビは画面が乱れて横線と雑音だけだったという。(日
本放送出版協会発行の「放送文化」94年7月創刊号収載のエッセイ「あ
なたと家族の命を守るのはラジオです」による)

 このように秋山さんが書いた半年後の一九九五年一月、阪神淡路大震
災は起きた。神戸のラジオ局が生活に密着した情報を送りつづけて、被
災地の市民に役立ったときいている。私自身も神戸育ちという関係もあ
って、ヘリコプターから撮影のテレビ映像よりも、聞き覚えのある地名
の聞こえる神戸発の民放ラジオを始終かけていた。

 ラジオそのものは横6センチ縦十センチ厚さ一・五センチの小さなも
のを愛用している。枕許にひとつ、仕事机の脇にひとつ、なにかしなが
らでも聞けるのがラジオのよいところ。枕許のも一時間聞きつづけると
勝手に切れるようになっている。眠ってしまっても大丈夫というわけだ。
アルカリ単四乾電池が二本、これで随分もつ。

四月八日★先週の水曜日三月三十一日、妻君のヒロミは銅版画教室を
天音の発熱で休んだ。昨夜(四月七日)の教室では月刊誌「母の友」八
月号の絵の刷りを二回して二回とも失敗したらしい。疲れきって帰宅し、
食事、天音との入浴、抱っことクタクタになる。

 夫婦喧嘩、きっかけはいつものささいな言葉の行き違い。時間をかけ
た言葉のやりとり。その間、天音は母にたいてい抱かれている。

 この夜は天音は徹夜し朝六時から昼過ぎまで眠る。母のほうはもろも
ろの疲れがでたのであろう、午前二時から昼までぐっすり寝た。私も天
音と同じような時間帯で眠れた。

 天音は白い痰を喉や鼻から咳とともに出している。八日の夜半(九日
午前零時過ぎ)父が天音を抱っこしていると、突然顔が白くなる。きつ
いチアノーゼだ。

 母が胸を抑えつけながら息を吐かそうとするが、息がなかなか出ない
ので苦しがる。大きな声が出れば息が吐きだせるわけだから、母の掛け
声に合わせるように眼をむき額に皺をよせながら「ハアーッ、ワアーッ」
とやっと声がしぼり出される。

 息がもどるまでこのかん十分ほど。そういえばチアノーゼを起こす前
に私が抱っこしていたとき、生あくびを数回していたのだった。よかっ
たねえ、天音ちゃん、この世に生還したねえと母と父は文字通り胸をな
でおろして、こんなことがいつまで成功するのか、という心配は頭から
振り払うようにして、今だけを生きるようにしようね、といつもの黙契
をお互いに交わす。昨夜の夫婦喧嘩を忘れているわけではない、お互い
に。

四月十日★ASさん来宅。ヒロミさんが銅版画に使う着古したTシャツ
をたくさん持ってきてくれる。インクの拭き取り用に使い捨てのボロ/
ウエスとして、ケバのない洗いざらした綿のメリヤス下着やTシャツが
最適らしく、私もまだまだ着られるTシャツを供出したこともたびたび
なんである。

 ASさんは先月まで大阪生野で保母を長らくしていたのだが、障害をも
つ息子(中学生)と一緒の時間をもちたいと仕事を辞めたのである。夫
さんは障害者の共同作業所勤務であり、当面は貯金を崩しながら暮らし
ていくとのこと。うちら貯金どころか生命保険も解約してお先まっくら
や、と貧乏人同盟の熱き連帯の挨拶をかわしたいところなれど、おそら
く貯金額のレベルからしてちゃうやろなあ、と弱気になる私であった。

四月十一日★日曜日の午前中は妻君は真田山公園の市営プールへ行く
はずなのだが、本日は別。京都岩倉にある教育(山の分校)と出版(講
演録のブックレット)の論楽社へ月に一度の例会にお話をしに出かけね
ばならない。二月末に依頼を受けたときはヒロミさんにということだっ
たが、天音の調子が平常にもどってないので私が代理で行くことにして
いたのだった。

 このとき私は大失敗をやらかした。お話がすんでちょっとお食事でも
とすすめられたのがそもそもで、酒気を帯びるとアキマヘン。とんでも
なく長居をしてしまい、その日のうちに帰宅せよとの寮則(病後の取り
決め)を破ったのだから、妻君の怒りは天を衝いた衝いた。このところ
喧嘩ちゅうか、妻君に怒られることが多いような気がする私である。

四月十二日★難航の「母の友」八月号の銅版画とエッセイ原稿を送り
だして、ヒロミさんはほっとしている模様だ。でも昨日の私の不始末に
よる不機嫌さは持ち越しである。「結局やね、何が起きても何があって
も、天音の世話は私がやらんといかんのやから。ほんとに不公平ねっ」

 お説ごもっとも。ただ平謝りの私である。夫婦のもめごとにつきあわ
された天音は、げっそりと頬の肉が削げたように見える。母がおちこん
でいるから、その気配を皮膚感覚で察知した天音はストレスで痩せてき
たとのご意見なのである。お説ごもっとも。娘にもゴメンと平謝りの私
である。

四月十三日★今日は日曜日じゃありません。でもヒロミさんは午前中
にプールで泳いできてご機嫌がなおったのです。行ってもらってよかっ
たあ。私は朝五時まで机にむかっていじけながら、妻君の悪口をメモし
たり心の修養になるような本を読んだりしておったのです。

 妻君は母を辞めたがっている。だのに天音はますます母でなくてはな
らないのだ。厄介なことだ。されど天音の存在と暮らしぶりを友人知人
に知らせようと出したミニコミ「あまね通信」の文章がまとまり立派な
本になった。『寝たきり少女の喘鳴(こえ)が聞こえる』一九九五年六
月、自然食通信社刊。天音の美しさを残したいと描き始めた絵が、今で
は銅版画による挿絵を雑誌に描かせてもらうまでになっている。母よ、
母を辞めてどうするの?  (初出「草の根通信」一九九九年七月号)

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■2■王強い嗚呼流[パソ抜き書き]●田中小実昌●
『なやまない』一九八八年二月 福武書店所収「西田経」より

【水と小さな流れと細かな砂、そこに自由が】

 《森林植物園の坂道は、やがて、ほそい流れのよこをくだっていく。
山から涌きでた水だろうか。透明な水がながれ、水の底のこまかな砂が、
ときおりふわっとふきあがる。べつにメダカが砂をさわがしたり、なに
かの小動物がいるわけではあるまい。水とちいさな流れと砂の、かろや
かな自由なうごき。意志も規正もないところには自由もない。ふつう考
えられてるようだが、はたして、そうだろうか。水や砂など意志をもた
ない(たぶん)無機物のうごきを自由(!)と見るのは、ただ見るニンゲ
ンの感じだけで、自由はニンゲンの側のものと言われるだろうか。でも、
この水とちいさな流れと砂のうごきは、自由! と自由の実在をしめし
てるみたいだ。》

〇田中小実昌(一九二五〜二〇〇〇)訃報
日刊スポーツ[2000年2月28日号]サイト
http://www.nikkansports.com/jinji/2000/seikyo000228.html

田中小実昌は天音と同じ二〇〇〇年に亡くなっている。七十四歳。こ
の記事を読むと、画家の野見山暁治が義兄になるんだよね。《隣に住む、
田中さんの義兄で画家の野見山暁治さんによると、田中さんは10年以
上前から糖尿病を患い、自分でインシュリン注射をしながらの生活だっ
たという。街中でもよく糖尿で倒れ、警察から連絡を受けることも数回
あった。「ああいう風来坊な男だったから、それでも大好きな酒はぐい
ぐい飲んでいた。倒れてはアメをしゃぶってよみがえる、ということの
繰り返し。いつかはこうなると家族も心配だったが、そんな彼を受け入
れていた」と話した。

〇野見山暁治2003年展覧会サイト
http://www.eart.ne.jp/museum/m_exhibition021.asp?no=11

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■3■連載[家事細見帖]風呂掃除の巻_/~岡本尚子

【桜月夜 ときどき神に 試さるる】

家の中で一番キタナイのは風呂ではないのか。髪の毛、黒ずみ、ヌル
ヌル…。やる気が出ない。

子どもたちと入っていると、目にも止まらないのだが、一人で入ると、
天井が黒ずんでいるなあとかタイルが汚れているなあとか、目につく。
ふだんは浴そうと洗い場の床しかそうじしない。

風呂につかりながら、壁の汚れが目に入った。ふと、昔、手痛くフラ
れた恋人を思い出した。

考えてばかりで行動に移さなかったあの頃…。今は、目の前にその人
がいたら、すぐそうじをはじめるだろうな。よし! 即行動するゾ! さ
っそく古歯ブラシで汚れを取る。

裸でそうじもカッコ悪いけどね。恋人は見ていなくとも、神様が見て
いるかも。風呂そうじはその日、神様の力で行なわれたのであった。タ
ハハ。

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■4■編輯後記henshukouki[あの頃をよすがにして]_/~へ〜め〜

◇やっと天音との暮しをふりかえってみる気持ちになってきました。そ
うして悲しみこそぼくのこころにそってくれるものなんだと感じていま
す。ふいに流れる涙が気持ちよくおもえてきました。

松下竜一さんが脳出血で倒れられて一年がたとうとしています。大分
県中津市に住んで、三十年間でしたか、ずっと月刊で発行されつづけた
「草の根通信」が、今年六月号で休刊になります。ぼくがここに六年に
もわたって書かせてもらったことは、ほんとにほんとに在り難くも得難
い経験でありました。

「1」の文章は、いまから五年前「草の根通信」に連載で書いたもの
です。まさか翌年秋にあの子が亡くなるなんておもいもせずに日々をつ
むいでいたのでした。あなたは五年前の春、どんなふうに暮していらっ
しゃいましたか。ぼくはこれからもうずっと思い出に生きたっていいじ
ゃないか、とかんがえています。

娘・天音とのたいへんだけれど愉しくてこころがみちたりた暮し。共
棲とよんでおりました。もっともっと「あの頃」のことを思いだして再
び書いていければいいのにと、たよりない自分の内側をのぞいているよ
うなあんばいです。
「そぞろ通信」の今月号から一年にわたって「草の根通信」一九九九
年四月から二〇〇〇年三月までの一年を日記形式で書いた文章を再録し
ていきます。パソコン画面での長文が苦手なかたは、プリントして読ん
でいただけたらうれしいです。本には未収録です。

◇「2」は田中小実昌の小説からの抜き書きです。久しぶりに抜き書き
をやってみました。六甲山麓で紫陽花をみたという叙述のあとに掲出の
文章がつづきます。そこかしこの路地で、紫陽花とであうのは雨の季節
のよろこびですね。こみさんといえば「風来坊」、とわに憧憬の存在で
す。

◇「3」の岡本尚子さんは、いつもおつれあいに文字入力してもらって
メールで送稿されてきます。お子さんから手が離れるようになったら、
きっと自分の手で打ち込んで送信してもらえるものと期待しています。
たのんまっせ〜。

◇以前にもふれましたが、ぼくはインターネット上で雑文日記を書いて
います。テキストのみです。名称は【「天音堂ギャラリー」堂守そぞろ
日誌】といいます。広告が入るかわりに無料の日記書きこみサイトです。
ここのトップページのレイアウトが一新されました。

前より判りやすくなりました。お猿のボタンのかわりに左サイドのメ
ニューのなかの「更新お知らせ」をクリックしてもらい、あなたのアド
レスをいれるだけで、ぼくが新しく日記を書くたびにただちにあなた宛
てに更新案内のメールがいきます。

その本文に【「天音堂ギャラリー」堂守そぞろ日誌】のURLが出てい
ますので、クリックして読みにいってください。いちいちインターネッ
トのブラウザに頼らなくてもいいわけです。メールチェックのついでに、
平明くんの日記が読めるちゅうわけであります。でそのアドレスは。
〇まずココをクリック=》 http://www3.diary.ne.jp/user/348493/


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◎本誌は【1行32字】で改行、閲覧には【等幅フォント】が推奨です
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月刊【そぞろ通信】5月号_#32□2004_5_16発行配信
創刊2001-10-16□「あまね通信」改題通巻117号

編輯発行人□山口平明(天音堂ギャラリー)
 zatu談先□ amanetant81@hotmail.com

※転載は全文をコピペ/引用や複製は典拠を注記/平明に一報されたし
※著作権は執筆者に属しますので、転載引用の時にはご配慮ください
※転送したいとき先様のアドレスを知らせてもらえば直接配信します
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*「そぞろ通信」涙雨の五月号ココマデデス。近況お便りください。
【★懇願★】返信機能は使わずにメールはここから【↓】お願いします。
○お便りの宛先アドレス 》》→ amanetant81@hotmail.com


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★そぞろ通信★6月号*2004_6_16
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発行☆山口平明(大阪・天音堂G)
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■もくじ■

[1]連載《2》十八歳、天音の四季をたどる《2》_/~山口平明
[2]再録「草の根通信」/生きているだけで頑張ってる_/~山口平明
[3]連載[家事細見帖] 洗濯機ガの巻_/~岡本尚子
[4]編輯後記[ここから読むのはシブイ]_/~haymay山口

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■1■《archives》十八歳、天音の四季をたどる《2》[一九九九年五月]

【夫の病気で得た覚悟】

★五月一日★地域振興券で買ったデジタル式の体重計で、天音の体重
をお風呂上がりに計ってみる。バスタオルにつつんだ天音を抱いた私が
のって計測し、その数字を記憶しておいて天音をソファに横にしてから
バスタオルをもって私だけ計りその数字を引くと、天音の体重がでると
いうわけである。

 七・五キロ、春先には八キロをこえていたのになあ、と夫婦して溜息
をつく。まあせめて七キロをきらないようにしなくちゃね、と私が気を
とりなおすようにいう。それにしても私も痩せてしまった。現在の五十
三キロは倒れる前より十三キロも減った。ズボンのウエストが十センチ
も細くなり、古いバンドをひっぱりだしてぶかぶかするのを締め上げて
はいている始末。

 娘も父もガリガリに痩せこけているというのに、ヒロミさん一人豊満
な肉付きを誇示しておられる。私の前では新調の体重計にのろうとされ
ない。真田山プールへ週一回泳ぎにいってはや三カ月がたつ。水泳は気
分転換の効果は大きいが痩身にはまだまだのようである。「ぷよんぷよ
んの贅肉がすきっとした筋肉にしまってきている」というのがヒロミさ
んのかなりゆるい自己評価である。そういわれてみればそう見えなくも
ない。楽天家の妻君の強い影響下にある私なのである。

★五月二日★なにがゴールデンウイークか、わたしら十八年間まった
く関係ない暮らしよ。テレビで海外旅行に出かける家族連れの様子を見
ながら、ヒロミさんは愚痴ともぼやきともつかず昨夕ひとりごちていた。

 でも今日は日曜日でプール行き、いつも平泳ぎなのに、今朝は不得手
のクロールだい、二十五メートルを二往復して、次は得意の平泳ぎをな
んと一キロだぜ、参ったか。水からあがるとジャグジーとサウナで仕上
げだ。

 帰ってくると父も娘も蒲団のなか。カーテンも窓も開け放ち、寝ぼけ
娘のオシメを外し着替えさせる。この手順はゴールデンウイークも日曜
日もへったくれもない。さあさあいつもの天音との格闘に突入である。

★五月五日★遠方の友人が送ってくれた魚の干物を、市内の友にお裾
分けしようと独り散歩に出る。友人夫婦が暮らす西成区の釜ケ崎へは地
下鉄で三駅先だが、思いきって歩いていってみようと自宅から南へ向か
う。貧乏でも暇はあるので、少し遠いけれどゴールデンウイークの最終
日はウォーキングで行楽にかえようとの思いつきだ。ウォーキングとい
ったところで単に距離が長めの散歩にすぎないけれど。

 炊き出しや夏祭に使われる三角公園はカマのおっちゃんがあふれるほ
どいて、わしらかてゴールデンウイークなんて関係ないでえ、とばかり
そこかしこにたむろしている。私もむさくるしさではひけをとらないお
っちゃんなんであるから、公園を歩いてもその風景にまぎれこみとけこ
んでいるにちがいない。一時間はかり歩いたので小便がしたくなった。
公園内の公衆便所を借りて用をすませる。意外ときれいであった。

 友人夫婦は二人とも横になってうたた寝していたようで、近くの行き
つけの食堂へ誘われる。食堂というよりもレストランといったほうが相
応しい上品なお店である。貧者同士の心あたたまる歓談のひととき。話
の内容は忘れたというよりも覚えられない、これも脳の病気のせいか。
頂き物を届け夕食をご馳走になって、私はすこぶる幸せな気分で地下鉄
をはりこみ家路についたのであった。

 妻君はこの夜いってのけたものである。「やっと連休も終わりね。連
休なんかなかったらいいのに。テレビも新聞も旅行や外出の話ばっかり、
空港や駅で何人がどこそこ方面へ出かけたといって世間の皆だれもが旅
行しているように思わせるんだから」などと、随分なお腹立ちである。
今日は水曜日なのに祭日で銅版画教室がお休みというのも災いしておる。
ほろ酔いの私は、触らぬカミサンに祟りなしで「ほんまほんま、なあ」
とすかさず同意するのでありました。

★五月十二日★水曜日である。楽しい嬉しい銅版画教室である。お馴
染みのヘルパーさんに天音は抱っこしてもらうし留守番の夫は外食して
くれるし、二週間ぶりにお出かけお出かけ、楽しいな。

 画家ヒロミさんは天音をモデルにした絵ばかり描いている。でも教室
で制作作業に没頭していると、不思議なことに天音のことも家庭のこと
も忘れて「気分がリラックスできる」のだそうだ。ヒロミさんにはもと
もと手仕事に集中する工芸家のような気質が備わっているのかもしれな
い。

 天音はお昼前後に起こしてもらい、いつものように哺乳瓶での食事を
母に食べさせてもらうのだが、今日はなかなか飲めない。天音がうまく
飲んでくれないと徒労感におそわれ心配にもなる。あまり肩のこらない
妻君もさすがに肩こりにとりつかれる。教室へ行くのに準備をしなくて
はいけない。あれこれ用事も思い浮かぶ。不機嫌にぐずり身をよじりな
がら泣きわめく天音の抱っこで身動きはならない。イライラはつのるい
っぽうだ。午後四時近くにやっと思いだしたように勢いよく飲みはじめ
る。

 こんなときは思いきってヘルパーさんと夫に天音を託して、教室に出
かけてしまうことだ。このように思いきれるようになったのは、夫であ
る私の発病によるところが大きいという。

 突発事態はどんなに防ごうと努力し頑張っても起きるときはお構いな
しに起きるもの、これは妻君ヒロミのこのところの諦念であり覚悟でも
あるらしい。自分の留守中に天音に異変が起きてもそれはそれで致し方
のないこと。自分にだって今このときを生きたい意思があるのだもの、
やりたいようにやらせてもらってもいいじゃないか。

 さて私の覚悟はというと、他人へのサービスをつつしんで、自分本位
に生活をしていくということだろうか。療養中でありかつ弱者の私とし
ては、かつてのように他人さまへのサービス精神(お節介)が自身の心
臓の心房細動を呼びこむことにならないよう、そして脳卒中の発作を引
き起こさないよう生きていくといったあたりだろうか。得難い体験であ
る拾った命の活かしかたをどうすればよいのか、まだまだ死んではおれ
ないのである。

★五月二十日★私たち夫婦そろって原稿を書かせてもらっている季刊
雑誌の女性編集長MHさんから電話が入る。ヒロミさんの銅版画を三点、
注文に応じて送ったのへ、本日届いたという報告と「よかったわ」とお
褒めの言葉もそえての電話なり。

 画家ヒロミとしては、絵にかかる出費(月謝、用具代、紙やインクな
どの材料費、額代)はなるべく自分で稼いでいきたいと考えている。作
品を買ってくれるといっても、友人知人の誰彼であるから、まるで奉加
帳を廻しているようなものである。それでも褒めてもらうと嬉しい。ま
たまた意欲がわいてくるのである。

★五月十六日★毎月第三日曜日はマンション(全98戸)の管理組合の
理事会である。同じ階の各戸で順番に役員を一年間つとめている。妻君
のプールは昨日すませていて、午前十時からの理事会には私が出席した。
男ばかりの集まりだ。管理を請け負っている管理会社の担当社員と管理
人も同席する。

 風俗産業のピンクちらしが集合ポストに投げ入れられるのは困ったこ
とだと話題になる。郵便物を取りにいって手にしたちらしの妖しい女体
の写真に思わず見入ったことも一再ならずある私としては、困った人は
私です、と心で思ったのだった。

 完成と同時に入居したこのマンションも、一九九八年末で築二十年に
もなる。入居時の一九七八年末は私三十六歳、妻君三十四歳、天音はそ
の二年半後の一九八一年六月に生まれたのだから、二十年前は七十四歳
の母(明治三十七年生まれ)と三人暮らしだった。住人だけでなく建物
も古くなってスラム化が心配されている。
(初出「草の根通信」一九九九年八月号、単行本未収録)

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■2■生きているだけで頑張ってる
松下竜一主宰発行のミニコミ「草の根通信」2004年6月号から山口
平明の一文を再録 (7月号で休刊になります)

★……松下竜一さんが倒れられて早一年になる。
臨時編集体制を組まれて「草の根通信」は発行されつづけた。
編集の任にあたられた三人は、それぞれに本業をもっておられる。
よくまあ一年も発行されたこととおもう。
編集は大変な仕事であるのは、ぼくも飯食い仕事にしていただけによく
わかる。
話のできない松下さんとよく「話しあって」、ついに休刊を決められた。
6月号と7月号が休刊にあたっての特別号となる。
私は三人のうち梶原得三郎さんから「書きませんか」と電話をいただい
て、かつて書かせてもらったお礼と自分の近況報告を書いた。
他者に「頑張れ」とは言わないが、自分は弱っていても「頑張らない」
わけではないということを書いてみたつもりである。
以下に、「草の根通信」に書かせてもらった私の文章をここにのせる。
縦書きで書いて縦書きで掲載された文章である。
ここでは横書きであり、メール特有の改行をいれたため、ずっと印象が
ちがって見えるのはいたしかたないところ。[平明記]……★

《ココヨリ再録文》
【気力うせおだやかにやすらかに】 山口平明

 わたくし、ここんところ隠居ちゅうか、隠退のつもりでおります。蟄
居とも引き籠もりともおもってくださいな。それも一時のことじゃなく、
死ぬまでずっとですわ。いままで娘のジュウシン天音がおったから、た
いがいこの世の中でめだつのもいたしかたなしとしておりました。

 されどされど、「草の根通信」で書かせてもらっていたときの主役で
あった当の娘が二〇〇〇年十月に死にまして、あの世とやらへ「先立つ
不幸をお許しください」ともにゃんともいわずに十九歳余で旅立ってい
きよりました。

 ここからですわ、もともと持ち合わせが少なかった気力がもうきれい
に失せました。こればかりはどうしようもないですな。死んでしまいた
いけどそこまでうってでる元気も勢いもない。まあまあそないにいわん
と生きていかんとしゃあないがな、と己にいいきかしまして、なんとか
かんとか誤魔化しつつここまで三年有半やってきたようなわけでして。

 え〜、あんた、去年の秋、天音堂ギャラリーたらいう画廊を、家の近
所のビルの六階につくってえらく元気にやってるというやないですか。
(電話06-6543-0135)

 さ、さ、そこです。こころがぼわーとしてここっちゅうところに定ま
らんから、なんぞこころの落ち着き先をもうけて、そこで余生のおつと
めでもやっていこかいな、と愚かにも考えたような成行でして。

 べつに画廊を事業として成功させよう、なんてさらさらおもてません。
もちろんそんな才覚も意欲もありませんのは折り紙付きですけどね。

 金がないのもありますが、私も妻君もお墓はいらん作らんと決めてお
ります。一九四五年八月六日、アメリカ軍の空爆で殺された父も、一九
九六年三月に九十二歳で死んだ母も墓はありません。出自である広島県
福山市の檀家寺にいっても、先祖の墓は整理されてありません。はかな
い(儚い、墓無い)人生、と駄洒落をゆうております。

 父の骨は遺体が不明だからもとよりありません。広島市平和公園にあ
る原爆慰霊碑でしたか、あっこがまあ父の墓になりましょうか。

 ところが、母のも娘のも遺骨はあるのでこれをどうするか、いささか
思案のしどころです。海か山へ散骨もありでしょうが、そんならいっそ
インドかあっこらの河へ流すのもええかいな、なんて出来もせんことを
おもったりして。でやっと思案の果て、母の骨は大阪市内のお寺の共同
墓へ納めることとしました。まだやってませんが。

 さて、天音の遺骨はどうするか。私ら夫婦が生きているあいだは、手
元においておこうときめました。そこで生前、天音にかかわりのあった
かたがたにお参りしてもらえるような祈念の場所に祭壇をしつらえよう
と考えました。自宅ではなく、ちょっぴりあらたまった空間がいいとお
もい、あの子の暮らしたここ大阪南堀江でマンションの一室に祭壇、と
いうてもそれまで私が使っておった書棚を転用して遺骨をおき祈念室と
いたしました。

 私が「草の根通信」に書かせてもらったのは、一九九四年十月からで
した。一九九七年七月には、不整脈に由来する脳梗塞で倒れ手術したと
きはちょっとお休みしましたが、娘が死んでしまったあと、たしか二〇
〇一年のはじめまで七年近くにわたって、埒もない雑文を載せてもらい
ました。

 松下さんに「書きませんか」といってもらったとき、私はほんとに嬉
しかった。松下さんは、ヒロミさんでもどちらでもいいとのことでした
がね。そのかわり挿絵は彼女に描いてもらうようにしました。(現在、
画廊にはヒロミの絵をかけております。)

 毎月、天音と暮らしながら飯食い仕事をして、そのうえで文章を書く
のはなかなかしんどいわざでした。ここで文章修業ができたのでしょう
ね。また、ヒロミはやはり毎月、挿絵を描いていくのは、とりわけ銅版
画にしてからはよくやりました。父親の私よりもっと大変な日々でした
から、ほんとによくやりとげましたね。それもこれも「草の根通信」で
まっさきに松下竜一に見てもらえるとおもえばこそ、懸命になれたので
した。

 頑張るのは己のうちに秘してやればいい。私は他人に頑張れとはいま
はとくによういいません。恥じらいのひとにはよけいそうです。大いな
る業(わざ)をなしとげたひとは、おだやかでやすらかな日々を余生の
なかに見いだして生きていってもいいのではありませんか。

 まるで休刊の感想になってなくてすんません。誌面の場所ふさぎごめ
んなさい。(初出 「草の根通信」2004年6月号)

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■3■連載[家事細見帖]洗濯機ガの巻_/~岡本尚子

百枚の 洗濯物よ 梅雨晴間

洗濯物をしない日はない。病気で寝込んでいても家人がする。雨の日
でも台風の日でも、家の中の洗濯ロープに干す。オシメが干してある中
でメシを食っている昔の写真を発見して笑ってしまった。

「洗濯は洗濯機がしてくれる」と人は言うが、本気で言っているのか。
くつ下の汚れや、えり、そで口、シミ…。それは、手やブラシでゴシゴ
シしないと取れないゾ。洗濯をしない人たちは全部洗濯機がしてくれて、
簡単じゃないかと思っているのかと思うとクヤシイ。

家の中でも乾かないようなじめじめした雨が降ると、次の日は百枚を
越える洗濯物が外に並ぶ。うれしいか? うれしくない。これをたたん
でタンスに入れるという作業…。ゾゾーとする。リサイクルは果てしな
く続くのだ…。

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■4■編輯後記henshukoukiシブイコーナー やまぐちへいめい

◇[1]の文章は、一九九九年、天音が生きていたときに「草の根通信」
に毎月連載で書いていたものです。単行本に未収録分を「そぞろ通信」
に再録していきます。今号はその第二回目。

また[2]は、同じ「草の根通信」が、発行人・松下竜一さんが療養に
専念のため休刊となり、ひとまず休刊特別号として本年六月に発行され
ました。かつての執筆者ということで、ぼくも書かせてもらった一文を
転載しました。

◇天音堂ギャラリーにかかわることは、インターネットの日記に書いて
います。ここんところ駄文ながら毎日書けています。忙しくなればとだ
えるけれど、いまが読みどきであります。

「そぞろ通信」の再録転載の文よりも新しい文を読みたいと思ってい
ただける読者さまは、ぜひこの日記のほうを読んでくださるようおすす
めします。タイトルは、【「天音堂ギャラリー」堂守そぞろ日誌】とい
います。ヤフーやグーグルなどの検索サイトでこの言葉を入力してもヒ
ットします。次のアドレスをクリックしてもサッと日誌へ飛びます。
http://www3.diary.ne.jp/user/348493/

ここへ飛ぶと、左端のメニューに「更新お知らせ」という項目があり
ます。そこであなたのアドレスを登録していただければ、サーバーから
更新時(ぼくが日記を書いたとき)に、あなたにメールで「更新されまし
たよ」とお知らせがいきます。その本文中のアドレスをクリックすると
ぼくの日誌に飛びます。読みたくないとか、忙しいときはクリックしな
ければいいだけです。登録解除も簡単にでケます(T-T)

急に決まった企画あるいは飲み会の告知、緊急の助っ人のお願いなど
を、この日誌に書いていきます。ご面倒ですが、ぜひ登録をお願いしま
す。こき使われ隊志望者[愛称・天音堂クラブ、略称・アマクラ]は必須
でっせ。ケータイにも対応しています。もちろん無料です。よろしくよ
ろしく。

◇今号はたいへん長くなりました。パソコンの画面で読むのは眼が疲れ
る、どうも苦手だ、などと思われるかたは、紙に印刷して読んでくださ
い。とはいえ、ぼくは紙はもううんざりの心境ですが。そういう点では、
パソコンはなかかいいものです。まず文書の保管に困りません。

キーボードもなんとか慣れてきました。欧米人は昔からタイプライタ
ーですもんね。いまでは原稿を手書きでやるなんて考えられません。で
もパソコンがなくても生きていけるのはあたりまえ。ぼくにとってパソ
コンとインターネットはすっかり病後/老後の楽しみとなっております。
ではではご愛読たまわりますように…。

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◎本誌は【1行32字】で改行、閲覧には【等幅フォント】が推奨です
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月刊【そぞろ通信】6月号_#33□2004_6_16発行配信
創刊2001-10-16□「あまね通信」改題通巻117号

編輯発行人□山口平明(天音堂ギャラリー)
 zatu談先□ amanetant81@hotmail.com

※転載は全文をコピペ/引用や複製は典拠を注記/平明に一報されたし
※著作権は執筆者に属しますので、転載引用の時にはご配慮ください
※転送したいとき先様のアドレスを知らせてもらえば直接配信します
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
*「そぞろ通信」梅雨の晴れ間の六月号ココマデ。近況お便りください。
【★哀願★】返信機能は使わずにメールはここから【↓】お願いします。
○お便りの宛先アドレス(2MB) 》》→ amanetant81@hotmail.com


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Date: Sat, 17 Jul 2004 00:28:42 +0900
Subject: 【鰻? 漫34】暑中お見舞い「そぞろ通信」7月号をどうぞ

★メルマガ「そぞろ通信」の山口平明です。
暑中お見舞い申し上げます。
毎月の娘・天音の命日(16日)に
おたがいのアドレスを見えないようにして
直接配信しています。
定期読者でない方々にもお送りしています。
ご寛容に受信してくださいますよう、また、
ご愛読たまわりますようにお願いいたします。
2004年 夏


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★そぞろ通信★7月号*2004_7_16
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発行☆山口平明(大阪・天音堂G)
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■もくじ■

[1]十八歳、天音の四季をたどる《3》_/~山口平明
[2]松下竜一さんの訃音によせて「涙通信」_/~山口平明
[3]連載[家事細見帖] 麦茶作りの巻_/~岡本尚子
[4]編輯後記[ここから読むのはかなり]_/~haymay山口

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■1■《archives》十八歳、天音の四季をたどる《3》[一九九九年六
月] 山口平明

☆━━━━━━介護しながら表現活動━━━━━━☆

【六月一日】夕方、いつものとおり散歩に出た。もうショートパンツ
をはいた太股丸出しの女の子が歩いている。じっと見つめるのはセクハ
ラか、ちらっと見るのは許容範囲か。夏がく〜れば思い悩む私である。
「じっ」と「ちらっ」の間と申しましょうか、相手にさとられないよう
にできるだけ長く見ると、なんだか得した気分になる。リハビリ散歩の
楽しみでもある。

 女の子に見とれてて転びなさんな、と妻君にたしなめられているのだ
が、助平なおっさん根性は、なかなか消えないのじゃないかと思うてお
るしだい。

【六月二日】飲み友だちのOHさん来宅。缶ビールを多量に持参。天
音を赤ん坊のときから知っているこの人は、生野区の障害者のグループ
ホームで世話人をしている。飲兵衛でならした彼も年を経て酒量は落ち
ているみたいで、あっというまにろれつがあやしくなる。

 ここんところ酒で失敗の続いている私は、あくまで冷静である。妻君
に目配せして彼を外へつれだした。すけべも困りもんだがのんべもいや
はや持て余しもんである。

 繁華街ミナミの御堂筋に面して建つお寺の隣のビルにある酒場へ伴う。
Oさん御機嫌すこぶるよろし。前非を深く悔いておる冷静な私は、友人
のボトルを探しだしのんべに大いにふるまった。この人、酒についてま
ったく遠慮というものがない。友人のボトルはたちまち空になり、しか
たなく私の秘蔵のボトルを供出する。これも空っぽになる。ええい矢で
も鉄砲でもとなるのは酒精のなせる必定か。新しいボトルを入れて、割
勘にして得した気分で彼を駅まで送る冷静な私である。

 Oさんがまだろれつがしっかりしているときに、妻君と私を交互に見
ながら「介護、介護とゆうても、天音ちゃんみたいに両親以外に他人が
介護できないケースがあるなんて、行政の人間には判らんのです」とい
う。

 わが家に来てくれているヘルパーさんだって、半年間は暗中模索、試
行錯誤の状態で、少しずつ少しずつ天音に馴れていき天音も彼女に馴れ
ていったのだった。福祉分野だけではないのだろうが、制度も施設も予
算も大切だけれど、つまるところ最も肝心なのは、「人」ということな
のである。

【六月三日】妻君のヒロミは「忙しい忙しい」と仕事に追われている。
月刊誌「母の友」のカラー銅版画と短文の仕事がきついようだ。月刊の
「草の根通信」、季刊の「ちいさい・おおきい」はともに銅版画の習練
の場としてよかったのに、「母の友」はいきなりカラーで原稿料もいた
だくとなれば、一年連載もちょうどここらあたりが胸突き八丁なのでは
ないか。「気が変になりそう」と口走りつつ、妻君に似合わず無口にな
って私が話しかけても絵のことを考えているのか知らん顔なんである。

 そこへもってきてわが家のミニコミ「あまね通信」81号の発行時期が
迫ってきた。「空いた時間に版下に貼りこみしていくから、早めに原稿
ちょうだいねっ」とのお達しである。

 他家と異なりわが家は、抱っこせがみ要求貫徹絶叫少女がいる。この
ゼッキョウさんのお世話に追われながらの無から有を産みだす創作活動
をせねばならないのだから、ヒロミさんならずとも気も変になろうとい
うもの。夫婦関係も悪化の坂道を転げ落ちてゆくのである。夫婦喧嘩の
不連続線がよぎって、穏やかであるべき家庭内に大雨やら突風をもたら
す。

【六月六日】天音は紙オシメを使っている。赤ちゃん用のLサイズで
腰回りはちょうどいい大きさだ。太股は胡瓜ぐらいの太さしかないので、
隙間から尿が漏れやすい。かつてとちがい当今の紙オシメは薄くても吸
収力は強くなっているはずなのに前にもまして漏れる。おかしいねえ、
と夫婦して首をかしげていた。

 いつだったか母親が天音のオシメを取り替えようと開いたとき、娘は
おしっこを噴き上げたのである。あわてて端をあてて飛び散らないよう
に防いだのだが、そっとオシメの上端を開くと股の小さなデルタ地帯に
小水はなみなみとダム湖をつくっていたらしい。あの量ならいくら吸収
力がよくても無理だわ、と妻君は大発見でもしたように私に報告したも
のである。

 尿漏れすると天音の着ているものばかりか、抱いている人のズボンま
で濡らしてしまう。歯科センターにお出かけのさい、タクシーにのりこ
むと私は天音を抱いた妻君の膝に別の紙オシメを敷いて予防策としたも
のである。

 オシメの中にこれも紙でできている尿とりパッドを挿し入れても漏れ
る。そこで縦に敷いている尿とりパッドを横にしてみたらいいのじゃな
いか、とヒロミ母は妙案を思いついた。暑くなってきたら蒸れるからよ
くないけど、案外いけるかもね、と得意顔。

【六月七日】大阪で出版業をしている友人のEAさんに紹介してもら
った松栄印刷へ出向く。わが家から私の足で十五分。会長の奥佐(たす
く)さんは八十四歳でかくしゃくたるもの。この翁は中国大陸からの引
揚者だそうで、中国人留学生や残留孤児で日本に帰国した方々のお世話
を永年やってこられた篤志の人である。

 こちらの事情をかいつまんで話し、見積もりをしてもらう。なんとか
いけそう。私たち夫婦は原稿を書きその文字をワープロで打ち出し、レ
イアウトを考えて版下に貼りこみ、カットも貼りつけ校正もすませて完
全版下にして奥さんにもちこむ。印刷会社のほうでは製版・印刷・製本
をしてくれる。

 今までは文字をヒロミさんが手書きで版下に書きこみ、私がリソグラ
フなどの簡易印刷で製版と印刷を行い、天音を泣かしたり交替で抱っこ
しつつ折り製本をしてきたのだった。このやり方で80号まできたけれど、
私の病気や妻君に絵の仕事の注文がくるなどの理由もあって、手書きを
やめワープロ文字にし印刷をプロにお願いしようと、私が独走気味に始
めたわけである。

 そこで今までずっと購読料はもらわずにきたけれど、今年から郵送料
(一二〇円)と印刷実費を読者に負担してもらうことにした。お布施あ
るいは会費と称している。お金を払ってまで読みたくない、となればそ
れはそれで仕方がない。発行回数は減るけれど、これまでのやり方で続
けていこうと思っていた。ところがほとんどの読者はお金を喜捨してく
れ「読んでやろう」の意志を示してくれた。

 病気の後遺症もあって無気力になっていた私は、大いなる元気が湧い
てきた。雀百までなのか、編集者気質がもぞもぞとうごめきはじめる。
もちろん若いころのようにはいかない。力あふるるヒロミさんにひっぱ
ってもらい支えていただく凸凹二人三脚でいくしかないのである。しか
もゼッキョウさんを中心に抱えながら。

【六月八日】夕方、散歩をかねて大阪ドームへ歩いていく。阪神広島
戦。外野席もすべて売り切れ。レストランの窓越しに観客で一杯のスタ
ンドをちらと眺める。外のデッキをひと回りして帰宅。〔阪神タイガー
スはこのあと束の間首位に立ったはず。八月、わが広島はずっと落ちつ
づけ、暗転の野村阪神とテールエンドを譲り合いながらじっくりと争っ
ている。〕

【六月十七日】天音誕生日、十八歳。カードと花束をあちこちの知己
友人からいただく。年齢からいくと少女というわけにもいかないかも。
小さいから「小」女と書くべきか。今年、父は五十六歳、母は五十四歳
になる。

【六月二十六日】いつものヘルパーさんを頼んで、天音の着替えと食
事をしてもらう。ヒロミさんは西宮の工房へ銅版画の刷りに行く。家の
プレス機では刷れない大きな絵である。七月中旬に開かれる銅版画教室
の展覧会に出品予定の作品。画家としてのヒロミさんはほんとに忙しい。

【六月二十八日】いよいよ「あまね通信」81号の版下出稿だ。松栄印
刷へ持参。この間、天音はよく耐え、母と父はよくやり抜いたもんだ。
(初出「草の根通信」一九九九年九月号、単行本未収録)

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■2■松下竜一さんの訃音によせて.........山口平明

【涙通信、受けてください】

死に急ぐことはない、と年下の畏友にいわれた。
そう見えたのだったか。
六十歳の峠、余命はいかほどか計れない。
齢、よわい、弱いに通ぜんか。
予後のリハビリにパソコンにいどんだ松下竜一。
一行、入力して、「涙通信」と名付く。
最後の最期まで編集者だった松下竜一。
「草の根通信」から「涙通信」、そうして。
死者指折り数えれば叶わぬ親炙いよいよ深まる。
魂の孤独。
円環めぐりて閉じようとする還暦。
あるとしてのもう一つの環は小さくて弱いとしか。
松下竜一に予後は一年、天音にひと月。
もっと緩やかにもっと密やかに死を生きよ。
永訣から再会へ。
手の平にのこされた涙通信。
「そうそう、泣くだけ泣いたらいい」
涙通信、今宵も入力しているあの世とこの世。
受けてもらえるだろうか。
「たまきはるいのちなりけり
ははとちちにだかれだかれて
いきしとうとさ」竜一

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■3■連載[家事細見帖]麦茶作りの巻_/~岡本尚子

【一日を 麦湯沸かして 暮れにけり】

今年はセミの鳴き始めるのが1週間早かった(大阪市阿倍野区住宅密
集地に限り)。 

夏のお仕事。麦茶作り。朝から3リットルのやかんにグラグラと沸か
し、冷ます。台所はストーブを燃やしたのと同じ状態。家人は逃げてい
き、わたくしだけが台所に残る。冷水筒二つを洗い、麦茶を入れ、冷蔵
庫に入れる。

 家人はのどがかわけば、台所にやってきて、冷たい麦茶をゴクゴクと
飲む。いいなあ。わたくしは胃が弱いので、これをすると、あとで胃が
しんどくなる。熱いお茶だけである。

 家人は六人で冷たい麦茶を飲み荒らし、茶ぶ台にカラのコップを置い
ていく。わたくしはまた麦茶を沸かす。冷やす。

 ダダダー。「おばちゃん、お茶!」。子どもの友だちが数人駆けこん
でくる。冷水筒は一度にカラになる。わたくしはまた麦茶を沸かす。コ
ップを洗う。

夜が来ても家人は麦茶を飲む。晩ご飯が終わると、また、カラになっ
ている。また沸かす。

夜の食器洗いが終わり、ふり向くと、またカラのコップが、たくさん
ちゃぶ台に並んでいる。わたくしは麦茶を沸かす。

寝る前。ちゃぶ台を見ると、またコップが並んでいる。わたくしは、
この日最後の麦茶を沸かす…。

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■4■編輯後記henshukoki玄人好みコーナー やまぐちへいめい

▽[1]は一九九九年(死の前年)、天音が十八歳のころ、松下竜一さん主
宰発行のミニコミ「草の根通信」に毎月連載で書いていたものです。単
行本に未収録分を本誌「そぞろ通信」に再録しております。今号はその
第三回目。

松下さんは新聞で既報のとおり、本誌を発行配信した翌日、六月十七
日に逝去されました。すぐにはなにも反応できず、わずかにインターネ
ットの画廊日誌にちょっとふれただけです。一か月がたってやっと思い
を書いてみたのが、[2]の文章(断章)です。

▽[3]の岡本尚子さん。前回「洗濯機ガの巻」でちょっとネタがつきか
けてきたかと危ぶんでいたのでしたが、大丈夫のようでしたね。どんど
ん散文が短くなって、やがて俳句だけというのもありかなと編集者とし
ては思ってました。ひとまず安心です。


▽天音堂ギャラリーにかかわることは、インターネットの日記に書いて
います。ここんところ駄文ながら毎日書けています。忙しくなればとだ
えるけれど、いまが読みどきであります。

★「そぞろ通信」の再録転載の文よりも新しい文を読みたいと思ってい
ただける読者さまは、ぜひインターネットの日記のほうを読んでくださ
るようおすすめします。タイトルは、【「天音堂ギャラリー」堂守そぞ
ろ日誌】といいます。ヤフーやグーグルなどの検索サイトでこの言葉を
入力してもヒットします。次のアドレスをクリックしてもサッと日誌へ
飛びます。
http://www3.diary.ne.jp/user/348493/

ここへ飛ぶと、左端のメニューに「更新お知らせ」という項目があり
ます。そこであなたのアドレスを登録していただければ、サーバーから
更新時(ぼくが日記を書いたとき)に、あなたにメールで「更新されまし
たよ」とお知らせがいきます。その本文中のアドレスをクリックすると
ぼくの日誌に飛びます。読みたくないとか、忙しいときはクリックしな
ければいいだけです。登録解除も簡単にでケます(T-T)

急に決まった企画あるいは飲み会の告知、緊急の助っ人のお願いなど
を、この日誌に書いていきます。ご面倒ですが、ぜひ登録をお願いしま
す。こき使われ隊志望者[愛称・天音堂クラブ、略称・アマクラ]は必須
でっせ。ケータイにも対応しています。もちろん無料です。よろしくよ
ろしく。あっそうや、共に散歩し隊、一緒に飯喰い隊、打ち上げや軽く
一杯呑み隊にも、緊急出動の要請を送ルます。

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◎本誌は【1行32字】で改行、閲覧には【等幅フォント】が推奨です
◎==============================================================
月刊【そぞろ通信】7月号_#34□2004_7_16発行配信
創刊2001-10-16□「あまね通信」改題通巻118号

編輯発行人□山口平明(天音堂ギャラリー)
 zatu談先□ amanetant81@hotmail.com

※転載は全文をコピペ/引用や複製は典拠を注記/平明に一報されたし
※著作権は執筆者に属しますので、転載引用の時にはご配慮ください
※転送したいとき先様のアドレスを知らせてもらえば直接配信します
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*「そぞろ通信」夏休み直前七月号ココマデ。近況お便りください。
【★哀願★】返信機能は使わずにメールはここから【↓】お願いします。
○お便りの宛先アドレス(2MB) 》》→ amanetant81@hotmail.com


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★そぞろ通信★9月号*2004_9_23
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発行☆山口平明(大阪・天音堂G)
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■もくじ■

[1]archives◇ 十八歳、天音の四季をたどる《5》_/~山口平明
[2]連載[家事細見帖] ちゃぶ台上のモノの巻_/~岡本尚子
[3]編輯後記[もういまや誰も読まないコーナー]_/~haymay山口

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■1■《archives》十八歳、天音の四季をたどる《5》[一九九九年八
月〜九月] 山口平明

【五年前の九月ごろ、あなたはどこでなにをしていましたか】

※以下の文章は、一九九九年(天音の死の前年)、天音が十八歳のころ、
松下竜一さん主宰発行のミニコミ「草の根通信」に毎月連載で書いてい
たものです。なお松下竜一さんは、今年六月十七日に逝去されました。

◆━━━━━━嬉しい私と冷静な私━━━━━━◆

【八月十三日】ヘルパー派遣会社からやってきたMさんが天音を抱っ
こしてくれる。彼女は慎重な性格の人みたいで、天音が首を後ろへ反ら
せると、その力に負けて膝上でのお座り姿勢の維持がむずかしくなる。
お腹や腰まで反ってしまうからだ。
 ほんの少し助言しやって見せる。これは慣れてもらういがいにない。
まだまだ天音は居心地がよくないようだ。時間をかけてやっていきまし
ょう、両親でも抱っこのしかたは違うので、天音があなたの躰にそって
くるような姿勢を見つけてね、といっておく。
 このところ不眠で朝九時前後から昼まで眠るパターンだ。起きてしば
らくは躰がだるい。でも頭痛はない。それで安心して、不眠は気にとめ
ないようにしている。
【八月十六日】「草の根通信の読者という青年がうちの店へ来てます。
そちらへ向かわせますから、相手をしてやってください」と真田山公園
の喫茶店「風まかせ人まかせ」の宗秋月さんから電話がかかる。
 夕暮れになって青年はやってきた。関東の大都市に住む三十六歳、無
職、大学をでて仕事をあれこれしてタンス貯金をしてはぶらぶらしてい
ると消え入りそうな声で話してくれる。自分からは話そうとしない。定
職にはついたことなし。両親と同居、独身。「草の根通信」は東京の模
索舎で買っていたが、今春から定期購読をしている。届くと真っ先に山
口の執筆頁を読む、なんて小さな声でいう。おどおどしているわりにお
べんちゃらはいえるやないか。妻君は飲物をもってきたあと居間に天音
とひっこんだきりである。
 妻君の本も私の本も買ってくれている。お客さまなんである。それに
してもこのお客さま、足がひどく臭い。聞くと昨夜は神戸の公園で野宿
したという。匂いに敏感な私の鼻はひん曲がりそうになった。
 今夜はカプセルホテルに泊まるというので散歩がてら送ってでる。宿
泊予算は三千円、近くのカプセルホテルまで同行し、看板に二千八百円
とあったので安心して別れる。
 帰ってみると珍しく天音は宵寝をしている。いっかな起きようとしな
い。妻君は銅版画をやり食事もすませていた。あまりよく眠っているも
のだから天音のお風呂は無しにする。ふいの来客と天音の宵寝でなんだ
か調子がおかしくなってしまった。
 やれやれと夜中に入浴していると、突然妻君が風呂の扉を開け「いま
目が醒めたからつけるだけでいいから入れてやって」と裸の天音をわた
されてしまう。父と天音の入浴は病後はじめてである。足元に気をつけ
落とさないようにして妻君にわたしおえてほっとして浴槽にへたりこん
だ。今日はほんとに予期せぬことが多い日だこと。
【八月二十五日】昨夜といっても朝四時から連続で七時間も眠れた。
本当に久しぶりだ。躰のだるさもほとんど感じられない。つづくといい
のだが、でも嬉しいなあ。
【八月二十六日】二十代の女性・Fさんより「あまね通信」の私の短
文に感想の便りがくる。《人に分かってもらおうと書く、そういう文章
ばかりが目につく日々のなか、久しぶりに静かに読みすすむことができ
た素敵な言葉たちでした》、これまた嬉しくなる。おべんちゃらでもい
いや。勤めをすませて帰った独りの部屋で夜、《ただ静かに内に向かっ
て言葉を投げかける時間がとても好き》だと、彼女の便りは結ばれてい
た。
【九月一日】八月いっぱいずっと調べ物で文献資料と首っ引きがわざ
わいしたのか、かなりきつい頭痛がする。たまらず横になる。手術した
のがちょうど二年前の同じ日だった。なにか関係でもあるのかと病者は
とかく不安になるものだ。今年の暑さもあろう。
【九月三日】夕方と夜に雷鳴、にわか雨、稲光りもまじる。〔これで
夏も終わるのかと思ったが、このあとひと月も暑さは残った。〕
 余計に蒸し暑くなった。このしぶとい暑さが頭痛を引き起こしたのか
もしれない。天音の調子が安定しているのはたすかる。だいたいこの子
は冬より夏のほうが元気である。
 私は倒れてから二年をへてどうやら夏のほうが体調がくずれやすいと
気づいた。だいたい脳梗塞におそわれたのが一昨年の七月だったから、
汗をかいて体内の水分が減り血液が粘ってくるのがよくないのだろう。
 外出のさいには水筒がわりのペットボトルにお茶をいれて持ち歩き、
ちょびちょびと水分を補給するようにしている。酒類ではない。
 心臓の心房細動(不整脈)は薬によってコントロールされているよう
なのだが、問題は血流である。さらさらと流れておればいいけれど、動
脈硬化や粘った血液により血栓ができるのが怖い。これが脳へ血流にの
って飛んでいくと、梗塞を起こすわけだ。心配してもいたずらに怖がっ
ても仕方がないので、気にせずとらわれないようにはしている。
 血流といえば、狭心症で冠状動脈が詰まって手術できない状態になっ
ても《レーザー手術といって心臓の筋肉にいくつか孔を開けると、血流
が再開することもわかって、行われようとしている》とのことである。
(宮田親平氏が「からだについてのキクはなし 心臓移植、もう一つの
治療法」として書いている。角川書店のPR誌「本の旅人」99年5月号
より)
 生体移植に代わる心臓手術法があるらしい。宮田氏によると、ブラジ
ルの外科医が考案したバチスタの手術がそれで《心臓移植を受けなけれ
ばならない患者の多くは、拡張性心筋症といっていろいろな原因で心臓
の筋肉が弱り肥大してしまった場合だが、これに対して、大きくなりす
ぎた心臓の筋肉を一部切り取って縮めるという手術》で弱くなっていた
筋肉が元気になるという。ドナー不足を補う治療法として注目されてい
るとか。
 まえに主治医に心房細動は治せますか、と聞いたら「移植しかないで
しょう」といわれた。脳死による生きている状態、生体の心臓を移植す
る以外に方法は無いと誰がきめられるのだろう。生きていることはいい
ことと思うが、ドナーの善意が医学(医療ではない)の徒である医師に
よって踏みにじられないか、私は危惧をもつ。この脳死と生体移植の問
題については、また別に考えてみたい。
 医学も科学のひとつであるなら「患者」に生体移植しかないと思わせ
ず、宮田氏が示しているような最新の、あるいはもう一つの治療法を提
案すべきではないか。そのうえでアメリカかブラジルでしか手術できな
いのなら、病者を送りだせばいいと思う。その自己決定なり選択は、本
人と家族にまかされるべきなのはいうまでもない。
【九月七日】ひと月かかった文献資料の読みと原稿書きも終えて、散
歩を再開する。ほっとしたせいか、足の運びも真夏よりは楽である。
【九月十日】昨日、病院の帰途、友人が一人でやっている出版社に寄
る。酒呑み、飲み助のこの年長のEさん、事務所の小卓に枝豆に竹輪や
蒲鉾を並べる。コンビニでととのえたものか。ビールが尽きると日本酒
がでてきた。困ったもんである。むこうも暇ならこっちも暇。あくまで
冷静な私は、一升瓶を抱えてニマーッと衝立から現れたEさんに、日本
酒は断り持参のお茶を飲んで間をもたせた。
 企画出版は不景気で本が売れないのでほとんどやらず、社史や自費出
版でなんとかしのいでいる。この人に「あまね通信」の印刷会社を紹介
してもらったのである。手すりのない階段を壁に手をあてて降りきった
とき、自分の冷静さをほめてやりたくなった。自分でほめても嬉しいな
あ。おっとこれは酒精のなすところか。
 アルコールがよったのか、昨晩はよく眠れた。なんだかもう不眠とは
おさらばできそうな気がしてきた。ときに羽目をはずすのもよいものだ、
とひそかに日記に記す冷静な私である。(初出「草の根通信」一九九九
年十一月号、単行本未収録)

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■2■[家事細見帖]ちゃぶ台上のモノの巻_/~岡本尚子

 【誕生日 百日紅(ひゃくじつこう)の ように生き】

 暑かった。ひたすら暑かった。どんな炎天下でも平気で、ふるふると
咲いている百日紅が好きだ。

 サイフ二つ、アルミ缶二つ、コップ五個、バラバラ新聞、チラシ、は
し二本、コンタクトレンズケース一個、青のりの袋、アイスクリームの
カップのから、スプーン、皿一個、携帯電話一つ。

 朝起きるとちゃぶ台の上にのっかっているもの達である。それを横目
に見ながら、みそ汁と弁当を作り始める。一番上の息子をまず一番に起
こし、ちゃぶ台を半分片付け、飯を食わせる。出勤すると、ちゃぶ台の
上を全て片付け、台ふきでふいて残りの六人で朝食。小学生と中学生は、
食器を片付けるが、大きい子は片付けない(その子たちも小さい時は片
付けていた…)。

 「うわああ〜遅刻や遅刻や」。大学生、高校生、中学生も小学生も、
バタバタとトイレに入り、着がえ、駆け出していく。

 ちゃぶ台を見ると、山盛りに新聞やチラシ、マンガの本(チコクやと
いいながら読んでいる!)、おかしのクズ、包み紙(チコクやといいな
がら食べている!)、メガネ、コンタクトレンズケース、教科書、ノー
ト、プリント…。

 夏休みの間は、朝のそうじの時に子どものうち誰かがちゃぶ台を片付
けなくてはいけないから「うわあ、あいつ、ゴミぐらい捨てろよな」と
ブリブリ言っていた高校生も自分は、ゴミ、メガネ、コンタクトレンズ
ケースをちゃぶ台に置いて行く。

 子どもたちがいる日は、ちゃぶ台は昼ごはん前にも山盛りになってい
る。昼ごはんの前後にも片付ける。

 晩ごはん前にも後にも同じようなものがたくさん並ぶ。

 ねる前、見ても山盛り。コップを片付けたり、ゴミを捨てたり…。だ
けれども朝起きると、また冒頭のものが並ぶのだ。

 私は、この、くり返しの、中で、生きている。

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■3■編輯後記henshukoki

◇足かけ八年にわたって、月刊ミニコミ「草の根通信」に連載で書かせ
てもらった。毎回四百字で十一枚ぐらいだったろうか。『娘天音 妻ヒ
ロミ』と『不思議の天音』という二冊の単行本にまとめて、ジャパンマ
シニスト社から出版できた。(在庫ふんだんです。ご注文ください。サ
インと落款おしてお送りします)
○ジャパンマシニストのホームページにおける平明本案内
『娘天音…』http://www.japama.jp/cgi-bin/detail.cgi?data_id=55
『不思議の…』http://www.japama.jp/cgi-bin/detail.cgi?data_id=53
『イノチの天音』(雑誌「ちいさい・おおきい」に連載したものをまと
めました)
http://www.japama.jp/cgi-bin/detail.cgi?data_id=54

◇本誌「そぞろ通信」に載せている[1]の文章は、天音が生きていたら
おそらくまとめて出版したはずである。あの子の死後、松下さんに言っ
て連載をやめさせてもらった。だから、単行本に収録されなかった文章
をここに収録して、拙著の読者で「草の根通信」を購読していない人む
けに読んでもらおうと思っている。

◇天音堂ギャラリーにかかわることは、インターネットの「さるさる日
記」に書いています。これは自分のホームページがなくても、フリー
(無料)でレンタルしてくれるものです。アップロードも実に気軽にでき
るので、ぼくみたいな永遠ビギナーでもつづけてやれている。消息がわ
りに読んでくだされば嬉しいです。

◇ケータイにも対応しています。購読はもちろん無料です。タイトルは、
【「天音堂ギャラリー」堂守そぞろ日誌】。グーグルやヤフーなどの検
索サイトでこの言葉を入力してもヒットします。ここから次のアドレス
をクリックしてもサッと日誌へ飛びます。
http://www3.diary.ne.jp/user/348493/

◇急に決まった企画あるいはオフ会とか飲み会の告知、緊急の助っ人の
お願いなどを、この日誌に書いていきます。共に散歩し隊、一緒に飯喰
い隊、打ち上げや軽く一杯呑み隊にも、緊急出動の要請を送りますので
つきおうたってください。

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◎本誌は【1行32字】で改行、閲覧には【等幅フォント】が推奨です
◎==============================================================
月刊【そぞろ通信】9月号_#36□2004_9_19発行配信
創刊2001-10-16□「あまね通信」改題通巻121号

編輯発行人□山口平明(天音堂ギャラリー)
 連絡先□ amanetant81@hotmail.com

※転載は全文をコピペ/引用や複製は典拠を注記/平明に一報されたし
※著作権は執筆者に属しますので、転載引用の時にはご配慮ください
※転送したいとき先様のアドレスを知らせてもらえば直接配信します
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
*「そぞろ通信」遅くなって九月号。ココマデ。近況お便りください。
【★懇請★】返信機能は使わずにメールはここから【↓】お願いします。
○お便りの宛先アドレス(2MB) 》》→ amanetant81@hotmail.com


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★そぞろ通信#37★10月号*2004_10_25
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発行☆山口平明(大阪・天音堂G)
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■もくじ■

[1]archives◇ 十八歳、天音の四季をたどる《6》_/~山口平明
[2]連載[家事細見帖] ヨメと仏事の巻_/~岡本尚子
[3]編輯後記[もういまや誰も読まないコーナー]_/~haymay山口

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■1■《archives》十八歳、天音の四季をたどる《6》[一九九九年十
月] 山口平明

【五年前、あなたはどこでなにをしていましたか】

※以下の文章は、一九九九年(天音の死の前年)、天音が十八歳のころ、
松下竜一さん主宰発行のミニコミ「草の根通信」に毎月連載で書いてい
たものです。なお松下竜一さんは、今年六月十七日に逝去されました。

◆━━━━━━貴女のような人はきっと━━━━━━◆

【十月四日】朝というべきか夜中とするべきか、午前三時か四時か、
まずくすると四時か五時に、天音は眠りについたはずである。母と娘の
寝息を襖ごしにうかがう。静かだ。

 電話の呼び出し音を「切」にしてそのむねをメモに残して午前十時に
外出する。電話器の留守番機能が故障して使えない。不便といえば不便
だが、なければないでどうということはない。多機能を自慢にされても、
使うこっちが脳卒中後遺症のぼけぼけ頭であるからして単機能で充分な
んである。そういえば昔のダイヤル式の黒電話なんか故障知らずだった
よなあ。

 私たちのミニコミ「あまね通信」82号の版下を、歩いて十五分の印刷
屋さんに持っていく。私らが使っている版下用紙が分厚くて扱いにくい
という。もう少し薄くて腰もある用紙が業務用としてあるので、取り寄
せてもらうことにする。ありがたい。お互いの仕事がやりやすくなるよ
うに工夫しあうのは気持のいいものだ。

【十月六日】「あまね通信」82号がなか一日でできてくる。あらかじ
め切手と宛名用紙をはって差出人住所氏名のゴム印をおしてある角形6
号封筒に、できあがったA5判32頁針金中綴じの「あまね通信」をいれ
ていく。明日には発送できるだろう。印刷と製本を外注するようにして
二号目、ほんとにほんとに楽になった。

 ミニコミなどというものは出したいからだしているのであって、それ
に対しいくら切手代だといったところで読者からお金をいただくのはよ
くないと思っていた。しかしわが貧窮はいかんともしがたく、一九九八
年末に購読料カンパを読者にお願いしたところ、ただちに郵便振替でカ
ンパが届けられはじめた。これで切手代のみならず、印刷費もなんとか
まかなえるとメドがたち、今年一九九九年七月刊行の81号から印刷屋さ
んにお願いしておるようなしだいである。

 読者の宛名を見ながらあれこれ思いをめぐらしつつ行う発送作業は、
和やかな夫婦団欒のひとときでもある。ただし天音の「抱っこせえい」
という脅かしの叫びが、むつまじいわれらの間に割りこんでくる。まさ
に天音からの通信、天の音を伝える便りなのだ。封筒をあけた読者は
「ぎゃあー」という天音の怒声か、「ぐる、ぐる」という喘鳴を耳にす
るにちがいない。

【十月九日】妻君・ヒロミさんは天音の世話だけでも忙しいのに、銅
版画に編物にプール通い、もちろん「あまね通信」の制作、原稿書き、
たまの講演などなど、あれよあれよの奮闘ぶりである。ところがときど
き慨嘆するように「あーあ、つくづく体力がなくなったわア」というの
で、おいおいそれだけあれこれやって体力がないもないもんだ、と内心
で思うのだが「ご苦労さまあ」としかいわない体力なき気弱な私なんで
ある。

 それに去年からはパソコンまで始めてしまった。ワープロは私の手ほ
どきで数年前に会得していた彼女だが、取扱説明書と首っ引きで年初に
パソコン通信に加入、最近ではインターネットなんぞにとりくんでいる。
でもときどき「あーあ、さっぱり分からん。時間損した」といってると
ころをみると、そう快調にパソコンを楽しんでいるふうではないよう
だ。

 倒れてからの私は、新しいことを覚えたり習得するのが苦手になった。
パソコンへの興味はわきはするものの、マニュアルの細かな字を読むこ
とだけでもきつく、おまけにキーボードでのローマ字入力はゼロからの
出発となるから、いま少し体調が復するのをまってからにしようと思っ
ている。

 私はもともと左右の視力にかなり差があり、発病前は近視をコンタク
トレンズで視力矯正できていたのに、脳梗塞以降はレンズのつけ外しが
面倒になって、眼鏡のほうが楽になった。

 眼鏡では両眼そろった適正視力はまったくでない。取材してまわるよ
うな仕事がこなくなって遠方を見る必要がなくなったせいもあり、自宅
にいてときに近所をほっつき歩くぐらいなら、左右異なる視力しかでな
い眼鏡で充分なのだ。

 裸眼で本を読んだり眼鏡でワープロの画面を見るときは、どちらか片
方の眼しか使わないからひどく疲れる。コンタクトレンズをはめると、
老眼がでて小さな活字が見にくい。じつに厄介千万である。

【十月十三日】「あまね通信」の読者RTさんから電話。小学校への
入学を来年にひかえた障害をもつ娘さんのことで、周囲からのさまざま
な声に悩んでいる。妊娠中、胎児が障害をもって生まれる可能性が高い
といわれていたのに、なにくそ育てていくわよと生んでみたら診断通り
の重い障害をもっていた。就学時期になって周囲の「そらみたことか」
の声に、心がひしげそうになっているという。

 母親同士のほうがいいかと妻君とかわる。就学前の健康診断にいく前
に用意した主治医の診断書に記された内容を見て辛くなった。なぜ私は
あのとき周囲の声に反してこの子を生んでしまったのか。取り返しも引
き戻しもならない過去に思いはめぐり、胸が苦しくなってそれに自分自
身が重い病気にかかっているし、思いあまって電話をよこしたのらしい。

 彼女は在日(韓国・朝鮮)で、子どものころ生活保護を受けるような
貧しい家庭だった。しかも両親を早くに亡くしている。この人に私(た
ち)はどんな言葉をかけてあげられるだろうか。私たちはただ話を聞い
てあげる以外になにもかなわない。

 ヒロミさんは「仮にそのお子さんを生まなかったとしても、あなたの
ような人はその後もきっと別の正しいけれどしんどく辛い決心とか選択
をしていたと思うわ」と話していた。そうなんだよなあ、まったくそう
なんだよ。ヒロミさんならではの言葉に私も横でうなずくばかり。

 かねてより他者に「頑張ってね」なんてそういえたもんじゃないと考
えている。でもこんなとき、彼女には「あなたってそういう人なんだか
ら」と全面肯定の言葉を添えて「頑張って」といってあげてもいいんじ
ゃないかと思う。

 どんなに能力があり自信にみちているようにまわりから見られている
人でも、本人は思いのほか脆くて弱い内面をかかえている。シャンソン
歌手の越路吹雪だったかが、舞台にでていく直前に親しい人(夫だった
か)に「ワタシきれい?」と問うたというお話。あるいはもと世界ヘビ
ー級チャンピオンのモハメド・アリが「キミは男前だ、偉大だ、キミの
パンチは世界一だ、キミは絶対に負けない」と励ましほめまくる人を雇
っていたと、徳永進さんが木村聖哉さんの文集から引いていた。(徳永
進著『病気と家族』集英社文庫96年10月発行、「私の交遊抄/はげまし
人間」による)

【十月二十二日】ヒロミさん、試写会の無料招待券があたって「トー
マス・クラウン・アフェア」を、近くの厚生年金会館に見に行く。一枚
で二人が入場できるのだが、私は外出の元気がでなくて留守番にまわる。

 ヘルパーさんの帰ったあと、妻君が帰宅するまでのわずかな時間、天
音をゆっくり抱いてやる。ヘルパーのお姉さんからお母さんじゃなくお
父さんの抱っこに「あれえ?」ととまどいの表情(そう思えばそう見え
る)の天音にこびるように、お腹や足先をナデナデしてやる。女性のよ
うにやわらかい肌もふわふわのオッパイもない悲しい父は、こんな手で
しかとりいることができない。淋しいけれどちょっぴり温かな秋の宵で
ある。

【十月二十五日】このところマンションの共用部分の改装工事がたけ
なわである。今日は各戸の玄関ドアの塗装工事で、シンナーみたいな石
油系の強い匂いが廊下にただよい、部屋のなかまで臭くてたまらない。
天音が気分悪くなってはいけないと思うが、臭気は防ぎようがない。玄
関に通じる部屋の引き戸をなるべく開けないようにして一日をやりすご
した。(初出「草の根通信」一九九九年十二月号、単行本未収録)

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■2■[家事細見帖]ヨメと仏事の巻_/~岡本尚子

 【遺影まで 進みて手には 秋桜】

 仏花を買いに行き、仏壇をそうじして、お茶をかえる。

 その昔、姑にこの仕事を命じられた時は、日本のヨメさんは宗教も選
べないのか…と落胆したものだった。私は無宗教だからまだいいけれど、
結婚しただけで、宗教も決められ、それに手を合わす。結婚前に宗教を
もっている人はつらいだろうなと思った。

 今では、寺でも神社でもお地蔵さんでも、教会でもなんでもかんでも
手を合わすようになった私は(いいかげんや)、時々、枯れ枯れの花を
飾っていたり、茶も昨日のままだったりするが、「ヨメ」は忘れた。好
きでやっている。

 が、盆や法事はしんどいなあと思う。お寺さんに来てもらい、お経を
きき、説教をきき、お茶を入れ、お布施を用意し、お供えものを手渡す。
これだけでドッと疲れる。

 天音さんを偲ぶ会はお経もなかった。見送る気持ちがあふれるいい会
だったなと今でも思う。なすがままにゆれている秋桜は天音さんのイメ
ージだった。

 十年前、取材者だった私をハッと見つめていた天音さん…。四年前、
秋桜の中に眠っていた天音さん…。秋桜がゆれているのを見ると思い出
してしまう。

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■3■編輯後記henshukoki


◇本誌「そぞろ通信」に載せている[1]の文章は、天音が生きていたら
おそらくまとめて出版したはずである。あの子の死後、松下さんに言っ
て連載をやめさせてもらった。だから、単行本に収録されなかった文章
をここに収録して、拙著の読者で「草の根通信」を購読していない人む
けに読んでもらおうと思っている。

◇天音堂ギャラリーにかかわることは、インターネットの「さるさる日
記」に書いています。これは自分のホームページがなくても、フリー
(無料)でレンタルしてくれるものです。アップロードも実に気軽にでき
るので、ぼくみたいな永遠ビギナーでもつづけてやれている。消息がわ
りに読んでくだされば嬉しいです。

◇ケータイにも対応しています。購読はもちろん無料です。タイトルは、
【「天音堂ギャラリー」堂守そぞろ日誌】。グーグルやヤフーなどの検
索サイトでこの言葉を入力してもヒットします。ここから次のアドレス
をクリックしてもサッと日誌へ飛びます。
http://www3.diary.ne.jp/user/348493/

◇急に決まった企画あるいはオフ会とか飲み会の告知、緊急の助っ人の
お願いなどを、この日誌に書いていきます。共に散歩し隊、一緒に飯喰
い隊、打ち上げや軽く一杯呑み隊にも、緊急出動の要請を送りますので
つきおうたってください。

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◎本誌は【1行32字】で改行、閲覧には【等幅フォント】が推奨です
◎==============================================================
月刊【そぞろ通信】9月号_#36□2004_9_19発行配信
創刊2001-10-16□「あまね通信」改題通巻121号

編輯発行人□山口平明(天音堂ギャラリー)
 連絡先□ amanetant81@hotmail.com

※転載は全文をコピペ/引用や複製は典拠を注記/平明に一報されたし
※著作権は執筆者に属しますので、転載引用の時にはご配慮ください
※転送したいとき先様のアドレスを知らせてもらえば直接配信します
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*「そぞろ通信」遅くなって九月号。ココマデ。近況お便りください。
【★懇請★】返信機能は使わずにメールはここから【↓】お願いします。
○お便りの宛先アドレス(2MB) 》》→ amanetant81@hotmail.com


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★そぞろ通信#38★11月号*2004_12_4
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発行☆山口平明(大阪・天音堂G)
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■もくじ■

[1]archives◇ 十八歳、天音の四季をたどる《7》_/~山口平明
[2]連載[家事細見帖] よその台所の巻_/~岡本尚子
[3]編輯後記[メルマガは盛りを過ぎたか]_/~haymay山口

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■1■《archives》十八歳、天音の四季をたどる《7》[一九九九年十一月]山口平明

【五年前、あなたはどこでなにをしていましたか……】
以下の文章は、一九九九年(天音の死の前年)、天音が十八歳のころ、
松下竜一さん主宰発行のミニコミ「草の根通信」に毎月連載で書いてい
たものです。なお松下竜一さんは、今年六月十七日に逝去されました。

◆━━━━━━「小さい弱い」の不思議━━━━━━◆

【十一月一日】昨日から一週間、マンション一階の車路出入口のシャ
ッター当番にあたっている。朝七時に開けて夕方七時に閉める。その年
度の管理組合の役員が交代で行い、年に数回まわってくる。

 夜型の生活のわが家にはきついお役目である。しかし、病後の私はこ
んなときには、ちょうど早起きしたいと思っていたから好都合だ、これ
をよいキッカケに朝型に挑戦してみよう、と考えを切り換えられるよう
になった。これもまた病人力か。

 目覚まし時計のベルに頼らなくとも目覚めた寝床で、いつもの血流始
動の自分流体操をゆっくりとやり、もたもたとしながら着替えて、七時
前に三階の自室から一階に降りる。

 入路側のシャッターを開けると同時に若い男が入ってくる。住人なの
だろうか。百戸近くの集合住宅では住人の顔はほとんど知らない。シャ
ッターが巻き上がる間、彼の行方を追うと、車庫のほうへ曲がって消え
た。出路のほうは早く車を出した住人がいたのかすでにシャッターは上
がっていた。

 ふと見ると出路の端で彼が煙草に火をつけている。住人ではなく外部
の人間のようだ。こういうとき、都会の無関心で不干渉なつきあいの弱
みがあらわになってしまう。アメリカなら不審な侵入者とみて銃でも持
ち出しかねないところだ。といっても私は海外へは全然行った体験はな
く、テレビや新聞雑誌の断片情報でゆうておるので、ええかげんなのは
ご承知あれ。まだまだ緑を残した銀杏の並木を眼におさめて自室へ引き
上げる。

 私たち夫婦で執筆寄稿している季刊「ちいさい・おおきい・よわい・
つよい」誌25号が届く。今号の裏表紙にヒロミさんの銅版画七点が、原
画に近い色合いで「ギャラリーAmane」と題して、通信販売向けの
広告仕立てで掲載されている。色が上品でいい感じに仕上がっている。

 「草の根通信」に連載させてもらった文章をまとめた本『娘天音 妻
ヒロミ/重い障害をもつこどもと父の在り方』(97年、ジャパンマシニ
スト社発行、前出の季刊誌も同社刊)の表紙と中扉に使った絵を、奇特
な愛読者(いるとして)や天音ファン(いるとして)に買っていただこ
うという企画の一環なのだ。銅版画は油絵などの一点モノと異なり、複
数の作品がえられるので広く頒布もできるけれど、価格は当然に低くな
る。

 さて読者の反応はいかに。「こんなに扱ってもらえるのは本当に嬉し
いけれど、技術が今よりもっと未熟なときの作品だから恥ずかしいわ」
と珍しく弱気なヒロミ画伯なんである。

 絵の上手な人や実物そっくりに描ける画家は世の中に多くいる。絵は
上手い下手やないよ、絵は画家の内面をどれだけ表現しているか、が肝
心。長年にわたる習練の結果で得られる高度な技術は晩学の彼女にはと
うてい身につくものではなかろう。そんなものより、子どもの絵や素朴
派のそれに描かれているような心であり魂こそが、ヒロミさんの絵につ
ながるものだ。

 これまでヒロミさんの絵は、フリークな存在としての天音を独自のイ
メージとして新しくとらえなおし自己の内面をくぐらせて、おどろおど
ろしい時空を、あるいは摩訶不思議なる肉体の美を描きだしている。だ
から大丈夫、自信をもっていい。

 ここまで偉そうにゆうたもんの、例によってなんの確信もない門外漢
の私なんである。ヒロミさんが好きな道を歩いていってほしいから、た
だただ励ましているだけであって、分野はちがえ同じ表現者として私自
身にいいきかせているようなものなのである。

【十一月三日】祝日で銅版画教室はお休み。妻君は絵のほうの友人た
ちの個展を見学に行く。帰りにプールにまで寄ってさっと泳いできた。
忙しく駆けまわる彼女のアシは自転車(ママチャリ)、ほんとにその行
動力には驚く。例によって私は、ヘルパーさんに抱っこされた天音とお
留守番。いかに夫婦であろうとも人生いろいろである。
【十一月五日】「ちお」(「ちいさい・おおきい」の略称にして愛称)
のひろみさん(妻君と字は違うが同名、今回の企画の仕掛け人)から
「絵の注文第一号、今日ありましたッ」と電話がはいる。奇特な人か天
音ファンかは定かならず。「おは」の裏表紙を見て注文の電話をくれた
そうだ。「おそい・はやい・ひくい・たかい」という「ちお」の姉妹雑
誌にも同じ広告がでている。第一号が「おは」の読者からとは意外な展
開だ。

【十一月十五日】午前三時ごろに寝ついて七時には眼がさめる。これ
も老人力か。枕許に置いてある須賀敦子『本に読まれて』(98年、中央
公論社刊)を開く。付箋をつけた頁には次のような文がある。《自分は、
若いころにヨーロッパに興味をもち、イタリアにのめりこんで、それは
それで落ち着いていた。ところが、還暦を過ぎてから、ヨーロッパその
ものについても、イタリアについても、自分のそれまでのアプローチが
ひどく狭くひとりよがりなものに思えて、古代からの文化の流れに、つ
よく惹かれるようになった。あと何年ほど、たしかな頭脳で本を読みつ
づけられるのかと、時間に追われるあせりで、夜半に目がさめたりする》
との一節が胸に迫る。

 私は須賀さんの文体が好きなのだけれど、書評のなかにそっとしのば
せるこんな独り言にひきつけられる。もうこの人はこの世にいない。彼
女の新しい文章が読めないので、よけいに愛惜の思いでとりだしてみた
りする。

 ヒロミさんは午前中に天音の薬を処方してもらいに阿倍野の大学病院
へ行き、その帰途、画材店に寄り額を注文(全然絵の注文がないのも企
画者に悪いし、かといってたくさん注文がきても大変なことになるが、
額はあらかじめ用意しておかねばならない)。また友人の個展をのぞい
て帰ってくる。これらはすべてママチャリでの外出である。彼女の疾駆
する姿は、天音に費やされたこれまでの年月をとりもどすための《時間
に追われるあせり》が生んだ活力じゃないか。

 私は妻君を送りだしたあと、自分の身支度を先にすませ、寝床から居
間のソファに天音を抱いてきて、ゆるゆると着替えをさせる。口を大き
くあけ首を後ろへ反らせる天音の「あんぐり発作」に抵抗しつつ、パジ
ャマを脱がせブラウスとカバーオールを着せる。

 お母ちゃんのように手早くできない父のやり方をとがめるように「あ
んぐり発作」攻撃が連発される。いま発作といったが、脳が原因の痙攣
によるてんかん発作ではない。「あんぐり」は天音だけの動作による固
有の言葉じゃないかと思う。これもこの子と十八年も共に棲み共に暮ら
してきた経験と観察から推測しているにすぎない。あたっていようがは
ずれておろうが構わない。勘みたいなもんである。

 夜中にNHKの再放送番組で「いのち再び 生命科学者 柳澤桂子
(ドキュメントにっぽん)」を見る。原因不明の病気で、めまいと吐き
気、手足の痺れと痛みから寝たきりになった柳澤さんの、九八年七月に
服用した薬が効いて奇蹟のように恢復した姿を追いかけた映像ドキュメ
ントである。

 彼女は闘病生活のなかで、生命科学者として「生命とは何か」を考え、
二十冊余の本を著してきている。激痛から尊厳死まで考えたこの人が、
痛みが消えた現在、雑誌のインタビュウで語った言葉に私は打たれた。
兵庫県姫路市の森本利明さんが発行するミニコミ「ゆうとぴあ通信」29
号に、柳澤さんの言葉がまとめて記されていたのを参考にさせてもらっ
た。

 《痛みがとれてみると三十年来の苦しみは何だったのか、現代医学の
狭間で翻弄された自分の人生を思うとき、この宇宙のなかに裸で放り出
された人間の小ささを強く感じる。特定の宗教は信じていないが、自然
や宇宙の何か大きなものに対しては、信仰につながるような畏敬の念を
もつ。科学により大自然の営みを調べれば調べるほど、人間の小ささ、
弱さを思い知らされて謙虚な気持ちになる。》 [つづく]

〜〜〜------------------------〜〜〜

※★★※この[1]の文章は、初出が「草の根通信」二〇〇〇年一月号で
ある。天音が今も生きていたらおそらくまとめて出版したはず。あの子
の死後、松下さんに言って連載をやめさせてもらった。だから、単行本
に収録されなかった文章をここに収録して、拙著の読者で「草の根通信」
を購読していない人むけに読んでもらおうと思って再録している。

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■2■[家事細見帖]よその台所の巻_/~岡本尚子

【顔ゆがめ 引き摺(ず)られゆく 運動会】

 毎日台所仕事をするようになって二十余年、どうにもこうにもどう
しても不思議な謎があった。台所は使えば、油はね、水はね、汁こぼれ
…これは絶対にある。が、何故に、よその台所は美しいのか。ずうっと
不思議でたまらなかった。

 流し台、調理台、レンジ…、油コテコテ、水あかヌルヌル。たまにし
か拭かないから、そうなるのはトーゼン。では、毎日拭くのか? 全部?
ウソだ、毎回毎回拭くなんて。

 が、ある日新聞の家庭欄を読んだら、「台所はモノを出しっぱなしに
しないこと。使ったらしまう。モノがあると拭くのがメンドーになる」。
うーん。常に拭けと書いてある。ゲェー。やっぱり、それでヨソ様の台
所はキレイなんだ。ううっ。

 よしっ!私だってやるゾ!ある朝ふきんを調理台に置き、卵をこぼし
たら拭き、煮汁をこぼしたら拭き…しながら朝ごはん、ベントーを作っ
た。

うーん、そうか、なかなかイイゾ。モノをしまいながら、汚れを拭きな
がらやれば、あとで弁当箱を並べる時に片づけたり、拭いたりしなくて
もいい。調理台もピカピカここちよいワ。ルンルン。

 と、「おかん、弁当! もう行くで」。息子が走り出す。うわああ、
待って待ってえな。子どもの運動会も終わったというのに、弁当もって
私(おかん)は走る走る。

 あれえ? 拭きながらやったら、遅なったんやんか。どないしたらえ
えねん。私は弁当を息子にパスし、立ちつくしてしまったのだった。

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■3■編輯後記henshukoki
▽ブログが大流行だそうな。ぼくが毎日書いている堂守ウェブ日記はブ
ログにかなり似ている。違うのはコメントとかトラックバックの機能が
ついていないこと。画像が扱えなくてテキストのみなのもブログと違う。
カレンダーの日付をクリックすると、その日の記事が読めるのは一緒。

▽いまのところ、不自由は感じていない。本誌「そぞろ通信」の発行が
遅れがちになってきたのは日記を書くせいだ。できるだけ最新の文章を
読んでもらいたいと思う。どうしたって日記のほうに力をいれがちだ。
広がりやつながりを考えるとブログのほうがいいらしい。これでブログ
に取り組むと、パソコンの前にへばりつき状態になる。そんな時間はな
いから、当分ブログではなくウェブ日記でやっていくつもりだ。



◇天音堂ギャラリーにかかわることは、インターネットの「さるさる日
記」に書いています。これは自分のホームページがなくても、フリー
(無料)でレンタルしてくれるものです。アップロードも実に気軽にでき
るので、ぼくみたいな永遠ビギナーでもつづけてやれている。消息がわ
りに読んでくださればありがたい。購読はもちろん無料です。タイトル
は、
【「天音堂ギャラリー」堂守そぞろ日誌】。
グーグルやヤフーなどの検索サイトでこの言葉を入力してもヒットしま
す。
ここから次のアドレスをクリックしてもサッと日誌へ飛びます。
http://www3.diary.ne.jp/user/348493/

◇ケータイにも対応しています。
http://www3.diary.ne.jp/i_log.cgi?user=348493&log=now

◇急に決まった企画あるいはオフ会とか飲み会の告知、緊急の助っ人の
お願いなどを、この日誌に書いていきます。共に散歩し隊、一緒に飯喰
い隊、軽く一杯呑み隊にも、緊急出動の要請を送りますのでつきあって
やってください。

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◎本誌は【1行32字】で改行、閲覧には【等幅フォント】が推奨です
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月刊【そぞろ通信】11月号_#38□2004_12_4発行配信
創刊2001-10-16□「あまね通信」改題通巻123号

編輯発行人□山口平明(天音堂ギャラリー)
 連絡先□ amanetant81@hotmail.com

※転載は全文をコピペ/引用や複製は典拠を注記/平明に一報されたし
※著作権は執筆者に属しますので、転載引用の時にはご配慮ください
※転送したいとき先様のアドレスを知らせてもらえば直接配信します
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*「そぞろ通信」いちおう霜月号。ココマデ。消息お便りください。
【※懇願※】返信機能は使わんとメールはここから【↓】頼みます。
○お便りの宛先アドレス(250MB) 》》→ amanetant81@hotmail.com


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★そぞろ通信#39★12月号*2004_12_30
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発行☆山口平明(大阪・天音堂G)
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■もくじ■

[1]archives◇ 十八歳、天音の四季をたどる《8》_/~山口平明
[2]編輯後記_/~haymay

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■1■《archives》十八歳、天音の四季をたどる《8》[一九九九年十
一月] 山口平明

【五年前、あなたはどこでなにをしていましたか……】
以下の文章は、一九九九年(天音の死の前年)、天音が十八歳のころ、
松下竜一さん主宰発行のミニコミ「草の根通信」に毎月連載で書いてい
たものです。なお松下竜一さんは、今年二〇〇四年六月十七日に逝去さ
れました。六十七歳。

◆━━━━━━イノチの芯は羊歯みたいに━━━━━━◆

【十一月十六日】昨夜、天音は眠れなかったようで、泣きつづけたせ
いか異常なほどに汗をかいている。いつものように母親が着替えさせて
やる。

 昼過ぎからやっと本日初めての食事を哺乳瓶で飲ませる。食べおわっ
てしばらくすると、ソファの上でのけぞるようにしながら口を大きく開
けて息を吸うばかりである。例の危険な呼吸不全の発作(過呼吸症)が
はじまりそうだ。やれやれ。

 妻君がなれた手つきで胸を抑えて息を吐かせるようにしてことなきを
えたものの、いかにも不機嫌である。夕方になって躰が熱いので、体温
を計ってみると三八度六分、平熱は三六度少しだからかなり高い。夜中
にかいた汗で冷えたのか、あるいは脱水症で発熱したのだろうか。

 私たちはこんなときお医者さんみたいに病気の原因をあまり考えない
ようにしてきたところがある。だけど原因や病名が分からないと治しよ
うがないではないか。そのとおりだが、急性症状でないかぎり、少し時
間をおいてみる。食事や睡眠時間、ふだんとなにか変わった様子はなか
ったか、思い返して夫婦で検討していくと、そう大騒ぎしなくてもよい
と腹がすわる。

 このへんは十八年余も娘と「在宅」して共に住み暮らしてきた者の強
みである。熱はある程度出してしまったほうがいいという私の体験上で
の思いもある。信念じゃなくて居直りか。

 病んだ子をお医者さんに渡してしまって、親は自分の不安から逃れよ
うとする。あとは専門家に任せてなんとかしてもらえる、してくれるは
ずとひとまず安心する。

 熱で苦しんでいる子を前にして、わずかな時間、手をこまねいている
ことの大切さを私たちは知っている。たとえ「なんでこんなになるまで
つれてこなかったのか」とお医者さんに叱られても、苦しげな子ととも
に「苦しいなあ、しんどいねえ」と抱っこしなでさすった時間は「それ
でいいのだ」と思いきるようにしている。

 むろん落ちつきはらっているわけではない。妻君もだが私なんかおた
おたしてしまう。ここが我慢我慢とおのれにいいきかせる。つらい、つ
らい、身代わりになってやりたい。ごめんね、ごめんねえと娘に詫びつ
づける。

 抱っこばかりで山積みの仕事を片づけられない妻君は苛々として「な
んでこんなに次から次と苦労せんといかんのよお」とほえる。

 私は表面は落ち着いたふりをして、ひたすら心中で祈る。痛みもつら
さもなにも訴えられない天音にとって、眉根のあいだにできた縦皺がそ
れらを表しているようだ。

 おだやかに昨日が今日になり、やがて大きな変化もないだろう明日が
やってくる。この反復性こそイノチの根源にひそむものではないか。保
守性といってもいい。それはまるで根をしっかりとはった立派な樹木の
ようだ。

 天音の躰の芯には、きっとか細い羊歯(しだ)植物みたいな葉がはい
のぼっているにちがいない。だけどその葉は太い茎にも幹にも匹敵する
ような勁さをもっているにきまっている。

 夜中には三七度ちょっとまで下がってくれる。やはり脱水症からの熱
かなあ。三人とも眠れない。ぐずぐずと母の胸で泣きつづける天音。

【十一月十七日】熱はない。一日で下がったのだ。咳と痰がでてきた
脚湯がよかったのかもしれない。これからじわじわと痩せていくにちが
いない。一緒に妻君も痩せるかというとそうはいかない。

 熱がすぐ下がったせいか、そう苦しそうではない。思いきってヒロミ
さんには銅版画教室に行ってもらう。ヘルパーさんの抱っこの間、私た
ち二人は家の内外で一休みしようとの心算なんである。

【十一月二十日】近所の店で買った電気マットというか座布団がなか
なか具合がいい。お尻があったかい。

 文章を書くときは頭がカッカとしてくるから室内は寒いほうがいい。
でも脳梗塞で倒れてからはそうもいくまいと安全策で電気座布団にして
みた。よほど寒いときは小さな電熱ヒーターをつけるか、膝掛けをかけ
るぐらいだ。部屋全体を暖房するのは物書き仕事にはむかない。

【十一月二十二日】天音は再発もせず落ち着いている。それでかねて
より予定してあったヒロミさんの一泊東京行きを決行してもらう。朝七
時に家を出発、新幹線で旅の人となる。去年につづき年に一度のひとり
旅である。

 ありがたいことに天音はおとなしくしてくれる。「静かちゃん」の日
だ。昼から来てくれたヘルパーさんと長丁場のお留守番には幸先がよい。

 私自身の食事は、妻君があらかじめ用意しておいてくれた、おにぎり
とロールキャベツ、生ハムサラダ、蓮根肉炒め、豚汁風スープで二日間
をすませてしまう。外へ食べにいかず。ヘルパーさんに任せて外出して、
天音のご機嫌を損ねたくないのだ。

【十一月二十三日】世間は祝日。昨晩は疲れたのか、父のほうが娘よ
り先に寝てしまった。天音は朝から五時間ほど眠ったみたい。今日もお
となしくしてくれる。嬉しやのう。父もヘルパーさんも気が楽だ。

 夕方七時、母と妻君とヒロミさんがいっぺんに帰ってくる。嬉しや嬉
しや嬉しやのう。お前がいちばん喜んでるやないかって、そうなんです。
助かったあ。天音の顔と躰から緊張がとけていく。やはりこの子がいち
ばん喜んでいるんだねえ、と納得。

 早速、ウンコをさせてから母子の入浴。昨日はどっちもできなかった
からねえ。浣腸での排便も抱っこのお風呂も母さんがいてこそだよねえ、
天音。よかったねえ。にしても駄目な父さんなのであった。

【十一月二十五日】ITさんの娘さんが調子わるく、かつて行った気
管切開の気道と食道の不具合から大阪府母子保健センターで、その改善
手術が九時間におよんだと電話はいる。天音と似た重度障害の女の子で
ある。

 寝たきりでいるから胃酸が上にのぼってきてわるくなるらしい。天音
は抱っこしろと抱くまで脅し泣きをして、親に抱っこをねだり躰を立て
ているのがよいのだ。そうにきまっている。横になったままより少しで
も座位をとるほうがよいと、老人介護でもいわれている。胃酸は塩酸だ
から喉に上がってきたら大変だ。

【十一月三十日】友人の近山恵子さんが理事長をつとめる「福祉マン
ションをつくる会」の関西支部セミナーに参加。会場はドーンセンター
(大阪府女性会館)。「ぼけたお年寄りをかかえる大阪府家族の会」の
黒田輝政代表と会員の二人の女性の介護体験を聞く。亡母のことや天音
のことが思い浮かんでつい涙ぐんでしまう。

【十二月三日】講演会づいている。同じドーンセンター。詩人の宗秋
月さんが中心になって、ビデオ(映画)を制作しようという会の設立の
集いに参加する。

 会の名称は『映画「あかしめたち/忘れるための記憶」市民による制
作グループ』の集い、第二次世界大戦から五十五年目を迎える今年二〇
〇〇年、周辺事態法、通信傍受法、日の丸・君が代の法制化などに《時
代を黙視するだけの人生》でよいのか、と自分たちが立っている生活の
場で時代に一石を投じたい、と市民グループを結成、映画制作に取り組
んでいくとのこと(制作基金募集の趣意書による)。

 秋月さんらがやろうとしている運動は、蟷螂の斧ちゅうか、はかなき
抗いでしかないだろう。「賛同人になってね」と有無をいわさぬ彼女の
迫力の裏にひそむ情にほだされて、私はここへやってきたのだった。

 知的障害をもつFさん(故人)と十数年前に大阪市内の作業所で出会
い、彼女は私たちがつれている天音をしきりに抱きたがった。ささやか
な交流でしかない。そのおりにFさんの義姉として紹介されたのが宗秋
月さんだ。私と彼女をつなぐ赤い糸である。 (つづく)

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※★★※この[1]の文章は、初出は「草の根通信」二〇〇〇年二月号、
単行本には未収録。娘・天音の死後、連載をやめた。拙著の読者で「草
の根通信」を購読していない人むけに読んでもらおうと思って再録して
います。

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■2■編輯後記henshukoki

☆とうとう、おおつごもり。娘の月命日(十六日)に発行配信してきた本
誌「そぞろ通信」も、今月も遅れてしまった。まあ、それだけ元気に動
けているという証拠だろう。十二月中に出せたのはまずはめでたい、と
自讃。

☆だれだったか、人間はみんな夭折していくものだ、と聞いた覚えがあ
る。若死に、といっても何年生きるか判らない人間の生は、どんなに高
齢になって死んでも夭逝であり若死にだというのだ。そう聞いて、そう
だ、と膝をうった。天音の十九歳が若死にだし、松下竜一の六十七歳も
夭逝である。いつも生は途中で絶たれてしまうもの。

☆大晦日も極月も師走も、自然の運び行きへの人間の勝手な取決めにす
ぎない。これとても自然の摂理にとって途中でも終りでもない。台風連
続、地震、津波。それぞれのときに途絶えてしまう数多(あまた)の生。
天音のところへ行ける日までの途中の生を愉しみたい。

☆岡本尚子さんの「家事細見帖」はお休みです。 [へ]

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■蛇足■
◇天音堂ギャラリーにかかわることは、インターネットの「さるさる日
記」に書いています。これは自分のホームページがなくても、フリー
(無料)でレンタルしてくれるものです。アップロードも実に気軽にでき
るので、ぼくみたいな永遠ビギナーでもつづけてやれている。消息がわ
りに読んでくださればありがたい。購読はもちろん無料です。
タイトルは、【「天音堂ギャラリー」堂守そぞろ日誌】。
グーグルやグーなどの検索サイトでこの言葉を入力してもヒットします。
ここから次のアドレスをクリックしてもサッと日誌へ飛びます。
http://www3.diary.ne.jp/user/348493/
◇ケータイにも対応しています。
http://www3.diary.ne.jp/i_log.cgi?user=348493&log=now

◇急に決まった企画あるいはオフ会とか飲み会の告知、緊急の助っ人の
お願いなどを、この日誌に書いていきます。共に散歩し隊、一緒に飯喰
い隊、軽く一杯呑み隊にも、緊急出動の要請を送りますのでつきあって
やってください。

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◎本誌は【1行32字】で改行、閲覧には【等幅フォント】が推奨です
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月刊【そぞろ通信】12月号_#39□2004_12_30発行配信
創刊2001-10-16□「あまね通信」改題通巻124号

編輯発行人□山口平明(天音堂ギャラリー)
 連絡先□ amanetant81@hotmail.com

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山口平明  ◇雑誌