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『障害の地平』No.88

視覚障害者労働問題協議会 編 19960921 SSK通巻第942号;身体障害者定期刊行物協会,24p.

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last update: 20210528



視覚障害者労働問題協議会 編 19960921 『障害の地平』第88号,SSK通巻第942号;身体障害者定期刊行物協会,24p. ds. v01

■全文

表紙
 SSK増刊ー障害者開放運動の理論的・実践的飛躍のためにー
 子宮から墓場までノーマライゼーション!

 ー視労協ー
 障害の地平 No.88
 障害者虐待を許さない「水戸事件」の闘いに御支援を!

 視覚障害者労働問題協議会
 一九七一年六月十七日第三種郵便物許可(毎月六回 五の日・0の日発行)
 一九九六年九月二一日発行SSK通巻増刊九四二号

目次
 視労協的気分            込山 光広・・・・・・1
 「水戸事件」の闘いに御支援を!    視労協事務局・・・・5
 「生激論」に参加して        宮 昭夫・・・・・・・・7
 就職するということ         中山 玲子・・・・11
 視覚障害者誘導用ブロックの行方   森 登美江・・・・15
 視労協房総ツアーに参加しての感想  江頭 さとる・・21
 書評「患者よ・がんと闘うな」    梅林 和夫・・・・23
 障害者政策研究第2回全国集会       ・・・・・・・・24
 BOOKレット紹介
 編集後記

p1
 視労協的気分
 込山 光広

 昨年から今年にかけて、私は40日間の入院と手術、そして、長期にわたる自宅での療養生活を体験した。今も定期的に通院している。薬害エイズに関連して医療の様々な問題が指摘されているが、私も自らの体験を通して当事者(患者)が主体ではない我が国の医療の実態の一部に触れ、深く考えさせられた。
 私のかかっている病院は、比較的に医療スタッフが親切であり、入院生活も窮屈なものでなかった。自然治癒力を重視するホリステック医学にも理解がないわけではないと聞く。だが、その病院においても、病名告知やインフォームド・コンセント(説明と同意)では極めて不十分であり、病気の治療は医者がするものとして組み立てられ、病人は常に受け身的な対応を余儀なくさせられている。病気なのは医者ではなく病人であるのに、病人は自己の病気に関する詳しい情報は知らされず、医者の決めた治療方針に従わざるを得ないという仕組みになっている。
 言うまでもなく、病気と闘い克服するのは、あるいは病気と折り合って共に生きるのは病人自身である。医者など医療スタッフは、


p2
病人により良い治療のために情報を与え、適切なアドバイスをする補助者に過ぎないはずである。自分の病気の情報を知り、一定の判断を下し、最終的に治療方針を決心し、決めるのは病人の権利の属する事であり、その事は治療効果にも大いに寄与するのではないだろうか?もちろん結果は自己の責任となる。しかし、結果がどうであれ、自分で納得ができるというものではないか?

 2
 私は社会保障のあり方として、社会そのものが福祉社会となる北欧型が優れていると思っているし、それを目指して運動してきた。そこには人権の尊重(個人の尊厳)を前提とし、ノーマライゼーションの理念が生まれる基盤が培われていた。
 一方アメリカにおいては、「完全参加と平等」を徹底する社会のあり方が追求されている。機会の平等化が推進され、ある事に必要な固有の能力以外の差別は許されない。自己の力で闘い、勝ち抜き、自己の責任で生活する社会と言える。そういう状況下では、当然自己の主張が強烈になるし、結果については自ら責任をとるという態度が養われる。「障害を持つアメリカ人法」が制定される基盤があった。
 1981年国際障害者年は、ノーマライゼーションを理念とし、障害者の社会への「完全参加と平等」をテーマとした。北欧では、

p3
前者(理念)が、アメリカでは後者(テーマ)が社会のあり方の主軸になっている。しかし、いずれにしても、基本的人権の尊重、個人の権利と責任を土台とした市民社会が成立しており、各自が一人の市民として行動することが予定されている。

 3
 我が国に市民社会が成立しているといえるか、はなはだ疑問である。市民社会が成立していないのに、ノーマライゼーションが実現できるのか?健常者が市民として行動できない社会で、ましてや障害者が市民として行動できるわけはないではないか?次々と疑問がわいてくる。
 若い頃、私は社会変革を志向していた。障害者がおかれた差別的な状況を変えるには、社会の構造を土台から変えねばならないという思いが強かった。だが、様々な曲折を経て、障害者運動を地道に行うしか方法はないし、その事が社会を変革する大きな力になるのだと確信めいたものを持つことができた。そして、社会(障害者をとりまく状況)は20年、30年前と比べると、明らかに良い方向に変わった。しかし、今後の見通しは必ずしも明るいとは言えない。政治の流れや財政事情、社会保障のあり方や社会福祉をめぐる動向から見ると、形ばかりの「完全参加と平等」が行われ、矮小化されたノーマライゼーション社会の実現という事にならないとは限らな

p4
い。

 4
 「思いやりのある人々」や、「家族思い」の者によって支えられるノーマライゼーション社会であってはいけない。行政や公共機関による行為(サービス)の反射的利益によって生じる、権利性のないユーザーであっては、一人の市民としてプライドを持って生きる事はできない。変てこな日本型福祉社会にならないように、私たちは日常の生活で、障害者運動で、一人の市民として強烈に意識しながら、具体的に行動する事が求められている。視覚障害者の当面の利益にとらわれず、年金や手当、各種の割引や減免制度、ガイドへルパーやワークアシスタント、三療問題や雇用制度などについて、社会的障害を補う事と、個人の権利と責任とを明確にするという立場から、すべてを検討し、視労協(障害者)の運動につなげていきたい。
 今さかんに地方分権が叫ばれている。障害者の生活が良くも悪くも地域で決まるようになる。視労協の運動も、皆が集まり、学習し、方向性も決め、それを各地域で実践するというスタイルに変えねばならなくなるだろう。
 さて、私は21世紀に向けて何をするか、何ができるかを考え中である。

p5
 『水戸事件』の闘いに御支援を!

 視労協事務局

 本年1月9日付朝日新聞の記事。「水戸の段ボール加工会社『アスカ紙器』の社長の赤須正夫容疑者(48)と会計責任者の赤須節子容疑者(45)の2人が、障害者への賃金を水増しして水戸公共職業安定所に報告し、障害者らを雇う事業主に国が賃金を補助する『特定求職者雇用開発助成金』を不正に受給していた詐欺の疑いで8日、水戸署に逮捕された」。同時に次の記事も。「傷害容疑で書類送検、女性従業員にけが負わす」。
 昨年10月、会社の寮から帰宅した娘の身体に大きなアザがある事に驚いた母親が、社長に電話した事で、この事件は発覚した。しかし先の新聞記事はまさに「氷山の一角」のものでしかなかった。2月25日、被害者、親、支援者、弁護団による最初の集まりや、その後の弁護団の調査によって、次の様な事実が、信じられないような内容が続々と出てきたのである。「コンクリートの床の上で長時間の正座、それも膝の裏に角材や空カンをはさむ、あるいは漬物石のような石を膝の上において」、「両手に手錠をかける」、「食事を抜かれる。一食だけの時もあったが、三食共抜かれた事も何度も」、「毎日のように殴られたり、けられたりした」、「スリッパで数えきれないほど叩かれた」、「木のいすで何度も殴られた」、「裸にされて、強引にセックスをさせられた」などなど、それ以外にも金銭にからむ問題も多々あったようだ。

 弁護団の懸命の努力によって、10数件の刑事告訴がされているが、警察、検察の動きは極めて消極的だ。労働基準監督署や職安、福祉事務所、卒業生を送り込んだ養護学校など、いわゆる関係諸機関もまた無責任な対応に終始している。会社は社名を「水戸パッケージ」に変更し、社長も交代して営業を続けている。様々な理由によって10数名の知的障害を持つ従業員もそのまま働いている。プライバシー問題もあり地元での運動はむずかしい面も多い。
 6月29日の東京集会、7月10日の水戸現地集会を踏まえて、8月12日、「水戸事件の闘いを支える会」が結成された。急な呼び掛けにも関わら

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ず80名をこえる人達が集まった。マスコミ等での報道がほとんどされない中で、全国各地からこの事件に関心を持ち支援をしていこうという輪が広がりつつある。「支える会」は当面のとりくみとして、裁判闘争(今後は損害賠償請求など民事訴訟が中心となる)支援のための1,000万円基金作りと、県知事をはじめとする関係諸機関の責任追及のための署名活動を展開することになっている。読者の皆さんの積極的な支援を期待したい。紙面の関係で十分な説明になっていないし、点字化された資料もあまりないが、詳しく知りたい人は事務局まで御連絡下さい。

〈支える会への入会申し込み〉
 水戸事件の闘いを支える会・全国事務局
 〒105 東京都港区新橋 4‐8‐9 地球塾気付
 TEL 03‐3438‐1235 FAX 03‐5470‐8427
〈カンパの送り先〉
 ○第一勧業銀行 新橋支店(普)1792703
 ○郵便振替  00190‐7‐111775
 口座名  支える会・全国事務局
〈緊急出版〉
 「障害者虐待を許さない――水戸・知的障害者虐待事件を通して、障害者の人権を考える」
 水戸事件弁護団 副島 洋明 著 1,500円
 (本の申し込み、問い合わせも 支える会・全国事務局へ)

p7
 『生激論』に参加して

 宮 昭夫

 7月7日、堀利和氏の呼びかけで開かれた、「盲界生激論――無資格者の医業類似行為をどうするか?」に参加した。御承知の方も多いと思うが、この問題を複雑にしたのは、1960年の最高裁判決である。その判決とは、簡単に言うと、「明らかに有害と証明される場合以外は、どんな事を職業にしようが自由であって(医業類似行為についても)、特定の治療行為を職業としたからといって、直ちにそれを罰する事は憲法が定める職業選択の自由に反する」というものである。それ以来、カイロや整体など、無資格の医業類似行為を取締まる事は事実上不可能となり、彼らは年々数を増やし、既得権を拡大して、免許によって守られているはずの(実際は免許によって縛られている)我々あはき業(あんま、はり、きゅう)にたずさわる者をおびやかしているのである。
 こうした状況に対して、我々視覚障害者の側では、昨年10月、無資格業者撲滅の決起集会と白杖デモを2500人を動員して華々しく(実際にはマスコミに完全に無視されながら)、敢行したはずだったのだが、それから3ヶ月もしないうちに一転してカイロ等をあんま・マッサージ・指圧の中に

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包含するという、いわゆる「包含論」が業界、盲界、教育界の合意として打ち出された。以来、その方針転換をめぐって、ケンケンガクガクの「激論」(ほんとにそうか?)が交わされ、7月7日の「生激論」の企画になったという訳である。
 参加してまず驚いた事は、討論に加わる8人のメンバーの内、「包含」に賛成の人が3人で、反対が5人だった事である。そもそも包含論は全鍼師会、日盲連、理教連、つまりは業界、盲界、教育界の総意のはずであり、これに以前から独自に「包含論」を主張していた全視協系の人を加えれば、賛成が多数を占めるものと思っていた。私のような者が討論メンバーに選ばれた事事態、国リハあはきの会以外に明確な反対論が少いためだろうと思っていたほどだ。結局、賛成した3人はどうみても立場上反対はできないなという人達だけだった。
 これは一体どういう事だろうか?みんな「世論」の動向に敏感なのだろうか?リーダー達と末端の会員達との意識の差が予想以上に大きいという事なのか?それは基本的にその通りだろう。しかし、カイロをどう評価するかという議論との関係で、私には反対論の共通性が浮び上がったような気がした。
 カイロは上手に行えば有効な治療法だが、十分な経験を積まない者がやればはなはだ危険な行為である。つまり、「有効、有害」なものだというのが、ほぼ討論参加者全員の意見である。「有効」であれば撲滅する事はない。「有害」なのだから野放しにする事はできない。そうなれば、あんま・マッサージ・指圧に「包含」するか、単独の「カイロ立法」を

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つくるしかない事になる。つまり、「包含論」は論理的には正しいのだ。少くとも正しい選択肢のひとつのはずである。それではなぜ、私を含めて5人は反対したのか?。
 一言で言えば、「包含」にしても、「単独立法」にしても様々な問題が考えられる割に、実際にメリットは少い。たとえ論理的に言えばそうなるにしても、なぜ今私達がイニシアティブをとって、「包含」を推進しなければならないのかという事である。正しさよりも状況や利害を優先すべきだという主張である。たとえば、1万人前後いると言われるカイロを、「包含」するとなれば、全員とはいわなくともかなりの人に既得権を与えなければならないだろう。日頃、30人、50人の晴眼養成施設の定員増にピリピリしている私達にはとてもすんなり受け入れられるものではない。カイロの身分を積極的に確立させる「単独立法」については、論理的にはともかく、心情的にはとても積極的に賛成はできない。要するに、なぜ今たいして得にもならない運動を盲界の総力を挙げてやらなければならないのか、という事ではないだろうか?。 これは私が日頃から恐る恐る主張している、「勝ってももともとの運動よりは負けてもともと、勝ったら何かを勝ち取れる運動がしたい」という気持に近いものではないか。 (少し自分に都合のいいまとめすぎるだろうか?)。
 では、業界、盲界、教育界の指導者達はなぜ「包含論」で合意したのだろうか。状況や自分達の利害よりも論理を愛する人達なのだろうか?それとも、今も尚この問題が盲界にとって、業界にとって最も重要かつ緊急な課題だと思っているのだろうか?あるいは別のどこかに最終的な目標があるのだ

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ろうか?。

 今回、「生激論」に参加する機会を得て感じた事のひとつは、これがほんとに「生激論」の対象でよかったのかなという事であり、その中で私自身がもう少し具体的で積極的な議論ができたらなという事であった。
 最近私の治療室での経験からも、点字毎日などの投書からも、カイロの問題よりも柔道整復師の接骨院で、安い保険治療をやっている事の方がより実質的で、重要な問題だという実感が強い。彼らは300円とか500円とかいった料金で、マッサージやはりの治療をして、柔整師に与えられた特権をフルに生かして、保険請求をしている。恥をさらす事かも知れないが、私の住んでいる団地の友人達も、「悪いんだけどね、やっぱり安いからね」と言って、接骨院に通っている人がいる。ある程度以上安い料金が組めれば、あはきの需要は絶対に多い。それは絶対にまちがいない。
 財政難の中、あはきの保険適用を拡大する運動は、決して簡単ではないと思う。しかし、私達が一丸となってそれに取り組んで負けたとしても、失うものは何もない。同意書の問題にしても、歯がゆい事ばかりだけれど、現代医学とはり、きゅうの併用について、若干改善の兆しがみられる事など、地道でも少しづつ運動を主張していけば、少しづつは変っていくと思う。開業に際しての家賃の一定の補助など、むずかしくてもやりがいのある運動は色々あるはずだ。

p11
 就職するということ

 中山 玲子

 皆さんこんにちは。私は、東京都日野市の中央図書館で障害者サービスを担当している中山玲子と申します。視力はほとんど全盲です。1989年の3月、統合教育を受けた都立南平高校(日野市)を卒業、同4月より、1年間臨時職員として「日野市ふるさと博物館」に勤務。1990年4月より、日野市の事務職員として特別採用され、以来昨年の3月まで同博物館に勤めていました。そして、昨年4月より、かねてから希望していた市立図書館への職場異動が実現し今に至っています。この様に、視覚障害者の中では、就職においてはとても恵まれた環境である私ですので、「視覚障害者の労働問題」を語る上ではとても力不足になってしまい、労働運動の中ではなんとなく孤立感を感じてしまうところもあるのですが、そんな中で私のこれまでの経験から、「これから就職を目指す皆さん」、そして「就職したばかりの皆さん」に自分なりにアドバイスできればと思います
 第1に、視覚障害者とのネットワークを大事にしていただきたいということです。実は、私が高校生の時は、周りは全て健常者でしたので、視覚障害関係情報は入ってこないばかりでなく、どこにどの様な活動をしている障害者団体があるのかさえ分からない状況でした。ですから、就職についても、障害者団体の力をお借りするのではなく、学校と私との運動によるものでした。これは今思うととても孤立感を味わうも

p12
のであり、さらに、現在の障害者の労働運動も、盲学校卒業者や大学卒業者が固まって活動している様に見受けられ、私は今だに孤立した気持ちを味わうことが多くあります。ですから、特に、就職をしようとしている皆さん、積極的な情報収集を心がけ、いろいろな団体の集りに顔をだしてみてください。きっと、いろいろな人の輪が出来、就職にも有利な情報が得られるかもしれません。また、その時には皆さんの周りで一人ぼっちでいる視覚障害者をも誘って下さい。その輪が大きくなればこそ、私達の運動は力強いものとなり、環境も整備されていくのではないでしょうか。
 第2にこれは就職したばかりの方へ。「仕事がない」という言葉を頻繁に聞きますが、私はそういうことは絶対にないと思います。「仕事がない」、それは、上司や同僚から「仕事が与えられない」だけではないでしょうか。まだまだ、私達障害者への理解は未熟な世の中です。私達はもっと自分の能力をアピールしていかなければなりません。特に、就職当時には、自分の仕事に関する専門性を追及すること、具体的には、情報収集をすることがとても重要になります。「仕事に関する勉強」、これも立派な仕事だと思います。その内に、皆さんの能力を周囲は理解しれくれるはずです。「3年働けば道は開ける」、そんなゆっくりした気持ちで仕事に取り組んで下さい。
 第3に「就職してからが本番」ということです。学歴が重んじられる社会ですが、私はそういうものにはとても反対です。また、「どんな仕事に就くか」これもあまり重要なことではないと思います。それよりも、「仕事にどう取り組むか」

p13
これが重要なものではないでしょうか。私の現在のことをお話しましょう。私は、先ほども書きましたが、高卒で、しかも、仕事に追われていたため司書の資格も取らずに図書館に配属されました。専門的職場ですから、もちろん、周りは全てが大卒者ばかりです。しかし、「人生いつでも学習である」と割り切っている私にはそれは何も劣等感にはなりません。むしろ、「いかに良い図書館サービスをするか」ということを、紙の上ではなく実践的な所で勉強しようという気持ちを起こさせてくれます。そこで、図書館関係の団体に所属して知合いを増やしたり、パソコン通信を利用して仕事に役立つ情報を得たり、図書館利用者とのコミュニケーションを深めたり…休日まで家に仕事を持ち込んでいるといった生活ですが、これは私に大きなやる気を与えてくれます。
 第4に、これは、地方公務員、特に市町村で働く場合には、自分の働く地域の人々との関係を仕事以外の場面でも深めていくことが良いと思うのです。例えば、地域のボランティア活動に関わってみたり、公民館行事に関わってみたり…なんでも良いと思いますが、「顔を知られること」、これも新たに可能性を引き出す一つの原動力になります。ちなみに、私の場合には、日野市のボランティアセンターが運営するパソコン通信の視覚障害者のモニターをしており、さらに、視覚障害を持つ会員へのパソコンの操作指導のボランティアをしています。市民と関わり、自分の働く街が身近になると、さらに住民の本音に接することができ、仕事への意欲も生まれます。
 最後に、現在の私達障害者の労働運動に対して思うことが

p14
あります。皆さん御存知の様に、例えば視覚障害者団体と言っても、考え方の違いによっていくつかの団体があります。そして、私がみている限り、例えば労働運動にしてもそれぞれの団体が独自に行っている様に見えてしまいます。「働く権利」という同じ目標に向かうのであれば、もっと互いの団体が手を取り合っていくことはできないのだろうかと、内部のこともあまり解らない私ですが思ってしまうことがよくあります。また、現在の様な大学卒業者中心の「働く権利」を求める運動に留まらず、ぜひ、高校卒業者で一般職への就職を希望している人への就職活動運動を加えてほしいということです。事実、私の場合は、高校からはある有名な大学への推薦がもらえていたのですが、家庭の経済的事情から「これ以上親に負担はかけられない」と思ったし、アルバイトをするといってもその場があるといった保証もない状態だったので迷うこともできずに就職を選ばざるをえなかったという状況もありました。追及したい学問もあったので、当時はとても心残りになりましたし、ほとんど全員が大学進学をするという環境でしたので、辛い思いもしました。
 図書館職員となってからはまだ1年半の私。各地で働く先輩の視覚障害者図書館員の方々に支えられながら1歩踏み出したところです。そして、私も、これから就職を目指す皆さんのために何かの形で力になれれば…と思う毎日です。
 でも、本音のところ、「もっと気楽な気持ちで働けたら」と思ったりもしています。

p15
 視覚障害者誘導用ブロックの行方
 森登美江

 1
 通称「点字ブロック」といわれているものと、真剣に向き合って約半年が過ぎた。点字ブロックの全国的統一が私達視覚障害者にとって、歩行の際の安全確保の一翼を担う事は確かであると思われる。音声による誘導や案内、点字表示による情報などあらゆる方面の確実な情報がそこに合わさって、安心して町を歩き駅が利用出来る。もちろん、最も望ましいのは、いつでもどこでも人的援助が得られる事である。ホームヘルパーやガイドヘルパーの要請が、ややこしい手続きなしにいつでも出来るよう、私達自身のニーズを明らかにしていくべきだと思う。さらに、もっと大事な事は人の命を脅かす駅ホームでの駅員配置と、周囲の健常者との自然な心のつながりや言葉の遣り取りがあたりまえな世の中にする事である。そして、さらに、単独で安全に交通機関を利用し自由に安心して町中を歩ける事、それは私達障害者だけでなく高齢者をはじめだれもが望んでいる事だと思う。この世の中でだれの手も借りずに生きている人などいないのだから。その事を思いかえして人がほんとうの意味で生きやすいまちづくりに関心を持っていく事から「福祉のまちづくり」は始められなけれまならないのではないだろうか。
 10月6日に私は地元での活動の一つとして、福祉ウォッチングを計画し準備を進めている。なんとか50人規模の行動として勢いづけられるよう知り合った人達と話し合いを重ねている。多くの人達といっしょに具体的に動きながら私自身を見詰めて行きたいと思っている。

 2
 昨年「福祉ウォッチングの会」から視労協に視覚障害者の歩行体験に関するアンケート調査の依頼があった。それがきっかけで私はその会のメンバーと知り合いになって、今年の5月、数度にわたって実地調査に加わった。私はその調査で、たくさんの異なる種類の点字ブロックが作られていてそれが、無秩序に敷設されている事を自分の足で体験した。それまでにも歩きにくいとか分かりにくいとか思ったりしながらも正しい知識を持っていなかったの

p16
でほんとうに驚いた。色、形、材質、敷設方法の統一などといいながら、実際は全く実態を知らなかったのである。以下、実地調査を行なった駅舎や町の状況を簡単にまとめてみよう。
 @武蔵境駅(JR中央線、西部多摩川線) 1番線は相対式ホームで中央線上り。2・3番線が島式ホームで中央線下りと多摩川線が同時乗入れしている。数年前、まだ3番線(多摩川線)側に点字ブロックが敷設されていない時代に方向を誤って線路へ転落した経験のある駅である。肋骨骨折をして仕事を休んでいる間に点字ブロックが敷設された。特に交渉をした訳ではないので私の怪我の結果かどうかは定かではないが、さらに今では階段への誘導ブロックも問題はありながらも敷設されている。3番線側は30cm角1枚のブロックに点が25というもの。2番線(JR)側の41点よりは歩きやすかった。しかし、ホームの端の方は傾斜していたり、でこぼこしていて方向を定めにくい。階段には、おどり場がなくけっこう辛いものがある。階段を上りきって上りホームへいくばあい、ブロックを正確に辿れば安全に誘導はしているものの、通路が狭いので、壁づたいに乗換えの人を避けながらいく方が楽である。ところが、1番ホームヘの階段の1段目と壁の終り部分が同じ位置なのでうまく下りないと落ちる危険性がある。同じく階段を上りきって真っ直ぐ進むと数段の上り階段があって改札前のフロアーに出る。そこでもやはり誘導ブロックを正確に辿れば有人改札へいけるが、慣れるとやはりフロアーを斜めに歩いていく方が近い。きっちり四角に歩いていくかそれとも転落の危険がある所では自由なコースを取るか歩行経験や性格によるものかもしれない。
 A新小金井駅(西部多摩川線) ここで注目したのは、相対式下りホームの前側階段手前のブロックと転落防止柵(のつもりだと思う)との関係であった。調査する少し前までなぜかブロックの真上に柵が打ち込んであった。しかし、「これはひどい」となんども触りまくっていたり、そこを通勤に使っている視覚障害者がぶつかっているのを駅員が見ていたのか、調査時には柵の位置は換えずにブロックの方を柵の手前で直角に曲げてブロックがずらしてあった。また、最近気がついたのだが柵が少し線路側に移動してあった。上りホームは改札を入ると真っ直ぐの方向に線路があるという構造になって

p17
いて、誘導ブロックはなく警告ブロックも不完全な事から下りホームに向かう階段あるいは、線路に転落する危険性が充分考えられる。(なにを隠そう私が落ちた事がある)
 B北多摩駅(Aと同じ) 島式。最近改造されて改札に向かう階段は中央部分がスロープになっている。右に折れて線路をわたると左ヘスロープが上っていく。誘導ブロックはなく階段上下とスロープの上下とトイレの前に警告ブロックが敷設されている。トイレはスペースの関係からか非常に狭いし車椅子トイレはないと思う。改札口も車椅子が通れるだけの広さはないような気がする(要確認)
 C北多摩から多摩霊園駅(京王線)までの道 裏道を通って歩道のある道に出るが歩道にはダストボックス、学校前の放置自転車、街路樹を囲む部分の凹みなど様々あって非常に歩きにくい。0段差で校門と脇道との区別が分からず、いきなり車と遭遇してしまう事がある。途中から誘導ヅロックが出現するが(文化センターへの誘導か?)車道を歩いた方が楽である。バス通りに左折してからも信号機も音響式でなくさらに、道が斜めになっている事から車の動きもつかめずわたるのに勇気がいる。その先も駅まで歩車道は白線だけの区分になっていて、道も斜めなうえ、電信柱や放置された車や自転車などを避けながら歩いているうちにだんだん車道の中央に出ていってしまう。
 分倍川原駅(京王線) ホーム先端の柵の両脇がかなり空いている。線路への転落防止柵もない。同時乗入れしているJR南部線との関係や改造予定の事もあってか先端に行けば行くほど整備されていない。改札内フロアーの誘導ブロックも南部線の誘導を含んで入り乱れていて分かりにくくなっている。
 E中川原駅周辺(京王線) 再開発後歩道橋にブロックが全くなくなり、てすりによる誘導という形が取られている。点字表示も「おりかいだん」「のぼりかいだん」「おどりば」という表示だけである。上り下りはてすりの傾斜でわかるし、てすりをぐるりと回って歩く事はかえって負担になる。階段の警告ブロックは絶対に必要である。これについては現在東京都に申し入れをしている所である。

p18
 F多摩障害者スポーツセンターから最寄り駅までの音響信号機 一人では音響信号機の「おしぼたん」という表示の所まで行く事が出来ない。わたる所からずうっと離れた位置にあるらしく「盲人用信号機」と大きく書かれているとの事。啓発にはなるかもしれないが、必要な人間が活用出来ない。これについても東京都と警察所に申し入れ中。
 G高田馬場駅周辺 現在作られている点字ブロックの多くがここに集められ敷きつめられているような気がした。少し歩くと突然違ったブロックが出て来るという状況で非常に歩きにくかった。やはり統一される必要がある事を実感した。色も形も材質も敷きかたもほんとうに様々でブロックがあるために立往生するという矛盾が証明出来る実例ではないだろうか。

 3
 こうして色々な場所を実際に見ながら思うのは、
 @点字ブロックの有効性や必要性を私達自身が確認しなければならない事。
 A色、形、材質はもちろんの事、敷設の仕方(敷きつめるのかとかポイントを示すだけでもいいとか)や、そういうものもいらない世の中にすべきだ、など一人一人がいま1度見詰め直したらどうだろうか。
 Bこのままでいくと、むやみやたらに、無意味な誘導ブロックや警告ブロックが増え続けて危険が増す事になりわしないだろうか。
という事である。
 さて、私は今では、どこへいっても点字ブロックと点字表示、音声案内に注意を向けるのが習慣になってしまった。善いのか悪いのか分からないがもう少しこの方法で私自身がどう感じるのかを見て行きたいと思っている。
 駅ホームを考えてみるとホームの端などには人は行かないものだという観点にたって駅側は判断しているのかなという事。その認識が変わらなければホーム先端の転落防止柵は設けられる事はない。建築規準というものがあるにしろ方法は考えられるはずなのだから。私達視覚障害者は1歩先を確認しながら歩いていくのであって、ホームの端だろうが、川の淵ぎりぎりだろうが、工事現場の大きな深い孔の直ぐ近くだろうがどこへでも入り込む。遠くから危険を察して側によらない予防策など取れないのだ。だからはっきりと自分が今いる位置を確認出来る情報が必要になる。正しい誘導と危険1歩手

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前の適切な警告が要求されるのだ。そして、危険を出来るだけ避けるには事前の情報たとえば、階段てすりの正しい点字表示(番線をまちがえてホームに出れば不安の中で移動しなければならない)分かりやすい音声案内(駅アナウンスなど)が必要なのである。そしてそれらが、どこえいっても統一されている事が大事である。

 4
 私は前にも書いたように、自分の住んでいる町で6月ごろから取組を始めた第1回目は大改造を終えて一息ついている府中駅とその周辺を点検して具体的に市に申し入れをした。点検当日には20数名の参加が得られた。10月6日には京王線全駅の点検を目標に準備をし呼び掛けている。今までに出会った人達、これから知り合う人達と「まちづくり」を考えたり、なにかの勉強会や交流会なども企画して進めて行けたらと思っている。様々な生きかたの人がいて、色々な考え方感じかたがあって、そういう中でどんな取組が出来ていくのか楽しみでもあり自分の力量を思わない大変な事を始めてしまったのかもしれないという不安もなくわないけれど、積み重ねる中で自分をみていきたいとも思っている。地元でさえまだ広がっていないのに、他の地域で様々な取組をしている人達との交流もふかめて、和を広げられたらとか夢を膨らませている。

 5
 最近目立ってきたのは、声を掛けてくる人が増えたと同じぐらい、ぶつかるとあからさまに罵倒したり押したりする人、声を掛けても全く無視する人などもはっきりしてきたようだ。そんな印章を持っているのは私だけではないと思う。それが今の世の中的現象というものなのだろうか。
 がっちり付けられているように見える枠付きのてすりの点字プレートがはがれかけているのはだれかがストレスを解消出来た証拠なのだろうか。季節が分かりにくくなっている事も人がいらついている事も原因は一つかもしれない気がする。そんな時代に点字ブロックの存在はどんな位置をしめるのだろうかと、ふと思う。
 みなさんも、ちょっとどこかを点検してみませんか?参考までにこんな「点検項目」いかがですか。(ほんとは窓口できっぷを買いたいですよね。)

p20
 点検項目
 1 券売機への誘導ブロック @ブロックの有無 Aあるとしたら 色、形、材質 B実際に歩いて分かりやすいかどうか
 2 券売機 @その数と種類 Aそれぞれの点字表示の内容 (ア)運賃ボタン (イ)呼び出しボタン (ウ)取り消しボタン (エ)子供、大人ボタン (オ)きっぷ枚数ボタン (カ)社線乗換え指示ボタン (キ)入場券 (ク)回数券 (ケ)定期乗車券売機 (コ)その他
 3 券売機から改札口を経て階段まで @誘導ブロック (ア)誘導の有無 (イ)あるとしたら、その色、形、材質 (ウ)実際に歩いて分かりやすいかどうか Aブロック上を移動していて柱やその他衝突するなどの危険はないかまた、敷設方法に問題はないか
 4 階段 @点「警告」ブロック (ア)警告の有無 (イ)あるとしたら、その色、形、点の数、材質 (ウ)実際に歩いて分かりやすいかどうか Aてすりの点字案内表示 (ア)表示の有無 (イ)あるとしたら、その内容、表示板の材質 (ウ)上下左右、どの位置にあるか確認 (エ)読みやすく分かりやすいかどうか
 5 ホーム @島式「両側線路」か相対式「片側線路」か A点ブロックの有無、あるとしたら、その色、形、点の数、材質 B実際に歩いて分かりやすいかどうか C点ブロックからホームの淵「線路ぎわ」までの距離
 6 ホーム上の危険な箇所 @ブロック上やその直ぐ近くに柱など衝突の恐れのあるものはないか A点ブロック修了を現す警告ブロックは敷設されているか、あるとしたら、分かりやすいかどうか Bホーム遠端の柵の状況 (ア)ブロックの延長線上、線路と並行に柵が設けられているかどうか「転落防止柵」 (イ)ホーム先端の線路と直角の塀または、柵の両端の透き間は転落の恐れがないかどうか
 7 構内、車内アナウンス @アナウンスの有無 Aあるとしたら、その内容 Bテープの案内か係員の案内か Cその案内で分かりやすいかどうか
 8 その他 @音声誘導の有無 A誘導チャイムの有無 Bエスカレーターエレベーターの有無 Cその他、その駅の特徴や気付いた事など

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 視労協房総ツアーに参加しての感想
 江頭さとる

 東京駅から特急に乗って立山駅に向かった。なんと、指定席。貧乏学生の僕にとっては贅沢な話です。ゆったりとした空間で、しゅうまいを片手にお茶を飲みながら会話や景色を楽しんでいた。
 右手に青い海を見ながらバスで宿をめざした。
 宿に着くと荷物を置いてすぐにプールに行った。ぼろっちい更衣室で着替え、いざ入るとみなさんプカプカ浮いているだけで全然泳がない。しまいには海水パンツの脱がしあいです。この時に僕は二つのことを思っていました。一つは、この旅行のメインイベントは泳ぐことではないこと。もう一つはこういう大人になってはいかんとういこと。到着する時間が遅かったので、すぐに営業がおわってしまい、ほとんど泳ぐこともなく水浴び程度で出てしまった。もう少し早く着いていれば十分満足するまで泳げたような気がした。
 その後、お風呂に入った。とても広くて明るいきれいなお風呂だった。なんと言っても大きい窓から見える景色は最高でした。
 その日の夜は飲めや歌えのどんちゃんさわぎ。マジカルバナナや連想ゲームなど、みんなで楽しみました。一つだけ心残りだったのは、チーズを食べそこなったこと。お酒を飲まない人が少したいく

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つだったのではないか、とも思いました。時間がたつにつれて起きている人数が減ってきて、気付いてみるとピーチクパーチクと得体の知れない鳥が鳴きだしてしまいました。当然の寝不足で朝がつらかった。朝食はバイキング形式だったのですが食欲がなくコーヒーとパンだけですませてしまいました。
 食後に一休みしたあとに元気のある人は、じっとしていても汗のでるこのくそ暑い中、熱帯植物園に行きました。僕は二階の広間でソファに座ってジュースを飲んでいました。
 植物園を見学しなかったことをちょっと後悔しながらバスに乗って、最終目的地の海へ向かいました。海の家というにはほどとおい海の家に陣取り、それぞれが思い思いにすごしました。海の家で疲れ果てて寝ている人。落ちつきなくウロウロしている人。それぞれみなさん楽しんだのではないでしょうか。
 始めて参加した僕としては、二日間を通して新しい知り合いもできて大げさかもしれませんが、世界が広がったような気がしました。また機会があれば参加したいと思います。
 以上。

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 書評
 『患者よ、がんと闘うな』
 近藤 誠著 文芸春秋社刊

 センセーショナルな題名である。短い文章で中身を説明すると誤解を生みやすいが、敢えて要約すれば、@抗癌剤は90%の癌に効ないし、却って命を縮める。A癌に対して必要以上に手術が行われている。B癌検診は有効性が証明されていないし、早期発見理論はまやかしである。以上である。
 そして、この本の文脈のなかでは、著者は現在の医療のなかでのインフォームド・コンセント(説明と同意)は患者が主体的に知識を手に入れないと医療者主導の治療になる。それは、現状の日本の医療では患者にとって有害になることが多いと言っている。
 最後に著者はこの本の題名になった「癌と闘うために抗癌剤を使い、身体を切り刻んで苦しむより、癌治療に多くを望まない方がよい」と言う。
 この本が理論的に正しいかどうかはわからない。が私のような医者ぎらいのズボラ人間にはとても楽しく読めた本である。
 梅林 和夫

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 障害者政策研究 第2回 全国集会

 11月30日(土)〜12月1日(日)
 神戸市 しあわせの村

 ◎11月30日 全体会 シンポジウム 1時〜4時
 ○テーマ「障害者プランで地域生活は可能になるのか」
 ○シンポジスト 中西 正司(DPI日本会議)
 横山 晃久(HANDS 世田谷)
 斎藤 懸三(共同連)
 石毛 ^子(飯田女子短大)
 コーディネーター 三沢 了(DPI日本会議)

 ◎12月1日   分科会 9時〜4時
 1.自立生活/2.まちづくり/3.教育/4.若者/5.労働・作業所

 ◎主催
 ■障害者政策研究全国委員会(DPI日本会議/全国自立生活センター協議会/全国公的介護保障要求者組合/障害者総合情報ネットワーク/日本脳性マヒ者協会・全国青い芝の会総連合会/差別とたたかう共同体全国連合/障害児を普通学校へ・全国連絡会/障害者の政治参加をすすめるネットワークの8団体)
 ■地元実行委員会(呼び掛け団体=障害者問題を考える兵庫県連絡会議/被災地障害者センター。県内43団体)

 ※詳細は視労協事務局まで問い合わせて下さい。

裏表紙の裏
 BOOKレット 紹介

 福祉のまちづくり条例を全国に

 市町村に広がる「福祉のまちづくり条例」制定の動き
 建設省・厚生省が「計画策定の手引き」を策定
 ■すべての人にやさしいまちづくりを目指して
 特徴ある条例の紹介
 ■町田市 ■狛江市 ■味の箕面市
 震災で住宅問題が重視された
 ■兵庫県 ■神戸市

 編集・発行 障害者総合情報ネットワーク
 連絡先 〒162 新宿区山吹町354トライポート101号
 TEL 03‐5228‐6916
 FAX 03‐5228‐3484
 定価  600円

 編集後記

 水戸と同様の知的障害者虐待事件が滋賀でも起こっている。21世紀を目前にして障害者の人権をめぐる状況がこんなにひどいものだとは…。障害者プランや市町村障害者生活支援事業などの施策が展開されても、人間の意識の深い所で変わっていかない限り、このような事件が繰り返し起きてしまうのではないだろうか。大変恐ろしいことではあるが、そうした現状にある事も事実である。「誰も差別しない、だれからも差別されない」、「だれも排除しない、誰からも排除されない」、そんな社会は実現されるのだろうか。とにかく今は、みんなで考え、行動するしかない。(奥)

裏表紙(奥付)
 1996年9月21日
 定価200円
 編集人 視覚障害者労働問題協議会
 〒239 横須賀市長沢115グリーンハイツ2‐7‐405
 奥山 幸博気付
 発行人 身体障害者団体定期刊行物協会
 世田谷区砧6〜26〜21

 視覚障害者労働問題協議会



■引用



■書評・紹介



■言及





*作成:仲尾 謙二
UP: 20210528 REV:
障害学 視覚障害  ◇身体×世界:関連書籍  ◇『障害の地平』  ◇雑誌  ◇BOOK  ◇全文掲載
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