『精神医療』4(4) 特集:保安処分と患者の人権
精神医療編集委員会 編 19750915 岩崎学術出版社,89p.
last update: 20110603
■精神医療編集委員会 編 19750915 『精神医療』4(4) 特集:保安処分と患者の人権,岩崎学術出版社,89p. ※(第2次・通巻18)
※19750915 『精神医療』2-4-4(18)
■目次
序(中山宏太郎) 1-3
□特集/保安処分と患者の人権
精神病患者の基本的人権(寺嶋正吾) 4-18
座談会――精神医療の破綻と弁護士(寺嶋正吾・中山宏太郎・崎間昌一郎・長谷川幸雄・永野周志・長沢正範) 19-32
保安処分をどう考えるか――法務省見解をめぐって(青木薫久) 33-44
保安処分構想と臨床精神医学(逸見武光) 45-50
刑法改正――保安処分に反対する第3回全国集会「基調報告」(刑法改正・保安処分に反対する百人委員会事務局) 51-54
保安処分反対論の盲点――患者の立場から (吉田おさみ) 60-62
□投稿
精神医療の変革と運動論――内在的批判と運動から(岩樹清一) 55-59
精神病院で考えたこと〔III〕――離島での経験と社会学者の目から(広田伊蘇夫) 63-69
空想より科学への「精神衛生」の発展(小林司) 70-74
感想――Dr. Szaszについて(岩崎徹也) 75-78
Dr. Thomas. Szaszの訪日(小倉清) 79-83
滞日中のCooperについて感じたこと(鈴木純一) 84-88
4(3)(通巻17号)の正誤表 88
編集後記(西山詮) 89
■引用
◆吉田おさみ 19750915 「保安処分反対論の盲点――患者の立場から」,『精神医療』第2次4-4)(通巻18):60-62
「周知の通り、精神病質の問題は単に保安処分と関連するだけでなく、精神衛生法の強制入院との関連においても問題になっています。その際言われることは、精神病質概念は価値概念であって、しかも全く虚構にみちたものであるということです。すなわち、精神病質判断は、ある人はについて周囲の人および鑑定人がくだす実践的=価値的評価をもとにくだされるものであり、その判断はある人が周囲の人および鑑定人にとってなじむかなじまないか、厄介か否かによって決められる。それは判定者の評価=主観があたかも被判定者の客観的属性であるかのようにすりかえられるための装置にほかならない、というのです。しかし、このように精神病質概念についていわれることは、そっくりそのまま精神病、特に分裂病についてもいえることです。伝統的な医学によれば、器質的な異常が認められないかぎり病気とはいえないのですから、原因のわからない分裂病などは、すくなくとも身体医学と同じ意味での医学的概念とはいえないはずです。分裂病が病気だというのも仮説に過ぎないのであり、その仮説の根拠がたとえば「了解不能」などにあるとすれば、それはたとえば肺炎などと同じような客観的概念とはいえないはずです。分裂病などの精神病もまた、精神病質と同じく周囲の人びと、ないしには医師による実践的=価値的評価をもとにしてくだされるのではないでしょうか。要するにある人間がある人間を気にくわないから排除するか矯正するという要請がでてきて、その要請を正当化するために病気という名がかぶせられるのです。その点においては精神病も精神病質も本質的に変りはないのです。
もちろん、分裂病質などの内因性精神病には何らかの身体因があるとの想定がなされています。しかし、かりにその想定が正しくて器質的異常のあることが治療するための決定的要因ではないはずです。身体医療の場合を考えれば、私たちは器質的異常があるから治療するのではなく、日常生活に支障を来たすから、更にいえば本人がなおりたいから治療を受けるのです。これに対して精神医療の場合は、これまた器質的異常があるから治療するのではない点では同じですが、主として周囲の人が(本人がではなく)なおしたいから治療されているのです。だから精神病の場合も精神病質の場合も程度の差はたしかにありますが、まず周囲の人ないしは医療の実践的評価が先行している点では同じなのです。」(吉田[19750915:61])
■書評・紹介・言及
◆立岩 真也 2013/12/10 『造反有理――精神医療現代史へ』,青土社,433p. ISBN-10: 4791767446 ISBN-13: 978-4791767441 2800+ [amazon]/[kinokuniya] ※ m.