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『精神医療』4(3) 特集:治療構造をめぐって

精神医療編集委員会 編 19750512 岩崎学術出版社,84p.

last update: 20110603

■精神医療編集委員会 編 19750512 『精神医療』4(3) 特集:治療構造をめぐって,岩崎学術出版社,84p. ※(第2次・通巻17)
 ※19750512 『精神医療』2-4-3(17)

■目次

はじめに(河合洋)1

 □特集/治療構造をめぐって
「治療構造論試論」(I)(森山公夫)2-10
精神機構の質的再編と能動性(山下剛利) 11-18
精神医学における客観主義(西山詮) 19-36
□座談会――作業療法をめぐって(藤沢敏雄小沢勲・野村満・計見一雄) 37-53
精神病院で考えたこと その2――治療者と病者の関係から(広田伊蘇夫) 54-59
患者にとって治療とは何か(吉田おさみ) 60-63

 □寄稿
人体実験告発序論(石川清) 64-72

 □書評
“Thomas S. Szaszの立場”(広田伊蘇夫) 73-75
Zutt精神医学に対する総括――J. ツット「自由の喪失と自由の剥奪」を読んで(宮下正俊) 76-77

 □精神医療ジャーナル
刑法改正保安処分に反対する百人委員会の運動(刑法改正・保安処分に反対する百人委員会事務局) 78-79

 □投稿
「精神医療」誌に期待すること(塚崎直樹) 80-82

編集後記(河合洋) 83

■引用

吉田おさみ 19750512 「患者にとって治療とは何か」,『精神医療』第2次4-3(17):60-63

 「私は3年余り前に退院し、その後1週間に一度通院していますが、その体験を素材として、患者の立場から精神医療について考えてみたいと思います。[…]  大まかにいって、従来の精神医療を否定する考えの筋道に2つあります。ひとつは、狂気は病気でないから、当然、治療の対象は問題にならないという考え方。もうひとつは、狂気は病気だけれども、病気だからといって必ずしも治療(従来の意味での)する必要はないという考え方です。狂気が病気かどうかは難しい問題ですけれど、私は病気でないと簡単に割り切ることはできません。といいますのは、もう10年以上も前になりますが、私は分裂病の症候といわれる被害妄想、させられ行為、思考伝播、恐怖体験などを体験し、特に激しい恐怖感に襲われた時は本当に苦しく、医師に救いを求めるほかなかったのです。そういう意味で、医療を全面的に否定しきることは私にはできません。でも、完全に症候もとれ、苦痛もなくなった現在、生活の領域にまず医療が割りこんでくることは私は納得できません。」(吉田[1975:60])
 「もともと医療には本人の利益を保護する面と、国家・社会(いいかえれば支配者)の利益をまもる面との2つがあります。身体医療の場合には前者に重点があり、精神医療は後者に重点がおかれてきたといえるでしょう。そして身体医療においては、本人の利益をまもることがそのまま国家社会の利益につながるのに対し、精神医療の場合は両者は背馳する場合が多いということもいえるでしょう。
 以上のようなことから、私は治療は原則として身体的療法である薬物療法のみに、しかも、それは患者の要請がある場合にのみかぎられるべきだと考えます。精神療法や生活療法は医師の抱いている価値観に左右されることが多く、またこれらのめざす「社会への適応」ということが問題だからです。社会に適応すべききか、異議申し立て者に留まるべきかは本人の選択にまかすべきことです。精神療法や生活療法の生活指導は、いわば人間操作の技術にすぎず、そこでは患者の主体性は完全に圧殺されてしまいます。」(吉田[1975:61])

■書評・紹介


■言及



UP: 20110603 REV:20110611, 20130928
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